■天と地の狭間の英雄■ 【天界カイルスへ】〜終わりなき詩の前奏〜 「そうか、ついに始まったか。」 「・・・しかし一体どうするおつもりなのですか。」 金の髪を持つまだ歳若い青年は、恐縮するようにして前にいる男の顔を見上げた。 その男の表情は苦渋に満ちた顔だった。 それだけで恐ろしいと思えるが、青年は黙って返答を待っていた。 「・・・・シギは、失敗したのだな。」 「私は、彼に責任はないと思うのですが。」 「ミカエル。あいつを庇わなくてもいい。 私はあれを連れて来いとあいつに言ったのだ。」 「・・・・・・・」 「だが、過ぎたものはどうしようもない。」 「・・・・・・・ゼウス神。」 カツカツと歩いたゼウスは、ピタッと止まると大きな鏡を覗きこんだ。 それに映るのはユグドラシルに向かっているあの一向。 そして目をつけたのは赤い髪の少年。 それを眺めていると、ゼウスは何を思いついたかふっと笑った。 「どうかされましたか?」 「いや・・・・。どうやら、我々神族はまだ負けたわけではなさそうだ。」 はっとした顔でミカエルはゼウスを凝視した。 「一体・・・・。」 「シギが戻ってからでも遅くない。その時に言えばいいさ。」 そう言って彼はこの部屋から姿を消した。 残ったのはミカエルのみ。 さきほどゼウスが除いていた鏡の前まで来て除いて見ると、そこには懐かしい戦友でもあるシギの姿が くっきりと映し出されていた。 そして人間やエルフも・・・・・。 「・・・・シギ。」 少しだけ悲しそうな顔をしたミカエルは、何事も無かったような顔でその場を去った。 「ん?誰か俺を呼んだか?」 「何言ってんねん。皆この枝とか邪魔で一生懸命切ってんやん。」 「・・・・そうだよなぁ。」 はて?といった感じで首を傾げたシギだったが、「空耳か」と妙に納得した様子でまた枝切りに再開した。 今彼等がいる場所はソディバス付近の森。 つまりこの森のどこかにユグドラシルがあるのだ。 だがそう簡単には見つからず、しかもこの森はかなり迷いやすくそして暗い。 かれこれ2時間も歩いているが、いつまで経ってもユグドラシルの所に辿り着けないのだ。 せめてソディバスにでも着ければ、リュオイルを少しは手当てする事が出来るのに。 元々ソディバスの人間は、普通の人間よりも魔力が勝っている。 それは最も天界に近い場所に住んでいるのもあるが、まさに神の恩恵とも言えよう。 フェイルがあんなに魔力が強いのも合点がいく。 「・・・・どこを見ても木木木木木木木木!! いつまで経ったらユグドラシル見つけれるんや!?」 もしかして同じ所をぐるぐる回っているのではないか? とまで疑うほど歩いたから、アレストが叫ぶのも無理は無いが・・・やはりうるさい。 「ユグドラシルの木は世界樹って言われるほどだから一目見れば誰でも分かるんだがな。 だがすぐ見つけられないようにユグドラシルはこの森を少し変えたんだ。」 「それで迷いの森か・・。」 「そう。俺一人なら天界に帰れるんだがお前達がいるんだからどうしようもない。 探してユグドラシルに頼むしか方法が無いんだ。」 シギはこの場所とは全く関係ないシリウスの村に降りてきたのだ。 確かに彼一人なら天界に帰れるかもしれない。 だが人間には天使のような力ないので、ユグドラシルに頼むしかしょうがない。 面倒と言えば面倒だが、今までに己の欲しか考えない人間が天界に来た事があるので、 徹底した対策をとったのだ。 今では選ばれた、もしくは神や天使が認めたものしか天界に行く事はできない。 今回はシギがいるので、4人とも正式に認められている。 ・・・・そしてフェイルも。 「とにかく急ぐわよ。 先にユグドラシルを見つけても村を見つけても、彼を助ける方が先決でしょう?」 いつになく喋るアスティアに驚きながらも、シギは少しずつ変わってきたアスティアに笑った。 それをどう受け止めたのかは分からないが、とりあえず嫌そうな顔をした。 「・・・・・何よ。」 「いんや。何でもないさ。」 そう言って更に奥に進むシギ。 言葉とは裏腹に、満面の笑みである彼は、彼女が少しずつ変わっていることが本当に嬉しいのだ。 ルディアスが彼女を旅に参加させた本当の理由。 