話せば長くなるが、聞いてくれんか? あの子が、他人を包むような笑顔をするようになったのは、あんたらのおかげなのかもしれん。 だから あの子の事を知ってくれ。 本当は 傷つきやすい子だという事を・・・・・・。 そして解ってやってくれ。 あの子の本当の心の中を。 ■天と地の狭間の英雄■        【知らざる過去と傷つきすぎた心】〜新たなる彼の決意〜 フェイルが村を去る2年前。 フェイルはまだ13歳で、村にはそれに近い歳の子供などいなかった。 歳が近い。とまではいかないが、ワシの孫『レガード=ノイリア=ファルマス』が フェイルにとって唯一の友達であり、兄のように慕っていた。 レガードは先月に19歳になったばかりの好青年だった。 彼がこの村に帰ってきたのは4年前で、 フェイルとは6歳も離れているが、彼もフェイルの事を大事にしていたのだった。 だが 平和だったソディバスに 悲劇が起こったのである。 「お爺様。これはここで良いんですか?」 「おぉおぉ。そこで構わんよ。」 古い魔法書を4〜5冊積んだそれを机に置くと、レガードは不思議そうにしてその本を開いた。 古代文字が主に書かれているので読む事は出来なかったが重要な事が抱えているのは雰囲気で分かる。 その分厚い本を移動させるために、何度も何度も往復していた。 さっき置いた本がこれで最後である。 普段開けられる事のない書庫から出してきた魔法書。 こんなもの、今更誰が読むのだろうか・・・・・。 「お爺様。これ、誰が読むんですか?」 まさか僕じゃありませんよねぇ・・・・。 冷や汗を流しながら苦笑するレガード。 彼がもっともっと幼い頃に一度強制的に読まされた事がある。 普通ソディバスの人間の者は、微弱ながらも魔力を持っているはずなのだが どういったことか彼には全くなかった。 「才能無し」と言われて結局は諦めてしまった魔法。 今この村には若い人間などいないのに・・・・・。 「ほっほっほ。  本当の事を言えば、お前にもう一度勉強し直してほしいんだがの。」 「え・・・・。そ、それは・・・。」 「安心せい。それだけ大人になった状態ではもう無理だろうて。」 「じゃあまさか・・・。」 この村の若い人間はいない。 だが、この村の人間でない子供なら一人だけいる。 「フェイルじゃよ。あの子はかなりの魔力を秘めている。  前々から修行はさせておるが・・・なかなか進展しなくてのぉ。」 幼きながらもその小さな体には無限の力が眠っている。 それは確信した。 だがどういう事なのか簡易魔法から進展する事はなく、今は修行に明け暮れているのだ。 「フェイル、ですか。  そうですね。あの子はきっと凄腕の魔法使いになるでしょうね。」 「・・・・そうだといいのじゃがなぁ。」 レガードは本を閉じ元の場所に置いた。 かなり分厚く、しかも文字が細かいので大の大人でも最低でも2日はかかる。 ・・・・勿論、古代文字を読める者の場合なのだが。 「お爺様ーっ!」 バタンッ!! 大きな音が聞こえると、2人は驚いて音のした方向。扉の方へ目をやった。 そこにいたのは小さな少女。 息を切らせるほど急いできたのか肩で呼吸をしている。 だがそんな疲れている様子を見せないほど、少女の顔は明るかった。 「これこれ。扉は丁寧に扱わないと壊れてしまうぞ。」 「ごめんなさーい。」 「それでどうしたのフェイル?」 明るい顔をしていたと思ったら注意をされてしょげてしまった。 年相応の反応に苦笑しながら、レガードはフェイルの前まで来ると目線を合わせてその小さな頭を撫でた。 そうすると、フェイルはまるで花が咲いたかのように笑った。 「あのねあのねっ!聞いてレガードお兄ちゃん。」 「うん、聞いてるよ。ゆっくり言おうね。」 「あのね。私ね、やっとファーストエイド出来るようになったよ!!  お爺様直伝の回復魔法、さっき出来たよ!!」 「ほぉ。そうかそうか。」 嬉しそうにしてはしゃぐフェイルに村の村長。