冷たくて 土色のような顔 いつも思っていた 彼女は、いつか何処かへ消えてしまうのではないか もう 二度とあの笑顔を見る事は出来ないのではないか もう 二度と・・・・・・ ■天と地の狭間の英雄■        【未開英知】〜時限の違うもの〜 あの大波の中、生きていられるはずが無いと思ってた。 でも、もしも死ぬくらいなら、彼女と共に死にたかった。 ザザァァァア・・・・ 少し肌寒い風がよぎる。 潮の匂いが鼻腔をくすぐり、そして穏やかな波の音でリュオイルは目覚めた。 「・・・・・っ。ここは・・・?」 海に飛び込んだせいで体中が痛い。 大した怪我ではないが今はあまり動かさない方が得策だろう。 それよりも、此処はどこだ? あの後に、海に飛び込んでから何も記憶が無い。 「・・・・・フェイル?」 重い体を引きずるようにしてあたりを見回す。 そのせいで体は悲鳴をあげるが、そんな事どうだっていい。 今は、失いたくない大切な彼女を見つけなければ。 あたりは驚くほど澄んでいて、真っ白な砂浜に数名の人間が倒れているのがすぐ分かる。 近くにいる者も、遠くにいる者もいるが何とか全員同じ場所に流れたと思える。 「フェ・・・イル!!!」 確かに抱きかかえて飛び降りたはずなのに、彼女は最も遠くの場所で横たわっていた。 痛みを堪え、立ち上がったリュオイルはすぐさま彼女の元へ駆け寄る。 「フェイル・・・フェイル?」 表情はやはり悪く、頬を触ればそれは冷たい。 微かに息をしているが、それはもう、虫の息ほどであった。 出血は止まっているが大量に出たため、血の気が無く真っ青な顔をしている。 「フェイルっ。しっかりするんだ。」 軽く頬を叩くが全くと言っていい程反応が無い。 暫く根気強く名を呼んでいたら、いつの間にかシギが起きていた。 彼もまだはっきりと覚醒していないらしく、ボンヤリとした表情で辺りを見回している。 「シギ。」 「ここは、・・・まさか未開英知か?」 「未開英知?」 「ここなら、フェイルを助けられれるかもしれない。」 「何だって!?」 大したダメージを負っていないシギは流石というか。 ゆっくりと起き上がると、彼はリュオイルの下にいるフェイルを見下ろした。 「・・・・・・まずい。早くしないとフェイル・・・・」 「だからっ!!どうすれば助けられるんだっ。」 苛立ったリュオイルには全く気にも留めず、シギは取り合えず他の2人を起こした。 そのせいでリュオイルの苛立ちは更に上がるが、今はとにかく全員の安否を確認しなければ。 「おい、シリウス。アレスト。無事か?」 両方の頬を軽く叩くと、シリウスはすぐに目を覚ました。 そのままむくり、と起き上がると彼は辺りを見回した。 「・・・・・此処はどこだ?」 「恐らく未開英知。ここなら魔族もそう簡単に手を出さない。」 そう言ってシギはアレストを揺さぶった。 まさか死んでいないよな。とかぼやきながら。 「うーん・・・。あ、れ?シギにシリウスやん。うちら、助かったんか?」 「ああそうさ。ほら、だるいとはおもうが起きてくれ。  フェイルを早く助けないと死んじまう。」 縁起の悪い事を言ったシギだが、それもまた事実。 もう瀕死以上にやばくなったフェイルを一刻も早く助けなければ。 「そっ、そうやそうや!!フェイルは無事なんか!?」 「今言っただろうが。」 急に立ち上がって興奮しているアレストを軽く流したシリウスは、少し離れたところにいる男女を見つけた。 真っ青で何の反応も見せない少女。 そして、ある意味それ以上に真っ青になって彼女の名を呼び続けている少年。 「・・・・・ミラ。」 いつしか同じような光景を目の当たりにした。 それほど昔ではない残酷な過去。 二度と、思い出したくも無かった悲惨な過去。 けれどあの状況と酷似していて、それがシリウスの心臓を冷やす。 「フェイルっ!!フェイル!!」 倒れているフェイルがミラに見えて、必死で叫んでいるリュオイルが昔のシリウスとだぶった。 「・・・・・・違う。あいつは、ミラじゃない。」 最初は完全にミラと重ねていたフェイル。 