■天と地の狭間の英雄■ 【大富豪邸乗っ取り大作戦】〜闇にたたずむ者〜 サササササ・・・・ 足とは殆ど皆無なほどの音で慎重に歩いている小柄な影があった。 時刻は間もなく日にちの変わり目。つまり真夜中である。 村の明かりもほぼ全てが消え、門番の護衛官たちの松明がゆらゆら揺れている光だけだった。 ガサ・・・ガサ・・・・ ・・・・・カタン 小柄な影は大富豪邸の裏口に音も無く進入するとこの村の細く暗い水路を音無く駆け出した。 何処かに導かれるように走り続けていると壁があり、そこの手前に大富豪邸の水路室があった。 小さな影は扉に手を伸ばし、今度は屋敷の中を音も無く駆け回った。 ・・・・・キィィィイイイイ。 「・・・・・・・・・みぃつけた」 小柄な影はいつの間にか奥の奥の更に奥の部屋、小さな個室にたどり着いていた。 その両頬は嫌なくらい歪んでおり、またそれは大変楽しそうにも見える。 「そろそろ飽きちゃったし、・・・・・全部消そうかな?」 くつくつと喉で笑いながらその影は何かに手を振れた。 それは恐ろしく不気味なほど・・・。 ――――チュン、チュン・・・・ 小鳥のさえずりと共に、村では一斉に動いていた。 女は水を汲みに近くの川へ、男は畑の様子を見てから森に猟へ。 それは当たり前のように習慣化していた。 ただそれだけを見ていればのどかで平和な村だが、実態はそうじゃない。 裏の方では悪徳な奴等がグルグルと回っている。 「他の村と比べても、ここは本当に最低限の設備も無いんだな。」 村人が歩いてる方向を目にやりながらリュオイルはわざとらしく大きく溜息を吐いた。 「そりゃなんたって、ビート氏が共和国の資金を横流しにしてるんやからなぁ。」 用意された朝食のパンにジャムやら砂糖やら、挙句の果てに塩までかけて・・・。 食べ物とは言えない食べ物を口にしながらアレストは言った。 アレストの前に座っているフェイルは大人しく紅茶を飲んでその話を聞いていた。 「横流し?そこまで分かっているのか?」 「せやで。 怪しいって思た時から、悪いとは思うけどちょいと調べさせて貰たんや。」 今度は出された紅茶に砂糖を2杯、塩半杯を入れている。 その様子をフェイルは物珍しそうにじっと見ていた。 (おいしいのかな?) 「・・・・で?どないするんや。次の税金徴収日は明日の午後3時。 その間に何か対策取らなな。次の徴収日まで待てへん。 うち等には旅を続ける理由があるし。」 「そうだな。長居する事は出来ない。」 さてどうするか、と腕を組んだりうなったり。 だが屋敷に侵入する術がない。 というか入れる理由が無い。 不法侵入をして万が一ばれたらアレストとフェイルはまだ良いものの(良くない) リュオイルは将軍という立場としてそのような行為は許されない。 案は出るものの、必ず誰かが不利になる。 今考えれば、自分達は何とも言えないい組み合わせで旅をしているものだ。 「じゃあリュオ君はここで待って・・・」 「駄目。」 「せやっ!全員でお面被って・・・」 「「やだ」」 「・・・・・・・・」 何も案が無い・・・・・・。 「ああもう!!リュオイルっ! あんた騎士なら何とかせんか!!!」 「僕は共和国の人間じゃないからどうもできないし動けないよ。 ・・・・共和国の方からの指示があれば別だけど。」 「それやっ!共和国の王様に頼んで貰ったら・・・」 それが良い案だと言わんばかりに、アレストは声を上げた。 だが随分冷めた口調で、それをリュオイルが止める。 「無理だね。 共和国は他の大陸とは交友関係が薄いから警戒される。 確かに向こうもこの村の異変には何らかの形で気づいているとは思う。 だけど・・・・」 「だけど?」 それまで大人しく聞いていたフェイルが口を挟んだ。 何かを考え込んでいるような仕草をしているリュオイルは、記憶を手繰り寄せていた。 