「秋海堂!!」






紅くて少し長めな、でもその髪は少しくせが入ってたけど
とてもとても綺麗な髪でした。
















■天と地の狭間の英雄■
       【国家襲撃】〜派茶滅茶なお客様〜














「大丈夫ですか? ここは私達が食い止めますのでどうぞお逃げ下さい。」


  振り下ろされたはずの剣が数m先に飛ばされてそのまま地面に突き刺さった。
丁寧な言葉が放たれてようやくフェイルは助けられたという事に気づき、バッと少年の顔を見る。
暗闇で見えにくかったが、明らかにその声は少年。
もう少し詳しく言えば少年が青年に入る独特の声だ。



「ううん、大丈夫。助けてくれてありがとう。」



そういって安心したのか、紅い少年は微かに微笑むとすっと前を凝視した。
まだ全員結界に封じ込めていない状態なので下手に動けない。
そう思っていると、フェイルの造った結界が一部壊され、次々にそこから操魔が飛び出してきた。
勿論操魔達はご立腹の様子なので、襲いかかる標的はフェイル。



「オノレエエエエエェェェェ!!!!!!!」
「危ない!!!!」



少年が槍を振ろうとしたが間に合わない。
ちっと舌打ちした少年は、すぐに体勢を変えて彼女を狙っている操魔に狙いを変えた。
だがフェイルは少年の声を聞いていないのか全く怯みもせず、早口で呪文を唱え始める。



《 戒めん 魔界から降り立ったこの哀れなものに
         聖なる光を与えんことを
                繋がりし人の心よ 今解き放たん 》


――――――邪法風縛!!!!!!



青白い聖なる光が瞬く間に村全体を覆いつくした。
その光はまるで天使が降り立つような、暖かい、母親の腕の中にいるような感覚だ。
それに包まれた操魔は次々と倒れ、血色の悪い顔、人間らしい肌の色に戻っていく。
中にはしぶとい操魔もいるわけで、低い声で呻いている。
その声が更に恐ろしい事はフェイルは最初から知っていた。



「良かった。
 皆まだ完全に憑依されてたわけじゃ、無かったんだ。・・・ふぅ・・・。」



少し呼吸が荒くなっていたものの、その表情には安心の表情が伺える。
それに加えて嬉しそうな顔をする彼女は、いかにも子供らしさを感じさせらた。
だが唖然とその光景を見ていた少年と他の騎士達が、暫く動けずにいたのも事実。
けれどそれに全く気付いていない彼女は満足げに笑っていた。


(・・・・・この子は、一体・・・・・。)


明らかに疑わしい目でフェイルを見る少年。
表情こそ変えていないものの、さっきからフェイルを凝視している。
流石にその視線には気づいたらしいフェイルは少年の傍にやってきた。



「何にも被害が出てなくて良かったね。
 ありがとう。・・・えっと・・。」

「リュオイル=セイフィリス=ウィストと言います、君は?」

「フェイル=アーテイト。
 えっと・・・リュオ君でいい?」

「え、あぁ。」



(・・・・あれ?この子・・・・。)

何か引っかかった。
ただ名前を聞いただけのはず。
何か足りないような気がしてならなかったのだが、頭の回転が速い彼はその疑問が一瞬で解決された。


・・・・あぁ。あの名前が無いのか。

リュオイルの思っている「名前」というのはファミリーネームの後ろにもう一つあるはずの名前。
それは貴族だろうが平民だろうが、関係無しにある神聖な名。
貴族では当たり前のように使う名だが、平民は恐らく結婚式や葬儀の時のみに使われるのであろう。
尊敬の意味を持つその名は、どちらかと言えばあまり馴染みの無いものだ。

考え込んできるようにして黙っていると、不思議に感じたフェイルは「あれ?」と小さく傾げた。

(何か悪い事言ったかなぁ?)

