■天と地の狭間の英雄■        【天界の仲間と共に】〜第一の戦争〜 ―――――ズドォォォォオオオン!!!!! 「な、何だ!?」 「ゼウス神!ヘラ様っ!!!」 激しい騒音と地響きにより、ヘラはバランスを崩しゼウスにもたれかかる形となった。 傍にあった鏡がゼウスに落ちそうになったところをシギが素早く止める。 今まで経験した事の無い酷い揺れ様に、リュオイル達は床に手をついて何とか保っていた。 「い、一体・・・!?」 「奴め。もう力を付けて来たか!!」 苦そうな顔をしたゼウスは、ヘラが無事か確認するとすぐさま空を見上げた。 「―――っ!!あれは、ドラゴン!?」 「それにしても数が多すぎるっ!どうするんだ!?」 あれほどの数はアイルモード帝国での事件よりも数が多い。 これまで幾度も戦争を体験して戦ったリュオイルさえも驚愕の目をして固まっていた。 「・・・・・この気配。  とうとう蘇ったか、ルシフェルっ!!」 忌々しそうにしてゼウスは大きく舌打ちをした。 そして、ヘラやシギ達を顧みると彼は何かを決心したかのようにして口を開いた。 「シギ、そして地上界の者よ。戦の準備を整えよ。」 その言葉に驚いたのはシギとだった。 ヘラも少し目を見開きながらゼウスを見上げていたが、何かを察したようで黙っている。 「何を仰っているのですかゼウス神!!  彼等を、地上人を戦わせるなんてっ・・・。」 「シギ。・・・私の命令に背く気か?」 冷たい声がこの一室に響いた。 その一言で、シギを恐怖させるのは十分。 「・・・・・・・。」 目を見開いたまま、彼はじっと耐えていた。 心臓がバクバクと煩く鳴っている。 ふと、リュオイル達の顔を伺った。 心配している、不安げな表情で俺を見ている。 「・・・・・・・・。」 こいつ等をこれ以上巻き込むわけにはいかない。 それなのにっ! 「シギ。」 ゼウス神の言葉が、心臓に突き刺さるくらい鋭い。 鋭利な刃物で、ズタズタに切り裂かれている感覚に陥ってしまう。 怖い。彼が、恐ろしい。 こんな事、思ってはいけない事なのに 絶対なる忠誠。天空を、天界の王ゼウス。 彼には、逆らってはいけないのに・・・・。 「俺、は・・・・。」 「僕はこの戦に参加させてもらう。」 迷いが生じていた俺の頭に響いたのは、紛れも無いリュオイルの声だった。 びっくりしてそちらの方を振り向くと、彼は何かを決意したような、そんな強い瞳を宿していた。 「・・・・リュオイル?」 「フェイルの事を聞かなくちゃいけない。  それは神族であっても魔族であっても一緒だ。  でも、それ以前に僕は地上界の軍人。  目の前で起こっている戦争を見て見ぬ振りなんて出来ない。」 この目は、フェイルと同じだ。 何に変えても譲らない。揺るがない強い瞳。 「リュオイル・・・。」 「心配しなくても大丈夫。  僕だって今まで何度も魔族と戦ってきたんだ。ここで死ぬわけ無い。」 だって、まだフェイルに会ってない。 だから死なない。 死ねないんだ。 「うちだって参加するでっ!!」 「ま、ここまで来たら断るわけにはいかないだろ。」 「そうね。久々に腕がなるわ。」 今まで忘れられていたかのように登場するのはアレスト、シリウス、アスティア。 各々の武器を取り出し、まるでシギを勇気付けるかのようにして笑う。 何の迷いも無い、純粋な瞳がぶつかる。 あぁ、なんて強いんだこいつ等は。 死ぬかもしれない戦争に、自分の意思で参戦するなんて。 「大丈夫やでシギ。  うちら仲間がついてるんや。絶対に負けへんっ!!」 「・・・・お前等。」 仲間。 そんな言葉、そういえばあったんだよな。 大した言葉でもなければ、名言でもない。 ただの、一つの単語に過ぎない。 「そうだって。  ほら、いつまでもそんな顔してると戦で負けるぞ?しっかりしろよな。大天使さん。」 「・・・・リュオイル。」 それなのに すごく暖かい。 「・・・・そう、だな。」 何を迷っているんだ。 今、俺に出来る事はフェイルを助ける事と、 そして、こいつ等を命を懸けて護ることだろ? 