■天と地の狭間の英雄■        【目覚め】〜盲目の少女〜 馬車で1時間。 私たちはカイリアの村に向かっている。 決して可能性がないわけではないが、それでも彼次第でフェイルが助かるかどうかは決まる。 「ねぇ、アレスト。聞きたい事があるのだけど。」 「なんや?別に何でも構へんで〜」 さっきから馬車の窓の外ばかりを見ていたアレストを私は尋ねた。 彼女たちと出会ってからほんの数日なのだけれど、それでも分かりあえた事があったのだ。 「貴方たちはフェイルに随分執着・・・って言うといい表現じゃないわね。  どうしてフェイルにそこまでこだわるのかしら。確かに仲間だろうけど。」 「フェイルは大切な大切な仲間や。それはどんな事があっても違わへん。  でもうちは、フェイルの事本当の妹みたいに思っとる。  リュオイルは・・・・分かるやろ?」 「ふふ、そうね。」 リュオイルがフェイルに恋愛感情を抱いていることなど一目瞭然。 たとえ、2人の会話を聞いた事がないにしてもあの動揺振りで分かる。 ただリュオイル自身がそれに気づいていなくて、 そして更にはその想いに全くと言っていい程フェイルが気づいていない。 ある意味前途多難の恋だ。 「それにそれ以外でもフェイルには無茶苦茶世話になっとるんよ。  ようさん勇気付けてくれたし、ようさん助けてくれた。  まだまだあるけど、まだ一緒に旅して短いけど、フェイルの事が大切に思えるんや。  それが理由やけど納得してくれたかいな?」 「ええ、十分よ。  アレストが言っている事に嘘偽りは感じられないもの。  ・・・フェイルは、随分、愛されているわね。」 「そりゃぁもう!!フェイルは良い子やから色んな人に好かれとる。」 今まで出会った人から、老若男女関係なく好かれているのだ。 そのせいでリュオイルがヤキモキしているのでもある。 そしてたま〜にだが、もう一人の彼が降臨するのだが・・・。 それはそれで第三者の目から見ると結構面白い。 「じゃあ、何としてでもフェイルを治さなくちゃね。  ・・・・・・あ、あそこがカイリアよ。」 「どれどれー?」 身を乗り出して窓から出して前方を見ると、そこにはマッフェルが言っていた森に囲まれた村があった。 こじんまりとしてはいるが生命力みなぎる、豊かな村に見える。 「さ、準備しましょ。今日で終われるかしら。」 「・・・そういやリュオイルはいつ頃来るん?」 場所は変わってリビルソルト共和国の城内。 謁見の間。 赤い絨毯の上には埃1つさえ落ちていない。 珍しい訪問者に、王座の周りに整列している兵士達はこっそりと話しこんでいた。 「お忙しい中、時間をお掛けして申し訳ございません。」 恐縮に膝をつくリュオイルに、王は気にした様子なく話しを始める。 「そこまでせんで良いぞ、フィンウェルの騎士よ。  ラーバートやゼラ達からもお前のことは良く耳にする。話しによれば凄腕の槍使いとか。」 「いえ、滅相もございません。私など、まだまだ未熟でして・・・。」 あの時の光景が思い出される。 何も出来なかった。 もっと力があればフェイルを守れた。 「はっはっは。  やはり我々とフィンウェルではフィンウェルの方が礼儀がなっているかもしれないな。」 可笑しそうに笑う王につれ、護衛についている人物も、更に大臣までもがまた笑っている。 フィンウェル出身のリュオイルには、彼等の反応がおかしいとさえ思う。 母国は、いささか真面目すぎるのであろうか。 いや、それでも王を目の前にして隠さず笑っているのはすごいと思う。 「こほん。  ・・・所で、アンディオンの娘たちとは別行動のようだな。」 「はい。  仲間の一人が感染症にかかってしまい、カイリアの村へ薬草の提供の交渉をしに伺っております。」 「そうか、そなた達も災難であったな。」 「・・・いえ。」 「それでは本題に入ろう。まずビートの・・・・」 アレスト達が発ってから少ししてから謁見が始まった。 その大変さを知らせるために、マッフェルもリュオイルの傍らで待機をして事の重大さを的確に述べていた。 その頃のアレスト達はというと・・・・・・ 「・・・・すんごい木やなぁ。」 アレストは呆然と立ちすくんでいた。 初めて見る樹木。 初めて吸う空気。 何もかもが新鮮だった。 