うーん、と悩んでいると、彼の部かであろう騎士がリュオイルに近づいてきた。
この歳で部下がいるのだからすごいのだが生憎フェイルにはそんな事は全く分かっていない。



「隊長、他の全ての村民は無事です。操魔の気配も消えました。
 城から撤退命令が出されていますが・・・」

「・・・分かった、今すぐ引き上げるんだ。
 だがまた操魔が来る可能性が十分にある。
 君と誰か数名村に残しておいてくれ。後の指揮は君に任せるよ。」

「はっ! お任せください。」


律儀に一礼をして踵を返し戻っていった騎士を見送った後、リュオイルは複雑な顔をしてフェイルと対面した。



「・・・フェイル」

「何?リュオ君」

「悪いんだけど、我が国家フィンウェルまで同行を願いたい。
 操魔のことを色々聞きたいんだ。」
 


事件に関連あるものは徹底的に調べなければならない。
この小さな少女が何か関係あるとは思えないのだが、やむを得ないだろう。
ここで彼女を見逃せば後々面倒になるのは目に見えている。
歳が近いからこそ親近感が感じられるが今は僕だけの判断ではどうにもならない。
瞳を閉じて段々とゆっくり話すリュオイルに何かを思ったのか、それとも何も感じ取らなかったのか
ふんわりと笑みを出しフェイルは言った。


「うん、いいよ別に。
 じゃあしばらくよろしくね、リュオ君!」







ここはリドヒリア大陸1の都市「フィンウェル」
攻防に強く、多くの騎士がここで生まれている。
多くの大陸の国々が彼等の力を頼りにするのだからそれは明白だ。
だが権力や武力だけでなくここは違う所でも豊かだ。
貴族が多く住まう町で、貧富の差はそれほど酷くない穏やかな都市。
そして緑豊かなこのフィンウェルはまさしく理想の国だった。

馬車を降り、城の中に入るとそこに一人の女性がいた。
不思議そうな顔をするフェイルとは裏腹に、リュオイルは微笑みながら近づいている。


「お帰り。
 どうやら土産付みたいだね?誰だいその子は。」



まるで彼の帰りを待っていたかのようにして腕を組んでいた女性は、今まで閉じていた瞼を開いた。
短めに切られた亜麻色の髪は、少しカールがかかっていて女性らしさが出されている。
夕日のように暖かなオレンジ色のした瞳が2人を見据える。
きっとこの瞳と真剣に話し合えば嘘は言えないだろう。



「ただいまリティオン。 
 また君は何でもかんでもお土産って言って・・・。
 この子はフェイル。詳しいことはまた後にしてくれないかな?
 そうだなぁ、次の休憩時間に第二フロアの応接間で。」

「了解。カシオスはどうする? 」

「・・・・・・・・」

「そんな難しそうな顔して・・・。
 どうする止めておくかい?
 私はあんたの決定に賛成するよ、別にどうでもいいしね。」



気だるげに話していたリティオンはそろそろその場を離れようとしていた。
彼女の軍人のため暇ではない。
今までの言葉から推測すると、多分彼女はいつもリュオイルの帰りをここで待っていたのだろう。
そして彼が持って帰ってくるものを「土産」と称する。
だがそれは本心じゃないことはリュオイルもよく知っている。
こんな態度を取りながらも、彼女は周りの事をちゃんと考えていてくれている人物だ。



「構わないよ。呼んでおかないと後が大変だろうしね。」

  「そりゃ同感。 
 OK、第二フロア応接間ね。ちゃんと言っておくわ。
 じゃあねリュオ、フェイルちゃん。」



そう言って訓練場に足を運ばせたリティオン。
その動きには何一つ無駄がない。
鍛え込まれた一つ一つの動作は日常の中でも使われている。
残された二人は少し呆然とその姿を見ていた。



「リュオ君、あの人は・・・・」

「あぁ、古獄門守護副隊長リティオン=ストランタ=アーディアだよ。
 戦闘では主に前線区域を担当するほどの腕前。
 ふふ、びっくりしただろ?24歳の、しかも女性が剣豪騎士だから。」



確かに剣豪には見えない。
筋肉が付いていたものの、あの線の細さで剣を振り回しているのだから相当体力が必要と思われる。
カリスマ性を感じられるし、彼女は独特のオーラで包まれている。
冷めたような視線と言い草だが、その一言一言に嘘偽りは無く、
彼女なりに慎重に言葉を選んでいるのも何となくだが分かった。
でもそれ以上にあの若さで副隊長なのは凄い。

でもそれを言えばリュオイルもかなり凄いと思うのだが・・・・。



「うん。でもリュオ君も偉い人なんでしょ?
 カソリアの村で他の騎士の人が隊長って呼んでたし。」

「まあ、ね。
 でも僕は特殊部隊だから、別にどこかの区域を常に護っているわけではないんだ。
 もう一人の、さっき話してたカシオスってのはね・・・・」



見知らぬ相手にここまで話すとは・・・・。
そう思いながらも、リュオイルは嫌な感じもせず、フェイルのペースになってしまった。
無邪気な笑顔につられて自身も知らず知らずのうちに微笑んでいた。






