■天と地の狭間の英雄■
        【嵐の中の激闘】〜狙われしもの〜
















「エクスプロード!!!」



チュドオオオォォォォオオオオン!!!!!



「秋海堂!!!」

「透過桜花乱!!!!」


ドゴッ バキッ!!





殆どの毒キノコ、「ナマスギロウタケ」を掃除出来たと思っていたら、進んだところにまた大量発生していた。
仕方無しに3人は各々の武器を取りだし、一斉にキノコ駆除を行う。
燃やしているのはフェイルだったが、その残りを駆除するのはリュオイルとアレストの役目。
そのせいなのか、フェイルの顔には疲れの色が出てきた。



「大丈夫かフェイル。少し休んだほうがいい。」

「大丈夫。それよりも早くしないと日が暮れちゃう。」



そう、さっきまで太陽は真上にあったはずなのにいつの間にか西の空に沈もうとしている。
日没まで少なくとも後1〜2時間。
現時点での場所は山の後半。
もう少しなのだが、下山するにつれて毒キノコの数が増えている。




「・・・・しくじったな。」

「え?」




リュオイルが悔しそうに舌を打った。
それを不思議そうにアレストが見る。



「何でこの道を一般人が無理にでも通ろうとしなかったことだよ。
 恐らく分かっていたのさ。普通の人間がこの道を通ろうと思ったら最低でも2〜3日は掛かるって事を。」

「そういや、そう言われればそうやな。
 リール港は色んなとこから商品を集めてるんや。
 そしたら旧リビルソルト国家の産物も集めなあかん。それも新鮮なものを。」

「・・・・?
 じゃあ皆危険を顧みずにあの崖を渡ったの?皆すごいねぇ。」



二人は緊迫した様子で、もう一方は緊張感のかけらも無いような様子で。
あまりの場違いな声に、2人は脱力するほか無い。
2人のは話しをどう聞いたらこう訳せるだろうか・・・。



「フェイル、今どんな状況か分かってる?」

「へ?だから今日中に降りれるか分からないんでしょ?
 大丈夫だよ。そんなのルマニラスではよくあったし。」

「よくあったって・・・一体どんな生活していたんだ?」



脱力感を覚えながらも何とかそれを克服して質問するリュオイル。
まだ彼女と旅をして日は浅いが、何となく彼女の扱い方は分かってきた。



「自給自足だよ。だって小さい村だし。
 だからフィンウェルとか都会はあんまり面識なかったの。
 それに私の村はかなり外れたところにあるから、行き来するのも大変なんだよ?」



山、崖、川、魔物なんてここと比べれば序の口。
険しい山道や、増水した川などよくある事で全く怖くない。
それに遭難しかけた事も何度かあるから、この2人よりはいろんな意味で経験豊かだと思える。



「ソディバス、ねぇ。
 前も言ってたけどやっぱり聞いたこと無いな。本当にそんな村があるの?」

「あるよー!
 ただ地図には記されて無いだけだもん!!」

「記されてない村?」

「・・・あれ、言ってなかったっけ?」

「どこの区域だっけ?・・・で止まってたよ確か。」

「あはは〜ごめんね。」



呑気なことを言いながらどんどん奥へ進んでいく。
とにかくこんな毒性のある場所で野宿なんてこりごりだ。

そんな微笑ましい光景もアレストの様子で一変する。






「なぁ、二人とも・・・・ちいっとばかし言うの遅かったんやけどな?」

「どうしたアレスト?」



いつになく遠慮そうに、どこと無く引きつった様子で話しかけるアレストにリュオイルは怪訝そうな顔をした。
嫌な予感がするが、とりあえず聞いておこう。








「・・・・・・・・・・上見てみぃ・・・・・・・・・」




「こ〜んなところでまた会えるなんてな!!
 ほんっと、お前ら運のいい奴らだ。」





上を見上げるとそこにはいつしか見た、かの人物がいた。
無造作に括られた漆黒の髪が風に揺られている。
血のように赤い眼はどこか神秘的な要素を持つ。
だが人間業ではないようなことをしているの確か。
なんたって空に浮いているのだ。




「あんた誰や?まさかフェイルらの知り合いか?」

「ギルスッ!?」




驚愕の目で上を向くとそこにはフィンウェルを襲ったときのあの首領がそこにいた。
フェイルはその事にはあまり関心を持っていなかったのかキョロキョロと辺りを見回している。



「フェイル?」

「もう一人。もう一人、誰かの気配がある。」



―――――――ビュッ!!!!     
  
