■天と地の狭間の英雄■
       【古獄門戦争】〜生きると言う事〜
















フェイルはあれから古獄門に向かって走って行っていた。
場所は聞いていなかったものの、魔力の高いフェイルはすぐに感づいた。
数までは予想できないが、かなりの量の魔族がフィンウェルに攻めて来ている。
軍事力を誇るフィンウェルでも、今回の戦はただではすまない。
そう思ったフェイルは、明らかに「これが古獄門です。」とでも言わんばかりの門に手をついていた。



「・・・・ふぁぁ、大きい門。」



門の端には何やら魔法力をこめた魔法石が施されている。
恐らく魔法部隊がここから攻撃するのだろう。
魔力強化を行える場所はここぐらいだ。



「・・・大丈夫。」



フェイルは自分の手を胸に当てた。
リュオイル達には悪い事をしたな、と思いつつも、自分の考えがおかしいとは思っていないので後悔はしてない。
ふと、空を見上げた。
朝日が昇りかけるのか、山の向こうがうっすら明るく見える。
普通魔族は夜に襲撃するものなのだが、何故か今回は朝型。
でもよく考えれば、朝油断している人間を殺すのは簡単なのである意味当たっているかもしれない。
こんな事をリュオイル達の前で言えば何を言われるか分かったもんじゃないが・・・・・。



「・・・・・・・。」



朝日を見ながら、フェイルはボンヤリしながら昔の事を思い出していた。
昔と言っても、大した事はない。
大した事はないはずだが、でも心が痛い。
酷く、懐かしい気分を味わった感じだ。



「・・・・・何やってるんだろ。」



そのままフェイルは自分の髪をグシャッと掻き分けて苦笑いした。
「らしくない。」と呟くと、彼女は古獄門から数メートル離れる。
そこに辿り着くと、ふと後ろを振り返った。
平和な国、フィンウェルがこちらを覗いている。
目を細めれば、もうそこまで騎士達が来ていた。
流石軍事に力を注いでいる国だけある。あれだけの短時間でここまで進むとは・・・。



「・・・・・・・頑張ってね。」



誰に言うわけでもなく、フェイルはそう呟いた。



「・・・・・・魔が者よ。」



そして、その小さな口から力強い言葉を紡ぐ。
人はそれを、呪文と呼ぶ。
けれどそれは、私にはただの呪縛にしか思えない・・・。









「あれは・・・・・。」



あと半分の距離で古獄門に辿り着く事が出来る、という位置にいるリュオイルは駆ける馬を止めた。
東の空から、古獄門から何か光が溢れだしている。
古獄門は魔力増加システムが施されているが、今まで使った事はあまりない。
魔力増加、と言っても対象範囲を広くさせたりするくらいなのだ。
回復や雑魚相手なら使うが、強敵であれば単体を集中攻撃する方が早い。



「古獄門に、もう魔法兵は行っているのか?」

「え、いえ。
 まだカシオス隊は、後ろから後で来るそうですが・・・・。」

と言う事は、考えられるのは1人。
先に突っ走っていったフェイルだけだ。
でも、あの魔力の強さは、一体・・・・。



「こらリュオ!!」



暫く呆然として見ていると、後ろから誰かに殴られた。
ガンッという鈍い音がしたかと思うと、目の前に火花が散ったように見えた。



「〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」



あまりに突然だったためと、あまりの痛さに頭を押さえるリュオイル。
殴ったのは同じ前線に出るリティオン。
その一部始終を見ていた他の兵士は、一気に退けた。
若きながらも自分の上司をリティオンはいつものように殴ったのだ。
見慣れてはいるものの、やはり怖い。



「何してんのさ!!
 さっさと行って、フェイルちゃん援護するよ!!」



漆黒の馬に乗り、剣を持っている彼女の姿は勇ましい。
さっきまでのあの女性らしい(?)姿は消え失せ、代わりに剣士らしい威圧感が感じられる。
流石この歳で副隊長の地位まで昇りつめただけはある。
だが決して彼女は高い地位を望んでいるわけではない。



「・・・・りょ、了解。」



涙目になりながら、リュオイルはそれでも前に進んだ。
上司である彼について行く部下達。
彼が動かない限り他の人物も動けないのだ。
リュオイルがそう言って動くと、リティオンも剣を腰にかけた。
鞘は抜いていなかったものの、あれを頭に振り下ろされたら普通は気絶する。
リュオイルが気絶しなかったのは慣れていたからだろう。
上司に向けられる目が同情を含んでいるとは彼も知らない・・・・。



「でも、リティオン。」

「何?」

「あれがもしもフェイルだとしたら・・・・。」



あんなに強い魔力を持った人間を、今まで見た事はない。
完全にカシオスの力を上回っている。
その証拠に、あれだけ放れている場所なのに魔力がヒシヒシと伝わってきているのだ。