どことなく似ていた二人。 決して諦めない強い瞳。 落ち込んでいれば、無意識のうちに励ましてくれているあの笑顔。 でも、根本的なところは全く違っていた。 忌々しい過去を思い出しながら、シリウスは懸命にフェイルの名前を呼んでいるリュオイルの傍に寄ろうとした。 「動かないで。」 森の方から聞こえる女性の声。 シギはすぐさまその声の方向を向いた。 そこにいるのは弓を構えた女。 まだ幼さが残っているので、もしかすれば少女なのかもしれない。 薄紫の肩まで伸びる細い髪の間に見えるとがった耳は恐らくエルフ。 彼女がエルフならば此処が未開英知だという事が証明できる。 無表情に弓を構える彼女は、倒れているフェイルを見て疑わしそうな顔をした。 「・・・・・あんた達、一体どこからどうやってこの場所に来た。  返答次第ではこの矢があんた達の頭を貫くわよ。」 シギに狙いを定めている。 オロオロしているアレストにポンッと肩に手を置くと、シギは大丈夫だと言わんばかりに微笑した。 その標的になったシリウスは、不機嫌丸出しでエルフを睨む。 だがシリウスの恐ろしい睨みもここでは通用せず、 エルフは涼しい顔をしてこちらに近づいてきた男に目をやった。 向き直ったシギは、恐らくエルフであろう彼女を興奮させないため慎重に話す。 「・・・俺は天界から派遣されたシギ=ウィズザケット=エイフィス。  他のメンバーは全員地上人だ。  急なところ申し訳ない。今倒れている彼女を、フェイルを助けたい。  ここが未開英知で君がエルフだというのなら、どうか助けてくれ。」 そう言ってシギは頭を下げた。 それには意外だったようで、エルフの彼女も少したじろいでいる。 暫く迷った挙句、彼女は弓を降ろした。 「天界、【カイルス】からの派遣者ってのが気になるけど・・・緊急事態のようだし仕方ないわ。  そこの子を助けたいのならついていらっしゃい。」 降ろした弓を肩に担ぐと、スタスタと歩き出してしまった。 振り返ることなく、それでも隙は見せない。 殆どのエルフは狩人なのだが、恐らく彼女もその一員なのだろう。 ここまで隙が無いのはかなりの使い手と見える。 「待ってくれっ!!」 急いでフェイルを担ぎ、森の奥に消えたエルフを追いかける4人。 リュオイルがフェイルを担ぎ、中央を歩いた。 なるべく負担をかけないように、振動を起こさずゆっくりと歩いていると、前方にはあのエルフがいた。 無表情のままでこちらを見て止まっている。 待ってくれているのか、はたまた呆れているのかは分からないが見失っていたのでありがたい。 「すぐそこよ。ただあんた達が外部から来た余所者だから、歓迎されないと思うけど。」 「余所者って・・・・・」 納得しきれていない様子のアレストは、怪訝そうな顔をして眉をひそめる。 そんな態度にもまったく目もくれず、エルフは奥へ進んだ。 周りの木々は、とても澄んだ色の緑で空気も全く違う。 普段見る事ない珍獣や虫がたくさんいる。 こんなに自然に恵まれた場所に住んでいるのもエルフだからこそなのかもしれない。 「ちょっと待ってくれエルフの嬢ちゃん。まだ俺たちは嬢ちゃんの名前聞いて無いんだけどなぁ。」 「名乗るも名乗らないも私の自由。」 「いや、不便だし。なっ。交友を深めるってわけでさ。」 「エルフは外部の者との接触を忌み嫌う。そしてそれは私も同じ。  だから私が名乗る理由はどこにも無いわ。」 あっさりそう言うと、彼女はどんどん歩くスピードを速めた。 彼女くらいの年齢の少女なら、すぐにばててしまうほどの速さである。 山の中で暮らせば誰でもこんなに足が速くなるのか、とシギは痛切に感じた。 彼女のあまりの素っ気無さに少しだけ苦笑するシギは、それでも諦めない様子でエルフに話しかけた。 「でもさ、やっぱりいつまでたっても「エルフの嬢ちゃん」だと君の村に着いた時不便だろ?  減るもんじゃあるまいし、俺達別に危害を加えようとしてるわけじゃないんだからさ。」 困ったように笑うシギに何を思ったか、一呼吸置いてから彼女は一瞬だけシギを見て言った。 