大切に想っていてくれればそれでいい。 何もいらないよ? 何も望まないから。 だからせめて あの子を大切に想ってください・・・・・・ ■天と地の狭間の英雄■ 【過去と憎悪】 「それじゃあ、兄さん、どうかお気をつけて。」 「ああ。クレイスも体を壊さないように気をつけるんだぞ。」 「・・・ふふ、努力はしますね。」 その時汽笛がなった。 出港の合図だ。 「・・・・帰ってこられる時は皆さんもどうぞお越しください。 楽しみにして待っていますので。」 「お、行っていいんか!?んじゃあ絶対行くで〜〜!!」 「そうだな。このリュオイルがどんな風にどんなところで育ったか見て見たいしな。」 「・・・・・・・シギ。」 お約束のように始まったリュオイルとシギのいざこざ。(遊び) それを軽く流したシギは片手を腰に当てて、大きく笑う。 睨み付けるリュオイルなのだが、如何せん身長差がありすぎて首が痛い。 「はっはっは!!!この素晴らしく長い足を持った巨人のように逞しい俺様に叶うはずがない!! せいぜい飛び跳ねて視線を合わすこったな。はっはっはっはーーーーーーー!!!」 「〜〜〜〜〜〜〜〜シギッ!!!!」 「・・・・・一千歩譲ってもたくましくもないし素晴らしく足が長いと思えんのやけど。」 ぽつりと思っていた事を素直にそのまま言うと、傍にいたフェイルとクレイスが吹き出した。 足が長いかどうかは別として、巨人のように逞しいかどうかと聞かれれば2人ともNOと答えるだろう 「ふふふ。シギさんも是非来てくださいね。歓迎します。」 「おうとも! こいつが嫌だって言ったって、無理や着いてきてやるぜ!!」 「・・・・・・・・・・・いい迷惑だ。」 肩をがっくりと落して盛大な溜息を吐く。 一体シギ相手に何度こんなに大きな溜息を吐いただろうか。 数えるだけで一日が過ぎてしまいそうだ。 「お〜い!!そろそろ出るから早く中に入ってくれよ!!!」 船員らしき人物が甲板からひょっこりと顔を出してきた。 それにはっとしたように、皆寂しそうな顔をする。 それはクレイスも同様で、寂しさを越えて複雑そうな顔をした。 「・・・・それじゃあクレイス、元気で。」 「はい。皆さん、兄さんの事宜しくお願いします。」 改めてそう言われるとやはり気恥ずかしいもので、クレイスが深々と頭を下げる中 どこかを向いて照れ笑いをする者もいたり、頬を掻いたりする者もいた。 「僕の事は気にしなくても大丈夫。帰ってくるんだからね。」 その力強い言葉に安心感を持ったのか、クレイスは下げていた頭をばっと上げ、 至極嬉しそうな顔をした。 「はい。いってらっしゃいませ!!」 いってきます。 必ず帰ってくるから。 たとえどんなことがあっても、 僕達には帰る場所がある。 だから諦めない。 絶対に・・・・・・・・・ ザァ・・・ ザザァ・・・ 「・・・・あぅぅ。」 「大丈夫かい、フェイル。」 「・・・・・気持ち悪い。」 そしてまた船酔いが現れた。 クレイスと別れて数十分が過ぎ、何も起こらず潮風と波の音がしない海のど真ん中。 ある意味一番苦労している人物がいた。 額には濡れタオルを着用し、部屋の一室で寝ている。 傍には心配そうな顔をしたメンバーがずらりと並んでいた。 「ほぉ。フェイルって船酔いするんだ。なるほど。」 「フィンウェルから渡ったときもかなり酔ってたね。そうえば。」 あの時はアレストのおかげで良くなったものの、リグ大陸までは前の期間とは違って最低1週間はかかる。 それを考えれば、この船旅はフェイルにとって地獄以外他にない。 「うーんうーん、この微妙な揺れが気持ち悪いぃ。」 「俺はこの揺れと波の音があるだけで2日はぶっ通し寝れそうだぜ?」 「・・・・・シギ君きらーい・・・・」 「ははは。