きっと、もう会えないんだね。 何故そんな事を言うの? もう、光を知る事が出来ないんだね。 どうして、そんな寂しい事を言うの? さよなら。 待ってよ。 さよなら。 行かないで。行ってはいけない。 本当に、ごめんね・・・・・ ■天と地の狭間の英雄■ 【奪われた希望】〜滲む涙〜 カァァァァアア!! 「炎帝の束縛!!」 アレストの絶体絶命を助けたのは、今ここにいるはずのない人物の声だった。 「アレストっ!!」 「シ、シギ。それにリュオイル・・・皆?」 凄まじい魔力で瓦礫を破壊して来たシギは、怪我だらけのアレストの元にすぐさま駆け寄った。 その大きな穴から出てきたのは、地下牢に捕らわれていたはずの4人。 皆無傷で、何故、どうやってここまで辿り着いたのであろうか。 「2発目の衝撃で見事に全員の牢が壊れちまってね。 急いでアレスト達の後を追ってきたって寸法さ。」 「へ?・・・さっきの衝撃・・・・・。」 「動かないで。今治すわ。」 シギが丁寧に説明している時に、アスティアは目覚めたばかりの治癒能力を発揮していた。 フェイルの回復量よりは少ないし遅いものの、暖かな光が体内に入ってきて、 今までので失った体力が完全に戻っている感覚がした。 「フェイルっ!!」 少しだけ和んだその場から、また緊迫した空気が流れた。 リュオイルが見上げるのはアルフィスの腕の中で気絶しているフェイル。 それを冷たい目で見下ろすアルフィス。 「くそっ!フェイルを返せっ!!!」 怒りに満ち溢れたリュオイルの声が煩いほど響いた。 しかしそんな彼に全く動じないアルフィスは、少し舌打ちして指笛を吹いた。 ピ―――、と高く乾いた音がこの静かな城中に響き渡った。 その光景を唖然としていて見ていた5人はその後驚愕の瞳に変わっる。 「よぉ!!アルフィスっ!!!」 「・・・・捕獲、完了みたいだね。」 瞬く間に現われたのは忘れもしない魔族。 さきほどの指笛が一体どうやって彼等に伝わったのだろうか。 そんな疑問を抱きながらも、全員戦闘隊形になった。 人数はこちらの方が多いが如何せん、彼等にはここにはいないが魔界の方に魔法を使う者がいる。 どこから攻撃をしてくるか分からない中、先に動いたのはアルフィスだった。 「・・・・俺はこれを連れて戻る。 お前達は、目くらまし程度にこいつ等と遊んでやってくれ。」 「まっかせな!!」 「分かったよ。」 両者頷くと、各々の武器を取り出した。 ギルスは細く短い剣を。 ラクトは変わらない大剣を。 「待てっ!!!」 「おぉっと。お前等の相手は俺達だぜ? ・・・・余所見してんじゃねぇよっ!!!」 空の闇と同化しようとするアルフィスを追うべく、リュオイルが前に出た。 だがそれは2人の魔族によって阻まれる。 舌打ちをしたリュオイルは、仕方が無いといった感じで己の武器を取り出した。 「どけっ!!」 「あんたら人間がしなくてはいけない事があるように、僕達だってする事があるんだ。 それを、今度こそ邪魔はさせない!!」 強い意志を宿した瞳を鈍く光らせたラクトは、躊躇することなく攻撃を繰り出す。 今度はもうためらいも何も無い。 何かを決心した様子の彼を見て、シギは悲しそうにして顔を歪めた。 「待てラクトっ!これ以上罪を重ねるな!!!」 「だまれっ!!神の命令にしか従えない天使ごときがっ!!!」 その怒号はラクトのもので無くギルスのものだった。 目にも止まらぬ速さでシギを斬りかかる。 それを間一髪で避けたシギだったが、油断をしていたらしく、頬から血が流れていた。 それを拭い取ったシギは、やるせないような顔をして、下唇を噛んだ。 もう、ラクトは戻れない。 最大の禁忌を犯してしまったのだ。 きっ、と空に浮かぶラクトとギルスを睨みつけると、シギは天使の力を解放しその見事な翼を露にした。 「リュオイル!行けっ!!」 