■天と地の狭間の英雄■
【船での死闘】〜暴れ狂う海〜
余談だがフェイルは船が少し、いや。かなり苦手なようだった。
船酔い、それは旅をする者ならば必ず体験するものである。
そしてその該当者がここにいる。
揺れ動くこの何とも言えない感覚を覚えながらの船旅。
船酔いは、旅をするものにとってはかなりの致命傷であろう。
「あうー気持ち悪い・・・・」
「大丈夫か?」
顔を真っ青にして横たわっている少女の名はフェイル。
そしてその傍らで看病しているのがフィンウェルの特殊部隊将軍リュオイル。
何と言えばいいのやら、ぱっと見はほのぼのした雰囲気なのだが本当はかなりの身分の差がある。
「まさかフェイルが船に弱いなんてな。」
以外や以外。
そう言って笑うリュオイルに、フェイルは拗ねたようにして真っ青な顔をリュオイルとは逆の方向に向ける。
船一帯をを見回せば分かるのだが、誰1人として船酔いはしていない。
「まさか私だけが船酔いすると思わなかったもん。」
「ごめんごめん。」
そう言って拗ねたフェイルの頭を撫でると、それでも幾分か不機嫌そうだが気を直したようで
ちゃんと仰向けに寝てくれた。
あんまりゴロゴロと動いていると、逆効果な気がする。
「アレストは?」
「あぁ。はしゃいで船の中探検してるよ。
全く、タフと言うか何と言うか・・・・。」
ある意味で一番幸せな奴だよ。本当。
うーうー。と唸るフェイルに心配そうな顔で額に乗せていたタオルを取り替える。
これで何度目だろう。
いちいち数えているわけにはいかないのだが、結構時間が経っている。
そろそろ水を変えに行った方がいいのかもしれない。
「本当に大丈夫?日ごろの疲れが出たとか・・・。」
「ううん、ただ本当に船に弱いだけ。戦闘のほうでは全然大丈夫〜。」
そう言うものの、最近のフェイルはかなり忙しい。
戦闘ではリュオイルとアレストが接近戦主力メンバーなので援護はフェイルだけ。
後ろを取られたりしたら魔法中心だったフェイルはすぐさま接近戦の隊形にならなければならない。
戦闘もそうなのだが、他の家事などほとんどフェイルが行っている。
料理とかはリュオイルもアレストも人並み程度できるが
薪拾い役・水汲み役・火起こし役など多々ある。
時間の浪費を考えれば、最も早く対処できるのは彼女だけなのだ。
「やっぱり疲れも出てるんじゃないか?
最近あんまり顔色も良くなかったし・・・」
「うーん、多分大丈夫と思う。」
かと言って自己管理が出来ないことはかなりやばい。これは自分だけの問題ではないのだ。
そろそろ自分の体力を過信するのは止めよう。
そう思ったフェイルだった。
フェイルの額に乗せてある濡れタオルを交換しながらそんな他愛も無い話をしていた。
「あ〜。風が気持ちえーなぁ」
甲板に出ていたアレストは1人潮風とこの広大な海を満喫していた。
大きく伸びをして大きく深呼吸する。
髪の毛がゴワゴワになるのを除けば、海とはとても良いものだ。
「そういや、ちょっと雲が出てきとるな。
こりゃ一雨来るかも知れへん。」
うっすらとだが青い空に雲が出来始めている。
夕立程度の雨なら危険は無いが、大雨になれば海は荒れてしまう。
そんな事にはなってほしく無いのだが・・・・・。
そんなことを考えながら。
いや、言いながらぶらぶらと散歩をしているといきなり後ろからドン!と衝撃が走った。
「わっ。」
「う、うぅ。ご・・・ごめんなさぁい。」
頭を押さえて涙目になりながら謝罪をする小さい女の子がそこに倒れていた。
どうやら走っているときにアレストに激突してしまったようだ。
「ありゃりゃ大丈夫かいな。
ごめんな、お姉ちゃんちゃんと回り見てへんかったわ。」
女の子を立ち上がらせて頭をなでながら苦笑するアレストだった。
女の子は目に涙を溜めながらも、懸命に零れ落ちないようにしている。
そのとき少し離れた看板の上から女の声が聞こえた。
「リシリア!!!」
「あ、おかあさん」
階段から急いで駆け下りてくる様子から見るとかなり慌てているようだ。
長いロングスカートの両端を摘み、階段を下りる。
そのスカートにつまづいてしまうととんでもない事になりそうだ。
「すいません。うちの子が迷惑をかけてしまったみたいで・・・」
「あ、いいえ。うちもちゃんと周り見いへんかったさかい。」
「おねえちゃん、ごめんなさい。」
「うちは大丈夫やで?