――――――ーズザザザザザッ!!!




空気が急に刃と化す。
間一髪でその何らかの攻撃をかわしたアレスト。
少しでも判断を間違えていたら真っ二つになったであろう。
その証拠に頬を掠め血が出ている。




「なっ!!あんたはこないだの!?」

「流石だねお姉さん。僕の攻撃をかわすなんてさ。」



亜麻色の長めの髪が少年の頬を伝り、その紫色の瞳は今の夕焼けで少し紅く見える。
紛れも無く2日前に船に現れた少年だ。
その整った顔に似合わない、肩から掛けている大剣はゆうに身長を超えている。
フェイルよりやや年上だと思うが、その無表情さには全く子供らしさが感じられない。



「ようラクト。
 どうした、お前はソピアのお人形ちゃんじゃねぇのか?
 今頃探してんじゃねえのか〜?」

「・・・・・アルフィスが違う命を受けたから代わりに来たんだ。
 それにソピアは今はもう寝てるよ。探しているわけが無い。それ以前にあの子の話しをするな。」

「へいへい。あ〜、そうかぁあいつがいねえとなるとちょいとばかし面倒だな。」

「安心しなよ。あんたの暴走を止めるために代わりに来たんだから。」

「へいへいへいへい。」



何とも噛み合わない会話だったがこの二人はグル。仲間であることはどうやっても覆す事が出来ない。
3人とも緊張した面持ちでその会話を聞いていた。
どんな相手でも、彼等は自分達にとって敵なのは変わり無い。
警戒態勢を怠る事は出来ないのだ。
彼等の実力は嫌っていうほど思い知らされた。




「さて、俺たちは用があるんだ。
 こう見えても俺は戦闘はあんまり好まないんでね。手短にしようじゃないか?。」

「嘘つけ。」




ラクトが突っ込みを入れたがギルスは全く気にした様子が無い。
ギルスが指を指した先は・・・・・・・・・・・・・・フェイルだった。
フェイルは驚いた様子だったが、でもすぐに正気に戻る。
きっ、とギルスを睨み上げ、警戒しながら後ずさりした。



「わ、私に何か用?」

「そう、フェイル=アーテイト。
 あんただけにしか出来ないことがあるんだよ。」



何かを含んだような笑いで下を見下ろしてくる。
かなりの威圧感で3人ともしばし動けなくなってしまった。
ただ素直に怖いと思う。
あの青年から放たれるオーラに、3人は身をすくめた。
今まで感じた事の無い何かを、本能が感じ取る。

だがそんな威圧感はギルスの放つ言葉で崩れる。







「今宵は、あんたの魂を奪いにやってきた。」






「下がれっ!フェイル!!!!」

『菖蒲』

――――――ドゴォォォォォオオッ!!!



リュオイルの攻撃で激しい暴風と土埃が巻き起こる。
そして、それを見計らったように一瞬にして3人の姿が消えた。
顔を歪めて、その面倒な風に当たらないように、反射的にギルスとラクトは目を瞑った。
獲物が逃げる気配が感じ取れる。
だがそんな事よりも、小賢しい事をされたこの苛立ちをどうにかする方がギルスにとって大切だった。



「くそっ!目眩ましか!!!」

「向こうに逃げた。
 僕はそのまま気配を追う。あんたは空から行けばいい。」



それだけ言い終えると目にも留まらぬ速さでフェイルたちの後を追った。
数秒遅れてギルスも空から追いかけた。
















「・・・ハァ、ハァ。」

「はぁ・・・・大丈夫・・・か?」

「何とか。」



3人とも肩で息をしながら、それぞれ無事か確認しあう。
来た道を逆戻りしていたせいで、しかもそれは坂のだったため息が上がったのだ。
あの時、逃げていて正解だったと思うし、でもこのままここにいれば追いつかれてしまう。
それにもう太陽は半分も沈んでいた。
これ以上長居は出来ない。



