憎しみ合う心は地の果てに 果てしなき貪欲の心は海の底へ ■天と地の狭間の英雄■        【新たなる敵】〜怒りの果てに〜 恐怖の声色が静かな森の中で響き渡った。 酷い耳鳴りがする。 酷い吐き気がする。 大切なものは目の前にあるのに それでも、見えないという恐怖が勝っていて 「何なんだ!?今の音は・・・」 誰よりも早く外の様子を窓から覗いたリュオイルは声を失うほど驚いた。 少し遅れてシリウスがリュオイルを押しのけて外を見る。 そこには信じられない光景があった。 その悲惨さに目を細めたリュオイルは知らず知らず下唇を噛んだ。 「・・・奴等か・・・・」 静かな瞳に怒りの色が混ざってきた。 それも強い、決して制止の効かない怒り。 「あれは・・・魔族!?」 「何やて!!?」 慌ててアレストもフェイルも、今度は玄関の方へ出て行った。 そこには熱くて真っ赤な風景が発ちこめている。 「大変!このままだと森が全焼しちゃうよ。」 「森?アレストさん、一体外は・・・」 扉に近づこうとするミラを急いで止めて中に非難させる。 「あかんミラちゃん。大人しくここで待っててや。」 不思議そうに首を傾げるミラに、説明をしている暇も無いほど慌てているアレストはシリウスを呼ぶ。 彼女を説得できるのは彼だけだ。 今ミラにこの悲惨な空気に気付かれればどうなるか分かったもんじゃない。 見た目は元気だが彼女はどんなに時が流れても病人には間違いない。 失明や成長停止だけではなく、もしかすれば他にも新たな病が襲いかかってくるかもしれないのだ。 「シリウス!あんたここでミラちゃんを守っとき!!」 「お前が守っていろ。俺は・・・」 「何言ってるんや!あんたがおらなミラちゃん不安がるやろうがっ!!!」 アレストとシリウスが口論している間フェイルは完全に無視して、リュオイルと共に外に出ていた。 それに少し圧倒されたシリウス。 彼等が出ていくのを呆然と見ていた。 「フェイル、あまり無茶しちゃ駄目だからね。」 「分かってる。それよりもリュオ君。」 「あぁ。」 初めて感じる気配。 魔族たちの、無駄の無い動き。 「これは・・・・」 「初めまして、我が宿敵。」 女性にしては低めの声が後ろから聞こえた。 気配を感じ取れなかった二人は息を呑み振り返った。 恐ろしく静かな気配にリュオイルは嫌な汗が伝っているのに気付いた。 「フェイル=アーテイト。リュオイル=セイフィリス=ウィスト。  間違いがあったら訂正をお願いするわ。」 抑揚の効いた声が張り詰めた空気に響く。 赤味を帯びた金の髪は肩までザンバラに伸ばしてある。 二人を見抜いている紅蓮の瞳、強い眼差しは相手の動きを止めるほど静寂だ。 だがその静かな瞳は何も映していない。 感情が乏しい、と言えば簡単だが、彼女からはもっと別の何かが感じられる。 「私の名はジャスティ=ハーバレット=ファイ。  貴方たちの邪魔立てをしているラクトやソピア、ロマイラ達の指揮官を務めているわ。」 威圧された二人は声を発する事も出来ず構えているだけだ。 余裕たっぷりに話す彼女から迂闊に目が離せない2人はジッとしている。 下手に動けばどんな攻撃が来るか分かったもんじゃないのだ。 ジャスティ、と名乗った女性は辺りを見回して二人を見る。 「今回は挨拶代わりに来ただけなんだけど、そうもいかない様になったわね。」 呟くように言うと、リュオイルがはっと辺りを見た。 ジャスティの視線は明らかに違う方を向いている。 思い当たる人物と言えば2人しかいないのだが、この気配は紛れもないあいつだ。 その視線の先には思いがけない人物がそこにいた。 「シリウス君?」 大剣を持ち、怒り狂った瞳でジャスティを見据える。 だがジャスティは動じる事も無く、無表情のままでシリウスに視線を向けた。 そして何か思い出したようにして薄く笑う。 