■天と地の狭間の英雄■        【無くなった希望】〜そしてこれから・・・〜 あの後、アイルモード帝国は簡単に滅びた。 逃げ遅れた多くの人々は死に絶え、そしてその役目を負えた魔族達さえもそこで朽ち果てた。 一瞬のように感じたあの夜。 戦闘に入ってすぐ、ギルスとラクトは退散してしまった。 それは本当にあっという間だった。 誰も怪我をせず、誰も殆ど労力を使っていない。 それは、一体何を意味することだったのだろうか? 嫌な予感がしたシギ達はすぐさまリュオイルが走り去っていった方向へ向かった。 静まり返ったこの帝国は、もう誰も生存者はいないだろう。 それほど静寂に包まれていたのだ。 「リュオイルっ!!」 最初に見つけたのはシリウスだった。 滅多な事がない限り声を上げない彼が向かった先には、確かにリュオイルがいた。 だがその姿は変わり果てたものだった。 リュオイルと同じような色をした髪の血が、幾度もなく滴り落ちていたのだ。 体は冷たくなっており非常に危険な状態だった。 こんなに重傷を負って、よく生きられたものだと感心してしまうほどの生命力である。 「くそっ!!このままだと・・・・・。」 「何とかならへんのかいな!?」 「駄目・・・・。私の回復じゃ追いつかない。」 アスティアが何度も何度も回復魔法をかけるが、やはりそれは通用しない。 もともと魔法が得意ではない彼女にはその威力はかけていた。 いつもなら、本当はここにフェイルがいてその力を発揮してくれるのだが。 「あいつは、魔族の手中の中か・・・・。」 もういない。 どれだけ願っても、もう帰ってくる事はない。 「いや、まだだ。ここで諦めるものかっ!!」 「シギ!?」 瀕死の状態のリュオイルを肩に担ぐと、きっと空を睨みあげた。 「こんな良い奴等に出会えたんだ。こいつもフェイルも、絶対救い出してやる。」 仲間として・・・いや、それ以上に大切だと感じる者達。 天界の仲間達とは違う暖かさ。 それを教えてくれたのは、紛れもないこいつ等だ。 欲張りは、ある意味神に背くことだが 仕方ないだろ?なぁ、ミカエル。 「シギ?」 空を仰ぎ見たシギは、すぅ、と空気を吸い込むと大声で空に向かって叫んだ。 「たまには手助けしやがれっ!!!こんのミカエルがあああああああ!!!!」 すぐ横にある薄い金属がビィィィィンという音をたてた。 初めて聞くこのシギの大声に、最初に耳を塞いだのはエルフであるアスティアだった。 アレストは一瞬遅れて耳を塞ぐが、最初の音が残っていたようで少し辛そうな顔だった。 「ミカエル?」 平気な顔をして聞き慣れない名前に疑問を持つシリウスは、疑わしげにシギを見た。 「・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・」 暫く黙って空を凝視していたシギだったが、痺れを切らしてもう一度大声を上げようとしたその時、 空からここには似つかわしい一線の光が零れ落ちてきた。 それに「よっしゃ。」と叫んだシギは、その道筋を辿り、船のある場所まで走っていった。 いきなり大声をあげて更には仲間を置いてきぼりにしていくシギに唖然とした3人だったが、 置いて行かれないようにして、すぐさま彼の後を追いかけた。 「ちょっと待ちやシギ、一体何やねん!?」 「あの光の道筋を追うんだ。間違いない、あれは確かにミカエルの力を感じる。」 「その前にミカエルって誰よ。」 魔族の襲撃で残された船は殆どなかった。 一つだけ無事に残っていた小型の船にリュオイルを寝かせ、自分も飛び乗るとすぐさま舵をとった。 この真っ暗な空に不釣合いな光が一線だけ見える。 それをシギは「ミカエル」と言う者の力を感じるという。 「あぁ、嫌でも会う奴さ。俺と同じ能天使。」 懐かしげに目を細めるシギであったが、それはすぐにいつもの顔に戻りその光が指す方向へ急いだ。 「恐らく、光の先はユグドラシルだ。」 「ユグドラシル?  そんなえらい所までよう教えてくれはったなぁ。」 「ミカエルはそういう奴だよ。  地位を持っていても仲間の事を最優先に考えるいい奴なんだ。」 「へぇ・・・・なんか、フェイルみたいやなぁ。」 アレストはそう言ってからはっとして口を押さえた。 今ここにはフェイルはいない。 その現実が、まだ受け止められていないのだ。 「あ・・・。」 「・・・・いいんだ。まだ完全にフェイルが戻らないと決まったわけじゃない。  