■天と地の狭間の英雄■ 【旅は道ずれ世は情け】〜始動〜 ガッタンゴットンガッタンゴットン・・・・・ ――――――ゴンッ!!!!! 「あだっ!!」 「ふぇぇええ!?」 「うわっ!!」 「・・・・・」 ここは馬車の中。 何故馬車の中なのかと言うと、今4人はリビルソルトからカイリアの村に緊急で戻っているのだ。 そのわけは、シリウスが言っていた『護法の森』に魔物が急繁殖していたらしく とてもじゃないが一般兵では太刀打ちできないので、戦力のある4人をカイリアに移したのだ。 そのうちシリウスはかなり渋っていたが、三人の説得により、不本意ながらも共に行動している。 ・・・・・ちなみに今の悲鳴は上からアレスト、リュオイル、フェイル、シリウス。 馬車が窮屈で、尚且つ車輪が石を踏んだらしい。 大きく揺れたため、まずアレストが頭を打ち、リュオイルが滑り落ちかけたのだ。 ちなみにフェイルはと言うと、端にいたので、もう少しで外に放り出されそうになったが 最も被害の少なかったシリウスに助けられたのである。 「あいたぁ〜。何やこのボロ馬車は!!もちっと丁寧に運ばんかい!!!」 今にも口から炎を出しそうな勢いで立ち上がるアレストをリュオイルが抑えるが手の施しようが無い。 相変わらずの困ったさんである。 「あ、ありがとう。」 「いや。」 もう片方のグループ、曰くフェイルとシリウスは至って静か。 隣にいたシリウスにお礼を言い、 ギャーギャー言っているアレストとリュオイルを取り合えず置いといて静かに座った。 「・・・・シリウス君、説得しておいて言うのは何だけど、 魔物退治に参加してもらっていいのかな?」 おずおずと、遠慮がちに聞くフェイルに対しシリウスは平然としながらきっぱりと言い放った。 「別に・・・魔族の奴等を叩きのめすには力が必要だからな。 軽い準備運動をするだけだ。それにあそこにいつまでも居られたら迷惑なんだよ。」 うざったそうに、少し長めのプラチナの髪を掻き揚げ、フェイルとは反対方向の窓を見る。 景色を楽しんでいるわけでもなく、ただボーっと空を見ているだけなのだが。 その空は今日も青い。 透き通るほど、そして吸い込まれそうなほど綺麗に果てしなく続く青い空。 「空が好きなの?」 「別に。」 「ミラちゃん、良くなるといいよね。」 「・・・・・・・・まぁな。」 他愛も無い、短い会話だが前と比べれば断然仲がよくなっていると思われる。 ニコニコと話すフェイルに対し、シリウスは相変わらず表情は読み取れないが 会話をするのが嫌という感じではなさそうだ。 むしろ楽しんでいる、と言ってもいいだろう。 勿論彼にはそんな表情は出ないが・・・。 「この魔物退治が終わったら、もう一回リビルソルトに行ってすぐに次の大陸に渡ろうと思うんだ。」 「・・・・そうか。」 「迷惑かけてごめんね。 でも、もうすぐしたら旅を再出発するから、それまではよろしくね。」 「・・・まぁ、適当に、な。」 「そういえば、シリウス君って・・・」 「おい。」 「へ?」 突然言葉を遮られて一瞬驚いたが、振り向いたシリウスの表情を見て、怒っているわけではない。 という事を知ると、すぐ笑顔になって対面した。 でもいきなり何だろう。やはりもう少し間を空けて喋ったほうが良かっただろうか? 「あいつもそうだが、その「君」っていうの何で使う?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・さぁ?」 「は?」 首をちょこんと傾げながら他人事のように答えるフェイルに脱力しながらもシリウスは懸命に神経を保った。 そう。分かっていた。 分かってはいたのだ、彼女が変に天然な事は。 