怖い。 痛い。 苦しい。 寒い。 こんなにも、心は叫んでいるのに どうして どうして 貴女には聞こえないのですか この、悲しみの鎮魂歌が・・・・・・。 ■天と地の狭間の英雄■ 【届かぬ声】〜奇跡を信じて〜 「なん、何や・・・この有様は。」 「・・・・・・・」 水路室の扉を開けた途端、見えてきたのは真っ赤な世界。 生臭い臭いと何かが焦げた悪臭が広がっている。 それが血だと理解するまでには少しだけ時間が掛かった。 それだけ、ここは惨たらしい事になっている。 「ひ、酷い・・・」 涙を溜めて、横たわる亡骸にフェイルは近寄った。 「・・・・一足遅かったようだ。」 リュオイルは眉一つ動かさず冷静に今の状況を確認している。 ぐるりと辺りを見渡すとおかしな箇所がいくつかある。 「この死に方は異常やで。臓器を引きちぎられたり、切断されてたり。」 「切断面が、剣で斬ったにしては真っ直ぐ過ぎる。」 冷たい目で見下ろしながら淡々と述べるリュオイル。 フェイルは言葉も出ないのか、亡骸に目がずっといったままだ。 そんなフェイルに見かねてアレストが前に出る。 「フェイル、無理したらあかん。あんたは見んほうがええ。」 尋常ではないこの殺し方。 どんな人間であろうとも少しは慈悲という感情を持っている。 どんなに残酷な人間でも。 (人間では無い事は確か。だが一体誰が・・・。) ここで働いていたメイドや執事だろう。 一気に息の根を止められている者もいれば、致命的な攻撃をくらって悲鳴をあげながら死んだ者もいる。 それは死者の顔を見れば良く分かる。 こちらが悲しくなるほど、その表情は恐怖で歪んでいた。 個人的な意見としては前者の方がいいのだが。 「・・・いる。まだいるよ。」 やっと言葉を発したと思ったら今度は二階の階段に目を向けている。 怒りをはらんだ瞳は何かをぐっと堪えている。 「二階・・・」 ふいにそちらの方へ目をやると、さっきは気づかなかったが何か気配を感じる。 だがそれは予想とは違いたった一つ。 「単独でここまで殺すとは。」 「もしかしたらまだビートは生きてるかもしれへん。・・・フェイル、大丈夫かいな。」 「こんなのって・・・こんなのって・・・。」 アレストの声は全く聞こえていないらしく、一点だけに目を集中させている。 ここまで怒っているフェイルを見た事が無かったアレストは驚いた。 「行くか。フェイル、無理はするな。」 「・・・・・」 (あの時も、あの時も間に合わなかった。) (もうこれ以上は、失いたくない。) 階段さえも血で染められている。 赤い絨毯だったのだろうが、今では鮮明な赤ではなく、どす黒い赤に染まっていた。 カツカツと階段を上がる。 途中、誰かが血の湖と成り果てた場所を踏んでしまったが気にする事は出来ない。 後ろを振り向くことが怖い。 本能が、それを拒絶している。 振り向けば そこには痛みと悲しみの混じった表情で死んだ者達の顔を見てしまう。 「・・・・いない。」 「でも、気配が・・・・」 「いらっしゃぁい。」 声が聞こえるのは上。 幼さい声だ。 だが不気味に聞こえるその声。 「天井!?・・・―――――いっ!!!」 アレストが素早く上を見上げるとそこには床にある光景よりずっと恐ろしい光景があった。 あまりの酷さにアレストは目を見開いて震えている。 「な、何・・・これ・・・。」 「ビート・・・。」 「・・・・・串刺しで張り付けられた死体、か。」 探していた人物。ビート=ゴンドスは無残な形で天井に張り付けられていた。 血がポタポタと落ちてくる。 その血がリュオイルの頬にも落ちてきた。 