燃える、何もかもが 赤く焼けるような熱さが皮膚を徐々に焦がす 誰もがその中で死に悶え、苦しみと熱さで絶叫した 燃え盛る炎の中に、ポツンといる麗しい姿には傷一つない 彼の周囲に集まる水の柱は、まるで彼を守護する傭兵のようだ 「・・・落ちたな、ゼウス神。」 詰まらなさそうに目を細め、彼は炎を一掃した 彼が腕を振るうと、水柱は龍をかたどり、威嚇して炎を鎮圧させる その中には、確かに奴の部下とも言える天使がいた しかし、見よ。この有様を 足元には、かつての同胞が無残な姿で転がっている ■天と地の狭間の英雄■        【統べるモノ、堕ちるモノ】 「ゼウス神っ!!」 火の壁に遮られたフェイル達は、味方の少ないゼウス神の名を叫んだ。 しかし彼は振り返らなかった。 一心に前を見据え、静かに目を細めている。 実の兄とゼウス神を確認したミカエルは愕然とした。 何もかもが、燃えている。 ルシフェルの放つ水龍のおかげで被害は抑えられているものの、これはあってはならないことだ。 水を放つ彼がこんなことを仕出かすとは思えない。だとすると、答えは一つになる。 「ゼウス神!!こ、れは・・・。」 己の国であるにも関わらず、仲間であるにも関わらず、焼き尽くす業火の炎。 国や同胞を愛するミカエルにとってこの不祥事ともいえる行いは、絶望に突き落とされる感覚だった。 鉛のような足を叱咤して、すぐ近くにいる焼け焦げた天使を見つめた。 いや、それが天使だったのかそれとも悪魔だったのかなんて、知る由もない。 炭化しているそれは、白い骨を時々ちらつかせる。 両者最大の特徴の羽も、一枚すら残っていなかった。 だが、ゼウス神がここまでやるということは、何かがあったはずだ。 確かに彼は傍若無人な行いをすることがあっても、理に適っている行為のみだ。 何かしらの理由がない限り、彼が怒り狂い、力を発動させることはない。 「・・・随分な有様だな、ゼウス神よ。」 混乱して頭が真っ白になっているミカエルを見据え、双子の兄は顔を上げた。 嘲笑するかのように、彼は残りの炎さえも一振りで一掃させた。 残り火とは言え、ゼウス神の業火の炎。力は互角なのか彼の水龍は火を消した途端耐えられなくなり、水蒸気になった。 一瞬だけ、目の前が淡い白で囲まれる。 それでもルシフェルはゼウス神が放つ殺意の眼差しを一身い受け止めていた。 口の先端を持ち上げ、鼻で笑う。 「これがお前の主が行った愚かな行為だ。  敵味方関係なく己の力で葬り去り、挙句の果てにはこの聖地さえも崩壊させようとした。」 わざとらしく大きな声で言ったのは、放心しているミカエルに聞かせるためだ。 彼の声にビクリと肩を震わせたミカエルは、のろのろと顔を上げた。 ルシフェルを、そしてゼウス神を。 「・・・ゼウス、神・・・なぜ・・・?」 深い疑問、取り消せぬ現実。 転がる死体の数は、数百を超えている。 ここにいた半数か、もしかしたらそれ以下は、主のために、天界のために命を捧げる覚悟で戦っていた。 だが誰しも、死ぬために戦に出たのではない。守るためだ。 ルシフェルが、哀れむような目で見てくる。 それを受け止めながら、私は何を思った・・・? 忠誠を誓う主を、何と思った・・・? "・・・憎い・・・" にく、い・・・ 私が、ゼウス神を? そんなまさか。そんな、ありえない。 「私は、何を・・・。」 「それがお前の嘘偽りない気持ちだ。」 「ち、ちが――――っ!!」 「奴に追放されるのは、恐ろしいか?」 「兄様っ!!!」 やめてください。 小さく呟き、頭を抱え込んだ。 うずくまるように丸くなった彼の傍にはイスカがいた。 取り乱す上司に驚きながらも、必死に傍に居続けた。 手のひらで顔を覆った彼に、「大丈夫です」と声をかける。 「すみま、せん。イスカ・・・。」 「ミカエル様、俺達がお傍にいます。」 「すみません・・・。」 何度も謝る姿は弱々しい。心なしか語尾も震えている。 そんな彼を、イスカは懸命に励ました。 彼の性格上褒め称えるような素晴らし言葉は出ないが、一つ一つに重みが感じられる。 目を細め、顔を上げないミカエルには彼の顔は伺うことは出来ない。 