「さ、アレスト、これからが本番なんだから。気を引き締めてちょうだい。」 リーズに注意をされすぐさまいつもの表情に戻る。 ・・・・といってもアレストの表情は大して変わらないが。 「ご苦労様。電報が届いていたはずだと思うけど・・・」 「はっ、数時間前に届きました。」 「で、どうかしら?何か進展はあった?」 少し進んだ所に行くと、年若い青年兵が二人並んで村の中央に立っていた。 フィンウェルと比べると彼等はずっと笑っている。微笑みが絶えない。 フィンウェルの兵は、どんな場所であろうとも滅多に笑う事はない。 それが不思議でアレストはまじまじとその光景を見つめていた。 「それが、申し訳ありません。何度か訪問をしてはいるのですがやはり・・・。」 「そう、ありがとう。  アレスト行きましょう。バンクレイタ邸はここから真北にあるあの小高い場所よ。」 兵の返答に気分を害す事もなく、リーズは少しだけ困ったような顔をしてアレストに向き直った。 話には聞いていたが、かなりの堅物らしい。その家の主は。 黙々とリーズの後ろを歩いていくと、バンクレイタ邸らしき家がひょっこりと現れる。 その場所は他の家とは少し違った。 家の作りはたいして変わらないのだが、周りにある樹木が違う。 他のと比べても、明らかに大きさが違う。 他の家よりも頑丈そうな扉がアレストの前に立ちはだかった。 それに戸惑うことなく、リーズはその大きな扉を叩く。 トントン。 「ごめんください。バンクレイタさん。」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「留守か?」 「留守は留守でも居留守よ。根強く言わないと完全に無視。」 ドンドンと叩いて、そして声の大きさもさっきよりも全然違う声で。 「ごめんください!!バンクレイタさん!!・・・・・・・・・えぇいっ、シリウスさん!!!」 ついに出た。 リーズの本性。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「す、すいません!!うちの仲間が感染症にかかって、・・・薬草を分けて貰えへんやろか!!!」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「バンクレイタさん!!バンクレイタさん!!緊急なんですよっ!!  お願いです、話だけでも・・・・・・」 どんなに大声を出しても、戸を叩いても、うんともすんとも言ってこない。 それでもリーズは懸命に声を発する。 その繰り返しで、なんだか情けなく感じてきたリーズの声は少しずつ小さくなっていた。 こうなる確率が高いと分かってはいたが、実際目の当たりにすると予想以上に落ち込んでしまう。 「バンクレイタさん、シリウスさん!!」 「・・・・・・・・・。」 痺れを切らしたアレストはリーズの前に出てきた。 それに驚く彼女はアレストを凝視している。 「ア、アレスト?」 「リーズ、ここのフルネーム教えて。」 「え?シリウス=バンクレイタ=デュオン、だけど。」 「んじゃあ、ちょいと耳塞いでくれへんか?」 リーズは?を飛ばしてアレストを見る。 それに気づくこともなく、アレストは思いっきり息を吸った。 「シリウス=バンクレイタ=デュオン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」 「!!?」 「薬草を分けるか分けへんかはまだ別として無視すんなやーーーーーーーーーー!!!!!」 あまりの予想外の出来事にリーズもポカンとしている。 近所迷惑な事この上ないのだがアレストは切れていて完全に我を失っている。 「どんくらい共和国がここに使いを送ってるかは知らへんけどっ  うちにとっても、リュオイルにとっても失いたくないんや!!!!!!!!!!」 大切な、まだまだ未来がある子供。 今までどれだけ支えられたか分からない。 あんなに優しくて あんなに素直で あんなに傷ついて 「大切な仲間なんや!  迷惑かけんのはほんまに悪いと思っとる!!  けどなぁ、うちは後悔したくないんや。ただ助けたいだけなんや!!!」 「アレスト。」 「お願いしますっ!!葉っぱ一枚だけでもかまへん。  