しっかりしていると思えば以外にそうでもなく、誰かが傍にいないと1人でどこかに行きそうなほど危なっかしい。 でもそれが嫌だ、とか面倒だ、と言う気持ちは不思議と出てこない。 「・・・・・俺の話を聞いてるのか?」 「う〜ん。聞いてるけど・・・何でって言われても分かんない。 多分癖だと思うんだけどね、昔っから言ってたらしいけど。」 「癖、ね。」 たいして興味を持ったようでもなく、ただ相づちを繰り返す。 シリウスは質問されれば答えられる範囲でちゃんと答えるし、ちゃんと聞く律儀な奴なのだ。 それはそれで意外なのだが、まぁそれはいい。 「あ〜・・・・でもそういえば私、昔の事あんまり覚えて無いなぁ。」 歯切れが悪い様子でぼそっと言ったが、すぐ傍に居るシリウスにはしっかりと聞こえていた。 ・・・・ちなみにアレストはまだギャーギャーと煩く吼えていて、それをリュオイルが抑えている。 そのため二人には全く聞こえていないだろう。 「昔を覚えていない?一体どれほど昔だ。」 何となく興味を持った言葉に、自然と質問をしてしまう。 質問されたフェイルは少々唸り気味。 記憶を手繰るように、頬に指を当てて考えていたフェイルだが、パッと答えが出ないのか少し困った表情だ。 「んー・・・・5〜6歳前後かな。全然記憶が無いの。 あぁでもただ単に私の物覚えの悪さがあるのかもしれないけどね。」 もともと彼女は物覚えが言いわけではない。 大切な、重要視されている事はすんなりと頭の中に入るのだが どういうわけかその辺の事はいまいちらしい。 だが自分の過去の記憶を忘れるのはどうかと思うが? 「・・・でも、村の皆が言ってたから間違いないよ。 私って何でか知らないけど変な癖があるんだよねぇ。」 しみじみと話す彼女を他所に、シリウスは考え事をしているように腕を組んでいる。 誰かに関心を寄せるなんて珍しい彼だが、その辺はあえて触れないででおこう。 何せ彼がこんなにも話しをしている事さえが奇跡に近いのだから。 妹主義で他の事には耳も貸さなかったので、ある意味これは大きな進歩と言える。 ガタンゴトンガタンゴトン・・・・・。 少々乗り心地は悪いが至って平和である。 静か、とは言えないが(誰かのせいで)順調にカイリアに向かっているだろう。 だが彼等はまだ知らない。これから起こる事を。 そしてそれはシリウスでさえもだった。 薄暗い、冷たい空気が流れる一室に数名の男女がそこにいた。 一人一人から放たれる冷たい気配は、普通の人間など簡単に失神させるほど強い気である。 「・・・・全員揃っているわね。それじゃあ、会議をはじめるわ。」 「おいおい、あの殺戮女はまだだぜ?いいのかよ。」 行儀悪く、足を机に乗せながら半分どうでも良さそうに言うこの青年はギルス。 長い漆黒の髪を無造作に束ね、適当な位置に括りつけてある。 瞳は印象的な血色。 だがそれでも美しく魅了されそうなほど光り輝くそれはとても印象的だ。 髪が黒いせいか、その血色の瞳はより鮮やかに映し出されている。 まるで獣のように威勢のある視線。 この瞳に捕まったものは誰1人逃れることが出来ないであろう。 「どうせロマイラは来ないわ。今まで一度も来た事がないもの。 後で私が責任持って言付けするわ。」 対する赤味の帯びた金の女はギルスとは違う。 その衣装こそ紅だが、それは戦場に立つ者の勇ましさを見せているようにも見える。 彼女こそが以前カイリアを襲ったジャスティだ。 「それよりも、全員呼んで会議だなんて・・・・何かあったんですか。」 桃色の長い髪をした少女、ソピアの傍にずっといる栗色の髪をした少年ラクトがジャスティを見据える。 ソピアは、不思議そうに互いを見て首を傾げている。 そしてもう一人。 