「うぎゃぁぁぁぁあああああ!!!」 「アレスト!?」 「うわああ!!フェイルどいてどいてっ!!」 「・・・・・・馬鹿ばっか。」 ■天と地の狭間の英雄■ 【光の救世主】〜声なき悲鳴〜 薄暗くて肌寒い。 季節はもう夏に近づこうとしているのに、寒さで身震いしてしまう。 己の頭上を見上げれば綺麗とは言いがたい薄黒く見える木々がザワザワと揺らめいていた。 だが今は真昼だ。決して夜ではない。 それなのにこんなに暗いのは当然場所が場所だからだ。 「あいたたたぁ〜。 ・・・・あー、ほんまここはビックリする魔物がようさんおる。」 「動かないでね。・・・・『ファーストエイド』」 淡く暖かい光がアレストの右腕右足を治療する。 さっきまで戦闘だったのだが、樹に化けている魔物が突如襲い掛かってきた。 かろうじて樹に化けた魔物の攻撃を避けられたものの、追い討ちという風に隠れていた他の魔物、 魔獣がここぞとばかりに襲い掛かってきたのだった。 前線に強いアレストは、自慢の拳と足で相手を叩きのめす。 勿論リュオイルもフィエルも彼女の力を信頼していたからこの不意打ちは彼女に任せたのだ。 「ふぅ・・・・。本当にこんなところに薬草があるのか?」 「つい最近見回りに来たんだ。間違いない。」 剣についた血をふき取りながら、顔も向けずにシリウスが答える。 今までのリュオイルなら少々不機嫌になるだろうが、流石に慣れてしまったようで 気にすることなく相づちを打っている。 ただ彼を「仲間」とは見ていない。 どちらかと言えば敵に近いような、そこまで酷くはないが警戒心を張っているのに変わりはない。 それをシリウスが気にしているか、と言えば全く気にしてはいなかった。 寧ろそれが当然だ、と言わんばかりにリュオイルと全く目を合わせない。 「・・・・風向きが変わったな。」 「え、風?」 ふと足を止めると、シリウスは辺りを見回しながら肩に担いでいた大剣に手を当てる。 「シリウス?どないしたんや。」 不審げに剣を構えようとする彼に物を言うと、一瞬だけだが睨まれてしまった。 一瞬怯んだアレストだったが、ただならぬ雰囲気に息を呑む。 彼を見習うかのように、彼女も辺りを見回した。 「ここの特色でな。滅多に風向きが変わる事が無いが、ごく稀に変わる事がある。 それを意味するもの・・・・・」 「それは・・・・・―――――!?」 フェイルが何かを言おうとした時に気配がした。 後方からの気配ではない。これは前方から物凄い速さで迫っている気配・・・・。 「ガーゴイル!!!?」 リュオイルが叫んだと同時にシリウスが待っていましたと言わんばかりに前線に出る。 数は5匹。 大きさは子供ぐらいで、5匹もいれば完全に囲まれてしまう。 アレストは同じように前線に、リュオイルはフェイルの魔法の援護に回る。 「数だけはいるようだな。」 冷たく言い放つと、構えた剣を一気に振り下ろす。 豪快な剣技は、突風と共にガーゴイルを吹き飛ばす。 「詰めが甘い!紅蓮!!!」 投げ下ろした剣の先から爆発音が静寂な森を響かせる。 お世辞にも綺麗な音とは言えないが、それでもその威力は絶大だ。 たったの一度の攻撃で1匹は完全に動けなくなっている。 それを冷めた目で見下ろすと、彼は冷たく言い放った。 「ふん、つまらんな。」 剣にこびり付いた血をとるようにもう一度投げ下ろすと、今度はアレストの方へ駆け寄った。 まるで何事も無かったかのように。 「イグニッション!!」 小さな無数の炎の砲弾がガーゴイルを直撃する。 が、たいしてダメージを喰らった様子は無く怯まずフェイルに突進してくる。 それに驚いた様子のフェイルだったが、すかさずリュオイルが乱入する。 「フェイル伏せてっ!――――山茶花!!」 ――――ガッ!!! 防御力の高いガーゴイルは一瞬、リュオイルの攻撃で怯んだが、それでも尚突進して来た。 大した数でもなく、そして形がが小さいからと言って甘く見たらこっちが痛い目に合う。 防御力は岩並に、もっとそれ以上に硬いが攻撃力も高い。 一気に倒さなければ勝ち目は無い。 「くそっ・・・。 フェイル、僕が時間を稼ぐから何か大ダメージを与える魔法を頼む!!」 「うん、分かった!!任せて。」 すぐさま呪文を唱えるフェイルの前に出てきたリュオイルは、さっきまでの構えを変えて 左手に槍を、右手に鋭利な小刀を装備した。 服の中から出された小刀。 騎士である彼はこの2つの武器以外にも隠し持っている。 