いつから僕らは 立ち止まるべき場所にたどり着き もぎ取られた羽の癒える時を ただ沈黙のままで待ち続けるのだろうか ■天と地の狭間の英雄■        【迷いと共に生まれるもの】〜沈殿〜 魔族「ジャスティ」が去った後のカイリアは悲惨なものだった。 森は焼け果て、少なからずも死者が出た。負傷者も出た。 この傷は癒える事なく次の世代にも語られるだろう。 「フェイル。腕見せて。」 優しく問うリュオイルにフェイルは素直に腕を出した。 シリウスを突き飛ばし、剣を受け止めた衝撃とその破動で数箇所掠り傷が出来ていた。 頭を項垂れて気落ちしている。 「・・・ごめんなさい。」 「随分と今日は素直だね、どうしたんだい?」 いつもなら話をそらそうとするのに今回はやけに素直だ。 本当に心配するとフェイルはまた謝りだした。 「ごめんなさい。絶対とは言えないけど無理をしないように善処する。」 「ああ、そうしてくれ。そうしないと僕の命が幾つあっても足りないからね。」 頭を優しく撫でながらテキパキと治療をするとフェイルも少し笑った。 前科があったから本当に悪いと思っていたのだろう。 「よし、これで大丈夫。傷が小さいからといって無理はしないように。」 「うん。ありがとう、リュオ君。」 右腕に巻きつけられた包帯をじっと見た後、ぐるぐると回して異常が無いか確認。 一応左右共々回してみたが大した怪我ではなさそうだ。 ちなみに腕を振り回したフェイルは、その後リュオイルに怒られたのは言うまでも無い。 「あ、シリウス君は大丈夫?」 ひょいっとシリウスの顔を覗くと、さっきまであんなに殺気立っていた雰囲気は消え、 穏やか、とは言えないが普段の無表情に戻っている。 「あぁ。すまなかったな。」 それだけ言い残すと自宅の方へ戻っていく。 平然としているように見えるが、精神的にきっと参っている。 不安そうな顔を浮かべながらも、フェイルとリュオイルは村の中央広場まで足を運んだ。 「あ、お兄ちゃん。お兄ちゃん、怪我は?大丈夫?一体何が・・・」 「シリウス、あんた何無茶やってるんや。フェイルがいなかったらあんた死んでたで。」 「死」という言葉に酷く反応して、ミラは力無くよろよろとした歩きで、たった一人の兄にすがり付いた。 その姿は儚く、今にも崩れ落ちそうなほど頼りない。 「お兄ちゃん・・・」 「大丈夫。俺は、怪我ひとつしていない。  それよりもミラ、お前は無事か?・・・あとお前も。」 明らかについでという感じでアレストを見る。 少々不服そうな顔をしながらもアレストは頷く。 「私は平気。アレストお姉ちゃんがずっと傍にいてくれたから・・・」 「そうか・・・」 目を伏せ、暫くシリウスは黙り込んだ。 表情が分からないミラは戸惑うばかりで如何する事も出来ない。 それを見たアレストはすかさず質問をぶつける。 「ほんまに大丈夫かいな?無理はしたらあかへんで。  ・・・・そういえばフェイルとリュオイルは?」 キョロキョロと窓から外を見るがこの辺りには二人はいなさそうだ。 不思議に思ったアレストだったが、急に態度を変えてシリウスに掴みがかった。 「フェイルは!?あの子は無事なんか!!  魔族が来たっちゅうことは、あの子は・・・」 「・・・?あいつなら、あの騎士と一緒に村の中央まで行った。  それよりもあいつがどうかしたのか?」 そういえばあの女もあいつの事を何か言っていたような・・・。 「・・・あんた等にはまだ言って無かったもんな。  うち等はな、魔族を倒すために旅をしてるんや。  二ヶ月そこら前にフィンウェルに魔族襲撃あったのは知ってるやろ?」 急に真剣な顔つきになったアレストに、多少驚いたものの、事の重大さが伝わったので シリウスも真剣な面持ちで対面する。 流石にこういう状況でアレストはヘラヘラと笑ったりはしない。 職業柄の、澄んで真っ直ぐな瞳をシリウスにぶつける。 「あぁ。だが随分と短期間で追い払えたらしいな。  確かにフィンウェルは騎士、魔法、それぞれバランスよく編成されているらしいが。  それでも大群の、しかも魔族を追い払うなんて到底不可能だ。」 腕を組みながら淡々と話していると、そこにミラが思い出したように手を叩いた。 「あ、確か一人の旅の方に助けて貰ったって。」 「そこまで情報が出てるんかいな。なんか、良い様な悪いような・・・・」 「で?結局は何が言いたい。」 