世界の知識を身につける事はただの建前だったのだ。 本当は、仲間という者の大切さをこの若エルフに教えたかったのかもしれない。 「あ・・・・何か見えてきたで!!」 大声を上げたのはアレストだった。 頬や腕には切り傷が多く、所々血が出ているがそれでも力強くその場所を指差した。 つられて見ると、確かにそこには何かがある。 殆ど真っ暗状態のこの森の中に、どう考えても似つかわしい光がぽつんとあった。 「ユグドラシルか?」 「いや・・・・あれは・・・・。」 人の気配がする。 多くはないが、それでもその人間から魔力が感じられる。 「ソディバスだ。」 ずっと暗闇の中にいたからなのか、その小さな光が青白く見える。 「ソディバス・・・。あれが、フェイルの故郷か。」 ズンズンとあるいていくと、それは思っていたよりも早く着いた。 2人ほどの村民が気づいた様で、こちらを凝視している。 あまり歓迎されてはいない。これだけははっきり言えた。 「お前達、一体どうやってこの村に・・・・。」 「いんや。用があるのはこの村じゃない。 というか本当は用があったんだがな・・・。」 「何をおかしな事を・・・・・・っ!!?」 一人の青年が、シギから離れた。 驚いたような、信じられないような顔をしてシギを凝視している。 アレストやシリウスは、何がなんだか分からない様子で村民とシギを交互に見た。 「何やねん。シギの知り合い?」 「いや・・・。 フェイルはともかく俺はこの村来た事無いしなぁ。」 フェイル。 そう、この言葉に青年達は大きく反応した。 ガッとシギに掴みかかり、大声をあげる。 「お前っ、フェイルをどこにやった!!」 「え、え、ちょっと待ってくれ!」 「言えっ!!さもないと・・・・・。」 「さもないとどうする気じゃ?レイメル。」 年老いた、それでも力強い声が響いた。 レイメルと呼ばれた青年は、驚いたようにして後ろを振り向いた。 「そ、村長。」 「村長?んじゃあ話が早い。」 掴まれているのにもかかわらず、相変わらずけろっとした顔で笑うシギ。 その表情に満足がいった村長は、うんうんと唸ると、青年を後ろへ下がらせとある小屋に連れていった。 残ったのは納得できない様子の青年達のみ。 もしかしなくても彼等はフェイルを探していた人物だったかもしれない。 「・・・・ふぅむ。これは酷いのぉ。 傷口から推測して、もしやお前さん達はドラゴンと戦ったのでは?」 顎を押さえて、唸るような形で考え込む村長。 深いしわでくしゃくしゃになった手をリュオイルにかざすと、そこから見覚えのある光が出てきた。 『ファーストエイド』 暖かな光がリュオイルを包み込み、少しだけだが顔色が戻ってきた。 この呪文はいつも見ている回復魔法。 フェイルの使っていた魔法だった。 「・・・・あんた一体何だ? こいつの傷口見て的確に当てるわ、更にはその魔法はフェイルが使っていたやつだ。」 「さよう。見ての通りこんな老いぼれだがワシはこの村の村長じゃ。 フェイルにあの回復魔法を教えたのは他でもないこのワシ。 最も、それ以外の魔法は教えなくても勝手に習得してしまったがのぉ・・・。」 見事に伸びている顎のひげを触りながら、彼はシギの顔を見て言った。 まるで何もかも見透かしているような、そんな瞳だった。 「フェイルは、やはり攫われたか。」 「どうしてそれを!? あんたはただの魔法使いとちゃうん!?」 「・・・娘さんよ。ワシにはあの子の気配が遠くからでも分かるのだ。 小さい頃から面倒を見て、フェイルもワシの事を本当の家族と思ってくれておる。」 無邪気に笑っていたあの頃。 本当に微笑ましくて、本当に手放したくなくて。 手塩をかけて育ててきたフェイル。 だが1年ほど前から様子が変わっていた。 どこか不安げな表情を見せて、せわしく外を見ていたのだ。 誰もが彼女の事を心配していた。 彼女は捨て子だったから、尚更そう思う。 「・・・・そして家で同然に村を出て行ってしまった。 ワシ等は本当にフェイルの事が心配じゃった。 あの子は外の世界を全く知らない子でのぉ・・・・。」 あんなに優しい子が外に出て大丈夫かと心配した。 探しに行けばいいのだが、だがそれは断念した。 結果はどうあれ、あの子は何かを学んでそしてこの村にきっと戻ってきてくれる。 