そうしなければ、もし武器を取り上げられた時に対処できないからだ。 『 清浄なる御神の意思 故 打ち砕き冒涜なる愚者どもに 苦しむべく制裁を下そう 』 「行くぞっ!架空沈丁花!!!」 リュオイルの出す技は全く通用していないらしく、少しも怯まず尚も攻撃を仕掛けてくる。 その証拠に、リュオイルの顔や腕には数箇所血が流れていて痛々しい。 それでもフェイルの元には行かせまいと、右手に装備していた小刀を相手の目に投げつけた。 ギャァァァアアア!!!、と独特の叫び声が辺りに響いて耳障りに思える。 だが元々赤かった瞳に小刀が突き刺さり、どす黒い血が流れていて気味が悪いと感じた。 けれどここで油断すれば、痛みで狂乱したガーゴイルが何を仕出かすか分かったもんじゃない。 暴れまわるそれを注意深く距離をとり、フェイルの呪文の完成を待つ。 『 御神による万力は其の命の炎 悪しき者に浄化の光を捧げん 滅せよ 虚空なる雷鳴と地獄の共鳴 』 ―――――ファイニンググラッシャー!!!――――― 魔法陣から出てきた炎と雷は、同調し合い渦のように混ざりながらガーゴイル目掛けて突進する。 自由に動くことの出来ないガーゴイルは、何度も悲鳴をあげながら激しく動き回って絶命した。 中には巻き込まれたガーゴイルもいたようで、死骸にはもう一匹混ざっている。 「・・・ふぅ、こんなものかな。」 「お疲れ、上出来だよ。」 流石に大魔法、曰く混合の特殊魔法は疲れたらしく息が上がっている。 そんなフェイルの頭にポンッと手をのせて微笑した。 その微笑にフェイルもにこっと笑う。 「でも初めて見たな、あんな魔法。」 「んー、実を言うと今まであんまり使った事ない魔法なんだよね。 ほら、威力が高いから制御するの難しいんだ。」 「なるほど。」 傍から聞いていればほのぼのとしているが、二人は今普通に戦っている。 ズシャズシャ!やら、グサッ!!やら。 危ない音も多々発生しているがその殆どはリュオイルなのであしからず。 「とりゃぁぁあああああああああ!!!!」 固い防御力の相手に踵落としで決めるアレスト。 拳は流石に痛かったのか、少し血が流れていて使えそうに無い。 ・・・・だからといって足ですることは無いと思うのだが。 その姿を見てシリウスは半ば呆然としていた。 いや、呆れかえって物も言えない状態だ。 少し目を細めて、皮肉っぽく苦笑する。 けれどそれはアレストに聞こえなかったらしく、彼女はかなりハイテンションだ。 「・・・・すげー馬鹿力。」 「のわっはっはっは!!うちがこんなんで倒されるわけありゃせんでぇ!!」 腰に手を当てて高らかに声を上げる。 半分やけくそのようにも見えるが気にしないでおこう。 「・・・・残りは1体か。」 「あー、んでもな。 何かあの一体は他のと今までのとちと動きが速いと思うんやけど・・・。」 「何?」 つい、とアレストの指差す方向を見ると、そこには他のガーゴイルより一回りほど大きいのがいる。 子供の身長を遥かに越えフェイル程の大きさのそれは今までと戦ったやつと違って動きも速い。更に賢い。 リュオイルの出す技も、フェイルの陣から出てくる魔法も完全に避けて全く通用しない。 少し離れたここからでも彼等の表情が疲れているのだとすぐ分かる。 他のガーゴイルはすぐに倒せたのだろうが、あのガーゴイルはかなり時間が掛かっているようだ。 「苦戦しているようだな。」 「せやな。加勢するで!」 地を蹴り、バッとそれぞれ違う方向に走った。 フェイルとリュオイルに気を取られていたガーゴイルは、他の2人が近づいてくる事に全く気付いていない。 後ろからアレストの飛び道具が相手の頭にヒットする。 それにやっと気付いた敵は、物凄い形相で彼女を睨んだ。 ようやく2人の元に辿り着いた2人は、それぞれの位置に走る。 リュオイルの傍にアレスト、フェイルの傍にシリウスがついた。 「アレスト!」 「シリウス君!?」 その途端、フェイルの魔法が完成した。 イグニッションより遥かに威力の高い炎がガーゴイルを包む。 「イラプション!!!」 ゴウゴウ、と音を立てながら炎は静まることなくガーゴイルを焼いていた。 だがそれでも全く怯まず、炎を身にまといながらもフェイルに突進してくる。 捨て身の攻撃、とでも言うのだろうか。 敵は脇目も振らず真っ直ぐフェイルにぶつかろうとしていた。 「―――――!!?」 咄嗟の事でフェイルは完全に固まっていて動けない。 