ともに歩みませんか? かけられた言葉は、遥か昔、いつしかの記憶の中にある穏やかな声でした いいえ、ごめんなさい 返ってきた言葉は、いつしかの記憶にある声と変わらない、貴女の声だった 破滅の道を、歩むのですか? 穏やかな声は、すっと不安そうな声になりました 破滅かは分からないけれど、あの方のお傍に・・・ 懐かしい声は、幸せそうに微笑んだ ・・・ルシフェル。 貴方が本当に必要な人は、私ではありませんよ 背を向けた瞬間飛んできた言葉は、虚を衝いた言葉だった ■天と地の狭間の英雄■ 【新たな主へ】 戦いは人間を無視された状態だった。 リュオイル達はゼウス神の意思を引き継ぐ者でもなければ、ルシフェルの意思を尊重する者でもない。 要するに後回しだ。 最後の選択の時、問われるのだろう。 "配下につけ"と そんな言葉はお断りだ。自分たちは誰かの下につくためにここにいるわけじゃない。 愚かしい戦争を止めるためだ。終わらせる・・・そのためにはきっと・・・。 「私が理想とする世界を刻むためには、まず貴様を倒す必要がある。」 「堕天使ごときが神に敵うとでも思っているのか?」 天空を主帝とする神の怒りが炸裂した。 彼の声は雲を、天を裂き地上に稲妻を轟かせる。 一方のルシフェルはと言うと、大天使の頃と比べると格段に力が、速さが上がっていた。 それは既に神を超えるような、神と代弁してもおかしくないほどの力を振るわせている。 地を蹴り、眩しいほどの翼は一度羽ばたくとそれ以上の加速を必要としないのか、ぐんと勢いをつける。 その間にもゼウス神は次なる雷を鳴り響かせていた。 空だというのに、地上と変わらぬ揺れが襲い掛かる。 不安定な動きに慣れていない者はその場に膝をついた。 今まで魔法で攻撃していたルシフェルが数歩後ずさり、何もない所から剣を抜き出した。 それはいつしか見た光景に似ている。 ・・・フェイルだ。フェイルも、何もない空間から物質を取り出した。 それは決して起こりうることのない技。 だが彼女には、アブソリュートには創造する力がある。力を極められれば、ゼウス神を優に超える事だって可能だ。 歪んだ空間から剣を取り出し、にたりと嫌な笑みを浮かべてそれを振り下ろす。 軽い音が鳴った瞬間、辺りは2つに裂ける。 たった一振りで大地を二分させたルシフェルの力は計り知れない。 それでもゼウス神は冷静だった。狼狽するどころか、鼻で笑うだけだ。 「愚かなのは貴様だ堕天使。貴様のその力はまさにアブソリュート神の賜物。・・・いや、奪ったと言うべきか?」 アブソリュートでなければ、無の世界から物質を生成することは出来ない。 だとすると、彼があの力を手に入れたのはフェイルを攫ったあの時だ。 あの力は彼のものではない。 と言うことは、その力はアブソリュートよりもずっと劣っていると言うことになる。 「確かに、威力も物質を模る時間も彼女と比べれば劣っているだろう。 ・・・だがその前に貴様を倒せば全ての問題はクリアとなる。」 「強気な戯言もいつまで持つか。」 再度火花が散る。互いにいがみあうような言葉を交わした途端動きが止まった。 先制をかけるか、防御に徹するか。 1秒のチャンスも逃せない。それが、個人の戦い。 前に出て、一歩下がる。 額に嫌な汗が出てくるほどの緊迫感は、そう簡単に崩れることはない。 その中、第三者的な位置にいるフェイル達は壮絶な戦いを目の当たりにしていた。 固唾を呑み、武器を持つ手が僅かに震えている。 人間の領域を遥かに超えていた。 だから畏怖したのかもしれない。 人間とは不器用且つ器用な生き物で、己より強いものに大抵の者はまず恐怖を覚える。 それがまさに今だ。認めたくないが、彼らの力には到底及ばない。 しかしフェイルはと言うと至って冷静だった。じっと前を見据えたまま動こうとしない。 彼女が足を止めたのは、彼女を無視して2人が戦い始めたからだ。 2人の意見に拒絶を示しながらも、逸材の神が惜しいと感じたのだろうか、一向にフェイルを攻撃してこない。 