天界に戻れば多分あいつ等が何かと試行錯誤の末、考え抜いてくれるはずだ。」 そう、天界にはシギの他にも多くの天使達がいる。 そのどれもが皆賢い。 そんな連中が集まって会議でも起こせばすぐにでも案が浮かぶだろう。 「ま、流石に俺だけではこれは判断できないからな。」 自分だけの判断で敵の本拠地に乗り込む事は出来ない。 もしそうすれば・・・・・まぁ少なくとも神には呆られるだろう。 悪い方向へいけばラクトと同じく追放されるかもしれない。 神族は強欲になってはいけない。 神より上を目指してはいけない。 同族を殺してはいけない。 その一つを、ラクトは破ってしまったのだが・・・・・・。 「・・・・嫌に海が静かね。」 「多分これもあいつの仕業さ。あいつの命なら海を司る神も従う。」 「そんな偉い奴なん?」 「あぁ。俺なんかとは比べ物にならないくらいにな。」 笑顔が似合う天使。 神に最も愛されている天使。 だが本当は・・・・・・・・・ 「・・・・・あれは。」 今まで黙っていたシリウスがふと声を出した。 その方向を見た3人は驚いた。 空に覆いかぶさっていた黒雲はもう殆ど消え去り、そして前方に見えるのは見慣れない大陸だった。 「・・・・驚いた。ルマニラス大陸がここまで近いとは・・・・。」 「いや、幾らなんでも早すぎるだろう?まだ1時間程度しかたっていないんだ。」 「そうすると、やっぱりあいつか。」 にやっと子供のような、何か悪戯でもしそうな顔つきでシギは再度空を見上げた。 最後に会ったのは数十日前。 神や天使にとって人間のいう年月は短いものだが、どういうことか今となってはとても懐かしい。 あの優しい笑みで多くの天使達を励まし続けているミカエルに、会える。 そう思うと、沈んでいたこの心が少しは楽に感じれるのだ。 誰にでも対等に接してくれるミカエルは、天界でもかなり人気がある。 今思えば、何故ミカエルは俺にあんなに接してくれたのだろうと疑問も持ってしまう。 「ユグドラシル。  ・・・・世界樹が、この大陸にあるのか。」 「そう。そしてそれはフェイルの村のソディバス付近。  これは間違いない。あの隠しきれない聖なる力がここまでも感じる。」 「私は分からないわ。」 ふるふると首を横に振ったアスティアは、怪訝そうにしてシギを見下ろした。 その傍らには浅い息で、尚懸命に生きようとしているリュオイルの姿。 シギを見るには必ずリュオイルも目に入るので、アスティアは少し辛そうな顔をして目を伏せた。 「・・・アスティア。こいつは絶対死なない。」 バッと顔を上げると、その声の主はシギでなくシリウスだった。 表情は変わっていないが、その目線はリュオイルに向けられている。 「・・・・・・シリウス?」 「こいつが死ぬわけない。誰が死なせるか。  俺は、こいつに全てを託してフェイルを助けに行かせた。  だから万が一こいつが死んだとしても、俺は絶対に許さない。」 「シリウス!!」 非難の声を上げたのはアレストだった。 ただでさえ崩壊してしまいそうな今のパーティーは、たった一言でも傷ついてしまう。 支えが失って、そしてそれを支える者も命を落としかけている。 これ以上、何も犠牲を出したくない。 「約束したのならそれを果たしてから死ぬんだな。  それとも、お前の言う約束はそんな程度のものだったのか?・・・リュオイル。」 シリウスの目は真剣だった。 アレストの声も聞こえていない。 聞こえているのは、波の音だけ。 心に響くのは、フェイルの声と、何故かリュオイルの声。 喧嘩ばかりで良い思い出なんて皆無に等しい。 何度も何度もアレスト達に注意されていた。 そして、いつもそこに入ってくるのはフェイルだった。 何も変わらないと思っていた。 何も失わないと、もう二度と失わないと決意したのにこのザマだ。 「お前が本当にあいつを大事だと思ってるんなら、ここでくたばるな。」 後悔するな。 今という現実を見ろ。 背中を見せるな。 落ち込むくらいなら、足掻いてみせろ。 信じるんだ。 そう教えてくれたのは 紛れもない、「あいつ」だろ? 「シリウス・・・・。」 「誤解するな。俺はこの根性無しに渇を入れただけだ。」 「・・・・せやな。全く、リュオイルときたら。」 フェイルもリュオイルも、他人に迷惑かけすぎなんや。 そんなところが似ているのかもしれへんけど。 「はよ起きて、フェイル助けに行こな?」 