それだけを信じていた。 「出会った時、フェイル自分の記憶を探す旅に出たって聞いたで?」 「そうじゃのぉ。確かに記憶がないと言えば無いのじゃが。 きっとそれは戻る事はないじゃろう・・・・・。なぁ、天界からの使者よ。」 ふいにシギに話しを回され、彼は驚いた。 落ち着いた様子でシギをジッと見つめる彼は、優しい目をしていた。 「・・・・・あ、あ。そうだな。」 ただ、何故その事を知っている? この老人・・・・本当にただの人間か? 「この少年。ワシ等の力ではもうどうすることも出来ん。 止血程度にしかならんかったが・・・・あんたの世界ならすぐに治るじゃろう。」 「そうさ。だから、ユグドラシルの場所を教えて欲しい。」 この世界ではもうリュオイルを救えないことは分かっている。 だからこそ、一秒でも早く天界に戻らねば。 すると村長は目を細めてついっと指差した。 その方向は村の裏手。 何度か瞬きをした後に、シギはその方向に神経を集中させた。 「なるほど。この村を通過しない限り、ユグドラシルには辿り着けないわけか。」 「作用。大昔に人間があの木を使って天界に昇った事があるそうじゃが、それを防ぐために ある天使がこの村に舞い降り、そしてこのような入り組んだ森を造ったのじゃ。」 「・・・・ある天使。ミカエルか?」 いや、多忙な彼がそんな事はしないだろう。 というよりもゼウス神が人間界に送るのなら、恐らく他の能天使か? 「この裏手の道を真っ直ぐ行けば必ずユグドラシルに辿り着ける。 途中に曲がり道があるが決してその方向へ行ってはならん。 その道を行けば最後。二度とこの森から出る事は出来ない。」 「・・・・・了解。肝に銘じて置くさ。」 ふっと笑うと、シギは立ち上がりそしてリュオイルを担ごうとした。 それに習うように、他のメンバーも立ち上がる。 そして、ふと思い出したように彼はシギ達を引きとめた。 「何か?」 「お前達、フェイルは・・・笑っていたか?」 「え・・・?」 不可解な質問に疑問を持ちながらもシギは頷いた。 彼女はいつだって笑っていた。 誰よりも明るく、そしてその笑顔でどれだけ勇気づけられたか。 「そうか、そうか。」 ふと彼の目が優しい瞳に変わった。 安心しきったような、でもどこかに悲しさを帯びているそんな瞳。 その意味が分からず、ただ不思議そうにして顔を見合わせる。 彼は、フェイルの育ての親のという他にどれだけの事を知っているのだ? 「あの・・・・。」 「フェイルが帰ってきたら、あの子の墓参りに行ってほしかったのじゃがのぉ。」 墓参り? 「え、それは・・・誰のですか?」 嫌な予感がした。 「ワシの、たった一人の孫じゃよ。」 「村長はんの、孫?」 「フェイルが村を出る2年前にのぉ・・・・あの子は死んでしまったのじゃ。」 話せば長くなるが、聞いてくれんか? あの子が、他人を包むような笑顔をするようになったのはあんたらのおかげなのかもしれん。 だから、 あの子の事を知ってくれ。 本当は 傷つきやすい子だという事を・・・・・・。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 出ていく間際にシリウスは少し振り返ると、小さく礼をした。 皆、先ほど話された話にショックを隠しきれず俯いていたのだ。 それはリュオイルを少しでも治してくれた事なのか、それともユグドラシルの場所を教えてくれた事か。 それとも・・・・あの辛い過去を話してくれたことだろうか。 彼の姿を見送った村長は、出て行った4人を見送ると少し目を伏せて茶をすすりはじめた。 「・・・・・無事に帰ってくるのじゃぞ。フェイル。」 《 村長様。》 失ったものはあまりにも大きすぎた。 フェイルを失い、最愛の孫を失い、今に至る。 たった1年。 それでも、やはり長く感じるものだった。 思い浮かぶのは優しい笑顔をしたフェイルの姿ばかり。 あんなに純粋で、そして真っ白なフェイルが今はもういない。 昨夜、あの子の気配が途絶えた事は分かっていた。 それでも信じたくない事実。 《 村長様っ、見て見てー!魔法出来たよっ!!!》 行かせるべきじゃなかった。 