何を恐れる必要がある。 今、彼等は生きてるんだ。 そう、生きて・・・・・。 『 シギ。強く、生きろ。 』 何十年も前、あれが最後の言葉だった気がする。 心を許しあえるほど、仲の良かったあいつ。 もう、この世に存在していないけど、でも彼ははっきりそう言った。 あの時は、何を言っているか分からなかったが今では分かる。 「ゼウス神。ミカエルは今・・・・。」 「部隊を整えるために大広間で指揮を取っている。」 「・・・・・。」 「シギ。無理をする事はありません。  貴方の心は酷く傷ついていますから、休養を。」 「いえ。ご心配いただきありがとうございますヘラ様。  ですが大丈夫です。俺はまだ戦えます。」 諦めるわけにはいけない。 まだ、可能性がある。 フェイルがここにいれば、俺になんて言う? 「諦めないで。」 そう、一言言うに違いない。 そして、あいつだって・・・。 「シギ。」 普段と変わらない、抑揚のきいた声でシリウスはシギに声をかけた。 それ以上何も言わず、シリウスは深く頷くと既に転送して来た場所にいるアスティア達の所まで行った。 隣にいるリュオイルも、シギを安心させるような優しい笑みでこちらの顔を覗いている。 「行こう。」 差し出される手を握っていいのか分からず、俺は少しだけ身じろいだ。 あまりにも不釣合いな俺に、笑顔で手を差し伸べてくれる。 彼の笑顔が、あのフェイルの笑顔とダブった。 思わず「フェイル。」と小さく呟いた声は彼に聞こえたらしく、一瞬だけ酷く辛そうな顔をした。 「・・・行こうよ、シギ。」 それでも、リュオイルは懸命に笑って手を出す。 それがあまりにも痛々しくて、気がついた時には俺はこいつの手を握っていた。 「あぁ・・・。」 思っていた通り、すごく、暖かかった。 5人が大広間に戻ってきた時、そこは最初に見た時の場所とは思えないほど多くの天使達が集まっていた。 鈍く光る武器を持つ者。何やら詠唱に集中している者。 皆、今まで感じた事が無いほどの力を感じる。 それは力・魔。それぞれ異なるものの、非力な人間が傍にいるだけで圧倒されるほど。 「・・・・すごい。」 だがそれでも何処か不安な様子もある。 彼等とて自分達と同じ「生き物」 たとえ不老不死でも、心は同じ。 「死」という恐怖と今まさに戦っているのだ。 「皆の者よく聞きなさい。  敵の軍は今まさにこの領域「カイルス」へ侵略しようとしています。  このままでは奴等の思うつぼです。そして我々神族は抹殺されるでしょう。」 奥の小高い場所で指揮を取っている人物、ミカエルが一気に声を上げた。 彼が大声を上げる事で、戦争は刻々と近づいている。 今までざわめいていたこの場所も、一瞬にしてシン・・・と静まり返った。 「そして、今回の敵は下級魔族だけではありません。  ・・・・・魔王ルシフェルが完全に復活しました。」 最初の方こそ強めに言っていたが、何故なのか語尾は沈み気味。 そんな小さな事に天使達は気付いていないのか、その事実に驚かされて言葉も出ないようだ。 「ですが、我々は屈する事なくゼウス神の為にこの命を捧げようではありませんか。  ・・・・貴方達が、生きて帰ってくることを、願います。」 バッと右腕を掲げると、その瞬間大広間にいた天使達がオオォォォォォオオオッ!!!と威勢良く声を上げた。 「全軍飛びたてっ!!」と、ミカエルが指示を出すと、天使達はすぐさま外に出た。 それを見届けたミカエルは、小さく溜息をつくと少しは離れで唖然としている地上人の元へ舞い降りた。 「シギ・・・。」 「よく言ったな、ミカエル。」 少しだけ、疲れた顔をしたミカエルの顔が笑顔になった。 何も知らない自分達は、彼等がどういう関係なのか。 そして彼等の事など知るわけが無くただ首を傾げるばかり。 全てを知っている2人は、ただ辛そうに顔を歪める。 「貴方達まで戦争に巻き込んでしまって、何とお詫びをすれば良いか・・・。」 「いや。僕達が勝手に参戦するだけだから。」 だから気にしないで。 そう言って微笑したリュオイルは、後ろにいる仲間達を振り返った。 