● 唐紅の記憶  ●




 カーマイン。それは表向きには盗賊。しかし、その連中にはもう一つの顔がある



第4話 『翻弄の始まり』



「ああそうさ、奴らはこの近くの村を壊滅させやがったんだ」

 ビールジョッキを右手に頬に十字の古傷が残っている男はそう言ってのけた。歳は既に四十を超えているのだろう。経験の深さを物語らせているのは、決して彼の顔や腕といった体中にある無数の傷跡だけではない。穏やかでありながら厳かに感じられる一つ一つの言葉に、シリュウは息を呑んでいた。
 しかし見事なまでに鍛えられている男と比べるとシリュウはまるで赤子のように小さな存在でしかなかった。おまけに自分の前に置かれているものといえば健全的な果実のジュースである。

「この近くって言うと、ジルアルタか?」

 しかしながら、シリュウの隣に座っている男は同じくビールジョッキを右手に携えている。男が息を吐くたびに臭うそれに、シリュウはこれで何度目か、思い切り顔を歪めた。
 紺色の短髪に空色の瞳。身にまとっている服も青や白を基調としている姿から、彼はどこぞの騎士か修道士なのではないか、と勘違いする者も多い。自分も騙されかけた。しかし見かけに騙されてはいけない。清楚な表面とは裏腹に中身はかなり軽い性格だ。
 男の名はヒューガ。クロスピル遺跡を不服にも共に行動した仲ではあるものの、今は遺跡の中ではなく、旅人のために設けられている宿泊施設兼酒場だ。何故彼がシリュウの隣にいるかと言うと話せば長くなるが、最大の理由として次の目的地が一緒であること、と言うことが挙げられる。本来一人旅を続行しようとしていたシリュウであったが、それを大袈裟に止めたのが間違いなく隣にいるひょうきんな男。ヒューガだ。
 一緒にいれば野営もしやすいだとか、魔物を撃退する時間も大幅に短縮されるとか、地図が読めることによって目的地に早く着けるだとか。ちなみに一番の理由は最後の点だとシリュウは自分の中で決定付けている。

「どこにでもある農村さ。一体あんな村に何の恨みがあってカーマインが動いたのか、全く持って理解できんが……それほどまで治安が悪くなっていることだけは確かだ」
「あーあ、どこに行ってもそいつらのことばっかりか。これじゃあ俺の商業が成り立たねぇったらありゃしねえな」

 自称トレジャーハンターであるヒューガは大きく肩を落として、ぐいっとジョッキに残っていたビールを空になるまで飲み干した。からん、とグラスの中に残ったのは半分ほど溶けた氷だけである。

「お前さんいい飲みっぷりだな。だがそれじゃあすぐに酔うぞ?」
「見た目に騙されんなよオッサン。こう見えて俺はザルなんだよ」
「そうか。だが、相棒は迷惑そうだが?」
「んー、相棒?」

 飲み足りないのかバーテンにもう一杯、と追加したヒューガは隣にいる少年に目を向けた。不機嫌、というわけではないのだが表情が硬い。おまけに少し顔色が悪いときた。

「……お前さあ、臭いで酔うとかいう笑えない冗談はやめろよな?」
「あのな、流石にそこまで俺は弱くない。でも酒は嫌いだ!」
「そうか。だが俺はかなり飲むから覚悟しとけ」
「あんたと旅することになった瞬間から色々覚悟してるよ……」

 げんなりとした様子でシリュウは残り半分以下になっているジュースを一口含んだ。本当は水が良いのだが、流石に水だけで酒場に長くいるのは気が引けるので、酒の入っていないジュースを頼んだのだ。しかし、酒の臭いで気分が悪くなっているので口に含んだその味などさっぱり分からない。

