07. 涙を堪えて泣かないで





こんな想いを抱かなければ。

そう思うのは簡単だった。

けれど、抱かずにはいられなかった。

否定することは出来なかった。

否定する理由もなければ、その気持ちを無理に押し通す勇気さえ、なかったのだ。








手に触れると多少驚きを見せつつも、お前は笑うんだ、何の躊躇いもなく。
その度に胸の奥が軋んでいるだなんて、お前は少しも思ってはいなかっただろう。
ああ、何故こんな辛くも痺れるような痛みを抱えってしまったのだろう。
火種は一体いつから。どれくらいの時間を経て、炎は色づいた。

誰もいない部屋で、灯りさえ点けず、ただ一人壁を背に座り込む。
小さな窓から射し込む月光に映えた銀色の髪が、頼りなく揺れた。



「フェイル」



紡がれる言葉は短く、あっという間に闇に溶けて消える。
言葉は形に出来ない。だからこそ儚い。



「フェイ、ル」



かさかさに渇いた唇を擦る。同じ名を、吐息を零すように何度も。
飽くことなく何度も、何度も。切なげに、愛しげに。まるで壊れた人形のように。

投げだした片方の手を億劫そうに見やり、僅かにシミの残る薄暗い天井を仰ぎ見る。
艶やかであったであろう銀色の髪はどこかくすんでいた。
夜風が静かに吹き込む。備え付けのカーテンがゆらゆらと揺れ、
男の表情を何度か影で掻き消した。


つ、と落ちる。生温かい透明な雫が。



「フェイ……」



手のひらで顔を覆い隠す。隙間から見えた片方の紫苑の瞳が、何かを探すように泳ぐ。
ぼやけた視界に映るものは、簡素な机や椅子ばかり。
古びた扉は開けられる様子はない。
あの時は開いていたはずその扉が、ある時間になっても開くことはない。

ひたすら待ち続けた。
何度も春を迎え、冬が訪れた。
幾つか年をとった。
体力は多少落ちたが、それでもそれが当然のように毎日呼吸をし続けている。



眩しいほどの笑顔を湛える、お前はいないのに。








シリウス君、シリウス君






泣 か な い で







もう、忘れていいんだよ





狂おしいほど、愛していた





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