●● 唐紅の記憶 ●●
「お人好しっつーか、寧ろ馬鹿じゃね?」
第5話 『険悪と嫌悪と毛嫌い』
酒場での事件から一日。あの騒動が明けた今、ヒューガは朝日を見ながら、呆れた様子で一言呟いた。その隣でげんなりとしているシリュウは、返す言葉もないのか沈黙のまま立ち竦んでいる。後ろの気配に振り返れば、男ばかりの旅の中に何故か妙齢の少女が一人。大層ご機嫌なのか、呑気にも鼻歌まで歌いだしそうな雰囲気である。
その傍らで、少女よりも少しだけ後ろに控えている長身な男は、穏やかそうな顔のつくりとは裏腹に、警戒心を露わにしてシリュウとヒューガを軽く睨めつけていた。
「ふふっ、よろしくねシリュウ」
花が咲き誇らんばかりに微笑んだエリーナは、ふわりとした長いスカートを翻らせた。同じく柔らかそうな髪の毛もたっぷりと風を受けてなびいている。枝毛一つ見当たらない不可思議さは、彼女が過酷な旅を経験したことがないのだと物語っていた。
「……よろしく。エリーナ、カイン」
半ば諦めた様子で一つ息を吐いたシリュウは、剣ダコのないまっさらな手を握った。それでも一瞬躊躇したのは、隣にいるカインの目がギラリと光ったからである。
それでもシリュウは、カインとはそこそこにやっていける自信があった。まだろくに会話もしていないが、エリーナに危害さえ加えなければ、基本的に彼は無害だ。逆鱗にさえ触れないように気をつければ、大方は柔和な態度で接してくれる。
握手をしたまま、それを両手で包み込んで嬉しそうに話しかけるエリーナの雰囲気に呑まれそうになりながらも、シリュウはちらりとカインの視線を追いかけた。カインが見ているのは、今エリーナと握手を交わしているシリュウではない。後ろにいるヒューガだ。
成長期のシリュウは、頭一つ分ほど高い男たちの攻防戦を肌で感じ取っていた。頭上で火花が散っている。ひやりと嫌な汗が背中から流れた。
「シリュウの髪と眼の色って珍しいわよね!ちょっと憧れちゃう。あっ!そういえばカーマインを追っているって言ってたわよね?それはどうして?」
「え、それは」
「それって盗賊でしょ?最近よく聞くよね」
質問攻めにあったシリュウは、あまりにも押しの強い少女に困り果てていた。好奇心旺盛なのか、何でもずばずばと思ったことを口にするエリーナには遠慮と言うものが見受けられない。それでも、世間知らずなのか肝が据わっているのか無知なのか、シリュウの持つ色を前にしても怯むどころか、珍しいだの憧れるだの、普通の人間の反応ではない反応を持ってくれた分はホッと胸を撫で下ろす。
どうしようか、と冷めた表情とは裏腹に、内心冷や汗もののシリュウはこっそり溜息を吐いた。
「キーキーうるせえな、これだから女ってのはいけ好かねぇんだよ」
適当に誤魔化そうか、とシリュウが口を開こうとした瞬間、不機嫌なオーラを隠すことなく刺々しい声を露わにしてヒューガが介入してきた。驚いて振り向けば、予想通り仏頂面の男が、その場で腕を組み仁王立ちして据わった目でこちらを見ていた。
すると、途端に走り出す悪寒。ゾワリと二の腕や背筋を這う殺気に、シリュウは困惑を含んだ目でヒューガを捉える。それから、嫌な予感が脳裏を過ぎりながらも、ぎこちない動きで後ろに控えているカインをそっと覗いた。
「では貴方が離脱すればよろしいのではないでしょう。今すぐこの場から、いえ目の前から消え失せてください」
「おーこわっ!そうしたいのは山々なんだけどな、こっちにも事情があんだよ。大体、そいつは俺の見つけた相棒だぜ?そう簡単に、はいさよなら、なんて出来るわけねえだろうが」
「おや。まるで彼を物のように扱うのですね、貴方は。第一、それはそちらの都合でしょう。下賤な人間は下賤の人間と行動してください。貴方なら同じような相棒という人間を見つける事だって容易いでしょう?」
