■天と地の狭間の英雄■        【命を懸けて護りたい者】〜染め上げられた船上〜 ポタポタと流れ落ちる鮮血。 これは 一体誰のものなのだ? 「・・・・・・ロ・・・マイラ・・・・・」 全員ただ唖然と真っ赤に染め上がった甲板を見下ろす。 船内にいたはずの船員が見るも無残な形で死に絶えている。 雨が降っているというのにまだ色濃く残る鮮血。 血の臭いが充満しているみたいで気分が悪い。 いや、それよりももっと気分が悪いものがある。 「へへへ〜。久しぶりの殺しだから結構気合が入ってるんだよね〜。あはははっ!!!」 ザシュッと肉の切れる音がする。 鈍くて、聞きたくない嫌な音。 死んでいる遺体を更に潰して、楽しんでいる。 更に流れ落ちる血。 人間だったのか分からないほど、無残な姿に変わっていたそれは どうか魂だけでも助けて欲しいと懇願しているようにも見える。 「・・・・・ロマイラ。貴様、上級悪魔の『斬り裂き魔』のロマイラか。」 低く、聞いた事が無いほどの低い声でシギが口を開いた。 まだ思考が回復し切っていないフェイルとアレストは後ろの方で控えている。 軽く舌打ちをしたシリウスも、突然の光景で唖然としているリュオイルも 恐怖で身をすくめていた。 「あ〜。あんたってさぁ〜大天使のシギでしょぉ〜?  あんたこの中でいっちばん嫌いなんだよねぇ。  だからさぁ・・・・・・・・・・・・・・・・・・早く死んでよ。うざったい。」 恐ろしいほど冷たい目でシギを見下ろす。 だがそれにも動じず、シギは構えて相手の出を待っている。 「不釣合いなもんだ。その白と黒の翼はよ。」 「なによ。何が言いたいわけ?」 「・・・・・天敵である天使を喰ったんだろ。確か、200年前くらいにな。」 「天使を喰った?一体どういうことなんだ。」 目の前の光景をちゃんと理解して、何とか回復させた思考をフル回転させる。 見えるのは氷のような冷たい目つきで見下ろすロマイラ。 そして、忌々しいほどに殺気だったシギの姿があった。 そんな姿は今まで見た事が無く、そして恐ろしい。 彼を初めて、怖いと思った。 「こいつは、200年前に不死天使『ウリエル』を喰らったいかれた奴なんだよ。」 ウリエルは シギの友人でもあった。 性格は怒りっぽいが それでも 強くて、正義感溢れる いい奴だった・・・・。 「何よ。今更そんな事悔やんでるわけ?馬っ鹿じゃないの〜?  でもまぁねぇ・・・・その天使のおかげで私はこんなにも強くなってたくさん殺せるんだからさぁ。  感謝しないとねぇ。きゃははは!!!」 「貴様ぁっ!!!!」 怒りに満ち溢れるシギは、我を忘れたようにロマイラに向かっていった。 そんなシギを未だ冷たい目で見下ろすロマイラは、一歩も動かずに、不敵に笑っていた。 容姿は子供子供しているのに、彼女の放つオーラはこんなにも残酷だ。 全てを敵とし、そしてその敵をなぶり殺すように弄んでいる。 船上で死んだ彼等もまた、ロマイラの餌食になったものばかりだ。 「シギ!!!」 「邪魔なのよ。あんたも天使も神も皆。」 全部殺したい。 悲鳴をあげて 死を願うほど苦しめて 邪魔な者は皆斬り殺して 血で染め上げたい。 「うぉぉおおお!!!」 「やっぱり馬鹿だよね。あたしには天使の力と悪魔の力があるのよ!!!」 振り下ろされるロマイラの攻撃。 鋭い鎌はどれだけの血を吸ったのだろう。 ロマイラ自身も返り血を浴びていて、恐ろしさが増して見えた。 神々しさとは断然かけ離れていて、どうやったらここまで禍々しい空気を放てるかさえ疑問に感じる。 普通の人間ならこの気配で怖気ずいて恐怖に震えるだろう。 けれど、今ここで負けるわけにはいかない。 