痺れを切らしたようにシリウスが尋ねるとアレストは目を伏せて低く言った。 出来れば知られたくない。 いや、出来れば真実を誰かに知ってもらいたいという願いを込めて。 「それがフェイルだったんや。フィンウェルの救世主。  計り知れない大きな力でフィンウェルを守ったのがあのフェイル。」 「あいつが?・・・そんな馬鹿な。」 酷く驚いた様子で、目を大きく見開いた。 信じられない。ただそれだけがシリウスの脳裏をよぎる。 だってあの少女が。 ここに運ばれた時はあんなにも衰弱していたというのに。 魔族の大群を蹴散らす力を、あの少女が持っているとはにわかに信じがたい。 「まぁまぁ。落ち着きや。あんたらしくない。  ここからが本題やで?その後からフェイルをしつこくストーカーするようになったのは。」 「ストーカーかは、まぁ触れないでおこう。  その理由は何故だ。大きな力があるからといって、一体何になるんだ?」 「それがなぁ。いまいちうちも分からへんのや。  リュオイルに聞いたんやけど・・・言葉濁らせよんの。」 むむむ、と唸るアレストはそのまま黙りこくってしまった。 俺はというと、はっきり言ってそいつの、フェイルの事が信じられなかった。 あいつはどう見ても、いや、確かに魔法の知識は長けているようだが・・・それでも。 話しに付いていけないミラは不思議そうにしていた。 「・・・・・・・・まぁ、こんなとこやな。うちが知ってことは。  あとは本人に聞くか、リュオイルに聞くかやな。  あ、でもフェイルい聞くのは止めとき?  うちも聞いたんやけど一番本人が知りたそうやったで。」 首を傾げて「さぁ?」と言うフェイルの顔が思い出される。 緊張感の欠片も無いが本人が知らないのなら仕方あるまい。 ただ一人、シリウスを除いては・・・・・・・・ 「リュオ君・・・」 「ん?何だいフェイル?」 にこにこと、それはもう恐ろしいほどニコニコと返事をするリュオイルに嫌な予感を覚えつつも 私は嫌々ながらも両手を空に掲げる。 「私の魔法は本来はこんな事に使うんじゃ無いんだけどなぁ?」 「まぁまぁ。緊急事態だからそこは抑えて。」 よしよし、と子供染みたあやし方だが、フェイルは複雑な様子。 一呼吸をしてから、小さく詠唱の言葉を紡いだ。 『我、此処に眠る其の力を解放する             空に浮きし 天空のように』 フェイルの目の前に立ち塞がる瓦礫や今だ燃えている木々、陣の中にある全ての障害物を 空に放り投げた。 その開いた道にすかさずリュオイルが突進する。 障害物が空に浮いている時間はフェイルの予想では10秒そこら。 だが重さの分も考えれば7秒、いや、6秒しか持たない。 「っく・・・もう、駄目!!リュオ君急いで!!!」 フェイルの力も限界で、ふっと力を緩めると、宙に浮いたままの障害物が落下してきた。 だがリュオイルの走る道は奥までまだ数十メートル。 「このぉぉぉおおお!!!!」 ズザザザザザザザ!!! 勢いを付けてスライディングをした。 大きな音と土ぼこりを立てて、間一髪で奥まで行けることが出来た。 全身土だらけで、みすぼらしい格好になっているが、休むことなく前に進む。 数メートルほど近くに来ると何かが聞こえた。 すすり泣く声が聞こえるが、今はこの瓦礫をどかさなければ前には進めない。 「・・・く、ひっく。」 「おかぁさん。」 「痛いよぅ・・・」 小さな瓦礫の下に、数名の子供がいた。 それぞれ大した怪我も無く、泣きはらしていた。 死者がいない事に安堵しながら、リュオイルは子供の前に近づく。 「大丈夫かい?  お兄ちゃんが来たからもう大丈夫。さ、帰ろう。」 もともと子供の相手をするのが得意ではない僕は、兎に角怯えさせないように優しく手を差し伸べた。 ・・・・が、現実はそう甘くない。 土や泥だらけになっている僕は敵。と判断されたらしく、泣き止むどころか、 さらに火をつけたように泣き出してしまった。 何となく癪に障るけど、まぁこの場合は仕方ない。 「・・・・はぁ。」 肩を落として脱力する。 後ろの方でフェイルが何か言っているが上手く聞き取れない。 やっぱり地道に瓦礫をどかして、フェイルに頼んだほうがよかったのかもしれない。 今更そんな考えがよぎったリュオイルだったが、どうしようもなく途方にくれていた。 「リュオ君!!おーい!!!」 飛び跳ねて大声を出しても、ちっとも応答が無い。 