「やばいぞ、このまま完全に日が沈めば・・・・」

「せやかて、逃げんわけにはいかんやろ?」







「・・・魂って、何だろう。」




リュオイルとアレストが、あーだこーだ言っている時、フェイルはポツリと零した。
それは幸いにも2人には聞こえなかったようで、気付いておらずそのまま話し合っている。


考えても考えてもその答えは出てこない。

命ではなく、魂。

魂なんて

どうして?

何で私なの?




「それは言う必要が無いね。」



「「っ!!!」」

「ギルスには逃げれると思うけど、僕から逃げることは出来ないよ。」



一斉に振り返った三人が驚愕する。
それもそのはず。
大自然と共に生きてきたフェイルも、戦場慣れしているリュオイルも、
更にはアレストにさえも気配を感じさせなかった。
例えるなら風。
風と同化しているように彼の気配は見えない。そして何より速い。



「・・・あぁ、それと貴方たちの気配は全然消えてないよ。
 普通の人間だったら気づかないと思うけどね。」



幼さを残す少年の顔には何の表情が表れず相変わらず乏しい。
凛と放つ言葉にはトゲさえも感じられる。
どうして、この少年はその幼い顔でそんな事が言えるのだろうか。
何も宿さない瞳が、あまりにも冷たくてその感情を読みとる事が出来ない。




「さあ、フェイルさん。
 僕と一緒に来てもらえますよね。」




その言葉には有無を言わせない力があった。
いまいる場所は不幸にも崖に近い。更に言うならば道が狭い。
こんなところで戦闘をすれば確実に負ける。



「戒めの・・・・」

「させないよっ!!」

―――――ヒュッ!


「ッ!!?」



ラクトは見えない刃をフェイルに向かって放つ。
それに気付いたフェイルは、反射的にそれを避けた。
だがそのせいで詠唱で妨害された魔法は、不発となるどころか、暴発してしまう。
中途半端な竜巻はコントロールが効かず、勢力が衰える事無く敵味方問わず突進していった。



「フェイル!!!」



咄嗟にリュオイルはフェイルの名を呼んだ。
急に進行方向を変えたかと思うと、それは崖の近くにいるフェイルに突進する。
追い込まれた。
尚もスピードを上げてくる竜巻はフェイルを跳ね飛ばし、その瞬間完全に竜巻が消えた。





「きゃぁぁぁぁぁぁああああああ!!!」





甲高い悲鳴を上げてフェイルは奈落の底へ落とされた。
この高さだと生きているほうが不思議だ。
急いで崖に近づき降りようとするリュオイルをアレストが止める。



「フェイルっ!フェイル!!―――っ離せアレスト!!!」

「あかんっ!!あんたまで落ちてしまう。
 ってか今の状況を理解せんかーーーーーーーーーーー!!!」

「でも・・・でもフェイルがっ!!」

「あのこは大丈夫や!!
 ボケッとしとるけど天然娘やけど咄嗟の判断力はずば抜けてるんやっ!!!」



少し酷いことも言ってはいる彼女の言い分はもっともだ。
フェイルはボンヤリとしていることが多いがそういう判断力はしっかりしている。
でも、心がそれを許さない。
リュオイルのプライドが、それを拒む。



「とにかく今はこいつをどうにかせなあかん!!フェイル探しはその後やで!?」

「・・・・くそっ!!分かった。」




渋々とだがリュオイルはアレストの言葉を呑み込んで頷いた。
さっさとこの子供を倒してフェイルを助けなければならない。
一人ぼっちにさせるわけにはいかない。
誰よりも、孤独そうな彼女だからこそ。