「うむ、使いからの報告書は既に読ませてもらっているぞ。
 ご苦労だったなリュオイルよ・・・・・・・。
 さて、報告書にも書いてあったが強大な力を持つ術者が現れた、とあるがその娘がそうなのか?」

まだ若い、30代前半であろうか。
新しい王、ファル=フィンウェル=ラーバートがその大きな王座に座っていた。
その父であるリーヴァス=フィンウェル=ゼラは王の座を子のファルにたくし、2年目になっている。
じっと見られたフェイルは、どうすれないいいか分からず目が泳ぎっぱなしだ。
元々フェイルは平民。
1人旅をしているのだからそれは分かるだろう。
どう見ても何処かの金持ちのお嬢様が駄々をこねて1人旅に出た、と思えないし、
お世辞にも綺麗とは言えない土で汚れた服を見れば、一目見て誰もが分かるだろう。



「は、我々が駆けつけた時には既に封印の呪文が結せられてました。
 それに、この者の詠唱時間は我が特殊魔法部隊を遥かに越えるものであります。
 そしてその範囲も並大抵の者ではどんなにかけてもたどり着けることは無いでしょう。
 浄化の法術はカソリア村全体を覆いつくしました。
 彼女のすぐ傍にいたのは私です、間違いございません。」

「それは・・・・なるほど。
 見かけによらず強大なその魔力をこの娘の中にあると?
 娘よ、我が領域カソリアの民を助けてくれたこと感謝する。
 してそなたの名は何というのだ?」

「あ・・始めまして王様、私はルマニラス大陸から来ました。
 フェイル=アーテイトといいます。」



難しい言葉や慣れない敬語に酷く緊張していたフェイル。
だから自分に話が回ってくるなんて考えていなかった。
びっくりして暫く硬直していた体を何とか動かし頭を下げる。
控えめに出てきたフェイルの顔には不安の色も入っているようだったので、
リュオイルは小声で「大丈夫。」と声をかける。
それに安心したかのように、フェイルもつられて笑った。
勿論王やその側近にバレないようにだが・・・・。



「ルマニラス・・・・。随分と遠いとこからの来客者だな。
 かの地で有名な国は我が国家とも貿易、情報などで流通している【ヴァルサタ】聖王都。
 そなたはそこの者か?それにしては見慣れぬ容姿であるが。」



その瞬間、フェイルの顔が強張った。
だがその小さな動きもリュオイルは見逃さない。


(フェイル?)

その様子をリュオイルは怪訝そうな表情で見ていた。
強張ったような、そんな表情で俯いている。
訳ありなのか何なのか分からないが、あまり長い話しはさせない方がいいかもしれない。



「あ、えっと・・・聖王都では、ないんですけど。
 その・・・小さい村で・・・。」



あはは。と誤魔化している様に笑うフェイルに、王も何かを感じ取ったが何故かそれ以上は追求しなかった。
どこか納得したように頷くと、他の何かに気付いたのか不思議そうな顔をして再度フェイルを見下ろした。
ここから王座まではゆるい階段が数段ある。
その端久に剣や槍を持った騎士達が勇ましく待機していた。
「厳重」と言う言葉がぴったり合っていると思うのはフェイルだけだろうか。



「村・・・?
 あの大陸は確か幾つもの村があるはずだが。
 すまないな。何か言い難い事があるのだろうが、気づかずに聞いてすまなかった。」

「では王。
 フェイルは客室に暫く滞在させてもよろしいでしょうか?
 今回の件は彼女がいたからこそ被害は最小限に抑えられたと思います。」

「うむ、褒美もまだ渡しておらぬからな、ゆっくりするが良い、
 なにか不自由なことがあればすぐメイド達に言うが良い。
 そなたには大切な客人としていてもらう、ゆっくりくつろいでくれ。」
「・・・はい、ありがとうございます。」






「さっきはありがとうリュオ君。」


第二フロア応接間に足を運んでいる途中、二人は他愛もない会話をしながら歩いていた。
珍しい客人に視線を泳がせるメイドや騎士達。
けれどさっきの謁見が緊張のピークだったのか、今のフェイルは驚くほどケロリとしている。
そのたくましさに少し驚いたリュオイルだったが、彼もまた何事も無かったようにフェイルに接した。
そして今思い出したのかフェイルが話を変える。
あまりにも突発的だったので、鳩が豆鉄砲を食らったような顔でリュオイルは瞬きをした。