そう拗ねんな拗ねんな。」 わしゃわしゃと、濡れタオルが落ちないほどの加減で辛そうな顔をしたフェイルの頭を撫でる。 その時、今此処にはいなかったアレストが戻ってきた。 彼女はどうやら酔ったフェイルのために酔い止めの薬と飲み物を持ってきたようで 部屋に入ってきたときも、行儀悪く足で扉を開けていた。 両手が塞がっていたのでそれは仕方がない事なのだが、やはり行儀が悪い。 「フェイル大丈夫かえ?薬持ってきたではよぅ飲みない。」 コップに水を入れ、それをフェイルに渡す。 だるそうな体を起こしてそれを受け取ったフェイルは、おもむろに嫌そうな顔をした。 「・・・・・苦い?」 「ん?固形のやつ貰ってきたで一気に飲めば心配要らへん。」 「そっか。ありがとう。」 別に苦くない事を教えてもらったフェイルは、安心したようにホッと溜息を吐いた。 もともと甘い物が好きなフェイルは、薬のような苦いものは嫌いなようである。 「ほらフェイル。それ飲んだらこれ食べないな。 さっき薬貰うついでに果物も持ってきたんや。」 アレストの手の中にある様々な果物は、どれも旬をむかえている物ばかりでみずみずしく美味しそうだ。 「どれにする?」とアレストが尋ねると、懸命に飲んだ水を置いて「じゃあ・・・・林檎。」と言った。 「へぇ〜。アレストってそんな事も出来るのか。」 「そんな事って・・・・・これくらい出来るに決まっとる。」 シャクシャク、と綺麗に林檎の皮を剥いているアレストをボーと見ていたシギは不思議そうな顔をした。 未だ皮は一回も切れていなくて、面白いほどスルスル剥けている。 いつも料理をしているのがフェイルだったので、てっきりアレストは料理も何も出来ないと思っていた。 それはシリウスも同じようで、少しだけ顔を上げてその様子を見ている。 少し失礼な言い方だが、見た目ではそうは見えない。 「そりゃフェイルの料理の方が美味いし手早いし綺麗やけど、うちも一応女やさかいこれくらいは出来る。 家でもあんま作らへんけど、嫌でもおっかさんが教えてくるんや。」 「ほい。」と出来上がった林檎をフェイルに渡すと、残った芯の部分を銜えた。 皮向きは美味いが、切るのはどうやら少し難儀したようで芯に実が少し残っていた。 「ま、スパイ修行中だった頃は役にたったのは事実なんやけどな。 非常食が切れたら狩して色んな物さばいとったしな。」 「狩?」 きょとんとした様子でアレストを見上げるフェイル。 狩などやった事がないのか、少し興味を持ったようだ。 「せやで。動物捕まえてさばくんや。 でも毎回毎回動物はさすがに嫌だったし、魚にした方が多かったかもしれへん。」 「さばく・・・・」 「そういえばフェイルって菜食主義だよね。」 「菜食主義、フェイルが?」 驚いたようにシギはフェイルを見る。 それには気づかず、リュオイルの言った事にフェイルは大人しく頷いた。 「でも、料理の中には肉とかちゃんと入ってるぜ?」 「ああ、それはフェイルの分を移し終えた後に僕とかアレストが入れてるんだ。」 「せやで。」 フェイルの住んでいた村の習慣らしく、彼等にとって肉類を摂取する事は大変恐ろしい事なのだ。 最初は驚いたものの、1年も旅をすれば流石に慣れたのだという。 そのせいか何なのかは今一分からないが、フェイルは標準体型よりも細めだ。 戦争時期なのでそれは致し方ない事ではあるが、いつかは倒れるのじゃないかとハラハラしている。 「ははーん、フェイル。ちゃんとたんぱく質を摂取しないと体力持たないぞ〜? だーからいつまで経ってもこんな痩せてんだ。」 人差し指でフェイルの頬を突っつくと、くすぐったそうな顔をしてフェイルは顔をしかめた。 その反応が面白かったようで、シギは突っつく事を止めない。 