※もしフェイルが帰ってこなかったら、と仮定してます。地味に暗いです。 「天と地の狭間の英雄」を読破してからの方が良いかと思われます。 リュオ君 ああ、愛しい人の声 リュオ君 ああなんて、懐かしい声 リュオ君 渇望にも似たこの想いは、どこに吐き出せば 「フェイル……どこだ……?」 失ってから気付くなど、なんと愚かな 戦争は、互いに多くの犠牲を出し、終結を迎えた。 結論から言えば勝者は天界側であった。 魔族はほぼ惨敗し、筆頭であるルシフェルを失った彼らには、 立ち直ろうにも対抗するための支えがない状態だ。 魔界という世界は、驚くほど閑散としていた。 けれど、数え切れない者たちの血に染まった天界は、今や見る影もない。 ゼウス神と共に果てたヘラ神の加護おかげか、 幾分か緑は残ったが、それもほんの少しの規模だ。 それでも、その小さな緑は、今後復興していく上で糧になるものであった。 それは、外面だけの話であるが。 過去の華美がまるでなかったかのようにぼんやりしている者が、後を絶たない。 しまいには復興のため担っている役割を忘れてしまう者さえ現れる。 その都度にミカエルの檄が飛ぶが、その本人も、時折憂鬱げに空を見上げていた。 先の戦争で情緒不安定になった者も少なくはない。 そんな彼らを常に励ましていた明るい少女の姿も、ここにはなかった。 「イスカ」 「……はい」 執務室で内職をしていたミカエルは、ふと文字を書く作業を止める。 護衛を担っている自分の右腕は、ミカエルの声に少し遅れて反応を返した。 以前から儚い印象であったミカエルだが、 ここ最近より一層儚く見えるのは、気のせいではないだろう。 「私は、あの時後悔していないと、そう思っていました」 「はい」 「ですが、段々分からなくなるんです。 私の言葉の一つで彼女が辿る運命が変わっていたのかと思うと…」 「……俺は、こうなることは避けられなかったのだと思います」 俯いたまま、イスカの言葉にミカエルはピクリと指先を震わせる。 それを見逃さなかったイスカは、畳み掛けるように言葉を紡ぐ。 いくら気が弱っているとはいえ、 このように意気消沈した姿など本音を言えば見たくなかったのだ。 「あの人は、薄々感じていたんだと思います。 ミカエル様にお聞きになられたのは、多分確認する程度で、 彼女は決してミカエル様を、こんな風に苦しませるつもりは……」 お人好しで、綺麗事を並べる偽善者の塊で。 でも、誰かが傷つくと泣きそうな顔をして。 誰よりも、誰かを分かろうとしていた人だった。 まさか彼女が消えることでこのような結果をもたらすとは、 彼女は微塵も思ってもいなかっただろう。 それほどまで、彼女は自分に関しては疎かった。 人から寄せられる好意も気付かず、一人で消えてしまった。 現世とは隔離された、気が遠くなるほど離れた世界に、彼女はいる。 存在自体、既に消えているだろう。 肉体も魂も心も、何もかも。 世界を守るために己を犠牲にした少女。 少女は、人間でもあり神でもある曖昧な存在だった。 彼女は自身が神だと知った瞬間から、 自分が消えるカウントは既に数えていたのだろう。 悪政を行ったゼウス神を討ち、魔族の長であった堕天使ルシフェルを葬った。 結果、世界は確かに一時の平穏を取り戻した。 怒涛の日々が嘘だったように、恐ろしいほど緩やかに時が過ぎている。 だが、それもいつまでか。 「ミカエル様があの時お答えにならなくても、彼女は同じ選択をしたと思います」 神を殺すには神の命を必要とする。 これすなわち、対価なり。 「……ありがとうイスカ。でも、彼らはそれで納得しないでしょう」 「リュオイル、ですか」 「ええ。勿論他の方々にもそうで言えるのですが。 ……私は間接的とはいえ奪ってしまったんです、彼の心の拠り所を」 消滅という形で、二度と会えることのない残酷な別れ方で。 彼女の声も、一緒にいるだけで温かくなるような心の感覚も、もう二度と訪れない。 残ったものは彼女と過ごした優しい記憶だけ。 