Chirstmas Light 「ユーア、12月といえば何だと思う?」 「……セレーネが無駄に仕事を回してきて人の冬休みを食い潰す月」 「へ?」 「いや、何でもない何でもない」  完全に机に突っ伏していたユーアは不意打ちの攻撃にのたり、と頭を上げた。  脳みそが動いていない。  受け応えが危険だ。 「ユーア、目の下に隈できてるよ、大丈夫?」 「だいじょうぶぢゃない……」 「まったく、不摂生な奴だな」 「夜更かしも程々にしてくださいよ」  親友たちのかけてくれる生温い言葉の数々に思わず涙が溢れてくる。  まったく、師走という言葉は誰が作ったか知らないが名言だ。 「で、12月が何だって?」 「だからぁ、12月といえば何だと思う?」 「寒い」 「……」 「だから言ったろう? そんなロマンもモラルも血も涙も胸も何もない奴に聞いても無駄だと」 「ちょっとリベル……あんた、今、ものすごく腹立つこと言ったわね?」 「さあな」 「まあまあ、ユーアさん。  12月といえば欠かせないイベントがあるじゃないですか」 「イベントぉ?」 「クリスマスだよぉ、ユーアぁ!」  ぶんぶんと両腕を振り回しながら、イリィがぴょんぴょんと飛ぶ。 「くりすますだぁぁぁ〜?」 「みんなでツリー飾ってー、ケーキ食べてー、プレゼント交換してー、ゲームで遊んでー、それからえーとえーと…いーっぱ い、いっぱい楽しいことしてー!  それでねそれでね! 寝るときに靴下提げとくとね、サンタさんがプレゼント持ってきてくれるんだよー!!」 「……」  全身の疲労感が倍増した。  こいつは本気だ。本気で言っている。  天然記念物だ。下手なお伽草子なんかよりよっぽど珍しい。 「……あんたの頭の中身の解析で学会デビューできると思うわ、あたし……」 「へ?」 「いや、もういいや……  で、その楽しい楽しいクリスマスがどうしたってのよ?」 「だからぁ、みんなでクリスマスパーティーやらないかって言ってるのー!」 「クリスマスパーティー?」 「ええ、ユーアさん、やりませんか?」 「ふっ……まったく、クリスマスパーティーなんて、子供ねぇ、あなた達」 「あ……、いたんだハルカ」  不必要に金の髪を掻き揚げて、机の脇でハルカ=マイラスが胸を張っていた。  誰に見せるわけでもなく、腰に手を当て、豊満なスタイルを見せ付けるようなポーズを取りつつ、 「それに比べて私なんか……  昼は二人っきりで暖炉のある部屋でチェリーパイとシナモンティーでお茶して過ごし、夜は高級レストランで愛を語らいな がらグラスを傾けて……」 「フィルスー、クリスマスパーティーとかやるそうだけど、あんたどうする?」 「え、く、クリスマスパーティーですかっ? 楽しそうですねー!  僕も混ざっちゃっていいんですか?」 「まあ、たまにお子様のクリスマスも悪くないわね。  というわけで、この私も特別にお呼ばれされてあげてもよろしくてよ」 「わかりやすい奴……」  ハルカの変わり身の早さにある種、尊敬すら抱く。いや、そうなりたいという意味ではないが。 「じゃあじゃあ、アリアス先輩とかもみんな呼んでパーティーやろうよ!  ユーア、セフィ先輩も呼べるかなぁ? あ、そうだ、シア先生とかも呼ばなきゃね」 「却下」 「えー、何で?」 「何でも何もあるか! 何でそんな席にそんな害虫を……!」 「クリスマスパーティーですか、それは楽しそうですねぇ」 「……」  一気に弛緩を始める筋肉を、精神力の欠片をかき集めて無理矢理起こす。  くらくらと眩暈がしたのは、けして睡眠不足や仕事疲れのせいだけではないだろう。  全身全霊が振り向くのを拒否している。  だが、周りに心優しい学友どもがいる以上、そういうわけにもいかないわけで…… 「だいぶお疲れのようですね、大丈夫ですかフロアリアさん」 「あー、シアせんせー!」 「……」  振り向いた先にいたのは、やはり群青のマントを纏った一見好青年の若い教師。  艶やかな黒髪。  嫌味に綺麗な瞳。  そして穏やかな微笑みと物腰。  クレンシアの名物教師のご登場だ。何故、こんな絶妙のタイミングで現れてくれやがるのだろう、こいつは。 