たとえば世界が救われたとして、何が残る 平和になったとき、何を思う 多くの人々は救われたことを喜ぶだろう だけど 君のいなくなった世界に、何の輝きも感じない ■天と地の狭間の英雄■ 【背を押す者、追いかける者】 「死ね、アブソリュート!!」 目にも留まらぬ速さで突進してくる光の閃光にフェイルの表情が強張る。 しかしそれは一瞬だった。 顔つきが変わると、短く言霊を発して障壁を生み出す。 障壁が盾になったせいで閃光は四方へ散らばり、どれだけの力があるのであろうそれは、次々と建物を破壊していく。 攻撃が過激になるにつれて、ずっと見守っていたヘラ神が叫ぶ。ゼウス神の名を。 応援するのでもない、止めるのでもない。ただ、愛しき者の名前を口にする。 誕生神ルキナがヘラ神の身体を支える。 静かに立ち据えている彼女は、真っ直ぐフェイルを見ていた。 「・・・アブソリュート神。」 重く口にした言葉は、ぎゅっと彼女の胸を苦しめる。 肉体が生成されていなかった頃から、アブソリュートのことは知っている。 しかし、フェイルの中から出てくる彼女は昔と比べるとがらりと変わっていた。 寧ろ地上界で生きてきたフェイルの方がしっくりくる。 おかしいとは思っていた。何故こんなにも彼女たちは違うのか。 そして、どうしてフェイルに似た存在が魂の時に無邪気な声を出していたのか。 どちらが本当のアブソリュートだと、考える。 しかし2人はあの小さな身体を2人で共有している。 魂は1つのはず。では、人間界にいたせいで"フェイル"という固有が新たに生まれてしまったのだろうか。 魂を管理するルキナでもそれは分からない。 1つの魂に2つの意思が存在するなんてありえない。 二重人格とは違う、もっと厄介で奇跡的なもの。 それとも、あの身体に2つの魂があるとでも言うのだろうか・・・? (だとしても、何故・・・?) 答えが出てこない。 こんなに苛立つなんて、思わなかった。 「フェイルっ!!」 少し遅れてシリウスがゼウス神の剣を受け止め、薙ぎ払う。 フェイルは何も返さない。ちらりと目線を合わせるとすぐに前に躍り出た。 それにシリウスも続く。 具現化して生成した剣がゼウス神の剣を受け止め、後ろに後退させる。 そこに銀色の影が潜り込む。動きに隙はなかった。 だからゼウス神は舌打ちする。思うようにいかないことは非常に腹立たしい。 「たかが人間風情がっ。」 罵倒を上げ、稲光をシリウスの頭上に落とす。 しかしいち早く反応したフェイルがそれを阻んだ。 同等の雷を生み出し、相殺させる。 パン、と破裂したような音がするとそこからは僅かな煙だけが漂い残るものは何もない。 またしても邪魔をされた。それがゼウス神の苛立ちを募らせる。 怒りは威力を増すことはあっても、安定感を維持することが出来ない。 感情に乗せ魔法を使い、剣を振るえば必ずどこかで盲点が出る。 非力な人間が出来ることはそこまでだ。 しかし、盲点が出ればそれで十分。 《 生まれ来る大気の証 聖なる風よ今ここに 》 大空に向かって手を伸ばす。 唄うように紡がれた言葉は、シリウスも知っている。フェイルが良く使っていた魔法だ。 それでも地上にいた頃とは比べ物にならない。 生身の人間ならあっという間に切り裂かれそうな鋭利な風が、5本ゼウス神を襲う。 前に、横に、裏に。 刃物よりずっと切れ味の良いそれを、一刀両断する。 「ぬるいわ!」 彼の怒号と共に嵐のような風がフェイルを襲う。 思わず目を庇い、腕を前に出した。 金の髪が激しく揺れたと同時にフェイルの右頬の皮膚が裂ける。 ビッ、と微かに音が聞こえたあとにじわりと痛みが伝わる。 指を添えると、べったりと血がついてきた。 ぐん、と最後の風が更に勢いを増す。 足元からずり下がるように後退させられたフェイルは、ぐっと軸足に力を入れる。 今にも吹っ飛んでしまいそうな華奢な身体に、込めれるだけの力を込める。 それでも耐え切れない。