■天と地の狭間の英雄■ 【準備】〜きっとこれからも〜 「ふむ。リグ大陸への通行許可?」 「はい。フィンウェルからの連絡があるとは思いますが念のために確認をと。」 畏まるリュオイルに続いて、フェイルもアレストもシリウスもシギも、膝を曲げ俯いたようにしている。 だがこの中の半分はごくごく一般的な庶民なのでこうして王に会える事が奇跡とも言えよう。 緊張するのは当たり前だし、表情が硬いのは仕方がないと言えば仕方がないが、 その中のアレストは硬直状態で、謁見の間に入った時なんか右手右足が同じ様に前に出てガチガチだった。 「確かに連絡は届いておる。そなた達の目的も聞いておる。 だが何ゆえリグ大陸などへと・・・・・。 あの大陸は今も昔も内戦や紛争が絶えない町が多々ある。 遠回りにはなるが、他を選ぶ事はないのか?」 リグ大陸。 通称、戦乱の国。 代表する大陸の中で最も面積が狭く、最も貧しい国。 真夏よりも熱い、灼熱の太陽が昼間中照り、 そしてそこいらの真冬よりも寒い極寒の夜。 生きる為に、領地を広げ作物を育てるために戦乱が続いている。 無論、老若男女問わず。 領地を守るためとは言え、民の扱いはあまりにも酷すぎる。 いつしか、誰かにそう聞いた事があった。 「あの大陸を治める皇帝は我々とは全く違うぞ。 無慈悲な、そして己の事しか考えぬ輩だ。それ故あの領民たちは苦しんでいる。 それでも、そなた達はあの大陸を渡るというのか?」 「時間がないんです。 遠回りをしていれば、取り返しが付かなくなるかもしれないんです。」 「た、旅に危険は付きものでっせ? うち等今までそんなんにぎょうさん出くわしてるし・・・ 今更引くわけにはいきませんのや。」 「・・・・愚問だ。」 「あー、どっちかっていうと急いだほうがいいんでね。 まぁ、何とかなるんじゃないっすか?」 上からフェイル、アレスト、シリウス、シギの順に次々答える。 リュオイルも何か言おうとしたが、皆が言いたい事を言ってくれたようで何も言わなかった。 皆の言葉に薄く微笑したリュオイルは、落ち着いた表情でチラッと後ろを振り返る。 振り返ると言っても目線だけなので、恐らくフェイルとアレストには気付かれていないだろう。 「・・・・そうか、そなた達の決意はそれだけ固いと言うのだな。」 「はい、申し訳ありません。 お心遣い感謝しています。」 「よかろう。すぐにでも『ラザール港』からリグ大陸に出る船を出させよう。 ラザール港はここから北にある小さな港である。 リグ大陸には通常1ヶ月に1度しか出ないのだが、いた仕方あるまい。」 「ありがとうございます。必ずや、よい報告を・・・・。」 そこまで言いかけて王は首を振って王の座椅子から立ち上がる。 すぐ傍らにいた杖持ちの女が困ったように王を見るが、彼は優しい笑みでその杖を持った。 我等が王。 その彼が今何をしているか側近達も分からないようでザワザワ、と少しずつ騒ぎ始めている。 勿論その行動を不審に思うのはリュオイル達もだ。 訝しげに眉をひそめて、あの長い衣装がこの緩やかな階段と彼の足で引っかからないか、と心配している者もいる。 だがその心配を他所に、彼の足取りはしっかりとしたものだった。 「王?」 ――――――カツカツ・・・ それは一歩一歩、とても慎重だった。 階段を下りて一体何処に行く気なのだろう、とリュオイルは誰にも分からないほど小さく首を傾げる。 けれど王を止める事は誰にも出来ない。 この城の者さえも、あまりに唐突な事なのか呆然としている。 ひざまずいていた全員が驚いたように顔を見合わせてその様子を静かに見ていた。 ――――――カツ・・・・。 止まった。 リュオイルの目の前で。 顔を伏せていた彼は影が差しかかったのに気付くと不思議そうにその頭を上げる。 