「・・・・・・・・・アスティア。」 「え?」 加速を落とすことなく、ポツリとエルフはそう言った。 ガサガサと草を掻き分けて進んでいるのでもしかしたら聞き間違えたか?と思ったがそうではない。 彼女は確かに「アスティア」と名乗った。 「・・・えっと、アスティアちゃんでいいのか?」 「アスティアで結構よ。余計な言葉を足さないで。寒気がするわ。」 語尾がかなりきつい言葉だったが、名乗ってくれただけでもまだましだ。 何だか個性あるエルフだなぁ、とどうでもいい事を考えていたシギだったが、 このままブツクサと考えていても埒が開かないのでその件は放っておく事にした。 そうこうしているうちに、どうやらその村に着いたらしくアスティアはピタリと止まる。 「一応言っておくけど余計な事はしないでよね。  面倒事が起こったら全部あんた達に責任負ってもらうからそのつもりでいてよ。」 普段一体この村で何が起こっているのかが少し気になったが、今はそれどころじゃない。 一刻も早くフェイルを治さないと。 そう思って、リュオイルは腕の中で意識を失っている彼女を見下ろした。 相変わらず冷たい肌は、最悪の事態を予感してしまいそうになりゾッとする。 そんな状態に陥らないのは、微かに呼吸をしているおかげなのだが・・・・・。 「・・・・アスティア。誰なんだそれは。」 ザワッと村の空気が一瞬で変わった。 それは当然いい空気ではなく、明らかに警戒の意味が込められている。 ジロジロと観察されるように見られるのはやはり好ましくないが、今は耐えなければならない。 こんな所で時間を潰していると、いつフェイルが死んでしまうか分からないのだ。 事情は後で説明するから今はただ、この子を早く助けたかった。 「アスティア。一体どういうことだ?  余所者を、それも地上人をこの村に連れてくるとは・・・・族長がお怒りになられるぞ。」 「そんな事は百も承知。  狩をしていて浜辺に出たら落ちてたの。だから拾った。」 「ひ、拾ったってなぁ・・・・」 「まぁまぁ。ここは押さえるんだアレスト。」 今にも怒り出しそうなアレストを宥めると、シギはジッと待っていた。 状況がどうであれ、アスティアは善意(多分)で此処まで連れてきてくれている。 彼女がさっき言ったように問題を起こさない限りは4人を守ってくれそうだ。 「・・・・おい。天界人まで紛れ込んでいるぞ!?」 「何だって!!」 エルフ達の視線を一気に浴びたシギ。 普段から慣れているのかどうかは分からないが、平然とした態度でいる。 一瞬瞠目したシギだったが、何を勘違いしたか彼は何故か額に手を当て(シギが言う)格好いいポーズをとった。 もしもこの場が劇場ならば、今まさに彼の背には溢れんばかりのスポットライトの光と花があるだろう。 「・・・あ〜ら。俺ってばもってもて?」 「「んなわけない(だろ)。」」 シリウスとアレストに完全にスルーされてしまったシギは、少し落ち込みながらもすぐに復活した。 さっきまであんなにふざけた表情をしていたのに今はキリッとしている。 エルフ達に天界人がどう思われているのかは知らないが、もしもシギに何かがあれば 4人とも黙っていない。 「おう。俺は確かに天界人だぜ?  エルフを見るのも数十年ぶりなんだが、あんまり変わってねぇな。」 「お前は、まさかシギか!?」 「そうとも。俺がシギ。今回はちょっと訳ありでここに来たんだがな。  ・・・・・・・・・・急いで欲しい。これが死んじまうんだ。」 最初はケラケラと笑っていたシギであったが、少しの間を空けた後、急に真剣な顔つきになった。 アレストやシリウス、リュオイルも話しについていけていないようで唖然としている。 さっきまでアスティアに礼儀正しくしていたが、 今目の前にいる数人のエルフにはアスティアにとった態度と全く逆である。 それに害した様子も無いエルフ達も不思議なのだが、警戒心は大分薄くなった。 「・・・・・・そうか。お前の頼みなら快く引き受けよう。族長に今連絡をいれる。」 「おう。