一瞬眉をひそめたリュオイルだったが、すぐそれを拭う。 (まだ温かい。という事は殺されたのはついさっき・・・・。) 「ひ、酷い・・・どうして・・・」 「酷い〜?なんでぇ??これこそ芸術作品って言うんじゃないのぉ?」 天井で宙吊りになっている声の高い、一見少女に見えるそれは恐ろしい事を口にしていた。 「げ、芸術作品やて!?あんた頭おかしいとちゃうん!!!」 「えぇっとぉ、あんたがぁ、アレストちゃんだっけぇ?? そんでその無表情がぁ、リュオイルちゃんでぇ・・・・」 アレストの声には目もくれず、さも楽しそうにケラケラと笑いながら一人一人に指を指す。 そしてフェイルに指を指すと楽しそうな表情がもっと深く現れた。 「あんたが、フェイルちゃん。」 寒気が走る。 本能では逃げろと訴えているのに足が動かない。 あまりの恐怖で足がすくんで動かない。 「ここまで殺すなんて、随分といい趣味してるな。お前は何者だ。」 全く怯んだ様子なくリュオイルが声を出す。 その棘を含んだ声でアレストは、はっとして自分の足を叱咤した。 今怯えている暇は無い。 少しでも気を緩めれば・・・あの真っ赤に染まった鎌で真っ二つにされてしまう。 「あたしぃ?あたしはぁ、ロマイラってんだよぉ? だってさぁ、あんた達待ってるのつまんなかったから、暇つぶしにここの人間殺しちゃったぁ。」 「ひ、暇つぶし。よくそんな事・・・」 「だってあたしはぁ、人間殺すの大好きだし。 でもねぇ、つまんないの。ちっともあたしを満足させてくんない〜。」 「・・・狂ってる。」 「きゃはは、ラクトとかぁ、ソピアにはよく言われるねぇ。」 「ラクトッ!?ってことはあんたは・・・」 「あたしはぁ、典型的な魔族だよ〜。ソピアと同じね〜〜。」 ストン、と音を立てて床に下りる。 そしてその姿を見た時に一番最初に目がいったところ。 それは黒と白の左右対称の翼。 純白の翼は、赤い色に染まっていた。 「でさぁ、命令されちゃったんだよね。 ラクトとギルスがヘマしたからぁ。あたしも手ぶらで帰ると怒られんのよお。」 そう言って持っていた鎌を構える。 だがその色は元の銀色でなく、多くの命を奪った赤い色がこびり付いていた。 多くの人を、躊躇い無く皆殺しにした事が手に取るように分かった。 「だから、フェイルちゃん頂戴?」 「フェイル!!!」 逃げなきゃ、逃げないと。 でも、動かない。足が動かない、息も出来ない。 怖い。 怖い。 怖いっ。 「フェイル!!」 初めて聞いた焦った声。 これは・・・リュオ君? パンッ!! 何かが、弾かれる音がした。 眩しいほどの閃光がほとばしり、ロマイラは後ろへ下がる。 「な、なによこれぇ・・・」 「フェイル?」 弾いた、あの速いロマイラを? 「何よ、守られてるわけ?」 「誰、が・・・?」 「面白くない。何で、何で今更守ってるわけ?」 急に口調が変わった。 さっきの子供らしい舌足らず気味な喋り方ではなく冷たい声色ではっきりと。 ゆらり、と首が項垂れた。 そのギラギラ光る瞳から、目を離す事が出来ない。 怖いのに、どうして? 「フェイルちゃんもかわいそうだよね。」 「な、何が・・・。」 「だって・・・―――――っ!!」 ザシュッ!! 何かを言おうとしたロマイラを止めたのは、リュオイルの槍だった。 ロマイラの腕を槍が掠め、そこから人間と同じ紅い鮮血が滴り落ちている。 それだけは人間と同じなのに、どうして魔族はここまで違うのだろうか。 少しでも慈悲があれば、こんな惨い事にはならなかったはずなのに。 「な・・・何よぉ!!!痛いじゃない、邪魔しないでよ!!!!」 