「はっ、……言ってくれるじゃねえか。だが悪いな、変える気は更々ねーよ」
(……どっちでもいいから殺気を抑えてくれ)
どこかでゴングが鳴り響いた音を、シリュウは幻聴とわ分かっていながらも耳にした。始まった口八丁同士の刺々しい会話の戦いに、シリュウはうんざりとした様子で溜息を吐く。何せシリュウは、ヒューガのことを相棒という風に見ていない。ただのおまけとしかカウントしてない。そんなことを本人に暴露してしまえば何を言われるか分かったものではないが。
しかし、勝手についてきたのだからそれくらいに思われても当然、と言わんばかりの素っ気なさであることは自覚している。旅をしたと言っても、ヒューガとはまだ一週間足らずであった。いまいち信用性のない飄々とした男を相手にしているのだから、警戒するに越したことはない。
けれど、地図が読めないということには流石に不憫だった。ご丁寧にも寝る前に地図を広げては、その見方を徹底的に指導しているのも事実。それでも完璧な方向音痴ではないのだから、何もかもが中途半端で癖のある人間だと、今の所ヒューガに対してそう感じていた。それを補うように剣の腕は確かだ。是非とも手合わせ願いたい。
「むー。……私あのヒューガって人嫌いだわ」
「あー……煩いくらいよく喋るけど、あれでもそれなりに良い奴だよ。でも本当に今日はどうしたんだろ。虫の居所が悪いのかな、変にカリカリしてるし」
取りあえずこのメンバーとの相性は最悪だな、と自己判断した。しかし、どちらかと言えば人懐っこい印象を持つヒューガが、ここまで嫌悪感を前面に出しているなどこれまで見たことがなかった。まだ浅い付き合いという点もあるが、普段からよく会話もしていたし、何より町で寄った酒場で場の空気に合わせるのが羨ましいほど上手かった。我関せず、という時は本当に知らん顔をして傍観者を決め込んでいたが、無駄に敵を作るような態度は一度も取っていなかったはずだ。だとすれば、それほどカインと相性が悪いのかもしれない。
(確かに、カインは何を考えているか分からないからなぁ)
ヒューガまでとは言わないが、エリーナとカイン、この二人の組み合わせは些か不審だと感じていた。何故このでこぼこな二人が旅をしているのか、予測が出来ないわけではない。寧ろ推測は容易い。単純で嘘がつけないエリーナにこちらから根掘り葉掘り問えば簡単に口を割るに違いない。それとは対照的に鋼の壁でも立ち塞がっているかのような、絶対的な何かがカインのにあった。入ってくるな、と言わんばかりの大きな壁だ。こちらはそう易々と情報を晒すことなど、まずないだろう。彼は賢い。直感がそう言うのだ。
「やってらんねえっ!おいシリュウ行くぞ!!」
「わわ、ちょっと、腕引っ張るなって!しかも方向逆!!」
本当は方向音痴だろう、と叫びたくなったがヒューガの持っていた地図を見て肩を落とす。
「……ヒューガ、地図逆。逆さま」
「げっ」
ある意味天才としか言いようがなかった。
「シリュウ君」
カインとの毒舌な会話に嫌気が注したのか、ヒューガはそっぽを向いたまま動かない。名指しされたシリュウはというと、ぴたりと足を止め、神妙な顔つきのカインと対峙した。いきなり止まったシリュウを無理にでも連れて行こうとしないのは、舌打ちをしつつもヒューガの気遣いであると感じ取っている。過信じゃない。確信だ。
「一つ、君に言っておきたいことがあります」
「はあ」
「今回の件はお嬢様の願いですので、私が直接的に介入する権利はありません。ですがこの旅がお嬢様にとって危険であると私が判断した場合、何を犠牲にしてでもお嬢様は連れ帰ります。たとえ貴方たちが死んだとしても、ね。そのことを肝に銘じておいてください」