そうしてくれ。」 そう言って数名の若いエルフがリュオイルに近づいてきた。 驚いたリュオイルは、警戒心を抱くがそれはシギの言葉で無くなった。 「大丈夫。こいつ等に任せておけばフェイルはちゃんと治るさ。  少しの間だから、フェイルをこいつ等に渡してやれよ。」 「・・・・お願いします。」 ちらり、とフェイルの顔を除いて、差し出されたエルフの腕にフェイルを預ける。 そのまま数名のエルフは奥の方へ行ってしまった。 だが一向にリュオイルはそちらの方に目をむけたまま。 体はここにあるのに魂はどこかに飛んで行ってしまっているように見える。 不安そうで、そして悲しそうな表情がとても痛い。 けれど今ここで気休めの言葉を言っても仕方が無かった。 シギは知り合いらしいエルフと真剣な顔つきで話している。 アレストやシリウスはというと、居心地が悪いのか目が泳いでいた。 目を固く閉じていたフェイル。 目を瞑れば、昨日見たあの笑顔が脳裏をよぎった。 《 リュオ君 》 失ってから、気づいたって駄目なんだ。 大切だからこそ、大事だからこそ 失った時のあの孤独感が恐ろしい。 それは どんなに鍛えても 決して鍛えぬく事は出来ない「 心 」という感情。 悲しいときは、やっぱり悲しくて 泣きそうになるときは、どんなに堪えても必ずどこかで泣いていて 暗くて冷たい場所で 膝を抱えて、小さな子供のようにうずくまっている。 暖かさを覚えてしまったから 優しさを知ってしまったから 慈しむ心を教えてもらったから 「なぁに。こいつ等に任せておけば大丈夫さ。  エルフの知識を侮っちゃいかんぜ?」 「・・・・・・・・そう、だね。」 「そうそう。お前はフェイルが起きた時に叱る準備でもしときな。」 気を遣っているかのように、シギは優しく微笑しながらリュオイルの肩を叩いた。 小さな事だが、やはり落ち込んでいる人間にとってそれは嬉しいことこの上ない。 他の仲間からも優しい目で見られ、一人だけ浮いているように思えて少し恥ずかしい。 気を引き締めて沈んでいた頭を上げ、上手く出来ているかどうか分からないけどなるべく明るく笑った。 「・・・・族長に挨拶に行こう。アスティア、案内してくれるか?」 急に話を振られ、今の今までボンヤリとしていたのでアスティアは少々困惑気味だ。 一応皆が話している事を聞いてはいたのだが、何故今目の前にいる「シギ」が 他のエルフ達を知っているのかが分からない。 ただ分かっている事は、この奇妙なメンバーは敵ではない事。 「・・・・分かったわ。こっちよ。」 踵を返し、アスティアは、更に緑の深くなっている方向へと足を運んだ。 耳を澄ませばまるで妖精のような、無邪気で美しい声が聞こえるような気がする。 深呼吸をしてみれば、抜けていた何かの「力」が蘇るような感覚だ。 未開英知が神聖にされているという話はあながち間違っていないだろう。 「そういえばアスティアは見ない顔だな。」 「・・・・・そういえばどうしてあんたは皆を知っているのかしら。」 「あ、もしかしてアスティアってまだ若エルフ?だったら俺を知らないのも無理ないな。」 「・・・・・?」 「俺が最後に下りてきたのは大体60年前くらいだぜ?」 「ろっ、60年!?」 「お前相当若作りしてんだな。」 驚いた様子も無くただ黙々と聞いていたアスティアは、納得したかのように小さく頷いた。 信じられないのは残された3人だけであって、ある意味シギとアスティアの世界が出されている。 最後にシリウスの言った言葉がどうも引っかかるが、あえて今は触れない事にしておこう。 「そう、なら仕様が無いのね。  私はまだ20年そこらしか生きてないから。」 「おっ、やっぱ若エルフかぁ。珍しいねぇ。」 「エ、エルフって・・・・・歳とらんの?」 「いんにゃ、歳はとるが人間と比べれば老いるのが遥かに遅い。  た〜しか、エルフで一番歳いってるんのは・・・・・族長じゃねぇかな?」 60年以上前に此処に下りてきたとき、ここの族長は確か400歳を越えていた。 