仲間を・・・・フェイルを助けてや!!!!」 悲痛な叫びがカイリアの村全体を木霊した。 ただ見守ることしか出来ないリーズはグッと唇を噛んだ。 城に仕えていても 階級があっても 私には出来ないことの方が多い。 「おねが・・・・」 ギィィィイイイイ 固く閉ざされていた扉が開いた。 そこには不機嫌そうな一人の青年が立っている。 「あ・・・・」 「煩い。近所迷惑なのが分からんのか。」 不機嫌そうな青年は抑揚の効いた声でしゃべる。 独特の銀髪はきちんとまとめていない為少し乱れていた。 「シリウスさん・・・・」 「また貴様等か。お前等に分けれるほどここには薬草はない。  分かったなら帰れ。目障りだ。」 「ひ、一つくらいはあるんやろ!?  頼む、フェイルを助けてやってくれ!!」 「フェイル?・・・知らんな。お前等他人ごときに分けられる薬草はもう無い。  第一、お前の後ろにいる奴等が勝手に許可無く薬草を持ち帰っただろう?  誰が好き好んでそんな奴等に分けなくちゃなんねえんだよ。」 冷たい視線と棘の含む声で、兵も、更にはリーズまでもが怯んだ。 だがアレストは全く怯む様子が無い。それどころか話を無視して逆ギレしている。 こんなところで負けるわけにはいかない。 たった一つの命でも、失いたくないから。 「そんなん知らんわ!!  うちはここに来たの初めてやしそれに・・・。  人の命がかかってるのにそんな事言ってられへんねん!!」 「・・・・」 失いたくないものがある。 それは、誰もが思っていることではないのか? 「お願いや。  あの子を、フェイルを助けて。」 その瞬間ぴくっ、とシリウスの眉が動いた。 少し驚いたような、困惑した様子が見られる。 「・・・・・あの子?」 「シリウスさん、事を急いでいるの。  早くしないとあと3〜4日で死んでしまう。」 「おい、あの子って・・・」 「へ・・・?」 アレストを押しのけてリーズが変わりに答えた。 そう、私は忘れていたのだ。 彼は本当は妹思いの優しい人だと言う事を。 「フェイルはミラさんより2つ年下のまだ幼い少女です。  この大陸に来てビート邸で魔族と戦闘したとき大量出血。  そして弱体したせいで感染症にかかったんです。  死期が早いのも出血の量が多かったから・・・・」 一瞬迷ったような顔をしたシリウスは、大きく舌打ちすると彼女達を睨みつける。 また罵声でも浴びせられるのかと思ったアレストは、ギュッと目を瞑って彼の言葉を待った。 「・・・さっさと見せろ。」 「へ?」 「さっさと見せろって言ってるんだ。  もっとも、死んでも良いなら別だがな。」 思いもよらない言葉に、アレストは開いた口が塞がらない。 見かねたリーズはすぐに傍にいた兵に命令をした。 「すぐさまフェイルを連れてきなさい。」 「はっ!了解しました。」 「さっさと来い。そこの変な言葉の女だけでな。」 「変な言葉って・・・」 そう言い終えるとシリウスは奥の方へ行ってしまった。 それを追うようにアレストも続く。 「ほ、ほんじゃあリーズ。」 「ええ、フェイルを宜しくね。」 手を振ってアレストの姿を見送る。 それと入れ違いにフェイルも家の方に運ばれた。 さっきまで厳しい顔つきだったリーズも、今は微笑んでいる。 彼の、本当の心を知っているから今回は何とかする事が出来た。 「・・・大丈夫。彼は・・・とても優しい人なのだから。」 「うんわぁ・・・すっごい植物。」 フェイルを指定された場所まで送ってくれた兵はすぐさま退散した。 アレストはぐるっと辺りを見回すと思わず溜息が出てしまった。 今まで見たこともない薬草や植物がこの部屋を埋め尽くしている。 だがあの薬草のきつい臭いは全くせず、それどころか落ち着く匂いがこの部屋に充満しているように思えた。 (・・・・これは、ハーブやろか?) 小さな白い花がポツンと咲いているものを除きこんだ。 甘い香りがする。 こんないい環境で住んでいるなんて夢にも思わなかったアレストは暫く呆けていた。 シリウスはというと「待っていろ」と言ったきり中々戻ってこない。 「・・・・・」 仕方無しにソファーに座ってフェイルの寝顔を見る。 相変わらずその瞼は固く閉ざされたままで何の反応も見せない。 でも、こんなにも温かい。 まだ生きているのだ。 