ヒステリック気味に叫ぶロマイラに全く聞く耳を持たずリュオイルは次の技を出そうとしている。 「フェイルに触るな。魔族風情が。」 「な、何よ何よ何よ!!あんたなんかぁぁああ!!!」 激怒したロマイラは鎌を放り投げ、両手を空に掲げる。 さっき戦った残党の魔族よりずっと大きい魔法陣。 そしてその魔力。 こんなものをくらえばひとたまりも無いどころか、完全にあの世逝きだ。 「伏せろ!アレスト!!」 後ろにいたアレストを庇って前に出る。 槍を前に掲げ一気に呪文を唱えるがぎりぎりで間に合いそうに無い。 『漆黒に住まう生命の源よ 光の閃光で我々を護りたまえ』 「・・・あれは、法術?」 驚いた。 槍使いだと思っていたのに法術さえも巧みに操れるなんて・・・。 本当は焦らなければならないのに、驚いた程フェイルの思考は冷静だった。 それ以前に、体が動かない。 「死んじゃぇぇぇぇええ!!!!」 ロマイラの放った黒い瘴気はリュオイルとアレストを瞬時に包む。 姿が見えなくなった途端フェイルは何かが切れたように大声を上げた。 「リュオ君!!アレストっ!!!」 似ている光景。 いつか見た血の色。 過去で襲われた記憶。 「いや、だ・・・嫌だ・・嫌だぁぁぁぁああ!!!」 恐怖が心を埋め尽くす。 冷たい体、何も答えない死体。 もう、帰らないあの声。 『フェイル・・・・。ごめん、ね。』 「リュ、リュオく・・・・っアレスト!!!」 消えていく、目の前から消えていく。 大切な、かけがえの無い大切な人が。 また、私だけ一人になる。 やめて やめてやめてやめて もうこれ以上・・・・。 もうこれ以上私から奪わないで・・・。 無我夢中で走った。 今だ包んでいる黒い瘴気の中に。 「?」 驚いたようにロマイラがフェイルの行動を見た。 でもそんな事気にもとめない。 「リュオ、君!!アレスト!!!」 いくら法術で結界を張っても、この強力な魔法に絶えられるわけが無い。 早くしないと、二人ともが死ぬ。 「嫌だ嫌だ・・・嫌だ!!」 涙が溢れてきた。 力を持っていても助けることが出来ない。 歯がゆい。 もどかしい。 力なんて、持っていても護れなかったら意味がない。 「なんで、何でこんな時だけ何も起こってくれないの!?」 光属性の結界を張りながら手探りで瘴気を払う。 その両腕も所々から血が流れ落ちていた。 痛みも何も感じないと言う風に、ただ我武者羅に二人を探す。 「助けて、死なせないで、二人を死なせないでよ!!!」 あんな思いは もうたくさんだっ 絶叫が響いた。 その声はロマイラにとってうるさい、というより気に障る声だった。 「諦めが悪いよ、フェイルちゃん。・・・・・――――!?」 「助けて、助けて・・・」 涙が零れ落ちても、どんなに怪我をしても奥に進む。 ロマイラが驚いたのはそれではない。 「お願いだからっ!!!」 ポゥ・・・・。 叫びに応えるかのようにフェイルの体が光りはじめた。 石を壊したときのの光ではなくもっともっと暖かい、何かに包まれるような感じで。 初めて感じる力にフェイルすらも驚く。 こんな力は、知らない。 私の力なの? この力は、何? でも・・・・でも・・・・。 「こ、こんなところまで手が来てるなんて。」 余裕の笑みは崩れ去り、完全に恐怖の色で染まったロマイラは悔しそうに舌打ちをした。 この眩しい光に絶えかねて、彼女は身を翻し闇のどこかへ消えてしまった。 それでも瘴気は治まるどころか拡大している。 「こんな力なんていらないっ!!私は、私はただ護りたいだけなのに!!!」 悲鳴に近い声を上げると同時にフェイルにまとわり付いている光は更に広がった。 