大嫌いと言われても、ここまで後悔するのなら行かせるべきじゃなかった。 《 行ってきます 》 村を出ていった日。 ワシにだけその事を教えてくれて、その意志の強さに思わず承諾してしまった。 あの時の笑顔が眩しすぎて、今ここにいない事がとても悲しい。 「帰ってきて、また笑顔を見せておくれ。」 その切なる願いは叶うのか・・・・ 村長は出ていったあの旅人達の行った方向を静かな目で見ていた。 ソディバスの住人からはあまりいい目で見られない中、 シギ達はユグドラシルがあると言われる場所までズカズカと歩いていた。 村にに辿り着くまでに見た森よりもずっと神聖さを感じるここは、何とも言えない静寂に包まれていた。 村長が言っていた通り、すぐに曲がり道が出ていた。 一度間違った場所に踏み入れば最後。 生きては戻れないと言われるこの恐ろしい場所に本当にユグドラシルがあるか少し疑ってしまう。 「・・・・・そういえば、ここにはシギ入った事ないんやろ?」 「ん〜。まぁな。」 「んじゃあどうやって天界に行くん?」 「あぁ、まぁその事なら心配御無用。ただそれに頼めばいいだけさ。」 「それ?」 怪訝そうな顔をして首を傾げるシリウス。 そして全く同意のアレストもアスティアも不思議そうな顔をしていた。 「ユグドラシルってのは世界樹って言われるほどだから木なのは当たり前だ。 んだがなぁ、それはある時に仮の姿で現われる事がある。」 「仮の姿・・・・。」 実を言うと俺も見た事がない。 本当に天界の者が地上に降りることなど殆ど無いのだから・・・・。 まぁ、その姿を知っているのはゼウス神は当たり前であとはミカエルや他の天使達。 幾ら俺が能天使でもやはりレベルは違う。 俺みたいな奴がユグドラシルの仮の姿を見るなんて甚だしいのだ。 「へぇ。シギでも知らない事あるんや〜。」 「当たり前だろ?俺思ってるほどそこまで地位高くないぞ?」 怪訝そうな顔をして後ろにいるアレストに振り返ると、びっくりした様子でこちらを見ていた。 その表情に更に首を傾げると、苦笑したアレストは何を思ったかシギの背中を数回叩いた。 「だって、シギってめっちゃ物知りやん? うち等から見たら神様だろうが何だろうが、やっぱ初めて見て聞く天界人の知識は珍しいんよ。 ただ初めて出会ったのがシギだったからそう思うねん。」 きっと他の天使が迎えに来ていれば同じ感情を持っただろう。 ・・・・いや、やはり違うかもしれない。 シギと出会っていなければ、今の自分達はここまでくる事が出来なかった。 シギの暖かい眼差しと、そして多くの勇気をくれたからここまで来れた。 だから、口にはしないけどシギに出会えて本当に良かったと思っている。 「・・・そういうのは普段俺が言う台詞であって。 ・・・・結構言われてみると恥ずかしいもんだな。」 照れ笑いをして頭を掻くシギに、アレストは珍しいものでも見るかのような目でシギを見ていた。 好青年なのに、こんな風に笑うとまだまだ幼い少年に見えてしまったのであった。 「・・・・・。」 「ん?どうしたアレスト。」 暫く呆けてその表情を見ていたので、突然動かなくなったアレストにどうしたのかと、 シギはその大きな手でアレストの顔の前でパタパタと揺らした。 それにはっとしたようで、アレストはびっくりしてシギの顔を凝視した。 「大丈夫か?」 「え、あ、・・・もっちろんやで!!」 ぐるぐると腕を回して平気だという事をアピールするアレスト。 シギは「そっか。」とその行動を苦笑しながら見ると、すぐに前に歩き出した。 その二人の行動を不思議そうに後ろから眺めていたシリウスとアスティアは、何か言いたげだったが 特に気にするような事でもないので、あえて何も言わなかった。 (・・・・・・・イル。) (フェイル。・・・・・どこだ?) 暗闇の中に、一人佇んでいた。 前方も何も見えなくて、ただ一人取り残された感覚。 いや、感覚なんてこの場所に存在しない。 酷く冷たくて、そして怖い。 何も見えない。 何も、聞こえない。 (フェイル?) でも、心はフェイルを探している。 声は出ていない。 いや、出す事が出来ない。 口を開けることも、そして腕も動かない。 ただ死んでいるかのように突っ立っているだけで何も出来ない。 