どんなに辛くても、乗り越えられると思っていた それが定めというわれるのなら、受け入れるつもりだった けれど 一人じゃあまりにも孤独で その辛さを耐えるには 器はあまりに幼く、小さすぎた ■天と地の狭間の英雄■ 【天と地の狭間に生まれしもの】 世界は青々としていると言うのに、天空の神が佇む場所は酷く曇天だった。 まるで彼の心の中を象徴しているように、空では大きく唸り声を上げている。 時々稲光を放ち、足元に落ちればすかさずそれを避ける。 一つ一つは小さいはずなのに、鼓膜を突き破るような音がしたと同時に地面は抉れていた。 生身の人間が受ければ確実に死の世界へ誘われるだろう。 天空を主とする神は天の恩恵に対して有効である。 しかし、それを阻むものもまた然り。 同じ金の糸、同じほどの長さのそれ。 けれど見た目も性別も考え方も、何もかもが異なっている。 天界を統一する主は「ゼウス」 彼の行いを正すべく、生きとし生けるものに望まれて誕生した「アブソリュート」 彼女の場合はまた特別で、魂は天界のものであるのに、肉体は地上界のものであると言うから不思議なものだ。 だが、考え方を変えれば彼女は天界に在住するには不安定すぎる存在。 現にアブソリュートは人間としての機能を失いつつある。 今はまだ呪文だけではあるが、彼女が唱える言葉は人間たちに全く理解出来ていない。 本来ならば純粋な神族。天界にいることで人間の部分が神に戻ろうとしているのだ。 何ら不自然なことはない、あるべき場所へ還元しようとしているだけ。 ならば自然の摂理に任せてしまえば良いではないか。 ・・・けれど、彼女はそれを望まず、彼女を愛する者たちもそれを望んでいなかった。 金色の髪がたなびけば、風は彼女を守るようにふわりと包む。 それを阻害するようにゼウス神の雷撃が落ちる。 何度も繰り返し、次第に体力は苛立ちが募っている彼の方が大きくなってきた。 しかし流石神。双方、これしきのことでは息も上がらない。 (ならん) 腹の奥底で不気味に響く。 全てを否定し、誰の言葉も信じない。 今なら、最愛のヘラ神の言葉さえも疑いを持ってしまうだろう。 彼の疑いは全てアブソリュートから始まった。 そして疑われている本人も、ゼウス神の言葉を信用していない。 どの言葉も甘美で心地良いけれど、それはまやかしに過ぎない。信じきってはいけない。 柔らかな声は彼の激昂に触れれば容易く崩れてしまう。 彼を愛し、彼を崇拝し、彼を至宝だと思えば、彼の寵愛は必ず受ける。 けれど反するものが出れば、彼は決して許しはしないだろう。 フェイルは「神は絶対的なものではない」と考えている。 ゼウス神は「神は絶対的なものである」と考えている。 彼らの戦いが勃発したのもまた、このことが原因の一つであろう。 天界に来る前から、少なからずフェイルはゼウス神に好印象を抱いていない。 それはシギが浮かべていた頼りない笑みを見た事があるから。 天使たちは神に縛られているのだと、知ってしまったから。 自分も神なのに、神を信用出来なくなってしまった。 彼らの、いや、ゼウス神のやり方は地上界の人間たちと大して変わらない。 寧ろ、それより性質が悪い可能性も十分考えられる。 天使達を捨て駒だと考え、己の意のままに操る。 彼らの心なんて関係なく、ただ自分の手となり足となれば良い。 地上界にいたシギは、とても活き活きしていた。 よく笑い、よく喋り、誰よりも好奇心のままに動いていた。 それはアレストを凌ぐものだったのかもしれない。 だから時折見せる頼りない笑みがとても不安で、困ってしまうことだってあった。 もやもやとした答えは出た。 けれど、それを望んでいた彼はもういないのだと、突きつけられる。 誰よりも望んでいたはずなのに、いないなんて・・・残酷すぎるではないか。 