「・・・仕方ないね・・・・」




そういってラクトは両手を空に掲げた。




















「・・・・あ・・・・ぶなかった・・・」



こちらはもう少しで一番下に激突するところだったフェイルである。
アレストの言う通り咄嗟の判断で風の魔法を使い、大気を動かして体を浮かしてた。
すとん、と地に足を下ろす。
下は川があるくらいで他に危険なものはない。
だがたとえ川に落ちていたとしても生きていたかどうか。
入って見ないと分からないが、見た目ほど深く無さそうだ。



「もう少し遅れてたらペシャンコだったかも・・・。」



想像するとその光景が嫌にリアルに見えて思わず身震いをした。
思ってもいないことを口にするのはやっぱり止めておこう。



「でもどうしよう。」



フェイルは崖の上の上を見上げた。
とてもじゃないが上ることは出来ない。
でも上にはあの二人が、更には敵がいるのに。



「空を飛ぶことなんて出来ないし・・・・どうしよう。」



そういえば、どうやって空を飛んでたのかな?あのギルスって人。
邪気は無かったから人間なのは確かなんだけど・・・・。



「空を飛ぶ、かぁ。」



一瞬考え込んだように腕を組んだが、ぱっ、とひらめいたように満面の笑顔で両手を打った。



「そっかそっか!空には浮けないけど飛ぶことは出来るじゃん!!!」



本人はナイスアイディアと思っているがフェイルのことだ。
まず無謀なことを考えている事は決まっている。←リュオイル談



「よ〜し!そうと決まったら早速準備しないと!!」

















―――――キィィィィイイン!

「くっ!!」

「遅いよ。そんなのじゃあ僕に傷一つ付けやしない。」

「山茶花!!!」

「まだまだだね。」




いとも簡単に二人の攻撃をかわす少年ラクトは汗一つかかず、余裕の表情で剣を振りかざした。
それが癪に障る。
こっちは急いでいるのだ。何だか分からないが邪魔をするなっ。



「その程度の力だとは思いもしなかったよ。
 僕も買い被りすぎたかな・・・・・・」



『アイスコフィン』


――――パキ・・・・。


「なっ何やこれは!?」

「氷・・・。まさかお前は魔道剣士!?」



リュオイルは足を、アレストは足も両手も完全に凍らされていた。
彼が魔道剣士だなんて思いもしなかった。
剣技と魔法を平均的に操るバランサー。
人によってその実力は異なるが、この少年は強い。
フェイルの魔法にはまだまだ匹敵しないが、それでも2人を足止めするのには十分過ぎる力。
身動きが取れなくなった2人にはどうすることも出来ない。
このままでは何をする事もなく呆気なく殺されてしまう。



「残念だったねお兄さんにお姉さん。
 でも僕はさっさと倒してフェイルさんを捕獲しなくちゃいけないんだ。」

「フェイルが生きているかどうかも分からないんだぞ!!
 死んだら魂だって奪えるはずが無いだろう!!!」



かなり激怒した様子でリュオイルは言葉をつなぐ。
何故彼女を狙うか知らないが、大切な仲間が彼等に連れて行かれそうなのだ。
怒らない方がおかしい。




「死んでないよ。」

「・・・・?」

「さて、面倒だし悪いけどさっさと死んでもらう。
 それにこれ以上僕らのことに首を突っ込んで欲しくないから。」

「ラクト、お前は魔族のはずだ。
 お前は・・・いや、お前らは一体何をしようって言うんだ?
 人間のフェイルに何の関係がある!!」



さっきよりは怒気も治まった様子だがまだ殺気立っている。
フェイルのことなのだろうか、それとも、魔族のことだからなのだろうか。
二人が言い合っている間、アレストは何とか氷を溶かそうと必死に暖めている。
氷は予想外に冷たくそして硬い。
かなりの魔力を持っているのか、彼の意志で魔法は途切れる事は無かった。





「そう。僕は、僕は魔族。魔族に、変わりはない・・・・。」





突然声が小さくなったラクトは、まるで死んでいるかのような目でリュオイルを見据えた。
態度の急変に驚いたものの、でも実際はその目線が痛かった。
氷のように冷たいそれは、リュオイル自身を突き刺しているような感覚だ。
こんな小さな少年から出ている気配が酷く冷たい。
恐怖を抱く前に、その不釣合いな彼とその気配に困惑する。