まるで、見えない鎖に捕らわれたのかのよう。 (フェイル。どこだ?) ただ感じる。 彼女の気配が、頭に響く。 (フェイル。大丈夫、絶対に僕が君を助けに行く。) 勿論返事なんか帰ってくるわけがない。 でも、きっと届いている。 そう信じている。 諦めない。絶対に。 (だから・・・・もう少しだけ待ってて。) 迎えに行くよ。 必ず。 (大丈夫。絶対に、大丈夫だから。) 君が僕達にくれたおまじない。 信じて、待っていて。 どんな事があっても、必ず助けてみせる。 たとえこの命が朽ち果てても・・・・・・・ ガサガサ・・・・ガサササッ!!! 「あぁもうっ!!! 村から出て1時間くらい歩きっぱなしやのに何でユグドラシルんとこに着かへんねん!」 かなりご立腹の様子で憤慨するアレストは、ギャーギャー言いながら草木を掻き分けて行っていた。 たまにシギが「ドウドウ」と言うが全く通用せず手を焼いている。 それには呆れる静かな2人組みだっだが、これ以上騒がれたらこっちの堪忍袋の緒も切れる。 (特にアスティアが) 「そうだな。確かにそろそろ着いてほしい頃合なんだが。」 「真っ直ぐ真っ直ぐ歩いて来てるんだからさっさと出てきてほしいものね。」 後ろから着いて行っている2人は、ほぼ同じ形でいた。 2人とも胸の前で腕を組み、いい加減飽き飽きしている様子だった。 「まぁ落ち着けって3人とも。 近づいているのは間違いない。明らかに前よりもユグドラシルの気配が強くなっている。 この気配の強さだと・・・・・もう本当にすぐだ。」 きっと3人とも気づいていないのだと思うが、シギの目にはこのあたりは大分明るく見えてきた。 ただ明るいだけだけでなく、それは聖なる光がこの周囲を埋め尽くしている。 天界出身ならこの聖なる光だけでかなり回復する。 勿論、あまり疲れない天使の俺でもそうだ。 顔には出してないが結構きている。 ここ数日で色々とあったから、その疲れが蓄積したのだろう。 「むぅ。せやかて全然うちらには分からへんねんで?」 「大丈夫大丈夫。まぁもう少し・・・・・・・おっ!!」 苦笑しながらまた宥めようとしたシギだったが、トテトテと歩いている目的の物を発見した。 いきなり大声を上げたものだから驚いた3人は、びっくりして少しの間止まっていたが、 ただならぬシギの声にその方向を見た。 「見つけた・・・・・あれがユグドラシルだ!!」 バッと駆けて行くシギに置いて行かれないようにして3人も走り出した。 辿り着いた4人は、この世界樹の威厳さに言葉を失っていた。 「これが・・・・・ユグドラシル。」 「めっちゃすごい樹やんか。」 「まるで、天に届くかのような背丈ね。」 周りに立っている樹よりも遥かに大きくそして神聖さを感じるそれは、何故か青白く光っていた。 空からはヒラリヒラリと舞い落ちる雪のような葉。 決して枯れ果てる事のないそれは、感動するものだった。 「なるほど。俺も初めて見たが、まさかこれほどとは・・・。」 明らかに天界と人間界の気配が混ざっている。 でもどちらかと言えば天界の気配の方が勝っていて、シギは自分の故郷が懐かしく感じられた。 本当は、そんな事を思うはずないのに、人間界に来て変わってしまったのだろうか? 『 ほう、天使に人間にエルフか・・・・・。 珍しい組み合わせもあるもんだな。 』 突然頭上から若い男の声がした。 気配が無かったので、驚いたシギはすぐさま空を仰ぎ見る。 そこにいたのは、シギとほぼ同じ歳であろう青年が浮いていた。 若草色の髪を無造作に伸ばしてあるそれを鬱陶しそうに掻き揚げると、驚愕の目で見ている彼等に これまた人懐っこい笑みを向けた。 「・・・・貴方は、まさかユグドラシル!?」 『へぇ。さすが能天使シギ。俺の事はお見通しってわけか。』 クツクツと笑う彼、ユグドラシルはそのまま地に下りてきた。 全体がほぼ緑で象徴されている彼は、敵意は全く見せず、それどころか友好的な目で4人を見ていた。 今まで感じた事のないこの不思議な感覚に3人はまだ捕らわれていた。 それは嫌な感覚ではない。 暖かく、そして力強い。 「ユグドラシル。今すぐ俺達を天界へ送ってくれ。フェイルが・・・・」 『やはり魔族に攫われたか。』 