リュオイルやアレストの叫び声が聞こえるが、完全に硬直状態だ。 頭では動け動け、と指令しているのに体がついていかない。 まさに絶体絶命。 それほどピンチだと言うのに、フェイルの頭の中は冷静だった。 (このままだと、焼け死ぬか衝突死になるかもしれない・・・・。) こんな事をリュオイルやアレストの前で言えばそれはもうこっ酷く叱られるだろう。 「何でそんな事言うんだっ!!」って怒鳴られるのは目に見えている。 その姿があまりにもリアル過ぎて、フェイルは自分でも知らず知らず笑ってしまった。 目の前には敵がいるというのに・・・。 ガーゴイルが彼女に突進していくのを見てシリウスは思わず舌打ちした。 そして颯爽の如く駆け出す。 肩に担ぎ直してあった剣を再度抜いて、フェイルの前に立ちはだかった。 「防御力は高いようだが俺には通用しねぇ!!」 ガーゴイルの爪が腕にかすり、ピッと鮮血が流れ出した。 そういえば血の色は以外と綺麗だよな、と妙な事を思いながらも それでも全く気にした様子のないシリウスは、後ろに回りこみ剣を振り下ろす。 「さっさと死ね。雷空破!!」 激しい破壊音と共に、 見事ガーゴイルの身体に直撃し、断末魔を叫びながらそれは息耐えた。 ブンッと剣を振り下ろして冷たい目で死骸を睨む。 「雑魚が。」 返り血を浴びているせいで酷く残酷に見える。 思わず背筋が凍ってしまいそうなほど冷たさだ。 固まっているフェイルの元に来ると、座り込んでいた彼女に手を差し伸べる。 頭は冷静なのだが如何せん体が放心状態なのでシリウスが傍に来た事すら気付いていない。 フゥ、と溜息を吐いたシリウスは、その行き場の無くなった手をフェイルの頭に置く。 「無事か。」 「へ、あ、うん。ありがとう。」 「構わん。それよりこの傷どうにかしてくれ。 多分あの爪に毒が仕込んであったらしい。頭がぐらぐらする。」 どかっと座り込み、少し疲れたような顔をして溜息をつく。 よく見ると腕は少し痙攣していた。 さっき掠ったせいなのだろう。だが幸いにも初期治療でどうにかなる範囲のものだ。 「うん、見せて。」 フェイルは同じ目線になるように腰を降ろし、回復魔法を唱え始めた。 「・・・・どうやら無事みたいだな。」 「せやな。」 肺に残っていた空気を空になるまで吐き出し、リュオイルは安心したようでほっとしている。 ガーゴイルがフェイルに突進した時なんて心臓が止まったかと思った。 フェイルもフェイルで微動だしていなかったから尚心臓に悪い。 気に食わないが、シリウスが助けてくれたので安堵している。 今まで張っていた緊張の糸が解れる。 2人もお互いを見て苦笑しあうと、この場所一体を見回した。 「あー・・・。何か今回は苦戦したな。皆、結構怪我しとる。」 「そうだな、アレストもその拳。 まったく。さてはあのガーゴイル相手に素手で戦ったな?」 「前半はそうやけど後半は足一本やで?」 「・・・・・・・」 恐るべし格闘家。 「これでよしっと。はい終了。」 「すまんな。」 「ううん。こちらこそ助けてくれてありがとう。」 にこやかにそう言うと、今度は反対方向にいる二人の所に歩き出した。 その後ろでシリウスは今治療された箇所をマジマジと見ている。 田舎育ちなので、魔法とかそういう系列のものは滅多に見た事がないのだ。 「リュオ君、アレスト。一気にやるから怪我見せて?」 「あいあいさー。」 「ごめん、フェイル。」 元気よく返事をするアレストに対し、リュオイルはすまなそうに苦笑している。 ここのメンバーで治療できるのはフェイルだけだから仕方がないと言えば仕方がないが、 こちら側が痛手を負った時の回復量は半端なものじゃない。 戦闘で攻撃魔法を繰り出すフェイル。 それだけでも疲れているはずなのに、彼女は何事も無かったかのように仲間を治療する。 「よーし。・・・・『祈効』」 ―――――カァァァアアア 優しい光が二人を包み、どんどんと治癒されていく。 火なんて焚いているはずないのにそれは暖かさを感じた。 何度も何度も彼女に治療してもらっているが、この感覚は慣れないものだ。 でもだからと言って嫌ではない。 寧ろ、安心する。 「・・・おぉ治ったで!?やっぱ魔法って便利やなぁ。 うちも習ってみよかな。」 「やめとくんだな、第一アレストに出来るわけ・・・」 「何か言ったかえ?」 にっこりと睨まれてしまい、流石のリュオイルも顔を引きつらせて硬直した。 「・・・・いや。