「ベイオリス=ノイリア=アークティファ」は まるで自分の事のようにしてフェイルよりも喜んでいた。 「良かったね、フェイル。」 「うんっ!!」 満足そうにして微笑むと、フェイルはまた外に飛び出してしまった。 「良かったですねお爺様。」 「うむうむ。少し遅いが・・・まずまずの結果じゃのぉ。」 元々フェイルは努力家なので、あまり好きでない勉強も大好きな彼等のためならばそれを惜しまない。 コツコツと、常にマイペースではあるがそれを実現させている。 この前に出した課題は回復魔法。 この村の者ならば誰でも使う事が出来る治療用の魔法である。 勿論レガードもそれを無理矢理だが習得した。 「僕もあれ苦労したんですよ。覚えてます?」 「ほっほっほ。覚えておる覚えておる。  お前さんは一番遅かったがなぁ・・・・。」 「確か、出来たのは15歳ですよね。誕生日に出来たんですよ。」 あれは大雨の日だった。 土砂崩れが起こって最悪な誕生日だったのを覚えている。 夜、友人と夜警に行ったときに事件は起こった。 その夜は雨も酷かったが、風もかなり強かった。 今日はこの位にしておこう。と友人が言って帰ろうとしたその時、友人の後ろの大木が倒れたのだ。 友人は頭から血を流し、意識不明の状態だった。 パニックを起こしたレガードは、無我夢中で大木を退かして懸命に友人の名を呼んだ。 だが勿論返事はなく、最悪の結果を予想してしまったレガードは悲痛な叫び声で 自分だけ今だに取得出来ていなかった回復魔法を唱えた。 出来るわけない。 そう分かっていても、やらざるをえなかった。 大切な友人が死にかけているのに、何も出来ないのが悔しかった。 「あれはワシも驚いたさ。  駆けつけた時にはお前は怪我人に魔法をかけていたからな。」 真っ白な光が2人を包み込んで、友人は奇跡的に助かった。 そこから、レガードは回復魔法を自在に操れるようになったのである。 「あの時は本当に混乱していましたから・・・・。  人間って窮地に立たされるとなんでも出来てしまうんですね。」 「何を言っておるか。そんな頃に出来たって仕方がないじゃろう。」 「ははは。これは一本取られてしまいましたね。  ・・・でもその点フェイルなら大丈夫ですよ。素質は十二分にあるんでしょう?」 初めて会った時は驚いたものだ。 何もしていないでただ立っているだけだったのに威圧される魔力。 きっと天性の才能なのだろう。 あんなに魔力の高い人間なんて今まで見た事がなかったのだから。 「今はお爺様のおかげで制御出来るようになってますが・・・・。」 「そうじゃの。だが、いつかはそれを超えてしまうかもしれん。」 魔力が高すぎるものはそれを制御し、自由自在に扱うまでかなりの時間を必要とする。 まだ幼いフェイルは、何とか押さえる事は出来ているのだがこれからの事を考えると・・・・。 「でも、大丈夫ですよ。フェイルは僕達の家族なんですから。  フェイルが大きくなったときはお爺様にも頑張ってもらわないといけませんがね。」 「・・・・人事だと思ぅて・・・・。」 「ふふっ。人事ですから。」 可笑しそうに笑う二人はあの幼い少女の成長が待ち遠しかった。 いつもいつも、屈託無く笑うフェイルに知らず知らずのうちに心穏やかになっていたのである。 「おにいちゃーーーーーーーーーーん!!!」 外からあの子の声が聞こえた。 太陽のように明るい声で、花のように笑うあの子が呼んでいる。 「それじゃあ、また御用がありましたら呼んでくださいね。」 そう言うと、レガードはあの少女の元へ急いだ。 それをベイオリスは微笑ましそうにして見送った。 「それじゃ行こうか。」 「うんっ!!」 前々から約束していた。 村からほんの少しだけ離れた所にある花畑に2人で行こうと約束していたのだ。 その場所はこの村から目と鼻の先で、他の人達も知ってはいたが 「心配はないだろう」という事で、花畑にいく事を許可したのである。 