身軽さと言うのは、時に邪魔ものになる。 フェイルの眉がぐっと眉間による。奥歯を噛み締め、何とか持ちこたえようとするが 最大の欠点である軽さはどう足掻いても抵抗する術がない。 ぐら、と傾く。何かに吸い込まれるように、フェイルの身体が一気に浮いた。 「――――フェイル!!」 吹き飛ばされそうになった彼女を繋ぎ止めたのは、一人の温かな手だった。 細い手首を必死に掴み、離さないと言わんばかりの力が込められている。 誰かの手首を、フェイルが掴み返した。 あまりの強風で目が開けていられない。 だけど、この声は、絶対に、あの人のものだ。 「リュオ君っ。」 その名を呼ばれた瞬間、リュオイルは更に強く握った。 ぐっと引き寄せれば、少し風の抵抗があったものの、簡単に少女の体は自分の元へ落ちてくる。 しっかりそれを抱きしめたリュオイルは、風が止むのを待つ。 目を凝らして奥を見れば、フェイルを心配していたシリウスは1人でゼウス神と対峙している。 早く、行かなければ。 剣と剣で戦っているが、いつ彼が魔法を使ってくるか分からない。 そうなれば明らかにシリウスが危険に晒される。 風に乗って飛んでくる石や木の枝を上手く避けながら、リュオイルは真っ直ぐ前を見据えていた。 どちらにしても、この風では前に進めない。 《 》 やりきれない想いを胸に秘めていた時、ふと腕の中にいる少女から意味不明な言葉が耳を過ぎった。 どこかで知った言葉だが、思い出せない。 だがすぐに理解する。ああ、神族の言葉だ。なるほど、人間に理解できるはずがない。 言霊は短かった。一言、二言呟けば、神の意思とも言える風がふと止んだ。 声色は実に穏やかで、まるで小さな子を宥めるような音。 彼女は言い聞かせたのだ、風に。鎮めなさいと。 「もう、大丈夫。」 腕の中にいる少女がふわりと笑った。 彼女が笑うたびに、胸の奥にある何かが悲鳴を上げる。 痛い、としか言いようがない。 はっきりと表情を崩したのだろうか、僕の顔を見てフェイルが心配そうに笑った。 だけど、それ以上何も言わない。 するりと腕の中から抜けてしまった彼女は、まるで羽があるかのように軽やかに表に出た。 リュオイルが視界から消えた途端、フェイルの表情は一変する。 剣呑に目を細め、何かに取りつかれたように左手を掲げた。 神族の言葉が歌を紡ぐ。 フェイルの足元と、今度は頭上に似たようで異なった魔方陣が描かれた。 1つは鮮やかな紅。1つは稲妻を思い出させるような金色。 それが合体魔法と気付くまでそう時間はかからない。 呪文がはっきりと聞こえるが、やはり意味は分からなかった。 いや・・・違う。この魔法は何度か聞いた事もあれば見た事もあるはずだ。 つい最近までは絶対に耳にしていた。だけどその言葉が理解できないのは、なぜ? 『 人間化していたとは言え、貴様は神だ。この聖域で長時間、よく人間の形を維持できたな。 』 「ま、さか・・・。」 ひやりと嫌な汗が流れ落ちる。 信じたくない。確たる証拠もない。 だけど彼ははっきりと言ったのだ。 要約すれば、それは1つの要点に繋がる。 このまま天界にい続ければ、フェイルは完全に神化する。 フェイルはフェイルでなくなり、変わりに本物であったアブソリュートの意思が表に出てくる。 だから彼女の呪文は、神と同じで人間に理解する事が出来ない。 「フェイルっ!!」 叫んだ瞬間爆発的な光がほとばしった。 目をやられたリュオイルは咄嗟に腕で目元を庇うがもう遅い。 ちかちかする視界は暫く取れないだろう。 それでも肌を通して熱気が伝わってくる。 ありとあらゆる感覚を伝わって、強大な魔力の発動に本能が怯えていた。 耳を押さえたくなるような轟音が響けば、皮膚を焦がしそうなほど熱いものが目の前を走る。 何度も目を擦って、ようやく物の判別が出来るようになってきた。 崩れた建物に手を当て、必死に目の前の光景を理解しようとする。 いつの間にかもう1つの魔法を詠唱していたフェイルは、今度は地面を揺らしその場を崩壊させる。 