膝を曲げてリュオイルの青い顔を除きこむ。 そのアレストの顔も、今まで見た事がないほど崩れていた。 決して涙を見せない彼女も、今この時だけは少しだけ透明な光が滲んでいた。 「心配かけて・・・・・ちゃんと、謝りぃや。」 起きてきたら第一声に何て言ってやろうか。 目一杯の笑顔で、リュオイルを目覚めさせてあげる。 暗い顔してたら、絶対リュオイルも落ち込む。 それ以前に自分を責める。 アレストはリュオイルの髪を撫でながらそんな事を思っていた。 彼はいつだってそうだ。 リュオイル自身が悪いわけではないのに、それでも自分の責任だと思い自分の殻に閉じこもってしまう。 しかも今回はたちが悪い。 支えながらも、同時に支えられていた関係が壊されてしまった。 きっとその心の傷はそう簡単に消えないだろう。 悪く言えば、もう二度修復しない心の病。 「・・・・どうやら近いな。」 そう呟いたのはシギだった。 すぐ真上にある光の先を見ると、それはある箇所に沈んでいた。 まだ夜なので正確には分からないが恐らくそこがユグドラシルのある場所。 フェイルの故郷、ソディバス村がある場所だ。 「よし、皆準備をするんだ。」 リュオイルの包帯を取り替えようとしてアスティアは立ち上がった。 だがそれは、アスティアより大きな手で遮られた。 「・・・・・シリウス、何?」 「貸せ。俺がやる。」 そう言ったシリウスは、テキパキと包帯を変えていった。 それはかなり手馴れているもので、初心者には到底思えない。 不思議そうな顔をして立ち尽くすアスティアに、アレストは苦笑しながらフォローした。 「シリウスに任しとき。  こう見えてもシリウスは医者目指してるんや。」 「・・・・医者?」 「せやで。妹のミラを助けるためなんや。」 「・・・そう。」 興味無さそうにしてシリウスを見下ろすアスティア。 やはり何度見てもその処置の仕方は上手い。 自分がやるよりもミスが無く、的確な判断でしっかり治療している。 「・・・・・・ありがとう。」 聞こえるか分からないほどの小さな声でアスティアはシリウスに礼を言った。 恐らく聞こえていたのだろう。 一瞬だけ手を止めたシリウスだったが、何も変化は見せずすぐに作業を再開した。 アスティアも、何も無かったかのようにしてシリウスの分の荷物もまとめる。 まだこのメンバーと旅をして日は浅いが、それでも彼等の絆には痛いほど身にしみた。 皆が支えあっている。 誰一人欠けてはいけない。 皆が笑顔でいないと、こうも簡単にこのパーティーは崩れる。 (・・・・私は、それを理解することが出来ない。) 無駄に笑うフェイルを、時々鬱陶しいと思う時もあった。 無駄に考えるリュオイルを、心の中で馬鹿にした事もあった。 だけど、それでも彼等はこのパーティーに必要な存在。 決して欠けてはいけない、大切な大切な仲間。 それは、何に変えても変わる事の無い真実。 仲間がいなくなれば、悲しむのは当たり前なのだ。 誰かが傷つけば、自分も心が痛い。 だけど それが私には分からない。 理解できない。 今まで人間達とかけ離れたところでごく自然に育ってきたエルフには、到底分からないのだ。 エルフは他人に甘えてはいけない。 甘える必要も無い。何故なら大抵の事は自分で出来るから。 でも、今目の前にいる人間達は違う。 誰かを愛し、敬い、そして支えあう。 この様々な感情が交差して、初めて仲間というものが成立する。 いや。・・・・そんなもの本当はいらないのかもしれない。 「・・・・私は、今までの生き方が間違っていたのかしら。」 本当の友情。そして仲間と言うものは彼等を指すのだろう。 傷ついても傷ついても、それでもめげない。 皆が皆に無い部分を補い合い、そして団結して支えあっている。 今までのエルフに無かった事を、族長は私に教えようとしているのだろうか? 族長が私を外に出した理由。 それは答えに行き着けば簡単だが、だが知らなければ難しい。 仲間というものの大切さ。 誰かと協力して、共に歩むなんて今まで考えた事も無かった。 そして、これからもそんなものは必要ないと思っていた。 けど違う。 族長は、この事を私に教えたかったんだ。 そう信じたい。 「リュオイル。フェイル。」 馬鹿にして、けなしていた2人だったが、 いざいなくなるとこうも悲しくなる。 表情には出していないが、今まで感じた事も無い感情が私の中をよぎっていく。 