髪一筋、全てを持っていかれたのだ。 空に呑み込まれ、彼女と言う存在は瞬く間に消滅し、 二度と魂は転生することはないだろう。 それが、彼女の宿命なのだ。 「彼は、暫く好きにさせてあげてください」 ふと目を細めたミカエルは太、陽の光が燦々と降り注ぐ窓に視線を移した。 同じく窓を見たイスカは、誘われるように扉から窓のほうへ移動する。 くすんだ金色の手すりに手を当て、遥か下にいる赤い点を見下ろした。 「フェイル、フェイル…っ」 「おい、いい加減に」 「シリウス。どこにも、いないんだ。フェイルがいない」 「…あいつはお前の腕の中で死んだろう。どこを捜しても無駄だ」 「違う!!死んでなんかいない、フェイルは生きている!!」 あの時、この場所でフェイルは息を引き取った。 その瞬間彼女の存在は光になり空へ散っていった。 死体などどこにもない。彼女の衣服だって存在しない。 愛用していた杖も、貸していたはずのブレスレッドだって、どこを捜してもなかった。 ふらついた足取りで、フェイルの姿を捜すのが日課となったリュオイルの後を追うのは、 彼と同様、目の前で大切な者を失ったシリウスの役目となっていた。 誰かに頼まれたわけではない。 ただ、やらなくてはならないと、感じたのだ。 愛しい人がこの世を去って、もうすぐ一月が経とうとしている。 血の海と化した天界はかなりの遅れをとったが、着実に復興している。 どこか活気がない部分が多々見られるが、それは致し方がないことだ。 先の戦争が終わって、リュオイルは一度も人間界に戻ってはいない。 彼が生存していることは、アレストやアスティアが地上で報告してくれている。 けれど、日に日にやつれていくリュオイルの姿は、酷く痛々しかった。 朝昼晩関係なく、彼は天界を歩き回る。 フェイルを捜して、どこからかひょっこり現れることを信じて。 もう無駄だと言うのに、彼の腕の中で静かに生涯を終えたというのに。 「死んだ奴をいくら捜しても、見つけることは出来ない」 「ち、がう、違う違う!!」 「自分の顔を鏡で見てみるんだな。お前、まるで死人みたいだ」 少し叫んだだけで息が上がった。 彼女と時を過ごしていた時は、こんなこと有り得なかった。 じんわりと額に浮かぶ汗に不快感を覚える。 手先が酷く冷たいのも、全てフェイルが僕の前に現れてくれないからだ。 シリウスが言うように、きっと顔面蒼白で頬がこけているのだろう。 でも、だって、捜さなくちゃいけない。 傍にいても良いかと尋ねてきたのは、彼女の方なのだ。 死んでなんかいない。ちょっと遠くに出かけている。 そうなんだ。そうに違いない。 「一緒に帰るって、約束したんだ。フェイルは約束を破る子じゃないだろ?」 「リュオイル…」 「この腕でっ! 彼女の血の温かさを感じても、彼女は残らなかったんだ!!」 「あいつは俺たちと同じ人間じゃない。 神と同じく神の死に行く道を歩んだんだ。……肉体は決して残らない」 「………約束を、したんだ」 ああこれで何度目だろう。 何度、泣きたい気分を味わっているのだろう。 この一ヶ月、毎日彼を諭そうとするが、彼は決まって同じことしか言わない。 泣き果てた彼の目元は真っ赤であったが、自我が欠落しているようにも見える。 虚ろな瞳は時折空をぼんやり眺め、何かを掴むように手を伸ばしている。 「返せ」と、訴えているのか。 「……ああ分かった。捜しに行くぞ」 そう、そしてまた一日が始まり、終わる。 彼の好きなようにさせて、その後ろを追いかける。 「―――ありがとう、シリウス」 この時だけ微かに見せる笑顔は、旅の間で見てきたものだったのだろうか。 今はそれさえも思い出すことが出来なかった。 すっかり奥にまで刺し込まれ、化膿した心の傷。 その傷が完全に塞ぐために必要なものは、決して手に入ることはない。 この背に翼があるなら僕は 君との約束を果たすためなら 君を捜し出すためなら、命すら
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