04. 幸 せ の 音

















柔らかな長い金髪がゆらゆらと揺れる。
その動作に合わせて、少女の青い衣装もひらひらとはためく。
時折こちらを振り返っては、無垢で穢れのない笑顔を向けてくれる。

僕はなんて単純なんだろう。
少女の声と笑顔だけで全てが満たされる気がする。
この気持ちは決して錯覚ではない。
けれど、実はこれは幸せな夢の中なのではないかと錯覚はする。



「リュオ君、こっちこっち!」

「待ってフェイル」



するりと、ごく自然に繋がれた手に一瞬ドキリと心臓が鳴る。
それだけで舞い上がってしまいそうだというのに、フェイルは少しも気付いていない。
いや、気付いてくれなくていいんだ。だってこんな気持ちを彼女に知られでもしたら
多分僕は恥ずかし過ぎて、一生まともにフェイルの顔を見れない気がする。

初心なのかもしれない。まだ幼稚なのかもしれない。
でも、いいんだ。だってこんなにも幸せなのだから。
今は手を繋ぐことで精一杯。けれど溢れんばかりの愛情。
ただ一つ欲を言えば、こういったことは僕だけにして欲しいってこと。
無償の愛に近いフェイルに幾度となく冷や冷やさせられているが、
それも全てひっくるめて彼女が好きなんだ。僕自身驚くぐらい惚れ込んでいる。



「ちょっ、そんなに慌てて走ってたらその内こけるよ?」



フェイルの故郷ソディバス村は辺りが森林だらけで鬱蒼としていながらも
一言では言い表せない神秘的な空気に包まれている。
そこを、自分の庭だと言わんばかりに駆け回る少女は可愛らしくもあるのだが、
ふと地面を見やれば樹齢何百年、何千年とも言えそうなほど太く巨大な木々の
根が地表から突起している。こんなものに足を取られれば間違いなく
地面と顔面衝突は避けられないだろう。

村から離れたことはなかったので、一度も通ったことのないこの森には
軍事訓練で鍛え慣れている僕でもいつ躓いてしまうかと内心冷や汗ものだ。
そんな僕の心境を知ってか知らずか元気に走る少女を見ては
やはり顔が引き締まらない。頬の筋肉が緩みきっている。
父上が見れば「なんとだらしない」と一喝するかもしれない。
が、その反面嬉しそうな笑みも浮かべるかもしれない。
何しろ自他共に色恋沙汰にはどうも疎く、おまけに言い寄られると弱い。
俗に言う優男なのは分かっている。が、どうしようもない。これが性分だ。



「平気!それにこけそうになった時はリュオ君が助けてくれるでしょ?」



にっこりと然も当然のように問いかけられ言葉を失う。
そして次に来るものはそう、分かりきっている。



「そう言われると、その時は何としてでも君を死守しないとね」



頼られている。そう思うと心臓が跳ね上がる。
他でもない僕を信頼してくれている。ああなんという歓喜なのだろうか。
フェイルにとっては意識していない言葉なのかもしれないが、
僕にとってはこんなにも優越感に満たされる。特別なんだと感じてしまう。
自惚れでも構わない。これが夢でも構わない。それが心地良いんだ
ここまでくると、僕は相当重症なのかもしれない。参ったな。




「あ……」

「フェイル!!」




お約束通り、根っこに足を引っ掛けたフェイルは呑気に短く声を上げて
そのまま地面へとダイブしかけていた。
咄嗟に受身を取ろうとしてはいるが、あのままでは怪我をしてしまう。
腹の底から出てきた叫び声と同時に足が動く。
自分自身でも驚くほどの俊敏な動きだったせいか、
倒れる寸前でフェイルの華奢な体を抱きとめ、その反動でドサリと座り込む。

身を縮ませてギュッと目を瞑っていたフェイルは、想定していた痛みが
全く来ないことに疑問を覚えながらも、体に伝わる温かさに何度か目を瞬かせた。



「あれ?」

「………はぁ。びっくりさせないでよ」



肝が冷えた。
そう言って腕の中にある柔らかな体をそっと抱きしめる。
優しい香りが鼻腔をくすぐり、一瞬眠気を誘う。




「え、ええっと…ご、ごめんね?」




わたわたと腕の中で慌てふためいているフェイルは気まずげに視線を泳がせる。
そしてピタリとリュオイルと視線が合うと、まるで小動物のように
瞳を潤ませた。………計算でやっていたとしたら何とおぞましい小悪魔だろうか。

