「首尾よく事は進んでいるか?」 紺青色と琥珀色の石を太陽の光に当てながら、抑揚の欠けた低い男の声は尋ねた。 「はい。目標物はガレオラ港に到着したと。…ご安心を、既に手筈は整っております」 男にゆっくりと頭を垂れた女は、無表情に足元を見つめていた。腰にまで届きそうなほど の長い髪が垂れ、女の顔を完全に隠す。その様子をつまらなさそうに見つめていた男は、 視線を再び二つの石へと向ける。掌で握れるほどの小さな石は、驚くほど澄んでいた。飽 きることなく延々と美しい石を眺めている男を見つめていた女は、燦々と降り注ぐ陽光を 眩しそうに仰ぎ見た。微風がうっすらとした雲が太陽を覆ってはいるが、細目にならずに はいられない。 「期待しているぞ、ティルヒア」 クツクツと低く笑う声に振り返り、ティルヒアと呼ばれた女は目を細める。 「お任せください。ディレス様」 口元だけを綺麗に動かし、ティルヒアは笑った。踵を返し歩み出す足取りに、迷いはない。 第24話 『暗中で動く影』 「おう、オメーら旅人かぁ?災難だったなぁ。さっき黒船が近づいてたぞ。 海賊かもしれねぇから、船旅は諦めて暫く港に留まっていたほうが良い」 「おやそうですか。道理でこれだけ人が多いはずです」 「どちらにしても今日はもう一隻も出港しねぇだろうよ」 それじゃあな。鞘に入った剣を肩に担いで立ち去った兵士に、カインはいつもより三割増 微笑みながらその背を見送った。御勤め御苦労さま、と労わりの言葉も忘れず。兵士が角 を曲がった辺りで、カインの表情が一変する。模範的な好青年の姿はどこへやら、冷め切 った視線は心なしか据わっており、近寄り難い雰囲気を漂わせていた。 「黒船は去ったというのに、まだ厳戒態勢を解いていませんか…」 剣呑に細められた瞳は、あちらこちらで巡回している兵士にそっと向けられる。凝視でも してしまえば職務質問から始まり、要らぬ内容を根掘り葉掘り聞かれるのが落ちだ。だか らこそただの旅人を装い、賑わう港町を観光しているよう、わざときょろきょろと視線を 泳がせる。少々大所帯のせいで違和感があるが、このご時世旅人などごまんといる。目を 動かせば、視界に入る半数以上は見慣れぬ衣服を身に纏う余所者ばかりであった。腰に下 げている物騒なものを見れば、それは火を見るよりも明らかである。 「でも警戒しているのは海だけで、門前の警備強化はされていないみたいだね」 白い長布を頭に巻きつけたシリュウは、その瞳がなるべく外に露出せぬよう、そっと片手 で垂れ落ちている布を持ち上げる。ハーティス港の一件もあり、シリュウの姿の大半は白 い布で覆われていた。折角シークエンドの計らいにより大陸に上陸出来たというのに、再 び問題を引き起こしでもすれば、今度こそ無事では済まないだろう。以前の失敗を反省し、 多少の衝撃では外れぬようしっかり固定し、最後に先端をギュッと握る。こうすればそう 簡単に布は持って行かれないだろう。 素肌を見せぬ文化を持つ民族は数は少ないが確かに存在している。ここ、ガレオラ港でも その民族が行き来しているのか、現在のシリュウの状態を見ても驚く者は誰一人としてい ない。 「必要なものを揃えてから出発した方が良いだろうね」 「ああ。それにこの近くには奴らが寄り付きそうなでかい遺跡があるからな」 奴ら、つまりそれはシリュウが追いかけているカーマインである。予想外の遅れにカーマ インとの差は開きっぱなしではあるが、その集団が今現在、どの地方をうろついているの かという明確な情報はどこにもない。酒場やギルドに尋ね回っても、一向に目ぼしい情報 は得られなかった。返ってくる言葉はどれも知らない、の一言だけ。大陸を渡った、とい う情報を最後に、ぱたりとカーマインは動きを見せなくなった。否、奴らは動いているの だろう。けれど誰にも気づかれぬよう大っぴらな行動は避け、静かにこの世界のどこかを 悠々と歩いているのだ。 