リシリアちゃんかいな?泣かなかったもんな、えらいえらい!!」
そう言って何度も頭をなでるとそれが嬉しかったのか嬉しそうに目を瞑っていた。
そんな幼い笑顔にアレストの頬も緩む。
「ほんじゃあ、また誰かにぶつからんようにして気いつけてな〜」
軽く頭を下げて親子が奥に消えていくまでじっと見ていた。
懐かしい。
一瞬、自分の村の子供達の顔が浮かんできた。
あの女の子とほぼ同じ年齢で、もっとやんちゃな育ち盛り。
世話をするのは物凄く大変だが、その屈託無い笑顔で疲れが飛んで行ってしまうのだ。
「さて、と。そろそろ・・・―――!!!」
海面が大きく揺れた。
斜めになったり前にこけそうになったり。
乗客は悲鳴をあげながら傍にある物を掴んで振り落とされないようにしている。
空は・・・・
あんなに晴れていた空が、瞬く間に黒い雷を宿った雲が青い空を覆い尽くす。
「これは・・・・」
冷たい、まるで氷のような冷気が当たりに広がっていく。
まだ今の季節は暖かい。だから、こんな気温考えられないのだ。
アレストは神経を集中させてこの異常を探ろうとした。
体全体を、刺す様な感覚だ。
集中しているおかげで辺りを見ることが出来なかったアレストに突然雷が襲った。
―――――ズドドォォォォオオオ!!!!
「っ!!!なっ、なんや!!!」
間一髪でその落雷を避ける。
もしも直撃していればアレストの命は無かっただろう。
あまりの衝撃的な事にアレストは冷や汗を流す。
緊張が高ぶっているのか心臓の動きがいつになく速い。
「アレスト!!!」
リュオイルとフェイルの姿がアレストの前に現れた。
相変わらず青い顔をしているが、かなり回復したらしい。
「これは一体・・・。」
「うちにも分からん!!
何か知らへんけどいきなり雷が落ちてきたんや。」
「雷?」
アレストの側に黒いこげた塊があった。
船が炎上しなかったのは奇跡であろう。
状況確認をしていると、急にリュオイルの顔つきが変わった。
信じられないものを見た目で大声をあげる。
「また来るぞ!!
全員物陰に伏せるんだ!!!!」
「リシリアっ!!!」
アレストは我が耳を疑った。
悲痛な叫び声、目に見えるあの顔。
先ほど部屋に戻っていったはずの幼い少女ではないのか?
怯えているのか動く事が出来ずにその場に座り込んでいる。
そしてその雷の矛先は・・・・・
「護神麗!!!」
激しい光と音で耳がおかしくなりそうだ。
あまりの眩しさにその瞬間を見る事が出来なかった。
さっき雷が落ちる瞬間に聞こえたフェイルの声。
最悪の結果だけは起こってほしくないと思いつつ、アレストは恐る恐る目を開く。
「リシリア!」
「うわぁぁあああん、おかあさん!!!」
リシリアに向かっていた稲妻は、間一髪でフェイルの魔法によって食い止められていた。
あまりのショックに大声で泣き出してしまったリシリアを母親はすぐに抱き上げ物陰に隠れた。
無事だったことを確認したアレストは肺が空になるまで息を吐く。
(良かった・・・。)
あのままだったからあの子は絶対に死んでいた。
最初の一撃よりも大分強かったため、もしもあれをくらっていれば跡形も無く消滅するかも知れない。
そんなゾッとする事を考えながらアレストはフェイルの方に振り向いた。
「フェイル。」
「良かった、大丈夫ですか?」
「は、はい・・・。」
そう言って安心したのか、フェイルは穏やかな笑顔を消してキッと空を見上げた。
邪気に漂う空気。
どこからなのか伝わる殺気。
そしてこの気配。
忘れるはずが無い。
忘れる事も出来ない。
「どうやら・・・魔族のお出ましのようだな。」
リュオイルがそうつぶやいた途端、海がまたしても大きく揺れた。
水柱があちこちに現れ、船は遊ばれるように回っているだけである。
多くの乗客の悲鳴が聞こえる。
もしかしたら誰か海に投げ出されているかもしれない。
「―――――っ!!」
リュオイルは空を見上げて驚愕した。
思わず凝視してしまったもの。
小さくて見落としてしまいそうだがいる。
そこに何かがいるのが分かった。
「非力な地上人よ、僕達魔族に降伏せよ。
さもなくばそこにいる全員海の藻屑にする。」
あまり声変わりのしていない、10代前半であろう、よく通る少年の声が響いた。
そしてその傍らにさらに小さい黒い羽を生やした少女。
明らかに場違いで予想していなかった展開に一瞬怯んだが、何とかその思考を振り切る。
「こんなことして一体何になるんや!!魔族ってのはこんな卑怯なんか!!!」
「非力かどうかは分からないだろう?