「え、何が?」

「王様とお話しているとき、話を途中でやめてくれたでしょ?
 その・・・ちょっとだけ言いにくい事あったから。」



少し影が入った表情で俯いていると、思い出したような顔で「あぁ。」と言った。
確かにあの時彼女はかなり緊張していたし顔も強張っていた。
相手の精神的な事を考えればきっと得策だったに違いない。



「いや、急に王の前で話をするのも緊張すると思うしね。
 それにフェイルの顔に不安の色が見えたからついね。」



何処かおかしそうに口元を押さえて笑っているリュオイルを見てこちらも笑みがこぼれてしまった。
良い人に出会えて良かったなぁ、としみじみ感じるフェイル。
彼と一緒にいるのはもうほんの僅かな時間だろうが、懐かしい人とのふれあいに少しだけ感激した。
でも、彼等と別れる事ばかり考えてしまっている。
その別れの瞬間がちょっと名残惜しい、と今考えているフェイルであった。




「あ、よう!リュオ。」

「随分と長話のようだったんだね。
 お疲れさん、リュオ、フェイルちゃん。」



大分待っていたようで、二人の前に出されていた紅茶はもう空になっていた。
机には難しい資料や、この辺りの地図やら色々とぶちまけられている。
それも彼等の前に均等な数ほど置いてあるので、大方彼等の書類なのだろう。
書類、と言ってもただ目を通してサインすればいいのに何故か皆それを面倒がる。
逆にリュオイルはこういう単調な作業も難なくこなせるので意外にこの書類仕事は好きだ。
特に戦闘が多い日が続いた日には、この簡単な仕事が嬉しいとまで感じる。
大方は「目を通すのが面倒」と言って、書類をめくるだけで終わるだろうが・・・。
それを整理しながら苦笑するリュオイル。



「ちょっと色々とね。
 細かい事は後にして、取りあえず自己紹介からいこうか。」



中途半端に座っていたカシオスも、壁にもたれかかっていたリティオンもそれぞれの席に着いた。
この部屋は恐らく会議室か作戦を練る場所なのだろう。
奥の掲示板にはなにやら難しい事がたくさん書かれている。
キョロキョロと辺りを見回していたフェイルだったが、いつの間にか話しは始まっていた。



「さて、始めまして。
 私の名前はカシオス=ジェイラート=リベル。
 このフィンウェル国家の魔法隊長を務めているんだ。
 常に私の魔法団はここから東にある授霊門の守護を任されている。」

「始めまして・・・ではないわね。
 こんにちは、私はリティオン=ストランタ=アーディアよ。
 まあリュオから聞いているかもしれないけどカシオスと同じく私も門の守護部隊の一人。
 西の古獄門守護副隊長を務める前線対応の騎士団長でもあるわ。」



2人の挨拶が終わると、リュオイルも「ついでだから」と言って、隣に座っているフェイルに向き直った。
今まで見ていた硬い表情は嘘のように消え失せ、そこには歳相応のまだあどけない少年の姿がある。
このフィンウェル意外で誰かと話すのはあまり慣れていないのか、
自然とリュオイルの頬は恥ずかしげに赤らんだ。



「えっと・・・さっきも言ったけど僕はリュオイル=セイフィリス=ウィスト。
 この二人とは入団以来からずっと仲間なんだよ、
 僕は特にどの部類にも属さない部隊なんだ。それに門の守護者でもない。
 でも戦場ではリティオンと同様で最前線に駆り出されるんだよ。」



困った役だよ、と言いながら話を進める。
それぞれの自己紹介をしていく中、疑問を持った2つの目がリュオイルを凝視した。
半分呆れ、半分不審そうで。
その意味が分からないフェイルはこの微妙な空気に首を傾げるだけ。



「あんた、確かに何処にも属さないけどさぁ・・・」

「おいおい、リュオ、お前は特殊部隊の将軍様だろ?
 属さないってのはそういう意味と違うぞ。」

「特殊部隊?」



首を傾げて尋ねるフェイルはまだあまり頭の中で判断できていないようだった。
頭を使うのがあまり得意ではない彼女にとって、難しい話しは眠気を誘う。
出来ればもっと簡単に言ってほしいのだが・・・・・。
そんな願いは届かない、とは分かっていながら彼女は懸命に集中して話を聞いていた。