それとも眼中にないだけか。 「・・・ルシフェルは、私に任せてください。」 場に合わない穏やかな声が耳朶を響く。 驚いて後ろを振り向くと、ルシフェルと同じ顔が1つ。 何かを決心したのか、今まで浮かない表情だったそれは随分とすっきりしていた。 先のゼウス神の言葉に堪えているだろうに、何故彼が、ミカエルが最初の一声を発したのか。 今の今までゼウス神とルシフェルしか見ていなかったフェイルは困惑した。 何かを言うべきなんだろうが、これといった言葉が浮かんでこない。 言葉を詰まらせているフェイルを見てミカエルは人の良い笑みを浮かべた。 一歩、また一歩進む。 フェイルの目の前まで来ると、彼は急に跪いた。 「ミカエルさん?」 きょとん、としたまだ幼い声が耳を過ぎる。 ああ、何だか懐かしい。出会ったばかりの頃は、今よりずっと年相応の笑みを見せていたというのに。 心の中で苦笑し、ミカエルは迷わずフェイルの右手を取った。 所々に傷がある。血は流れていないものの、切り傷のような線は痛々しかった。 それでも白く細い指は、決して届くことが出来ないだろうと言われていたものを掴み取ろうとしている。 この手に、惹かれた。貴女の笑顔に、惹かれた。 理想論とされる言葉を包み隠さず話し、対等に見る真っ直ぐな瞳に惹かれた。 それは甘美だった。惑わすような、狂わせるような甘い蜜。 はまってはいけない。聞いてはいけないと思いながらも、私は貴女にあった瞬間から、堕ちた。 「我が剣と命に誓う。絶対なる忠誠を、アブソリュート・・・いいえ、フェイルさんに捧げます。」 手の甲に口付けを。 貴女の思いは誰よりも知っている。 ダンフィーズ大陸に下りた時に、貴女の覚悟を聞いた。 きっと誰にも言っていないのだろう、たった一人で、覚悟を決めた。 その時から貴女を見る目が変わった。出会った以上に、惹かれたんだろう。 敬愛を込め、主と見なした者の手の甲に口付けをすることは天界ではよくある。 誰しもが出来るわけではないが、彼もまたゼウス神に忠誠を誓う時同じ事をした。 あの時とは違う。ぎすぎすした関係も、半ば諦めていた自身の心も、今はない。 確かな忠誠。それが今交わされた。 古き主を捨て、新たな主「フェイル・アーテイト」に全てを捧げる。 「例えこの身が地獄の業火に焼かれたとしても、貴女を守ります。貴女に忠誠を誓います。」 半ば呆然としているフェイルの手を名残惜しく離した。 彼の表情はというと、満足そうにうっすら笑みさえ浮かべている。 それと比べてフェイルは困惑していた。 彼女は天界のしきたりというものを全くと言っていいほど知らない。 だから言葉を失うし、仰天もしてしまう。 ミカエルばかりを凝視していたせいで、もう1つの影が動いている事に気付かなかった。 既に後ろに下がっているミカエルを追い越し、今度はイスカが跪いた。 「俺も、ミカエル様と同じです。追放されても殺されても構わない。 正直になること貴女は教えてくれた。ゼウス神から得る事の出来なかった温かいものを、貴女はくれた。」 シギ様、見ていますか。 貴方は本当に素晴らしい方だ。 「何があってもついて行きます。貴方の理想を、俺も一緒に追いかけます。」 そうして彼もまたフェイルの手の甲に口付けを落とす。 イスカの手は微かに震えていたが、フェイルの手の温もりを感じたと同時に治まった。 どれだけ彼女を信頼しているか、改めて見せられた気分だ。 「・・・ミカエルさん、イスカ君。」 ようやく平常心を取り戻せたフェイルは、薄く笑った。 今までこの光景を見守っていたリュオイル達も顔を見合わせて微笑んだ。 「――――ありがとう・・・。」 泣きそうだけど、泣かない。 大丈夫、私は一人じゃない。 ありがとう、本当にありがとう。 こんな私に付いてきてくれて―――みんな、ありがとう。 ―――――私は、人間も神族も魔族も、全部護りたい。 