そう言ったのは同じく前に出ていたシリウスだった。 ラクトと同じく大剣を操る銀髪の青年。 目は空を向いたままだが、心はそこにはない。 彼もまたフェイルが連れて行かれた事が気がかりで仕方ないのだ。 だが今彼がここから引いて追いかけても辿り着ける自信がない。 リュオイルなら、この瓦礫で埋もれている場所でも騎士になるために色々と特訓をしているはず。 人命救助にだって借り出されているであろう。 今アルフィスを追うのに最も適しているのは彼しかいない。 「だけど・・・・。」 「何言ってる。あいつが攫われている時に何を迷ってる?」 護りたいんじゃないのか? 今まで信じきれなかった分 護ってあげたいと思ってたんじゃないのか? 「行きなさいよ。リュオイル。」 「せやで!!はよう追いかけてフェイル助けてきや!!!」 「アスティア、アレスト・・・。」 アスティアの治療が終わったようで、2人はいつの間にかリュオイルの傍に来ていた。 2人の顔にはリュオイルを安心させるような笑顔が出ていた。 「俺からも、頼むわ。」 「シギ?」 空からはどこか切なそうなシギの声。 今まで聞いた事が無い、不安そうな声でリュオイルは心配になる。 「・・・・渡しちゃいけない。 こいつらの思う通りにさせては、いけない。」 リュオイルはその言葉にズシリ、と重みを感じた。 フェイルが完全に魔族の手に渡れば、魔王は復活する。 それだけは何としても阻止しなければならないのだ。 だが、それ以前に彼女がこの仲間でどれだけ大切なのかを思い知らされた気分だった。 「・・・・・分かった。皆、気をつけて。」 それだけ言い残すと、リュオイルは一目散に瓦礫の上を這い登り 安定していないとは思えないほどの早さで瓦礫の上を走って行った。 「待てっ!行かせると思ってんのか!!」 「お前の相手は俺だっ!!」 リュオイルを追いかけようとするギルスを止めたのはシギだった。 その足元にはアスティアの弓矢が刺さっている。 「ちっ!」 大きく舌打ちしたギルスは、Uターンしてシギに襲いかかる。 「はっ、お前等から先に殺してやるっ!!!」 「それはこっちの台詞だ!」 そうして闇と光の力が爆発した。 「僕はもう二度と戻る事は出来ない。」 少年は小さくそう呟くと、今まで何人も殺してきた自らの腕を見下ろした。 それは自嘲しているようにも見えるが、今のシリウスとアレストにはそんな事どうだっていい。 「・・・・・邪魔をするなら、斬る。」 「ほんまは、あんたとはあんまり戦いたくないんやけど・・・仕方あらへんな。」 大きな罪を犯してしまった、可哀想な天使。 今までラクトの事はシギから何度も聞いたが、やはり子供相手に殺意は向けられなかった。 ・・・・そう、今までは。 「そんな情けの心を持っているから人は死ぬんだ。」 2人の許せる範囲を、こうも簡単に出てしまったラクト。 その小さな体に何が背負える? その悲しそうな瞳は一体何を映している? 「僕はまだ死ぬわけにはいかない。 一度捨てたこの命だけど・・・今は、生きる事を望んでいる。」 思い浮かぶのはあの小さな少女。 魔族でありながらも、懸命に生きようとする優しい心を供えた大切な少女。 何に変えても護りたい。 それは、僕だって負けない。 初めて大切なものを見つけた。 それは、神を敬う心ではない。 そんなもの、ただ神に造られているだけにすぎないまやかしの心。 「お前達が護ろうとしているように・・・・僕達も護りたいものが、あるっ!!」 だから たとえこの命に変えても 大切な人のためなら いくらでも投げ出せる。 一度捨てたこの命を 種族も何も気にしないで救ってくれた。 優しさという暖かさに触れた。 それを失いたくない。 だから戦う。 邪魔させはしない。 絶対に!!! 「フェイルを返せっ!!!」 