何でも・・・」 黒いオーラーを身にまといながら、口は笑っているのに目が笑っていないのが怖い。 おまけにさりげなく握り拳まで作っている。 武器がナックル(素手)なのだからいつ何処で技を出されるか分かったもんじゃない。 ある意味一番敵に回したくない人物だ。 「うーん、でも魔法とかってその人の中にある力を最大限に引き出せる技って 村の皆が言ってたんだけど・・・やっぱり適正であるか否かははっきりしてるらしいんだ。」 「そうなん?」 リュオイルに対する黒い笑みは消えうせ、ころっと変わった。 その変化が妙に悲しくなるのはリュオイルだけだろうか・・・。 「うん。アレストは武術が得意でしょ?でも私は苦手。 私は魔法得意だけど、多分アレストは苦手派に入るんじゃないかな。 でもごく稀に剣も魔法も武道も得意っていう人もいるけどね。」 「ふーん、残念やなぁ。」 ガックリと肩を落とし、溜息を吐いたアレスト。 まぁ最初からあまり期待していなかったが、こうあっさり否定されるとちょっとだけ虚しい気分だ。 すっかり落ち込んでしまっている(と思われる)アレストにフェイルはすかさずフォローを入れた。 「あ、でもね、簡易魔法なら練習次第で使えるようになるよ。うん。」 魔法とまでいかなくとも、リュオイルもシリウスも属性を己の刀に宿している。 その代わり、平常時と比べ疲労は溜まるが確実に仕留めることが出来るのだ。 余談でいえばリュオイルとシリウスとを比べればリュオイルの方が、扱いやすいらしい。 もとから何でもこなせるバランサーなので、真面目な彼に熱心に教えれば 初級魔法と言わなくても中級魔法くらいやってのけるだろう。 何よりリュオイルは努力家だ。 だからこそ何でもこなせる力をその身に宿したのだろう。 けれど彼が全て出来るかと言えばそうでもない。 アレストのような武術系は、何年も何年も修行を重ねて出来た技なのだ。 だからそう簡単に習得出来るものではないだろう。 「ふーん。そう言われれば二人とも色んな攻撃するもんな。」 「お前は無鉄砲で後先考えずに動くから向いてねぇだろ。」 「失礼な!!」 まるで小馬鹿にしたように、いや、小馬鹿にしたのであろうシリウスは、 頭一つ分低いアレストの頭をポンポンと二回叩いて奥に進んでいった。 地団駄を踏みながらも、置いていかれるのは流石に不味いので、三人とも急いでシリウスを追いかける 「あ、待ってーーー!!シリウス君ってばーーーーーーーーー!!!!」 「あ、こら!置いていくな!!」 マイペースに(速く)歩くシリウスは 今の叫び声が聞こえなかった様子で、(寧ろわざとのように)すたすたと、ずかずかと奥に進んでゆく。 一人一人荷物はあるのだが、シリウスは自ら重い荷物を選んだのだ。 それなのにこんなに速く歩くなんて流石田舎っ子。 こんな事を彼に言えば恐ろしいほど冷たい睨み攻撃が降って来るに違いない。 ・・・まぁ深く考えないで素直に言うフェイルには甘いだろうが。 「もう少しで思還草のある場所に着く。 大分魔獣の気配は消えてるが・・・・嫌な予感がするな。」 「嫌な予感って・・・・?」 苦そうな顔をするシリウスに、追いついたリュオイルがすかさず聞く。 シリウスにとっては最後の部分は呟いた程度だったはずなのだが、 リュオイルにはしっかりと聞こえていたみたいだ。 その事に感心したように少しだけ目を瞠った彼だったが、すぐに前を見据えて目を細める。 「・・・いや、俺の思い違いかもしれん。」 「そうか。ならいいんだ。」 やや眉をひそめながらも、たとえ相手が気に食わない奴でも、 嘘をつく事の無い相手だと分かっていたリュオイルはそれ以上詮索せず頷いた。 信用性はあるようなないような・・・。 いまいち相手の素性を掴めないのだが、絶対に敵ではないと断言できる。 小一時間ほど歩いたであろう。勿論、戦闘も含めて。 奥に行くにつれてどんどん薄暗くなり、今目に見える範囲さえも危うい。 お互い離れないように、まず前線の二名がシリウスとアレスト。 後ろ側から並んでいるのがリュオイルとフェイル。 こうやって肩を並べて歩けば、万が一離れたとしても傍にいるパートナーとは一緒だ。 たとえシリウス側が離れても、彼にとって庭当然なここで迷っても絶対に帰れないはずはない。 彼も昔何度か迷った事があるし、それ以前に幾度もここを行き来している。 子供の頃から今までの記憶は一致している。 だから彼が迷うことはまずあり得ないだろう。 