リカルア暦2688年。
神と魔との争いが550年余りの月日が経過した今日。
大地や大気、「人」という者が住まう世界「地上界 悠久乱国」も元に戻って
人々は平穏な日々を送っていた。
550年前の神の英雄をたたえながら・・・・
そしてまた始まるもう1つの伝説。
どんなに願っても叶うことのない
たった一つの祈りが天から降り注ぐ





「宿命」という、運命の糸に絡んだ者が それが今再びこの地に舞い降りる。









■天と地の狭間の英雄■
      【動きはじめる想い】〜始まりの序曲〜










広がっている緑の台地は、旅人を唖然とさせる位の広さ。
ここはリドヒリア大陸。
その大陸の中で最も広い面積を誇るエディラス大台地。
迷えば帰ることが出来ない、とまでも言われている迷いの台地。
辺りを見渡せば雑草で生い茂っていて他には何もない。
人っ子一人いないこのだだっ広い場所に、たった一人の少女がテクテクと歩いていた。



「うあー・・・迷っちゃったかなぁ?」



金色の長く真っ直ぐな髪をおろし、どことなく民族的と思われる蒼い服を身にまとっている。
神秘的な自然の色を宿したエメラルドの瞳は大きなもので、顔はまだまだ幼い。
整った顔立ちで、背もあまり高くないことから子供と認識できる。
小さな袋を肩から下げ、そして魔法使い特有の杖も持っている。
その杖にはなにやら文字やら装飾がされていて、豪華とは言えないが質素ともいえな言えない。
傍から見れば今のご時世では珍しくもない旅人だが、子供の、
しかも少女1人だけの旅とは珍しいものであった。



「あれあれあれ?  道は絶対間違えてないはずなのに、何で村が見えないのかなぁ・・・。」


地図をクシャクシャに握り締めて半泣き状態のこの少女
名を【フェイル=アーテイト】
整った顔をしているが、見かけどおりまだまだお子様な15歳。
そして今完全に、迷いの大台地でお約束と言う風に迷っているのも彼女。
ヒュー、と風がフェイルの髪をなびかせるがそれは何の慰めにもならなかった。



「・・・・・さっきまで出ていた太陽がどんどん沈んで見えるのは気のせいじゃないよね。」


さきほどまであんなにテカテカと光を放っていた太陽は沈み、空は星さえも見えはじめていた。
それどころか少しずつ気温も下がっている。
今の春の季節。
昼間は暖かいが夜は冷え込む。
焚き火をして寒さをしのげばなんて事はないが、何度も言うようにフェイルは1人。
つまり寝ずの番をするのも、当然彼女の役目になってしまうのでろくに暖を囲むことが出来ないのだ。



「・・・はぁ。やっぱり今日はここで野宿かなぁ。」


意気消沈した様子で、溜息をつくとフェイルは荷物を降ろそうとした。
・・・したのだがやはりここは台地。
広くて眺めが良いからと言って敵が出ないわけはない。
出来るならば木がある所で野宿をしたいのだが、やはりどこを見ても見当たらない。



「・・・もう少し歩いてみるかな。」


よいしょっと言って荷物を持ち上げたフェイルだったが、突然硬直した。
額には汗が滲んでいる。
背中が凍りつくほどの気配を感じたフェイルは、すぐさま西の方向を見た。
暁の空が台地を照らす。
ただ単に観賞するなら良いが、今はそれどころではない。



「・・・・・・・・・これは。」


フェイルは無我夢中で走っていた。
わけも分からず、ただ本能で、危険だということは分かった。
だがそれは一体何の気配かはまだよく分からない。
その気配のする方向。
西の方向へ急いで走って行くと、覚えのある感覚にフェイルは捕らわれた。



「っ魔族だ!!!」


走り続けてからどれくらい経ったのだろうか。
空は闇と同化し、星と半月の光しか照っていなかった。
それでもフェイルはこの暗さでも十分に見えている。
迷うことなく走り続けていると、向こうの方に小さな明かりがあるのだ分かった。
それを村だと認識したフェイルは、神経を集中させながら走る。
その小さな明かりは、ユラユラと揺れ動いているので十中八九松明だろう。
だが、それがあるだけで人の気配が全くしない。





「はぁ、はぁ。・・・・こ、の気配は・・・」


村に辿り着いたフェイルは驚愕の目をしていた。
この村から放たれる異様な空気。
いくら夜とはいえ、ここはあの大都市フィンウェル国家の領地内。
小さな村とて警備をしないわけがない。
村に到着したフェイルは、キョロキョロと辺りを見回した。
子供が遊んでいたと思われるボール。
畑仕事を今までしていたのだろう。鍬や鎌がそこらに落ちていた。
つい先ほどまで人々が住んでいたと思われるそれは、今は時が止まったような状態だった。