真っ直ぐ見上げれば、冷え切った青色の瞳がシリュウを射抜く。この世の残虐さを全て知り尽くしたような、穏やかな顔のパーツとは裏腹に肝が冷えるような視線に一度息を呑む。腰に携えた家紋入りの長い剣の柄をわざとらしく握り締め、カインは頭一つ分低いシリュウを見下ろしていた。声色はエリーナに話しかける時より明らかに低く、抑揚が欠けている。しかし、敵意を剥き出しにしながらも、上辺だけは善人のような笑みを口元だけ浮かべている姿はさながらペテン師のようだった。
「ああなんだ、そんなことか」
長々とした忠告にそれまで構えていた姿勢を解く。何だ、と肩を竦めて見せたシリュウは、軽く微笑して一つ大きく頷いた。
「それに関してだけど、俺もその意見に賛成だよ、その時は頼むね、カイン」
カインの辛辣な言葉に青筋が浮かべ、不機嫌丸出しだったヒューガは軽く唸って頭を抱えた。笑顔を見せられたカインも、思いがけないシリュウの台詞にぽかんと気の抜けた顔を見せる。なるほど、こんな顔もするのかとシリュウが思っていることも知らずに。
「え……」
「俺もカインに一つ言っておくね。この旅は危険だと思う。二人と一緒に行くことは……まあ構わないけど、もしかしたらカーマインと接触するかもしれない。その時俺はエリーナを守りきれる自信がない。だから彼女と三人で逃げて欲しい。それまでは責任もって全力で二人を守るよ。……いや、それはヒューガも含むから三人かな」
「……はあ」
「ああそれと、エリーナは気にしていなかったんだけど……。俺気味悪いと思うけど、普通の人と変わらないから、そこのところよろしく」
軽く首をかしげてお願いをするシリュウに、カインは信じられないと言いたげに瞠目した。まさか平然と返答するとは、夢にも思わなかったのだから。
しばし立ち尽くしているカインに気付かず、シリュウはよろしく、と再度頼みこんだ。差し出された手に、何とか残っている自我でカインは握り返した。自分よりも幾分か小さな手だが、角ばった様も剣ダコの数も、彼がただの少年でないのだと伝えているようだった。
それから、畏怖の色を必死に隠そうとする姿に、言いようのない悲しみを覚えた。長布の間から見える毛先の色や、影になっていても目立つ赤色の不気味な様を、知らぬはずがない。異端で穢れたものの象徴であることを、カインはもちろん知っていた。
「……私は固定概念を信じません。君が何かしでかさない限り、興味を持ちません」
随分と冷たい言葉だな、と自嘲する。視界の端で動く青色を纏う男が射殺さんばかりに殺気を放ったが、それよりも目の前の少年が、呆気に取られながらもホッと安堵の笑みを浮かべたことが印象的であった。
「おいおい、何言ってんだお前」
「え、なにが?」
微妙な空気に立ち入ったヒューガは、カインに向けていた殺気を鎮め、一仕事終えたようにすっきりとした顔つきのシリュウを小突いた。
「さっきの、撤回しろよ」
「さっき?さっきって何だっけ?」
「危なくなったら三人で逃げろってやつ」
「……どこを撤回するんだ?」
意味が分からない、と眉をひそめたシリュウだったが、殊の外真剣な顔つきのヒューガに思わずたじろぐ。シリュウの答えが気に食わないのか、剣呑であった顔が更に歪み、空のように透き通った瞳が一度悲しげに揺れた気がした。
「あのな、俺とお前は相棒だぜ?」
「不本意ながらもね」
「……とにかく、俺は手を組んでいる以上お前を見捨てることはしない。カーマインがどれだけ危険なのかも理解している。あの集団が全員で襲い掛かってきたら無傷でいる自信はないが、適当にあしらってお前を小脇に抱えて逃げ出すくらいなら出来るぜ?それに俺のほうが強いんだ。お前に守られるわけねーだろ」
ニッと歯を見せて笑った姿に何度か瞬きを繰り返したシリュウは、ああ、と軽く手を打って納得がいったような素振りを見せた。若干わざとらしかったのは、気のせいだ。
「それもそうか。そうだね、俺あんたより弱いし」
「え、納得する場所ってそこかよ!?」
「でもヒューガの言いたいことは理解したよ。相当変わってるよ、あんたって」
