船でのあの事件以来、特に貿易船、観光船は騎士団の護衛が付くようになった。
あのあとからフェイル達の乗る船に異常はなく、順調にダンフィーズに近づいていった。
「イルシネスを発ってから早3日。船の問題はなくなったが・・・・」
「気持ち悪い・・・。」
フェイルはそれどころではなかった。
■天と地の狭間の英雄■
【ダンフィーズ大陸】〜異郷の国へ〜
「フェイル、この酔い止め飲んどきや。
こういう時はネガティブ思考だとますます悪ぅなるで?」
フェイルの額にある濡れタオルを何度も取り替えながら桃色の液体を渡す。
色はかなり濃いらしく、何ともいえない甘い匂いが辺りにたち篭っていた。
リュオイルはその甘ったるい匂いに眉をひそめた。
「これ・・・どんな味?」
「飲んでからのお楽しみやで〜。」
はっきりいってフェイルは薬やら、酔い止めやら、とにかく薬系は苦手だ。
いや、嫌いだ。(断言)
あきらかに嫌そうな顔をして渋っていたが、早く飲まないとアレストの長〜い長〜い話、
もとい説教をされるので諦めてその液体を飲むことにした。
だが嫌いな事を頭は知っているので、飲もうとしても反射的に拒んでしまう自分がいる。
じれったいそうに見ていたアレストは「飲めっ!!」と言わんばかりに凝視している。
それがちょっと怖かったフェイルは、渋々、少しだけ口にした。
「・・・?」
「うまいやろ?」
「あ・・・れ?」
酔い止めってこんなに甘い物だっけ?
「あまい・・・」
「せやろ?
だで飲んでからのお楽しみやんか〜」
さすがに一気に飲み干せないのでちびちびと飲んでいた。
薬にあるあの独特な苦さはまったくなく、代わりにほのかに甘い。
お子様向きなのかと思ったが小さいころ飲んでいた薬も苦いものしかなったのであえてそれは否定した。
その時、リュオイルがりんごを持ってきてくれた。
ウサギ型に剥かれていてかなり細かいが、それがリュオイルなりの気配りであろう。
・・・・それ以前にリュオイルがここまで器用だったことに驚いたが。
リュオイル曰く皮向きなら任せてくれ。らしい。
「大丈夫?」
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「うん。これアレストがくれたの。甘くて飲みやすいんだー。」
「・・・・?」
リュオイルの目は明らかに不審そうにしてアレストを見ている。
だがそれには答えようとしないアレストは、水の入った桶をひょいっと持つと扉の前まで行ってしまう。
「ほな、うちは水替えてくるであとよろしくな。」
「ああ。分かった。」
不思議そうにフェイルの持っている「酔い止め」を見てみると、それは明らかに薬ではない。
リュオイルは一目見て分かった。
だがさっきまで顔色を悪くしていたのが嘘のように明るくなっている様子を見るとやはり本当のことが言えない。
おそらく桃色の液体は、本当の桃のジュース。
しかも濃度を少し濃くした甘い物だろう。
「こんな酔い止めあったっけ?」
首をかしげながら半分も残っているそれを小さく飲んでいる。
多少疑問はあっても取り合えず本人は気にしていないらしい。
とりあえず甘くて飲みやすい事に感激していた。
「顔色も良くなったね。もう少しだから頑張るんだぞ?」
「・・・子ども扱いしてる。」
「フェイルは子供だろ?」
「むー・・・」
機嫌を損ねてしまったようでひたすら酔い止め(ジュース)を飲み干そうとしている。
そんな姿に苦笑しながらもフェイルの頭を撫でた。
まるで母親が子供をあやすように。
「むー」
だがそれはまた逆効果であったのは言うまでもない・・・・
「ふふふ〜。あの秘薬はやっぱり小さい子には役立つなぁ。
本物のジュースやけど薬を飲んだって気になれば皆体調良ぅなる。」
思い込むだけで以外と楽になるものだ。
人間の作りは本当に面白い。
実を言うと船酔いのではないが、昔アンディオンの子供達に薬と言って飲ませたのがあれだ。
確か風邪を引いていたような気がするのだが、予想通り薬を飲むのをごねたので、
その時はジュースに薬を混ぜて分からなくした。
「お?」
ふとアレストは東の方向を見た。
小さくて見難いが、明らかにそこには何かがある。
水平線に見える白いもの・・・・。
自分達が目指している大陸が、すぐそこにあった。
「ダンフィーズやな。・・・・やっと着いたか。」
だんだん白い建物が見えてくる。
よく見れば形も違う、匂いも違う、フィンウェルのあの空気と違うのだ。
「さて、ほんなら準備しますかな。」
まだ旅は始まったばかり。
まだ駆け出してもいないのだ。
――――――ガヤガヤ・・・。
リール港に着いた3人は、市場を掻き分けて、とりあえず落ち着ける広場まで足を運んでいた。
ここはイルシネス港より遥かに賑やかで活気がある。
様々な露天が立ち並ぶ中、人々の明るい声が耳を過ぎった。
「わぁ、久々だけどやっぱり活気だってるねぇ。」
「フィンウェルとはまた違った活気やしな。」
「ええっと、次の港はユーグラス港か・・・。
リール港からまず旧リビルソルト都市に行くまでにこの【ファンデル】山脈を越えなければならない。」
二人は感想、一人はこれからのことを考えていた。
ちなみにここ、リール港からファンデル山脈まではすぐなのだが山脈を出るのに最短5時間かかる。
そこまで時間が掛かるのか、と3人は驚いていた。
出来ればそこまで時間をかけたくないが、如何せんそれ以外に道は無い。
あれこれ考えていても無駄だ、という事が分かったのか取りあえずその山脈の地図を購入し、
近くの広場で作戦を練っていた。
「どうしよう。
今出ても山脈を越えるころは真っ暗だよ?
