[PR] この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

05 涙が零れ落ちるとしたら




たとえばそれは太陽のようで

たとえばそれは星のように


決して揺らぐこともなければ

輝きを置き忘れることも、なかった










冷たい

左肩を失ったせいか、おびただしいほど流れ出ていたことを映しだした、血の海。
勢いが増すばかりで衰えなかった血もようやく、ようやく止まった。
ほとんど抜け切ったのか、支えている身体はひどく軽い。
左肩の部分からは白い骨が見えている。

命の灯火が消えたシギを自分の膝に置き、ギュッと抱きしめる。
力なく倒れこんでいる彼が、再び大地を踏むことはない。
そう考えるだけで何もかもを否定したくなって、
我武者羅にシギの首に手を回し、沈み込むように抱きしめる。
赤く黒い血がアレストの腕を染めた。



「シ、ギ」



散々泣いた。
それでもまだ涙がこぼれる。
まるで枯れることを知らないと言いたげに、一粒ずつシギの頬に落ちていく。
熱くて冷たい、軽くて重い涙が、シギの土色の頬に落ちていった。
頑なに閉ざされた瞳は決して開くことはない。
永遠の眠りについた彼は、そう時間もかからないうちに
この世から肉体も魂も持っていかれてしまうのだろう。


――――いやだっ!


形があるからこそ今は耐えられる。
確かな存在がここにある。だから崩れ落ちることはなかった。
身が裂かれるような衝撃を受けて、心も身体もぼろぼろだけれど。

でもそれは、"シギ"という肉体がまだこの腕の中にあるから。

当たり前のような温もりは消え、変わりに氷のような冷たさが肌から伝わる。
当たり前のように開かれていたコバルトブルーの瞳は、決して自分を映すことはない。
大好きだった青の瞳は固く閉ざされ、輝きを見せることはないだろう。

それでも、たとえ声が聞けなくても、存在は確かにある。
"シギ"が、腕の中にいる。
それだけで……それだけで。



「いかん、といて……シギ」



うっすら開いた口に付いた血を丁寧に拭き取る。
何度か吐血していた苦しげな様子を思い出し、胸の辺りから熱いものが溢れそうになる。




「……なあ、シギ。」




誰もいない。ぽつん、と二つだけの影が静かに存在している。
風の音も、鳥の鳴き声も聞こえない。
恐ろしいほど静寂に包まれていて、まるで生きている心地がしなかった。

いっそのこと、死んでしまおうかとさえ、考えるほどに。




「好き、やで?うちほんまに、あんたのこと、好きやで。」




死ぬ間際に交わされた最後の言葉。
あれは、反則だ。







《 あいしてる 》







ああ、何てズルイ。何て酷い人なのだろう。

自分だけ言いたいことを言って、そのまま還らぬ人となって。
彼はそれで満足だったのだろう。だってあんなにも、綺麗に笑っていたから。
綺麗なまま、彼は散ってしまった。

うちが好きやって言ってなかったら、
あんたは、うちに愛してるだなんて言ってくれてたんだろうか。
ああでもきっと、あんたのことや。言いたいことをちゃんと言って死んだんやろうな。
あんたはいつもそういう奴や。こっちの意見なんぞ、ちっとも聞いとらん。

ほんまにあんたは、ズルイ。
良いとこ取りばっかして、少しも譲ってくれへん。
うちがどんな気持ちで見てたかなんて、きっと知らんのや。


こんなに傷つくんやったら、最初から、好きだなんて言わん方が良かった。

だからズルイんや。

うちのことほったらかしにするシギなんて、大嫌いや。





「……きらいなわけ、ない」





大好きで大好きで、やっと通じ合ったと思ったのに。
眩しくて、決して手の届かない場所にいたけれど、思いは一緒だったのに。

嫌いなわけがない。
こんなにも好きなのに、大切で一生かけて守りたいものは、呆気なく消えてしまった。
失った実感なんてない。けれど、生理的に涙零れ落ちる。

死んでいるなんて、信じたくなかった。
現実を受け入れる、勇気がなかった。
腕を治せばまた元気になると、いつもと変わらぬ笑顔を見せてくれる。
そう、信じていた。

涙は止まらない。
頭の中の自分が、この事実を受け止めている。
だから延々と涙を流すのだ。
アレストが気付くまで、彼が死んだのだと気付くまで。





涙が  零れ落ちる  としたら






熱く重い涙は、まだ止まらない。











Copyright(c) 2009 rio all rights reserved.