「・・・・・おかしい、幾らなんでも時間が掛かりすぎている。」 「それって、どういう事なんや。」 ピタッと止まったシリウスは、再度辺りを見回す。 道を間違えているわけではない。 何故ならこの森は今の所一本道で、歩行者用の道さえ整備されている。 ならどうしていつまで経っても最深部に着かない? 嫌な感覚に襲われたシリウスは、後ろにいるフェイルの方に振り向いた。 「・・・おい、フェイル。」 「何?」 目だけで合図をすると、その意図が分かったようでフェイルは近づく。 大分背が高いので、かなり見上げないと目が合わないので小柄なフェイルにとっては少々辛い。 「お前、魔族でも何でもいいから感知できる能力を持ってるのか。」 「う、うん。一応出来るけど?」 「じゃあ話しは速い。早速やってくれ。」 「何でや、魔族いるんか?」 「可能性があるからな。 俺が前にここに来た時は30分もかからなかった。」 「そうだね。フェイル、頼むよ。 先に来ていた兵士たちの安否も気がかりだしね。」 最後に「そか。」とアレストが頷くと、フェイルはこくりと大きく頷いて神経を集中させる。 そう言えば魔族の気配を辿るのはリュオイルに会う頃以来だ。 それを考慮に入れるとかなり長い期間使っていなかったと思われる。 魔法というものは泳ぐ事と一緒で、どんなに長い間使わなくても体と頭が覚えているのでまず忘れる事はない。 だが神経を集中させ、何かの気配を読む事は常に意識していないと出来ない。 ほんの少しだがブランクがあるフェイルにはちょっとプレッシャーだった。 ザワザワザワ・・・・・ 静かな森に、どこからか小さな音が聞こえる 「 」 「 」 「 」 何かの声が、誰かの声が聞こえる。 人数は・・・2人。いや3人? 「 」 「 」 何かを話してる。 方向は・・・・ 「南東。」 「へ?南東って、来た道殆ど逆やんか。」 「やはりな・・・・・」 ちっと舌打ちをしたシリウスは、休む間もなく逆の方向を歩きはじめる。 慌てた三人も置いていかれまいとついていく。 だが今まで以上に速く歩くシリウスの姿を追うのは一苦労で、アレストは少し息切れしているのに気付いた。 「で、本当の所はどんな状況なんだい?」 「んー、魔族じゃないよ。 声からして2人か3人程度かな。何か話してるみたいだけど・・・。」 「どちらにしてもこの森に『迷路呪術』をかけている。 どこの誰だかしらねぇが、こっちにとっちゃ傍迷惑なんだよ。」 歩くスピードを上げて、どんどんおくに進んで行く。 彼の言葉は刺々しいが、魔族ではなかったと言うことに安堵を感じながらも内心舌打ちしたい気分だった。 村の皆の仇やミラの復讐をするために、この憎悪の塊を無くすためには彼等を倒さなければならない。 だから少しだけ悔しかった。 暫く道なりに歩いて行くと、ふと奥の方からなのか光が零れだしていた。 暗闇だった森がその光に近づくにつれて明るくなる。 「近い・・・。すぐそこにいる!!」 「・・・どうやら・・・・・・・・・・で・・・・・した・・・・・・・ですね。」 「そうだ・・・・・・・だ・・・・・・いかな・・・・・・」 「まかせ・・・俺が・・・・・・・・・・・やる。」 光の中に何かが、誰かが喋っている。 逆行で、顔も姿も完全に見えないがそこにいる事は確かだ。 だけど嫌な感じは微塵もない。 それどころか、優しい空気がその一体を覆っていた。 「・・・・おや、もう終わりのようですよ。」 「それでは、お気をつけて。」 「いんや、そっちもまぁ、宜しく頼むわ。」 語尾が段々薄れてきて聞こえない。 後一歩。というところで完全にその声も姿も消え失せてしまった。 だが一同が驚いたのは姿だけではなくその光も。 あんなに鮮やかだった光が、彼等が消えると同時に無くなった。 「あ、あれ、あれ?」 「いない。今まで、話していたろ!?」 「あ、リュオイル。もしかしてあそこにおる奴って・・・」 アレストの指を指した場所を見ると、数名の兵士が倒れている。 が、外部にも内部にも傷は無くただ気絶しているだけのようだ。 それにホッとしたリュオイルは行方不明者の人数を確認するともう一度辺りを見回した。 「どういうことだ? さっきの奴等といい、こいつ等の事といい・・・。」 ザクザクと一人置くに進むシリウスは、ぼやきながらも一番明るい、緑が茂っている場所に片足をひざまずいく。 そこにあるのは、ポツンと置かれたようにある小さなもの。 「これが思環草。 