09 だけど君の傍にいたいんだ














俺、天使なんだ。信じてくれる?



「なんや今更。あんたが天使だってことは前に嫌になるくらい聞いたやろ?」



時々俺は何の前触れもなく彼女に尋ねる。
二度、三度ならば彼女はあまり気にしていなかった様子だったが、
最近は少し心配そう眉をひそめながらも、相変わらず笑顔で返答してくれる。
俺はアレストに、皆に嫌ってなるくらい説明した。
俺が人間ではないということを。


「いや、何でもねえや」


でも、何故だろう。
最近このことばかりが気になる。
俺が天使であることを、本当に信じているのか。何故信じているのか。


「何や、変なシギやなぁ」


違う。そうじゃない。
俺がムキになって何度も同じことを聞いているのは、
俺が"ここ"にいるってことを、確かめたかったんだ。

アレスト達は"ここ"の住人だ。地上の住人だ。
だけど俺は、ここには存在しないはずの生き物。
俺のことを知っている彼等は自然と受け入れてくれているけれど、
町の中を行き交う人々が知れば、馬鹿にしたように笑うかからかうだろう。
例え信じたとしても、仰天して騒ぎ立てるだけに違いない。

もともと俺達の種族は「伝説」として崇められていて、
この世に存在しているのか実際分からないと言われている。
実際、アレスト達だって天使は存在しない物語の中の存在だと、そう思っていた。

それを目の当たりにすると、繊細な心を持つ者にとっては結構辛い。

……俺だって気にすることだってある。
俺だけじゃない。他の天使も、本来は傷つきやすい生き物だ。



「そんなん言うシギも珍しいな。どないした、何かあったん?」



腕を組んで首を傾げていたアレストは、自らの拘束を解き、スッとシギに手を伸ばした。
暫し呆然としていたシギは、頬に温みを感じ取るとはにかんだように笑う。

彼女の手がシギの両頬を包んで、心配そうな視線をこちらに送っている。
こんな格好になっているのだから逸らすことは出来ないが、
彼は逸らそうだなんて微塵も思っていなかった。

そんな度胸は持ち合わせていない。

ようやく自分で探し出し見つけた光を手放すなんて誰が出来ようか。



「何でもねえよ」



不安そうにする彼女に心配かけまいと、シギは幸せそうに微笑んだ。
それを間近で見たアレストは驚いたように瞠目して、
そしておもむろにシギの頬をニョッと伸ばす。


「いでっ、あいででででっ!!」

「う〜ん、いい伸びっぷり」


にやりと悪戯を思いついたような笑みを浮べると、シギの頬を縦横交互に動かし始める。

一体何が起こったのか。

未だ把握しきれていないシギは、軽い痛みしか来ないはずなのに、
大袈裟に痛みを訴えようと手をばたつかせた。
それとは対照的にアレストは愉快に笑うばかりだ。
ケラケラと、新しい玩具を発見したような丸っきり子供の表情で。



「ら、らりすんら?」

「いんやぁ、前々からシギの頬伸ばしてみたかったんや。
 フェイルとかリュオイルとかもおもろい反応してたで?
 それ考えたらあんたは結構普通の反応や。つまらなんなぁ」

「あろ、あれるろらん?」

「でも伸び具合は最高やっ!」

「……………」




段々面白くなくなってきた。何故だろう。

ムスッとした顔になったシギは、下げていた両腕を持ち上げ、
自分の頬に未だくっついている彼女の手を無理矢理離す。
そして、アレストの顔に手を伸ばした。

きょとんと瞬きしていた彼女だったは、
後々で「警戒しておくべきだった」と後悔することとなる。


ミョーン


「………ウィギ?」

「ふっふっふ」

「……あにすんろ?」

「ふふふふふ」

「………ウィギ?」



頭を垂らして肩を震わせながら不気味に笑うシギに、アレストは呆然と彼を見つめる。

自分に何が起きているのかは分かっている。
……口にするのは恥ずかしいので言わないが。

本当ならば全力で抗議するところなのだろうが、
如何せん、事の発端は自分自身の行いによるものなので、
仕方なしに大人しくされるがままの状態にある。甘んじて受けているのだ。
しかし、いつまで経ってもシギの笑い声は止まらない。
声を押し殺して笑うくらいなら、いっそのこと大口を開けて笑って欲しい。



「くっくくっ…。
 お、俺よりも、ア、アレストの、方が…………っぶわっはっは!!」



伸び具合が最高だ。

最後までそう言えなかったのは、堪え切れずに吹き出したからだ。

流石にデリカシーのないシギの態度にカチンときたのか、
アレストは眉をひそめるが、その訴えがシギに伝わることはない。
寧ろ微妙な表情をすればするほど、
頬を伸ばしきったアレストの顔はへんてこな形に仕上がっていく。

そんな様子に、火が付いたように笑い出したシギに耐えかねたアレストは、
噛みつきそうな勢いでシギの腕を顔から離した。



「なーにすんねんっ!!」

「何するって、先にやったのはアレストだろ?」

「レディに向かって失礼なやっちゃなぁ。
 リュオイルにやっても仕返しはしてこーへんかったで?」

「……いや、あいつの場合はお前の報復を恐れたんじゃないかと」

「なんやて?」

「いえ、ナンデモアリマセン」



呟いた言葉がまさか届くと思っていなかったシギは、軽く顔を引き攣らせた。
ギロリと睨まれるが、どうも迫力が足りないと言うか……ちっとも怖くない。
寧ろ愛嬌があって良いと思う。
彼女に対して恐怖心を抱いたことなど一度もなかった。

勿論他の仲間だってそうだ。
個性溢れるメンバーだが、どいつもこいつも良いやつばかりなのだ。

だからこそ、俺は時折孤独に感じるのかもしれない。
"ここ"に長くいてはいけないから、不安で仕方がないんだ。



「ふふ〜ん。でもようやくシギ笑ったなっ!」



ほら、な。

腹の中では何考えてるか分かんねえ俺に、ずっと笑顔で迎えてくれるお前がいるから、
俺は今もこうして"ここ"にいることが出来る。

迷わず手を差し伸べてくれて。
仲間を大切に想ってくれて。
それから、とびきりの笑顔を見せてくれる。




「考えにふけっとるシギも好きやけど、やっぱあんたには笑顔が一番やで!」




俺は、人間じゃない。
俺は、"ここ"に存在してはいけない。
だけど……。









だけど         君の傍にいたいんだ










天界に注ぐ太陽よりも眩しい君の笑顔に


もう少しだけ、近づきたい










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