だって、彼等にはまだやり通せていない目的があるのだから。 「死んじゃぇぇぇぇぇええええ!!!!!」 あんたなんか あんたなんか あんたなんか あんたなんか!!!! 「シギッ!!!」 場違いなほどの高い声。 幼さの残るソプラノの声が木霊してシギに迫っていた闇を浄化しようとした。 その姿がフェイルと分かったのは、もっと後の事。 ―――――リーヴズバリアント! 眩い光がシギを包み込み、更にはロマイラの放った闇さえも浄化した。 それにはっとしたようにシギがフェイルの方を向く。 同じ様にリュオイルもシリウスもアレストも 皆シギの傍に来て戦闘隊形に入っていた。 その表情はそれぞれ違うが、それでも固い絆で結ばれている強く勇ましい姿だ。 「狂った奴だとは思ってたけど。ネジ何本か抜けてるんじゃないのかこいつ。」 「よう船員達をこないな無残な姿にしでかしてくれたな!!」 「・・・・・どうやら常識を知らねぇみてぇだな。」 皆好き放題言っているがそれは紛れもない事実。 自分の事なのに全く気にした様子の無いロマイラは、何が面白いのかまた怪しく微笑する。 唇についた血を舐め上げ、三人を見下ろした。 彼女の青白い肌に鮮血がベットリとつく。 少し前ならばそれさえも恐ろしかったが、今は皆がいる。 1人では無い。「仲間」という大きな力がすぐ傍にある。 「お前等・・・」 「一人で突っ走っても立ち打ち出来やせんでこの魔族には!!」 「そうさ。皆で力を合わせるんだ。」 「・・・・・・そう、だな。」 ふ、とシギは笑った。 そして古き記憶の「友」を思い浮べる。 あぁ。 仲間っていうのはこんなにも良いもんだったな。 もう忘れていたと思っていた。 もう2度と生まれない感情だと思っていた。 けれどその感情を教えてくれたのは、お前等だったんだな。 「・・・・・ふん。何人増えたところであたしの相手じゃないわ。  リュオイルちゃんもアレストちゃんもシリウスちゃんも皆皆まとめて殺してあげる。」 だから飽きさせないでよ。 満足のいく殺しをさせて頂戴よ。 あたしが快感になるくらい もっともっと血を流してよ。 「・・・・・どうして、こんな殺しをするの?」 ポツリと呟かれたフェイルの声。 それを尋ねられた人物は理解出来ないような表情で聞いている。 だがフェイルの顔は至って真剣で、何処か愁いを帯びた瞳はロマイラを見ずに、 冷たく横たわっている遺体に向けられていた。 ただ何かをするわけでもなく、ただボゥと見ている。 魂の抜けたような、生気も何も無い沈んだ顔。 いつもと違うフェイルに戸惑いながら、アレストはそっとフェイルの傍に寄ってきた。 「フェイル、大丈夫かえ?」 「・・・・うん。大丈夫。平気だよ。」 にっこりと笑えてはいないが、薄く微笑すると、今まで下げていた目線を上げしっかりとロマイラを見据える。 少しだけ驚いた様子のロマイラの表情がうかがえた。 それでも彼女が今何を思っているかは分からない。 これから始まる戦闘のシミュレーションでもしているのだろうか。 「分かんないかなぁ。五月蝿い人間が絶命した時ってスカッてしないぃ〜?  馬鹿みたいに叫ぶあの恐怖の声とか最高じゃん!!  真っ赤な血で染め上げて、形なんて残さないで・・・・・」 「・・・・」 「それこそ芸術作品じゃない?薔薇みたいに真っ赤で、それでいてどす黒くてさ。」 「・・・・」 「・・・・・神も天使も嫌いだけどさぁ・・・・あたしは、人間も大っ嫌いなのよっ!!!  うっとおしいったらありゃしない!!!  あんたもあんたもあんたも、皆死んじゃえばいいのよ!!!」 別にフェイルが何かを言ったわけではない。 他の皆もそうだ。 それなのに何に対していきなりロマイラは怒りだしたのだろうか。 