時が来る 滅亡と破壊と、そして絶望の世界 長き眠りから覚まされるこの鼓動 全てを無に還せ。 あの愚かなる者どもを 地獄へ引きずりまわせ ■天と地の狭間の英雄■ 【始まりと終わりの合図】〜豪雨〜 ザァァァァアアア・・・・・・ 船旅を初めて4日が経った。 雨が降り始め、気温が下がっているものの、それ以外は順調であと2日ほどでリグ大陸に着くという。 この4日間でフェイルの体調は元に戻り、少しだけだが船にも慣れてきた。 それでもまだ心配なリュオイルは寝ているように言うのだがフェイルはそれをやんわりと断った。 「雨止まないね。海が段々荒れてきたけど大丈夫なのかなぁ。」 朝と比べて強く降り続けている雨を、窓越しから心配そうに見つめる。 時には雷も鳴って、どこかに落雷した様子もうかがえる。 雨が降っているため外に出る事は出来ず、部屋の中で暇を持て余しているメンバーは それぞれ好きな事をしてくつろいでいた。 「こんなところで魔族に会うなんてうちはまっぴらごめんやで。 しかも雨降っとる時やと、どうも動きが鈍くなるんよ。」 部屋の中でも訓練を欠かさないアレストは、体をほぐした後に訓練用の硬い袋を殴る。 驚くほど広い部屋なので、誰かに危害が加わる事は無いだろう。 ドスッゴスッと鈍い音がまるで効果音のように部屋中に響き渡る。 「・・・・」 「どうしたの、シギ君?」 さっきからずっと黙りこんで目を閉じているシギに疑問を覚えつつ、フェイルは心配そうに除く。 その気配が分かったのか、シギはすぐに顔を上げいつもの明るい笑顔でフェイルを見た。 「いや、なんでもねぇさ。」 「そう?ならいいんだけど。」 納得しきれない表情だったが、あえてそれ以上は聞かなかった。 シギがあんなに神経を尖らせて黙っていることなど滅多に無い。 ピリピリした雰囲気は隠しているようだが、いつもと違う表情にただならぬ空気を感じさせる。 ザァァァァ・・・・ 雨は一向に止む気配は無い。 むしろどんどん強く降り続けている。 ゴゥゴゥという風の音が船を直撃し、頑丈に造られているこの船でさえも軋む。 何処か頼りない心を持ちながらも、一行は静かに待っていた。 「そういえば・・・・」 ふと何かを思い出したリュオイルは、また目を閉じているシギの方をちらりと見た。 「・・・・・ん、何だ?」 リュオイルの気配が読み取れたシギは、再度顔を上げると明るい口調で言った。 そんな彼に少し困った顔をしてリュオイルは疑問をぶつける。 「いや、リグ大陸からルマニラス大陸へ行くだろ? ルマニラスからどうやって天界に行くんだ?そんな装置無いはずだけど・・・」 「ソディバスの村の付近に『ユグドラシル』という樹木がある。 それはこの世の中心。決して滅びる事は無い永遠の樹木。」 「・・・・・ユグドラシル?・・・・」 「ソディバスの近くって事は・・・昔私が迷子になったところなのかな?」 昔一度だけ外に出てしまった時に入ってしまった森。 静寂が包んでいて寂しいところだったが、それでも生命力溢れる力強い木々がたくさんあった。 そこであった1人の青年。 嘘でもフェイルを妹として見てくれた青年。 「・・・・・それじゃあその辺はフェイルに案内してもらうか。 ユグドラシルの気配は多分その森に入ればすぐ分かる。 世界の源といわれるあの樹木は簡単に察知することが出来るのさ。」 元々は天界と地上を繋ぐ道の一つでもあった。 だが数千年前に人間が何を考えたのか、天界に乗り込んできて王座を奪おうとした。 己が神になりたい故に起きた騒動。 その人間はゼウスの怒りに触れ、もう二度と再生することのないよう、魂まで焼き尽くした。 そしてその騒動の後にゼウスはユグドラシルに結界を張り、二度と人間が天界へ来ぬようにした。 月日が流れればユグドラシルの事は皆忘れる。 数千年も昔。 今更誰がその事を覚えているだろうか。 時が経つにつれ、人々の中からユグドラシルの記憶は消えうせ、 今となってはソディバスの人間達にしか知られなくなった。 「どうして、ソディバスの皆だけ?」 「・・・・・」 ソディバスの村とはすなわち、最も天界に近い村。 