複雑だった。ミカエルが狼狽することは珍しいことだが、この現状を受け止められるか言えば、肯定出来ない。 炭化した遺体は本当に無残だった。 どれが天使で悪魔かなんて全く分からない。 分かるのは、そのきっかけとなったのがゼウス神の力と言うことだけだ。 「魂が乱雑になっています。早急に返還しないと、新たな魂を生成出来なくなってしまいます。」 天を仰いだルキナは眉をひそめて呟いた。 彼女には、普通の人間には見えない何かが見えているのだろうか。 忙しく辺りを見回し、不安そうに顔を歪めている。 その言葉にフェイルは息を呑んだ。 確かに、この有様ではルキナも集中出来やしない。 剣呑に目を細め、訝しげにゼウス神を見据えた。その瞳は冷たく凍っている。 「どうだアブソリュート。奴の残虐な行為を見てしても、まだ庇うと言うか?」 「・・・庇うなんて、そんなこと誰も言ってない。  私は皆を守りたいだけ。ゼウス神に従っているつもりは毛頭ない!!・・・だけど・・・。」 口から出るのは非難や疑問の声だけだ。 しかしそれでもゼウス神は顔色を変えない。まるで自分は何も悪くはないかのように。 ここで一体何があったのだろう。 同胞を焼き殺すほどの怒りを覚えたのは、何故なのだろう。 こんなことをしてもこちらの利益にはならない。寧ろ、戦力が減り不利になるだけだ。 傍らにいるヘラ神は悲しそうに端正な顔を歪めている。 服の袖を口元に当て、ゼウス神とルシフェルを交互に見ていた。 「ここにいた彼らは皆、貴方を守るため、貴方に付いて行くために戦ってきた者達。  決して貴方の玩具ではない。それが例え、天使と言う従属の者だとしてもだ。」 「・・・お前は、フェイルでなくアブソリュート神か。」 「否、既に我らは2人で1つ。フェイルでありアブソリュートでもある中途半端な存在だ。」 目を細め、ゆっくりゼウス神に近づく。 怒りとも呆れとも言えるオーラは衰えるどころか強さを増している。 それはアブソリュートには決してなかった感情。 無を主張する彼女は感情がないと言っても過言でもない。 だが、これは、確かな感情。怒り、悲しみ、呆れ。 どうしようもない感情が入り混じり、結果怒りとして表に出てきている。 それは紛れもない"フェイル"の感情。人間として育成した心は、尊大な相手でも覆ることはない。 杖を握り締め、ゼウス神とルシフェルを交互に見た。 どちらも似たり寄ったりの顔つきで、怯むことなんてありえない。 緊迫な雰囲気の中、それを打ち壊すことが可能なのは怖い物知らずのアブソリュート神のみだ。 頼みのミカエルは、ゼウス神のまさかの行いに色を失い動揺している。 神に人間が太刀打ち出来るはずがない。だからリュオイル達は、後ろで悔しそうに歯を食いしばっている。 だけど各々の武器をギュッと持ち直し、いつでも飛び掛る準備は出来ている。 今は、何が敵なのか分からなくなってきている。 世界を脅かすルシフェル。 同胞を無惨にも焼き殺した天空の主帝ゼウス神。 一体、誰が敵なんだ。・・・分からない。 「・・・大天使シギが亡くなった。」 「そうか。」 「あくまで高みの見物を通すつもりか。」 大して気にしてないのか、返ってきた言葉は実に淡白だった。 その言葉に怒りを覚えたのはフェイルではない、リュオイルだ。 カッとなり今にも掴みかかりそうな所をシリウスとアスティアが制す。 離せ、と叫ぶが、抑えてる2人だって気持ちは一緒だ。怒りに震え、瞳は剣呑に細められている。 もしリュオイルが動こうとしなければ、2人のどちらかが飛び掛っただろう。 「奴がヘラをたぶらかしたりしなければ、こうはならなかっただろう。」 不機嫌に唸った後に出た言葉は、常に傍にいるヘラ神の名前だった。 なるほど、もしかすれば命よりも大切である彼女の事となると、流石のゼウス神も冷静にはいられないか。 しかし、それが敵の計算ならば? 「天界を統一する貴方が、動揺してどうするんですか!!」 「黙れ!!」 「黙ってなんかあげないっ!貴方の勝手な思想で、どうして彼等を殺すんですか!!」 「言葉を慎めアブソリュート神っ、貴様・・・誰に物を言っている?」 