護法の森に生息する最も少ない『凍結の眠り』を治す唯一の薬草だ。」 「これがかぁ。」 「綺麗・・・」 草という文字が用いられていてまさに草なのだが、柱頭の真ん中に白い小さな花がぽつんと咲いている。 だが、生命力溢れるその草は他の薬草に負けもせず辺りに咲いていた。 それほどここは自然豊かで日の光が強い。 美しい風景だけでなく、風も空気も何もかもが新鮮。 だからこそ、こんなに珍しい草花が辺りにあるのだろう。 「昔はもっとあったんだがな。・・・枯れちまった。」 魔族襲撃のせいで3分の1は枯れてしまっていたのだ。 その薬草を数本根から丁寧に掘ると、用意されていた通気性の良い袋にそれをしまう。 「これで1段落ついたな。」 「せやな。ここの連中さっさと起こしてはようリビルソルト戻ろうで?」 アレストが気絶している兵士に近づいて起こそうとした時だった。 ――――――ゴゥゴゥ・・・。 「あ・・・」 あんなに晴れていた空が瞬く間に雷雲の雲へと化していった。 零れそうな空の雫は、何かの合図と共に激しい雷と共に豪雨に変貌する。 ポツポツと降り出した雨は彼等の頬を伝い、そして全身にまとわりつく。 穏やかに降っていたかと思うと、今度はザァァァァ、という音がして一気に地に降り注ぐ。 こんな雨は異常だ。 そう感じたのは他でもないシリウス。 20数年間ずっとここで暮らしていたのだ。気象異常にも勿論それなりに詳しい。 台風やらの影響で豪雨になる事はあったが、しかしそれでもその前に何らかの前兆がある。 けれどこの雨は何の前触れもなく降ってきた。しかも豪雨として。 「雨?なんでや、さっきまであんなに晴れたってのに・・・」 ゴロゴロとなる雷。 止む様子の無い豪雨。 強く吹き出した風。 自然に起きたとは思えない現象。 「・・・・俺が感じた嫌な予感は・・・これか・・・」 さっき光の中にいた奴等の事ではない。 奴等からは、特に何も感じ取れなかった。 それに反して今この場所から出ている禍々しい空気は何だ? いや、俺はこの気配を知っている。 忘れるものか 忘れるはずがない 忘れてはいけない 「・・・魔族。」 今のシリウスの心境を見透かしたようにフェイルがポツリと零した。 目線は今は雷雲となっている雲。 全員つられて空を見上げると、そこにいたのはいつしか見た三人の男女だった。 「お前等は!!」 怒号の声に変わったリュオイルは、槍を装備し上を見据える。 アレストも、そしてシリウスも。 「アルフィス、ラクト・・・それにソピアか!!!」 「ご名答。フィンウェルの騎士よ、単刀直入に言う。 フェイル=アーテイトを渡してもらおうか。」 「だーれがそんな要求呑むかっちゅうねん!!」 吼えるようにアレストがラクトに指を指すと、威張るように胸を張った。 ソピアは相変わらずおどおどしているが、残る二人は涼しい顔。 相変わらずアンバランスな組み合わせだ。 だが見た目で判断する事は出来ない。 いつどんな時に彼等が強力な術を使ってくるか全く分からないからだ。 前に見たギルスとアルフィス。 あるいはギルスとラクトの組み合わせよりこっちの組み合わせの方がずっと怖い。 何故ならギルスのような勝手気ままな攻撃者がいないのだ。 つまりコンビネーションが固い。 魔族でも、息の合っている者同士だとかなり強いのだ。 「・・・別にお前たちの意見など聞こうとは思わぬ。」 ただフェイルだけを見ていたアルフィスはそう答えると腰に装備していた剣を構えた。 続くようにラクトもその大剣を構える。 澄んだ空気が、一気に戦慄する。 嫌な汗が流れていると気付いたのはその少し後だ。 「あんた達の安否なんてどうでもいい。 邪魔をするなら・・・・・殺すよ。」 その声が合図のようにリュオイルがフェイルの前に立つ。 それに習うようにアレストも前に出る。 「お前等なんかに・・・フェイルを渡すものか!!」 「どうでもいいんだよ、そんな事。」 ラクトが先に舞い降り、その瞬間剣から突風を発生させる。 シリウスに直撃するその数秒の間にフェイルは魔法を完成させる。 「リーヴズバリアント!!!」 間一髪の所でラクトから出された魔法を跳ね除ける。 それでも特に気にした様子のないラクトは、地を蹴りシリウスに突進した。 ――――キィィイイイン!!! 剣と剣との衝撃音が超音波のように響いた。 同じ大剣使い、力量は五分五分。 それでもシリウスはこの小さい少年の力に少なからず驚いていた。 (こいつ・・・こんな小さい体でどこからこんな力が。) 