「それがどうしたというの?」




緊迫したリュオイルの声に全く気にした様子のないリティオンは、まるで言い聞かせるかのように彼にそう言った。
それに驚いた目を向けたリュオイルは、思ってもいなかった言葉に目を丸くする。



「あの子はあの子よ。
 何の変わったところはないただの女の子よ。」

「・・・・・リティオン。」

「さ、無駄話は終わりにしてさっさと行くわよ。
 噂をすれば何とやら。フェイルちゃん何か発動させてるわ。」



そう言われて、リュオイルは古獄門の方向へ目をやった。
すると丁度何かが完成したようで、白い龍のような物体が天空を駆け抜ける。
龍が四方に散り、淡い色の結界がこの近辺を覆い尽くした。
ここまで広範囲の結界が張れるのも、恐らく古獄門のおかげだろう。



「頭いいわね。」

「・・・・。」




普段はどうか知らないが、フェイルは戦闘ではかなり強いのだろう。
さっきまであんなにボンヤリしていたのに今は全く逆だ。
何の為に、何故戦っているかは分からないが放って置けない。
それが何故なのかは自分でさえも分からなかった。
ただ、見ていられない。危なっかしい子だと思った。

大分彼女に追いついた様で、小さくだがフェイルが見えるようになって来た。
その姿は小さく、そしてどこか哀愁を思わせる。


《 助けられる命まで見殺しにするなんて間違ってるっ!!! 》


あの時、何故彼女があんな事を言うか全く分からなかった。
それは正論であるけれど、でも戦場ではそれは許されない。
少しでも気を抜けば死ぬのは自分。
そんな事を構っていられるほど、騎士と言うものは出来ていない。


《 ・・・じゃあ、じゃあリュオ君達は?
  無事に帰ってこれるって断言できるの。 》


その言葉が、痛かった。
騎士なんて、死と隣り合わせに生きている。
いつ死んでもおかしくない。

おかしくない。でも・・・・・・。




「・・・・全軍に、命令を出す。」




《 皆死ぬかもしれないのに・・・。
  何もしないで、ただ待つのは嫌。 》



「リュオ?」



急に黙りこんだかと思えば、彼はいきなり、真剣な口調で何かを言おうとしている。
フェイルの元まではもうすぐだ。



「・・・・・。」



あの子の考えは、恐らく正しい。
でも、僕の考えも間違ってはいないと思う。



「・・・・・皆。」



上に立つ者が出来る事。
そんな事、本当に少ない。
多くの部下が死ぬところを、見たいわけがない。



「皆、無事に帰ろう。
 故郷が、家族が、友達が待っている。」



だから言わせて。
たった一言。
気休めでも何でもいい。
それでも・・・・。



「皆、無事に帰還することを前提としてこの戦争に参加せよ!!」



帰ろう。
帰る場所が、あるだろう?
皆、死ぬな。
生きて帰ろう。



「・・・そうね。」



最初は驚いた様子で目を見開けていたリティオンだったが、フッと笑うと彼女も後ろを振り返った。
納得したように、満足したような良い顔だ。



「次いでだから私も言っておこうかしら。
 ・・・全員生きて帰りましょう。」



暫く静まり返ったが、何処からか誰かの叫び声が聞こえた。
「おーーーー!!」やら「分かりましたっ!!」やら「了解です!!」やら。
一気に士気が上がったところで、リュオイルは大きく息をする。
これから、始まるのだ。戦が。
前を見ると、もうフェイルが魔族に囲まれそうだった。
早く援護しなければ。




「全軍出撃!!!」




生きて、帰ろう。

待ってる人が、いるだろう?

だから生きてくれ。











『 我に加護を 悪しき者に雷雲を散り鳴らさん 』


――――――ワイドンサンダー!!!



円を描くように回ったフェイルは、自らの掌から生み出した雷を敵にばらめく。
地上には魔力増加装置のおかげで大分広範囲に攻撃する事が出来ている。
空からは稲妻を、地からは揺れる衝撃を、風は竜巻のように巻き起こり、数百もいる魔族を一斉に排除する。
だがその代わりに魔族達の断末魔は消える事はない。
何度聞いても耳障りと思える彼等の声。
でも、仕方がない。
彼等を止める手立ては、「殺し」しか人間には残されていない。




『 歪められた地形 始まる震え
           切なき淡き思いは
               崩れ堕ちる神の衝撃 』


―――――――ロックサリード!!!!
        


