こんな想いを抱かなければ。 そう思うのは簡単だった。 けれど、抱かずにはいられなかった。 否定することは出来なかった。 否定する理由もなければ、その気持ちを無理に押し通す勇気さえ、なかったのだ。 手に触れると多少驚きを見せつつも、お前は笑うんだ、何の躊躇いもなく。 その度に胸の奥が軋んでいるだなんて、お前は少しも思ってはいなかっただろう。 ああ、何故こんな辛くも痺れるような痛みを抱えってしまったのだろう。 火種は一体いつから。どれくらいの時間を経て、炎は色づいた。 誰もいない部屋で、灯りさえ点けず、ただ一人壁を背に座り込む。 小さな窓から射し込む月光に映えた銀色の髪が、頼りなく揺れた。 「フェイル」 紡がれる言葉は短く、あっという間に闇に溶けて消える。 言葉は形に出来ない。だからこそ儚い。 「フェイ、ル」 かさかさに渇いた唇を擦る。同じ名を、吐息を零すように何度も。 飽くことなく何度も、何度も。切なげに、愛しげに。まるで壊れた人形のように。 投げだした片方の手を億劫そうに見やり、僅かにシミの残る薄暗い天井を仰ぎ見る。 艶やかであったであろう銀色の髪はどこかくすんでいた。 夜風が静かに吹き込む。備え付けのカーテンがゆらゆらと揺れ、 男の表情を何度か影で掻き消した。 つ、と落ちる。生温かい透明な雫が。 「フェイ……」 手のひらで顔を覆い隠す。隙間から見えた片方の紫苑の瞳が、何かを探すように泳ぐ。 ぼやけた視界に映るものは、簡素な机や椅子ばかり。 古びた扉は開けられる様子はない。 あの時は開いていたはずその扉が、ある時間になっても開くことはない。 ひたすら待ち続けた。 何度も春を迎え、冬が訪れた。 幾つか年をとった。 体力は多少落ちたが、それでもそれが当然のように毎日呼吸をし続けている。 眩しいほどの笑顔を湛える、お前はいないのに。 シリウス君、シリウス君 涙を堪えて泣 か な い で もう、忘れていいんだよ 狂おしいほど、愛していた