頬を膨らませて再度声を出そうとしたとき、フェイルの前に影が差した。 「・・・?」 振り返るとそこにいたのは。 「やっほ、フェイル。どないしたん?」 「アレスト!?それに、シリウス君も。」 シリウスは返事はしなかったが、落ち着いた様子で私をを見下ろす。 傍から見れば無表情だが、私にはどうもそんなようには読み取れないんだけどなぁ。 「あのね、あっちに子供がいるんだけど・・・・」 「あぁ、成る程な。」 これまでの経緯を話すと、アレストは数回頷いて瓦礫の山を見る。 シリウスもつられるようにそっちの方に目をやった。 目立つ赤い髪がぽつんと見えるが一体何をやっているのか・・・。 遠くからでもその肩は沈んでいるように見える。 「で、大方あいつ助けるどころか泣かれてるんじゃねぇのか?」 「うん。そう思って何回も声かけてるんだけど、聞こえてないみたいなんだ。」 リュオイルが走って行った方向を指差す。 本当は私が助けに行ったほうが得策なのかもしれないが、如何せん、 魔法で瓦礫を退かさない限り子供を助ける事は出来ない。 地道に瓦礫をどかしたりすれば、救助できるのが明日になってしまう。 だからリュオイルが行ったのだ。 「ようはこの瓦礫を退かせればいいんだろう?」 「あっはっは。フェイル。うち等に任しとき!!」 意気投合。今の二人にはこの言葉が似合っている。 唖然としたフェイルを置いて、アレストとシリウスは瓦礫の前に立った。 「へ?あ、あの、二人とも・・・・」 フェイルの声には全く気づかず、というか無視してアレストは拳を、シリウスは大剣を構えた。 「いっくでぇえ!!嵐遊虚天!!!」「無双転結!!」 同じタイミングで出た技はどちらも戦闘で使う技。 そして範囲も半端ではないほど広い。 「・・・・はい?」 耳を塞ぎたくなるほどの煩い音には全く動じず、私は自分でも分かるくらいの気の抜けた声を出した。 だが二人は全く気にした様子も無くどんどん瓦礫をどかす(もとい、破滅)事に専念している。 ・・・・・すごいけど、いくらなんでもこれは被害が出るんじゃないのかな? 少し顔を引きつらせて、私は傍にいる野次馬を非難させた。 だってそうしないとあとで更に怪我人が出るから。 それほど、二人の攻撃能力が高いとフェイルは改めて理解したのであった。 「・・・・頼むから、泣きやんでくれ。  僕はどうもこういったことは苦手なんだよ。」 瓦礫の上に腰を降ろして、それほど広くない肩を更に縮こまらせて大きく溜息をついた。 それでも子供は怯えきった様子で僕を凝視している。 (・・・・何とかしてくれ・・・・) 更に大きな溜息をつく情けない17歳のリュオイルであった。 子供達よりも先に彼の方が泣き出しそうである。 「・・・そろそろ夕方になるな。」 空が赤く染まっていっている事に気づき、今まで目を合わせようともしようとしなかった子供の顔を見た。 子供はというと、僕が急に顔をあげた事に驚いて更に怯えていたが、泣こうとはしない。 何となく、僕らしくもないのだがだんだん心配になってついつい話してしまう。 「どうしたんだい。  どこか、具合でも悪いのか?」 「・・・・」 ぎゅっと唇を噛んで、子供同士で身を寄り添わせて僕を見据える。 やっぱり苦手だ。 どうも、子供は。 今まで同い年の子供と遊んだことも、全然無いから。 子供が怖い。 「寒いのかい?もうそろそろ僕の仲間が助けてくれると思うから・・・頑張るんだよ。」 上手く笑えただろうか。 きっと引きつっていて、きっと子供には怖かったと思う。 僕の記憶にある友達は・・・双子だけど、多分クレイスだけだ。 僕やクレイスが騎士になる事が、父の夢だったのだから。 期待に答えなければならない。 王の期待に背きたくない。 たとえ、それが上辺だけの僕だとしても。 それでも、一人になりたくない。 置いていかないで欲しい。 でもあの子は? 僕を、僕を中身で見てくれるフェイル、そしてアレストは? 僕は、未だにフェイルの事を完全に信用していないのに それなのに、どうしてフェイルは僕の事を信用してくれるんだ? 僕は、こんなにも酷い男なのに。 意気地の無い、弱い僕なのに。 『誰かを信じるのが怖い・・・そうだね。裏切られたら悲しいもん。  でもね、それを乗り越えない限り、いつまでもそのままなんだよ?』 大分前に、アレストに出会う少し前にフェイルが言っていた言葉。 悲しそうだけど、絶対譲らない瞳。