「 」 言葉は既に神族の言葉だ。 詠唱だけを聞けばゼウス神なのかフェイルなのか分からない。 けれど決定的な違いは声だ。彼女特有の幼さの残る声が耳に過ぎる。 唱え始めれば、ふわふわと淡く光る球体が集まってきた。 次第に光りは鋭さを模り、短く細い剣を生み出す。 無数のそれはゆっくり回転し、狙いを定めると、フェイルの伏せられていた目が開けられたと同時に空を走る。 放たれた剣を追うようにリュオイルとシリウスも双方の武器を掲げて走り出す。 一体どれだけ剣を交え、後退したかなんて覚えていない。 途方もないほど繰り返しているはずなのに、思いの外、息は上がっていなかった。 彼らが危険になれば、すぐにフェイルが助ける。これの繰り返し。 守ろうとしているはずなのに過保護なほど守られてしまっている。 その事実に自分自身に腹を立てても、それが現実であり自分たちの限界なのだと気付く。 「はぁぁぁああっ!」 走る剣を追いかけ、ゼウス神を攻撃した瞬間、リュオイルが前方に槍を突きだす。 しゅっ、と掴む場所を少しだけ力を緩めれば、進行方向へ勢いよく放たれる。 ギリギリの場所で持ち直し、避けられたと分かれば今度はそのまま体を傾け、槍を横払いする。 左に動かされたそれに反応したゼウス神だったが、光る剣は彼を解放しない。 一斉に雨のように降り注ぎ、彼を完全に捕獲した剣は衣服を貫通し、皮膚を裂いた。 急所は外したものの、おびただしいほどの掠り傷からじわりと滲む血は、 決して軽症なのではないと、物語らせている。 己が血に濡れた瞬間からゼウス神の反応は鈍くなった。 怒りは少しずつ増し、冷静な判断力はとうに失せている。 だから、後ろから迫る敵など、眼中にも気配にも感じていなかった。 咄嗟に後ろを振り向き、反射的に剣を構えたのは、隠し切れなかったであろう殺気を感じ取ったから。 キン! 火花が散りそうなほど鋭い音に、ゼウス神は一瞬立ち眩みを覚える。 だがそれよりも先に来たのは右手から伝わる震動。 びりびりと感じる痺れは、シリウスがどれだけ武器に力を入れているのか伺える。 まだ細腕のリュオイルには出し切れない圧倒的な力。 リュオイルの場合、力よりも技術が明らかに勝っている。 いかに効率よく、相手を仕留めることが出来るかしっかりと考えている。 それとは違い、シリウスはどちらかと言えば力任せ、とまではいかないが相手を退かせる方が多い。 何より彼が扱う大剣は相手を叩き潰すことに長けている武器だ。 そんな武器ではいちいち戦法を考えても、その間に倒される可能性の方が高い。 自分の得意な戦法、そして体力を考えている彼らは流石戦闘慣れしていると言うべきか。 「くっ・・・」 じりじりと追い詰められる。 痺れる右腕は思うように動かない。認めたくないが、止めるだけで精一杯だ。 アメジストの瞳ははっきりと自分を映している。 逃げる気はないと、挑発するかのように見据えている。 それが気に入らない。だが、抵抗しようにも右腕は動かない。 もどかしさが駆け巡る。 本来ならば人間ごときに神が臆してはならないのだ。 強者は常に強くなることを望み、弱者達を支配していく。 それはどの世界も同じで、どんなに歴史が動いても、革命が成されても変わらないこと。 原点は弱肉強食。これからも変わることのない摂理。 ・・・その、はずなのに。 「な、ぜだ。何故私が貴様らごときに圧されなければならない!?」 不可解な疑問が浮かぶだけで、何一つ解決出来ない。 これまで生きてきた中で、様々な者たちを見てきた中で、こんなことは一度たりともなかった。 敬愛する者たちを愛し、反するものは押し潰した。そうして「綺麗な世界」は保たれた。 人間達が争ういざこざは人間たちの感情によるものであり、神は介入しない。 