「うーん、何て言うか。
 これといって大きな任務はまだ出されていないし、前将軍の時もそんなこと全然なかったから
 別に一般兵とそんなに大差ないと思うけど?
 僕と二人を比べたら月とすっぽん並と思うよ。」



天然なのか、はたまた本気で言っているのか・・・。
もし本気であるのならかなりの嫌味だな、とフェイルを除いた二人は心の中で思った
歳は2人の方が上だけれども、地位は明らかにリュオイルの方が高い。
本来ならば敬うべきなのだろうが、2人ともそういった性分ではないので無理だった。
それにリュオイルがそれを嫌う。
きっと「リュオイル様」とでも言えば彼は傷つくだろう。
今までずっと共にいた仲間なのだから、だからこそその変わりようが恐ろしい。
まるで他人のように接しられ、それが当たり前のように毎日が続けばリュオイルは一人ぼっちになってしまう。
だからこそ2人は決してリュオイルに敬語を使わない。
上層から「直せ」とたまに言われる時があるが勿論その場しのぎだけで直してなんかいない。
それほど、3人の絆は深い。



「あ、えっと始めまして。
 ルマニラス大陸からきたフェイル=アーテイトと言います。
 ソディバス村から出てきました。」


どこだそれ。

そう言わんばかりに3人は暫く黙った。
その沈黙の意味を理解していないフェイルは、首を傾げて皆を交互に見ている。



「・・・・ソディバス?なんだいそれ、」

「おかしいな、ルマニラス大陸の地名はこの前全部覚えたはずなんだけど。」

「フェイル、それどこだい?
 謁見の間でも聞いたけどやっぱり分からないよ。」

「あれって・・・・どこの区域だっけ?」



へらっと笑いながら、フェイルは気にした様子もなく笑った。
だがそんな答えと彼女の反応に脱力した3人は、頭を抱えた。
幾らなんでも自分の故郷の事を忘れる人間なんているのだろうか。
それとも、ただ単に彼女が忘れっぽいだけなのだろうか・・・・・?




「それよりも・・・・・」

――――――――バンッ!!!!


リティオンが次の話題をしようとしたがそれは遮られた。
何故なら入り口の扉が思いっきり開かれ、息切れをした兵士が入ってきたからである。
肩で息をした兵士は、倒れそうになりながらも何とか態勢を整えて自分の上司達の方を見る。



「何だ、騒々しい。」

「リュ・・・リュオイル・・様、ゼェゼェ、
 リティオン様、カシオス様、たい・・・大変です!!!」



血相をを抱えて飛び出てきた兵士に、四人ともただならぬ空気を浮かべた。
その顔には緊張の色が出ており、三人とも軍人らしい顔つきで黙って報告を待つ。



「何か緊急事態か?」

「大変です!!!
 魔族が・・・魔族の大群がこの国に攻めてきていると。
 ルマニラス大陸の予知者が、アルビア様の予知能力で見えたと!!緊急の報告です。」

「アルビア様の予知!!?」

「それで、王はどのようにと?」

アルビアとは兵士が言った通りルマニラス大陸の占術者である。
その能力は飛びぬけておるものであり、ここの王さへも人目置いている人物なのだ。
百発百中の占いにかなり金はかかるものの、この国では重要な存在となっている。
大分呼吸も元に戻り正確に話すようになった兵士は早口でそのことを告げた。



「はい。
 リティオン様、リュオイル様は一軍を率いり、前線地区に出撃と。
 カシオス様は第八部隊の後から、魔法団と共にとご命令が下りました!!」

「分かった、すぐ出撃の準備をしよう。
 悪いが君はこの緊急事態を全ての軍に報告してくれ。
 おそらく第四フロア軍議室にほぼ全員いると思う。」

「分かりました!!!」



来たと思ったらすぐに彼はばたばたと忙しく足音を立てながら走り去って行った。
それが彼の仕事なんだろうが、こう見て見ると何だか哀れにも思えてしまう。
人手不足、と言うわけではないが恐らく他の騎士達は既に準備をしているだろう。
彼が大急ぎでUターンした後、リュオイル達も準備をしようとして席を立ち上がる。