失ってから、初めて気づくこの感情。 それは、出来れば一生経験したくなかった感情。 悲しい。 2人が、正確には1人だがいなくなる事がここまでも悲しくなるとは。 「アスティア?」 助け合いなんて、馬鹿げたことだと思っていた。 でも違う。 私は、大切な事を知らなさ過ぎた。 「大丈夫。フェイルもリュオイルも助かる。大丈夫矢で。」 こんなに、心を満たしてくれる。 たった一言二言なのに、この不可解な感情を満たしてくれる。 「そうだぜ、アスティア。  まずは信じてやれ。こいつ等がまた無事に出会える事をな。」 優しい笑顔。優しい言葉。 ただそれだけで私の心はまた新しい感情を覚える。 「そうね。そう、信じてみましょうか。」 そして、私も生まれ変わる。 この旅で、もっともっと新しい事を学ぶために・・・・・・・。 『 闇に花を捧げんとするは神の御霊。     空の色は濃く散り、最上の立花を捧げん。   眠りし我が主。今ここに、再び蘇る事を願わん。』 そこはまるで死の世界。 黒く、貪欲なる邪気がとどまる魔族の世界【タナトス】 だが、この場所だけまるで水晶なもので多くの物が囲まれていた。 その中には、フェイルがいる。 固く目を閉じたフェイルは、水晶の中でまるで死んでいるように眠っていた。 その腕に光るものはあの時リュオイルから手渡された銀のブレスレット。 輝きを忘れないそれは、鈍くなりながらも懸命に輝いているように見えた。 『 禍々しい従者と共に、今この生贄の魂と一つになれ。     眠りし魂を、今ここに呼びたたん。   魔族の王ルシフェルよ、今再び世界を闇に散らせ 』 ソピアとロマイラの声が重なり合い、この呪文は完璧に成功した。 唱え終えると、その禍々しい邪気がフェイルを包んだ。 だかそれはフェイルの中から出てきた光に邪魔されようとしている。 意識を手放し、そして水晶付けにされたフェイルが何かに護られるかのようにして光に包まれる。 「このっ!!こんな神気、あたし一人でぶち壊してやるっ!!!!」 バッと手をかざし魔力をぶつけるロマイラ。 その力は今まで見た事の無いほどの禍々しさだった。 その強い邪気に、成す術もなく消え去る聖なる光。 完全に光を失ったそれは、完全に消え去った。 その代わり残った邪気はフェイルを覆いつくす。 「これで、ルシフェル様が復活する・・・・。」 そう呟いたのはジャスティだった。 普段表情を変える事の無い彼女が、嬉しそうにして少しだけ微笑んだ。 完全に邪気に呑まれた水晶から、一つの眩い光が対面してある水晶の中に素早く移動した。 そのもう一つの水晶。 それは、明らかに人の形をした何かであった。 金の髪を一つにまとめているそれは、どう見ても男だという事が分かる。 神々しいほどの威圧を感じるそれは、『ルシフェル』と呼ばれていた。 カァァァアアアアア・・・・。 眩いほどの光がこの不思議な造りの一室を包み込んだ。 この光はやはり魔族にはきついらしく、物陰に隠れている。 パキパキ・・・。という音が聞こえると、その神々しい光も徐々に治まってきた。 パキ・・・・・・・パキィィイイン!!! その瞬間、アルフィスは誰にも分からないほどの小ささだが顔をしかめた。 (これで、もう取り返しはつかない・・・・・・。) 「・・・やっとこの力を手にいれることが出来た。」 今まで聞いた事の無い、凛とした男の声がこの部屋に響いた。 その声はまるで天から授かったほどの美しい声である。 光がほぼ治まったところでジャスティは目を大きく見開いた。 これこそ待ち望んだルシフェル。魔王の復活。 「・・・ルシフェル、様。」 呆然としてしたジャスティは、知らず知らずのうちに声を出していた。 それがはっきり聞こえていたようで、端麗な顔をした青年はゆっくり振り向いた。 「あぁ。ジャスティ。手間をかけたな。」 ふ、と笑う彼はまるで天使のようだった。 魔王とは全く思えないその整った顔。そしてその微笑。 気品のあるその表情は、魔族であっても息を呑んでしまう。 「そしてロマイラ、ソピア、そしてラクトにギルスにアルフィス。  この様に私はあの忌々しい神の力から解放された。礼を言おう。皆ありがとう。」 すくっと立ち上がると、目の前にある水晶を覗きこんだ。 「・・・・・久しいな。フェイル。」 ルシフェルは、フェイルの水晶を面白そうにして除きこむと、クツクツと笑い出した。