介入したところで彼らを滅ぼしかねないからだ。 彼らが自然の恩恵を望めば暖か光りを送り込み、土地を休ませるため冬を訪れさせた。 彼らが子々孫々生きながらえるよう、死者の魂を浄化し、新たな魂を生成させた。 なぜ・・・? なぜ、人間はこうまでもして神に逆らう。 手の平で踊らされていればいいものを、そうすれば必要以上に傷つくこともないというのに。 なぜ、そこまでしてアブソリュートという愚かな神を敬服し、恭順しているのか。 理解しがたい。馬鹿馬鹿しくて反吐が出そうなほど。 「何故だと?・・・何度言えば分かる」 真っ直ぐなアメジストが微かに濁る。 鬱陶しそうに目を細めれば、不機嫌さを露にして隠すことなく一度舌打ちした。 こんな至近距離にいれば、シリウスの苛立ちはすぐに感じることが出来る。 ぞくりと背筋に何かが駆け巡れば、おかしなほど笑いが込み上げてくる。 どうかしている。私も、人間も、神も、天使も。アブソリュートも。 「てめえは何時になったら気付くんだ、自分の過ちに」 「過ち・・・?この私が、過ちだと?」 失笑。 くつくつと喉を鳴らせば、目の前の銀色が不機嫌そうに揺れる。 ああもう、手遅れだ。末期なんだ。 主帝は既に忘れている。過信し過ぎている。 己の限界を知らない。限界があることを知らない。 戦場での引き際は知っていても、己の引き際は全くの無知だ。 相手の心を読めないようではこれから先、何時誰に、またこのような戦乱を起こされるか分かったものではない。 全てを知ることは出来ない。相手の全てを知ろうとしてはいけない。 だが、上に立つ者である以上、ある程度相手の心理状態を把握しておかなければ、 結局「平和と自由」と掲げているつもりで、「独裁者」に走ってしまう。 今まさに彼がそうなのだ。己の過ちを、己の失態を気付こうとしないからこそ、このような戦乱が生まれた。 力に溺れればそのぬかるみから脱出することは困難だ。 彼は自分自身に過信してしまい、神であるにも関わらず溺れてしまっている。 ・・・いや、神だからこそ、だろうか。 全てを創造したとされる彼らが過信する理由は、そこにあるのかもしれない。 「何時まで自分を過信しているつもりだ、てめえは」 「過信だと・・・?」 「ああ、その腐った根性とくだらない意地も全部ひっくるめてだ!!」 吹き飛ばす力は加減を知らない。 ゼウス神の剣は弾かれ、身体は勢いのままに地面に叩き落とされた。 彼が砂埃に埋もれている間に、彼の端正な剣が下に突き刺さる。 僅かに照らす日の光が銀色で統一されているそれを輝かしく映し出していた。 強烈な痛みが背中を襲う。 一つ二つ咳き込んだあとに、やっと自分の獲物を失った事に気付く。 彼の剣はシリウスの目の前にあった。 ミカエルから借りている聖剣。名はエクスカリバー。 目の前に神々しく突き刺さっているのは、紛れもなく神の恩恵を模った、神だけが使用することを許される剣。 どちらが強いのか、どちらが刃こぼれしないのかなんて分からない。 聖剣と言ってもそれは人間や天使たちから見た話で、神側から見ればただの剣なのかもしれない。 また、神の剣も決して万能ではなく、折れることもあれば刃こぼれもするだろう。 この世に壊れぬものなど、消えぬものなど存在しない。 何かを利用するには、それ相応の代償を払う。一つが残れば一つが消える運命。 たとえ神々の創り出した世界だとしても、この事実はどんなことがあっても覆すことは出来ない。 神もまた、自然の流れには逆らえぬ弱き生き物なのだ。 「お・・・おのれ――――!!!」 無様な姿を晒されたことに怒りを露にする。 額から流れる血を無造作に擦り取り、事の原因であるシリウスを睨みつけた。 憎悪と殺意に溢れたそれを、シリウスは真っ直ぐ捉える。 