そして彼は驚愕の目をして王を凝視した。 ひざまずいた。 彼の、リュオイルの前で。 「王!?」 「よい報告など、決まっておる。」 薄く笑っている王は、リュオイルの顔をまじまじと見ている。 けれど状況を上手く理解していないリュオイルには彼の行動が全く分からなかった。 オロオロする彼を他所に、まるで実の息子を見るような目で彼は笑った。 「生きて帰って来る事がこれ以上のない吉報だ。 ・・・・そなた達に六英雄と神の加護がある事を願わん。」 胸に手をかざし、まるでこれから死にに行くものたちの見送りをするように王はそう言った。 王が自分の目の前に来ること自体があり得ない事なのに何故彼はこんな僕にひざまずく? 本当は、僕達がもっと恭しくしなければならない立場なのに、どうして。 困惑する中、リュオイルは冷静に今までの事を整理していた。 王の言葉をもう一度手繰る。 「まるで」なんていらない。 この旅は、生きて帰れるわけがない。 生きて戻れる可能性は、0に等しい。 それでも 生きて帰ってきて欲しいと思われていることが この上なく嬉しい。 「・・・・・・・あ、ありがとうございます。 必ず、必ず生きて戻りますから、どうかお顔をお上げください国王陛下。」 生きて帰る。 そう、僕達は生きるんだ。 帰る場所がある。 かけがえのない家族もいる。 「生きて帰ってきなさい。それが、我が国からの勅命だ。」 ここはリビルソルトの城下町。 多くの住人が皆楽しそうに会話をしたり、買い物をしたり、仕事をしている。 食べ物を売る商人。機織りをする若い娘達。武器を鍛える鍛冶師。 多くの民が賑わう穏やかな国。 最初此処に来た時も思ったが、ここはいい国だ。 第一に国民の事を考え、そして争いがないように治安も安定させている。 理想と現実が一つになった、美しく強い国。 「六英雄の二人が住んでいた国、か。」 青く澄んだ空を見上げ、リュオイルは一人事を言うようにぽつりと零した。 ここはフィンウェルとは全く違う。 どちらの王も、確かに国民の事をちゃんと考えている。 どちらも平和だが何かが大きく違うのだ。 そう、何かが・・・・。 「おんや?リュオイル坊ちゃんどうした。 こんなところで呆けてるとシリウスに馬鹿にされるぞ〜。」 「・・・・・坊ちゃん言うな。」 どこからともなく現われたシギは両手いっぱいに紙袋を持っていた。 恐らく旅に必要な物の買出しであろう。 そう言えばアレスト達と別れ際に彼女から「買って来てくれ。」と頼まれていたような気がする。 重そうに見えて手伝おうとしたが先の言葉で不機嫌になり、その考えを振り払った。 「で、何してたんだよ。皆それぞれ武器の補修やら道具の買出しやらで出払ってるのに、 お前さんはこんなところでボーっとしてる。」 「・・・いや、ちょっと・・・考え事を。」 リュオイルのいる場所は小さいが花や水で溢れている美しい庭園。 辺りを見れば子連れの親子もいるし、仲睦まじきカップルも見える。 そんな庭園にある一角のベンチに一人で腰掛けているリュオイルを見つけたシギは声をかけたのであった。 恐らくどこか儚げな表情のリュオイルを放って置けなかったのであろう。 いつもあるどこか自信に溢れる顔が今では遠くを見ているようで危なっかしい。 勿論そんな事本人は全く気付いてないだろう。 ついでに言えばこの事を言えばまた肩を落としそうなので決して言わない。 「・・・物思いにふけるのは別に構わないが・・・・・」 よっこいせ、とリュオイルの隣に座るシギ。 「ジジくさいな。」とリュオイルに小馬鹿されたにも関わらず彼は笑顔だった。 けれど嫌そうな顔をしたわけでもないリュオイルは、ただそれを目だけで追ってまた空を見上げた。 自分の髪の色とは全く正反対な、蒼い青い空を。 