殺しあいの世界を終わらせよう どちらかが絶えるのではなく、どちらも共存出来る世界へ たとえ、この命が枯れたとしても 皆に、嘘を吐いてでも 『 光り輝く華の唄よ 古き記憶の眠りよ 鮮やかな紅い光の元 我が領域に触れる愚かな者たちに 地獄の業火を与えん 』 もう後には戻れない。突き進め。振り返るな。 前を見据え、大きく円を描く。 神気は空へ昇り、詠唱を始めると大きな炎がゆらりと揺れた。 空に描かれた魔方陣はこれまでに見た事がないほど大きく荘厳だった。 思わず固唾を呑む。大きく見開かれた目は、目の前の神を凝視していた。 ――――デイプスフレイ それは歌のように滑らかな声。 抑揚のない声はじわりと耳朶をくすぐる。 それが合図だった。武器を構え、走る準備をする。 灼熱の炎がゼウス神とルシフェルの間を掠める。 まさか邪魔者が入ってくると思っていなかった2人は互いに驚愕し後ろへ飛び退いた。 「・・・面白い。」 「何をする気だ、アブソリュートっ!!」 2人の反応は見事に正反対だ。 確かに一瞬驚きを見せたものの、その表情は実に愉快そうだ。 対照的にゼウス神は怒りを露にし、剣呑な瞳でフェイルを睨み付けている。 しかし彼が驚いたのはそれだけではなかった。 彼女の後ろから、見慣れた天使達が攻撃をしかけてくる。 その標的は、ルシフェル・・・? 「貴方の相手は、私だ!!」 「いいだろう。・・・さあ、来るが良いミカエル!」 「はああぁぁぁああっ!!」 下から上に流された剣は簡単に弾かれる。 甲高い音を響かせ、ミカエルは大きく翼を羽ばたかせた。同じ動きでルシフェルも動く。 風を切る音が聞こえる。彼らが一度羽ばたかせれば、たちまち旋風が巻き起こる。 彼に続いてリュオイル達も動いた。 リュオイルとシリウスはフェイルの元へ。アスティアとイスカはミカエルの元へ。 人間である彼らが神に、大天使に、どこまで太刀打ち出来るのか分からない。 だけどやらなくちゃ分からないんだ。 公言した通り、人間には彼らにない強さが確かにある。 それを信じるんだ。自分たちは、1人じゃない。 「アブソリュート、これは反逆行為だ。・・・分かっているのか?」 どすの効いた声が暗雲を更に曇らせる。 彼の感情は既に手に終えないほど怒りに満ちていた。 「・・・ええ。」 答えた声は驚くほど冷静だった。 「貴方の思想はおかしくはない。そしてルシフェルの思想もおかしくはない。 ・・・だけど、全てが正しいとは言えない。どちらかを根絶やしにしても、本当の平和は訪れない。」 「所詮貴様の思想は幼子のように甘いものだ。 私が世界を統一し、全てを監視下に置けば何もかもが丸く治まる。」 「それは一時のものでしかない!」 憎しみ、悲しみ、怒り、恐れ、畏怖、懸念。 生きるものに必ずある感情、それがある限り戦争は決して絶えない。 それが強制された監視があれば尚更の事。 種族を滅ぼせば、確かに一時の平和はもたらされるだろう。 だが、もしまた他の種族が反乱を起こせば? 結局は己の種族だけを残し、全てを焼き尽くす結果となる。 それだけはしてはいけない。その道は禁忌であり、最後の選択。滅ぶことの選択である。 「ならばどうすればいい。・・・奴らが言うように我々が滅べと!?」 「違うっ!!世界が均衡に保たれているのは、神族がいて魔族がいて、人間がいるから! どちらかが欠けたりすれば、あっという間に乱世の世界へ辿り着いてしまう!!」 「・・・私を殺し、貴様が世界を統一するとでも?」 ぴたりと怒りが消える。 代わりに向けられたのは疑念と軽蔑。 「これ以上ゼウス神に世界を任せられない。」 「私の問いに答えろ。貴様も結局はルシフェルと同じか。」 「さあ、どうだろうね。」 見事に曖昧な返事だ。 その返答に苛立ったのか、ゼウス神の顔が険しく歪んだ。 フェイルの後ろで構えているリュオイルとシリウスが同時に息を呑む。 神気に当てられた2人は思わずその場に立ち竦んだ。 