狙うはゼウス神。傍にいたシリウスには目もくれず、標的だけを追いかける。 3つの魔法にゼウス神は苦々しく舌打ちをして退いた。 傍らにいたシリウスは肩で息をしながらも、防御の形を崩さない。 体勢を整えているゼウス神を追い詰めるかのように、魔法の嵐が隙間なく襲いかかる。 連続で魔法を唱え続ければ魔力の消耗の激しさは底知れない。 上手くそれを避けても、前から横から来る鬱陶しいそれに何度か肌を痛めつけされる。 ぴたりと攻撃の嵐が止む。 それに違和感を覚えたゼウス神は、反射的に剣を構える。 ・・・その判断は正しかった。 息を呑む間もなく、フェイルの剣先はゼウス神の喉元を狙っていた。 咄嗟にそれを振り払えば甲高い音が空に響いた。 女の力とは到底思えないその握力。怯んだゼウス神の体を力の限り吹き飛ばす。 真っ直ぐ砂埃を上げながら彼の体は崩れた建物に背中から激突した。 ガン、と騒音がなり、背中越しから建物に亀裂が入っていると分かれば、 どれだけの圧力をかけたのか火を見るよりも明らかだ。 人間業ではない。人間でないからこそ出来る芸当。 「かはっ・・・」 何度か咳き込めば、内側から漏れ出た血液と唾液が一緒に落ちた。 流石に今のは堪えた。じわりじわりと痛みが湧き出てくる。 数回吐血したあと服の袖で口元を拭った。 白を基調とした衣装はあっというまに赤に染まる。 己の血を見たのは、実に久しかった。 「さ、すがだアブソリュート。なるほど、私と同等、 いやもしかしたら超えるかもしれない力は確かにこの世の脅威となる。」 「私が脅威なら、あなたも脅威だよ。」 「ふん。強き者が支配しなければ世界は成り立たない。 弱者は弱者らしく、強者は弱者を従えばいい。それだけで平穏が訪れる。」 確かにそうかもしれないが、果たしてそう言いきれるかどうかが不安だ。 「天界の偉いさんは随分堅い頭してるんだな。」 「なに・・・?」 鼻で笑うかのように嘲笑したのはフェイルを庇うように前に出ているシリウスだ。 ようやく追いついたリュオイルは、状況を上手く飲み込むので精一杯だ。 「確かにあんたの言う世界は弱者に無理強いをさせてはいるが、ぎりぎりで成り立つ。 ・・・だが考えろ。何ためのアブソリュートだ?こいつは、何のために生まれてきた。」 生きとし生けるものが願った賜物。 それを認めてしまえば自分が自分でなくなるのではないかと、恐れさえも感じた。 確かに生まれるきっかけとなったのはイキモノの貪欲な願い。 だがそれは、ぎりぎりのラインまで迫られてしまったからだ。 そうでなければ彼女は世界から必要とされなかった。 いつしか崩壊する時期までずっと待ち続け、来るのか来ないのか分からない時を過ごさねばならなかった。 結果はどうであれ、彼女は望まれて生れ落ちた。 何かに操られているかのように、魂は天界で、肉体は人間界で。 「こいつの存在意義は・・・お前を倒すことで成り立つ。」 存在意義。 存在するための意味なんてない。必要ない。 けれど認めなければ。 どんなに心が潰されても、嘘を言っていても、貫き通さなければ。 それがフェイルに出来るたった一つの優しさ。 覚悟を決めた君の背を、押してあげること。 それしか出来ないことがどんなに歯痒いか。 大切なものを1つも守ることが出来ず、どうして自分はここにいるのだろうか。 情けなくて不甲斐なくて、いっそのこと散ってしまいたかった。 シリウスが何か苦虫を噛み潰したような顔をしていたのを、フェイルは盗み見ていた。 本当は、すごく驚いている。 リュオイルはまだ納得しきれていない。出来ることならば、力づくでも引きとめたいと考えている。 何故だろう、本当に。 いつも、いつも。シリウス君はリュオ君とは違う。 真っ先に、手を握って、背を・・・押してくれる。 「シリウス、くん。」 ああ、だめだ。泣いてはいけない。 折角背中を押してくれる彼を、悲しませてしまう。 