それに気を害したのか、リュオイルが入ってきた。 「止めんか。」 「ははは、でも面白いぞこれ。」 「あははは。」 「・・・・・・フェイル。」 案外本人も楽しんでいるようで、注意したのに何処か居心地の悪くなったリュオイルは そのまま伸ばした手を引っ込めた。 シギがフェイルの相手をしているおかげで大分船酔いは醒め、顔色も元に戻っている。 あとはどうやってこの船の移動時間を過ごすかだが・・・・・・・ あまり期待はしない方がいいだろう。 「・・・・取り合えず、各々好きなようにするといいさ。 リグ大陸まで1週間はかかるって聞いたからここいらでしっかり休息をとる方がいいんじゃないか?」 フェイルにとっては地獄の船旅なのだが、リュオイルが言うように此処最近は戦闘の数も半端ではなく それぞれしっかり休むことなどままならなかった。 あくまでも予測の範囲だが、魔族が襲ってこなければ今は体を休める最大のチャンス。 たとえ襲ってきたと仮定しても、今は英気を養い、万全に備えることが得策だろう。 「せやな。そんじゃあうちはそろそろ甲板の方へ出るけど、フェイル大丈夫か?」 「うん。ありがとうね、アレスト。」 「そんじゃ俺もそろそろ外を見て見るかな。」 「僕は暫くは此処にいるよ。シリウスはどうする?」 「・・・・・・・・・俺も此処にいる。」 剣の手入れをしながら、呼びかけには大分遅れたが、それでもしっかりとした声でいった。 そして各々の好きなように、アレストとシギは外へ行ってしまった。 残ったのは船酔いで動こうにも動けない状態のフェイルと険悪な仲のリュオイルとシリウス。 二人が去った後からもこの3人は一言も会話を交わしていない。 いつもの調子ならばきっとフェイルあたりが話を持ち出すのだろうがそうもいかない。 うとうととしかけたフェイルに気づいたのはシリウスだった。 少し離れていた所にいたため、剣を置いてそのままベットに近づく。 「疲れているんだろう? 今は寝ておけ。寝ていれば酔いも忘れる。」 「うーんうーんうーん・・・・・・・・うん。寝る。」 「そうしとけ。」 そう言って、まるで子供をあやすように優しく頭を撫でると、それが合図だったかのように フェイルは眠りについた。 此処最近戦闘続きで、しかも家事関係はほぼフェイルが受け持っていた為彼女の疲労は並大抵ではない。 きっと誰よりも、このメンバーの中で一番疲れているはずなのにいつも平気な顔をして笑っていたのだ。 それは誰もが知っている事。 どんなに「休め」と言ってもフェイルは全く聞く耳を持とうとしないのだ。 「・・・・・本当に、変なところで頑固だな。」 ふっ、と薄くではあるがシリウスは微笑した。 彼が笑うようになったのはフェイルといるときが多い。 最初は警戒心丸出しで、お互いの仲もお世辞など言えるはずが無いほど険悪で あまつさえには、・・・・・・いや、推定だけだから今の考えは取り消そう。 「なぁ、シリウス。」 「・・・・・・」 返答は無い。 勿論それは予想済み。 こいつは口数が少ないから聞いていないと思われがちだが、旅をして実はそうではない事が分かった。 無言の意味は肯定の意味。 「お前ってさ、・・・・・・・・あー、いや、ごめん。何でもないよ。」 「・・・・・・・」 「・・・・・・・」 「・・・・・・・」 「・・・・・やっぱり聞くよ。」 「・・・何だ?」 絶えれなかった沈黙を先に崩したのはリュオイルの方だった。 彼の表情は呆れや、諦め、更には苦笑したような複雑の表情で頬を掻いている。 特に沈黙を気にした様子で無かったシリウスも、こればかりは返事をする。 「シリウスのご両親は、どうしたんだ? 