2人の目的は、そこの花畑にしか生息していない薬草を採りに行くこと。 神経痛に効く薬草で、お向かいのおじいさんが足腰を痛めていたのだった。 「そういえば、どうして剣なんて持っていくの?」 村から近い場所なのに。 「え?・・・あぁこれね。でも持って行っておいて損はないよ。  それに僕は魔法使えないから、これはいつも常備してるんだよ。」 「ふーん。」 あまり分かっていなさそうな複雑な顔で曖昧な返事をするフェイル。 それに苦笑しながら、レガードはフェイルの頭を撫でた。 「フェイルは、こんなもの持っちゃ駄目だからね。」 「どうして?」 「だってこれは・・・。」 血で、汚れてしまうから。 真っ白な、屈託なく笑うこの子に教えたくない。 だからどんなにねだられても 今までに剣術を教えた事はなかった。 「ねぇ。どうして?」 「え・・・・。うーんそうだね。  ほら、これって重いからフェイルはきっと振り回せれないよ。」 「えー?やってみなくちゃ分かんないよ。」 むすっとして拗ねる。 護身術程度なら何度か教えた事はあるが、刃物を振り回すような事だけは絶対にしなかった。 剣を振れば多くの血を見る。 そんな事だけは、経験してほしくない。 ずっとこのままで、真っ白なままでいてほしいから。 「だーめ。フェイルはやらなくていいんだよ?」 「・・・・・・。」 「フェイルがたくさん勉強して、たくさん学んで、たくさん笑ってくれたら  僕も皆も、それだけで嬉しいから。」 だから 争いという名を 戦うという言葉を どうか覚えないで。 「・・・・・分かった。」 「いい子だね。」 まるで子ども扱いするように(というよりもしている)何度も頭を撫でると、 流石にそろそろ怒り出すフェイル。 声には出さないものの、態度でその機嫌の悪さを物語っている。 「むぅ。」 「ごめんごめん。・・・さ、行こう。」 レガードとフェイルの身長の差はかなり開いている。 歩幅もかなり違うため、2人は必然的に手を繋いだ。 レガードの方が歩くスピードを落としてフェイルの歩幅に合わせる。 勿論、そんな小さな気遣いに気づいていないフェイルは普通に歩いていた。 5分もしないうちに、2人はその花畑に着いた。 そこには色とりどりの美しい花が咲き誇っており、滅多に見る事は出来ないものさえも咲いている。 そこまで広くはない花畑を目にした2人は、これまで何度か来た事があるのにもかかわらず、 驚きと感動の溜息を吐いていた。 「何度来ても、ここは素晴らしいところだね。」 前に来たのは半年ほど前だった。 その時もフェイルが着いてきて、一緒に薬草を採った事を覚えている。 あの時はここまでたくさん咲いていなかった。 ちょうど秋頃だったのだからかもしれないが、今は春なのでかなりの量がそこにある。 「・・・・・んーっと、えっと。・・・・あれ?」 ごそごそと手探りで何かを探しているフェイル。 レガードが呆けているうちに、いつの間にか彼女は作業を始めていたようだ。 だが、首を傾げるばかりでその目当ての薬草が見つからない。 「あれ?前はこの辺にあったよね。」 「種がどこかに飛ばされたのかもしれないね。ちょっと探してみようか。」 風が強い季節が過ぎたからそうかもしれない。 そうレガードがいうと、フェイルは頷いて近辺を手探りで探した。 その薬草は、全長が一般の物と比べて低く、普通の雑草と間違えてしまうので、 よく見ていかないと分からないのだ。 レガードも同じようにして膝を曲げて探す。 (・・・・おかしいな。何で無いんだろう。) ガサガサと草花を掻き分けて探すが一向に見つからない。 おかしいな、と思いながらレガードはふと立ち上がった。 (そういえば、何か、変わってないか?) 草花が荒らされた様子は無い。 でも、何かが違う。 (・・・・何だ。この嫌な感覚。) 何も変わっていないはずのに、ここまで寒気がする。 一体何が、変わってるんだ? 胸騒ぎがする。 