「カーマインは、それからどこに行ったか分かりますか?」
 
 手についた水滴を拭き終えると、シリュウは男と向き直った。この小さな酒場でもシリュウの特徴的な黒髪と赤い瞳を罵倒するものは誰もいなかった。一応長布で隠してはいるが、どうしても前髪が出てしまいそれを軽く指摘され結局外してしまったのだ。否、酒場だからこそ、皆酔い潰れて意識がはっきりしていないからなのかもしれないが、不幸中の幸いとして受け止めたいところだ。折角カーマインの情報があるというのに、外見を非難された挙句、追い出されでもすれば折角の情報収集が出来なくなってしまう。周りを見渡せば潰れている者が多く、ここの女将や従業員に部屋まで運ばれている者もかなりいるが、たまたま居合わせたこの男は意識もはっきりしている。呂律も正常だ。

「詳しい場所までは知らんが、噂によると南に下ったっていう話だ。まだこの大陸にいるのか、それともガリアス港を経由してどこかの大陸に移ったかのどちらかだろう」
「……流石に、追いつけないな」
「はっはっは!坊主、どう足掻いてもここからガリアス港までは一月近くかかる。何せこの場所は大陸の北に位置しているんだからな。港は地図で一番下の南さ」
「一月、か。いやでも、まだ大陸を渡ったとは断定できないし……」

 難しそうな顔をして唸り始めたシリュウに男は大袈裟に肩をすくませた。やれやれ、と言った様子で既に己の思考に耽っているシリュウを見据えているが、表情は決して硬くはない。寧ろどこか宥めるような、穏やかな雰囲気を醸し出している。
 二杯目のビールを半分ほど飲み終えたヒューガは、二人の様子をジッと見ていた。会話に参加する気は全くないようで、時折吟遊詩人の奏でる音色に耳を寄せていた。

「坊主、お前はまだ若い。死に急ぐようなことはするんじゃないぞ」
「え?」

 ふとかけられた言葉に少し遅れて反応したシリュウはどう言う意味だ、問いかけるために大きく振り返った。が、それはこの場にはそぐわない、金切り声のような悲鳴によって掻き消される。

「おいお譲ちゃんよ、人から情報引き出しといてさよならなんて虫が良すぎると思わねぇのか?」

 どこかで見たようなお約束の光景だな、と胡乱気に眉をひそめたシリュウはゆっくりと振り向いた。意識のあるものが多少ざわついているものの、かなりの数が潰れている。この非常事態なお約束な展開に気付いているのは少数だ。

「お金を取るなんて一言も言っていなかったわ!貴方のほうこそ初対面に対する礼儀ってものが欠けてるんじゃないの!」

 お世辞にもガラの良い、とは言えない図体の男を前にして奮闘していたのは、シリュウと同じほどの年であろう少女だった。
 売り言葉に買い言葉が続いているため、辺りにはぽつぽつとギャラリーが出没している。勿論止める気など更々ない薄情な旅人たちは、煽り立てたりどちらが勝つか賭けをしたりと散々なことをしている。

「ああ、またひよこ潰しにかかってるな、ジャックのやつ」

 呆れた物言いで呟いた男は大きな手を頭に乗せ、少し困ったような表情を浮かべていた。

「ひよこ潰し?ジャック?」

 互いに睨み合っている二つの塊に注意しながらも、シリュウは僅かに男の方へ振り返る。鬱陶しそうに髪を掻き揚げ二杯目のビールを飲み干したヒューガは、どうやらこの騒ぎに興味がないのか、大した反応もなく、ただぼんやりと視線で追っているだけだ。

「この店の古顔さ。色々気も合ってダチなんだが……酒であいつの悪い癖が出ちまったな」
「ひよこ潰しって、あの子に?」
「ああ。お前さんみたいな若造の旅人も狙われやすいが、あのお嬢ちゃんのほうが目立つ。しっかし本当にあの子は旅人か?それにしては随分と貧弱で、服装が浮いてるな」