光が広がるにつれ、闇の瘴気はどんどん浄化される。 自分の中から光が出ている事に今気づいたフェイルは、唖然とした。 「何?何が・・・」 それでも光は止まらない。 完全に瘴気を浄化すると、中から2人の姿が見えた。 「リュオ君!アレスト!!」 すぐ傍に駆け寄ると、かろうじて二人は意識を保っていた。 法術による結界は少し押さえれば壊れそうなほど弱小している。 その法術を作った当の本人はゆっくりとだが顔を上げた。 「フェ、イル?フェイル!」 よろめきながらもフェイルの傍に寄る。 直に損傷していないものの、慣れない法術で結界を放ったせいで精神にダメージが来ている。 くらくらする頭を何とか振りきってフェイルに近づく。 今傍にいないと彼女が壊れそうだったから。 泣いていて、こんなにまで傷ついた顔をしていたから。 「フェイル。」 「リュオ君、アレスト・・・」 光はまだ治まらない。 フェイルだけ包んでいた光はリュオイルも、アレストさえも包み始めた。 「この光は、一体・・・。」 「リュオ、君。」 「フェイルっ、こんなに怪我をして。」 さっきまでのリュオイルと違う。 これは、元の穏やかなリュオイルだ。 「フェイル?フェイル、おい。大丈夫なのか!?」 「・・・・・き・・てる。」 「フェイル?」 「生きてる・・・生きてる・・・リュオ君も、アレストも・・・生きてるんだよね。」 大粒の涙を零しながら、それでもそれを拭こうともせず、呆然とした様子でリュオイルを見上げる。 あれだけ傷ついていた顔が、一瞬にして変わった。 「・・・生きてるよ。フェイルのおかげで、僕たちは生きている。」 「・・・・・・・」 「ありがとう、というか途中から記憶がないからよく分からないんだけど。 僕があの結界を張ったみたいだね。」 「うん。」 「でも結局はフェイルに助けられて、僕もまだまだだ。」 情け無さそうにして苦笑するリュオイルに、フェイルは大きく頭を振った。 「ううん。私が・・・」 もっと皆を守る力があったら。 そう言い切る前にフェイルはリュオイルに抱きしめられた。 ただポカンとするしかないフェイルはされるがままになっていた。 「リュオ・・・君?」 「君は十分努力した。そして今も十分過ぎるほど努力をしている。」 懐かしい この場面が懐かしすぎる。 「これ以上君に傷ついて欲しくない。君が壊れそうで見ていられない。」 どうして、こんなに優しくしてくれるの? 「だけど、僕やアレストの力だけでは君を守り切れない。 ・・・・悔しいけど、さっきの戦闘みたいにね。」 私は、非力なのに。 「魔族は君を捕らえようとしているのは確信できた。 ・・・・どうして君が魔王降臨の鍵となるかは分からないけど。」 私が捕まれば二人は無事にすむのかな。 「だけど、力が及ばなくても、それでも君を守りたい。 絶対に君を、フェイルを魔族なんかに渡さない。」 「リュオ君・・。」 「せやで。フェイル。」 まだ大分青い顔をしているがいつものような明るい笑顔で傍に寄ってきた。 ふらついてはいるものの、外部には全く傷は見当たらない。 それだけでフェイルは安心した。 「アレスト・・・」 「うちはあんたが非力とか邪魔になった。なんて思った事一度もありはせん。 寧ろ感謝しっぱなしやで?」 「君は一人じゃないんだ。僕たちじゃまだまだ役不足だけど、仲間を信頼して欲しい。」 「リュオく・・・・アレストっ!!」 少し止まっていた涙がその瞬間一気に零れ落ちた。 しゃくりあげるように泣くフェイルをリュオイルはもう一度抱きしめた。 明日は、きっと笑っている事を願って・・・・・・。