「・・・・大丈夫やで。  早く起きぃよ。また一緒に旅できるんやから。」 一週間以上も声を聞いていない。 草原のように強い緑色の瞳を見ていない。 明るい、人懐っこい笑みも見ていない。 「やっぱ、うちもあんたおらんと寂しいわ。」 思っていた以上にまいっていた。 それはリュオイルと比べたら負けてしまうが、心中にぽっかりと穴が開いたような感覚なのだ。 おかしいな、と思う。 まだ会って間もないのに、自然とフェイルのペースに流されている。 それを苦に思ったことはないし、心地良いとさえ感じることもある。 カタン。 「・・・?」 階段の方で音がした。 不思議に思って見て見るとそこにはシリウスと、そして盲目・成長停止と聞かされた少女がいた。 背の低い少女の手を取り、ゆっくり歩行している。 その仕草はまるで壊れものを扱うかのように繊細で優しい。 「ありがとう、お兄ちゃん。」 「いや。・・・それは俺が持つ。」 「大丈夫だよ?それより早く。」 さっきまで見ていたシリウスとは全くの別人だ。 表情が乏しいのだが、明らかに穏やかな顔をしている。 階段を下り終わった少女がアレストの前に立つ。 「初めましてお姉さん。私はミラ=バンクレイタ=ジーアスって言います。」 目が見えていない筈なのにアレストの目をしっかり捕らえるようにして見ている。 驚いていたアレストだったが、すぐに挨拶をした。 確かに性格は似ていないのだが、兄と同じ独特の長い銀髪をゆるく結わっている。 兄のように深いアメジストの色ではないが、それが少し薄くなった薄紫の瞳は神秘的にも思える。 「あ、初めまして。  うちはアレスト=ウィン=ラスターって言うんや。・・・今日は迷惑かけてごめんな。」 「ううん。お兄ちゃんがもうちょっと真面目に接してくれればいいんだけど。」 「ミラ、俺はいつでも真面目だ。」 ミラの言葉に何か不自然な事を感じたシリウスが途中で割り込んでくる。 くすくすと笑っているミラはその後すぐに真面目な顔になってシリウスの持っていた鉢植えの中から 最も濃い数枚の葉をもぎ取った。 ・・・・・・苦そうやなぁ。 「えっと、フェイルちゃんだよね。」 「え、ああそうや。・・・それは?」 「これが思環草だ。」 緑色ではなく明らかに青が勝っている薬草。 初めて見るのでアレストも食い入るように見ている。 部屋の薬草の中に混じっていたのか、ともう一度ぐるりと辺りを見回すと 大量に、とまでは言い切れないが、それなりの量の思環草が植えられていた。 「これを煎じて飲ませれば良いの。  大体2〜3時間後に目を覚ますと思うから。」 「あ、ありがとう!ほんまにおおきに!!!」 涙ぐんでミラの手を握るアレストに、ミラはニコニコと笑っているた。 もしかしなくてもフェイルと波長の合う人物かもしれない。 「・・・・・」 その様子をシリウスは表情の無い顔でただ見ていた。 そしてフェイル、という少女の方を見ると近寄って脈を測る。 「顔色が悪い。体も冷たい。少し呼吸が浅い。  ・・・魔族と戦ったとあの女が言ってたがそれは本当か?」 「そうや、この子は命がけでうちらを守ってくれたんや。」 「複数?お前の他にまだ仲間がいるのか。」 シリウスとアレストが話している間、ミラはせっせと薬草を煎じている。 煎じながら、二人の会話を聞いてもいた。 怪訝そうな顔をして尋ねてくるシリウスに、アレストは細かく説明を始める。 「リュオイルっちゅうフィンウェルの将軍がおるんよ。」 「フィンウェルか。騎士の癖にざまぁねえな。」 「リュオイルの事悪ぅ言わんといてや。  あいつもあいつで必死やったんさかい。  ・・・・というかその部分の記憶は曖昧だったような気もするんやけど。」 そういえば覚えてたんかな? あの時の事。 うちを庇ってくれたことも 本当に覚えてるんやろか? 「なんにせよ、子供一人守れない奴が騎士だなんて恥だな。」 「それをフェイルの前では言わんといてよ。  絶対怒るし、それにフェイルがまた自分のせいだって言って落ち込む。」 それは間違いのない事。 誰よりも優しくて誰よりも傷つきやすいフェイルの事なのだから そんな事を言われれば、まるで自分の事のように思い時には泣いてしまうだろう。 「お兄ちゃん。出来たよ?早く飲ませてあげて。」 