目を逸らすつもりはない。ただ、悩んでいるだけだ。 今ここで走り、彼に剣を突き付けたとしても、その前に彼の強力な魔法が飛んでくるだろう。 ここでリュオイルと組んで何とかしようにも、2人だけではどうにもならない。 頼みの綱はフェイルだ。結局の所、彼女がいなければ何も出来ない。 悔しさを噛み締める。 血が出るのではないかと危惧してしまいそうなほど強く。 「シリウスっ」 奥歯を強く噛んでいれば、後ろから突進してくるリュオイルがシリウスの名を呼んだ。 即座に右にずれ、道を確保する。 視界の端で赤色が揺れた。小柄な体が目一杯走りながら、鋭く尖った凶器をちらつかせる。 「援護する・・・フェイル、頼んだ」 「分かってる」 フェイルの応えに軽く頷き、走り出す。 最初の言葉が彼の耳に届いているかは分からない。 冷静に見えて実は熱血な部分も多少なりともある彼だ、頭に血が昇れば一瞬でも我を忘れるだろう。 再びシリウスが剣を構えた瞬間、リュオイルがゼウス神を襲う。 痛む肩を押さえながら後退するゼウス神を追いかける。 彼の動きに合わせてリュオイルの動きも早くなる。 俊敏性に長けているリュオイルは必死に逃げる神の距離をいとも簡単に詰めていく。 剣はシリウスの後ろ。フェイルの前。前後に塞がれていては獲物を手に入れることは出来ない。 大きく跳躍し、人間では到底届くことのない距離を保てば彼の口から神族のみが分かる言葉が紡がれる。 あと少しのところで空に逃げたゼウス神に舌打ちした。 だがそんなことよりも、本能が逃げろと警鐘を鳴らしている。 「さがれ!!」 ゼウス神を取り巻く青白い気配が徐々に形を作り出す。 それは先ほどのフェイルの生み出した光る剣に酷似したもの。 絶対零度の冷たさを表すかのように、白い湯気が空に昇っては途中で切れ果てる。 太陽の光りで鮮やかに鋭い部分が光れば、それは敵を追いかける合図となる。 二方向に散ったリュオイルとシリウスを青い光りが追いかける。 逃げれば逃げるほど青い剣は勢いを増し、まるで嘲笑うかのように非力な人間達を追い掛け回す。 いつの間にか壁に追い詰められていたリュオイルは息を呑んだ。 すぐさま後ろを振り返り機転を働かせようとするが、刃はすぐ目の前にある。 「―――――!!?」 驚きで瞠目すれば、反射的に膝が折り曲がり、壁に背をもたらせ沈み込む。 カン、と3本ほどの青白い剣が壁に当たり地面に落ちる。 しかしその後に来た剣を避けようにも、沈み込んだまま移動するのに時間がかかる。 万事休すか、と槍を構え心臓と首を守りながらリュオイルはギュッと目を瞑った。 「 」 ゴゥ・・・ ぴしりと地面が割れる。 リュオイルより1メートルも離れていない場所から突如現れた亀裂から、噴火の如く炎が舞い踊る。 空の果てまで届きそうなほどの高さを誇った炎の壁は、次々にゼウス神が放った青白い剣を溶かしていく。 灼熱のそれは皮膚が焼けそうなほど熱いのだろう。 しかし何故だろうか、リュオイルには少しも熱いと感じることはなかった。 覚悟をして目を瞑った瞬間聞こえた、解読不可能な言葉。だが決して間違えることのない声。 「リュオ君!!」 少女が叫ぶ。 彼女の足元は赤い光りと複雑な魔方陣で埋め尽くされていた。 この火柱を施したのは紛れもなくフェイルだ。 ゼウス神がどれだけ剣を放ったのか、火柱は鎮まるどころか勢いを増しているようにさえ見える。 手を空に掲げていたフェイルは、その指を弾く。 すると火柱になっていたそれは、フェイルの指音に合わせるかのように、 今度は大蛇のような形を模り、シリウスを襲う氷の刃を次々と溶かしていく。 全てを溶かし尽くせばまだ飽き足らぬのか、今度は大蛇の形をそのままにゼウス神を追いかける。 