「私が物を言ってるのは他でもないゼウス神貴方1人っ!  貴方が天空を主帝とする神でも、やっていいことと悪いことがある!!」 「何を言うか、私の言葉は全てを統一してゆく。貴様ごときに意見される覚えはないわっ!!」 神の怒号が神に向けられた。 風は刃物に変わり、フェイルの頬を掠める。 短く血が飛び、まもなくその白い頬を赤が染め、数本の金の髪がはらはらと舞い落ちた。 傑作だ。 そう言わんばかりにルシフェルが声高らかに笑い出した。 昔最高峰の天使と謳われていたなんて到底思えない声は、ミカエルの耳朶に嫌に響く。 「くっくっく・・・。さあ、どうするアブソリュート、いやフェイル?」 「・・・・。」 「お前ならいつでも我の隣をやろう。そんな薄汚い神など捨て置いて私のもとへ来い。」 にやりと妖艶な笑みを浮かべる。 勝利でも見出したのか、美しい瞳は活き活きとしていた。 「・・・貴方が世界を狂わすなんてことをしなければ、私は貴方についていたかもしれない。」 「ほう?」 「だけど貴方がやっていることは、ゼウス神となんら変わらない。  ルシフェルの望む世界は、私は叶えて上げることが出来ない。」 「私の誘いは、振られたというわけか。」 「そうだね・・・うん、ごめんね。」 神々を滅ぼすことで平和なんて訪れない。 色々な性格の神がいるが、彼らは確かに必要な者ばかりだ。 彼等を失えば世界の秩序と安定は乱れ、災厄が起こっても不思議なことなんて1つもない。 私が願う世界は、神も天使も対等に渡り合える世界。 戦争なんて起きなければ良い。だけど、感情のある者がいる限り、世界から混乱と戦争はなくならない。 ただ分かりあえる世界が欲しい。 従属に全てを捧げるのではなく、自由に、確かな今があることを気付いて欲しい。 ああ、なんて私は欲張りなんだろう・・・。 「貴方たちが望む世界は・・・?」 低く呟いた声は彼らに聞こえただろうか。 「私が望む世界は、神々の消滅だ。私が世界を統制し直す。」 「小賢しい魔族を殲滅し、天界の神が世界を統一する。これ以外に世界が救われる道はない。」 魔族が世界を統一するか、神々が世界を統一するか。 私は、結局どっちなんだろう。 「世界を統一?ふざけるな、貴様らだけで何もかもが自在に操れるとでも思っているのか?」 珍しく怒りに身を任せてシリウスが前に出た。 透き通るアメジストの瞳は、有無を言わさぬ威厳を持っている。 「何を勘違いしてるのか知らないけど、この世界はあんた達だけで何とかなる問題じゃないわ。  魔族がいて、神族がいて、天使がいて人間がいて・・・私のようなエルフもいる。」 呆れたように溜息を吐いたアスティアは少しだけ不機嫌そうな顔を見せた。 ざんばらに切られた髪を鬱陶しそうに掻き揚げ、いつものような不敵な笑みを浮かべる。 「シリウス君、アスティア・・・。」 2人の声に振り向いたフェイルは、少しだけ頬を緩めた。 心なしか瞳の色は穏やかに染まり、安堵の表情を見せている。 2人の仲間が前に出て、リュオイルは少し焦った。 あれだけ制止していた2人が息ぴったりだ。 出遅れた気がしたが、あまり気にしなかった。 それよりも、気持ちが一緒だったことに不謹慎ながらも僅かな嬉しさを感じた。 重い足を持ち上げ、意を決したかのようにリュオイルも深く頷く。 「僕達は神族でもなければ魔族でもない。ただの人間なんだ。」 非力すぎる。 神や魔王相手では、人間は紙くず同然だ。 「だけど人間は、お前たちにない強さが確かにある。」 1人では駄目なのかもしれない。 だから2人。3人、4人。 少しずつ思いの同じ者が集い、絆と言う強さを持つことが出来る。 「人間だからと言って、そう簡単に服従する気はない。  僕達には僕達の人生や自由がある。それを縛るようなやりかただと、すぐに混乱は再発する。」 生きとし生けるもの全てに祝福があらんことを願う。 それが小さくて幼い理想の世界。 「少なくとも、ゼウス神にはついて行くことが出来ない。」 多くの犠牲を出しても、それが当たり前のように思っている思想にはついて行けない。 自由を求め、感情を持って何がいけない。 シギは、ゼウス神に歯向かう形でだが、満足のいった死を遂げた。 