「ねぇねぇ、シア先生! イヴの夕方にみんなでクリスマスパーティーやりたいんですけど、いいですよね!?」 「そうですね……そうなるとアイナ先生にも相談しなくてはならないでしょうが、皆さんで計画してちゃんと節度を守ってや るのなら構わないと思いますよ」 「先生も来てくれますか!?」 「ええ、喜んで」 「うわぁぁぁぁーーーいっ!! いいって、良かったねユーア!」  ―――何が良かったね、だ、この意図的二重人格者っ! いつもいつも変なタイミングで出てきやがって何様のつもりだボ ウフラの生まれ変わりめっ! ってゆーか虫唾が走るからとっととどこか消え失せろっ!!  ……そう叫びたくなる衝動を必死に堪え、ユーアはどう見ても不自然な笑みをつくり、 「あ、そう、よかったわね」 「棒読みだぞ、ロマンなし」 「あああっ、うるさいうるさいっ!! とにかくっ!!  何にしろ、あたしはその日バイトだから出られないからっ!  あんたたちでてきとーに楽しんでちょーだい」 「え……そうなの?」  イリィがはしゃぐのをやめてユーアの顔を覗き込んだ。眉根を下げて、涙目になりかけているその友人に、深々と息を吐き 、 「そーなの。仕方ないじゃない。こういう時期だから、倍忙しいのよ」 「でも……一日くらい何とか遊べないんですか?」 「無理。歳明けるまでに片付けなきゃいけないもんが山積みでね。生憎だけど、貧乏暇なし」 「じゃあ、パーティーの日にち誓えるとか……」 「いいから。あんたたちはあんたたちで楽しんでなさいよ。あたし一人の都合でころころ変えるってのも何でしょ。  どうぞ、お気になさらず」 「でもぉ……」 「そうですわねぇ、一人のために全員が左右されることありませんわ。  ましてや、モラルも感動も胸もないひねくれたガキのために、」  ぐわしゃっっっ!!!  ハルカの顔面に黒板消しのクリーナーがめり込んだ。 「ね、姉さまぁぁぁ〜〜〜っ!!」 「勝手に言ってろ、この変態ブラコン女。  つーわけで、あたしは忙しくて出席できないけどそれぞれ楽しんでちょうだいな」 「うー、ユーア……」 「あんたも情けない顔してんじゃないわよ。ティシーとリベルと、一緒に楽しんできなさい」 「うー……うん…」  泣きそうに顔を歪めるイリィの頭をくしゃくしゃと撫でながら、ユーアは立ち上がった。  今日もセレーネの膝元で書類・押収された書物や道具の整理だ。年末までに何とか片付けなければ、来年の『伝説の夜』[ レジェンドナイト]の活動に支障が出てしまう。 「フロアリアさん、本当にいいのですか?」 「いいって。あたしはそんな子供じゃないの。  では皆の衆、ごきげんよう、また明日」  話しかけてくるシアを振り切って、ユーアはぱたぱたと後ろ手を振りながら教室を後にした。 「うー……ユーア、今年も来てくれなかったね……」 「今年も、ですか?」  リベルに頭を撫でられながら言ったイリィの言葉に、シアが首を傾げる。 「ええ、去年もクリスマスパーティーしたんですけど、ユーアさんだけ来られなくて。  誰かの誕生日パーティーとかもあまり来てくれないし、ご自分の誕生日すら教えてくれない人ですから……  もうちょっと、一緒に楽しめるといいんですけどね……」 「まったく、だからモラルを持てと言うのだ」  ティシーも答えて、息を吐く。  棘のある言い方ながら、リベルの言葉にもどことなく影がある。  何となく、多少落ち込んだ雰囲気の面々に、シアは頭を掻きながら小さく肩をすくめたのだった。 「ねぇ、ユーア。本当にいいの?」 「いいって。これくらい、一人でやれるし。つーか、今までは毎回一人だったんだしさ」  『伝説の夜』[レジェンドナイト]本部の地下にある書庫は、帝国書簡並みだ。薄暗い地下に取り揃えられているものはかな りの古書と貴重品。  山積みされた本棚を梯子に足を掛けながらチェックしていく。  梯子の遥か下からかけられた声に、ユーアは声をやや張り上げて答えた。  リストから目を外せば、梯子の下にはつい一年前にユーアの下に配属された新米の組織員であり、ユーアの書類上の先輩セ フィ=ラミアリスがこちらを見上げている。 「セフィは早く帰んなよ。