地が揺れ、地面が崩れる。
その間に呑みこまれる者もいれば、激しい衝撃に押しつぶされるものもいた。
そこからまた血飛沫が舞い上がる。
ここいらはもう既に死体がゴロゴロ転がっている。おまけに地表は残酷だが赤。



「・・・・っ!!」



詠唱を終え、ふと上を見上げるとそこには鳥の姿をした合成獣がいた。
振り下ろされる牙を避けるため、フェイルはスライディングをしながら転ぶ。
間一髪で避けられたものの、次から次に出てくる魔族の多さにフェイルは少し苛立っていた。

(根元を倒さない限り、いつまで経っても魔族は減らない。)

むしろ減るのはこっちの気力だ。
体力が落ちれば不利なのはこっち。
蟻のようにうじゃうじゃ出てくる魔族を1人で相手にするのはやはり無謀だったかもしれない。
そんな命取りになるような余計な事を考えていたせいか、後ろから攻撃されそうになっているのに気付かなかった。
剣を振り下ろされる直前で殺気を感じ、急いで構えるが、間に合わない!!!



「―――――――っ!!!!!」


―――――ザシュッ!!!!!



腕一本飛んでも仕方がない。と覚悟したフェイルだったが聞こえたのは肉を裂く音だけで痛みがない。
そっと目を開けて見ると、そこにはいつの間にか大勢の兵士達が集まって戦っていた。
カンカンッ!!と金属が擦れる音が煩いと感じた。
さっきまでは全く音が感じられなかったのに、何故?



「・・・・・え?」



上を見上げると、そこには槍を構えたリュオイルの姿があった。
その愛用の槍にはすでに血がこびり付いており、何匹もの魔族を殺した事が目に見えている。




「大丈夫?」



優しい笑顔を見せてフェイルを安心させたリュオイルは、彼女に外傷が無いのが分かると、すぐに立たせた。



「リュオ君・・・・。」

「驚いたよ、もうここまで着いてたなんて。」



そう言ってリュオイルはフェイルと背中を合わせた。
彼女も見習うかのようにして警戒しながら辺りを見回す。
兵士が応戦してくれた事で、さっきよりは大分楽になっているけれどもまだ安心は出来ない。
空からか、地上からか、何処から来るか分からない攻撃を全神経を集中させて察知しなければ、
戦場で生きて行く事は不可能だ。
どんな時でも油断は禁物。
少しでも隙を見せればそれが命取りとなりかねない。



「・・・・ごめんね、勝手に魔力増加装置使って。」

「いや、構わないよ。
 敵に使われるよりは味方に使われた方が断然いいから。」

「・・・・うん。
 あと、勝手に飛び出してごめんなさい。」



リュオイルは槍で敵を突き刺しながら、フェイルは魔法を発動させながらそれぞれ会話をしていた。
それに、予想外の言葉を言われたリュオイルはギョッとしてフェイルを見る。
かなり沈んだ様子の彼女は、さっき勝手に飛び出した姿とは全く違っていた。
あの時は結構頑固な性格だな。と思っていたが、それはあっさり崩れた。
本当は素直で、優しい子なんだと。



「・・・・いや。
 僕も、無責任な事言って、ごめん。」



きっとあの時はお互い興奮していたのだろう。
冷静になった途端、罪悪感が生じたのだ。
人間は不器用だ。頭で分かっていても口ではどうしても自分の価値観を言ってしまう。
そんな事を言えば間違っているのは目に見えている。
分かっているけれど、でもそれを制御することが中々出来ない。



「・・・・・リュオ君は悪くないよ。
 私の考えは、どっちかって言うと甘いし現実的じゃない。」

「・・・・・。」

「でも、それでも譲れないの。」



そう言うと、フェイルはステップを踏むようにして後ろに2・3歩下がった。
そして両手を大きく空に掲げる。
どうやら詠唱が完成したらしい。
下に浮き出てきた魔法陣は、淡い海の色を示していた。
魔法団にある魔法陣ではない。
かなり独特で、そして細かい文字が無数に描かれている。
今まで一度たりとも見た事がないそれに、リュオイルは息を呑んだ。



―――――――ファーストエイド!!



鮮やかな、優しい光が味方を包み込む。
それまで流されていた血も、その傷も、全てを癒す。
空を見上げれば、どこからか白い羽根がユラユラ舞い降りる。
それが魔族の体に当たり、どんどん浄化していく。



「おぉっ!!力がみなぎるぞ!!!」

「まだまだ行けるぜっ!」



回復した事により、兵士達の士気もどんどん上がる。
魔族は確実に、そして急激に減っていった。
フェイルの放った魔法が、こんなに凄いものだとは流石に予想できなかった。





《 譲れないの。 》





僕にとって譲れないもの。
それは、一体何?



ねぇフェイル。

君にとって譲れないものは

一体、何?






『 神の息吹は優しさなり 我の息吹は旋風なり
        速急な微風のごとく地に舞うのは風の精
                    触れ合う者の魂を今切り裂かん 』


――――――テアウィンデス!!!!




攻撃力の高い魔法を、魔力増加装置を通して放ったおかげでかなり広範囲にダメージを与える事が出来た。
刃のような風が辺り一面に現われ、次々魔族を切り裂いていく。
そして一面の魔族が完全に排除し切った時、フェイルは疲れた様子で溜息をついた。