もしかしたらもう500歳頃かもしれないが、人間にとってエルフとはやはり珍しいものなのだろう。 それを言えば神族も人間から見れば本当に珍しく、第一滅多に人前に出てこないのだから そう思うのも当たり前なのかもしれない。 「ちょ、ちょっと待て。じゃあ、シギは一体幾つなんだ?  エルフとも顔見知りで・・・・どう見たって20代にしか見えないが・・・・。」 「ちなみに俺は推定だが350歳。・・・・・あー、俺も老けたなぁ。  神族の特に地位の高い奴ってのは歳をとらないんだこれが。  育つのは育つんだがな、天使の力が覚醒すればそこで成長が止まるんだ。」 そう言い終えたシギは、ふと顔色を暗くした。 (そう。それは、ラクトも一緒なんだ。  まだ幼くて、成長しきれていないのに覚醒してしまった。) 時に天使達は力を暴走させることがある。 それは無意識のうちの者もいれば、故意にやっているものがいるがその大半は子供の姿をした天使。 普通の天使ならば勿論死ぬ者もいる。彼等は天使と言えども「生きて」いるのだから。 シギなどの大天使達は特殊な生まれ方だった。 それは異なる部分もあるが、殆どが既に成長している状態で誕生させられている。 生まれた頃から天才的な頭脳と運動力を具えているが、だがそれは神の都合で生み出されたと言っても 過言では無いだろう。 誕生の神「ルキナ」にその命を下せば造作も無い。 人・動物・植物。様々な生きるものをこの世に誕生させているのがルキナの役目。 シギもあった事はあまり無いが、清楚で穏やかな女性だったことを覚えている。 「変な世界やな、天界ってのは。」 「・・・・・・そうかもな。フェイルも言ってたよ。おかしいって。」 ラクトの真実を話した後、彼女はそれを自分の事のように感じ取っていた。 それはお節介でも、偽善者ぶっているわけでもなく、彼女の本心。 真っ直ぐ、透き通っていたあの強い瞳に、思わず息を呑んでしまうほどだった。 穢れていない、純粋な心。 優しさに満ちた笑顔。 彼女も、天才的な能力をその身に具わっているのだと思える。 「お喋りはそこまでよ。此処が族長の住居。失礼の無いようにしてよね。」 「おうよ。・・・でも久々だよなぁ。」 恐らくリュオイル達が見れば驚くであろう。 人間よりは遥かに長寿者なのだが、その姿を見れば頭の仲で理解していても唖然とするに違いない。 「族長。連絡していた奇妙な連中を連れてきました。」 「うっわっ!酷ぇ扱い!!!」 「奇妙って・・・・珍獣扱いか?僕達。」 今にも効果音付きで泣き崩れようとしているシギを放っておいて、アスティアは黙々と扉を開けた。 その後ろで突っ込んでくれない虚しさに浸ってるシギを慰めたのは言うまでも無いアレスト。 「まぁまぁ。」 「ったくよ〜、こっちの人間って何かノリ悪くないかぁ?」 「いや、ただ単にシギがテンション高すぎなだけやと思うんだけど・・・。」 「・・・・・・・・」 慰めにならなかった。 「おお、シギっ。久しいなぁ。」 「あ、どうもどうも。お久ぶりっす。」 「ははは、全く変わっていないなぁ。  かれこれ68年と3ヶ月と128日会ってなかったが、ゼウス神もお変わりないか?」 「ご心配無用。あっちのほうは他の側近がびっちり警護してるんで。  それにあの方は相変わらずお変わりありませんよ。」 はははは。と他愛も無い話しをしている2人であったが、アスティアとシリウスを除いて リュオイルとアレストは、開いた口が塞がらない状態だった。 「・・・・こ、この人が族長やて?」 「ど、どう見たってまだお若いじゃないか。」 挙句の果てにアレストは指を指してまでいる。 まぁ彼等の気持ちも分からなくはない。 なぜなら今目の前にいる族長は、どう見ても20代後半そこらだ。 本来ならそこはリュオイルが指摘するのだが、本人もかなり驚いている様子なのでそこまで頭が回らない。 唖然としている2人を他所に、シリウスは表情一つ変えずに面倒くさそうに話を聞いていた。 「おや、これが村の連中が言ってた地上人か。  ほぉ・・・・まだまだ青い奴等ばかりだな。」 