一応剣士の端くれだから、こういった感覚は鋭いはずなのだが・・・・。 「・・・・・・フェイル。」 唐突に、ポツリと呟いた。 あまりの小さな囁きだったので彼女には聞こえていない。 反対側の所で懸命に薬草を探していた。 心臓が冷える。 何かが、どこかで割れる音がする。 体が、本能が、全身で恐怖している。 ここにいてはいけない。 逃げなくてはっ! 「あ、見つけたよ。」 「フェイルっ!!!」 フェイルが薬草を見つけたと同時に森の暗闇から殺気が溢れ出た。 どこかで獣の唸る声がする。 違う。 ただの獣じゃない。 「え・・・・。」 いきなり叫んだレガードに驚いたフェイルは、その小さな手に握られていた薬草を落とした。 前を見ればレガードが剣を抜いてフェイルに突進していた。 何がなんだか分からず、フェイルは固まって動けれない。 「下がってフェイル!!」 小さなフェイルの体を過ぎ去り、レガードは暗闇の中にいる何かにその剣を向ける。 それと同時にその暗闇から唸る声の正体が飛び出してきた。 「ガァァァァァァアアアッ!!!」 「魔獣!?どうして、どうしてこんなところに。」 その数は3体。 数は少ないが、一体一体の図体がかなりでかい。 レガードの長身を抜くほど大きな魔獣は、その牙をレガードに向ける。 この場に騒々しいほどの魔獣の叫び声が響いた。 鳥達は怯えて空へ去り、魔獣が暴れまわるせいで花は踏み潰される。 「フェイルっ、逃げて!!!」 オロオロとして怯えている少女に目をやると、フェイルは嫌だといわんばかりに叫んだ。 「でもっ!でも、お兄ちゃんは!?」 「僕なら大丈夫だから・・・。だから、早く逃げて村の皆に伝えてっ!!」 ここまで図体がでかくてしかも凶暴な魔獣を3体も相手にするのはきつい。 それ以前にフェイルがいるので、満足に戦えない。 彼女の事を庇いながら倒すのは無理だっ。 「・・・・う、うん。」 怯えながらも力強く頷く。 踵を返して村に戻ろうとするフェイルを、逃がすまいとして一体がフェイルに襲いかかった。 「フェイルっ!!」 「きゃぁぁぁぁああっ!!!」 大声をあげて叫んだレガードは、今相手していた魔獣の心臓を貫くともう一体いるにも関わらず、 それに背を向けてフェイルの元へ走る。 それでも間に合わないと悟ったレガードは、護身用の小型ナイフを取り出すと、 今にも襲いかかりそうな魔獣めがけて思い切り投げ飛ばした。 ガッ!! 間一髪で刺さったナイフは、魔獣の頭に突き刺さっている。 痛いという感覚は人間と同じ様で、「グガァァァァァァアアッ!!」と叫びながらのた打ち回っていた。 恐怖で身がすくんでいる彼女を心配しながらも、レガードは後ろから追いかけて来る魔獣にまた飛び込む。 (どうして・・・・どうしてこんなところに魔獣が!?) 神の恩恵を得ているこの近辺に魔族や魔獣、それどころか普通の獣だって寄り付かない。 それなのに・・・・どうして? 「こっ・・・・のぉぉおお!!!」 グシャッという肉の切れる音がすると、そこから生暖かい血がレガードの頬や腕を真っ赤に染めあげる。 気持ち悪い。 人だろうが魔獣だろうが、この音と血の感覚に吐き気がする。 だけど、それはフェイルを護るため。 仕方の無いことだ。 致命傷を負ったその魔獣は、幾度と無く流れる血とピクピクと痙攣している。 それを見て、もう立ち上がる余力も無いだろう。と確信した。 剣を振り血で汚れたそれをなぎ払うかのようにして落とす。 完全に落とし切れていないが今はそんな事に構っていられない。 完全に怯えきったフェイルはガタガタと震えている。 声も出ないほど恐怖しているのか、さっきからレガードを凝視している。 (怖がらせてしまった・・・・。) 血を、見せてしまった。 あの肉の切れる音を聞かせてしまった。 この生臭い血の臭いを覚えさせてしまった。 後悔の念がレガードを襲った。 あんなに真っ白だった少女が、今こんなに崩れつつある。 