「遺跡と言うと…ウィンデル遺跡ですね。海沿いに面した崖の近くにあるという、あの」 「断崖絶壁に位置するって聞いたけど、そこに出入りしている人は今は全くいないんだっ て。昔は神官たちが住んで神への祈りを捧げる神聖な場として使っていたみたい」 「神聖な場、ね。どうせ今は魔物の巣窟じゃないのかい?」 胡散臭そうな顔つきで眉間に皺を寄せたシェンリィは、潮風に揺れる髪を鬱陶しげに耳に 掻き上げた。照りつける日差しが眩しいのか、弓月のように細めた眼はあらぬ方向を向い ている。剥き出しの肌に容赦なく紫外線が注いでいるが、それほど彼女は気にしていない ようだ。寧ろ肩や首辺りを気にしているエリーナが、どこかに日陰はないかとそわそわし ていた。 「とにかく。地図を探してくるから皆は先に宿を取っておいてくれる?」 「待った。俺も一緒に行く。次いでに鍛冶屋に行こうぜ」 パン、と両の掌を合わせて大袈裟に乾いた音を響かせたシリュウは、さくさくと皆に指示 をする。小難しい話は後だ。今は手分けをして準備を整える必要がある。今はお昼前なの で日が暮れるまでにはまだまだ時間はあるが、立ち話をしているとあっという間に時間が 経つ。それに、ウィンデル遺跡の場所だけ分かっていても、距離が把握出来ていなければ 今日中の出立は控えた方が良いだろう。何よりこれ以上エリーナを立たせていては、いつ 不満を零されるか分かったものではない。それ以前にカインに小言をネチネチと言われる 方が精神的に堪える。 「私もついて行こうかい?」 「いえ。師匠はエリーナ達と一緒に宿で待っていてもらえますか?」 ハーティス港のこともあるのだろう。心配そうに下げられた眉は子供を心配する母親その ものである。そんな姿に苦笑を洩らしたシリュウは、安心させるためにそっと微笑む。 「大丈夫ですよ。それにヒューガもいるし」 「……それが心配なんだけどねぇ」 「あぁ?」 にやり、とわざとらしい笑みを浮かべたシェンリィは、ぴくりと青筋を浮かべたヒューガ に視線を送る。底冷えするような低い声に驚いたシリュウは、二人の微妙な空気に首を傾 げずにはいられなかった。ヒューガとカインのような一触即発な様子ではないものの、ど うしてこんな居辛い雰囲気なのだろうか。 「ふふ、冗談さ」 どれだけ睨みあったのだろうか。…と言ってもヒューガの一方的なものだけであったが。 妖艶な笑みを浮かべたまま、シェンリィはシリュウの頭を数回撫でると、いつの間にか日 陰に避難していたエリーナの手を引っ張って、賑わう人混みの中へと消えて行く。数拍置 いてハッと我に返ったカインが、珍しく焦った様子で二人の背を追いかけた。前後左右、 どこを見渡しても人ばかりの中を、懸命に掻き分けながら進む後ろ姿は少々哀れであった。 「よし、それじゃあ行くか」 眉間に寄っていた皺は消えている。その姿を見てホッと安堵の溜息を零したシリュウは、 催促するヒューガに頷いた。先に行こうとヒューガが歩み出したのだが、慌ててシリュウ はそれを遮る。容赦なく引っ張った服の袖に反り返ったヒューガが、蛙の潰れたような呻 き声を上げると、恨みがましくこちらを睨みつけてきた。 「お前な、方向音痴なのに前に出ようとするなよ」 「う、ぐ」 「ほら、そっちじゃなくてこっち」 明らかに反対方向を目指していたヒューガに呆れた様子で溜息を吐く。ここ最近は二人で 行動することがめっきり減ったせいか、ヒューガの悪い癖をすっかり忘れていた。まだエ リーナ達に会う前の頃は、こうやって何度もシリュウが歯止めをかけていたものだ。 返す言葉もないのか、グッと息を詰まらせたヒューガは苦虫を噛み潰したような、苦りき った表情を浮かべた。自覚はしているのだが、体が勝手に動く。それ故に何度もシリュウ に注意されているのだ。いい大人なのだから、いい加減学習すべきであろう。迷惑をかけ て申し訳ないと思う反面、羞恥心でここから逃げ出したいという衝動に駆られる。 