たとえアレストを、皆を絶望に陥れることでも、彼は確かに自由を勝ち取った。 死することで、愛するものを守る事で。 「絶対に死なせない」 この言葉を、何度も繰り返していた。 噛み締めるように、記憶に焼き付けるかのように。 短くて重い言葉。どれだけシギの心に負担をかけたのだろう。 だけどその意思は決してゼウス神から受けた意思ではない。彼の、彼だけの意思だ。 彼の笑顔も声も、優しさも人当たりも、全て彼もの。シギ以外の他でもない。 屈託のない笑顔は皆を安心させた。 あの表情に嘘偽りなどなかった。 何時でも彼は、天界やゼウス神よりも、仲間を気にかけていた。 「人の心を縛ることなんて誰もしてはいけない。それこそ、自然の摂理に反する行いだ!!」 ざあ、と風が吹いた。 炎の残り火が揺らめき、勢いを強くした。 朝日が昇り、眩しい太陽の光が雲の隙間から地上を照らす。 足を、胸を、頬を。 「ゼウス神、知っていますか?」 神は、決して万能ではない。 神は、決して絶対ではない。 神は、決して強き者ではない。 神は・・・ 「神は、全てを統一することなんて出来やしない。」 人がいて、動物がいて、鳥がいて、様々な人種がいて、今がある。 それら全てを統一することなんて不可能だ。 それぞれの想いがあり、意思がある。 彼らは、確かに神によって生み出されたものなのかもしれない。 誕生神ルキナのような神がいなければ、ここにいる皆は決して生まれてくることはなかっただろう。 だけど、誰も神の言いなりになんかなっていない。 危険を感んじれば抗い、守ろうとする。 「人も天使も、貴方の玩具じゃないっ!!  この世に2つとしていない存在で、どんな者でも決していなくなってはならない大切な存在だよ。」 「戯言を・・・天使や人間など所詮、捨て駒に過ぎん。」 「戯言を言っているのは貴方だ!!」 フェイルの怒号が風となる。 軽い木の葉は空高く舞い、あまりの強風に残り火が一瞬で消えた。 ここに来て初めて見せた怒り。 抑える術を知らないのか、握り締める拳には相当の力が入っている。 肩を震わせ、ギッとゼウス神を睨み付けてる。 「じゃあ貴方は、シギ君やここで死んだ天使達を、ごみくず同然に思っているの!?」 その言葉に一番反応したのは、天使であるミカエルとイスカだった。 僅かながらだが、ルシフェルも気になっているのか眉をひそめている。 ゼウス神の答えを分かっているのか、ヘラ神は悲しそうに顔を伏せた。 「駒は捨てるためにある。それを使わずして、いつ使う?」 ―――――ヒュッ 「本当に、落ちぶれた。いや、愚かと言うべきか。」 投げられたのはナイフではない。風だ。 誰よりも早く動いたルシフェルが一振りし、風は鋭利な姿に変わる。 それは紛れもなくゼウス神に投げられた。 少なからずその風には、殺意と憎悪が込められていることをゼウス神は知っているだろうか。 天使は、放心していた。それを人は絶望と呼ぶ。 主のあまりに冷徹な言葉は、どれだけミカエルやイスカの胸を抉ったのだろうか。 悲痛に顔を歪め、何度も首を振っているミカエルがいた。 端正な顔は悲しみに染まり、言葉も出ないのか今にも泣きそうな表情である。 彼の傍にいるイスカも同様に言葉を詰まらせていた。 ゼウス神が非道な部分があるという事は知っていたが、これはあんまりだ。 今までぎりぎりで掴まえていた影はあっという間に消え失せ、残ったのはどうしようもない悲しみと怒り。 突き放されたんだ、今、主に。 「これでも、奴に従うと言うのか!?―――――答えろっ!!」 怒りを露にしたルシフェルの言葉は一体誰に向けられたのだろうか。 フェイル?ミカエル? 「奴の思想は絶望を招くだけ。ならば、誰かが立ち上がらなければならないだろう!!」 確信とも言える台詞は、全てを硬直させる。 神も天使も、人間も。 「貴様、まさかまだ王の座を狙っているのか?」 「私は貴方のような絶望の未来は決して起こさない。  貴様のような勝手気ままな世界など・・・この世に必要ない!!」 「堕天使風情が粋がるな!!」 勢いよく前に出した手から稲妻が横に走る。 向けられたのは、ルシフェルだ。 