「ま、それは俺も言えねぇんだけど、でもこいつ等甘く見てると痛い目見るぜ?  かなりの戦闘慣れしてるし、このメンバーの協調性も良いぜ。」 「そうか。お前も良い奴等に巡り合えたと言うわけだ。」 「・・・・あぁ。そうだな。」 痛い顔をしながら、シギは薄く微笑した。 いつもの明るい笑顔が嘘のように、今は痛みを堪えるので必死な状態に見える。 そんな彼を、まるで慰めるかのように族長は肩を叩いた。 「・・・さて地上の人間よ。私の名はルディアス=シーメンツ。  この未開英知、君達の言うエルフの頭をやっている。以後よろしく頼む。」 差し出された手は、骨の骨格がくっきりと表されているが若々しい。 若草色の長い髪を後ろに一つに束ねているが、横髪は少し下ろされている。 きれのよいその灰色の目は、まるで皆の心を見透かしているようにも思える。 「は、はじめまして。リュオイル=セイフェリス=ウィストです。」 「あっ、うちはアレスト=ウィン=ラスターやで!よろしゅうな!!」 「・・・・・・・・シリウス=バンクレイタ=デュオン。」 軽く礼をするリュオイルと、元気いっぱいに挨拶をするアレスト。 リュオイルはそんなアレストの態度にひやひやしている様子で、ジト目で睨んでいる。 それとは対照的なシリウスは、至って静かで、でもやはりどこか面倒くさそうだ。 それに吹き出したのはシギ。 いつ見ても相変わらずだなぁ、と内心で爆笑している。 ここまで個性が強い人間と仲間になるなんて、流石のシギにも予想できなかった事なのだ。 「リュオイルに、アレスト、シリウスだな。」 「あ。あとここにはいねぇけど今治療中なのがフェイルね。」 「フェイル・・・?」 「そ。俺達これでも昨日まで魔族と戦ってたんだよ。  相変わらずだが、恐ろしいくらいの魔力を持った奴だった。」 名はロマイラ。 純血の魔族で、何故か人間やら天界人やらのごちゃ混ぜの中にいる魔族。 恐らくは階級はもっと上だろう。 あれだけの力を持っていてまさか下級悪魔なわけない。 今まで多くの魔族と対峙してきたが、あんなに禍々しい殺気を放った魔族は数えるほどしかいない。 そして あいつが ウリエルを喰らった。 大天使の中でも、最も仲の良かった天使。 気性が荒くて、戦闘好きで ゼウス神さえも頭を抱えていた奴だったが 忠実で、根は良い奴だった。 《俺に任せれば百人力だぜ!!》 《たくよぉ・・・お前は良いよなぁ。  ただその槍ぐるぐる回しとけばいいんだから。》 《何言ってんだシギ!俺はなぁ!!!》 《はいはい。  全く、見境無く攻撃してればまたゼウス神から苦情出るぜ?》 《うむ・・・・それは流石に困るな。  あのお方の稲妻ははっきり言って恐ろしいぞ。》 《そう思ってんなら少しは控えるこった。たまには俺のサポートしてくれ。》 《そうか!!  ならば俺と共に戦場に来るが良い!嫌って程たくましくなるぞっ!!!!》 《そういう意味じゃないんだが・・・・・まぁ、そのうちな。》 《ああ、楽しみにしていろ!!ビシビシしごいてやるからなっ!!!!》 あの後の戦場で、信じられなかったがウリエルは戦死した。 魂は誕生の神「ルキナ」の元へ還って来なかった。 大天使の魂は、たとえ魔界の奥底であろうとも必ず元いた場所に戻ってくる。 そしてその魂でまた新たな力天使を生み出すのだ。 《シギ。ウリエルは戦死しました。》 《ミカエル、何言って・・・》 《先の騒乱で、魔族に追い討ちをかけられて死にました。  魂が戻ってきていませんから恐らく、魔族が喰らったんでしょう。》 《何だって!!一体・・・一体どいつが!?》 《それは私も分かりません。  だが、彼の魂の気配は未だに魔界の方に留まっているんです。彼の魂は、もう・・・・》 《・・・・・》 あまりにも残酷な言葉だった。 つい先ほどまで、呆れたり笑ったりしていたのに。 《ウリエルは戦死しました》 たった一言で片付けられた。 その後、すぐにウリエルの魂の捜索命令が出されたが結局見つからず、 喰った奴が分かったのはそれから100年くらいしてからだった。