剣を鞘に入れて、頬についていた血を拭い取ると彼はすぐに怯えているフェイルの元へ駆けつけた。 「フェイルっ!怪我は、無い?」 「・・・・・・・・・。」 「フェイル?」 「・・あ、・・・・け、が・・・・。」 震えながらそう言ってレガードの腕に手を伸ばす。 (これは返り血だから。) 「大丈夫。これは僕の血じゃない。僕は、大丈夫だよ。」 「・・・・・。」 本当なら、抱きしめたり頭を撫でたりしたいところだが今の自分は血で汚れきっている。 これ以上、フェイルを怖がらせてはいけない。 とにかく、今は早く村に帰ってこの事をお爺様達に言わなければならない。 すくっと立ち上がると、固まってしまっているフェイルを言葉であやす。 「フェイル。村に戻ろう。」 「・・・・うん。」 「いい子だね。それじゃあ・・・・・――――――っ!!?」 ――――――ドスッ!! な、にが・・・。 どうして、視界が赤く染まるんだ? 「い、嫌ぁぁぁぁぁああああ!!!!」 どうして、フェイルが叫んでいるんだ? 「かはっ・・・。」と何か紅い物を吐き出すと口内から錆びの臭いがした。 体内から血が逆流しているような、そんな感覚だ。 恐る恐る自分の腹部に目をやる。 そこには、あの魔獣の手が体を貫いて刺さりこんでいた。 (とどめを刺し、損ねた・・・?) 痛いんじゃない。 もうそれを通り越して 焼けるように、熱い。 「・・・・ぐっぁ!!」 動くたびに、口から血を吹き出す。 それの、繰り返し。 フェイルが・・・・泣いている。 「フェ・・・・イ・・・―――ゴホッ!!」 声を出せば、血が出る。 今、今、今。 今一番あの子の傍にいてあげなくちゃいけないのに。 その時、今まで刺さっていたその手が勢いよく抜かれた。 抜かれた瞬間その腹部から大量の血が流れ落ちる。 がくん、と膝を突くとレガードは後ろを凝視した。 そこにいるのはさっきナイフで致命傷を負わせたはずの魔獣。 頭から血をどくどくと流して尚、苦しみながら襲いかかろうとしていた。 その標的は、フェイルに。 「フェ、・・・・イル!!!」 腹部から、口内から、どれだけ血が出ても気にする暇なんて無い。 護らなければ。 大切な、大事な、あの子を。 再度剣を抜き、すぐ後ろにいるそれに向かって渾身の力を振り絞って心臓めがけて突き刺した。 今度は絶対にはずさない。 「ギャァァァァアアアッ!!!!」 人間窮地に立たされれば何でも出来るものだ。 火事場の馬鹿力で刺したおかげで、弱っていながらにして止めを刺すことが出来た。 だけど ごめんね もう 動けれないよ。 こんなに泣いている君を もう 抱きしめる事も出来ない。 スローモーションの様に、ゆっくりとレガードの体が傾いた。 何が起こっているか理解出来ていないフェイルはただ彼の名前を叫ぶ。 「レガードお兄ちゃんっ、お兄ちゃんっ!!!」 あぁ、本当にごめん 泣かせたくないのに 傷つけたくないのに 「フェ、イル。」 「お兄ちゃんっ!!しっかりしてお兄ちゃんっ!!!」 「フェ、イル・・・フェイル・・・。」 まるで呪文のように何度も何度もフェイルの名を呼ぶレガード。 そのたびに血が流れ出て、そして意識が薄れていく。 「―――っ!!回復魔法、回復魔法っ!!」 思い出したようにして両手を合わすと、覚えたての魔法を唱え始めた。 「・・・・・・。」 小さな光が彼を包む。 だけど 流れる血のほうが早くて 掠り傷しか癒す事が出来ない。 「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だっ!!  助けてよぉ・・・・・お兄ちゃんを、助けて・・・・・。」 大粒の涙を流して、無理なのを承知でそれでも何度も魔法を唱える。 フェイル。 ありがとう。 でも、もういいんだよ。 「フェイ・・・ル。ごめ、ん。・・・け、が・・・・な、い?」 途切れ途切れにしか、もう言葉を発する事が出来ない。 ちゃんと伝わっているだろうか。 