唯一椅子に座っていない銀色の髪を持つ青年アルフィスが、 壁にもたれかかって目を閉じてその話を静かに聞いている。 「えぇ。私たちが誰のために、何を手に入れなくてはならないか・・・・分かってるわよね。」 確認を取るために一人一人の顔を重視しながらジャスティは涼しい顔をして見る。 アルフィスはうっすら目を開き、首肯の意味として小さく頷いた。 そしてそれは他のメンバーも同様。 「わぁってるって。俺たちゃ一刻も早く『魔王様』を復活しねぇといけねぇんだろ? ・・・あー、めんどくせぇ。」 「ギルスがいなくなっても5人でやれる自信は私にはあるわ。 でもまぁ、それはギルスが神族に殺されたいのなら・・・・だけどね。」 「・・・はいはい、分かりましたよジャスティーさん。」 「私の名前はジャスティよ。ジャスティーなんて名前じゃないわ。」 「へいへい。」 冷たい返事をしながらジャスティは手元にある資料を読みはじめ、 がりがりと頭を掻きながら「冗談のつうじねぇ奴・・・」とギルスはぼやいた。 ラクトは興味無さそうに、ソピアはくすくすと笑っている。 それだけを見れば微笑ましい風景なのだが如何せん彼等は魔族。 「本題に入るけど、今言った通り魔王様を復活させるには 『フェイル=アーテイト』という魂が必要不可欠。 そして魔王様の復活の時期は500年に一度の今年。 これを逃せば確実に我々魔族は神族によって滅ぼされるわ。」 嘆息をし、腕を組みながら下に顔を伏せる。 そして、小さな声でおずおずとソピアが声を出した。 「あ、あのね、ジャスティおねぇちゃん。」 「ん?何、ソピア。」 「どうして、あのお姉ちゃんじゃなきゃ駄目なの?」 「・・・・・・・・難しい質問ね。」 指をカツカツと机に鳴らしながら目を伏せて、考えるような仕草をして暫く黙る。 ギルスに向ける目とは明らかに違う、優しい表情で彼女はまたソピアに向き直った。 「・・・・分からないわ。混血の私には分からない。 唯一知ってそうなのはロマイラなのよ。 あの子は何百年生きている。私たちよりもずっと、ね。」 「あぁ?何であの殺戮女が知ってるって言えるんだ?」 今まで聞くのが面倒だったのか、ずっと伏せていたギルスがいきなりガバッと身を起こして ジャスティを怪訝そうに睨む。 勿論、彼女にギルスの睨みは通用しない。 「貴方もそこまで馬鹿じゃないなら知っているでしょう? 魔王様が封印された、あの英雄が活躍した時代の事を・・・」 「あぁ。でも結局その英雄も封印した後、魔王によってすぐに死んだだろう。」 「ギルス、本当にちゃんと知ってるのか?」 だんまりを決めていたアルフィスであったが、少々短すぎるギルスの返答に眉をひそめた。 まるで箇条書きの文をただ述べているような短い言葉。 あまりにも簡潔すぎるので流石のアルフィスも呆れを覚えた。 世界の滅亡の危機を救った6人の若き英雄は、後遺症として残った魔王の最後の抵抗を阻止するべく 全員が心を合わせ、最後の戦いを挑んだという。 そして自らの命を投げ捨て、世界の平和を今日も維持し続けている。 だが地上界を最後まで守りぬいた英雄は、跡形もなくこの世から消え去った。 「そう、ロマイラがこの世に誕生したのは少なくても550年以上は前。 正式な年齢は分からないけれど確実にロマイラはこの戦争を見た、あるいは体験しているはず。」 「ほぅ・・・・で、聞いた事があるのか?」 「ギルスはあいつに聞けるのか?」 ラクトが割り込んでギルスに聞く。 ここにいるジャスティを除く全員、大小はあれどもロマイラには恐怖心を抱いている。 ロマイラ。通称『斬り裂き魔』 人を殺すことを何よりも喜びとしている。 ソピアもロマイラと同じ純血の魔族なのだがやはり怖いらしい。 