数千年前に起きた騒動以外にも小さな事ではあるが事件は起きていた。 だが、ユグドラシルを見つけ出すのは容易な事ではない。 神の加護が備わっているソディバスと、ユグドラシルを守る結界でそう簡単には見つけ出すことが出来ない。 そしてその騒動を起こした輩は、本当に奇跡としか言いようが無いのだ。 ユグドラシルを目指すにはどうあってもソディバスを越えなければならない。 どこをどう回っても他の道は無い。 そして皆ソディバスの村を目指すのだ。 だが、ソディバスは外の世界から遮断された村。心を開かぬ村人は、当然追い返すのだ。 そしてもう一つの理由。 それが、神から命じられた事。 『 いかなる事があろうとも 人間をユグドラシルに近づけてはならない 』 ソディバスは忠実にそれを守ってきた。 どんなに大勢の輩が来ても、神から授かられた『魔力』で追い返していった。 それでも、食い止めれない時もある。 あまりの大人数ではソディバスの皆も太刀打ち出来やしない。 そして、その残りを排除するのが神族の仕事であった。 「・・・私、そんな事一度も聞いたこと無いよ。」 「そりゃそうさ。ここ最近、数百年は何も起こらず平和だったからな。 言わなくてもいいと判断したんだろう。」 ソディバスは最も天界に近い村。 言い方を変えれば ソディバスは神に守られた村。 こうも言える。 「・・・・そんな警戒心剥きだして凄いところをよくフェイル拾って貰えたなぁ。」 「そうだね。なんで、拾ってくれたんだろ。」 「・・・・・・・」 アレストの疑問は最もだった。 そんなに外を嫌う村が、どうしてフェイルを拾って育てたのか。 その事についてはシギも何も言えず黙っていた。 「・・・・まぁ、大体の事は理解出来たよ。 その事についてはまた立ち寄った後にでも聞けばいいから。ね。」 そう言って不安そうな顔をしたフェイルの頭をリュオイルは優しく撫でた。 自信が無さそうな、不安の色を濃くしたフェイルの表情も少しほぐれているようだ。 「・・・うん。お爺様、村長様はちゃんと言ってくれると思うから。大丈夫。」 はにかむような、それでも何処か儚さを感じさせるその笑顔。 いつものような屈託の無い笑顔は無かった。 信じているけど、でも、不安の方が勝っていて、・・・・聞くのが怖い。 《 お前は拾われた子だ。ソディバスの人間では無い。 だが安心しなさい。 たとえお前がこの村の者では無くても我々はお前を本当の家族と思っているよ・・・・・ 》 《 フェイルは僕達の家族だよ。 ほら、そんな不安そうな顔しないで。 》 まだ幼かった頃、しわが色濃く出ている手をフェイルの頭に置き、何度も何度も撫でてくれた。 嘘偽り無い優しい笑顔は、まだ鮮明に思いだされ、昨日の事のようにも思える。 本当の家族では無いけれど、でも家族だと言ってくれた。 今思えばそれは一人きりのフェイルにとって最高の言葉だったのかもしれない。 孤独感を知ること無く、優しさに包まれて育ったフェイル。 たとえそれが捨て子であっても それを受け入れてくれた村の人々。 「・・・・何言われたって私は大丈夫だよ。」 大丈夫。 私には、仲間がいる。 もう会えるかどうかも分からない無いけど 友達になってくれたユグドラがいる。 だから 大丈夫。 前を向いて 歩けるよ。 「・・・そうさ。僕達もいるんだ。大丈夫だよ。」 暖かい目で見守ってくれる人が、こんなにも大勢いる。 君は一人じゃ無いんだから。 《 あ〜うざったい。何が大丈夫なわけ〜? これからあんた達は死んじゃうんだからそんなこと言ってないでさっさと念仏でも唱えたら? 》 いきなり頭上から・・・いや、頭の中から声がする。 血を求め飢えている者の声。 「魔族!!?」 皆一斉に甲板へ出た。 雨はさっきよりも強く降っていて豪雨と化している。 海は大荒れで、更には渦を巻いている。 何処かへと落雷した雷の音も聞こえたが、今はそれに構っていられない。 「ロ・・・・マイラ・・・・・」 甲板は・・・・見るも無残な形で、時が止まったのかと思うくらい静かだった。 静か過ぎるのだ。 海は荒れていて雨も強いが それは背筋が凍るほどの、闇と化していた。