本当の新しい旅が始まる。 私達の見てきたものも 私達が出会ってきたものも みんなみんな ただの序奏にすぎなかったんだ ■天と地の狭間の英雄■ 【戦乱の国へ】〜暫しの別れ〜 あのお騒がせな事件から1週間がたった。 驚くほどの回復力でフェイルもすっかり元通りになり、もういつでも出発できる状態だ。 ここはエルフの村のルディアス長宅。 メンバーはフェイル、リュオイル、アレスト、シリウス。そして今回の話しのメインであるアスティア。 それぞれ思い思いの場所に座っている状態である。 そのメインのアスティアは、ルディアスの前で正座をしてこれから何が始まるのか分からない様子でいた。 「・・・・コホン。 アスティア、今日はお前に大切な事を報告せねばならない。」 「何でしょう。族長。」 敬語が話せ、背筋がピンッと立っているのは今までのしつけのおかげであろう。 このエルフの村で一番若い彼女は大変大事にされている。 「そうだな・・・単刀直入に言おう。お前は外の世界に興味を持たないか?」 「外の、世界ですか?彼等が住まうと言われる悠久乱国【地上界】」 「そう。その世界に興味はあるか?」 怪訝そうな顔でルディアスを見るアスティアは、素直に首肯の意味として頷いた。 このエルフの村で、外の世界に行ける者などほんの数人しかいない。 そしてそれは、まだまだ未熟な彼女には絶対に無理な事なのだ。 「・・・確かに外の世界には興味を持っていますが、ですが私はまだ・・・」 「うむ。お前はまだまだ未熟だ。 20年そこらしか生きていないお前は本来ならば外の世界に行く事は許されない。」 「と言いますと?」 何かを悟ったのか、だがそれでも不思議そうな顔をして首を傾げる。 この族長は今まで突発的な行動を何度もした事があるので、その不可解な言葉には驚きはしない。 ただ、前書きが長いので、若いエルフにとってはもう少し手短に話して欲しいものだ。 「アスティア。お前に私から使命を言い渡そう。 お前はこの5人と共に地上界に赴き、そしてこれから向かう天界へ行きなさい。」 「族長、何を仰られているのですか?」 「アスティア、私は何も冗談で言っているわけではないのだ。 そしてお前には拒否権もある。これを無理をして引き受ける事は無い。」 困惑気味なアスティアに気づいてもいないのか、 淡々と述べるルディアスにシギは「あちゃー。」と頭を抱えていた。 まさか彼が何の計画性も無しに単刀直入に言うと思っていなかったのでこれは大きな誤算だ。 思わずアスティアに同情してしまう。 「お前なぁ・・・。 そんな言い回しだとアスティアが拒否したくても拒否できないだろうが。」 「何を言っている。私は考えた末、正直に言う方がいいと思ってな。 このままアスティアに何も知らせずに行かせれば、それの方が後で大変な事になるぞ。」 「・・・まぁ、そうなんだけどよ。」 納得のいかない顔でシギは何も反論できないまま下がった。 確かにもしも彼女がついてきても、具体的な事を知らされないままでは後々が面倒だ。 もしかすれば、「そんなつもりでついて来たわけじゃない。」とまで言われるかもしれない。 そのような事を言われてしまえばお手上げ状態なのだ。 「・・・喜んで行かせていただきます。」 「は?」 「だから、行くって言ってるでしょう。」 間の抜けた声で返事をしてしまうシギに、素早くアスティアが冷たく答えた。 その答えに満足したように笑っているルディアスはうんうん、と頷いている。 「ほ〜らシギ。私のこの気持ちが彼女に伝わったのだよ。」 「いや、それは違うから。」 さらっと流すと、シギは不思議そうな顔をしてアスティアを見た。 「・・・・本当にいいのか? もしかすれば、帰れなくなるかもしれないぜ?」 「馬鹿じゃないの? そんな事を思っているから帰れるものも帰れなくなるのよ。」 さらにしれっ、とした態度で冷たく言うアスティアに、吹っ切れたようにしてシギが笑い出した。 「ははははっ!!こりゃあ威勢のいい嬢ちゃんだ。」 その異様な笑いに気分を害したのか、はたまた馬鹿らしく感じたのかアスティアは呆れた様子だ。 アスティアだけでなく、他の4人も同じようで、互いに顔を見合わせながら首を傾げている。 「よっしゃ!! その心意気があればアスティアもこれからの旅は大丈夫そうだ。」 ポンポン、とアスティアの頭を軽く叩くと、露骨に嫌そうな顔をしたアスティアがすぐにそれを払い落とした。 