「・・・・お前ってさ。」 「ん?」 「神族なんだよな。」 「おう。やっと信じたか?」 「いや、全然。」 「・・・・・・・・・・・」 「でも、どこかにいる違う自分が、認めている気がする。」 「違う自分って・・・・・」 確かアレストに聞いた。 リュオイルは2重人格者だということを。 だがそれをリュオイルはあまり知らない。 (記憶に残ってないんだ。) 何度か人格が変わったらしいが、正気に戻った彼に尋ねた事があるらしい。 けれど返ってくるのは困ったような笑みをした彼の表情。 あの恐ろしい力を持っているとは思えないほど優しく穏やかな笑み。 「ほぉ。その自分が俺を認めてるってわけだ。 ・・・・じゃあどうしてお前は認めてくれないわけ?」 「知らない。」 「知らないって・・・・。 そんな駄々っ子みたいにきっぱりと。」 「認めたくないわけじゃない。 認めたくても、認められないんだ。」 それは、前にフェイルに言った『信じる』という事にも繋がっている。 ・・・相変わらず何で僕はこう、神経質なんだ。 リティオンやカシオス達からも「もっとリラックスした方が良い」とまで言われる始末。 分かっているけど、でも心のどこかにある小さなプライドがそれを邪魔している。 このご時世、しかも戦争中にプライドを高く持ち過ぎると後で痛い目に合う。 分かってはいるのだが、どうしてもそれを捨て切れる事が出来ない。 「・・・・・ごめん。」 「ん、どうした。」 「ごめん。疑って・・・」 同じようにボンヤリと空を眺めていたシギは、突然のリュオイルの言動に驚く。 今の今まであんなに意地を張っていた頑固物が、素直に何かに謝っている。 その対象が自分だと気づいたときはもっと驚いたが・・・・ ―――――ぽんぽん。 薄く笑いながら、リュオイルの頭に手を差し伸べて宥めるようにして撫でる。 前回までの彼であったら反抗するだろうが、そんな気力もないのかボンヤリとしたままだ。 こんな彼を見ていると、もしかしたら本当はこれくらい大人しい子じゃないのかと錯覚してしまう。 「別にな、そんな急いで認めたり信じたりしなくていいんだぜ? 無理する必要はないし、むしろ警戒心持たないフェイルは逆に危ないからな。」 撫でる手を休めずに、優しい笑みを浮かべて淡々と述べる。 この場面でフェイルの名を出したのは一番言い例えだと思ったから。 胸を張って言えるほど彼女もまた彼と同じ様に、それ以上に危なっかしい。 誰かがついていないと何処かに行ってしまいそうなのだ。 無茶をするし、自分の事は全く分かっていない、健康管理はズボラ。 こんな事を彼女の面前で言えば、それはもう怒るだろう。 けれどフェイルは怒っていても何故か迫力がない。 幼い、と言えば良いのだろうか・・・。 まさかそんな事を言われるとは思っていなかったリュオイルは、頭を垂れて何も言わず黙っていた。 「少しずつで良いんだ。 少しずつ、少しずつ。相手の事をもっと知ってから、それから警戒心を解せば良い。 焦る必要はない。お前はお前なんだから誰かと比較なんてしなくて良い。」 自分の心境を見透かされたような感じだった。 ばっと顔を上げてシギを凝視する。 疑いの目ではなく、驚愕の目で。 「・・・・シギって、変な奴だ。」 「そうか〜?」 「ああ。随分といい加減な奴でおちゃらけていて馬鹿見たいに明るくて・・・」 「・・・・けなしてんのかよ。」 「でも、ちゃんと周りの事考えて、こっちがびっくりするくらいの優しい言葉をかけてくれて・・・」 「・・・・」 「本当・・・・変な奴だ。 フェイルも変だと思うけど・・・お前も変だ。」 「・・・・褒め言葉で受け取っとく。」 そう言い終えたシギの顔は、満面の笑顔だった。 それからさっきよりも少し力を入れてリュオイルの頭を撫でる。 