それよりも乗客に手を出してみろ。こっちこそ海の藻屑にする!」
2人の怒号の効いた声が響いた。
だがそんな声に耳も貸さぬのか、少年は手をかざし雷を作り出す。
船の上の人間に選択権は無さそうだ。
「・・・どうやら交渉不成立みたいだね。ソピア、出番だよ。」
「う、うん。ラクトお兄ちゃん。」
ラクトという少年の作り出した雷の原型にソピアという少女がそっと触れる。
その瞬間、白い光だった雷はどんどんとどす黒さを増していく。
明らかに彼女が正真正銘の魔族であると判断できた。
だがその傍らにいる少年はどう見ても魔族に見えない。
「それじゃあさよなら。非力な人間達よ。」
ものすごいスピードで落下していく稲妻。
最初に落ちたものとも、リシリアに落ちたものとも違う。
桁外れに威力の大きい、これが当たれば船は沈没するのが分かる。
いや、それ以前にこの場にいる全員が死ぬのは確実だろう。
どうする?
そうすればいい?
そうすれば、このピンチから抜け出せる!?
全員が覚悟を決めた時に
奇跡は起こった。
『 その呪符に宿りし繊細なる聖の力よ
開放されしハジマリの力よ 』
――――雲行きが怪しいからこれを上げよう
「滅せよ、光の怒号と共に!!!」
あと数秒遅かったら、あと数センチ長かったら確実に皆死んでいた。
痛みはこない。
聞こえるのは雷が爆発する騒音だけ。
乗客、船員、リュオイルもアレストも、呪符を放った本人さえも驚いた。
その本人は呆然とするだけで次の言葉が出てこない。
「・・・どういう事なんだ?
ソピアの魔力は十分僕の雷に伝わったはず。」
「お兄ちゃん、あのお札・・・・」
はっと大きな目をさらに大きくして凝らしてみるその先。
「あれは、そうか。
だから僕の魔法もソピアの魔力も・・・・」
何かを確信したようにして顔を歪めると、彼は暫く考える素振りをする。
その姿さえも美しいと思えるのに何故彼は船を攻撃するのだろか。
いや、それよりももっと聞きたい事は彼は本当に魔族なのか?
魔族にしては、邪気が無さ過ぎる。
そして唯一確認したいのは、
何故彼の背に純白の翼があるのか、だ。
「・・・た、助かった?」
「よっ、よくやったでフェイル!!」
「一体何なんだあの札は!?」
どこからともなく歓声が響いたがリュオイルはそれどころではない。
効果不明の呪符をフェイルが持っていた事。
その呪符は誰から貰ったのか分からない事。
頭痛を覚えながらも懸命に頭を働かせる。
「えと、さっきの買出しで・・・。
その、道具屋の人がくれたの。雲行きが怪しいからって。」
「それで、貰ったのか。」
「・・・・ご、ごめんなさい。」
もう既に肩身が狭いようで反論の声も出ない。
その姿に流石に言いすぎたと思ったリュオイルは、苦笑しながら彼女の頭を撫でた。
「今回はもういいよ。僕もちゃんと言ってなかったしね。
それに、天の助けとしてこの件は水に流すよ。」
じゃあ本題に戻ろうか、とリュオイルが気を取り直して魔族を睨み付ける。
どうでもいいのだがさっきまでよく和めたな。と自分でも感心してしまった。
小さな魔族は、顔色一つ変えずに冷たく下を見下ろしていた。
こんな子供に、ここまで冷たい目が出来るなんて。
「さぁ、形勢逆転だ。どうする?」
「どうするって、別に負けてなんかいないけどしょうがないね。
・・・本当、あんた達は運がいい。
僕達も暇じゃないからそろそろ帰るよ。行こう、ソピア。」
「う、うん。」
ラクトという少年の口から小さく移転呪文が聞こえる。
どうやら本当に退却するみたいだ。
その動作に少しホッとしたアレストはいけないと分かっていても思わず気を緩めてしまう。
完成した魔法陣が空に浮んだ。
あの魔法陣は、フィンウェルを襲った時に来たアルフィスと同じ系列のもの。
訝しげにそれを見ていたフェイルだったが、彼女はそれよりも少年の傍らにいる少女に目をやった。
最後に、戸惑ったような悲しんでいるようなあの少女の顔が忘れられないのは気のせいであろうか。
「とにかく、助かったんだよな、俺たち。」
「ま、魔族に・・・勝ったのか?」
暫くすると片手にデッキブラシ、片手にフライパンを持っている船員が歓喜の声を上げた。