そんなどうでもいい事を考えながらレガードは涙に濡れたフェイルの顔をそっと撫でた。 あぁ、ごめんね。 血で、汚れちゃうけど ちょっとだけ我慢してね。 「お兄ちゃん・・・・・。」 「フェイル・・・・・、フェイ、ル。」 止め処なく流れる僕の血。そしてフェイルの涙。 こんな顔をさせたくないのに 笑ってほしいのに あの優しい笑顔で、ずっと・・・・・・。 「フェイル・・・・なか、ないで・・・・。」 ごめんね。 「僕は・・だい、じょう・・・・っゴホゴホ!!!」 血でむせ返ってしまった。 その血は、フェイルの頬にピッと付く。 元々色白の彼女に、血は恐ろしいほど綺麗に見えた。 「お兄ちゃん、お兄ちゃんっ!!嫌だ、死なないで・・・・・。」 「フェイル・・・・。」 こんなに傷ついた顔をして 抱きしめてあげたいのに もうこの体は 動かすことが出来ない。 「・・・・・ごめ、フェイル・・・。」 寒い。 痛みも何もない。 ただ、寒いんだ。 昔に聞いた事がある。 怪我をして死ぬ者は 痛みを感じなくなって熱さを感じれば もう助かる事は無いと・・・・・。 じゃあ、この寒さはなんだろう。 血が、どんどん無くなっているからかな? それとも もう死に近づいているのかな。 「お兄ちゃん・・・・レガード、おにいちゃん・・・・。」 フェイルの大粒の涙がレガードの頬に落ちた。 こんなに泣いているのに もう、手を動かす力も無い。 もどかしい思いがレガードを襲う。 何も出来ない。 ただ、悔しくて。 ふと、何故か今、走馬灯の様にして自分の両親の顔が思い出された。 10年前に事故死したレガードの両親。 時が経つにつれてその記憶は薄っぺらなものになり、顔さえも思い出せなかった。 なのに 「か・・・・さん。」 視界がぼやける。 その真っ白な世界の中から あの優しい母が笑っている。 隣に、父さんもいる。 「とぅ・・・さ・・・・。」 涙が出た。 どうしてなのかは分からない。 でも 視界がぼやけてくる。 頬に伝わる温かな水は、何だ? あぁ、なんて懐かしい記憶なんだ。 手を伸ばせば、もう届きそうで それは今まではまるで雲を掴むような果てしない動作だったのに。 神様。 僕は父や母に、また会えるのだろうか・・・・・。 「お兄ちゃん?」 瞼が重い。 今、物凄く眠い。 「お兄ちゃんっ!!!」 フェイル・・・・。 7年前に、お爺様が拾った子供。 優しい心を持つ、素直な少女。 「フェ、イル・・・・。」 屈託無く笑うその笑顔が大好きで 一緒にいて幸せだと感じられた。 「フェイ・・・・ル・・・・。」 小さい体でいつも一生懸命勉強して いつもいつも 村の皆の支えになってくれていた。 「・・・・・君に逢えて・・・・・・」 他の人と比べれば少ない年月だった。 「ほん、とに・・・・・」 だけどその少ない歳月で 僕の心はこんなに満たされている。 「良かった・・・・・・。」 でも、たった一つだけ心配ななんだ。 君が、これからどう成長するのか 君が、これからどんな人達を支えていくのか だから 「ごめん、ね・・・・・・フェイル。」 ごめんね。 最後までちゃんと見れなくて 君を護る事が出来なくなって きっとこの先 君を大切に想う人がいるから 「フェイル・・・・・。」 本当に 君を泣かせてばかりで ごめんね・・・・・・・。 「・・・・・・お兄ちゃん?」 閉ざされた瞳は もうどんなに叫んでも開かれる事は無い。 それは 死を意味する。 「おにい・・・・ちゃん?ねぇ・・・・起きて。起きてよ。」 何度揺さぶっても 何度頬を叩いても 何の反応は無い。 あの優しい声が あの優しい笑顔が もう 「ねぇ・・・・起きてよ。・・・・ねぇ、返事して。」 フェイルって呼んで。 大好きな大きな手で頭を撫でて。 「何で寝てるの?・・お兄ちゃん、帰ろうよ。  ・・・・・村に・・・・・帰ろうよぅ・・・・・。」 一瞬止まったはずの涙が また零れ落ちる。 「ねぇ・・・・帰ろう。