力は同じ、もしくはそれ以上だと認識したシリウスは、 下手に前に出る事が出来ず少しずつ間合いを取って攻撃をする。 だがこのまま長く続けば確実にシリウスの体力が削ぎ取られる。 相手に少しでも隙があれば勝ったも当然なのだが、今その作戦を考えれるほどシリウスに余裕はない。 「紅蓮!!」 「甘いよ、クラッシャーブレス!!」 シリウスの攻撃を音も無くスルリと避けて、大剣に刻み込まれてある紋章が赤く光りだす。 まるで血の様にも見えるその紋章は地属性の魔法を生みだし、シリウスに襲い掛かる。 これは、中級魔法の合成だ。 「――――何!?」 地面から盛り上がってきた岩は、無数に砕け散りシリウスの体に直撃する。 幾ら体力があってもこれは冗談じゃないほどきつい。 「ぐぁぁぁぁぁあああ!!」 「シリウス君!?」 ソピアと対戦していたフェイルは、ただ事ではない騒音と悲鳴を聞いてすぐさまシリウスの元へ駆け寄る。 所々から血を流し、場所によっては重症な部分もある。 だが回復呪文を詠唱した所で魔族に邪魔されるのが目に見えている。 最悪な事に薬草も持ち合わせていない。 あるのは、思環草だけ。 これをどう使っても回復薬にするのは無理だ。 今は治療することが出来ない。 何も出来ない。 「フェイル・・・さが・・・れ。」 「駄目だよ。・・・待ってて、すぐ後で治すから。」 そう言い残すと、フェイルは目の前にいるラクトをきっと睨む。 自分とさほど変わらない少年はあまりにも無慈悲だ。 いや、それでも彼には仲間に対する慈悲はある。 敵と見なしたものは全て排除。それは魔族の恐ろしさ。 決して同情しない。 決して哀れんだりしない。 決して死に逝く者の声を聞かない。 「私が魔王降臨の鍵になるって、言ったよね。」 「ええ、出来れば無傷で貴女を連れ帰りたいんですけど・・・無理のようですね。」 「魔王を復活させるなら、どんな事があっても私は貴方たちと一緒に行けない。」 そう言い切ると、フェイルはすかさず詠唱に入る。 ラクトは小さく溜息をつき、頭を振って小さく呟く。 今ここで詠唱しても無駄だと貴女も分かっているだろうに。 「無駄な事を。」 『力強き自然の火 生まれ来る衝撃を神々に 無くした電撃はかのものへ 走り狂う稲妻 今此処に打ち落とさん』 「ワイドンサンダーっ!!」 走り狂う電撃がラクトを襲う。 だが彼は、全く動揺することなく指を弾いた。 乾いた音が森いっぱいに広がる。 その音に反応したソピアは、バッとこちらに視線を泳がせた。 「ソピア、頼んだよ。」 ふと上を見上げてオロオロしているソピアに合図する。 小さく頷いたソピアは、物凄い速さで詠唱を唱える。 その時間は3秒も無い。 『リフレクト』 瞬時にラクトに張り出された魔法反射は、見事にフェイルの魔法を跳ね返し、 その矛先は彼女に向いた。 「――――っ!?」 「フェイル!!!」 あと数秒遅ければただじゃすまなかった。 じゃあ、何で私は痛くないの? 「シリウス!!?」 リュオ君とアレストの悲痛な叫びが聞こえる。 背中に回された腕、暖かいこのぬくもり・・・。 「シ、リウス・・・君?」 「・・・――――っ!!!」 顔に、額や頬に温くて赤い液体がポタポタと落ちはじめた。 それが血だと分かった時には、もう、言葉が出なかった。 喉に何かが塞がって、思うように言葉が出なかった。 焼けるように、熱かった。 「ぶ、じ・・・だな?」 「・・・・。」 血が流れ落ちる瞬間、シリウスは痛みを堪えているように顔をしかめる。 普段崩れない顔が酷く、酷く歪んでいるため、それは更に痛々しさを物語っている。 掠れ声になりながらも、意識が遠退きそうでも、懸命に下で呆然としている彼女に声をかける。 無事かどうか確認しなければ。 この少女は、あの子に似ているから。 「フェ・・・イル、怪我は・・・?」 魂が何処かに飛んでいるようにシリウスを凝視している。 あぁ、そういえば、あの時のミラもこんな顔をしていたな。 「シリウス、しっかりせぇ!!」 暫く固まっていた二人も、すぐさまシリウスの元に駆け寄ってきた。 アレストは血相を抱えて、リュオイルはシリウスと魔族を交互に見ているがやはり顔は心配そうだ。 やばい・・・目が、霞んで・・・・・ 「シリウス!しっかりせぇや、大丈夫やさかい。 ・・・フェイル、フェイルっ!!回復を頼むで!!!」 未だ呆然としているフェイルは、のろのろと手を掲げ、弱々しく呪文を唱えようとした。 