「人の気配が・・・あまりない・・・」


暗くても日が沈んだのは一刻前ぐらい、全ての人が寝静まるのはあり得ない。
逆に不自然だ。
何ものかに襲われた、としか言いようがない。



「人に紛れて気配を隠す・・・まさか――――!!」


その時いきなり後ろから鋭い殺気を感じ取った。
咄嗟に振り返るとそこにいたものは・・・



「操魔っ!!?」


村人の姿ではあるがそれは人の顔をしていなかった。
顔、胴体、四肢。
様々な部分が魔族と一体化しており、人間だと言うことも判断しづらい。
おぞましい表情をした操魔はユラリ、と何の感情も無い瞳でフェイルの方にゆっくり振り向いた。
思わず身震いしたフェイルは瞠目したまま身動きがとれなくなった。

刹那、振り返った後ろから畑で使う鍬のようなものが、地面を貫く。
間一髪で避けたフェイルはそのまま村の広場まで駆け出した。
だがその後ろから追いかけてくる操魔は思っていたよりも早く、今にも追いつかれそうだ。
それは一体だけであったので、フェイルは素早く身を翻し、悪いと思いつつ持っていた杖で
みぞおち目掛けて思いっきり殴った。



「誰か・・・誰かいませんかっ!?」


倒れたのを確認すると、再度広場に駆け出した。
あんな攻撃だけでは操魔はすぐに復活する事を知っている。
だがこんな所で真剣に対峙しても埒があかない。
寧ろ、体力の少ないフェイルに長期戦は不可能なのだ。
それよりも今は生存者を保護することが先決だろう。

暫くそんな事を考えてると、フェイルの目に微かにだが何かの影が映った。
左側に建てられた簡素な家。と言うよりも小屋なのだろうか。
その家の隅に夫婦とその子供。、3人の子供がこちらを見ていた。



「あ・・・・あ・・・皆が、魔族に・・・」

「良かった、貴方達は無事みたいだね。
 貴方達のほかに意識のある人はいないの?」

「家の中に、まだ数名残っているが村のほとんどが皆魔族に・・・・」



怯えた声をだしてかろうじて声は掠れていた。
あまりの恐怖で身がすくみ、声を出すのも難しい様子だ。
まぁ無理もないだろう。
普通に生きていた人間が魔族化し、今まで共に生きてきた仲間を殺す。
操魔にとって目に見えるものは全て敵。
視界から何もかもが消えることが彼等の唯一の喜び。
魔族をほとんど知らない人にとってはこれは衝撃的だったのかもしれない。



「あ・・大丈夫です。浄化さえすれば村の皆に取り付いた操魔は消えますから。
 だから貴方達も隠れていてください。
 私が何とかします、出来るだけ音を立てないで。」



急いで言ったので舌を噛みそうになったが、
操魔が近づいてきたのは確かだったのでその家族を近くの民家に誘導させた。
この家に入ったのがばれないようにして裏口から出ると、フェイルは小さく溜息をついた。



「・・・ふぅ・・・」



暫く目を瞑っていたフェイルだったががすっとその大きな目を開いた。
そして辺りを見ると前を見ても後ろを見ても、左も右も操魔で埋め尽くされていた。
普通の人間ならば計り知れない恐怖で気を失うだろう。
もしかしたらあまりのショックで死んでしまうかもしれない。
でもフェイルは倒れない。
それどころか操魔を真剣に見て、勇ましく前に出て構えている。


徐々に近づいてくる操魔は次々に、ポツリポツリと話した。



「み・・・・か・・・・・の・・ち・・・ら・・・イマワ・・し・・・・」



・・・・?
何言ってるんだろう。
人間と魔族の声が入り混じっててよく分からないや。




《 魔が物よ 悪しき心に囚われた マガモノよ 
         我が前に立ちはだかる邪気を今ここに封じよ 》



―――――封神氷結!!!!!!



呪文を唱えた後は周りは全て氷の結界に閉じ込められていた。
それでも尚フェイルを殺そうとしそうな勢いで結界を殴ったり蹴ったりする操魔。
足止めは出来たと確信したフェイルは、最後に浄化の魔法を唱えはじめた。
が、それは天空から殺気で中断される。
だがそれに気づくのが遅かったフェイルは突然の事で身動きがとれない。



「しまった!!」



振り下ろされた剣がフェイルを襲う。
反射的に目を瞑って覚悟するが、それはいつまで経ってもこなかった。
剣はちっとも振り下ろされることはなく、ただ何かを突き落とすような音が響いた。




「秋海堂!!」


―――――ザン!!!



聞き慣れない声がした。
それはまだ歳若い少年の声だった。
何かを突き飛ばす音が聞こえたと共に、フェイルは固く瞑っていた目を開く。



「え・・・・・」

「大丈夫?」


すぐ傍に見えたのは
紅い、まるで灼熱の炎のような紅い髪をした少年の姿であった。