大分仲間から離れ、更には良い事に瓦礫のある部屋を脱出できた。 だが幾分か後れを取っていたせいでアルフィスに、フェイルに辿り着かない。 こんなにももどかしいと感じたのは、一体いつからだ? ここまで自分の力が弱い、という事が鉛よりも重い何かでリュオイルの心が押しつぶされる。 前方には少し離れた所にアルフィスがフェイルを抱きかかえて空を飛んでいる。 そのフェイルの出された腕に見えるのは、さっきお守り代わりに渡したリュオイルのブレスレットだった。 鈍く輝くその銀は、遠くなればなるほどその輝きを失う。 「返せっ!!・・・フェイルを、フェイルを返せっ!!!」 「無駄だという事がまだ分からないか。 そこまでして死を選ぶか。人間の子よ。」 「煩い!!お前だって・・・元は人間じゃないのか!?」 あまりのしつこさに痺れを切らしたアルフィスは、バッと振り向くと、 肩で息をしているリュオイルに冷たい目を向けた。 だがそれに怯むわけにはいかない。 怯んだら最後。もう、フェイルは絶対に帰ってこないんだ。 「・・・・・人間、か。懐かしさと吐き気を覚えるな。」 「何っ!?」 「お前は選ばれていたから分かるはずがないだろう。 人間の本当の苦しみを。貧しい家庭に生まれた者の定めを。」 「何を言って・・・・。」 不意に顔つきが変わったアルフィスに不思議を感じたリュオイルは、警戒しながらもその様子を見ていた。 今彼は、自分が人間だという事を認めたのだろうか? だったら何故魔族なんかに・・・・・。 二つの思いが交差する。 彼の言う言葉にはいちいち引っかかるものがあるのだ。 魔族を重視しているわけでもなく、更には神族に対して憎悪の目を向けた事もない。 「・・・・そんな事、今はどうだっていいんだ!! お前がもしも人間なら、どうして魔族に協力する!? 世界が滅亡するかもしれないのに何故?」 悲痛な叫びは彼に通じたのであろうか。 少しの希望に期待しながらも、それは彼の言葉で脆くも崩れ去った。 「・・・・・滅亡。そうだ、そうなればいい。 人という人種も、神という馬鹿げた種族も、そして魔族さえも消え去れば良い。」 「な、に・・・?」 「・・・・・・・お喋りが過ぎたな。 もう一度言おう。この計画の邪魔をするな。 そしてお前達人間が滅亡する日を怯えて待っていろ。」 「誰が!!」 そう言って構えた直後、アルフィスは既に攻撃をはじめていた。 彼は恐らく剣士。 どちらかと言えばシリウスよりもリュオイルに適した相手だ。 隙のない攻撃は地面をえぐり、皮膚が裂ける程の衝撃波を生み出す。 「っく!!」 強い。 でも、彼は人間だと言う事を遠まわしに認めている。 だったら、必ずどこかに弱点があるはずだ。 「天意鳳仙花!!!」 「無駄な事を・・・桜桃如来。」 二つの武器が交差し、金属音がこの外に広まった。 あまり大きな音を出せばまたあのドラゴンや死霊使いといった魔族が出てくる。 たとえ目の前にいる人物が人間だとしても・・・・・敵なんだ。魔族を召喚する事だってできる。 少しでも気を抜けばフェイルを救うどころか僕が死んでしまう。 「っち・・・・・小賢しい。」 何度も武器を交えているうちに、双方力量はほぼ互角だと言う事が分かった。 だがこんな埒の開かない戦闘を何分も何分も続ければ、必ずどちらかが力尽きる。 そう考えたアルフィスは、後ろに飛びのいたあと、素早く指笛を吹いた。 それに「しまったっ!!」といった感じで驚愕の瞳をするリュオイル。 彼の感は当たっていた様で、5秒もしないうちに彼の後ろから先ほどいたドラゴンが浮いてきた。 「このっ・・・っ!!卑怯だぞ!!!」 「戦に卑怯も何もあるか。お前達の種族だってこれまで何度汚い手を使っていた。」 「何を根拠のない事を!!」 「ふ、自覚がないのか。それならば尚更知る必要があるようだな。」 