人々は何故戦うのだろうか。



金か?地位か?



それとも名誉?



それはそれぞれにしか分からない。



だが、それは自分で分からない者もいるのだ。



己が何故戦うのか
何のために戦っているのか・・・・。
それを理解していないものは
必ずどこかで大きな壁に当たってしまう。










■天と地の狭間の英雄■
       【戦いの後で】〜心に残る後悔〜










《 紅蓮の炎に燃え出で立ちる空の色 紅き闇に染まる海よ
              我が目の前にいる愚かな者に 地獄の劫火を放て 》


―――――デイプスフレイ!!



「架空雷暗雲!!!!」
一人の少女は大きな魔方陣を幾つも作り出し、その強大な魔力で敵を撃つ。
一人の少年は彼女に敵が集まらぬよう、常に傍で攻撃を食らわす。
二人とも、自分に無い力を補い合っていた。
その動きには全く隙が無く、息ぴったりと言っても過言では無いだろう。
 


「はぁ、はぁ・・・・フェイル、大丈夫か?」

「うん、まだ平気。リュオ君がいるおかげで少しは余裕あるよ。」

  「ははは、僕もフェイルがいなかったらもっと苦戦してたよ。」



体力が少し落ちてはいるもの、二人は微笑を浮かべるほどまだまだ余力があった。
最初の方はフェイルはもうバテ気味だったが、リュオイルがカバーしてくれたおかげで
大分体力も回復し、大魔法も出せるようになってきた。
戦争が始まって数時間。
あれだけたくさんの魔族がいた今はおそらく半分は減ったと見られる。
だが二人の場所から離れている部隊は苦戦をしていた。
互いに血を流し、倒れていくものも少なくない。



「フェイル?」



突然黙りこんで・・・・
いや、ぶつぶつと小声で何かを言っているフェイルにリュオイルは怪訝そうな顔で振り向いた。




「祈功」




結構離れていた部隊に鮮やかな、それでも暖かい光が兵士達を包み込んだ。
血の気を失せた者も、傷だらけの者も、瀕死になりかけた者も、少しずつだが回復していった。
だがフェイルの顔はどんどん青くなるばかり。
見かねたリュオイルは止めるがフェイルはそれを聞こうとしない。
それどころか、自分や兵士達の回復でフェイルの集中力が途切れることもあった。
これ以上彼女に無理をさせればいつ魔族に不意を突かれるか分からない。



「フェイル、僕達ならこれくらいの傷はたいしたことは無いから。だからもう少し君の体も考えて。」

「うん、ごめん、ただどうしても・・・」

「傷ついている人を見てると放っておけないんだろ?」

「う・・・・・・・。」



図星を突かれて押し黙るフェイル。
そんな姿に苦笑しながら、リュオイルは四方に集中する。
それに見習うかのようにしてフェイルも精神を統一して更なる魔法を出そうとした。
だがそれは今までに感じた事のない気配によって掻き消える。
ハッとした表情で咄嗟にフェイルは空を見上げた。




「こんな戦争の中でよく雑談など出来るものだ。
 はっ。それともこんな弱っちい下級魔族なんぞ、やっぱり相手にもならねぇか?」




気配が読み取れなかったリュオイルは、驚いて空を見上げた。
頭上のほうで声が聞こえる。
低く透き通るこの声は男のものだ。
だがいまいち掴めない気配と彼等の姿。
決め付けるにはまだ早いが、生憎リュオイルには判断材料が足りない。



「・・・・・・そうかもな。」



もう一人の声はそれほど低くも無い、感じの良い優しい音色が含まれている。
だがその声に表情はない。
空には2人の青年がフェイルとリュオイルを見下ろしていた。
普通の人間が空を飛べるわけが無い。
考えられるのは一つ。
それは、彼等が魔族だということ。



「貴様ら、魔族の使いか!?
 何故この国に侵略しようとする!!」

「こんな下級魔族と一緒にすんなよ小僧。」

「・・・っ!!」



先ほどから大声で喋っている男は大体20歳後半であろうか、真っ黒な長い髪を無造作に束ね、
それを後ろでくくっている。
その瞳は髪とは対照的に血のように赤い。
もう一人の冷めた男は20歳前半であろう、銀色の短い髪に対し瞳は透き通った水色。
優しそうな面影があるのだがその表情は出されず、完全な無表情だ。
だが敵意は先の男とは対照的に敵意は全くない。

「誰?貴方達は一体誰なの?」

「お前は・・・・・・」

「おい、アルフィス!!少し退いてろ。俺がやる。」

「待て。待つんだギルス。」



アルフィス、という男の制止を聞かないまま突然フェイルに襲い掛かってきたギルス。
咄嗟のことに一瞬遅れが出たが、何とか防ぐ事が出来た。
結界と攻撃の間に火花が散り、キィィィン。という煩い音が辺りに響く。
予想以上に重い攻撃に顔をしかめたフェイル。
彼女の下にある地面が少しえぐれているのだからその威力は半端なものではない。