暗くなると夜道は危ないよー」 「それはユーアもでしょー」 「あたしは最悪、ここに泊まったっていいんだから。あんたはちゃんと帰って寝なきゃ駄目。  昼間、学生のあたしと違って、昼もノンストップで働いてもらわなきゃならないんだから」 「でも〜……この量を一人でなんて……」 「上官命令、OK?」 「う、うぅ〜……」  子供のように唸り始めるセフィ。  しばらく梯子に張り付いていたが、やがて言って聞くものじゃないと悟ったのか梯子の足から離れた。  きびすを返そうとして、ふと思いついたように振り返る。 「ねぇ、ユーア……」 「ん〜?」 「あなた、クリスマスの日はどうするの?」 「ああ、何かイリィたちがクリスマスパーティーやるとか言ってて、セフィにも来て欲しいって」 「私じゃなくて、あなたのことよ。  去年もパーティーに出てなかったけど、もしかして……」 「ザッツライト。仕事で手一杯」 「やっぱり……  そんなの駄目よ、なら私も……」 「生憎、その日はA級以上の組織員しか触れない資料の整理の日でねぇ、あんた今何級?」 「し、C級……」 「はい、残念。  というわけでパーティー出席してあたしの代わりにイリィの相手をしてやる係決定」 「で、でも……」 「気持ちは嬉しいけどね、年末の資料整理って年内に終わらなかったら来年に響くのよ。  この無駄に大きい組織が、完璧に動かなくなる可能性もあるの。  そうなったら責任取れる?」 「……」 「上の級に成る程、こういうことも多くなる。あんたはまだ遊べるうちに遊んでおきなよ。  後でもっと遊んでおけば良かった、なんて後悔しても遅いよー。  まあ、何にしても今日はもう帰りなさいな」  言い放って再び凄まじい速度でリストをめくっていく。  セフィはしばらくそれを眺めていたが、やがて無駄と諦めたようだ。はあ、と深々と息を吐くとゆっくり背を向けた。 「じゃあ……先に帰るけど……  あんまり無理はしないでね。おやすみなさい」 「はいはい、おやすみー」  彼女の足音と気配が遠ざかる。やがて書庫の重い扉が開け閉めされる、心臓に良くない音が響き渡った。  きりきりと内臓を締め付けるようなその音が止んでから、ユーアは肩を上下させて本棚に寄り掛かった。 「クリスマス、ね……」  ―――ま、今のあたしには似合わないもんだしな。 「それに、ま、今はそんなことやってる場合じゃないし、大人しく書庫の整理でもやってようかね」  ―――そうだ。  何も、祝うことなどないのだ。  あたしにはそんなことはない。  『欠落者』[ミステイク]を、倒すまでは、そんなものに、煩わされるわけには―――。 「―――へ?」  24日当日。  通信越しに聞こえたセレーネの言葉に、ユーアは間の抜けた声を出した。 『ですから、今日一日、あなたの仕事はおやすみです。  仕事なら代わりを見つけましたから、今日はあなたは非番になりました』 「ち、ちょっと、セレーネ! 何それ、どういうこっ……」 『では失礼します、ごきげんよう』  ぷつっ……  ひたすら身勝手な台詞と共にユーアの手の中に落ちる金の通信玉[コミュニケイト・ボール]。  しばし、唖然としてそれを眺めた後、ユーアはやたらのろのろとした動作でポケットに入れる。 「はぁ……」  ―――まったく、どういうことだ。  この年末の忙しい、猫の手でも借りたいときに何を考えているのだろう、セレーネの奴は……  さて、どうしようか。  学校の、外気の冷たい廊下を歩きながら思案する。  人手は見つかったと言っていたが、果たしてあの量を始末できる人間か疑わしい。  大体、A級組織員など、本当はあまりいないのだ。 「やっぱり、あたしも放課後は……」 「ゆ・う・あ・ーっっっ!!」  ぼごすっ!! 「ぐおっ!?」  思案していたら後ろから剛速球に追突された。 「げほっ! い、イリィ、あんたね! 人の体のことも考えなさいよ!」 「ねーねー、ユーア! バイト、休みになったって本当!?」 「は? 何であんたが知って……」 「ならパーティー来れるよね! ティシーにお買い物頼まれたんだ、一緒に行こう!」 