03 声にならないほど君を











「リュオくーん」



少し離れた所から大きく手を振り、満面の笑みで少女が振り返った。

小柄でまだ幼さが目立つ印象の、我等がリーダーフェイル。
正直、リーダーとしての素質とかがあるとは思えない。
彼女は優しさの塊で出来上がっているような、
脆さという一面も持っているから、非道になるという手段を取れない。
だが、それが逆に強さであることを、リュオイルを含め仲間は知っている。



「分かった分かった。あんまり急ぐと転ぶよ?」

「平気だよ。それよりも早く早くっ」



誰よりも、何よりも大切な、愛しい少女。

淡いどころか、既に気付いてしまっている彼女への感情は隠しきれない。
塞き止め切れずに溢れる想いは、今もまた少しずつ、外部へと漏れそうになる。


「早くしないと朝日見れないよー?」


やっとの事で彼女のもとに辿り着いたリュオイルは、
肌寒い朝方なのに何も羽織っていないフェイルを見て苦笑した。
急かす彼女を他所に、自分の上着を脱ぎ、薄着のフェイルにゆっくり被せる。
体温が残っているのでまだ暖かいはずだ。
一瞬きょとんとしたフェイルだったが、やはり薄着で寒かったのか、
ぶかぶかの上着を羽織ると、蕩けそうなほどの柔らかい笑みを深める。



「あったかーい」

「フェイルがそんな薄着で来るからだろ?まだ寒いんだからもっと厚着しないと」

「うん、ありがとう。でもリュオ君は寒くない?」



冷えたフェイルの体が、まだ体温の名残が残る上着によって少しずつ暖められる。
だが、すぐ不安になる。今度はリュオイルが、腕を露出してしまっていることに。

申し訳なさそうに覗き込んでくるフェイルを見て、リュオイルは困ったように笑う。

これで、先ほど自分がどれだけ彼女のことを心配していたのかどうかを、
分かってもらえただろうか。そう心の内で呟いてみるが、
これくらいのことで、彼女を咎める気は微塵もない。
一つの心配の種が、こうして誰かの手ではなくて自分の手で消えたのだから、
寧ろ小さな喜びとして捉える方が良いかもしれない。



「鍛え方が違うからね。これくらいで音を上げるようじゃ、男として失格さ」



勿論、これは事実だ。
この程度で風邪など引こうものならば、シリウス辺りに鼻で笑われるだろう。

けれどその裏には、フェイルを気遣うリュオイルなりの優しさが多分に含まれている。

リュオイルがフェイルに対する想いに気付いてからは、
情けないほど、それまで以上に彼女に対して色々と弱くなった。
普段から女性が相手だと押され気味なのだが、今回はまた一味も二味も違う。
恋は盲目、とはよく言うが、まさにその言葉がしっくりくる。
フェイルのことばかり考えて、他のことに気が回らない。
近頃他者への配慮が最近欠けてるのもそのせいだろう。



「でも、やっぱり寒いでしょ?」



彼の優しさを撥ね除けるわけにもいかず、フェイルは唇を尖らせ考え込む。
つい先ほどまで上着を羽織っていたのだから彼が感じる寒さは倍増しているだろう。

実は素肌が露になった腕の辺りに鳥肌が立っているのだが、
男の意地なのか、リュオイルはわざとフェイルに気づかれぬよう、
晒した部分を隠すように不自然に腕を組んでいる。



「うーん……」



云々と唸っているフェイルに、リュオイルは何度も目を瞬かせた。
何故こんなにも悩んでいるんだろう、と。
しかし、それは前を歩いているフェイルが気付くはずもなく。
左右に何度も首を傾け、未だくぐもった声を漏らし続ける少女の姿に、
リュオイルはフッと優しく頬の筋肉を緩ませる。

自分の為に悩んでくれている。

これは恋をするものにとって重要なポイントだ。
しかも意中の相手が、今まさに自分のことだけで頭をいっぱいにしている。
たかがそれしきのことで、と呆れられるかもしれない。
けれど、恋愛沙汰に疎い彼にとってはまたとない出来事で、
締まりのない顔になってしまうのも仕方がないではないか。



「あっ」



何を思いついたのか、手のひらを合わせ、フェイルが振り向く。
パン、と重なった手の音がやけに大きく響いた。



「手、繋ごう!」

「え……?」



差し出されたのは、白くて細い手。
考えに没頭するあまり、一体何が起きたのか分からなくなったリュオイルは、
当然のことながらぽかん、として何度も瞬きを繰り返した。

何を、戸惑っているのだろう。

絶好のチャンスではないかと、頭の片隅で誰かが囁く。
ところが、手を繋ぐなどリュオイルにとってはあまりにハイレベルで恥ずかしい。
不安定な足場などで足を取られるフェイルの手はしょっちゅう握っているはずなのに、
意識している最中でいざ言われてみると、嬉しいよりも恥ずかしさの方が上回る。



「え、あー……」

「ほら、この方があったかいでしょ?」



いつまで経っても反応のないリュオイルに痺れを切らしたのか、
フェイルは気を付けの姿勢でいた彼の手を、半ば無理やり握った。

温もりが、じわりとゆっくり伝わる。
それに思わず頬を真っ赤に染めたリュオイルは、心臓が一度激しくなったのを聞いた。
ガチガチに固まった上に、茹でダコのように赤くなってしまったリュオイルに
驚いたフェイルは、目を瞬かせて首を傾げる。



「どうしたの?」

「え、あ、いや、その」

「風邪引いちゃった?」

「え?ちが、うよ。うん違う」



挙動不審なリュオイルの様子に疑問は残ったが、
どうやら本当に体調を崩したわけではないようだ。
視線を合わせないリュオイルを不思議に思いながらも、
気を良くしたフェイルが、繋がれている自分より大きな手を、ギュッと握り込む。

より一層伝わる熱に、リュオイルがまた赤く染まった。



「さ、早く」



朝日が昇るまであともう少し。

上がり切ってしまった熱は、まだ頬に残っている。
それを冷まそうとするかのように、朝の冷たい風がリュオイルにぶつかった。




「………うん、行こうか」




どこか吹っ切れた表情を浮かべたリュオイルは、
フェイルの手を、今度は自分から握り直す。
恋い焦がれている相手の手は、小さくて柔らかで、温かかった。

歩く動きに合わせ互いの腕が揺れる。
眩いほどの朝日が、二つの繋がれた影を色濃く残した。









声にならないほど   君を









今はまだ声に出さなくても


君の隣でこうしていられるのなら、それでも














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