強い意志を宿した瞳。 最初は、気楽だなって思っていた。 人を信じる事は簡単なことじゃない。 もしかすれば、自分の命さえも危うくなる。 人を信じる事は簡単な事ではない。 僕も、僕自身を信じきっていない。 時々消える記憶。 部下に聞けば、急に顔を強張らせる事もよくある。 僕の中に、僕の知らない僕がいる。 それは、紛れの無い事実。 「・・・・・僕は・・・どうすればいいんだ。」 「笑って、手を差し出せばいいんだよ。「大丈夫。絶対、大丈夫だから。」って。」 不意に頭上からよく知った、ソプラノの声が聞こえた。 今一番僕自身が悩んでいる問題の答えを聞きたい相手。 「フェイル?」 「大丈夫?・・・・みたいじゃないね。」 あはは、と笑いながら少々高い位置から一気に飛び降りてくる。 だがそれは一人ではなかった。 「・・・・・?」 「オーホッホッホッ!!どきやっ、リュオイル!!!」 「・・・」 フェイルが降りてきた所から二つの顔が見えた。 一人は顔なじみのもう一人は、言わなくても分かるだろう。 「アレスト・・・とシリウス?」 唖然とした様子の僕にアレストはにかっと笑い、シリウスは無表情で僕を見た。 「いんやぁねぇ。途中でフェイルと会ったんやけど、経緯を聞いたらこんな状態になってたねん。」 「随分と無謀な事をしたがな。」 「はは〜ん。そう言いながらもシリウスは結構真面目に瓦礫掃除しとったもんなぁ?」 「・・・・・・」 「瓦礫掃除?」 「あ、リュオ君。気にしないでね。  ただ二人が戦闘用の攻撃の破動で瓦礫を粉々にしただけだから。」 いや、粉々にしただけって。 と言うかしただけっていうほど簡単な事なのか? 「・・・・ひっく。」 はっとして後ろを振り返ると、さっきより完全に怯えた子供がいた。 そりゃあ大人数の背の高い(一人除く)人間に囲まれれば怯えるだろう。 軽い眩暈を覚えながらも、僕はこの状況をどう乗り越えるかで頭がいっぱいだった。 「なんだ、本当にガキか。」 「あのなぁシリウス。余計に子供を怯えさせてどないすんねんな!」 アレストとシリウスが何か喋っているが、今となってはどうでもいい。 とにかくこの状況から脱出したい。 また小さく溜息を吐くと、 きょとんとした様子でフェイルが子供の前に出て目線を合わせるようにしてひざまずいた。 「大丈夫?どこか痛い所は無い?もう大丈夫だからね。」 にっこりと微笑んで三人の子供を細い腕で抱きしめた。 何度も「大丈夫、大丈夫だよ」とあやしながら。 「・・・・・・」 多分、これが、母親のする行動だろう。 僕が何を言っても、どんなに優しい言葉をかけても、子供が怯える理由。 目線を合わせる事が出来なかった。 抱きしめる事が出来なかった。 向き会う事すら、怖いと感じていた。 「・・・・・・・」 「リュオイル?どないしたん。」 「え、あ、・・・何でもないよ。」 「そうかえ?何か寂しそうな顔しとるけど。あ、子供に泣かれたとかか?」 きっと彼女は冗談半分で言ったのだろう。 悪戯する子供のような楽しそうな笑顔がそれを物語っている。 図星。だから何も言えない。 「・・・・・・悪かったな。どうせ僕は子供には好かれないからね。」 「あ、ほんまやったんや。」 まさか本当だとは思わず不味そうに顔を歪める。 「な、な〜に!!あんたは不器用なだけやからすぐ子供も懐くって!!」 「っぃだ!!」 バンバン!!と思い切り背中を叩かれているせいでむせ返る。 涙目になりながら体勢を整えると反論する事無く、自信なさげに項垂れてアレストを見た。 それには流石のアレストも驚いた感じで、心配そうな表情となった。 「リュオイル?」 「いや、今の事は忘れてくれ。」 そう言い残すとリュオイルは焼けた村の方へ歩いて行った。 心配そうなアレストと、何かを察したようなシリウスの顔がそこにあった。 『信じるのが怖い・・・そうだね裏切られたら悲しいもん。    でもね、それを乗り越えない限り、いつまでもそのままなんだよ?』 教えてくれ 僕は、僕はどうすればいい? どうすれば、君を信じることが出来る? 『忠誠』という言葉から、どうすれば解放される? 君にあって僕に無いもの。 それは、きっと無い物ねだりだと思う。 我侭なことだと思う。 きっと、いや、絶対にこのままの状態でいれば 僕は君を傷つける。きっと、悲しませるだろう。 だって、ほら。 僕はこんなにも醜い人間なのだから・・・・・・。