確か、何処の大陸も殆ど法制は似ていたような気がする・・・。 「いや、その気になれば共和国の力でどうにか出来るはずなんだ。 だけどそれをしないのは本当に証拠が掴めていないだけなのか。 それとも村を助ける価値さえ無いのかのどちらかだと思う。」 少し俯いたようにして考えているリュオイルにアレストは激怒した。 机を思いっきり叩き、大きな音が鳴ったので女将さんも驚いている。 迷惑なのは分かっているが、アレストのこの性分は直す事は出来ない。 寧ろ、素直に、率直に態度に出るのだからうらやましいと感じさせられるほどだ。 「価値とかっ、そんなの関係ないやろ!?何でそんなこと・・・・。」 「アレスト・・・。」 「アレスト落ち着くんだ。 第一それが本当かどうかも決まっていない。アレストが冷静にならなくてどうする?」 リュオイルは気づいていた。 アレストがこの村に来てから妙に落ち着きが無い事を。 彼女に何があったかは知らないけど、今此処でイザコザを起こしている場合じゃない。 アレストも気づいているだろう? 「・・・・そやな、ごめん。」 しょぼくれたように項垂れて椅子に座った。 もう喋る気力もなさそうだ。 もう少し言葉を選んだほうが良かったかもしれない、とリュオイルは胸の中で後悔した。 「・・・・・。」 急に静かになっておろおろと二人を見ていたフェイルは気まずげに小さく溜息を吐いた。 やはり、一般人ではどうする事も出来ないのだろうか・・・。 だけど諦め切れない。 今、この村の人々は苦しんでいる。 そんな人達を、放って置く事なんかフェイルには出来なかった。 何を思ったか、フェイルはいきなり立ちあがった。 その様子を二人は不思議そうに見ている。 「フェイル?」 「どないした?」 「ちょっと、頭冷やしに散歩してくるね。」 それに席、外したほうが良さそうだし・・・。 苦笑したフェイルは、2人に気遣って席を立つ。 仲間に気を遣われるのも複雑な気分だが、今はそれがいいのかもしれない。 「気を付けるんだよ。迷子にはならないようにね。」 「此処村だもん!!迷子になんかならないっ」 「ははは、せやな。 ちょいと失礼やで?」 「ごめんごめん。そうむくれないで。」 「もう!行って来るからね!!」 頬を膨らませ怒って外に出て行ったフェイルを二人と女将さんが面白そうに笑っていた。 フェイルの気遣いには嬉しい。 周りの空気を読むのが上手い彼女は、いつもこうして一線置いて話を聞いている。 納得いかない場合は勿論反対もするし、それに意見も言う。 「フェイルは他の事には鋭いんだがなぁ。」 「せやな。自分の事となるとさっぱりや。」 片方は呆れて、片方は苦笑した。 頭の回転が速いんだか遅いんだか、今だに分からない。 だがそんな微笑ましい空間もすぐに緊張の張り詰めた空気に変わった。 「・・・あんたはほんまに鋭い。 うちの事も大よそは推測できたとちゃう?」 「まあ伊達に騎士やってないからね。 話し方、目の行き所、雰囲気。あとは直感だね。」 「・・・・あんた、ほんまに騎士だったんやな。」 「アレスト。」 しみじみと頷くアレストに、流石にリュオイルも脱力する。 一体今まで何だと思って見てきていたのだろうか・・・・。 「ごめんごめん。成る程。 そんじゃあ隠そうにも隠せへんってやつやな。」 「・・・ごめん。」 「謝る必要はあらへん。 話せば、長くなるんやけどな・・・・・」 宿を出てからフェイルはビート邸に来ていた。 他の村民の家と比べると月とすっぽん。 かけ離れるほど大差があった。 「おっきー。こんな豪邸に誰と住んでるのかな?」 後でアレストに聞こう。うん。 疑問を抱きながらも白くて背の高い弊社にそって歩きはじめた。 およそ2m50といったところだろうか、フェイルにあと1m足しても届かない。 本当ならば好奇心のままに魔法で浮いて中を覗きたいのだが如何せん。 