それを片手で粉砕するも、フェイルの攻撃は止むことはなかった。 足を深く踏み込み、深く息を吸い込む。 目を閉じれば次に繰り出す魔法のイメージが造作もなく浮き上がってきた。 円を描くように、線を引くように、何度も空に契約の印を描き施せば徐々にそこから熱が溢れる。 完成に近づけば近づくほど物体として生み出されたものが形を露にする。 それが頂点に達した時、全てを外界へ解き放つ。 それは炎であり、雷である。 途切れを知らぬのか、そして疲れを知らぬのか、フェイルは踊るようにその場から魔法を繰り出す。 何度も何度も、それも人間た天使達が見れば脅威なほどの破壊力を持つそれを。 「続けっ!!」 唖然とするリュオイルをシリウスが叱咤する。 びくりと肩を震わせたリュオイルは慌てた様子で槍を持ち直し、駆けるシリウスの後を急いでついて行く。 巡る炎の中を掻い潜り、2人は敵を追いかける。 「はぁぁぁあああっ!!」 素早く前衛に立ち、目にも留まらぬ速さで槍をさばく。 ぐん、と一気にゼウス神との距離を縮め、今度は逃がすものかと大きく獲物を突き出す。 まるで風を斬るかの如く現れた鋭利な存在にゼウス神は僅かに反応を遅くする。 急いで左に傾けば、その瞬間右腕に裂傷が走る。 細かい飛沫が舞い、白を基調とされた衣服の一部は赤色で染まった。 呻き声を上げる暇も与えず、今度はシリウスの一撃が見事に決まる。 本体を直接狙うのではなく、大きく大剣を地面に振り下ろし、その衝撃波でゼウス神を呑みこむ。 跳ねるように飛ばされた天界の主帝は、シリウスの放った衝撃波が緩むまで無惨に遠くへ投げ飛ばされる。 白い影を追って、今度はフェイルの魔法が追い討ちをかける。 彼女が詩を紡ぎ出せば、がたがたと世界は揺れ始め、小鳥達が一斉に空に飛び交った。 その直後、地面は唸り声を上げて亀裂を生み出し、地底から溢れだす衝撃に、瓦礫の破片が襲いかかる。 目を瞑らなければいられないほどの衝撃と向かってくる自然の脅威に対して成す術もない。 これを弾こうにも、苛立ちと焦燥感が勝っていて神経を研ぎ澄ませることが出来ない。 これでは負けてしまう。 何せ勢力は五分五分。どちらに転がってもおかしくない。 「―――――彼奴らごときに・・・!!」 ぎり、と下唇を噛み痛みで少しでも冷静さを取り戻そうとする。 アブソリュートなどに・・・アブソリュートなどに!!! 怒りは時に神の力を爆発させる。 それは今のように、火が昇るような気配を漂わせ、近づこうにも近づけないほどの威圧を持つ力。 頭に血が昇れば確かに不利になる。 しかし、腹の奥底から放たれた貪欲な力は時に盾を粉砕して相手の身をも打ち砕く。 それが神なら尚のこと。 力の加減では彼とフェイルでは圧倒的な差が生まれてしまう。 ようやくフェイルの魔法が治まったその一瞬を狙い、先ほどシリウスに飛ばされた剣を拾い起こす。 その動作には一つも隙がない。 まさに神業、姿を消したかと思えば彼の姿はいつの間にかフェイルの元へ向かっていた。 「フェイルっ!!」 異変に気付いたリュオイルが走る。 けれど人間の足の速さではどうやっても追いつくことが出来ない。 再度詠唱し始めようとしていたフェイルは、突然の事態に瞠目する。 しかしアブソリュートの声が頭に直に響くと、体は勝手に動き、いつの間にか剣を具現化していた。 ゼウス神のように飾り気のない質素な剣。 それでも輝きはどの剣豪のものにも勝り、太陽の光りにかざすだけでその鋭利さを物語らせている。 彼女が剣を構えた瞬間、双方の剣がぶつかり合う。 甲高い音が支配する。 「ぅ・・・っく」 両手にびりびりと、まるで電流が体中を巡っているような感覚だ。 おぞましいほどの殺気を受けながら、フェイルは脂汗を浮かべながらこの状況をどう打破しようか模索していた。 