うっすら視界がぼやけて、これ以上涙がたまらないように上を見上げた。 太陽に照らされている真っ白な雲が美しい。 何にも染まらない、無垢で真っ直ぐな色。 白く、なろう。白に、戻ろう。 染まらないように、これ以上たくさんの色を塗り重ねないように。 染まりなおそう・・・・真っ白に。 「面白い。ではどちらが勝者となり敗者となるか。 ・・・いや、私を殺せばお前も死ぬのだったな、アブソリュート。」 「・・・・。」 「私が本当にお前を殺そうとしていると思っていたのか?」 「どういう、意味・・・?」 「お前の魂と肉体が死ねば、確かに私も禁忌を犯したことになる。 時期に私は輪廻の門を潜り、この世から完全に消え去るだろう。」 ただしそれは、魂を消滅させたときのみ。 ならば魂のみ生かせばいい。肉体など、いくらでも変わりはある。 「そしてもう一度魂を生成させる。忌々しい記憶を全て掻き消し、私の手と足となれば良い。」 冗談じゃない。 今まで見て聞いたこと。出逢った人達のこと。生まれ育った故郷のこと。 楽しかった日も、悲しかった日も、全てを意のままに塗り替えられるなんて、御免だ。 ミラの死も、シギの死も、忘れてはいけない。 たとえ滅ぶ身であっても、その思いでは置いていってはいけない記憶。 忘れたくない、忘れることは出来ない。忘れるほど、軽い記憶ではない。 絶対に、嫌だ!! 「貴方の考えは・・・理解できない。」 いやいやと、子供がするかのように拒絶を意味してゆっくり首を振る。 彼の言葉にぞっとした。どうして、そこまで出来るのだろうと。 思わず自分を抱きしめる。怖いと、どうして思ってしまったんだろう。 これはフェイルの感情だ。アブソリュートは決して感情を表に出すことはない。 けれど、内に存在している彼女も、僅かながらに反応を見せた。 目を閉じれば見える。彼女の痛々しい表情が。 真っ直ぐ何かを見据えたまま、何かに失望したように少しだけ笑みを見せ、小さく口を動かした。 "堕ちきったか・・・ゼウス神" これが自分の声なのだろうか。思わず耳を疑う。 今出している声より幾分低い、だが耳に馴染みやすい声が、頭の中に響く。 本当にそれは小さくて、聞き取れるかどうかも定かではない。 けれど彼女は確かにそう言ったのだ。 「私は神であるけれど、それでも、記憶や思い出まで、どうして貴方に左右されなくちゃいけないの? どうして誰かの声を聞こうとしないの!?そうやって、そうやって・・・・」 どれくらい、犠牲が出たの。 聞けなかった。聞きたく、なかった。 怖い。ただそれだけ。 私もそうなってしまうのだろうかと、少しでも考えてしまったのがいけなかった。 絶対に嫌だ。それだけは、絶対に。 「フェイルを作り変えるなんて、許さない。」 燃え盛るような真っ赤な色の髪が風に乗り、視界に現れる。 躊躇いなんて微塵も感じない。はっきりとした物言いは、いつしかあった迷いを振り切っていた。 ただ目の前を追いかける。追いつけなくても、それでも。 届け届けと、声には出さないが、必死に心が叫んでいる。 でもそれを押し殺す。彼女が望んでいないからだ。 彼のように強くはなれない。僕が彼ではないからだ。 それでも、構わない。シリウスのように割り切ることが出来なくても、構わない。 ひたすら追いかける。行く手を阻まれようとも、どんなに高い壁が立ちはだかっても。 シリウスが彼女の背を押すことが出来るのなら・・・。 僕に出来ることは、ただ、追いかけること。 ぎりぎりまで、最後まで、諦めない。諦めたくない。 きっと心は泣いている。子供のように泣き喚いている。"いかないで"と。 けれど、それでは彼女を困らせてしまう。だから叫ぶんだ。必死に、がむしゃらに。 振り向いてもらうために、少しでも立ち止まってくれるように。 ただ・・・子供のように、手を伸ばし続ける。 「フェイルはこの世に1人しかいない。唯一無二の、大切な存在だ。」 記憶を塗り変える。