「方向音痴だからって気にすることないよ。俺や皆がいるんだからさ」 急に黙り込んでしまったヒューガを訝しげに見つめていたシリュウは、覗き込んだ瞳が不 規則に動いているのだと知ると、少しだけ驚いたように瞠目した。なるほど、ヒューガで も恥ずかしいことがあるのだ、と口には出さないものの、本人を前にしてそんなことを心 の中で呟く。もし口に出していれば、一発殴られることは明らかだ。痛い目をみたくない から敢えて心の奥底にしまっておくことにした。 まさかシリュウがそんなことを思っているとも知らず、ヒューガは先ほど何気なく呟いた シリュウの言葉に気を浮上させていた。慰められているようで格好悪いが、シリュウの一 言で確かに救われていたのだ。人を慰めたり宥めたりするのが得意なのか、この少年は時々 こちらが欲しい言葉を包み隠さず与えてくれる。それは無意識なのだろう。意図的に発し た言葉にしては、あまりにも素朴すぎる。素朴だからこそ心の隅々にまで浸透する。もし 飾られた言葉で慰められれば、相手を疑うだけで終わってしまうだろう。 「それにその分はきっちり戦闘で稼いでもらえれば良いし」 ぼそり、と聞き取り辛いほどの小さな声で零した言葉にヒューガはぴくりと反応する。心 なしか頬の筋肉が引き攣っていた。 「お、お前最近俺に対して何気に酷くねぇか?」 お世辞にも感情の突起が激しいとは言えないが、出会った当初のシリュウはもう少し柔ら かい言葉遣いであった。もう少し柔和な態度であった。 「え、そう?うーん、カインや師匠と最近一緒に話をするからかな」 何ということだ、とヒューガは身を固めた。カインという名の毒舌魔王だけでも厄介な存 在だというのに、今ではシェンリィという食えない女が加わった。顔を見合わせるたびに 腹の中の探り合い。人付き合いが下手で直そうとしないヒューガの休息場所と言えば、宿 屋かこの少年の隣ぐらい。気を張る必要のない相手だったというのに、何故よりにもよっ てあの二人に感化されつつある。これは不味い、と背中に嫌な汗が流れるが、シリュウは そんなこと知ったことかと先を進んでいた。 ガレオラ港周辺といえば、日照時間が長いことで有名だ。夏場に似た気候なので熱射病や 脱水症状見舞われる者も少なくはない。それ故か、この港には至るところに洒落たカフェ が立ち並んでいる。人が行き交う場所にまではみ出すほど机や椅子が並んでいるせいで、 昼間の港町は人の多さでごった返し、進もうにも進めない状態が続いていた。 「人が多いな」 うんざりとした声色で呟いた声は、周囲の雑音に掻き消される。カラン、と手に持ってい た紙製のコップの中に入っていた氷が控えめに音を鳴らした。中に揺れているオレンジの 液体は、先ほど露店で購入したばかりの飲み物だ。一気にそれを仰ぎごくりと喉が動けば、 カラカラに渇いていたことが嘘のようにスッと体中に水分が浸透する。 「今日の定期便が出ねえんじゃ、ここに暫く滞在するしか手段がねーもんなぁ」 全く、海山賊は厄介なことをしてくれたものだとごちるヒューガを横目に、シリュウは苦 笑を零しながら残ったジュースを一気に飲み干す。近場にあったゴミ捨て場にそれを投げ 入れるなど行儀の悪いことなどするはずもなく、ちゃんとその場に寄ってから捨てる。そ れとは真逆の行動を起こしたヒューガを見て、シリュウは半ば呆れた様子で軽く睨みつけ るが全く効果はないようだ。 「まあまあ。シークエンドもわざとじゃあないんだから」 「ったく、お前は甘いんだよ」 愚痴り足りないのか、それからもヒューガの独り言が止まることはなかった。恐らく、船 酔いという名のストレスや欝憤が溜まっていたのだろう。いつもより何割か増して不機嫌 である。その矛先はシリュウに向けられるのだが、自分がそういうことに向いていること を虚しくも分かっているので、苦にはならない。