含みのある笑みは怒りを持つ彼を逆撫でするようにも思える。 いや、これは挑発なのだろうか。 どちらにしてもこのままシリウスを放っておけば村が焼かれる前に彼が破壊しかねない。 「・・・あぁ、確か、失明した妹の兄だったかしら?  何か用でもあるの?  今日は私個人で動いているわけではないからそろそろお暇しようと思っているのだけれど。」 つまらなさそうな表情で、余裕を見せ付けている姿は怒りに瀕したシリウスには逆効果。 それでも、その怒りを爆発せぬように抑えながらいるシリウスには感心を覚える。 初めて見る怒りのシリウス。 それは、あの優しい兄の顔は消え去りただ烈火の如く怒り狂っていた。 「・・・貴様、この村に何をしに来た。」 「そうね、単刀直入に言えばフェイル=アーテイトの様子を見に、ね。  この間ロマイラが好き放題してくれたおかげでこっちも困っているのよ。」 「戯言を!!!」 勢いで剣を振り下ろすと、そこにいたはずのジャスティが消えた。 急いで周りを見るが気配は感じられても姿は見えない。 それがシリウスの苛立ちを更に強める。 憎い相手だから今ここで首を切り落としたい衝動に駆られているのに、これはあまりにも屈辱だ。 「何処だ!!正々堂々と勝負をしろ!!」 空を仰いで大声を上げると少し間が開いてから声が聞こえた。 勢いよく振り返ると、そこには忌々しい女の姿があった。 ギッと睨むが彼女には全く通用しない。 「指揮官でも、舐めてもらっては困るわね。」 また消えた。 背後に現れた気配。 だが体が思うように動かず、 ジャスティが手に収めていた紋様の入った剣を振り下ろすと同時にフェイルが動いた。 「危ない!!!」 シリウスをドンッ!!と突き飛ばし、杖でその剣を止める。 そしてすかさず魔法の詠唱も唱える。 その行動に驚いた表情をしたジャスティは、一瞬動きを止める。 そこが最大の隙。 逃すわけにはいかない。 「アイシクル!!!」 ジャスティの前後に氷柱が降り注ぐ。 素早く後ろに引いたものの、肩に掠ったようで赤い鮮血が流れ出していた。 それに手を当て舌打ちする彼女は、少しだけ眉をひそめるとその攻撃をしたフェイルを見た。 「・・・・油断したわね。」 今まで表情が無かった整った顔が歪んだ。 剣を懐にしまい、大きく地を蹴ると指笛で鳥類に似た魔物を呼び寄せ背に乗る。 ブワッと風が吹く。 全長3メートルを優に超すそれに乗ったジャスティは、含んだような笑みで彼等を見下ろした。 「思った以上に元気そうね。フェイル。」 口元を少し緩めながら手下であろう、魔物をどんどん呼び寄せる。 空中にいる敵にシリウスはどうする事も出来ず、唇を強く噛んだ。 目の前にいるのに。 手の届く範囲にいるのに。 それなのに 復讐することすら、出来ない。 「それじゃあね。  死にたくないのなら頑張ってこの火を消して頂戴。」 「待て!!!」 シリウスの声も虚しく、転移呪文を唱えたジャスティと魔物は消え去った。 残ったのは延々と燃える森と家、そして亡骸となったこの村の住人。 人数こそ少ないが、それでもまた、奪われたのだ。 「くそっ!」 あいつらに 傷一つ付ける事も出来なかった。 怒りに身を任せたシリウスは地を殴った。 何度も何度もガンガンと殴っているうちにその拳は真っ赤に染まっていた。 「お前・・・」 リュオイルも幾らか心配そうな目でシリウスを見る。 フェイルは一度視線を向けたものの、何か呪文を唱えはじめた。 『 烈火に身を任せた温熱の塊根よ               冷水の如く水精霊により浄化したまえ 』   サアサアと降り始めた冷たい雨は燃える物をどんどん消火していく。 だが、どんなに火が消えてもシリウスの心は冷める事が無かった。 ただ悔しさと、後悔の念が彼を支配する。 あの子の苦しみが、また続く。 「おのれっ――――――――――!!!!!」