つい、とリュオイルに指を指したアルフィスは何の変化も見せずにドラゴンに命令した。 「殺せ。」 その言葉が嬉しそうにしてドラゴンはリュオイルめがけてその大きな口を開いた。 「ちぃっ!!」 素早くそれをかわすリュオイル。 だがその場所は悲惨な状態になっていた。 地面にめり込んだドラゴンは、それでも尚リュオイルを狙って攻撃をしてくる。 たった一噛みでここまでえぐれた地面は、子供の身長ほどの穴が見事に開いていた。 自分が食われたと思うとぞっとする。 「くそっ!・・・退けっ!!!」 何度も攻撃をするが、それは全く効いていないようすだった。 ケロリとした顔でリュオイルの出す技を直に受けるドラゴンは恐らく打撃攻撃は不可能。 考えられる点は魔法攻撃だけ。 「だけど・・・・こんなところで・・・・・。」 思い浮かぶのはあの優しい少女の笑顔。 何に変えても護りたい。 自分の命に変えても、何に変えても。 「・・・・・。」 アルフィスは自分の腕の中でぐったりしている少女を見た。 まだまだ幼い顔立ちの彼女にどういう力が眠っているのか。 それは魔族である彼でさえも分からない。 知っているのは恐らく魔王と称えられるルシフェル。 彼が欲しているのは紛れもないこの少女の力。 ガンッ!!! 暫く考えにふけっていたアルフィスであったが、それはとてつもない音によって現実に引き戻された。 バッ、と下を見るとそこには大量の紅いものがあった。 砂埃でよく見えないが、どうやら決着がついたようだ。 「どちらにせよ、私はもう戻らねば。」 そう言って素早く転移呪文を唱えはじめるアルフィス。 どんどん視界がかすみかけていったとき、それは一つの声により少し中断される。 「・・・イル。・・・・フェイ、ル・・・・・・。」 「まだ、生きていたか。」 ほぼ治まった土埃の中には、死に絶えたドラゴンの姿とその傍に倒れているリュオイルの姿。 一体あのドラゴンをどうやって倒したのであろうか。 彼自身もかなりの重症を負っている。 あの女といいこの男いい、何故危険が伴うにも関わらずこの少女を守ろうとする。 そこまでして、守りたい者なのか? 「・・・・だが、もう遅い。」 何もかも、もう遅すぎたのだ。 全ては定められていた。 自分自身が魔族になることも 魔王が復活することも、 そして もうこの少女は二度と戻らないことも・・・・。 「・・・・捕獲完了。」 そう言って彼と少女は闇の中に消えてしまった。 何も残さぬまま。 ただ空気の切れる音が聞こえただけ。 耳を澄ませば魔族の叫び声が聞こえる。 「・・・・フェイル・・・・。フェ、イル・・・・・・。」 霞んできた視界を懸命にどうにかしようと足掻く。 だがそれ以上の事を知らないリュオイルは、ただ地に臥せっているだけで何も出来ない。 意識が遠のく中、彼は自分の無力さに自己嫌悪した。 護れなかった。 自分を護るだけで精一杯で たった一つの光を たった一人の大切な人を 目の前にいたというのに 何も出来なくて、何もあがく事が出来なくて ただ、倒された。 悔しい。もどかしい。不甲斐ない。 どれもこれも、すべて今の僕のためにある言葉のように聞こえる。 あぁ、もう駄目なんだ。 そうとしか思えなくなっている。 もう、駄目なんだと 心は否定しているのに、頭はそう訴えている。 失くして気づいても、もう遅い。 失くしたものは、もう戻らない。 もう、二度と・・・・・。 「・・・・っ!!フェイルーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」 頭から流れる血に交じるように、眦から零れ落ちる涙が地を濡らした。 ひとしきりフェイルの名前を叫んだ後、既に限界を超えているリュオイルは、 眠るようにして暗闇の世界に静かに入っていった。 残ったのは、彼が残した涙の後だけ・・・・・・。