「―――っ!!!」

「ほう。俺の攻撃を止めるなんて、流石だなあ、なあ?アルフィス。」

「ギルス・・・いい加減にしておくんだな。」



呆れの表情だろうか、そんな色がうっすらとアルフィスの顔に出ていた。
いちいち注意を受けたのが気に入らなかったのか、ギルスはムスッとしながら彼の傍に戻った。
先の攻撃は咄嗟だったので気付かなかったが、彼の持つ剣はどす黒く赤で染まっていた。
もしかしなくても、フィンウェルの者の血だ。
いつからいたのかは知らないが、この短時間であそこまで染め上げるなんて、並の者ではない。



「わあってるって。殺しはしねぇよ。
 だけど思ってたよりも弱いなんて嫌じゃねぇ?」

「私はあいつの指示に従うまで。それだけだ。」



ぶつぶつと何か良く分からないことを言っている二人をよそに、リュオイルはフェイルの元へ駆け出した。
酷い耳鳴りがするほど強烈な攻撃を抑えたのだ。
放心していて無理はないが、あのままでは幾ら何でも危ない。



「フェイルっ!!フェイル、大丈夫か?」

「う、うん。大丈夫、ありがと。」



腰を抜かしているフェイルに手を貸すと、それにためらい無くしがみつく。
あまりの威力に圧倒されて、体が完全に硬直しきっているのだ。

並大抵の魔族じゃない。
ただそれだけは分かった。
けれど・・・。



「やはり、あいつの言ったとおりだな・・・」

「ああ?んなこと分かってるって!!
 ただ試しただけだろ? ったく、お前ほんっとうに頭固いなぁ。」



ゲラゲラと下品に笑うギルスに苛立ちを感じる。
ただ見ているだけでは魔族には見えないのだが、やはりあの力は本物なのだろう。
居ても立っても居られない状況で、正義感の強いリュオイルは大声を上げた。



「試しただと?お前達の目的は一体何なんだ!!」

「けっ、そんなことてめえには関係ないだろ?ごちゃごちゃ言ってるとぶっ殺すぞ。」



にやっ、と怪しく笑うと彼はふいに両腕を空に掲げた。
一体何をするのかと、警戒心を持ちながらも二人はいつでも戦える体勢に入る。
ブワッ。という奇怪な音と共に出てきたのは黒い塊。
それは原型を留めておらず、聞き取れないほどの低い声で何か唸っている。

ただ、それが恐ろしいものだと分かった。
ただ、それに近づいていけないと本能が感じた。

その塊は彼の両手いっぱいまで集まると、そこからはみ出したドロドロの液体が地に落ちる。
ボタボタという嫌な音がした場所からは何とも言えない腐った異臭がした。
地は完全に腐り果て明らかに体に悪そうな瘴気を放出していた。



「・・・リュオ君。これ吸っちゃ駄目だよ。」

「え?」

「下手したら死んじゃう。
 猛毒を体内に隠してそれを放出している魔物。これがフェタリティポイズン。」

「フェ、フェタリティ、ポイズン?」


フェタリティポイズン。
それを吸えば、かなりの確立で死ぬ毒性のある瘴気。
人によって違うが、良くて発熱。悪くて死。
どちらにせよこれを戦場で使えばすぐにかたがつくので、魔族が兵器としても使っている。




「そんな物を使われたら、軍は全滅してしまう!!」




冗談じゃない。
今ここで僕達は死ぬわけにはいかない。
母国を護りたいから、だから今この戦場にいるというのにっ

彼の痛切な願いが通じたのか、ふとフェイルの表情が変わった。
リュオイルは彼女の後ろにいるのでその表情は分からないがとても穏やかな声なのだ。
安心させるような、そんな優しい声色。



「・・・・・大丈夫。私に任せて。」

「フェイル?」

彼女の目線は黒い塊を見たまま。
凝視しながら、それでも彼女の言葉には何故か説得力が感じられた。



「・・・・・大丈夫。大丈夫だよ。」



まるで自分に言い聞かせるようにして何度も復唱する。
胸に手を当て、自分の鼓動を落ち着かせる。
大きく深呼吸するとフェイルは急に後ろに下がった。



「ほらほらっ よそ見してる暇ありゃさっさと動きやがれ!」



フェイルの行動にも驚いたが、それよりもギルスの殺気にリュオイルは我に返り咄嗟に武器を構える。
驚くスピードで攻撃を仕掛けてくる彼を止めるのが精一杯で、もう一人の方の魔族が完全に空いている。
しまったと思いながらも、今はどうすることも出来ない。
悔しさで顔をゆがめたリュオイルは、必死に少女の名前を呼んだ。