人と馴れ合う事が嫌いなアスティアにとって、まさにシギは鬱陶しい存在なのだろう。 嫌そうにして小さく睨むが、全く気にしていないシギは怯むどころかずっと笑っていた。 「そうか、引き受けてくれるのなら話は早い。」 そう言ってルディアスは立ち上がった。 奥のほうから何やら頑丈そうな弓を持ち出して、それをアスティアの前に持ってくる。 その弓を知っているアスティアは、驚愕の目で族長を見た。 「・・・・族、長?これは、どういうことですか?」 「いやなに。大切な同胞が危険な旅に赴くのだ。 必ず帰ってくるように・・・・・・これをお前に授けよう。」 手渡されたのは、エルフなら誰でも知っている族長の弓。 その弓は、遥か昔同じエルフの鍛冶師が最高傑作として創りあげた幻の弓。 その威力は並大抵なものではなく、それを見る事さえもままならないのだ。 そんな大事なものを受け取れるはずが無く、アスティアは困惑した様子でそれを返す。 「受け取れません。これは族長のお兄様の大切な形見。 そのような大事な物を私ごときが・・・・」 「アスティアいいのだよ。 これは確かに私の兄が最後に創った弓だ。手放すのも惜しい。 だが、これから戦いへ赴くお前にこのような小さな事など・・・私は捨てる事が出来る。」 「族長・・・」 「必ず帰ってきなさい。」 「・・・・・・はい。行って参ります。」 そう言って少しだけ微笑んだアスティアは、再度差し出されたその弓をしっかり抱えた。 満足そうに微笑むルディアスは、彼女の肩を叩く。 元々穏やかで優しい族長だが、今はこの暖かさを暫し離れてしまうのが少しだけ寂しい。 「お前に神々の加護がありますように。」 そう言ってルディアスはアスティアと己の額を合わせた。 その直後、微量ではあるが何らかの不思議な力が感じられた。 淡く光るその光景にシギを除く4人は驚いたように眺めている。 これは、旅立つ同胞に必ず行う儀式なのだ。 内部に眠っている魔力を少しだけ高め、癒しの力を発揮できるようになる。 もちろん、こんな事を何度もするわけではないのだが・・・・ 「・・・・これが、エルフ式の別れ方?」 「んー、うちは初めて見たさかい、よう知らんけど多分なぁ。」 「文献で読んだくらいだからよく分からないけど、でもやっぱり文献とは違うよ。」 三人とも不思議そうに、尚且つ初めて見る光景に新鮮さを覚えていた。 驚きはしているものの、その後全く変化の無いシリウスは腕を組んで静かにそれを見守っている。 力が宿ったアスティアは、今までに無い感覚を体験していた。 妙に体が軽い。 魔法使いとは、常にこのような感覚にとらわれているのだろうか? そう思った途端、急に元の感覚に戻った。 わけも分からずただ族長を凝視するアスティアは何か言いたげだ。 「あぁ、心配しなくてもいい。 お前の中の一部の力を無理矢理こじ開けたから妙な感覚になったんだ。大丈夫、それ以外は何もないさ。」 彼は笑っていた。 でも、本当は大切な同胞を死と直面する戦争に行ってほしくないという感情もある。 まだまだ未熟で、知らない事が多すぎて、しかも表情が固いから尚更心配だ。 だがこのまま何も知らないまま成長するよりも世界の知識を身につけて成長して欲しい。 だから 次に会うときまでに 今よりずっと成長した姿が見られますように・・・・・・。 翌日、1人の心強い仲間と共に彼等はエルフの地を離れた。 向かう場所はリグ大陸。 ルディアスが言ったところによると、ここからリグ大陸へは目と鼻の先。 半日小船を流せばすぐに着く場所だという事が分かった。 「うーむ。エルフの村から離れて3時間弱。 どんぶらこどんぶらこ、と流されるままに流されてるんだが・・・・・大丈夫かこれ?」 緩やかに流れるこの海からどこを見回しても何も無い。 たまに魚の大群が現れるが、それ以外は小島も何も本当になかった。 そしておかしい事に渡り鳥さえも・・・・ 確かにエルフの村からリグ大陸が近くても、これだけ何もないと自然と不安が募ってしまう。 「そういえば、空模様も怪しくなったんじゃないか?」 ふと空を見上げたリュオイルは、今にも雨が降りそうな天候に不安を感じていた。 こんなところで雨に遭遇すれば今度はどこに流されるか分かったもんじゃない。 折角リグ大陸に近づいているというのに、また違うところに流されるのは御免だ。 「・・・大丈夫。 あれは雨雲だけどすぐに降って来る様な厚さじゃないもの。」 