そしてその本人も、何も言うこと無くただただ空を見上げた。 ありがとう。 どういたしまして。 「アレスト、幾らなんでも買いすぎなんじゃい?」 場所は変わって此処は繁華街。 人の行き来が激しく、昼ごろの今はたくさんの人で溢れかえっていた。 そしてとある道具屋の前で、 「・・・・・・・・・長い。」 呆れているシリウスと 「シリウス君大丈夫?」 気遣うフェイル。 「あ、こんなんも一応買っとくかえ?」 そして、傍迷惑な大量購入者一名。 かれこれ1時間以上この状態だ。 「アレスト、それは・・・いるの?」 「うーん。でもリグ大陸は治安悪いんやろ? 向こうで物資調達出来るかも分からへんし、念のためにいつもよりようけ買っとくべきとちゃう?」 アレストの意見は正論だった。だったのだが・・・・。 「だが幾らなんでも多すぎるぞ。 重すぎて長距離を歩くのは難しい。」 最初武器屋に行っていたシリウスだったが、運悪くアレストに見つかってしまい 今では大量の荷物持ちにされている。 そしてまた途中で出会ったフェイルが、あまりにも哀れを感じたのか、 シリウスの荷物持ちを手伝う。と言ってのけた。 勿論最初は「駄目だ」の一点張りで、一つも持たせてもらえなかった。 けれど、終わるどころかどんどんヒートアップするアレストの買い物の量に、ついに言えなくなってしまった。 「もっと持つよ?そっちも貸して。」 「いや、いい。 別に重くないしそれだけ持ってもらえたら十分だ。」 小さな袋が2つ。そして少し大きいが比較的軽い包みを1つ。これがフェイルの持分。 それに対しシリウスは、少し小さめの、そして重さのある紙袋を3つ。中位の袋を2つ。 そして大きな袋が1つ。・・・・計6個の袋。 「更に増えるとなると寒気がするがな。」 そう、いまのところは6個なのだ。 「せやかてメンバーも増えたし、用心に越した事はないやろ。」 「でもアレスト、そろそろシリウス君も限界だから・・・ね?」 平気そうな顔をしているが内心疲れきっているはず。 フェイルも前に、此処までではないが買出しをリュオイルと一緒に行った事がある。 その後の彼は随分疲れたような顔をしていたのを覚えている。 男の人たちは女の人の買い物には苦手だということが分かった。(一部除く) 「うーん。・・・・ま、ええか。 これだけあればなんとかなるっしょ。」 「何とかなる前に捨てるかもしれねぇがな。」 ぼそっと呟いた言葉はアレストに届いたのであろうか・・・・。 それを聞きとったフェイルは苦笑した。 「あっ。いたいた。」 この城下町ではちょっと浮かんでしまう白衣をきた女性が三人に大きく手を振っている。 かなり目立つので一瞬で誰なのか分かった。 「「リーズ(さん)」」 「久方ぶりね。・・・と言っても大して時間は経ってないけど。」 腰に手を当てて、左手には何か書類を持っているリーズ。 彼女は医者なので、この時期はいつもどこかに派遣されて多くの人々を癒してきていた。 この時間帯にいると言うことは休みだったのだろう。 そうでなければこの城下街にいるわけがない。 「どないしたんや、あんたみたいな医療班の人間が城下町で買いもんか?」 「いいえ。王からご命令が出たのよ。 貴方達をラザール港へお送りしなさいって。」 そう言い終えた後、リーズはキョロキョロと辺りを見回す。 どうしたものかと、三人は目を合わせながらも不思議そうにしている。 「どうしたんですか?」 「え、あぁ、あと二人は?フィンウェルの子と急に出てきた青年。」 「リュオイルとシギの事やな。」 その名前に「ああ、そんな名前よね。」と手を打ったリーズはそれでもあまり気にした様子なく 持っていた白い紙の包みをフェイル達に手渡した。 「これは?」 