恐ろしいと、逃げてしまいたいと、頭の中で危険信号の鐘が鳴り響いている。 だがフェイルはびくともしていない。 涼しげな顔で、少しだけ剣呑に目を細めて、真っ直ぐにゼウス神を見据えている。 今の彼女はまだアブソリュートではない。最も人間に近い神だ。 「失望したぞ、アブソリュート。私の掌で踊らされていればいいものを。」 かちゃりと剣を抜く。 それは、フェイルを、アブソリュート神を敵と見なした証拠。 待っていたと言わんばかりにフェイルも構える。 その動きに隙はない。甘い考えを捨て、ただ彼を倒す事だけを考える。 「アブソリュート神よ、永久の眠りにつくがいい。」 ゼウス神、知っていますか? 神は、決して万能ではない 神は、決して絶対ではない 神は、決して強き者ではない 神は・・・ 神は、全てを統一することなんて出来やしない 「――――っ・・く・・・!」 皮膚を裂くような風が襲い掛かる。 咄嗟にフェイルも風を巻き起こすが、手足の所々に傷を負った。 しかし今は1人ではない。仲間がいる。 彼らは大丈夫だろうかと視線をずらすと、吹き飛ばされないよう武器にしがみついていた。 彼は、本気だ。本気でアブソリュートを滅ぼす気だ。 魂さえも粉々にするだろう、その気迫。 だがフェイルはちっとも恐怖を感じなかった。 何故だろう、と考えた途端、目の前に一閃が走る。 思わず飛び退き、素早く詠唱を唱えたと同時に、体勢を整えたリュオイルとシリウスがゼウス神に斬りかかる。 「堕ちた神を守る騎士、か。しかし、人間では話にならん!」 左右から仕掛けた攻撃は簡単に崩される。 衣服の袖を翻すと風が走り、2人の邪魔をする。 弾かれて地面に伏す。砂埃が舞い、胸の辺りの服は随分みすぼらしい。 それでも彼らは立ち上がった。 彼らには、彼女と同じようにゼウス神に対する怒りがある。 まず彼の剣を抜かせたのはリーチの長いリュオイルだった。 巧みに操る槍さばきは天界の天使の中でも引けをとらない。 対抗出来るかと問われれば、答えは曖昧にしかならないだろう。 だけど全てを跳ね返されるわけではない。衝撃は小さいかもしれないが、的を得た攻撃は確実に体力を減らす。 横に逃げた獲物を、今度は突くのではなく横に薙ぎ払う。 バランスを崩したゼウス神だったが、彼は倒れなかった。 口早に唱えた呪文は神族の言葉。決して理解は出来ない。 しかし彼の言葉を遮る輩がもう一人。 目の前にいるリュオイルばかりに気を取られていたゼウス神はハッとして詠唱を中断させた。 大きく横にステップ。そしてそこから後ろへ数歩下がる。 彼がいた場所にブン、と音を鳴らせて現れた銀の宝剣。エクスカリバー。 何故彼があれを持っているのか。あれは、ミカエルが管理していたものだ。 果てない疑念に駆られていると、腰を低くして槍を構え直したリュオイルの姿がそこにあった。 彼の隣には、銀の髪を揺らすシリウスもいる。 「もし天使達を駒扱いしていなければ、シギを道具同然に考えていなければ、 彼に多少問題があったとしても、僕はゼウス神に跪いていただろうね。」 「はっ。流石は騎士生まれの坊やだ。・・・俺は、はなっからフェイルについていく気だがな。」 「そこで茶化さないでくれる?・・・言っただろう、「もし」って。」 「違いねえ。」 決して余裕があるわけではない。寧ろぎりぎりのラインに立たされている。 けれど口から出る言葉はいつもと変わらない。くつくつと笑い、くだらない雑談を交わす。 しまいには苦笑が漏れる。それがゼウス神の神経を逆撫でしていたことに気付いているのだろうか。 策略かもしれない、何も考えていないのかもしれない。 だけど2人は冷静だった。目の前の強敵を前にして、一歩も退かない。 一歩でも退けば少ない希望は更に薄くなるだろう。命取りにもなりかねない。 どうでもいい会話を絶ったのはシリウスだ。 喉から出ていた笑いを引っ込め、鋭い瞳でゼウス神を見据える。いや、睨んでいると言った方がいいかもしれない。 「お前はフェイルに「失望した」と言ったな。