そうだ、早くシリウスを治療しなければ大変な事になる。 が、フェイルが無防備になっているのを見計らってアルフィスが攻撃を出す。 「下がれフェイル!!!」 滅多に怒鳴らないリュオイルもこの時ばかりは大声を叫ぶ。 フェイルの前に出て庇い、傷が出来ても形振り構わず技を繰り出す。 アレストはシリウスの手を握り、懸命に声をかける。 最初はまだ返事を返す余力があったのか、だが今は虚ろな目で空を見ている。 「シリウス、シリウス!!」 尚も続く魔族の攻撃。 完全に放心しているフェイルはシリウスと同じく虚ろな目をして遠くを見ている。 何度も彼女に声をかけて、それでもこれ以上は進ませまいと攻防しているリュオイル。 たとえ頬の肉が裂かれても。 たとえこの腕がへし折れても。 たとえこの足が切断されても。 ここを、通すわけにはいかないんだ! 「ソピア、今がチャンスだ。」 「え、で、でも・・・・」 「ソピア。迷ってたって何も変わりはしないよ。」 「・・・うん。」 ラクトの言葉にただ頷くだけだったソピアは両手を大きく掲げ、 その姿には似合わないほどの禍々しい呪文を唱えはじめる。 「これは・・・・」 「・・・ソピアか。」 邪気がどんどんその小さな体に集まってくる。 禍々しく、そして長い呪文。 アルフィスは察しがついたようで、小さく頷くとリュオイルに大技を繰り出す。 一方、何が起こっているのか分からないリュオイルは、アルフィスの出す技を食い止めるのが精一杯だ。 「一体何が・・・・」 『 白き魂を吾等に捧げるべく 贄になれし其の力、今此処で分離せよ 』 呪文が完成した。 黒く、そして広い大きな魔法陣がソピアの足元に出来上がる。 一つにまとまった黒い邪気は、フェイルに襲い掛かろうとしている。 「―――――!?フェイルっ、フェイル!!」 悲痛な叫び声が虚しく木霊する。 シリウスばかり気にとられていたアレストも、絶句してその光景を見ていた。 リュオイルの叫びに反応するように、あまりに小さすぎて聞こえないがシリウスも少し口を動かしている。 目の前で自分を行かせまいとしているアルフィスを、無理やり押しのけてフェイルに駆け寄ろうとする。 だがその邪気の移動の速さは並大抵ではなく、どんなに必死になっても追いつくことが出来ない。 あと一歩だというのに! 「フェイルーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」 「・・・・これで、終わりだな。」 これで決着がついた。 そう言って、アルフィスは静かに瞼を閉じた。 「誰がさせるかってんだ。」 ―――――パシッ! フェイルを覆おうとしていた黒い邪気が、何かによって塞がれた。 いや、これは浄化されたと言っていいだろう。 眩い光が辺りを覆いつくし、そして術者であるソピアは苦しそうな表情をしていた。 唖然とする魔族を尻目に、いきなり表れた人物は口元をにぃっとして魔族を見据える。 「お前等魔族にある選択権は2つ。 一つ目、このまま何もなかったように自分の棲家へ帰る。 二つ目、今この場で死ぬ。 さぁ、どれがいい?・・・まぁ、2つ目みたいな無謀な選択はしねぇよな〜? そこまであんたも馬鹿じゃないはずだぜ?魔族に寝返ったアルフィスさんよ。」 「お前は・・・・・まさか。」 「そう、その『まさか』って奴がこーんなかっこいい登場で出てきたわけ。」 「・・・・・・」 「ア、アルフィス。誰なんだそれ。」 「・・・・・こいつは・・・・」 アルフィスが一歩後ろに下がると、ラクトの顔も見ず目の前に現れた青年を凝視している。 普段表情がない彼にとっては、今が一番緊張をして尚且つ焦っているのだろう。 「俺の名前はシギ=ウィズザケット=エイフィス、だ。 その耳かっぽじって頭に叩きこんでおけよ。 ・・・・久しぶりだな、ラクト=ウォルティス=ジーク。」 「――――――!!?」 「何意外そうな顔してんだ。俺を舐めてもらっちゃ困るぜ?」 不審そうな目をしていたラクトも、驚いたように目を大きく見開き、 アルフィスと同じように一歩、そしてまた一歩下がった。 その顔には恐怖が浮き出ている。 真っ青になったラクトは肩を震わせた。 「ま、まさか・・・・」 「そのまさかだ。ラクト。」 アルフィスは声を低くしてラクトと、未だ困惑した様子のソピアに言い聞かせる。 ラクトも同じ考えなのだろう、身を震わせている。 「こいつは・・・・・・・神族だ。」