「は? いや、ち、ちょっと待て、あたしは……!」 「何か買おうかなー。やっぱりプレゼントは雑貨屋さんとか見てみる? でもお菓子もいいよねー!  あ、ビンゴゲームのカードも買わなくちゃ!!」 「い、いやちょっと」 「ほら早くぅ、お店閉まっちゃうぅぅぅ」 「いくらなんでもこんな早い時間に店閉まいする景気の悪い店があるかっ!  ちょ、あたしは……人の話を聞けぇっっっ!!!」  イベントに目の眩んだお子様に勝てる奴はいない。  廊下に叫び声を撒き散らしながら、ユーアはそのままずるずるとイリィに引きずられていった。  げんなりと力無く溜め息を吐く。 「どうしたの、ユーア。元気ないよ? パーティーこれからなのに」 「元気ないってあんた……い、いや、疲れたからいいや、もうどうでも」  両手に紙袋を提げ、再度溜め息。  イリィと買い物なんて、もっと良く考えるべきだった。  何しろこのお子様はふと目を離すとどこに行っているかわからない。  珍しい形の石ごときでも、ひょいひょい付いて行って誘拐されかねない実に危ない奴なのである。  そんな奴と町なんかに出た日には、全身神経を研ぎ澄まして臨まなければ、どうなるかわからない。  実際、買い物が終わる頃になって初めて、ものすごくまともにお使いをしてしまっている自分に気がついた。  下に恐ろしきはイベント好きのお子様パワーである。  侮りがたし。 「ほらほらユーア、ここだよー!」  ぶんぶんと両手の袋を振り回して、教室を指示する。結局、学校でやることになったらしい。  しかし、普段は自分より非力なのになんだろう、この微妙な違和感は。  ―――あー、もう本当にどうでもいいや。  考えるのも諦めて、ユーアは教室のドアを開けた。 「あ、いらっしゃいユーアさん」 「何だ、結局来たのか」  三角のスパンコールが散らばった帽子を被り、ツリーを飾るのはティシーとリベル。 「あ、ユーア! 来れたのね!!」  六つくっつけられた机であれこれケーキやら何やらの準備をするのはセフィ=ラミアリス。 「はー、愛しい弟とクリスマスが過ごせるなんてお姉ちゃん幸せだわーv  夕方はこいつらと一緒だけど、夜は二人っきりですごしましょーねーv」 「あ、あの、姉さま、準備も手伝わないと……」  準備を手伝おうとするフィルスと、明らかにそれを邪魔しているハルカ。 「っああああ!! 重いっ!!  そこの怪力女っ! 来たなら少し手伝えっ!」 「(ぶちっ)ほう、手伝えとな?  なら手伝ってやるわよ、Breeze・Abirity―――」 「げ」 「虞風[ワイルド・ウィンド]っ!!」  どがしゃ、がしゃぁぁぁんっ!! 「ユーア……」  邪魔な机を片付けていて逆にその机に埋められるのはアリアス=キファ=ライナンス。 「ったく、聖なる夜に余計なことを……」 「ユーアも聖なる夜くらい人を吹き飛ばさなくても……」 「で? 見たところ、一名、来てないみたいだけど。  あの二重人格者……あ、いや、シア先生はどうしたの?」 『あ……』  ティシーとセフィが気まずそうに顔を見合わせる。  あちこちに痣と瘤を作ったアリアスが、机の下から這いずって、 「やっこさん、急用ができたとかでさっきそれだけ言って出て行っちまったぜ」 「えー、そうなのー!?」 「急用……?」  ぴくり、とユーアの眉が動く。 「ま、急用なんて言ってたけどあの人にクリスマスの予定がないことが不自然だもんなー。  やっぱ女に呼び出されて行ったんじゃねーの?」 「そんなことないわよ! アリアス君の馬鹿っ!!」 「おわっ! せ、先輩、怒るなって。冗談だよ、冗談」  憤慨して目を尖らせるセフィに、アリアスは慌てて両手を振った。目が半泣きになっていて、妙に怖い。  その光景を無感動に眺めながら、 「……ふん、そういうこと」 「ユーア?」 「何でもなーい。さー、ケーキもおいしそうだし、馬鹿が戻ってきたりしないうちにさっさと始めちゃいましょ」 「じゃあ、ユーアさん、買ってきたものをそこに……」  一瞬、漏れた一言を覆い隠して、ユーアはティシーの指示に耳を傾けた。  日が暮れてだいぶ経った。  