とある女の子がいる。その子はフワフワしていて、とても危なっかしい。 人当たりが良く、物腰が柔らかであるということも勿論あるけれど、 フワフワと、そうまるで空に浮いている雲のような、と例える方が正しいかもしれない。 ああきっと僕は、フィンウェル国家に在住する貴族の娘か、 別国のお嬢様と政略結婚するのだろうな、と人事のように思っていた。 それが父上や母上のためであり、何より家の存続に繋がるのだと、 色恋事に関して妙に冷めていた僕は、政略結婚の意志を固めていた。 両親や上司からそういった縁談があれば、二つ返事で頷くと。 ……数年前まで、確かにそう信じ切っていた。 鋼のように硬いはずの決心がこんなにも脆く崩れ去るなど、誰が思うだろうか。 拝啓、父上母上、お元気でしょうか。息子は元気にやっております。 最近手紙の中に送られてくるどこぞのご令嬢の写真に、冷や汗を隠しきれません。 「…………ウザっ」 「ま、まぁまぁ。そんなザックリ本音をこぼさんでも」 「これをウザイと言わずして何と言うのよ」 「あー……」 「そもそも、こんな相談を異性にすること自体おかしいじゃない」 「それは、……そうでもせなあかんくらい滅入ってるんとちゃう?」 「ハッ、ヘタレが」 「あかーん!アスティアそれ言ったらあかんって―ーーーっ!!」 見事な速さでアスティアの口元を自身の手のひらで覆うが、既に遅し。 ひくり、と引き攣った顔でアレストが肩を落とす。 通常ならばここで「ヘタレ言うな」の怒声が響くのだが、 ところがいつまで経ってもそれは飛んでこない。 おや、と不審に思ったアレストがそろそろと顔を上げリュオイルの顔色を窺う。 「………………はぁ」 どこかやつれた様子で頬杖をつき、流れている雲をぼんやりと眺めている姿は、 口に出しては言わないが、かなり絵になっている。 綺麗ではあるが、こんな庶民感溢れるオープンカフェが背景だというのに、 素材が良いからなのか、この男は何をしても様になる。……憎たらしいほどに。 そんな見目麗しい少年が、禁句中の禁句を漏らしても 気付かぬほど物思いに耽っている理由は一つしかない。 「んで、あんたフェイルはどないしたん?」 現在進行形で片思い真っ最中の少女以外、目の前の男が悩むなどあるわけがないのだ。 リュオイルの(アスティア曰くウザイ)恋愛相談は、ここ最近顕著に現れるようになった。 なので、これは今日限りのことではない。 実はつい数日前も似たようなシチュエーションをアスティアと味わった。 (確かあの時アスティアは上手いことを言って逃げたような……) 流石に似たような同じような内容を話されても困るわけで。 ズズ、と砂糖とミルクを入れたカフェオレを啜る。 貴族育ちでマナーにうるさいリュオイルが指摘してこないとなると、これは相当末期なのだろう。 「フェイル……うん、彼女ならシギと町の子供たちと一緒に原っぱで遊んでるよ」 フェイル、という言葉にぴくりと反応したリュオイルは、 思わず胃の中のものを吐きだしたくなるほどの蕩けた笑みを見せ、 それからまた一つ大きな溜息を吐いてぼんやりとしだした。 「あ、そうなんや(良かった、相手がシリウスとちゃって)」 「……あんたも一緒に行けば良かったじゃないの?」 好敵手でもありライバルでもある男の姿を一瞬頭の片隅に浮かべたアレストは、 ホッと胸を撫で下ろした。もし彼とフェイルがともに行動を共にしていたら、 リュオイルは間違いなくキャンキャンと吠えに行くだろう。 安堵の息を吐いたアレストの横で、珍しく的を得た助言をしたアスティアは、 不愉快そうに眉をひそめながらも、不審げに首を傾げて見せる。 「そりゃ、行こうと思ったさ。でも……」 『うっし、フェイルもガキンチョどももまとめて俺が遊んでやる。覚悟しとけー!』 『わぁ、シギ君すごいっ!よーし、私も負けないんだから!』 『キャーっ、追いかけっこだぁ!』 キャイキャイと子供特有の声と本気で楽しんでいる二つの声に、 出遅れたリュオイルはその場に一人ポツンと取り残された。 そして、今に至るわけである。 「つまりハブられたわけね」 「こらこら何言ってんやアスティア!」 「子供と遊んでるフェイル、可愛かったなぁ……」 「スルーして惚気かいっ!?」 「こいつ戦車に轢かれて死ねば良いのに」 「なんっちゅーおぞましいっ!」 アスティアのうっかり本音ポロリ、が全く聞こえていないのか、 相変わらずほけーっとしているリュオイルはどこか遠くを眺めていた。 あかん、突っ込み役が足りん……っ!! せめてシリウスが来てくれれば……ってあかんあかん!シリウスもアスティア寄りや! おおお、と頭を抱えたアレストが、ついには逃げだそうかとちらりと考えた刹那。 「あれ、三人ともここにいたんだ!」 ふいに聞こえた、少女の声。 鶴の一声とは、まさにこのことか。 それまでぼんやりしていたのが嘘のようにガバリと起き上がったリュオイルが、 目を見開いて、両手に何かを抱えてこちらに駆けてくる少女を凝視する。 「ふぇ、フェイル?シギたちと遊びに行ってたんじゃ……」 「うん、今はシギ君が子供たちと遊んでくれてるよ」 「もう遊ばんでも良いん?」 アレストの問いにフェイルはぱぁ、と笑って腕に抱えていたものを取り出す。 淡いピンク色をした花の塊に、三人は目を合わせ首を傾げる。 「途中で女の子たちと花冠作ってたの! まだ一つしか出来上がってないんだけど、どうしても渡したくって」 誰に渡すんだ!というリュオイルの視線にフワフワとした彼女が気付くはずもなく。 うっかり気付いてしまった二人は、げんなりとした表情でそれぞれ溜息を吐いた。 ――――ふわり。 幾つもの本数を編み込んでいる見事な出来栄えのそれを、 目で追っていたリュオイルは、そこでぴたりと動きを止めた。 恐る恐るといった様子で、丁寧な動作で乗せられた小さな重みに、ポカンと口を開ける。 目の前に立つ少女は、少し気恥ずかしげに頬を赤らめて照れ隠しするように頬を掻いた。 「えへへ、このお花見てると一番にリュオ君にあげたくなっちゃった」 未だ呆然としているリュオイルを余所に、 フェイルはリュオイルの頭にある花冠の位置を少しずつ調整する。 それから満足がいったのか、出来た!と満面の笑みを浮かべながら リュオイルの顔をジッと見つめる。 それから、トドメに一言。 「可愛いねリュオ君!」 ブワッと顔面が、花の花弁より何倍も赤くなるのを感じた。 惚れた欲目を差し引いても (ああもう畜生君の方が可愛いってば!) (っていうか、君の不意打ちは心臓に悪いよっ!!)
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