赤い紐で丁寧に結ばれている少し分厚い紙とリーズの顔を何度も見ながら不思議そうにするフェイル。 「貴方たちあのリグ大陸に渡る気なんでしょ? 王が念のためにって、この通行許可状を。」 「通行許可状?」 「ええ。本来はフィンウェルの王から貴方達の通う道は大体の所を通らせるようにって文が届いてたの。 でも次に渡る大陸はあのリグ大陸。 恐らくフィンウェルからの連絡は入っていると思うけど、無視をする事も考えられなくないわ。 そこで、私がこの許可状を渡すように頼まれたの。」 そう言われ、渡された包みの紐を解きまじまじとその内容を見る。 リュオイルあたりならこれくらいの書状は大した物では無いのだろうが、 一般人の三人にとっては珍しい物この上ない。 しかも王直々に書いてくださったありがたい書状。 明らかにこれは高級紙だ。 恐る恐る、汚さないようにしっかりそれを持つ。 「はわ〜。こんなん初めて見たで。 結構簡単に書かれてるんやなぁ・・・・・」 「でも難しい事いっぱいで分かんない。」 「・・・・・・・」 「ふふっ。それで?準備は終わったのかしら。」 腰に手を当てて、少し首を傾げながら三人を見渡す。 年上と言えば年上なのだが、シギとあまり変わらないくらいかそれより一つ二つ上。 けれど大人の余裕を見せるどころか彼女は以外にも活発だ。 彼女がたくさんの村や町に行って、 そこで出会った人々と上手くコミュニケーションが取れているのだとすぐ分かる。 相手の目を見て、そして相手が何を思っているか言葉や動作で感じる事は至難の業だ。 最近ではそういう人物が重宝されるので尚更彼女は忙しいのだろう。 「まぁ、うちらは終わったんやけどリュオイルとシギはどうやろ?」 「多分終わってるんじゃないかな。アレストに会う前にシギ君は途中出会ったから。 もうそのときには荷物いっぱいだったよ。」 「ふーん。じゃあそろそろってことかしら。」 「何がや?」 不思議そうに首を傾げたアレストは、楽しそうに笑っているリーズに疑問を問いかける。 フェイルもシリウスも同じだったようで顔を見合わせていた。 「王からのご命令はもう一つあるのよ。」 「もう一つって・・・何?」 「ここからラザードまでは結構距離があるの。 だ・か・ら。王は貴方たちに馬車を用意してくれたのよ。」 彼女の言葉に2人は目を丸くした。 それは願っても無い事だ。 一刻を争う今、移動手段が徒歩しかない自分たちにとって馬車は最適なものなのだ。 でも一般の馬車を雇うとなると冗談じゃないくらい高い。 ぼったくりも程があるほど高いのだ。 それにここは賑わう王都。 どこかから紛れ込んだ商人達が、あり得ない値段で物を売買しているのもチラッとだが見た。 「本当!!?」 「ええ。 用意が出来次第門の所に来て頂戴。待ってるから。」 「あんがとさん。」 「それじゃ、また後でね。」と言い残し、来た道を忙しそうに戻って行った。 やはり今日は休みではなかったのだろうか。 片手に持っていた資料も気になるが、彼女が思いのほか忙しそうだったのでそれを聞く事も出来なかった。 思ってもいなかった連絡に嬉しさがこみ上げる一方、まだ帰ってこない二人を探そうか迷っている。 「どうしよう。 探しに行ったほうがいいのかな?」 「・・・・大丈夫だろう、大方その辺の公園とかで休んでるんじゃないか?」 「うーん、せやなぁ。 下手に動いても行き違いになるかもしれへんしとりあえず待っとくか。」 近くにある噴水の間に三人は腰を降ろした。 今まで弱音も何も言わなかったシリウスだったが、荷物から開放されて少し疲れたように溜息を吐く。 そして思うのだ。 何故女は買い物をするのが好きなんだろう、と。 勿論例外もあるが、アレストのように女の方が買い物を楽しむケースが多い。 必要不可欠な物を必要な個数だけ買い、そしてまた足りない物を確認して購入する。