「・・・・・?」

「冥土の土産に教えてあげよう。
 僕たち魔族は550年前の神と魔王の戦いで封印された魔王『ルシフェル』を完全復活、降臨させる。」

「なんだって!!?」「何やって!!!」



元は全天使の首領であったが神に背き、同じ同胞を危険な目に遭わせたため
天上から永久追放され悪魔になったと聞く。
その名を堕天使「ルシフェル」
550年前、6人の若き英雄により世界は救われたがその代償は酷いものだった。
2人の英雄がその戦で死んだ。
そして何千万という尊い命さえも奪われてしまった史上最悪の戦争・・・。




「あ、あの惨劇をもう一度起こそうというのか!?
 魔王など復活させてどうする気だ!!!」

「てかっ、フェイルは何の関係も無いやんか!!
 何であのこの魂なんかを奪おうとするんや?戦争で得られるもんなんか何も無いんやで!!!」




リュオイルは狂ったように怒鳴り散らし、アレストさえも驚きと怒りで言葉が荒々しい。
それさえ見ても何も思わぬ顔をして、涼しい顔で少年は言ってのけた。






「世界なんか破滅すればいい。世界を治めるのに長は複数もいらない。」






「・・・狂ってる。何故、あんな惨劇をまた・・・・」

「平和で、暮らしたい奴もようさんおるのに邪魔する気なんか?」



落胆したように、2人は信じられないといった目で少年を見据えた。
どんなに非難の目を向けられても少年は、ラクトの態度は変わらない。
こんな小さな少年の心に、一体何が隠されているのだ?



「平和っていうのは上辺だけで、本来人間は嫉妬深い生き物だ。
 誰かを妬み、恨み、そして戦争になるか自滅する。
 そんな生き物に平和なんて馬鹿げた単語は必要ない。
 欲するのは嘆きと悲しみ、絶望に孤独・・・・・」




「人間ってのは弱すぎる生き物なんだよ。
 儚すぎてつまらなすぎる。 
 だから魔王はこの全世界を魔界国として再生させようとしてんだ。」



突如上からの声でリュオイルもアレストもはっ、とした顔になって空を見上げた。
そこには何かを企んだような怪しい笑みを浮かべたギルスの姿があった。
信じられない話を突き付けられて、そして信じられない現実を更に突き付けられる。



「ギルス。」

「ちょいとばかし喋りすぎだな、ラクト。
 普段無口なお前が話すなんて今日は槍でも降るのか?」

「・・・・槍は降らないけど雷は降るかもね。」



2対2。

しかも自分たちは動くことさえ出来ない。

絶体絶命だ。




「さぁて、ラクトに先を越されねぇうちに俺がお前らをぶっ殺してやる。
 さっきはよくも目眩ましなんて小ざかしい事やってくれたな。」

「・・・それは悪かったな。  だがそっちが油断していてそのざまだ。無防備すぎたんじゃないのか?」



挑発するようにリュオイルは何とか自分に視線が行くようわざと仕向けた。
それを見ていたアレストはおどろいたように口をあんぐりと開く。
かかった様に、ギルスの眉が深く歪む。
その表情に満足したリュオイルは、唇の先端を機械的に吊り上げた。

これなら、時間を稼ぐ事が出来る。



「リュオイル!?」

「僕が何とかする、だからその間に逃げろ。
 アレストの武術ならもうすぐその氷は破壊できる。」



ボソボソと気づかれないように話す。
それを聞いたアレストは更に目を開いた。
信じられない、と顔に書いてある通り真っ青になっている。




「何言ってるんや。あんたは・・・」

「フェイルを・・・フェイルを守って欲しい。」

「リュオイル?」

「あいつらなんかに、魔族なんかには絶対に渡さない。」





あの優しい彼女を


僕に暖かさを教えてくれたあの子を


渡すものか


渡さない


この命と引き換えにしても


絶対に、渡さない





決心をしたような、強い眼差しでアレストを見る。
今にも泣きそうな顔をしたアレストであったが彼の目に迷いは無く、彼女を思わず頷けさせるほど力強い。



「分かっ・・・」



「ちょおっと待ってぇええっ!」



凄まじい風が崖の下から巻き起こった。
その中心部にはフェイルがいる。
着地には成功さえしたが目を回している様子で立っていられない様だ。
一体どのようにして崖のしたから飛んできたか知らないが、彼女が無事だったことに2人は安堵する。