 ふわりとした薄い桃色のスカートがふくらはぎの真ん中ほどまである。ヒューガのように少しだけ肩を露出しているものの、すぐに長い袖が少女の白い腕をすっぽりと隠していて清楚に仕立て上げていた。肩にかかるくらいのブラウンの髪に一つ輝く青い髪飾り。一房だけ長い髪は、その髪飾りによって左側に下げられていた。髪の毛自体が少し癖があるのか空気が膨らんだように柔らかだが、綺麗にまとまっている。少しだけ赤みがかってはいるものの、限りなく茶に近い瞳はどこにでもあるような色だ。しかし興奮しているせいか元々穏やかであろう目元はきつく吊り上がり、傷一筋さえ見当たらない真っ白な肌は、少しだけ赤みを差していた。
 見目麗しい、とまではいかないものの、そこそこの美貌の持ち主だ。まだ幼い顔つきが抜け切らないせいでもあるが、成人の女性になればたちまち美しくなることに間違いはない。ないのだが、だからこそおかしい。

(腰に提げているのは何だ?サーベルが入るにしては小さいな)

 そう、男が言うように少女は貧弱だった。とても武器を巧みに振り回す雰囲気ではない。見た目からではなく、彼女の服が綺麗過ぎることや、傷一つないことも不審に感じる。少女の存在はこの酒場では不釣合いで、違和感がありすぎた。
 混沌とした空気の中に現れた、無垢な存在。黒と白。

「―――世間知らず」

 ざわついている酒場にぽつりと零れた言葉に思わずシリュウは振り返る。その声は隣でつまらなさそうに事態を観察しているヒューガだったはずなのだが、抑揚のない低い声に驚いたシリュウは、瞬きも忘れてヒューガを凝視する。一瞬不安になったシリュウは相変わらず顔だけはぼんやりとしているヒューガに声をかけようとして口を開くが、ガシャンという何かが割れた音に無意識に反応し先ほどまで見ていた二つの塊に目を向けた。

「このアマが!人が下に出ているのをいい気になりやがって、舐めた口きいてんじゃねえぞコラっ!!」

 割れたグラスにそれに入っていたであろうものは酒だ。見事顔面にぶちまかれたそれにジャックは殺気を抑えることなど忘れて怒りに身を任せている。
 一体どういった具合でこんな結果を招いたのかは分からないが、未だ何かを投げつけたような姿勢のまま凄んでいる少女を見れば、たとえ今初めてこの光景を目にした者でも誰がグラスを投げつけたかは検討がつく。
 隣にいた男が大きく溜息を吐いた。どうやら、日常茶飯事らしい。

(いや、でも)

 先ほどまで「ひよこ潰し」と称されるように品定めする雰囲気しか出していなかった男が、我を忘れるほどにまで怒り心頭に発している。原因であろう少女と言えば、その殺気にさえも鈍いのか更に捲し上げるかのように口を切り始めた。

「汚い手で触らないで!!」

 お約束とも言えようこの台詞を少女が大声で叫んだ瞬間、何かが切れたような音が聞こえたような気がした。気がしただけで実際聞こえていないが、勘の良いギャラリーならば酒場の温度が数度下がったような感覚に気まずい空気を感じずにはいられないだろう。まただ、と小さく頭を振って男は立ち上がろうとした。ジャックを落ち着かせるために。
 しかしそれは風を切るような音と、目の前を疾風の如く過ぎ去ったもののおかげで邪魔される。いや、要らぬ心配となった。

 顔を真っ赤にして立ち上がったジャックは理性などとっくに吹っ飛んでいるのか、躊躇いもなく少女より二回りほど大きな手を握り締め、小柄な少女の顔を殴ろうとした。
 流石に殴られる、ということに気付いた少女は、先ほどまでの威勢の良さなどすっかり消えてしまい、短く悲鳴を上げた瞬間固く目を瞑る。その表情に浮かんでいたものは紛れもない、恐怖だった。

「いい大人がみっともない。一般人を殴る趣味でもあるんですか?」

 パシ、と男の手より幾分小さな己の手で、いとも簡単に止めたシリュウは冷ややかな目でジャックを軽く睨んだ。言葉の通り、多少の軽蔑の意味も込めて。
 突然現れた子供に、ジャックは間抜け面を取り繕うことも忘れて呆然としていた。子供が言うように些か大人気ないことは百も承知。この一撃は、決して軽いものなどではない。幾ら相手が女だからといって、ここまで貶され続けては堪忍袋の緒が切れるというもの。殺すつもりは毛頭ないが、小奇麗な顔に傷をつけるつもりで殴ろうとしたのだから、同じ体躯の男ならばともかく、こんな小柄な少年に片手で止められてしまっては面目丸つぶれだ。