話しで聞いた事では、父上は急に何処かに行ってしまったらしいが・・・」 「・・・・・・・・」 「・・・・シリウス?」 どんなことでも一応それらしき返答をするシリウスが俯いたまま無言でいる。 珍しい態度に戸惑いつつも、リュオイルは本人が言い出すまで何も言わない。 今此処でそれ以上追及すれば、彼でなくともリュオイル本人さえも不機嫌になりそうだ。 「・・・・親父は、ミラが病にかかってすぐ村から出て行った。 それ以上の事は知らねぇ。 お袋はミラを産んですぐに死んだ。元々体が弱かったからな。」 それ以上は知らない。それは嘘ではない。 でも、本当はそれ以上の事が知りたく無いだけなのかもしれない。 ミラが病にかかって、最初は何とかしようと必死に医者をあたっていた父だったが、 ある時期からそれが急変し、生気が抜けたように酒に明け暮れていた。 毎晩毎晩、酒を飲み続け、そしていつの間にかミラの世話をシリウス一人でやるようになった。 いや、本当は近所の人達も時折面倒を見てくれていた。 当時14だったシリウスにはまだ知らないこともたくさんあり、誰かの助けが必要だった。 (・・・・お、兄・・・ちゃん) (どうしたミラ!傷が痛むのか!?) (痛い・・・・・・・い、たいよ・・・) 毎日包帯を巻き代え、毎日傷薬を塗って、そして毎日のようにうなされる。 徹夜で看病することも珍しくなく、確実にシリウスは衰弱していた。 だが、今休めば誰がミラを看る事が出来る? (待ってろ、今すぐ鎮静剤用意するから。) どんなに辛くても、どんなに苦しくても、諦めなかった。 たとえ父さんが酒に明け暮れていても、 ミラを大切に思っていてくれていたのなら・・・それで良かった。 それなのに そんな淡い期待は脆くも崩れて まだ幼かった少年と少女の心に深く深く、氷のような冷たい刃物が刺さった。 (・・・・・父さん?) ある朝、それは本当にいい天気の日だった。 潤いのある、そして少し乾いた過ごしやすい風が村を包み、 そのおかげなのか、その日のミラも体調が良かった。 村の景色を見れば洗濯を干す者、補強された公園で遊ぶ者、畑仕事をしている者。 何も起こらない、ごく普通の一日のはずだった。 そう、それはシリウスの家を除いてなのだが・・・。 (・・・父、さん?・・・・父さん!?) ガラリとしたリビング。 元々広いこの家は、本当に音が無いほど静寂に包まれていた。 だが・・・・・ 見覚えのある荷物がない。 金さえも、全てがなくなっていた。 (父さんっ!!父さん!?) 家中駆け回って、全部探した。 村も、そして村の外も。 戻って見つけたもの。 それはまだ家族の愛が必要な子供にとって、信じられないことだった。 《 こんな父親を許してくれ 》 たった一言。 綺麗な字で書かれた、たった一言。 (父さん・・・?) 目の前にある現実が信じられなくて、何が起こったのか上手く理解できなくて、 これまで溜め込んでいた『何か』が、一気に溢れ出てきた。 看病は俺がする。 父さんは、いいから。 だからせめて、 ミラの事を大切に想っていてあげて・・・・・・・ あの子の支えになってあげて。 俺一人だと、やっぱり限界があるんだ。 (・・・何で・・・・だよ・・・・・・) ただ想っていて。 母さんみたいに、俺はミラを守る事が出来ない。 兄妹だけど それでもまだミラには家族の愛情が必要なんだ。 今だから、必要なのに・・・・・ 裏切られた。 捨てられた。 たった一つの支えが こんなにも簡単に崩れ落ちた。 痛みを覚えた心は癒されること無くどんどん化膿していく。 喪失感を覚えた優しい心は、ガラスの破片のようにボロボロに崩れる。 怒りを覚えた少年は一体何を思って一人たたずんでいたのだろうか。 少年の目から流れ落ちる雫は 決して止まる事はなかった。