「フェイルーーーーーーーーーーっ!!!!!」




フェイルの所にはもうあと少しで瘴気がいっぱいになる。
この瘴気を吸ってはいけないと言ったのは彼女なのに、何故離れないんだ。
苛立ちの感情を抱えたまま、リュオイルは懸命にこのギルスを退かそうとした。



「はっ。甘いんだよ。」



フェイルに気が散っていて戦闘に集中する事が出来ない。
その甘さをギルスは冷めた目つきで、恐ろしいほどの殺気を含んで呟いた。

背筋が凍る。
そんな恐ろしいほどの目に、リュオイルは硬直してしまう。
何故だ?いつもなら、どんなに威圧されてもいつもならそれを振りほどく事が出来るのに。
何故彼の目から目を離すことが出来ない。
そう。
まるでこれは呪縛。
何かに絡まれたような、不快な感覚。



「ふんっ。もう少し楽しませてくれると思ったんだがなぁ・・・。
 これで最後だっ!!!!!」



ギルスの持っていた短剣が勢い良くリュオイルに目掛けて投げられた。
完全に硬直したリュオイルはどうする事も出来ない。
声にならない悲鳴を上げて、彼は絶句する。
ここまでか。・・・そう思い彼は覚悟して反射的に目を瞑った。





《 神の息吹は優しさなり 我の息吹は旋風なり

         速急な微風のごとく地に舞うは風の精

                 触れ合う者の魂を今切り裂かん 》




――――――テアウィンディス!!!!



いつの間にか詠唱を始めていたフェイルは、いつもより早口でその呪文を完成させる。
淡い緑色の魔法陣がフェイルの立っている真下に浮かび上がると、
そこから創り出された神の息吹は天を舞い、この周辺にあった瘴気を完全に浄化した。
その近くに浮いていたアルフィスはただそれを面白そうに観賞しているしているだけで何もしない。
突然の魔法に驚くギルスと、瘴気が消えた事にホッとするリュオイル。
ギリッ・・と歯噛みするギルスの怒りの矛先は、何もしないアルフィスに向けられた。



「おいアルフィスっ!!何でテメェ何もしねぇんだよっ!!!」

「知るか。私は今回襲撃命令は出されていない。
 命令違反して勝手気ままに暴れているのはお前だろう。」

「っるせぇ!!!」

図星を突かれたギルスは、顔を真っ赤にしてアルフィスに抗議する。
その少しの隙も見逃さなかったフェイルは、新たな魔法を唱え始めた。
瞬時に彼女の足元が赤い魔法陣で覆われる。
これは、火系魔法だ。


「リュオ君離れてっ!!!」



《 光り輝く華の唄よ 古き記憶の眠りよ

       鮮やかな紅い光の元 我が領域に触れる愚かな者たちに

                         灼熱の業火を与えん 》



――――――エクスプロード!!!!



フェイルの創り出した烈火の魔方陣から飛び出てきた灼熱の炎は全てを焼き尽くしす。
上手い具合に味方側の人間の間を避けて、敵である魔族に狙いを定める。
断末魔に叫びながら死に絶える魔族達は、みるみるその数を減らしていった。
それに同調するようにリュオイルもギルスに攻撃を仕掛ける。
今度はもう怯まない。
完全にリュオイルに気がいっていなかったギルスは、リュオイルの攻撃をまともにくらう。



「菖蒲っ!!!」

「っ・・ぐわぁぁああ!!!」



衝撃波に耐えれなかったギルスは、かなり離れた地面へ叩き落とされる。
それをまた黙って見ていただけのアルフィスは、敵味方を交互に見ながら意味ありげに眉をひそめた。
所々傷が出来上がったギルスは忌々しそうにしてリュオイルを睨みつける。
それもさっきの数倍ほど。
一瞬怯みはしたものの、我を取り戻したリュオイルはそれを睨み返した。



「くっ・・・・・意外にやるな。まぁ今回は見逃してやるさ。」



口の端から出ている血を拭い取ると、彼はそのまま逃げるようにして宙に浮き移転の呪文を唱え始める。
それに習うようにして、今まで黙っていたアルフィスも彼の元へ移動した。