うんうん、と一人で頷いていたシリュウにヒューガは一瞬眩暈を覚える。わざとなのか、それとも素なのか。これが素であったなら明らかに天然要素が入っていると言っても過言ではなかろう。もはや何故ヒューガが起こっていたのか、シリュウは覚えていないだろうし考えてもいないだろう。自分よりも相手が強い、と認める寛大さや許容さは年にあわず感嘆に値するが、いまいち危機感に欠けている。一抹の不安を覚えたヒューガは、後頭部を乱暴に掻き回すと、再度説明しようかと悩んだ。
「ありがとうヒューガ」
急に顔を上げたシリュウは、口元を緩ませて微笑んだ。それが随分と大人びている者だから、これまで彼の破顔一笑を見たことがなかったと思い返したヒューガは、意図を図りかね眼を瞬かせた。
「あんたの気持ちは凄く嬉しい。そう言ってくれると心強い。でも本当に危なくなったときは、俺に構わず逃げろよ」
握り拳を作り、ヒューガの胸元を二、三回ほど軽く叩く。先ほどの微笑とはまた違う、今度こそ年相応らしい悪戯を考え付いたような意味深な笑みだ。お世辞にも喜怒哀楽が激しいとは言えないシリュウの変わり様に追いつけていないヒューガは、再び唖然とした。けれどどうしてなのか込み上げてくる笑いは止まらない。
「くくっ。ま、精々俺に担がれないよう気張れや」
「あったりまえだろ。そう簡単に負けやしないさ」
互いに顔を見合わせると、何もなかったかのように再び地図を読み始め歩き出す。それが然も当然と言わんばかりの二人の行動に、カインは呆気に取られていた。けれど、一度頭を振ると、いけ好かないヒューガにではなく、先頭を歩いているシリュウに視線を動かした。エリーナと年は然程変わらないようだが、年の割には言いようのない貫禄が備わっている。子供であるにもかかわらず大人顔負けの平常心を持ち、皮肉を言われても反抗的な態度を見せない。初めの方こそカインの言葉を理解していないただの馬鹿だと勘違いしたが、一度たりとも視線を逸らさなかったあの姿勢は、並大抵の人間が出来るものではないし真似ることなど不可能だ。ましてやこちらは本気で殺気を向けたのだ。これを面白いと言わずして何と呼ぶ。
シリュウが信頼に値するか。カインにとって判断材料が少なすぎるため、断言出来ない。だが少なくとも、エリーナを頭ごなしに嫌っているヒューガよりは何倍も善人であるとカインはひとまずこの推測で落ち着こうと先を歩く彼らを追いかけた。
「あーもう疲れたー。もう一歩も動けない。無理だよぉ」
それから数十分歩いた所でついにエリーナが弱音を吐いた。ぺたん、とその場に座り込んだ姿はお世辞にも気品あるお嬢様の姿には見えない。
「大丈夫?エリーナ」
それなりに先を歩いていたシリュウは余程聴力が良いのか、エリーナのが発した第一声で既に振り向いていた。そしてへたりこんだ少女を確認しては、来た道を戻り始める。後ろを付いてきていたヒューガが舌打ちをしたのは気のせいではない。
「大丈夫じゃないよぉ。歩いても歩いても遺跡見つからないんだもん。第一、いい加減この景色にも飽きちゃったし、足も痛いし、散々だよシリュウ……」
「足?肉刺とか靴擦れとかじゃない?」
「うん、違うと思う。そんなんじゃなくて、……疲れた」
「困ったな。もうそろそろ陽射しが強くなるから、下手に休憩するとかえって体力を消耗するかもしれないんだけど。もう少し頑張れない?あと少しだから」
気遣わしげにエリーナを覗き込んだシリュウは、エリーナに断りを入れて、辛そうに摩っているふくらはぎのツボを押し始めた。取りあえず根を上げてもらわないためにも応急処置が必要である。
「はっ、だからこんなお荷物邪魔なんだよ」
「ヒューガ」
仕方なく後退してきたヒューガは、露骨に不機嫌そうな顔をして聞こえるか聞こえないかの微妙な声量で暴言を吐く。それをしっかり耳に入れたシリュウは、咎めるような強めの声で嗜めた。