これの繰り返し。 だがアレストは違う。 旅に必要な物を買ったと思ったら、今度はウインドウショッピングを始める。 たまに買う時もあるが、その大半は商品を眺めるだけ。 それさえも長いと感じられるのに、この大荷物は少しだけだが彼に堪えた。 アレストも流石に何時間も買い物をするのは疲れたのか、大きく伸びをしている。 「う”〜〜〜〜〜〜〜疲れたなぁ。」 「お前が言うな。お前が。」 「あはは、でもあんだけの荷物うちだけでは持てきれへんさかい・・・・あんがとさん。」 「・・・・別に。」 結局シリウスはこうなのだ。 冷たいように見える表とは裏腹に、本当は優しい心を備えている。 それを知ったアレストも、今では平気で接っせるようになった。 「いい天気だねぇ。 雲一つ無いから・・・今日は良い事あるかも。」 「天気が良いからって良い事なんかあるんか?」 「んー・・・。 村の皆はこういう普通で平凡な日でも、いい事があるように信じてるって言ってた。」 それに作物も育ちやすいしね。 空を見上げながらフェイルは懐かしそうにしていた。 それに気づいたようで、アレストも空を見上げる。 真っ青な空。気温も申し分ない。 実家にいれば「絶好の洗濯日和&修行日和」と叫んでいただろうが、悲しい事に今は旅日和だ。 決してこの旅が嫌なわけではない。寧ろ楽しすぎる。 家族や町の皆と別れたのは寂しいが、仲間が傍にいる。 「・・・・そうやな、フェイルの出身の大陸を目指すんやさかいな。 その大陸で時間あったら会いに行こうな?」 「・・・・・うん。」 本当に彼女は空を見ているのであろうか。 虚ろな感じで、ただボンヤリとしているフェイルに違和感を感じ、傍にいたシリウスは軽く肩を揺する。 それにハッとしたフェイルは、困ったような顔をして苦笑した。 「大丈夫か?」 「うん、平気。」 「平気って・・・そんなボンヤリした表情で言われてもなぁ。」 つられるようにアレストもフェイルの顔を除きこむ。 いつものような穏やかな表情は消えうせ、話を聞いているのかも危うい状態にも見えた。 「・・・・・そっか。皆に、会えるんだ。」 それから数秒してからフェイルは顔を下に降ろした。 何処か懐かしさを感じ取れる顔は、心なしか嬉しそうに見える。 そんな表情にホッとした2人は、勇気付けるように小さく微笑んだ。 「そういや、あんたってどれくらい故郷から離れてたん?」 ふと思い出したようにアレストが首を傾げながら尋ねる。 シリウスにいたっては、全く表情を変えていないのでどう思っているかは分からないが 目線だけをフェイルに向けて聞いている。 「えー、とリュオ君に会ったのが3〜4ヶ月前だから・・・・。 うん。大体1年は帰ってないや。 といっても、半分家出みたいな形でこの旅に出たからな〜。」 「い、家出!?」 「うん。本当は皆から止められたんだけど、 どうしてもこれだけは譲れなかったから飛び出してきちゃったんだ。 ・・・・・村長様・・・怒ってるかなぁ・・・・・・」 そう言い終えた途端、怒られることが怖いのかザッと青ざめた。 フェイルの記憶にある村長は、普段は温厚で優しいのだが、規則を破ったものにはかなり厳しい。 以前に1回だけこっ酷く叱られた経験のあるフェイルは、その情景が思い出されたようで不安だ。 「怒っているというか、心配してるだろう。 早く顔を見せてやらないと・・・・・。」 「うん。あー、でもあの説教だけは勘弁して欲しいな。」 そう、あの説教は怖いだけでなく長々長々と半日以上はかかるほど長いのだ。 そして説教だけでなく、神話を話すときも、今日のお知らせを言う時も・・・・とにかく長い。 村の誰かが止めに入らない限り、まるでおとぎ話のように一生語り続けるであろう。 