「フェイル!?」

「へぇ。随分とやるじゃねぇか。」



大分気力を使ったのか、着地した途端その場に座り込んでしまった。
大きく深呼吸をして、それを何度も繰り返す。
突然の登場にギルスは面白そうに笑った。
そしてそれがさも当然、と言う風にラクトは相変わらず涼しげな表情でその光景を黙って見ていた。



「怪我は!?」

「だ、だいじょーぶ。」

「どこがやねん!!!」



それなりに威力の強い魔法でなければここまで飛び上がることは出来なかったはず。
ということはエクスプロード連発+中級、または上位魔法+精密さ。
かなりの疲労が出たはずだ。
それなのに無理して前に出ようとする。
すぐ傍にいるのに何も出来ない自分がもどかしい。
守られているという立場があまりにも辛い。





「・・・二人に何かしたら絶対に許さない。貴方達の相手は私だよ!!!」




そんな事していないで早く逃げるんだ。

僕が囮になるから、早く走って逃げて。

君は・・・君だけは・・・・・





「ほう、やるってのか?」

「ギルス。彼女は・・・」

「わあってるって。殺さない。
 ・・・そう、殺しはしないさ」



そういった途端ギルスの目が明らかに変わった。
さっきまで自分たちに向けていた半分遊んでいるような目ではない。
殺気。
そう、殺気が出ている。
本気でフェイルと殺りあうきだ。
彼女もそれに不服は無いようで、無理をして重い体を起こす。
フラフラしているが、その強い瞳に偽りは無い。



「フェイル何してるんだ!逃げろ!!」

「フェイル!!」



悲痛な叫び声が2つ木霊した。
それには全く目もくれず、2人は睨みあう。
その間に何度もリュオイルが逃げるように言うが、全く来た様子は無い。
突然フェイルは振り向いたかと思うと、何を思ったかにっこり笑ったのだ。
その屈託無い笑顔を見て、2人は硬直する。




何で


何で


何で?





「登竜連我惨!!!!」

『ライトニングっ!!』




2人の間に閃光が走る。
跳ね返されたギルスは、やむを得ず後ろに一歩引いた。
あれだけ疲労しているのに、何だこの力は。



『 我に加護を 悪しき者に雷雲を 』

―――――ショックストーム!!


「くっ、そうこないとな。流石魔王に献上する素材だ!!」



にや、と笑ったギルスに怯む事無くフェイルはすぐさま呪文を唱える。
後ろには大切な仲間がいる。
何に変えても、たとえここで朽ち果てても守りたい。
守らなければいけない。



『 揺れ動く 波の泡立ち 』

―――――フラッド!!




「・・・・ギルスもういい加減に。」

「分かってる!分かってるっての!!」



間一髪でフェイルの魔法を避けきったギルスは悔しそうにしてフェイルを睨んだ。
だが、彼には勝てないと最初から分かっていた。
今回はただの遊び。
旗から見れば、真剣に殺りあっているように見えるが、ギルスは真剣勝負を遊びと言っている。
彼が本当に真剣に勝負するときは、自分の命が尽きる手前の時だ。

彼女は強い。
前に会った時よりも遥かに強くなっている。
この状況で数々の魔法を繰り出すなんて並大抵の事ではない。



「いい加減しなよ。
 後で怒られるの僕なんだから。」



倒れたギルスを無理矢理抱き起こす。
痛そうに顔をしかめたギルスだったが、ラクトはそれに気にした様子無く転送魔法を唱えて始めた。



「またね、フェイルさん。」



そう言い終えると、ラクトとギルスは闇の中に吸い込まれた。
その途端にリュオイルとアレストに固定してあった氷も消えた。




「ふぅ・・・。」




緊張が抜けたのかヘタリと座り込んでしまったフェイル。
魔力の使いすぎであまり顔色も良くない。
そしてそんな彼女のところに真っ先に動いたのはやはりリュオイルだった。