落ち着いた、とは言いがたいが、さっきまでの雰囲気とは全く違い、ただ怒り狂っている。 殺気は溢れんばかりにあたりに広まり、思わず身震いしてしまうほどの冷たさだ。 「あんた達なんかあんた達なんかあんた達なんか!!!!!!!」 怒りが増すほどロマイラの殺気も増してきた。 彼女の怒りが爆発すれば海も荒れる。 渦を巻き、大波がたつ中、5人は何とか体勢を整え揺れ動く体を傾けぬようにそれぞれ積荷に掴まった。 だが船が大揺れしている他に強風が吹いているため上手くバランスを取る事が出来ない。 「シギっ!!危ない!!!!」 誰の声だったのだろうか。 どこからか聞こえたその悲痛な声は、果たして荒れ狂う海の上で聞こえただろうか。 急いで上を見上げれば、そこには鬼の様な形相で鎌を振り下ろそうとするロマイラの姿。 まるで時が止まったかのように、ゆっくりと鎌が降ろされるように見えた。 それはまさしく魔族。いや、鬼だ。 「無双転結!!」 「――――ぐ、ぅ!!」 何も無い空間に1つの風が巻き起こる。 それは2つに別れ、ロマイラのいる場所に襲いかかった。 今にも斬り殺されそうだったシギを助け出したのは、シリウスだった。 「ガタガタ抜かしてんじゃねぇよ。  魔族だろうが悪魔だろうが魔王だろうが、まとめてかかって来い。ぶっ殺してやる!!!」   少女のような幼い容姿をしているにもかかわらず、彼女の繰り出す攻撃は恐ろしいほどの破壊力。 肉弾戦で強行派なシリウスさえも、受け止めるのが精一杯だ。 受け止めた派動で腕には痺れを感じる。 ちらっと見た腕は、少し痙攣を起こしかけていた。 「・・・シリウス。」 「俺は神だろうが何だろうがそんな嘘臭い話しは信じえねぇ。  だが、今までの行為を棚に上げ、挙句の果てには殺しと血を求める奴なんて大っ嫌いなんだよ。」 ミラを苦しめている原因。 村を焼き払い、感染症も拡大させた奴等。 こいつ等さえ、いなければ・・・・。 こいつ等さえいなければ皆平和に暮らす事が出来た。 「な、何よ・・・何よ何よ何よ何よ何よ何よ何よ!!!!」 シリウスに攻撃を止められたおかげでこの天使を殺し損ねた。 忌々しい神気を消し去れると思ったのに 魔族を闇に葬った神の手下をっ! 今消せると思ったのに!! 「ロマイラっ」「シリウス、シギっ!!!!」 フェイルとアレストの声が木霊する。 今から呪文を唱えても・・・・ フェイルでも間に合わない!! 『 代わり無き永遠の死             蘇れ同族よっ!! 』 鈍く黒く放たれた魔術はシリウスに。 勢いを下げることなく突進し、今にも斬り殺そうとされているのはシギに。 「させるかっ!!!」「誰がこんなところでっ」 2人とも自分の力量は分かっていた。 それが、今のロマイラに叶うはずが無い事も分かっていた。 それでも、今此処で引くわけにはいかないんだ。 「「シリウスっ!!シギ!!!」」 《 お前なら出来るさ、なんたって俺の妹だからな。 それはずっと昔に聞いた不思議な青年の声。 私を妹と見てくれて ユグドラお兄ちゃんと呼ばせてくれた。 勇気をたくさんくれた。 頑張れる言葉を、いっぱいくれた。 だから、ごめんね。 先に謝らせてね。 私 ちょっとだけ無理するよ。 ―――――ズシャァァァア!! 「―――っ!!!?」 怒りに満ち溢れていたロマイラの血色の悪い顔が更に悪くなった。 ざっと青ざめた表情は何を意味するのか。 一体何が起こったのか。 「・・・・・フェ、イル?」 静まり返ったこの空気を最初に壊したのはリュオイルだった。 動くことが出来ず、肩を震わせて今何が起こったのかを認識出来ていない。 それはアレストも同じ事で、目を見開いたまま口元を押さえて絶句していた。 