「でも、本当に久しぶりだから正直に言うと早く会いたいんだ。 こんなに離れた事なんて一度もなかったから・・・・・ホームシックかもね。」 「えへへ」と、舌をちょっとだして恥ずかしそうに笑う。 フェイルはよく笑っているこなのだが、こんな風に恥らいながら笑うのは初めてかもしれない。 妙な新鮮感を覚えつつ、2人も顔を見合わせて笑った。 「あ、フェイル。」 「よ〜。平均年齢17.3歳の若いの!!こんなとこで何やってんだ。」 一体何故平均年齢を出してくるんだ?・・・と一部を除く数名がそんな事を思いながらも、 声のかかった方向を振り向く。 そこにいたのは少しだけ荷物を持ったリュオイルとシギ。 リュオイルに対して「「フェイルだけかよ・・・。」」と愚痴りながらも、今までの経緯を話した。 「ふーん・・・。 そんな準備までしてくれて、さっすがというか何と言うかだなこりゃ。」 「でもその心遣いには感謝しないとね。 今は一刻も争うんだから、すぐにでも出発するかい?」 「うん。もうこっちの準備は終わってるんからもう行けるけど。」 アレストとシリウスは驚いた。 数時間前まで、あんなに仲の悪かった2人(リュオイルだけ)がいつの間にかこんなに仲良く(?)なっているのだ。 シギのおちゃらけた様子に水をさすでもなく、ただ平然と聞き通している。 あんぐり、と口を開けたアレストは、少し引きつったような顔で2人を見た。 「・・・・あんたら、そんなに仲良かったかぇ?」 「え、あぁ。まぁなんだ?」 「そう、これぞ男の友情!! 俺たちの間に密かに芽生えたこの友情が一気に開花したのさっっ!!!!」 「いや、違うから。」 妙に意気込んでいるシギを、蹴飛ばすかのような勢いで思いっきり否定するリュオイル。 それにショックを受けたように「お前って奴はーーーーーーーーーーーーーっ」と 泣いている仕草をするシギに呆れを感じたリュオイルは大きく溜息を吐いた。 「・・・・根本的なとこは変わってへんのやな。」 呆れを含んだ笑いで二人を見守る。 兎に角、険悪ムードからは脱出したようなのでそれはそれで嬉しいのだ。 (これでシリウスとの険悪さも直れば言う事無いんやけどねぇ〜・・・) 出会ってまだ日にちも浅いので警戒心を解け。とは言わないが、突っかかるように喧嘩、 もとい睨みあいをするのは止めてくれ。 大抵はリュオイルが勝手に怒るのだが、他にも様々な原因がある。 「いいなぁ。私もシギ君ともっと仲良くしたい。」 そう。ある意味喧嘩の原因の根元はこの天然少女。 喧嘩をしているのに「仲いいね。」と笑顔で言ってのけるわ「私も混ぜて?」とまで言う始末。 ・・・・まぁそのおかげで2人の喧嘩は止まるの・・・・・・ あぁ、そして今にも睨み合いが始まりそうなほど険悪なムードになる。 一体今度は何が原因なんだ。と思わず叫んでしまいたくなる。 そう思っている間に2人の口喧嘩が始まった。 リュオイルの傍にいたシギはいつの間にかうちの隣に座ってるし、フェイルはというと ぼんやりとした表情でその光景を見ている。 「はっはっは。若いってのはいいね〜。」 「・・・・それは親父さんの言う台詞やろ。」 「まぁ気にすんなって!2人ともいっつもこんな感じか?」 「戦闘がある日はしょっちゅうやな。あとは・・・・・・・」 「私も混ぜて〜。」 「この子や。」 「あー、成る程。」 そしていつの間にか喧嘩をしている二人の傍まで走りよっていってリュオイルに抱きつくフェイル。 いきなりの登場で驚きながらも、どこかリュオイルは嬉しそうな表情である。 それとは対照的に、シリウスは不機嫌そうではあるが・・・・ 「やっぱり若いっていいな。」 「・・・・せやね。」 苦労するのは第三者なんやけどな。 本日の空模様は晴天なり。 皆の心も晴天なり。