「待って!!」

「フェイル=アーテイト。リュオイル=セイフィリス=ウィスト。
 我々は今回ただの視察で来ていた。」

「今回のどこが視察だ!
 どう考えてもこれは魔族側の侵略じゃないか!?」

「・・・・・その件に関して私の方から非礼を詫びよう。
 だが勘違いするな。我々魔族は、これから貴様等人間達に報復するために近いうちに戦争を起こす。」

「戦争!?そんな、どうして・・・。」

「時が来れば、おのずと分かる。」




まるで吐き捨てるかのように彼は言うと、丁度移転魔法が完成したようでそれ以上追求する事は不可能だった。
フィンウェルの魔族襲撃は幕を閉じたものの、2人とも複雑そうな顔をして空を見上げた。
空の色は、今までの戦闘を忘れさせるほど澄んでいる。
あざけ笑うかのように綺麗過ぎるそれに、リュオイルは重く長い溜息を吐いた。

一体、今どこで何が起こっているのだろうと・・・・・・・。













「そなた達がこの戦いで得た勝利、誠に感謝する。私からも礼を言おう。
 ご苦労であった。リュオイル隊、カシオス隊、リティオン隊・・・・。
 そして被害を減少させてくれたフェイル殿よ。本当にありがとう。」

「いえ、我が国を守れたことを誇りに思います。」

「勿体無いお言葉。」

「ありがとうございます。」

「あ・・・いえ。」

流石騎士、といったことであろう。リュオイル達は平然と受け答えしている。
だがフェイルにとって公共での王との会話はものすごく、とも言っても良いほど死活問題だ。
オロオロするフェイルをチラッと横目で見たリュオイルは頬を少し綻ばしていた。

長々とした軍会議が終わり、貴族達も帰りはじめようとした。
はぁ、とため息をついたフェイルもリュオイル達とともに戻ろうとしたが
それはある3人の貴族によって阻まれる。
高級感溢れる服装でジロジロとフェイルを見る彼等は、疑わしげな目をしている。
その目線が嫌で、ついリュオイルの後ろに隠れたフェイルは何とも言えない複雑な顔だった。



「君がフェイルだろう? 一体どんな魔法を使った。」

「王からお褒めの言葉を頂いたとは・・・たかが平民、ずうずうしいぞ。」 「お前人間なのか?それとも、新たな種類の者か?」



たかだか一人の小娘に王から激励の言葉を頂いたのだ。
貴族から見れば面白くないのは確か。
だが露骨に不満をまき散らすのはどういった神経をしているのだろう。
それを嫌味とすら思っていない彼等の頭はどうなっているんだ。



「あの・・・その、私は・・・」



口篭るフェイルをよそに、貴族達は小声でなにやら喋っている。
恐らく陰口だろう。
やはり面と向かって、大きな声では無いが陰口を言われるのは辛い。
暗く沈んだ表情をしたフェイルを見たリュオイルは、幾分か低い声でそれを止めさせる。



「彼女に手を出さないでもらおうか。
 先ほどの戦から帰ってきたばかりなので疲れていると思われます。」



一瞬たじろいだ貴族達であったが、やはり目の前珍しいものがあるのでやはり好奇心が勝ってしまう。



「リュオイル将軍・・・。」

「しかし、この小娘は人間なのか?やはり新たな種族か?」



諦めたと思うのも束の間。人の話を聞いているのかいないのか、一人の男の貴族がしつこく話しかける。
それまで穏便に話していたつもりのリュオイルだったがその言葉に怒りすら覚えたようで
穏やかな顔が引きつっている。
それを表に出さないように努力するリュオイルだったが、腹の中では何を言っているか分かったもんじゃない。



「詮索はそこまでにしていてもらおう。
 彼女は人間だ。そして我が国家を救ってくれた大切な恩人である。
 王からも丁重に扱うよう言われている。
 だがその前に・・・・・・彼女を愚弄するのはこの私が許さない。」

「リュオ君。」



貴族相手にこんなに平然と対応できる騎士はそうそういない。
強く言葉が言えるのはおそらくリュオイルの一族位であろう。
リュオイルは騎士ではあるが同時に貴族でもある。しかも上級の更に上級の貴族だ。
残酷な良い方をするが、今のリュオイルにとって彼らは下級貴族にしか見えない。



「も、申し訳ございません・・・ウィスト様。」



蛇に睨まれた蛙。この言葉は今こそ使うべきだろう。
と、ここに居合わせていたリティオンとカシオスは心の中で思った。
静まり返ったと同時にリュオイルは後ろで沈んでいたフェイルの顔を除きこむと
さっきの低い声が嘘のように、今まで通りの声で宥めるようにして話しかけた。



「ごめん、フェイルには嫌な思いをさせたね。」

「ううん、平気。ありがとう。」



さっきよりは大分落ち着いているがやはりどこか沈んだ様子は隠しきれていない。
振り返ると同時に、ふわりと笑顔を見せたが、それもどこか泣きそうな顔だった。
そんな表情を見て、リュオイルはやりきれない気持ちと自分の不甲斐なさでいっぱいで
悔しそうにして下唇を噛んだ。