「フェイル!大丈夫か!!」

「うん。でもちょっと今回ばかりは疲れたぁ。
 リュオ君とアレストは大丈夫?怪我は無い・・・って。」



二人とも所々損傷している。
それが見ていてあまりにも痛々しい。
少し顔をしかめたフェイルは躊躇する事無く2人に回復魔法をかける。



「天恵」

――――ポォォォォ・・・。



淡い、暖かい光が二人を包んだ。
だがそんな回復術もいつもより威力が小さい。
第一ここまで衰弱しきった魔法使いが、威力の高い魔法を連発して、
挙句の果てには味方を回復するなんて自殺行為に等しい。
無理矢理にでも止めさせたいのだが、それをフェイルは拒む。
何かに取りつかれたようにして、2人を癒していく。


「フェイル!!
 いい加減にしないと、君の方が危ないだろ!?」

「せやでフェイル!あんた無茶しすぎや。
 リュオイルやうちにあんまり心配かけたらあかん。」



2人の非難する声が聞こえる。
でも、それよりも眠気の方が勝っていて反応する事が出来ない。
消耗した魔力の量は、フェイルが思っているよりもかなり上回っていたのだろう。


眠い・・・・ちょっと頑張り過ぎたかも・・・・・。




「フェイル?」

「・・・・」

「フェイル?・・・おいフェイル!?」



急にガクッ!!と項垂れると、それ以降フェイルが動く事は無かった。
まさかと思い、リュオイルはフィイルを抱き起こす。
我を忘れたリュオイルは、何度も何度もフェイルの名を呼び続ける。



そんな事はあってはならない。

折角、折角皆無事でいられたのに・・・・・。




「フェイルっ!!!!」




「くぅ・・・・。」



切羽詰ったリュオイルの声は虚しく、変わりにフェイルの小さな口から寝息が聞こえてきた。
それに脱力したリュオイルは安堵の溜息をついた。



「ね、眠っただけか・・・・。」

「疲れてるんや。 
 でもほんま、あんたのあの動揺っぷりは凄かったわ。」

「・・・そんなに動揺していたか?そういう感情訓練はしているんだけど。」

「いんにゃ。フェイルのことだと全然出来てへんな。」

「そうなのか?」

「・・・・・・・」



中途半端に鈍い奴やなぁ。



「・・・でも自分でも過保護かもしれないって思うんだ。」

「あぁ、分かってたんならいいんや。自覚が無いのは一番あかんでな。」

「やっぱり過保護かぁ。」



神妙な面持ちになったリュオイルに、アレストは苦笑した。
気の抜けたように、でも照れながら笑う仕草は歳相応だ。
真面目な性格で、しかも騎士だったのだから、どちらかと言えば表情は乏しい。
でも、やっぱり笑っている顔が一番いいと思う。
あんなに引き締めた顔をしても、やはりまだ彼は子供なのだ。



「いいんとちゃうの?
 この子は甘やかされてるなんて思ってへんし、それにあんたが過保護ってのも気付いとる。
 あんたをセーブしきれんのは今んとこはフェイルだけやな。」


「はは、そうかもしれない。」





此処まで世話をしたくなる奴なんて

本当、今まで誰もいなかった・・・・

誰かを世話するつもりも無かった

友達が欲しくても

素直に「友達になろう」と言えなかった。

意地を張って、変にプライドが高くて

嫌われても、仕方が無かったんだ。






「・・・・無事でよかった・・・・フェイル。」





ただ、彼女と出会った事で全ては変わった。

今まで出会った人の中で、一番安らげる人物。

大抵は優しいけど

でも、間違った方向に行きそうになったらいつもセーブしてくれていた。




寝ている彼女の体を抱きしめると、朝日が昇りはじめている
それは3人の顔がはっきりと映し出す光となる・・・。