埃と闇に包まれた空間で、『伝説の夜』[レジェンドナイト]A級組織員シア=グローリアはくぁ、と欠伸を噛み殺した。  黒のインバネスにズボン、それから赤のシャツ。  さすがにシルクハットは被っていないが、教師服は脱ぎ、いつものナイトの格好だ。  周囲の薄暗い闇を照らすのは、立て付けの悪い机に置かれたランプだけ。  両脇に手を伸ばすと、資料と物品の棚に手が当たる。狭いように見えて、実は広い部屋なのだが、資料が多すぎてやはり狭 い。  資料に目を通し、廃棄分を取り除き、物品とリストとを照らし合わせる。  単調なようでいて、結構、脳を使う仕事だ。おまけに部屋の空気が悪いせいで、頭が痛くなってくる。 「っはあ、意外……でもねぇけど、クリスマスに一人で仕事ってのもつまんねーもんだな。  さて、資料に火でもつけて遊ぶか」 「……何、物騒なこと言ってんのよ、この悪魔」 「でっ!?」  いきなり本の角が頭にジャストヒットした。じりじり痺れるような痛みが、打撃部を襲う。  甲高い声に振り返ると、収納庫の扉が開いていた。  その前に立っていたのは、 「ユーア?」 「ったく、何かおかしいと思ったら、やっぱりあんたのお節介だったわけね……」  「我ながら見抜けないとは情けない」と呟いて、彼女は収納庫内にずかずかと踏み入った。  おざなりに備え付けられた机に、手に持っていた紙袋を放り投げる。  シアが手にしていた複数のリストの中から数枚を抜き取り、棚の上の品物に目を走らせていく。 「お前……パーティーは?」 「夜九時に寝るようなお子様がいる中で、そんないつまでもたらたらとやったりしないわよ」 「あ、そうですか」  しばらく、無言で手を動かした。  シアは何も言わない。  知っている。  そういう奴だ。 「……何で、こんなことしたのよ?」 「?」 「あたしの仕事の肩代わりなんか……」 「ん〜……」  シアはぽりぽりと鼻の頭を掻いた。  顎に手を当てて悩む。 「自分がやったことでしょ。何で悩むのよ」 「だってなぁ……別に何となくやったことだしなー……  理由、つわれても……」 「あんた……本物の馬鹿ね」 「ひどっ! あのー、ものにはもうちょい言いようってもんがな〜」 「うっさい、黙れ馬鹿」  容赦のないユーアの言葉に、シアは小さく息を吐いた。吐き出した息が白く染まる。  ふと気がつけば、パーティーからそのまま来たのだろうか、制服のままのユーアの格好に目が留まる。 「お前……寒くないのか? せめてマントくらい」 「別に、これくらい何とも……ん、ひ、くしゅっ!」  小さく、そこだけはやけに可愛らしいくしゃみ。 「身体ってのは正直だねぇ」 「う、うるさいっ! これくらい何ともないわよ!  あたしはね、『伝説の夜』[レジェンドナイト]の最強ブレーンて言われてるんですからね! 極寒の地にも灼熱地獄にも、 仕事で何回も行ってるの!  こんな帝都なんかの冬場の寒さくらい……」 「はいはい、ムキになって可愛いなー」 「あ、あんたねぇぇぇ……!」  声を荒げる彼女に、笑いながらぽんぽんとその頭を叩くシア。  強がりながら、けして厚手ではない制服の肩が小刻みに震えている。それを横目で確認し、シアはふぅ、と息を吐いた。 「ユーア」 「何?」 「よいしょ、っと」 「…………へ?」  ユーアの視界が黒い布で覆われた。 「な、な、なななななな……っ!!」 「よっと」 「な、何してんのよ、あんたっ!」  シアは小柄な彼女を抱き上げたまま、収納庫の床に腰掛けた。いつの間に脱いだのか、インバネスでユーアの身体を覆う。  まあ、早い話、インバネスをかけられた状態で彼の膝の上に乗るような形になってしまうわけで…… 「ち、ちょっと、あんたっ! いい加減にしないとセクハラで訴えるわよ! 教師がンなことしていいと思ってんの!?」 「今は教師じゃねーもん」 「ンな発言して全国の良心的な教員まで真似したらどうするつもりよ!? 犯罪よっ!?」 「いちいちうるせーなぁ、あんまり動くなよ。いくら幼児体型のお前だって女なんだから間違い起きても知らねーぜ」 「そういう発言が信じらんないってーのよっ!! このセクハラ教師っ! 下ネタかますなっ!! 