純白の翼を一気に動かし、その場から姿を消す。 牽制を仕掛けたのはゼウス神だ。それを待っていたのか、彼に飛び込んでくるルシフェルの顔は不敵な笑みを浮かべている。 見えぬ位置で魔力を溜め、至近距離になると勢いよく魔力の球体を投げつけた。 傍にいたヘラの手を取り、瞬時に消え去る。 誰もいなくなった場所に球体は落ち、大地を抉り、狂風を巻き上げた。 体重の軽いものはあっという間に巻き込まれてしまう。 明らかに小柄なフェイルは杖を突き耐えているが、じりじりと吸い込まれているのは確実だ。 ついに耐え切れなくなったのか、杖は吹き飛び、小さな体までも未だ止まぬ風の中に吸い込まれそうになる。 「――――フェイルっ!!」 フェイルの体が地面を離れ勢いを増す瞬間、後ろからリュオイルが飛び乗ってきた。 女性よりは圧倒的に重いかもしれないが、彼自身もそこまで重くない。 何とか引きずられないように辺りにある突起物にしがみつくが、それもどこまで持ちこたえられるか分からない。 "―――――相殺させろ―――――" 頭に響く。他の誰にも聞こえない、私だけにしか聞こえないもう一人の私の声。 背中に感じる温もりは、リュオ君? このままだと、皆が巻き込まれる。 『 神の息吹は優しさなり 我の息吹は旋風なり             速急な微風ごとく地に舞うは風の精                         触れ合う者の魂を今切り裂かん 』   自分の下にいる少女が何かを紡ぎだす。 ふと疑問に思ったリュオイルはそっと彼女の方へ耳を寄せた。 「フェイル!?」 聞かない方が良かったかもしれない。 流れていた風が逆流する。 いや、違う。これは新たに作られた、フェイルの風だ。 最初は小さかった勢いが、どんどん増幅させ目に見えるほどの形を成した。 旅をしてきた中で何度か見た事のある魔法だ。だが、威力が拡大に上がっている。 覚醒したばかりの頃よりも、ずっとずっと。 リュオイルを押し退いて立ち上がったフェイルの回りにはまるで結界のような風が彼女を取り巻いている。 おまけのように引っ付いているリュオイルも同様だ。 目を細め、聞いたことのない言葉で何かを紡ぎ始める。 彼女が詠う声に反応した風は、音を立ててルシフェルが放った風に挑む。 風の唸り声が耳朶に響いた。 速度が上がるにつれ辺りの大気を引き込み、更に大きな狂風を生み出す。 鈍く壮大な音を立てて風は消える。まるで咆哮のように、それは中々耳から離れることはなかった。 風が止む。また少しして、今度は穏やかな風が天界を包んだ。 「・・・行きますよ、イスカ。」 「ミカエル様?」 強烈な風を目の当たりにし、身を寄せあっていた天使は僅かに安堵の様子を見せた。 しかしそれも束の間。 砂利の混じった服や髪を払い、既に前に出ている少女を見据えた。 朝日が眩しい。まるで、愚かしい神々や天使の戦いを嘲笑うかのような光。 だけど何故だろう、その光が、小さな少女を大きく映し出しているように見えるのは。 魔法を制御するための杖はもうない。あるのは力の源それのみだ。 リュオイルを置いて、先に行く姿はひ弱で脆弱な人間ではない。 だからと言って威厳を与えるような神でもない。 少女を追いかける。リュオイルが、シリウスが、アスティアが。 彼らは自分が進むべき道を知っている。 答えに辿り着くことは簡単ではなかったかもしれない。 だが迷った道に光を差したのは、今前を歩く少女。神と謳われる小さな存在。 人間でもなければ神でもないような、中途半端な存在をミカエルは見つめた。 彼女がそんな境地に立たされているのは、決して自分を完全な神だと認めないから。 神と認めれば、アブソリュートが表立ち、人間としてのフェイルは眠りにつくだろう。 しかし今目の前にいるのは、2つの人格。1つであり2つとも言える不思議な魂。 本当はこんなことは起こるはずがなかった。 ゼウス神の手となり足となり、新たな神として天界に君臨するはずだった。 歯車は、既に狂い始めている 何年も、何十年も、ずっと前から 「私の答えは、彼女に出会った時から既にあったんです。」 大天使の瞳に、迷いはなかった