フィラインにいた時も、大人の愚痴を聞 いていたのはいつの間にかシリュウの役になっていたのだ。 「過ぎたことをいちいち掘り返さない。……あ、ここ入ってみよう」 何度か相槌を打ち、適度に宥めて最後に一喝。ただ単に慰めるだけではこの男は復活しな い。夢想主義というよりも現実主義なヒューガには、優しさよりも厳しさを見せる方が立 ち直りが早い。人によっては厳しさの度合いが強いと、更に落ち込んでしまう場合もある のだが、ヒューガに至っては問題ない。それでも、もとの状態に戻るまで時間はかかるが。 まだ言い足りないことがあるのか、少々不服そうな顔をするヒューガを追い越し、シリュ ウは駆け足で小さな店に入る。お世辞にも綺麗とは言えない店内は薄暗く、外の通路にま で物が溢れかえっていた。そんな胡散臭い店を何故選んだかというと、この店に入る前に 入った道具屋では神殿の地図を取り扱っておらず、店主に紹介してもらったからだ。古び た造りの店はどうやら骨董品を置いているようなのだが、商品であろう品物が可哀想な扱 いを受けている。足元を見ていても小さなものまでは避けきれない。現にヒューガが後ろ でゴン、と何かにぶつかっていた。 「いらっしゃい。何が欲しいんだい?」 雪崩のように積み重なった商品が音を立てて崩れていく。切羽詰まったようなヒューガの 様子に呆れながら、使えるのか使えないのか分からない品物を片付けていたシリュウ達に、 ふとしゃがれたような低い声がかかる。思わず振り向けば、腰を曲げてランプを片手に近 寄る老人の姿が小さな灯火の中で映し出されていた。 「す、すみませんっ。すぐにもとに戻しますから」 「ああ、よいよい。そのままにしてくれて構わないよ」 ほっほっ、と朗らかに笑う老人に申し訳なさそうにシリュウは眉を下げる。人当たりの良 さそうな店主にホッと胸を撫で下ろすが、だからと言ってぶちまけたものをそのままにし ておくことなど出来なかった。最後の一つを簡素な机の上に乗せ、しゃがみこんでいた体 勢から起き上がる。 「あの、ここにウィンデル遺跡の地図があると聞いたんですけど」 改めて向き直った老人の背は、腰が曲がっていることもあるのだろうが、子供のように小 さかった。杖をつきながら覚束ない足取りで歩み寄るものだから、何らかの補助が必要な のではないかと、要らぬお節介を焼きそうでならない。 「ウィンデル遺跡?なんだ、お前さんたちもあんなもの欲しいのかい」 「たちもって…どういうことだ?」 今度こそ物にぶつからぬよう慎重に足を動かしていたヒューガが、途端に訝しげに眉をひ そめる。そんな様子など気にもしていないのか、店主は相変わらず微笑んでいた。 「ほれ、そこで古文書を漁ってる青年がついさっき同じ地図を買ったんだよ。 ……ああそういえば、あの遺跡の地図はあれで最後だったんだった。どうしようかねえ」 「最後の地図だぁ!?それじゃあもうないってことなのかよ」 思わぬ事実に素っ頓狂な声を上げたヒューガが、人前であるにも関わらず舌打ちをする。 はしたない行動にシリュウが窘めるが、全く聞く気はないようだ。 「すみません。こいつ図体だけはでかいくせして中身が子供なものですから」 「…この口か、そんなことを言うのは」 至極真面目に謝罪しているシリュウにヒクリと頬の筋肉を引き攣らせたヒューガは、口元 だけを釣り上げてシリュウの左頬を抓る。痛い、と抗議するシリュウに対し、にやにやと 意地の悪い笑みを浮かべているヒューガは性格が悪い。シリュウがカインやシェンリィに 感化されていると危惧しているが、この状態はまるでシェンリィに制裁を受けているよう なものだと、シリュウは心の中で呟く。 「あのお客さんも遺跡に行くようだから、お前さんたち一緒に行ったらどうだい?」 兄弟喧嘩のような仲睦まじい二人を眺めていた店主は、古文書をひたすら読んでいる青年 の背を見ながら、ふと提案した。 「あんなひょろい男が遺跡に入るだぁ?