離れろ、ってゆーか死ねっ!! 」 「やだね、俺が寒いもん」 「このっ……!」 「ほらほら、いい加減、諦めろって。それに少なくともあったかいだろ?」 「〜〜〜っ!!」  負けた。  苛立ち紛れに後頭部を叩きつけるようにして寄り掛かってやる。  ちょうど、肺か何かの箇所に当たったらしく、ぐえっ、と不自然なうめき声が漏れた。いい気味だ。 「ゆ、ユーアさん、痛いんスけど……」 「うるさい、暖房器具は黙ってろ」 「うわー、酷い。俺、そこまで嫌われてんスか」 「当たり前よ」  完全に突き放すユーアに、シアはぽりぽりと頬を掻く。  しばし沈黙。 「…………なぁ」 「黙ってろといったはずよ」 「いくら俺でもこの沈黙は耐えらんねぇって。  聞きたいんだけどさ……」 「何よ?」 「……何で、祝い事のパーティーとか出ないんだよ? クリスマスくらい、出たっていいだろ?  それはこの時期、忙しいかもしれねぇけど……俺に仕事手伝わせて、少しくらい出たっていいじゃねぇか。俺だって、一応 A級組織員なんだぜ?」 「……」 「そりゃあ、嫌われてるかもしれないど、俺、今までお前に頼まれた仕事、放り投げたことないだろ?  そんなに信用ないか?」 「……違うわ。  確かに、あんたは性格悪いし、セクハラ発言はするし、自分勝手だし、デリカシーはないし……」 「いや、あの」 「人間的長所の見当たらない奴だけど、仕事をこなす腕は一流。それはあたしも認めてる」 「じゃあ……」 「―――聞きたい?」 「ああ」  含みのある彼女の台詞に、シアはあっさりと頷いた。ふっ、と彼女は薄く笑いを漏らす。  それが、酷く自嘲的に思えた。 「……ムカつくからよ」 「ムカつく?」 「そう。  クリスマスって何の日か知ってる? 大昔の神様の生まれた日が記念になって、今の祝い事になったのよ」 「ああ……」 「それが、ムカつくのよ」 「?」  くたり、とユーアは頭を落とした。全身が細かく震え始める。  ―――ユーア? 「……だってさ、おかしいじゃない。  神様ですら誕生日に歳を取ってるのよ? なのに、何で? 何でこんなに不公平なの?  あたしは神様なんて信じない。いてもそれは何もせずに見守るだけの、誰にでも究極的に公平な単なるでくのぼうだわ」 「ユーア……」 「神様を信じれば死んだ後に救われる? ふざけないでよ。  死後の世界が、生きている今に何の意味があるっていうの?  あたしは今、生きてるの、生きていたいのに、何でこんなに不公平なのよ、何でみんな生まれた日に歳を取っていくのに… …!」 「……」  きりきりと少女の爪が古い床を掻いていく。小刻みに震える肩が、どうしようもなく痛々しかった。  シアは知っていた。  そして知らなかった。  本当ならこの12、3歳にしか見えない幼い肢体は、自分と同じ歳を取っているはずなのだ。  何の理由もわからないまま、時を止められた少女―――。  過去を振り返ることも、成長し、未来を生きることも適わない。  少女に残されているのは、今いる現在しかない。  それが、どれほど口惜しく、過酷なことなのか。  それは、シアの知り及ぶことではなかった―――。  だが、なら――― 「そんな奴が、ムカついてる奴が、そんな席に出たところでどうしようもないじゃない―――!  あたしには、あたしにはあの『欠落者』[ミステイク]を倒すまで、祝い事なんて存在しないのよ!!」 「……そうか」  自分にもわかることを言うしかない。  シアは手を伸ばしてうなだれた少女の髪を梳いた。闇の中の赤い髪は、素直に指を受け止めてさらりと流れていく。 「辛かったか、周りが歳取っていくのを見てるのが」 「……」 「ごめんな」 「何で……あんたが謝るのよ」 「ん? そんなこと、よく考えてなかった。なのに、勝手なことしちまったな、と思ってよ」 「別に……勝手なのは、そうだけど」 「もういいよ」  うなだれた赤い頭に手を添える。 「何が……」 「だから、もういいって。  もういいから。ちゃんと出ようぜ、そういうの」 「は?」 「ユーア、神様なんて信じない、って言ってたよな?」 「うん……」 「俺も同じだ」  シアは虚空に視線を投げる。