何だ。引き裂いたあの音は何だ? 闇の術に呑み込まれそうになったシリウスは、何故呆然と立ちすくんでいる。 そして、大量の血を流して、小刻みに震えているのは・・・・・・一体誰なんだ? 「――――おいフェイルっ!!しっかりしろっ!!!」 傍にいたシリウスとシギが真っ先に動いた。 冷たくなって倒れているフェイルを抱き起こすと、口元からは真っ赤な鮮血が流れ落ちていて 体内に邪気を取り込んでいるせいか何の反応も見せず、ガタガタと震えている。 抱き起こしている反対の手でフェイルの手を握ったシリウスは懸命にフェイルの名を呼ぶ。 今此処で手当てが出来ればいいが、だが前には動きの止まったロマイラがいる。 手当ては不可能だ。 「おいっ、フェイル!目を覚ませ!!おいっ!!」 「駄目だ!!体内に邪気が侵食していて・・・このままだとフェイルは・・・・」 「くそっ!!!何とかならないのか!?」 前にはロマイラが、下には瀕死状態のフェイルが。 「・・・・・・な、何で。」 「な、なんや。」 「何で、フェイルちゃん、こんな奴・・・・」 驚愕の目をしたロマイラは、何処か抜けたような顔をして唖然と見下ろしている。 愛用のその大きな鎌も、今はダラリと落とし完全に戦意が無くなっていると思える。 真っ青になっているその表情は怯えも含んでいるように見えた。 その異様な変化にアレストはたじろぐ。 だが今ここで油断したらまたあの脅威が襲ってくるかもしれない。 「フェイルっ!!フェイル!!」 少し遅れてリュオイルが駆けつける。 今はロマイラなど気にもとめていないようで、完全に隙だらけだ。 それでも、大切な人が倒れてしまい冷静さを失ったリュオイルは狂ったように名前を呼ぶ。 「フェイルっ、起きるんだフェイルっ!!!」 「・・・嘘だろ?君は、こんなところで死んじゃいけないだろっ!!?」 何度呼んでも反応は無い。 反応どころか、震えが増しているようで、顔もさっきより青ざめている。 流れる血の量は相変わらず変わらずで手の施しようが無い。 最悪の結果を一瞬考えたリュオイルは、それに身震いする。 そんなことあってたまるものかっ こんなところで、フェイルも僕達も・・・・・死ぬわけにはいかない さっきよりも雨は止んだ出来たが波の高さが半端じゃない。 いつの間にか渦潮も引いている。 ロマイラの感情が治まったからなのだろうか。 ―――――グラァッ!!! 急に大きく傾いた船は、もう舵をとる者がいないせいでコントロールはきかずされるがままになっている。 大きく波打てば船も大きく揺れ、何かにしがみつかなければ海に落とされてしまう。 「フェイルっ!!!」 ぐったりとしたフェイルの体は、何の抵抗も無くさっきの揺れで船から海に振り落とされた。 それを追うように自ら海に飛び込むリュオイル。 暗い海の中に消える前に、しっかりとフェイルを抱きかかえていた。 (死なせないっ!!絶対に・・・・・) (だからどうか・・・・・) (どうかフェイルを助けてっ!!) 小さな水しぶきの音が聞こえた後、またそれを追うようにシリウスとアレストが飛び降りようとした。 「・・・・・・・次に目を覚ました時に、皆揃っていれば良いな。」 「大丈夫やっ。うち等には固い絆があるんや。信じとったら大丈夫や。」 それだけを言い残すと、2人は先に飛び降りた2人を追いかけて海の中へ飛び込んだ。 残ったのはシギ。 シギも同じ様に飛び込もうとしている。 ちらりとロマイラの方を向くと、目があったがそれ以上は何も無い。 「大きな誤算だったようだな。  まぁそれは俺も同じなんだけど・・・。」 冷たくそれだけを言い残すと、シギは何かを呟きながら海へと落ちた。 震えるロマイラを残して・・・・