じっと上を見上げていたアスティアがそう断言した。 エルフは自然現象に詳しいのでかなり信頼できる。 「でも、何か寒くなってきたね。」 そう言ってフェイルは少しだけ露出している腕をさすった。 今までいた土地と比べると少なくとも3℃以上は下がっているであろう。 そう簡単に風邪を引かないエルフとシギ以外はそれを感じていた。 「そうだね。この異常気象には驚かされるよ。」 「何だっけ・・・リグ大陸って昼間は暑くて夜は寒いんだよね。」 「もうすぐ日暮れだからな。」 リグ大陸は、この世界の大陸で2番目に小さい。 最も小さいルマニラスよりも村や町の数が少ないのだが、 それは昔、あまりの苦しさに農民や町民がリグ大陸から出て行ってしまった。という風に言われている。 元々は集落がポツポツとあるごく普通な大陸だったのだが、今の帝王になった途端、 人々は飢えで死んだり、奴隷の如く扱われ脱走して逃げるものが後をたたなくなった。 戦乱の国。 リグ大陸で最も大きな帝国。 それが【アイルモード】 「多くの脱走者がリビルソルトに密入していたらしいしね。 それを最初は受け入れてきてたけど・・・最近はあまりの人数にお手上げ状態みたいだ。」 心の広い王は、リグ大陸から流れてきた者達を最初は受け入れてきていた。 だがここ最近はその数も半端じゃなくなり、強制送還はしないものの、他の村に移す事も多くなった。 いくら心の広い王でも、あれだけの人数を一斉に受け入れると後々が大変なのだ。 「でも、そこまで酷い国なの?」 「酷いなんてもんじゃないらしいよ。 前に僕の部下が偵察に言ったんだけど、もう少しで牢屋に入れられるところだったって。 部外者。外から来た者は王や兵が特に警戒されているみたいでね。」 2年ほど前にリュオイルの部下が数名でアイルモード帝国を偵察行った記憶がある。 だがその兵は、期間が過ぎても帰ってこなかった。 無事に帰ってきたものの、それは約束の期日の10日後だった。 派遣された兵は、すでにボロボロでかなり衰弱していたのだ。 事情を聞いたリュオイルと王達は、それから二度とアイルモードとの交渉は断ち切った。 帝国の城下町に住んでいる人達も痩せ細っている人が大半を占めているらしく 奴隷同然に扱われている町人は、生気も何も消え失せている。 そう、派遣された兵から聞いた。 「・・・なんや、すごい国やな。」 「どうせ帝王が好き勝手してるんだろう。典型的な支配の仕方じゃねぇか。」 複雑そうな顔をしているアレストと、嘲笑するシリウス。 それを真面目な顔をして聞いているシギとアスティア。 「・・・リグ大陸。アイルモード帝国か。」 「どうしたの。」 「いや、天界で何度か映し鏡を通じて地上界を見た事があるんだが あの禍々しい空気を放った大陸がそうなのかもしれないってな・・・・」 この地上界に下りる前に、映し鏡で再度確認したのを覚えている。 まさかその真っ黒な大陸に行くとは思っていなかったのだが実際これから行く予定だ。 「へぇ。天界ってそんなものあるんだー。」 「あぁ。地上界は色んな神々が加護を与えているからな。 その映し鏡を通じて力を送る。」 「映し鏡って・・・1つじゃないのか?」 ふと、素朴な疑問を持ったリュオイルがすかさずシギに聞く。 シギから聞く天界の話しは、地上人である自分達にとって珍しいものでしかない。 「映し鏡はそれぞれのエリアに数箇所あるんだが・・・悪い。 結構大きさも量もあるし数えた事が無いんだ。」 そういえば本当に幾つあるのか、と今更ながら疑問に思ってしまうシギであった。 「・・・・あれ。」 ふと、アスティアの声が小さく響いた。 指している方向を見ると、そこにはぽつん、と小さく黒い何かが存在していた。 シギは立ち上がり目を細めた。 日も沈んで、いい加減着いてもおかしくない時間帯。 目を凝らしてじっと見ると、微かだが小さな明かりが見える。 もしかしなくてもリグ大陸に近づいたのかもしれない。 「・・・・どうやら、到着したみたいだぜ。リグ大陸にな。」 そう言ってシギは座り、出る準備を整える。 それに他のメンバーもつられるようにして荷物をまとめた。 相変わらず空模様はあやしく、アスティアは大丈夫だと言うがいささか心配だ。 夕方なのでかなり冷えている。 一番薄着のアレストはくしゃみをする始末。 念のため。と言ってルディアスが用意してくれた防寒具を身にまとった6人は、ただ着くのを待っていた。