見られたくないはずだ、彼女の性格なら。こんな項垂れた姿は。 「でも、クリスマスは祝おうと思った。そんな信じてすらいない、存在さえ知らない奴の誕生日を祝おうと思った。  何でだと思う?」 「さぁ、馬鹿だからじゃないの?」 「ああ、そうだ」 「……」  あっさり認めたシアの言葉に、ユーアの肩がぴくり、と動く。 「馬鹿だからだよ。他人の祝い事に便乗して、自分たちが楽しもうとした。  ―――つまりはそういうことだろ?  そんな奴なんてたくさんいるさ。神様は信じてないくせに、そいつの誕生日だけはありがたがって特別な日みたいに言う。  何でか?  馬鹿だからだ。  でもさ、それでいいんじゃないか?  一人で部屋にこもっているより、一日でも多く誰かと騒いだり祝ったりしたいじゃねぇか。  俺はそっちの方が絶対いいと思う」 「……」 「神様の誕生日だ、何だ、なんてただの口実でいいじゃねぇか。みんなで何かを楽しむための、単なる口実。  そりゃあ、神様を信じてる奴にとっちゃ大事な日なんだろうけど。  俺にとっては、そういう口実で誰かと羽目を外せる日でしかねぇ。  だから、結局は馬鹿なんだよ。でも、俺はそういう馬鹿さ加減もお前には必要なんだと思う」 「あたしは……」 「いいよ、もっと気楽に考えようぜ。お前だって、目に見えないだけで歳は重ねてるんだ。  お前にだって誕生日はあるさ。思い出せないだけで。  それを取り戻したいから、今、こうして生きてるんだろ?  なら、それでいいじゃねぇか。  お前の過去を取り戻したらさ、派手にパーティーやっちまおうぜ。六、七年分、溜まってんだろ?  誰にだって祝い事を楽しむ権利はあるさ。お前にだけないなんて、それこそ馬鹿げた話があるわけねぇだろ」 「……」 「それに……誕生日、誕生日、なんて言ってるけど、誕生日なんて本当は祝うもんじゃねぇしな」 「?」 「だっておかしいだろ? 一つ歳を取って、死ぬのが近づく日をどうして祝ってやらなきゃなんねーんだよ」 「あんた……言ってること、矛盾してるわよ」 「だからさ、祝うもんじゃねぇんだって」 「……?」  膝の上の彼女の頭をくしゃくしゃと撫でた。細い髪が、手の平を包むように絡まってくる。 「誕生日はな、そいつが生まれて、その一年、生き延びてくれたことに感謝する日なんだよ」 「感謝……? うわっ!!」  シアは唐突に少女の小柄な身体を引き寄せた。ぽすっ、と赤い後頭部が赤いシャツに埋まる。 「ちょ、ちょっとシア……」 「俺は……」  彼は生真面目な口調のまま、顔色を悟られないよう俯いた。 「俺は、お前と会って……一年、経ってねぇけど……良かったと思ってる。  俺に会うまで、生きていてくれて、ありがとうな」 「……」  唖然としたように、ユーアは黙り込んだ。信じられないものを見るような目で、シアを見上げる。  一番長い沈黙だった。  シアはそれ以上何も言わなかった。  ユーアも何も言わず黙っていた。  長い時間だった。  だから当然といえば当然だった。 「あ……」  声を漏らしたのはユーアだった。  机上のランプの油が切れて炎が揺らめいた。そのままジジジっ、とかすかな音を立てて歪んで消える。  収納庫から灯りが消えた。  が、 「―――?」  天井から差すわずかな白い光に、ユーアは首を傾げて顔を上げた。  暗い収納庫に、一つだけある小さな天窓。光はそこから差していた。  闇の中に差す白い、一条の光。  それは聖なる夜の、一つの美しい幻想だった。 「月にしちゃ……明るすぎるよな」 「……雪、ね」 「雪?」 「さっき降ってたから。たぶん、月光が反射して明るくなってるんだわ」 「通りで寒いわけだ」 「まったくよ」 「何だ」 「?」 「結局、寒かったんじゃねーか」 「……」  しまった、とでも言うようにユーアはばりばりと頭を掻き毟った。シアはそれを口元に笑みを浮かべて眺める。 「ふん、悪かったわね……。  ま、でもクリスマスの夜にいいもんが見られたわ。こんな暗い収納庫でも、利点はあるもんなのね」 「……ふっ」 「何よ?」 「それでいいんだよ。何でもないことを喜んで楽しむ、な?」 