■天と地の狭間の英雄■ 【雨降りの船旅】〜心の痛みを知る者〜 ぽつぽつと、雨が降り出した。 少し肌寒くなったのかもしれない。 両腕を押さえながら、真剣に話すシリウスの話を、リュオイルは静かに聞いていた。 「・・・・・ごめん、悪い事聞いたな。」 「構わない。」 驚くほど静かな空気が2人の会話によって少しだけ明るくなる。 だがそれとこれは別物。 予想をしていなかったリュオイルは、答えてくれたシリウスにも勿論驚きを感じているが もっと驚かされていたのは彼の過去。 辛くて苦しくて、でも諦め切れないそんな過去。 でも同じように暗くて冷たくて、どんなに手を伸ばしてももう掴む事の出来ない暖かさ。 それをたった数日で体験した。 たった一人で体験した。 「・・・・・それでも、ごめん。」 聞いてしまった事に後悔を覚え、そんな事今更悔いたところで何も変わらないが謝りたかった。 彼がこんなに性格が捻くれているのは、ちゃんとした理由があった。 今まで知らなかったから、さんざんな事を言ってきた。 もしかするとフェイルはこの事を薄々感じていたのかもしれない。 どんな経緯でかは分からなくても、彼女は直感で、鋭い洞察力で相手の事を見抜いているのかもしれない。 あんなにシリウスに構って、笑って、たくさん話して。 彼の心の痛みを解そうとしていたのかもしれない。 「・・・・お前が謝る必要は無い。俺が勝手に話しただけだ。気にするな。」 もうその話にはあまり触れてほしくないらしく、少しずれた布団をちゃんと直し、 深い眠りについているフェイルの頭を撫でた。 その表情はとても穏やかだ。 重ねてはいけないと思いつつも、重なってしまう目の前の少女と妹。 譲らない強い瞳。 諦めを知らない頑な心。 全く違うはずなのに、どうしても錯覚してしまう時があった。 でも、少しずつ彼女の事を理解し、そして仲間と呼びあえるほどになった頃に気づいた。 彼女は自分の命を、大切な者のためなら投げ出すことも簡単に応じる。 良く言えば仲間思い。悪く言えば命を粗末にしている。 戦闘中も危なっかしくて、見ている方がハラハラしてしまう。 変なところで頑固な少女は、いつも誰かが見ていないと何処かへ行ってしまいそうだ。 魔族が彼女を捕まえようとしたときもそうだった。 一瞬だが、たった一瞬でも俺は見逃さなかった。 「自分が捕まれば他の人に迷惑はかからないかもしれない」 そんな表情をしていた彼女の顔。 でも、同じように恐怖の色も出ていた。 狙われる覚えが無い分たちが悪い。 身に覚えの無い事が自分の周りでどんどん進められて、 どうして自分なのかが分からなくて、 不安と孤独と恐怖でいっぱい。 辛くても何も言えない。 俺たちは話して欲しいのに、彼女はそれを許さない。 頑なに閉じられらた彼女の口。 でも、俺達が無理に聞く権利なんて無い。 彼女はこういう人間だ。限界まで自分の心の中にしまいこんで崩れ落ちるその時まで、決して話さない。 きっとそれをしてしまえば、迷惑がかかるとでも思っているのだろう。 きつく言ってしまうが、その行為は俺達にとって迷惑だ。 一人で抱え込んでいたって、何も変わらない。 話せば楽になるというのに、俺がリュオイルに話したように・・・。 心配で心配で、目を離す事が出来ない。 笑顔のお前が、どこか遠くに行ってしまいそうで 手が届きそうなのに、今はこんなに近い距離にいるのに 決して届く事は無いこの両手。 覚えてしまった暖かさ。 本当に欲しかった優しい笑顔。 一度知ってしまった痛みが、また違う喪失感を作り出そうとしている。 今度は本当の痛みなのかもしれない。 きっと、魔族の手にこいつが落ちれば もう永遠にこの笑顔を見る事は出来ないと、分かっているから。 「・・・・・雨が強くなったな。」 「・・・・そうだね。」 同じ事を考えている目の前の少年。 あどけなさが残っている、正義感が溢れ、そして人一倍努力をする少年。 一途で、こっちも譲らない瞳をもっている。 でも、まだ無垢で世間を知らない。 どんなに学習しても、自然に起こりうる事など学習出来ない。 まだ白いままの澄みきった心の少年。 今までどれだけの人間を殺めてきたのだろう。 隊長という座につけば、数え切れないほど殺しをしているはず。 彼女は彼の心までも見透かしたのだろうか。 天から授かったようなあの優しい笑顔で、彼を・・・血の海に浸っていた彼を助けたのだろうか。 警戒心も何も無くて、あまりの無防備さに呆れてしまうが それでも皆そんな彼女が好きなのだろう。 それは目の前に居る少年も同じ事。 うまく隠しきれない感情は、彼女以外の誰もが悟った。 「・・・雨止むといいな。」 「・・・・・・あぁ。」 少ない会話の中に彼等は何を見出したのだろう。 静かに揺れる船は、そんな切ない心をも一緒に運んでゆく。 「・・・・・・・見ぃつけた。」 にぃ、と両端の口を吊り上げ、小さな少女の形をしたそれは天から船を見下ろす。 愛用の鎌にはこれまでどれほどの人間を殺めたのか分からないほどの血がこびり付いている。 だがそれでも尚、鎌は黒く鈍い光を輝かせていた。 まるでもっと人間の血を欲しているかのように。 「そろそろ方つけないと怒られちゃうからさぁ・・・・・早く死んでよ。」 頬にこびり付いていた血を舐め取ると、黒と白の混じった悪魔は下へ降りていった。 一体彼女は人を殺して何を得ているのだろうか。 孤独から解放されるため? いや違う。 彼女にそんな感情は無い。 ただ彼女が望むのは・・・ 死に行く人々の恐怖の顔と、真っ赤に染め上がる血を求めているだけであろう。 それが、彼女の何よりの楽しみ。 人が死ぬ事で喜びを覚える「斬り裂き魔」 そして何故彼女の羽根は白と黒なのか。 それは以前に天使を喰ったから。 「何か嫌な雲やな。雨だけなら問題ないんやけど・・・。」 「・・・・・。」 「・・・?シギ、どないしたん?」 「・・・・・嫌な予感がする。」 「嫌な予感?」 「ああ。冷たくて、恐ろしいほどの何か・・・・・」 空を凝視していたシギはある一点だけを見据えてぽつりぽつりといいはじめた。 シギがこんなに警戒態勢に入っている事は尋常では無い。 彼に習って空を見上げてみるが、何かを察知する能力の無いアレストにとってそれは無駄なことだった。 「・・・・・何も起こらなければいいんだがな。」 明らかに警戒心を剥きだしにしているシギがそういって部屋に戻ろうとした。 慌てて追いかけるアレスト。 そしてシギが見上げた空を再度見上げるが、彼女にはその「何か」はやはり感じ取れなった。