山脈を歩いてるとき暗かったら迷うかも・・・。」
「せやな。今このメンバーで詳しいもんおらへんし。
あ、リュオイルは知っとんの?」
「一応はね。
だだけどフェイルの意見には賛成だ。
暗闇の中を闇雲に歩くより、明るいうちに抜け出すほうがいい。」
リュオイルの提案により、今日はこのリール港で休むことになった。
それぞれ自由行動になったところでここぞとばかりに暴れ・・・遊びに行くアレストをよそに、
彼ははフィンウェルが管理する物資保管所に、フェイルは船の方に散歩に行った。
リュオイルに迷子にならぬよう、と言われ機嫌を損ねてしまったようだが。
「うーん。潮風が気持ちい〜!!」
大きく伸びをして笑顔で歩いているとちょうど貿易船が入港してきた。
どうやらどこかの島国のようだ。
船乗りが何か荷物を運び出している。
見たことも無い事にただただ珍しそうにして見ているフェイル。
「どこの国のものなのかな?
見たことない食べ物とかいっぱいあるや。」
「これはラゼン諸島の物だぜ。」
不意に声をかけられびっくりした様子で呆気にとられていた。
そんなフェイルにお構いなしに次から次へと話す若い青年。
この辺りでは恐らく珍しい金髪。
いや、フェイルも金髪なのだが彼の金はどちらかと言えばレモン色に近い。
「ちわっす。ここは初めてか?」
「え?あ、はい。」
気さくで感じの良さそうな青年なので、警戒心も解けたのか安心したような顔つきで受け答えをした。
ここにリュオイルがいれば怒られるであろうが・・・。
ちょっとくらいならいいかな、と思いフェイルは興味津々でその「ラゼン諸島」の事を聞く。
田舎っ子のフェイルには見るもの聞くもの全てが新鮮で楽しい。
駄目だ、と分かっていながらも好奇心が勝ってしまうので仕方がないと言えば仕方がない。
「ラゼン、諸島って?」
「ラゼン諸島ってのはな、ここから遥か彼方の・・・西の国なんだ。」
「西・・・あ、じゃあモーリア大陸側だね?」
「そう。そこからまた遠いいんだけど、年中暖かいぞ?」
話はかなり弾んで、楽しかった。
初めて聞く言葉や単語。
まだ知らないことがたくさんあると痛感もした。
でも、新しい事を知って同時に嬉しい。
「そういえば名前はまだだったな。
俺はシギ、シギ=ウィズザケット=エイフィス。よろしくな。」
「私はフェイル、フェイル=アーテイト。よろしくね、シギ君。」
「・・・・フェイル?」
「うん?どうしたの。」
「いや、こっちからもよろしく頼むな。」
一瞬無表情になったかと思ったがすぐさま元に戻ったので、フェイルには気づかれなかった。
首を傾げながらも、本人が大丈夫と言うのなら特に問題はないだろう、とフェイルは思ったのか
特に気にする様子もなく話を続けた。
ただその時が楽しくて・・・・・・。
その頃のアレストはと言うと・・・・・
「フィンウェルを出たのは久々やったしなぁ。
明日からまた大変になりそやで思いっきり羽伸ばさななあ。」
アレストお気に入りのウィンドウショッピングをしていた。
別に何かを買いたいわけではないのだが、新しいもの、珍しいものに目がいってしまう。
新しい発見ができて楽しいのだ。
仕事で何度も遠出する事はあったが、それは任務なので独自で動く事は出来ない。
こう見えてアレストも忙しい身だったので、買い物をした回数は案外少ないのだ。
それに歳の近いものは皆ほとんど任務に就いているため遊ぶこともない。
だから久々に出来た女友達にフェイルが加わってこの上なく嬉しい。
今度は彼女も連れて買い物に行きたいものだ。
「チビ助らにも見せたかたなぁ。
・・・また帰ったら、みんなで来るか。」
思い浮かぶのは懐かしいあの顔。
たくさんありすぎて途中で分からなくなってしまうが、アンディオンの思いではたくさんある。
まだ少ししか日にちは経っていないというのに、こんなにも早く家族達のことを思い出してしまう。
・・・ホームシックはまだ早いやろ・・・
少しため息をついた後またウィンドウショッピングを楽しんだ。
「すごーいっ、シギ君ってば物知りだね!!」