リュオイルの説教を思い出すとその考えを打ち消した。 ほんとに怖いんだよなぁ、リュオ君の説教。 顔は笑ってるんだけど目が笑っていないし、ちょっと人格違うような気もする。 何度もリュオイルに説教をくらっているが、やはり何度体験しても怖い。 特に目が。 激怒しているときは本当に怒っていると分かるからそこまで怖くないし、ちゃんと反省する。 でも目が笑っていないときは果てしなく怖い。 初めてそれで怒られた時は、本当にもう2度と体験したくないと思ったものだ。 ぽんっ。 「お嬢さん、そこでなにやってるんだ?」 びくっ!!! 「え、う、あ、」 全く気配が無かったのでフェイルは肩を大きく揺らして振り向いた。 姿はこの村の年若い青年のようだ。 肩に鍬を担ぎ右手にはバケツを持っている。 服はみすぼらしいが、青年は気にした様子なくその姿で出歩いていた。 「え、えっと・・・。」 「君、この村に来るの初めてかい?」 「はい。」 「じゃあこの辺りをうろつくのは良くないよ。 ここのビートは人を毛嫌いしてるんだ。近づかないほうが君のためだよ。」 「人をって、騎士嫌いじゃないんですか?」 確かアレストが言っていた。 人間嫌いではあるが、特に騎士が嫌いだと言う事を。 「おや、どうやら少しは知ってるみたいだね。 察しの通り騎士が一番嫌いなのさ・・・ここだとまずい。向こうの畑にいこう。」 「あ、手伝います。」 「そうかい?じゃあおねがいするよ。」 空の方のバケツをフェイルに手渡すと青年は微笑みながら手を引いてくれた。 フェイルは意外に早い足に何とか追いつこうと、必死に付いていった。 多分この光景をリュオイルに目撃されれば今日は説教行きで間違いは無い。 「知らない人について行くな」とか・・・。 「さてと・・・あ、それはここに置いてくれるか? 悪かったね、手伝ってもらって。」 結局フェイルは畑の手入れも自ら手伝った。 青年は悪いからいい、と断ったのだがお人好しのフェイルはそれを断る。 「いいえ、こういう畑仕事は昔やってたんで懐かしかったんです。」 「通りで。そうそう話しの続きだけど・・・・」 青年の話す事にフェイルは首を傾げるばかりだった。 今まで他の人にも色々と聞いてきたが彼の話しは少し違う。 そんな興味の引かれる話に、フェイルはかなり食いついていた。 「声?」 「そう、5年前から様子がおかしくなったんだ。 あの屋敷の曽祖父が亡くなった頃からかな?水路室から暗い声が聞こえるのは。」 「な、何かと間違えたんじゃ・・・・」 「なんなら俺の親父に聞いて見る? この噂は家の家族皆、それどころか村の皆知ってるよ。」 夜中の決まった時間に聞こえる低く暗い声。 最初に聞いた門番はそれに怯え村から出て行ったという。 声が聞こえる場所は村の奥の大富豪邸の地価水路。 呻くような、何かを探しているような怒りと恐怖の入り混じった声。 「・・・一度でも魔族の襲撃に遭いましたか?」 急に真剣な表情で話す少女に青年は少し驚いたが、大きく頭を縦にふった。 「ああ、一度だけな。でもそれは何百年もの昔の話しだぞ? あの六英雄が活躍した時代のな。」 500年以上もまえの時代、英雄が希望を与えた時代。 その頃は、戦争に巻き込まれながらも強く生きていたらしい。 だけど今ではこのざまだ。 「ありがとうございます。参考になりました。 あと、今晩は絶対に外に出ないようにしてくださいって皆さんに伝えてくれますか?」 「え、そりゃかまわないけど。君一体何を。」 「それじゃあ、ありがとうございました!!」 そう言ってフェイルは走って宿屋に向かった。 そして畑には好青年には似合わない呆気に取られた表情があったとかなかったとか。 その頃の宿屋と言うと。 「遅い。」 「・・・・は、はは。」 リュオイルはかなりご立腹のようだった。