ミラの声に瞬時に反応し、アレストから視線を背ける。 粉末の入った容器を手渡した後、ミラはおぼつかない足でアレストの傍までやってきた。 「お姉ちゃん。」 「ん?何や?」 アレストより頭一個半ほど小さいミラなので、上目遣いの形で見上げる事となる。 ちょっと苦しそうだ。 「お兄ちゃんの事嫌いにならないで。  あんな風にそっけないけど本当はとっても優しいの。」 幼い声で一生懸命言葉を紡ぐ。 本当は17歳ほどの歳なのだが、それは成長停止のせいで阻まれている。 「だから、嫌いにならないであげて。」 わざとお兄ちゃんは人を避けるの。 本当は優しいのに、不器用だから。 私が病にかかったから。 「・・・・・勿論。嫌いになんてならへんで?」 見えていないはずなのに、お姉ちゃんの表情が何となく分かる。 ヒマワリみたいに明るく笑ってるのが分かる。 「口は悪いけど、ほんまは心優しいミラの兄ちゃんやもんな。」 一言で言うなら不器用。 だが表と裏のギャップが確かある。 確かにあの様子では無愛想なイメージが第一印象として頭の中に貼り付けられるだろう。 「おい、いつまで話してる。・・・ミラ、終わったぞ。」 (あぁ、何かリュオイルとフェイル見てるみたいや。) 嬉しいんだか悲しいんだか。 複雑な感情に襲われるアレストであった。 「うん。これ片付けてくるね。」 そそくさとリビングから姿を消すミラ。 小柄なのでいちいちその動作が気になる。 こけないかと、滑らないかと。 「そういやさ、シリウス。」 「なんだ。」 「何でフェイルを助けてくれたん?  ・・・あ、いや、助けてくれたのは感謝しとるで、ほんまに。」 ジト目で睨まれた気がしたので、ついアレストは弁解してしまった。 それに気にした様子もなく、シリウスはただ黙りこくる。 「・・・・・・」 「・・・・無言じゃ分からんやろが。」 「・・・別に。ただ、気まぐれだ。」 そう言い切ると、そっぽを向いてしまった。 ただ沈黙が流れているだけなのだが、アレストは可笑しそうにしている。 「・・・何だ。」 「いんにゃ、シリウスは噂に聞いていたよりも全然優しい奴なんやなぁって。」 優しい、という言葉に不機嫌そうな顔をする。 「馬鹿げた事を。」と言わんばかりにアレストを睨みつけた。 どうやらそういう台詞を言われると機嫌が悪くなるらしい。 「俺の何処が優しいんだ。お前頭いかれてんじゃないのか。」 「失礼な!!  あんたさぁ、もしかしなくてもフェイルとミラちゃんが重なったとちゃうん?」 「・・・・」 押し黙るシリウス。 アレストの言った事は図星みたいだ。 「だから・・・・」 「アレスト!!!!!」 突然扉が開いた。 シリウスは顔を歪めてそちらを見る。 どこの恥知らずだこいつは・・・と。 「リュ、リュオイル。随分早かったみたいやな。」 「フェイルは「フェイルは無事か!?」 酷い慌てようでアレストの傍まで近づく。 アレストは呆れたようにみていた。 「そこにいるやろ?  無事や。薬草もさっきミラが調合してくれたで。」 「そ、そうか・・・」 ほっと胸を撫で下ろすと、物言いたげなシリウスの前に来た。 「勝手に家内に入ってすまない。  あと、フェイルを助けてくれてありがとう。」 深々と頭を下げるリュオイル。 シリウスは相変わらず怪訝そうな目で不法侵入者を睨んでいる。 彼がリュオイルを疑うのも無理はないだろう。 今まで散々王都の方から使者を出されてここに来られたのだから。 「あ〜・・・シリウス、それがリュオイル。」 「それ言うな。」 「あれ?新しい人がいるね。」 丁度片づけが終わったミラが台所から出てきた。 目が見えなくなった分、集中力が増して気配だけで誰なのかが分かるらしい。 「君は?」 「シリウスお兄ちゃんの妹のミラです。」 「初めまして。リュオイルです。」 お互に深々と頭を下げる。 見ているこっちは面白い。 「それで、フェイルはいつ頃・・・」 「フェイルちゃんはもうすぐ目を覚ますと思うよ?でも・・・」 「体調管理がしっかり出来ていない。  まず数日は安静にしておくべきだな。」 ミラの言葉を遮ってシリウスが介入して来た。 心なしかその視線は冷たかった。 「体温も低い、顔色も悪い、呼吸も浅い。  最悪な条件付だ。