「……」  むすっと頬を膨らませて、ユーアはインバネスの中に潜り込んだ。 「だからあんたは変だって言うのよ」 「何が?」 「何で……何で、そうまであたしに肩入れするの?」 「……さぁな。どうしてだろうな……」 「……」 「……」 「なぁ……」 「何?」 「俺の誕生日……まあ、まだ先なんだけど。  6月30日。言ったらお前の友達がまたパーティー開いてくれるそうだ」 「だから?」 「だから、もし、それまで俺がお前の相棒を続けられてたら―――  来てくれるか?」 「……」  インバネスがもそもそと動く。 「……別にあんたの存在なんて、迷惑しかしてないけど……  セフィが行くなら行く」 「?」 「……あの人のケーキは……おいしいから……」  ぼそぼそと、くぐもった声が聞こえた。  シアはこっそり噴出してインバネスの上から彼女の頭を撫でた。 「それでいいよ」 「ふんっ……」  鼻を鳴らす声が聞こえた。一瞬の間を置いて、ユーアはインバネスを纏ったまま立ち上がった。  振り向くことはしないまま、 「馬鹿な話ばっかりしちゃったじゃないの。さっさと仕事に戻るわよ。  まったく、仕事が進みゃしない」 「へーへー」 「それと、この暗闇に便乗して襲う、なんてしたら相棒破棄どころか消し炭だからね!」 「いくら俺でもそこまでロリコンじゃねーなー」 「〜〜〜っ!  何よ、あたしだってねぇ! ちゃんと成長すればびっくりするくらいの美人になるんだから!」 「いーや! たとえ成長したところでお前は絶対にグラマラスにはならない! 俺が保障する!!」 「いらん保障を力いっぱいすなっ!!」 「っだ!!」  シアの顔面を速球で投げられた分厚い辞書が直撃した。 「ったく、あたし、新しくランプ貰ってくるから。それまで大人しくしてなさいよ」 「って〜〜〜……って、おい、ユーア」 「何よ?」 「聞き忘れてたけど、この紙袋何だ?」  言って持ち上げたのは、少女が入って来たときに机上に上げた簡素な袋。  持ち上げてみると、まあまあの重さが手にかかる。  彼がそれを手にするのを見ると、ユーアは唇を尖らせてきびすを返した。 「おーい……」 「うっさい! 開けていいわよ! どうせあまりもんなんだから!」 「?」  そう言って少女は不機嫌に、入ってきたときと同じように収納庫をずかずかと出て行く。  取り残されたシアは、肩をすくめて袋を覗き込んだ。目を細め、暗闇の中で中のものを判別する。 「……ケーキ?」  飾り気のない、手作りのそれとわかる一ピース。  少女の賞賛の言葉を思い出す。  シアは小さく笑って床に落ちたシルクハットを拾い上げた。  そういえば言い忘れた。  まだ少女には『Merry Christmas』を言っていない。  まあ、いいか。日が変わるまでにはまだ少しある。クリスマスが終わるまでは、まだ丸一日。  仕事が終わって夜が明けたら、町にでも出掛けようか。  少女の好物のレモンキャンディーでも買いに。  どうせ、明日もこの仕事を二人でやることになるのだから―――  天窓から月雪の光が差し込む。  それは暗闇に落ちる、一条の聖なる優しい光[Christmas light]のように―――                                                              《END》  ……どこかに完全ギャグをやらせてくれるキャラクターはいませんか〜?(行商)  しまった、今回は明るい話を目指していたはずなのにッ!!  聖夜に縁起の悪い話だなぁ……  気をそがれた方は本当にごめんなさい。 --------------------------------------------------------------------------------
『月下氷人』の梧香月さんが運営するサイトのクリスマス小説です。 フリーでしたので迷わず持って帰りました(^^) 『Legend Night』の長編のキャラ達のお話しです。 最強のヒロイン(ヒーロー?)ユーアと格好良いシア君との会話がとても好きです。 ユーアには勿論ですが、シア君の好感度が急上昇中です↑