「なっ…!!」
「ほらジャック、いい加減そこいらで頭を冷やせ」
「だ、だってよ!!」
「悪いな坊主、こいつ落ち着かせてくるぞ」

 ジャックの首根っこを掴んだ男は引きずるように奥の厨房へ入っていく。こういったことは日常茶飯事なのか、女将も呆れた面持ちであるものの、慣れた様子で再び仕事をしている。ギャラリーと言えば突然の飛び入りのせいで賭けがチャラになったのでブーイングの嵐だ。それを気の強い女将が一喝すると、面白いほどシンと静まりかえり、とばっちりを受けないようにこそこそと酒を飲み始める。

「君、大丈夫?」

 ようやく終わった、と肩を下ろしたシリュウは未だ唖然としている少女に振り返る。大きなどんぐりのような目を更に大きく開けて見つける先は、言わずもがなシリュウだ。
 食い入るように見つめられるシリュウといえば、困惑した様子で、だが安心させるように少しだけ微笑を浮かべる。人助けをするのはともかく後の処理は苦手だと、再び己の不器用さに呆れるな、と心の中でぼやいた。

「は、白馬の王子様……?」
「え?」

 シリュウを見つめながらどこか違う方向を見ているような少女に不安になったシリュウは、少女の零した言葉を拾いきれず小首を傾げた。

「―――お嬢様!!」

 酒場の扉が壊れんばかりに勢いよく押し開けられた瞬間に飛び込んできたのは、お伽噺の世界からそのまま飛び出て来たような、見目麗しい青年の姿だった。しかし、端正な顔は切羽詰った様子で心なしか額には汗が浮かんでいる。

「あ、カイン!」

 どうやら知り合いらしい。カインと呼ばれた男は少女を見つけるなり、安堵の溜息を漏らす。よほど慌てていたのだろう、うっすら頬に朱色が差し、肩で息を繰り返している。
 端正な顔立ちの男はヒューガとさほど変わらぬ年だろう。軍服に似たような服を身に纏っているが、似ているだけでそうではない。寧ろどこか個人の屋敷に専属で仕える騎士のような出で立ちだ。少し色素の抜けた金髪は後ろのほうが短めに切り揃えてあり爽やかさを一層際立てている。空色がぼけたような薄い青色の瞳が、金色の髪に映える。
 すらりとした長身に、酒場の来客は思わず息を呑んだ。その中の女性客と言えば青年の美しさに頬を染め見惚れている。

「ああ、ご無事でよかった。……捜しましたよエリーナ様」
「あ、あはは。だって一人でいてもつまんなかったし……」
「いけません。ただでさえ治安が悪いのですよ。こんな劣悪な場所にお嬢様お一人でいらして、万が一攫われ襲われでもすれば私はあなたのお父上に顔向け出来ません」
「あ、さっき殴られそうになったんだけど」
「はぁ!?」

 カインと呼ばれた男はエリーナの傍にいたシリュウを見つけるや否や、鬼のような形相で凄んだ。先ほど少女に対する穏やかな気配など微塵も感じられない。

「貴様…」

 感謝される側のシリュウと言えば、ゆらりとこちらに歩み寄る男の発する殺気に思わず萎縮する。無意識に肩を震わせ、瞠目したシリュウはいつの間にか腰に提げている剣の柄を握っていた。勿論剣を抜く気など全くない。気付けば己の意思とは反して、剣を抜こうとしていたのだ。

「待って待って待って!カイン駄目!その人は身を挺して私を助けてくれたんだよ!?」
「……それは事実ですか。まさか庇おうとなさっておられるのではないですか」
「事実ったら事実!もう、私が嘘吐いているとでも思ってるの!?」
「……貴様、本当か」