「それでその村長の顔はすごかったぜ?この世のものとは全然思えねえし。」
釣堀に腰掛けた二人は意気投合したのかかなり話し込んでいたようだ。
船の出入りももう無くなってしまい、船乗り達は掃除をしている。
気がつくともう日は暮れかかっていて、少し肌寒い。
海から帰ってきた漁船は大漁だったらしく、大きな旗を掲げている。
「あ、もうこんな時間かぁ。」
「そろそろおいとましようかな。
仲間も心配してるかも知れねぇしな?」
「あ・・・リュオ君に怒られるかも。」
宿屋の前で仁王立ちをしながら怒っているリュオイルの顔が目に浮かぶ。
過保護というか、心配性というか・・・当の本人は分かっていないのだが。
妙にリアル感のある想像にフェイルは真っ青になりながらも吹き出してしまった。
「お連れさんを待たしちゃ悪いな。
さて、また縁があったらいつか会おうぜ。」
「うん。今日はありがとう。すっごく楽しかった。」
「そっか。
そう言われたら嬉しいぜ。」
「それじゃあ、またね!!シギ君。」
後姿が小さくなるまでじっと見つめていたシギは少しだけ悲しそうに、
でも少しだけ楽しそうな顔をしていた。
ふと自分の両手を見る。
何も変わらない大きな手。
「またね、か・・・・」
ただあの笑顔が頭に残って仕方がない。
どう言い表せばいいのか、そんな器用なことは俺には出来なかった。
「・・・・フェイル・・・・。」
「は、はは。え、えっと・・・・ごめんなさい。」
予想通りリュオイルは宿前で仁王立ちで、しかも今日は怒り度数はかなり高い。
フェイルの方はというと、何も反論せずじっと耐えていた。
今日は2時間で終わるかな〜、と悠著なことを考えていたのだが説教は始まるどころか、
あの上手く言えないオーラーが出ていなかった。
「あ・・・あの、リュオ君?」
おずおずと遠慮がちに聞くが無反応。
おまけにだんだんと怒りのボルテージも下がってきている。
そんないつもと違うリュオイルにフェイルは心配になって彼の顔を除きこむ。
「・・・・」
「(無表情が・・・怖い・・・)」
本当は数分なのだが、フェイルにとっては何時間にも感じられた。
何か喋ってほしい。
それほど呆らせてしまっただろうか・・・・。
考えれば考えるほど、どんどん悪い方向へいってしまう。
少し青ざめながらも、彼の言葉を待った。
「・・・部屋に入ろうか。」
「う、うん。」
完全に無表情だった顔が急にぱっ、と明るくなってびっくりした。
掴み所のない表情だったのでフェイルには首を傾げることしか出来ない。
てっきり数時間の説教を聞かされると思って身構えていたフェイルだったが、
その態度の変わりように、ほっと安心しながらも少し気が抜けた。
「フェイル、これからはもっと早く帰るんだぞ?
僕が心配するし、しまいには役場まで行って捜索願いを・・・・」
「そ、それは止めてほしいな。」
私完全に幼児扱いですか・・・。
何だかある意味、惨めで悲しくなった自分に無性に切なくなった。
過保護な彼に苦笑しながらも、内心は心配してくれて嬉しい。
心配してくれる人がいるって、凄いんだなぁって、痛感した。
「心配してるんだ、だから・・・」
笑顔なのだが、悲しそうな表情が混じっていてこちらも悲しくなってしまう。
何だか悪い事をしたようで(実際に悪い事をした)申し訳ない。
「じゃあさ、今度からは一緒に行こう?
リュオ君のお仕事終わるまでついてって待ってるから。
それならな〜んにも心配ないでしょ?」
良い考えが浮かんでとても嬉しそうに、手をパンッと叩いてにこにこしながらリュオイルの方を向いた。
当のリュオイルはというと、言われたことが分かっていないのか、きょとんとしている。
「・・・フェイル?」
「心配なら一緒にいれば良いんじゃないのかなぁ。
今度からは私もリュオ君に付いていく!!ねっ。」
「あ、ああ。そうだね。」
最初は戸惑いながらの反応だったが、語尾部分ではとても嬉しそうだった。
そんな様子も見て、フェイルは更に頬を緩ませた。
そんなこんなで長いようで短い今日が終わった。
まだまだ、旅は始まったばかりである。