そっくり返すようで悪いが、俺たちはお前に失望した。 ヘラ神やミカエル達と言う部下に恵まれても、あんたがそのままだと遅かれ早かれ、破滅へ向かう。」 「・・・なに?」 「てめぇ、フェイルが言っていた言葉忘れたのか? 分かんねぇならもう一度言ってやる。・・・お前が世界を支える事は不可能だ。」 言葉を言い終えるうちに斬りかかる。 重いはずの大剣を、まるで紙切れを扱うかのように振り下ろす。 これが自己流の型だというのだから、流石としか言いようがない。 しかし第一波は簡単に避けられる。 横にずれたゼウス神をスピードのあるリュオイルが追いかける。 それまでにシリウスは持ち直し、今度は下から上に振り上げる。 ゼウス神の衣装を掠めると、今度はスピードのついた大剣を右に傾けて下ろした。 袋叩きにされているゼウス神が一度舌打ちする。 剣呑に細められた鋭い瞳は、まるで三日月の輝きに似ている。 「逝き上がるなよ、人間風情がっ!!」 リュオイルの槍を受け止めていた剣が、シリウスの大剣を受け止め、そこから雷の魔法を落とす。 危険を察知したシリウスはその場から飛び退いた。 しかし雷は絶えることなく、彼を追いかける。 避けきれなくなり、体が傾いた。 しまった、ここで倒れれば・・・ 『 空から鳴る光の一撃 』 ――――ライトニング シリウスの体に直撃しようとしていた雷が、後ろから飛んできた雷によって相殺される。 ドォン、と激しい音を鳴らし、飛び散った光は威力が衰えることなくその場を焦がす。 怒りに顔を歪めたゼウス神はギッとフェイルを睨みつけた。 少し前まであった余裕は、とうに失せている。 「邪魔立てをする気か、アブソリュート・・・っ。」 「彼らは私の仲間。だから私は皆を守る!!」 「戯言をっ!ひ弱な人間ごときに振るう力ではないはずだと言うのが、まだ分からぬか!!」 標的を変える。ふつふつと湧きあがる怒りは、フェイルに向けられた。 目にも止まらぬ速さでフェイルを追い詰める。 銀の刃がフェイルを襲う。リュオイルとシリウスの声が重なった気がした。 「ひ弱?貴様こそ己の力に自惚れるな。神は決して、万能なイキモノではない。」 淡い緑の光が彼女の手から放たれる。 そこから出てきたのは、剣だ。飾り気のない、それでもどこか厳かな剣。 勢いよく振り下ろされたゼウス神の剣を振り払う。 耳を塞ぎたくなるような甲高い音が木霊する。 この音は、後ろでルシフェルと対峙しているミカエル達にも聞こえているはずだ。 一瞬世界が止まった感覚がした。息を吸うのさえ困難なほど、神と神の間には強烈な何かが生まれている。 亀裂は既に入っている。その溝は、取り返しがつかないほど深くなっているだろう。 先制はどうであれ、先に手を出したのはフェイルだ。いや、今はアブソリュートと言うべきか。 いつから彼女たちは変わったのだろう。いや、既に2つの魂は融合化し始めているはずだ。 まさか受け止められると思っていなかったゼウス神が僅かに硬直する。 その一瞬の隙を、見逃すはずがなかった。 一閃を放ち、素早く呪文を唱える。 神と神でしか分かりあえることのない、解読不可能な言葉を。 大気から集まった水分が氷結される。 ぴしり、と音を立て、それは現れた。 絶対零度。鋭い氷の刃に触れれば、皮膚は簡単に剥けるだろう。 目の前に剣を立て、目を伏せる。 次にそのエメラルドの瞳が開かれた時、彼女の傍に漂っている氷の刃は躊躇することなくゼウス神に向かうだろう。 「残念だ、ゼウス神。お前の力、正しく使いさえすれば、お前の望む平和は、確かに訪れたというのに。」 心なしか悲しげに吐き捨てられた言葉に救いの色はなかった。 もう決めたんだと言わんばかりに、フェイルではないアブソリュートの神気を放つ。 天界で神気を抑える必要はない。 既に魔力の制御を理解している彼女に、暴走と言う言葉は存在しなかった。 さあ終わらせよう、神々よ お前も私も、もうこの世に必要はない