それは、フェイルを殺すことと何ら変わらない。 死よりも恐ろしい。いっそのこと魂も滅んでしまったほうが、どれだけ良いか。 フェイルは恐れている。彼女は自ら滅ぶと言いきった。 けれど・・・彼女は滅ぶことよりも記憶がなくなることの方が怖いと感じている。 おかしな話だ。ゼウス神の選択を取れば、フェイルの形をとったアブソリュートは生き続けることが出来る。 死ぬことはない。ただ記憶がなくなるだけ。 ゼウス神に操られながらでも、温かみがあり、呼吸をすることが出来る。 生きている。それを聞くだけでどれだけ酔いしれることが出来ようか。 しかしそんな酔いは一時のものでしかない。 大事なことは、フェイルがそれを望んでいないことだ。 望んでいないことを無理強いさせることには気がひける。 彼女が困って、そして泣いてしまえば、僕はどれだけの罪悪感に苛まれるだろうか。 それは裏切りだ。反逆だ。 彼女の意思を無視して己の欲望に身を任せれば、僕のしていることはゼウス神と変わらない。 「彼女は僕が守る。お前なんかに、フェイルは渡さないっ!!」 空色の瞳が力強く光る。 傍観していたシリウスは軽く目を瞠り、苦笑した。 彼がそんな笑顔を見せたことはない。 いつもうっすらと微笑を浮かべるだけで、頬の筋肉が深く動くことはなかった。 けれど今は違う。彼は、苦笑ではあるが、確かに笑みを浮かべている。 誰が見てもそれは明らかだ。まるで、駄々をこねた弟の面倒を見ている穏やかな兄のような。 2人が武器を構える。その動作に一切の無駄はない。 「リュオ君・・・。」 不安そうな表情は、次第に安堵の笑みに戻る。 「フェイル、僕も傍にいる。シリウスのように背中を押すことは出来ないけど・・・」 "君"を守りぬく。 それが僕に出来る、唯一のこと。 「リュオ・・・く、ん。」 ああほら、泣かないで。 泣いてほしいわけじゃない。笑ってほしいんだ。 初めて出会ったときのように、純粋で無垢な笑顔。 あの屈託のない笑顔が、大好きなんだ。 「記憶が消えることは恐ろしいか。 ・・・安心しろ、お前も、お前も、アブソリュートと同じように安らかな眠りに誘ってやろう。」 嫌なことは忘れてしまえ。死ねば新たな魂が生まれ、過去のことなど全て忘れる。 そうすればほら、ちっとも怖くない。 「どこまでもいけ好かねぇ野郎だ。」 「ああ、本当にとんでもない。全く、国家からの勅令は魔王抹殺だってのに。」 槍と剣を構えた男達が顔を見合わせて互いに苦笑しあう。 そしてぴたりとその笑みが止まる。 2人でフェイルを庇うかのように前に出て、ゼウス神に向ける殺気を緩めようとしない。 「真に倒すべきは魔王じゃない。・・・主帝だ。」 王。申し訳ございません 僕は貴方の命令よりも、国よりも、世界よりも 選んだのはたった一人の、愛しい少女なんです 「小癪な――――!!」 リュオイルの言葉にゼウス神が激怒する。 怒りは爆発し、次第に空の色が段々暗くなってくる。 足元に落雷する。そこから少しずつひび割れ、がこんと音を立てて崩れた。 涙を拭いたフェイルはきっと前を見据える。 ひびは彼女の足元まで達していた。 即座に呪文を唱え、体勢を整え直す。 感情的になれば、必ず隙が出来る。今はそれを見極めるチャンスだ。 雷が落ちる。それをフェイルが弾き返す。 僅かな隙間を掻い潜って小柄なリュオイルが前に出る。 開けた空間を利用して、シリウスが走る。 前線に出たリュオイルはそのまま突進して、ゼウス神が剣を振りかざそうとした瞬間跳躍した。 上から下へ剣が降りれば、彼の象徴とも言える雷が落ちる。 後ろに回りこんだリュオイルを追いかけようとするが、次に現れたシリウスの大剣を受け止めるので精一杯だった。 じりじりと後退していくのが腹立たしい。何故、こんな小物に圧されなければならない。 主帝は私だ。私意外にふさわしい者など存在しない。存在することなど許されない。 アブソリュートなどに、世界を変えさせてなるものか