おいおい、自殺行為の間違いじゃないのか」 胡乱気に見やった男の後ろ姿といえば、確かにヒューガが言うとおり逞しさの欠片も見当 たらないものだった。これだけ大声で騒いでいるというのに全く気付く様子がない。猫背 になりながら本を黙々と読んでいる姿を見ると、明らかにインドアな人間以外に見えなか った。 「あの、すいません」 ブツブツと文句を垂れ流すヒューガを余所に、いつの間にか本を読み耽っている男の隣に 移動したシリュウが、前髪の長い男を覗き込んだ。しかし一度の問いかけには全く気付く 様子が見受けられない。半端ではない集中力に思わず目を瞠るが、次こそはと、今度は先 ほどよりもやや強めに声を出す。すると一点だけを見つめていた瞳が、のろのろと緩慢な 動きでこちらに動いた。 「……ん?僕に何か?」 想像していたものとは程遠い眠そうな声に、思わずシリュウは脱力する。読みかけの古文 書を閉じ、向き直った男は確かにひょろいものの、縦の長さが異常にあった。つまりは長 身である。決して低いわけでもないシリュウさえも、仰ぎ見なければ視線が合わないほど の高さを持つ男は、ぱっと見は存在感がないのに、いざ正面から見てみると異様なほど存 在感が溢れる。 「あ、あの…」 思わず怯んでしまったシリュウに、不思議そうに男は首を傾げる。 「お前遺跡の地図買ったんだろ?それ俺らに譲ってくんねぇか?」 見兼ねたヒューガが頭を掻きながら男に近寄る。ヒューガよりも少し背の高い男は、友好 的ではないヒューガの態度を気にするわけでもなく、先ほど購入した遺跡の地図と少年と 青年の姿を交互に見やった。 「譲るって、どういうことでしょうか?」 「俺たちもその遺跡に用があるんだよ」 「はあ。…と言われても僕も遺跡に用があるんですけど」 「ぁあ?手前そんな貧弱なくせして遺跡に行こうってか」 「ええ。だからギルドにでも掛け合って護衛でも雇おうかと……ん?二人は剣士ですか?」 はらはらと二人の様子を見守っていたシリュウは、いつヒューガが切れるのか心配でなら なかった。しかし、この長身の男はそれほど気にした様子がない。いちいち突っかかるよ うな物言いをするヒューガを前にしても、苛立つ気配はない。どうやら大らかな性格の持 ち主のようだ。 騒ぎになることはなさそうだとホッと安堵の息を吐いた途端、長身の男はシリュウとヒュ ーガの腰に下がっている剣を凝視した。 「丁度良い!二人とも僕の護衛してくれませんか? そうすれば地図も一緒に使えるし、一石二鳥じゃあないですか」 名案だ、と言わんばかりに手を打った男に、ヒューガだけが嫌そうに口元を歪ませる。 「そうですね。それにカインや師匠もいるし、安全面は問題ないと思います」 「っておい!何勝手に話を進めてんだよっ」 「だって地図は一つしかないし、穏便な方法はこれが一番じゃないか」 ギョッと目を剥いてシリュウの肩を掴んだヒューガは、疑わしそうに長身の男を睨みつけ る。細められた青い瞳には警戒心ばかりが集まっており、隙という隙はどこにも見当たら ない。 「嫌だなあ、そんなに機嫌悪くしないでくださいよ」 へらり、と笑う男は未だ威嚇するヒューガにスッと手を差し出した。一連の動作を眺めて いたヒューガはそれを凝視したあと、疑わしげに男を見据える。肉刺のない手のひら。角 張っているのは肉付きが悪いせいもあるのだろうが、この男の骨格がしっかりしているか らであろう。一見して武器を扱う手ではない。農業を営んでいる荒れた手でもない。 「僕はフォルトと言います。遺跡での護衛、よろしくお願いしますよお二人とも」 一向に握手をしようとしないヒューガの手を、フォルトと名乗った男が強引に掴む。その 俊敏な動きに驚きを隠せないでいたヒューガがそれを振りほどこうとするが、びくとも動 かない。血流が悪くなりそうなほど強く繋がれた手に、ヒューガは焦る心音を静める以外 抵抗する手段を持たなかった。