「わっ、すごーいシリュウ!ちょっと楽になったかも!!」
「そう?それならいいんだけど」
的確な位置のツボを押していたシリュウは、その時エリーナがどれほどご機嫌であったか見えていなかった。白馬の王子様宣言の時と同じ、期待に満ちた表情は相変わらず健在である。
「この無謀な旅の前の移動手段は専ら辻馬車でしたからね。やはりお嬢様には負担が大きかったようです。休まれますか?」
「はぁ?辻馬車使ってただぁ!?」
シリュウに睨まれたのが効いたのか、それまで黙り込んでいたヒューガはぼそりと零したカインの言葉に耳を疑った。
辻馬車と言えばあれだ。このご時世、旅人ごときがそう簡単に乗れる代物ではない。何しろ代金が高額なのだ。宿屋の一等室を三日は占拠出来るほどの値段。だから金に余裕のない旅人は徒歩や、あるいは自前の馬を使う。馬を使う者は滅多にいないが、どこかしらのコネで手に入れる者も少なくはない。
「それは、体力がないわけだ」
何となくこうなるだろうと予測していたシリュウは苦笑を浮かべるだけだ。それとは正反対に、大声を上げたヒューガは呆れ返って先ほどから溜息ばかり吐き続けていた。
「所詮は貴族の女だ。はなからそいつの体力なんぞ期待してねぇが。……ほんっとうにお荷物だな、お前。俺たちについてくる覚悟なんぞそんな程度か」
「―――!!」
「おいヒューガ!」
座り込んでいるエリーナを上から見下ろし、不機嫌を通り越して無表情になっているヒューガを直視したエリーナはビクリと肩を震わせた。下唇を噛み、己の失態に言い返すことが出来ないのか俯き加減になり、挙句の果てには涙がじわりと浮かび始める。
流石にヒューガの罵りには黙っていられなくなったシリュウは、非難がましくヒューガを睨めつけた。その前に殺気の篭った視線を浴びていたはずなのだが、どちらかと言うとシリュウの言葉でムスッと拗ね始める。エリーナに向けていたあの表情が嘘のように、まるで子供のような態度にシリュウは呆れて溜息を吐いた。
「けどよ、そいつがいなかったらもっと旅は順調だったはずだぜ?」
「それはそうかもしれないけど……。ごめんエリーナ。おぶろうか?」
「へ、平気よ!」
心配そうに覗き込むシリュウを跳ね除けるように、顔を真っ赤にして立ち上がったエリーナは、長いスカートをグッと握り締め涙目になりながらヒューガをキッと睨んだ。
「べ、別に休みたいなんて一言も言っていないわ!足が痛いって言っただけだもん!!」
「ふーん、それで?」
「だ、だから……っ。ほら行きましょうシリュウ、カイン!遺跡までもう少しなのよね?」
反撃したくても妙に威圧感があるヒューガに根負けしたのか、金魚のように口をぱくぱくさせた後、悔しそうに顔を歪めてシリュウの腕を引っ張り始める。早足で進み始めるが時折従者の名前を連呼して早く来るよう催促させた。そんな姿に僅かに苦笑を浮かべていたカインだったが、ヒューガと擦れ違う瞬間、穏やかな雰囲気は嘘のように壊れる。
ゆっくり、風が通るような僅かな音を感じ取ったヒューガは、エリーナのもとへ向かったカインを詰まらなさそうな目で追いかけた。
「……失せろ、ねぇ。穏やかじゃねえなあ」
顎に手を当て、クツクツと腹の底から小さく嗤いだす。その視線の先には、完全な拒絶を吐き捨てたカインと、未だ憤慨しているエリーナの姿。苦笑しながらエリーナを宥めるシリュウがいた。氷点下な笑みと、それとは正反対な穏やかな笑み。
「まあいいさ。どうなろうと俺の知ったことじゃない」
また無責任な、というシリュウの呆れ返る表情が目に浮かぶ。そんな想像さえ簡単に出来る自分を笑いながら、ヒューガは小さくなり始めている三人の影を追った。
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