勿論彼女は同族であるソピアには何もしないし、ただ単にからかっているだけなのだが 喧嘩っ早いギルスとはかなり相性が悪い。 「・・・・俺が悪かった。幾らなんでもあいつに聞くなんて、死んでも御免だぜ。」 思い浮かぶのは前回任務に赴いた時のロマイラの姿。 魔界のほうで映し鏡をソピアに貸してもらっていたギルスとジャスティはその様子を見ていた。 久方の任務とあって、本人は嬉しそうに現地に赴いたのだが、ジャスティは、 「選んだ相手を間違ったかもしれないわ。」とさえ呟いていたのだ。 下手をすれば俺があの鎌の錆になっちまう・・・・ 「取り合えず納得して頂戴。 ・・・・で、そのターゲットはかの英雄の国、リビルソルトがあるダンフィーズ大陸を出た後、 ルマニラス大陸に行くらしいわ。あくまで推測だけど。」 「ジャスティ、確かに彼女たちの目的は分かってるけど、 でもまだリグ大陸を通過しないことには意味ないんじゃないですか?」 「準備は速めにした方がいいわ。 それに、一発で捕獲できるかどうかなんて分からないじゃない?」 ギルスを見ていたときとは全く違う、優しそうな微笑を浮かべてラクトを見る。 まだ20代の中頃だと言うのに、彼女の笑みはまるで母親を象徴するものだった。 基本的に頑固で厳しい面が際立っているが、ふと見せる穏やかな表情は 見るものを魅了させるかのように美しい。 そんなジャスティを見てラクトは不快と感じられない威圧感に納得して、何も言わず頷いた。 「奇襲は大きく分けて取り合えず『護法の森』そして『リグ大陸』 この二つで仕留めるのよルマニラスに着かれた後だと私達だけじゃ到底太刀打ちできない。」 闇に溶け込んだ彼女の声は全員に聞こえたのだろうか、 否。 聞こえている、なぜなら彼等は思うことは一緒なのだから・・・・・・・・・。 ガタンゴトンガタンゴトン・・・・・ ―――――キキィィイイイイイイ!!!! 「あだっ!!」「アレスト・・・。」 馬車はカイリアに着いたようでいきなり急ブレーキをかけた。 その衝撃でまたアレストは頭を打ち、更に今度は舌まで噛んでしまう。 「大丈夫?」 「ら、らんろか(なんとか)」 おもいっきり涙目になりながら口元を押さえているアレストに、 フェイルは心配そうに、リュオイルは少し可笑しそうに笑っていた。 「あぃー・・・・錆の味がする。」 「まぁ、噛んだなら仕方ないな。」 紳士に、ハンカチをアレストに渡すと、彼女は少し驚いたが「あぁ、あんたフェミニストやもんな」 と言って、納得したように出されたハンカチを受け取った。 真っ白なハンカチに、血がつく。 これは洗ってももう落ちないだろう。 新しいのを買って返さなければ。 「あー・・・ごめんな、リュオイル。」 「いや、構わないよ。」 大して気にした様子もなく、にこやかに振り向くリュオイルはまさに騎士の鏡。 ・・・・ただこの裏に潜んでいる暗くて黒い人格さえなければの話しだが。 「さて、案内ご苦労。ここからは俺がこいつ等を連れて行く。」 「え?で、ですが我々もご一緒に参戦するようにと命令が・・・」 「がたがた抜かすな。テメエ等なんか足手まといだ。 俺と・・・・この馬鹿三人で十分だ。」 「「誰が馬鹿だ(や)!!!」」 「馬鹿って治るのかなぁ?」 「・・・・・・こんな奴等だが多分、多分お前等よりはましだ。・・・・・多分な。」 自分らしくもなくフォローを入れているつもりだが、言っていてフォローになっているのか曖昧だ。 寧ろ今の言葉を自分自身で疑いたくなる。 しかもフェイルは見当違いな事を口にしていて話しにならない。 ・・・・やっぱりこいつ等と一緒に来たのがそもそも間違いだった。 どこを見るわけでもなく、ただ空をボゥッと見ていたシリウスは唐突にそう思った。