ふっと悲しそうに目を伏せたユグドラシルは、いたたまれないような感覚に陥っていた。 「・・・申し訳ございません。 俺がいながら、フェイルを守りぬく事が出来ませんでした。」 『気にするな。お前が謝っても何も変わらない。 全てがお前の責任ではないのだ。』 暫く黙った後、彼は意を決したかのようにして片手を掲げ上げた。 それに驚いたのは人間界のメンバー。 その掲げた場所から、今まで見たこともない、魔法にも属さない魔法陣が出来上がったのだ。 それもやはり緑で統一されており、そしてその魔法陣から眩い光が降り注いできた。 まるで母親に抱かれているような暖かな感覚。 「・・・ユグドラシル。」 『ゼウスはどうやらまだ考えがあるみたいだ。 お前が帰ってもまだまだやる事はありそうだな。』 ユグドラシルがこの場を離れる事は出来ない。 彼は一人でこの森を、樹を護り続けている。 ずっとずっと、神よりもずっと長く生きている世界樹。それがユグドラシル。 『正直、出来ればお前達を天界に送る時フェイルがいてほしいと思っていた。』 「・・・・・」 『あれが覚えているかどうか分からないが、あれは俺にとって最初で最後の妹だ。 おかしい話なんだけどな。』 「・・・いえ。」 恐縮して答えるシギに、ユグドラシルは可笑しそうにして笑った。 『何を縮こまっている。お前は本当はもっと笑う奴だろう?』 たとえ一人でこの森を守っていても、世界の変動には一番敏感に感じるのがユグドラシル。 今世界がどのように動いているのかも知っている。 今、フェイルがどこにいるのかも知っている。 そしてこの戦争の結末も・・・・・・・。 『お前達もそう怖がらなくていい。俺はこう見えても交友を深めるのが好きなんだ。』 あの夜、フェイルの前に出たのも最初は好奇心だった。 でも思えば、あれがこの運命を大きく左右した。 ユグドラシルに会ったフェイル。 これは、偶然じゃない。必然だ。 『だから、今度会うときはフェイル連れてこいよな。俺の大事な妹を。』 ふわりと笑うと、ユグドラシルはバッと空に両手を掲げた。 移転呪文が完成したようで、こちらの用意が出来ているか伺っている。 『準備はいいか?』 「あぁ。勿論。」 『・・・・また会おう。』 カァァァァァアアア―――――― 「わっ!!何やこれ!?」 『安心しな。この陣から出ない限りは無傷であっという間に天界に行ける。 ただし間違ってもこれ以上外に出るなよ? 生身の人間ならその部分が切り落とされてとんでもないことになるから。』 ゾッとする言葉をケラケラと笑いながら言うユグドラシルに3人は呆然とするしかなかった。 まぁとにかく急ぐか。といち早く魔法陣に入ったシリウスは、移転するのを待っている。 次々に乗り込みみ、最後にシギが入った。 目も開けられないほどの光が辺りいっぱいに広がり、そしてこの魔法陣は宙を浮いた。 空を飛んでいる感覚は全くないが、上に昇っている事は何となくだが理解できる。 まだ地上が見える時、シギは出来る限りの声で彼の名を呼んだ。 「・・・グ・・・・ラシル!!!」 『頑張れよ。』 光でよく見えなかったが、十中八九彼は笑っていた。 優しい眼差しで、でもどこかに悲しさを秘めている。 あの笑顔には見覚えがある。 それなのに、思いだすことが出来ない。 何かがそれを邪魔して、思いださせないようにしている。 その大いなる光に包まれて4人、いや、5人は天へと昇っていった。 その光は消えることなく力強く5人を包み込んでいる。 それを暫く見あげていたユグドラシルであったが、ふっと寂しそうに笑うと、 本来の姿へと戻っていった。 どれだけ彼等は血を流すだろう。 どれだけ彼等は涙を流すだろう。 これから始まる本当の戦いに、あの小さな人間達はどこまで抵抗することが出来るだろう。 何も知らない彼等に、これからの悲劇をまっとうして受け止める事が出来るのであろうか。 戦争は必ずどちらかが滅びない限り終わる事はない。 武力の衝突は、決して避けられないのだ。 彼等は何を思い、何を考え、何を得るのだろう。 本当の意味で、彼等はこの戦争の意味を知るのだろう。 変わらない願い、そして想い。 それを成し遂げるべく、また新しい伝説が始まる。