帰ろうよ。」 皆、待ってるよ? そんな冷たい土の上で寝てないで 帰ろう? お爺様も向かいのおばさんも 皆皆、待ってるんだよ? 「お兄ちゃん・・・・・・おにいちゃん・・・・・。」 お願いだから 目を開けて 「や、だ・・・・」 ぽつりとフェイルの口から零れ落ちた。 その顔は絶望。 その声は悲痛。 何もかもを失った恐怖。 支えが この小さな腕から この小さな心から 永遠に消えた。 「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌ぁぁぁぁぁぁぁああああ!!」 この少女の叫びは 死んだ彼に届いただろうか この少女の想いは 安らかに眠る彼の魂に響いただろうか 「・・・・・・そんな。」 4人は村長の話しに絶句していた。 フェイルにそんな過去があったなんて。 いつも、あんなに笑っていたのに。 いつも、仲間を大切にしていたのに。 「あれ以来あの子は笑わなくなった。  全て自分のせいだと思い込んだフェイルは、自分の殻に閉じこもったのじゃ。」 生きる気力を失った小さな子供。 失ったものはあまりにも大きくて その深い傷が癒える事は無かった。 「去年あたりから、ぎこちなくじゃがやっと笑うようになってのぉ・・・。」 あの笑顔は今でも覚えている。 悲しみを堪えた、傷ついた表情。 今にも泣きそうで 今にも壊れてしまいそうなそんな笑顔。 「見ているワシ等のほうが苦しかった。あの子は、何も悪くないというのに。」 どうして、何の罪の無い子がこんな辛い目をみるんだろうか。 4人はその後村長宅を出てユグドラシルを目指そうとした。 重い足で進んでいる中、ふとシリウスが動きを止める。 「シリウス?どないしたん。」 「・・・・・・あれは。」 シリウスの目線の先には、小さな墓がぽつぽつとあった。 どれもこれも綺麗な花が供えられており、手入れはかなりまめにしてあると伺える。 「おいシリウス!?」 急に黙りこんだと思った彼が、柵を超えてズカズカと墓を見回っていた。 それは幾らなんでも罰当たりだろうと、意味不明な行動をしているシリウスを止めるべく、 アレストはシリウスを追いかけた。 「・・・・・・。」 ある一箇所で止まったシリウスは、そこにひざまずく。 それにやっと追いついたアレストは、注意をしようとするがシリウスの行動にそれは止められた。 「・・・・・・。」 手を合わせて黙祷を捧げるシリウス。 それに驚いたアレストは、シリウスの前にある墓を調べた。 「これは。」 『 レガード=ノイリア=ファルマス     今ここで永久の死に召す   』 「・・・・・レガードの墓のようだ。」 まだ新しい墓で、他のと見比べて見てもやはりまだ新しい。 傷も少なく、丁寧にされているようだ。 「これが・・・。」 フェイルを命がけで護り、そこで絶命してしまった彼。 「あいつの代わりとは言わない。だが・・・・。」 黙祷せずには、いられなかった。 フェイルを愛し そしてフェイルも彼を愛していた。 拾われた者でも彼等はあの子をどれだけ大切に育てたのだろう。 大切なものが失った時 どれだけ失望するだろう。 (俺の苦しみと比べればフェイルは、あいつは・・・。) もっともっと苦しんでいた。 それでも 前に進もうとしている。 諦めない強い心を供えている。 彼女が身を呈して仲間を庇う理由。 あんなに傷ついてまで仲間を助ける理由。 それが、やっと分かった。 「俺は、あいつを護る。」 「・・・・。」 ミラ以外に、初めて思うこの感情。 護りたい。 あんなに傷ついて泣いて、 見ていられない。 「俺は・・・・。」 もう あの子の泣く姿を見たくない。 笑っていてほしい。 ずっと、ずっと。 「うちらだって、あの子を護りたいと思っとる。」 「・・・・。」 「あんたもリュオイルも、そしてうちらだって・・・・同じ気持ちや。」 だから一緒に護ろう。 あの笑顔を 絶やさないために・・・・・。