 少女に対するものとがらりと声色を変えられ、いきなり話を振られたシリュウは頷くどころではなかった。ひしひしと、まるで傷口を抉るかのような痛みに耐えている。傷など一つもないけれど、カインの殺気に肌と言う肌が悲鳴を上げていた。
 だからそれまであった理性を本能が覆し、自己防衛のために剣を抜こうとしたのだ。間違いない。

「…………そうですか」

 フッと緩やかに治まる殺気に、シリュウはドッと冷や汗をかく。それまであった緊迫した空気が嘘のように消えていく。変わりに目の前の男から滲み出て来たものは、ここに駆け込んで少女の安否を確認していた時のような穏やかな雰囲気だった。

「ねえねえ、貴方の名前は何?あ、それとさっきはありがとう」
「え……シリュウ」
「シリュウ?うんシリュウだね!私はエリーナ、よろしくね」
「よ、よろしく」

 先ほどの殺気に当てられていたシリュウは顔面蒼白だ。他の客も、矛先ではなかったにしろ、男のどす黒い殺気に当てられたせいか皆大人しい。酒を飲もうとする者は誰一人としていなかった。
 けれどたった一人だけ呑気に挨拶をする兵者がいる。あれだけの殺気を近くで感じているはずなのに気付いていないのは、相当の大物なのか鈍感なのかのどちらかだ。隙の多さなどから判断すると後者が正しいだろう。

「先ほどは失礼いたしました。申し訳ありません」
「いや、気にしてないよ」

 ようやく呼吸が落ち着いた所でシリュウはカインを真正面から見ることが出来た。この人畜無害そうな顔が、あっという間に鬼になるのだから人は見かけによらない。

「シリュウ、こっちはカイン。私の従者だよ」
「シリュウです。あの、従者って…」
「お嬢様、口が軽いですよ」
「貴方も彼女をお譲さまって呼んでる時点で口が軽いんじゃ……」
「シリュウ君、何か仰いましたか?」
「…………いえ、なんでもありません」

 正論を口に出した途端、笑顔で殺気を飛ばされたシリュウはぎくりと身を竦め反射的に誤る。気分的に、土下座でもしたいくらいだ。
 二人の会話についていけないシリュウは、じゃあこれで、と立ち去ろうと踵を返す。しかし、ぐい、と柔らかで温かいものに腕を引っ張られる。力は大して強くないので後ろに倒れるだなんて馬鹿な展開にはならなかったが、嫌な予感が脳裏を過ぎり振り返ろうかどうしようか一瞬悩んだ。

「……あの、エリーナ?」
「ねえシリュウ!私たちって運命的な出会いじゃない?乱暴者に女の子が襲われるってシーンはよく物語でで見かけるもの。それでね私凄く憧れてたの白馬の王子様に。恋をするなら縁談だとかつまらない物じゃなくって絶体絶命の時に現れて助けてくれるような男の子がいいなって思ってたのね。シリュウはきっと白馬の王子様なのよ!だから私を助けてくれたんだよね?やっぱり私たちってすごいわ。まるで本の世界の出会いみたい。ねえシリュウもそう思うわよね?」
「…………え?」

 どこで息継ぎをしたのだろう。あまりの高速なマシンガントークにぽかんとしたシリュウは思考が停止した。基本的に傍観者に徹しているシリュウなのだが、今回ばかりは頭の中が混乱する。
 シリュウさえ読んだことのない、どこか遠い世界の御伽噺を語るかのように、目を爛々と輝かせてシリュウに有無を言わせず合意を求めるエリーナは至極楽しそうだ。楽しそうのは本人のみで、捕まったシリュウはと言えば迷惑そうに一度視線を泳がせたのだが。

「うぜぇ」

 それまで光景を眺めていただけのヒューガが思わず顔を引き攣らせる。静寂の中で響いたそれは、他の客たちも賛同しているのか、タイミングよく相槌を打つ形となる。




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