思いがけない(無意識な)攻撃にグッと喉を詰まらせる。
元気な姿にも弱いが、不安そうにしている仕草にはもっと弱い。
本来ならば一言叱りを入れたい所なのだが、一体どんな魔法を使っているのだろう、
それまであった衝動は一瞬で彼方へ葬り去られ、代わりにやってくるものは
傷つけたくないという庇護の精神だった。

ああ、ここまで落ちたか。



「謝らなくていいよ。僕は君を守るって約束したからね」



伺うような視線に耐えかねてにこりと笑顔を浮かべる。



「ありがとう、リュオ君」

「どういたしまして」



ホッとしたような気の抜けた笑顔にリュオイルはつい苦笑した。
慣れた手付きでフェイルを抱き起こすと、今度はリュオイルの方から
フェイルの手を優しく握った。

拒絶されない。これだけで幸せ。

安い男だと、自分自身に笑ってしまう。



「さ、行こう。もうすぐなんだろう?」

「うん!すぐそこだよ」



ソディバス村から離れた丘から見える夕焼けは絶景だと、
昨日少女が嬉しそうに話していたことを思い出す。
見てみたい、と知らずに零した言葉に敏感に反応して、今に至るわけなのだが。


「アレストとか、シリウスとか、一緒じゃなくてよかったの?」


ふと、留守番の仲間を思い起こす。
留守番と言うよりも、言伝なしで飛び出してきたので置いてきぼりなメンバーだ。
村を出る際に畑仕事をしていた青年にフェイルが何やら話していたから、
一応無断外出には当たらないだろう。帰った時が怖いが。

彼女のことだから、てっきり「皆で」と言うと思っていた。
けれど連れ出されたのは僕一人。それも仲間には内緒で。
これをどう受け取っていいのか。嬉しいのは確かなのだが、
彼女らしくない言動にいつものペースを乱され、困惑する。



「リュオ君だけに見てもらいたかったんだよ?」



二人だけの秘密だよ。
人差し指を唇に当てて、悪戯っ子の笑みでリュオイルを見つめる。
思わず硬直したリュオイルは、次第に耳まで真っ赤になり、
ぱくぱくとまるで金魚のように口を動かした。


「ぼ、ぼぼぼ、僕だけに?」

「うん。皆には内緒だからね」


花が咲き誇らんばかりに笑顔を振りまく少女にリュオイルは
顔全体に集まる熱をどう冷やそうと思案するが全く持って良い案は浮かばない。
加えて「リュオ君だけ」と言う言葉が頭の中を何度も巡回して
顔がにやけてしまいそうになる。が、それは何とか押し留まらせた。




「僕で、よかったの?」




幸せな鼓動が押し寄せる反面、一抹の不安も抱く。
役不足ではないだろうかと。
それは今回だけで、もう二度とこんな機会には巡り合わないのではないかと。
そう考えてしまうと、頬に集まっていた熱がサッと引いた。
嬉しくて幸せで、本当に満ち足りているのだが。
ふとした疑問に不安を隠せない。何て臆病な僕なんだろうか。






「リュオ君が、いいんだよ」






不安そうな気配が伝わっていたのだろうか、宥めるような穏やかな笑顔が
まだ年端も行かぬ少女の姿を大人っぽく魅せた。
それまでドクドク、と緊張で鳴っていた音が一瞬で穏やかになる。
スッと染み込む言葉に不安は消え去り、今度こそ破顔一笑した。





「あ、ほら。見てリュオ君」





催促されるがままに指差された方向に視線を走らせる。
手をこまねいた森を抜け出せば、辺り一面が緋色の草原。
少し背の伸びた草が風に揺らされれば、それはまるで紅い海だ。
空にはオレンジとも言い切れない空が徐々に夜空に変わろうとしている。
地平線に沈む夕日に目を細め、あまりの壮大さに思わず感嘆した。


「ね、すっごく綺麗でしょ?」


同意を求めるその声に、ようやくフェイルの方を振り返った僕は
夕日に照らされる少女の姿を見て一瞬息を呑む。
金色の髪は緋色に透け、まるでフェイルじゃない人物のようだった。
けれど双方のエメラルドに似た優しい瞳が、フェイルなのだと物語る。



「うん…綺麗だよ」



夕焼けよりも君が、なんて恥ずかしくて言わないけれど。




「また、二人で来ようね」




トクン、と静かに音を立てる。









幸せの








君の一言で一喜一憂するんだ



こんな僕を君は安い男だと思うかい?













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