「待ってリュオ君!!」



切羽詰ったように叫ぶフェイルにリュオイルも、他の者も振り向く。
椅子から立ち上がり、彼女はリュオイル達の傍に駆け寄った。
その真剣な眼差しに一瞬何もかもを忘れた彼であったが、
何とも言えない複雑な表情をして小さく頭を振る。



「フェイル、君はこの城の中で待っていてくれ。
 話の途中ですまなかったが・・・・」

「私も連れて行って欲しいの!!!」

「・・・・・はい?」



他の二人もリュオイルと同じ表情で、唖然としながらフェイルを見た。
だがその顔は至って真面目で、冗談を言っているようには到底思えない。
でも騎士としての知識を十二分に備え合わせている3人にはその言葉を理解する事が出来ない。
一般人を戦争に借り出すなんて彼等には出来ない。
正当な書類がなければ、最悪な事態がない限り戦場には誰も出れないのがここの規則。



「操魔だったらきっと私の方が詳しい。
 無駄に兵を送るよりは的確だと思うよ。」

「駄目だ!
 たとえそれが操魔だとしても、魔族の傍にずっといられるほどの操魔なら、
 人間だったとしたって・・・もう手遅れだ!!!」



その答えが気に入らなかったのか、フェイルは顔を歪めた。
見ていても痛々しいその表情に一瞬怯んだリュオイルだったが、ここで引くわけにはいかない。
旅の者の戦争参加は一応認められているものの、彼女は戦闘向きでは無さそうに見える。
先に言ったが戦争参加には書類がいる。
前線で戦うにしても、後ろで戦うにしてもそれなりの体力と技術が無ければまず無理だ。
だから城の中で待機してほしい。



「手遅れ・・・・・?
 どうして、どうして決め付けるの?
 そんなのやって見なきゃ分からない!!
 助けられる命まで皆殺しにするなんて間違ってるっ!!!」



フェイルの悲痛な叫びがこの部屋全体に広まった。
彼女の言った事に何も反論出来なくなったリュオイルはぐっと黙りこんでしまう。
何も間違っていない事を言われ、何かを言おうとしても矛盾っぽい言葉しか浮んでこない。
だが、それまであえて口を挟まなかった二人は痺れを切らしたのか、とうとう口を割ってきた。



「気持ちは分かるさ。
 でもフェイルちゃん。私達はそんな相手を浄化して魔族だけ倒す器用な事は出来ないんだよ、」

「だから私が・・・」

「駄目だ!!
 絶対、君に迷惑はかけられない。
 カソリアの村の件でフェイルの力量も分かった。
 だがこれから行く場所は戦場なんだ。生きて帰れるかどうか分からない。」

「・・・じゃあ、じゃあリュオ君達は? 
 無事に帰ってこれるって断言できるの。」

急にフェイルの声の音量が小さくなり、三人は黙ってしまった。
俯いて、泣いている様にも見えるその姿に3人は動揺した。
まさか泣かせてしまったんじゃ・・・。と。
強者揃いのこの軍事国家の騎士の弱点。
それは誰かが泣いている事だ。
戦場に大切な事ばかりを学んでいるのでそれ以外の事ははっきり言って皆無に等しい。
それが若い頃から騎士だったものなら尚更。
歳の近いもの同士で遊んだりする事も滅多にないため、慰める、という動作は彼等には難しいのだ。



「皆死ぬかもしれないのに・・・。
 何もしないで、ただ待つのは嫌。」

「フェイル違うんだ。僕は・・・」

「どうしても連れて行ってくれないなら、私個人で行く!!
 私の取った判断で行動する!!それなら・・・それなら何も文句は無いよね?」



悪戯を思いついたように意地悪な笑みを浮かべて言うフェイルに、3人とも何も言えなかった。
何を言ってるんだこの子は。とでも言いたげな顔をして唖然としている。
それには全く気づいていないフェイルは決心したのか、扉の前まで走り出した。



「じゃあ私先に行くね。リュオ君達も無理しちゃ駄目だよ―――――!!!!」



唖然としながら見ていた3人をよそに、フェイルは風のように走り去って行った。
確かに彼女の言うことも一理あるが、どこか外れているような感覚がする。
そして、我に返った3人は青い顔をしながらそれぞれ叫んだ。



「なっ、なっ・・・フェイル――!?戻って来い!!!!!」

「ちょっと!どうすんだい、誰か使いを出して引き止める?」

「おぉー随分と速い足だ・・・」





一人を除いて・・・・・・・