・・・いったいどうやったらこんな状態になるんだろうな。」 その言葉にグッと押し黙った。 正当すぎる言葉が。胸に突き刺さる。 アレストは心配そうに交互に両方を見る。 「・・・あぁ。全て僕の失態だ。認めてる。」 「リュオイル!?あれはあんたのせいや無いって!」 「いいんだアレスト。騎士って言っても名ばかりのただの子供。  人一人守れないんじゃ、騎士の資格なんて・・・無いよ。」 「リュオイル・・・。」 俯き加減のリュオイルだったが、ぱっと顔を上げてシリウスを見る。 揺るぎない瞳で真っ直ぐと。 「だから誓った。  僕は絶対にフェイルを守る。  たとえこの命が枯れ果てたとしても、何に変えても。」 何が何でも守りぬくと誓った。 それは家族に対するものではなく ましてや王に対する忠誠でも何でもない。 「リュオイル・・・。」 「だから、ありがとう。フェイルを救ってくれて。」 少しだけ微笑んだ。 きっと、いや、絶対に心のそこから感謝している。 「・・・・別に。」 「大丈夫だよ。フェイルちゃん、すぐに目を覚ますから。」 ミラが微笑む。 その笑顔がフェイルに似ているた。 錯覚しそうで、怖い。 フェイルじゃないのに、間違えてしまいそうな自分が怖い。 「そうだね。君の、言う通りだ。」 「そうやで!フェイルはこんな事で死ぬわけありゃせん!!  それにまだまだうちらーの旅は終わらへんでな!!!」 片腕をリュオイルの首に回して「しっかりせんか」と言うアレストに 苦しかったけど、元気を貰えた気がした。 「・・・・・ぅ・・・・」 「フェイル!?」 「・・・あ、れ?ここは?」 「フェイル!良かった。気ぃついたんやな!」 「アレスト?あ、リュオ君。おはよ〜。」 まだ視界が定まっておらず、いつものようにぼんやりとした口調で言葉を返す。 真っ先に動いたのは以外にもアレスト。 上半身を起こしたフェイルをしっかりと抱きとめ、泣いていた。 「ア・・・レスト?どうしたの!?どこか痛いの?」 「ほんまに、ほんまに心配したんやで!!この馬鹿フェイル!!!」 「ば、馬鹿・・・。あはは、ちょっと傷つく〜。」 「・・・ほんま、あんた見てるとこっちが脱力するわ。もう何処も痛ないか?」 「うん・・・・ごめんね。アレスト、リュオ君。」 明るい声は何処へやら。 ションボリと首を項垂れると、本当に反省した様子で謝った。 そんな光景が懐かしく思え、またアレストは涙ぐんでしまう。 そんなアレストにぎょっとしたフェイルは、慌てて明るい笑顔を見せた。 「アレスト。私大丈夫だよ。ほらっ!!」 ぐるぐると腕を回して元気な事をアピールする。 だがいつまでもそんな事をさせるわけでもなく、 途中から割り込んでシリウスが、ばたつかせている腕をやんわりと拘束する。 見た目に反してその手に力はほとんど入っていない。 「病み上がりがそんな事をして大丈夫なわけないだろう。  ・・・フェイル、だったか、もう少し自己管理をしっかりしろ。」 頭上から低い声が聞こえ、驚いた様子でシリウスの方を見る。 だがすぐにキョトン、とした様子で首を傾げる。 「・・・誰ですか?そういえば、ここ何処?」 今更だが今フェイルは自分の状況が分かっていない。 その前に何故眠っていたのかも分からないようだ。 「フェ、フェイル・・・本当に覚えてないのか。(僕も記憶が曖昧なんだけどね)」 「うん。何か頭がふらふらするというか、  体が冷たいというか寒いというか・・・・・なんだろうね〜。」 あはははは。と陽気に笑う彼女に2人は脱力した。 自覚がないというのはとても怖い。 そう、怖いのだ。 「ミラ、こいつ等頼む。俺は調理場いってくるからな。」 「うん。分かったよ、お兄ちゃん。」 特に戸惑った様子もなく、ミラはシリウスの言った事に察しがついたようで 深く追求はしなかった。 それよりも今はここに残っている三人の会話がとても楽しい。 暖かくて、聞いているだけのこっちもワクワクさせてくれる。 「えぇぇぇええ!!  私またドジ踏んじゃった!?ごめんねごめんね!!!!」 ひたすら謝り通しているフェイルは今にも泣きそうで、慌てて慰めようとするアレストとリュオイルが 一日中見られたそうだ。 「お前等・・・静かにしろ。」 ただ一名には迷惑がかかったが・・・。