彼らの状況が分かるほどの距離まで辿り着いたリュオイルとシリウスは息を呑んだ。 確かにフェイルはゼウス神の一撃を受け止めていたものの、その格好は素人同然で危なっかしい。 剣の持ち方も違えば、受け止め方も、何もかもが危険だった。 彼の攻撃を受け止めたのは奇跡とも言えよう。それほど、フェイルの構えはなっていない。 だがそれも当然と言えば当然のこと。 人間として育ったフェイルは剣など握ったこともなければ振り回したこともない。 基礎も知らない人間がいきなりそれを持ったところで、重みに耐えかねて落としてしまうのがおちだった。 けれど、それでも軽々と持ち上げ振り回せるのは、 恐らくアブソリュートの意思によって具現化させられたものだからだ。 だから軽量で手にしっくり来る。 人間業では到底創り出すことの出来ないそれを、神々はいとも簡単に生み出してしまうのだ。 「受け止めるのが精一杯のようだな、フェイル」 ザッと寒さが背中を過ぎる。 それほどまでに彼の声は冷淡だった。 いや、それよりも恐ろしいと感じたのは、あれだけ「アブソリュート」と固有名詞を使っていたのに 何故か今だけは不敵な笑みを浮かべて「フェイル」の名を呼んだからだ。 戦いの最中では感じなかった恐怖が全身を駆け巡る気がした。 だが剣を受け止めたときに震動で伝わってきた痺れと同化していて、怖いのか痺れているのかよく分からない。 カと言って呑気にしていられるほどの気配ではない。 それは本能がそう告げていた。危険だと。 「私を倒す・・・?笑わせてくれるなアブソリュートよ。 貴様はその腐り果てた、人間とも言えぬ神とも言えぬ愚かな器の中にいるだけではないか」 真っ直ぐ見つめる先にはフェイルしかいない。 けれど彼は、その奥にいるアブソリュートを見据えいてた。 いつしか自分の配下に下るはずだった惜しい逸材。 己の力と匹敵する、あるいは勝るかもしれない壮大で危険な力。 しかし、その神は人間の心を知った曖昧な魂に体を、力を与えている。 アブソリュート自ら君臨すれば、こんなまどろっこしい戦いはなかっただろう。 「貴様は危険な存在だ。いや、おぞましいと言うべきか」 「なに、を・・・」 緊張と恐れで鼓動の速度が尋常ではないほど上がる。 次第に受け止めていたフェイルの剣はがたがたと震え始め、支えとなっていた軸が乱れてくる。 いち早くそれに気付いたリュオイルが叫ぶ。 シリウスが舌打ちをして、駆け出した。 頭の中で巡るのは、彼の言葉だった アブソリュートの存在は認めているものの、フェイルの存在を否定する 最も恐れているのは、存在を否定されることだった 最初からいなかったかのように、いないほうが良かったかのように 「死」より怖いものって、なに・・・? 「フェイルーーーーーーーっ!!!」 怖いものって・・・なに? 「所詮貴様は"天と地の狭間に生まれしもの" 不完全な能力と肉体で、この私に逆らおうなど笑止千万」 怖いものは・・・ 「構えろっ!フェイル!!」 シリウスの叫び声も虚しく軸を失った剣は簡単に弾かれる。 空で何度も回転しながら、アブソリュートが具現化した神の剣はフェイルの手から離れた。 「死ね、フェイル!!!!」 こわい、もの・・・は ゼウス神の剣が振り下ろされる。 それは本当にゆっくりと。 流れを失ったかのように、川の流れを逆らうかのように。 何故か体が動かない。 アブソリュートが、叫ぶ。 (―――――フェイルっ!!) 叫ぶ。 初めて聞いた、彼女の叫び声。 だけどそれもどこか遠くに感じられて、頭の中に直に響いているはずなのに、どこかぼんやりとしている。 貼り付けたような笑みが恐ろしい。 何もかもを見透かしているような瞳が怖い。 違う、怖いのは・・・怖いのは・・・ 自分の存在を、否定されてしまうこと