何かを悟ったかのようにして頷くアレスト達。 「それでは、貴方達は私と一緒に前線に出て頂きたい。のですが・・・。」 言いにくそうに、こちらの様子を伺いながら彼は控えめにそう言った。 それは自分達にとっては本体との接触が多い方が都合がいいので、願っても無い事なのだが 何故そんなにこちらの様子を伺っているのだろうか。 不思議そうに顔を見合わせる4人に、シギは苦笑してその理由を教えてくれた。 「ミカエルは指揮官であり、天使達のトップ。  戦が無い時はゼウス神の傍で控えるのが仕事なんだが、戦になれば話しは別。  最も死に近い前線に駆り出されるんだよ。」 だからこいつがこんなに優しい奴でも、中々前線に出るという兵は現われない。 大体がいつもと同じメンバーとなり、その大抵は死を恐れない力天使達。 それがゼウス神の御心というのならば、我々天使達は絶対にそれを成し遂げなければならない。 それが、天使として生まれた者の運命。 「・・・・・そう。」 どこか納得しきれていない表情でリュオイルは頷いた。 彼は元々軍人であり、そしてそれを率いる役を負っていたためその辛さが分からない。 ちらっとシリウス達の表情を見るが、それほど変化した様子はない。 恐らく考えている事は自分と一緒だろう。 「俺は、あいつを取り戻すためなら何だってやる。  こんな馬鹿げた戦争で俺は死なない。」 「うちだって、フェイルを助けにここまで来たんや。死んでも死にきれへんやろ?」 「第一私はあの子にまだ言わなくちゃいけない事があるのよ。  死んだとしたって、亡霊になってでも出てきてやるわ。」 一部とんでもない事を発言しているが、それは個人の意見には変わりない。 それぞれの思いがあるからこそ、願いは現実となる。 1人だけの力は小さいかもしれない。 でも、それは誰かと協力し合うことで大きな力を生み出すことが出来る。 諦めないで、これでもかと言うくらい食いついて歩けばいい。 「・・・・・お前等。」 「それに、僕達には心強い天使がいるだろ?」 いつもよりよく笑うリュオイルに不審な感じはしたものの、 不安な心を取り除いてくれるのには変わりはない。 自分の事を指されたシギは、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていたがすぐ照れた表情になった。 グシャッとリュオイルの頭を撫でると、意を決したような顔つきになり全員の顔を振り向く。 「・・・行こうぜ。皆。」 そうさ。 俺がこいつらを護るんだ。 絶対に、あの方の好きなようにはさせない。 このままの笑顔で、ずっと素直なままでいてほしいから。 たとえ、この命尽き果てても・・・・。 「ミカエル様っ、シギ様っ!!」 6人以外誰もいない大広間に、2人の若い青年の声が響いた。 天井が吹き抜けなので驚くほどこの広い空間に響き渡る。 少しだけ驚いた顔をした2人は、顔を見合わせて声のする方向へ視線をやる。 そこには、この天界では珍しい漆黒の髪を持つ、まだ幼さが抜けきれていない青年と 亜麻色の髪を腰までおろした、優しい双眸を持つ青年がいた。 「イスカ、それにアラリエル?」 思わぬ訪問者に、ミカエルは驚いた顔をして彼等の傍に寄った。 そして顔見知りであるシギも、少し不思議そうに首を傾げながらミカエルに続く。 既に彼等は戦闘の準備は出来ているようで、腰には剣を。肩には矢を担いでいる。 「どうしたんですか?貴方達は後方支援のはずでは・・。」 「ミカエル様っ!!俺を前線に出させてください。  俺は、どうしても前線に出たいんです!!」 黒髪、アメジストの瞳を持つ青年の名は「イスカ」 この4人の天使の中では1番背が低いが、彼は天使の中でも10本の指に入るほど剣が強い。 正義感が強く、根が真面目なので例えるならリュオイルのようなものだ。 「イスカ、そんなに慌てて言ってもミカエル様が困るだろう?」 イスカとは対照的に、薄く柔らかな亜麻色の髪を持ち、同じアメジストであるものの少し薄い。 性格は実に誠実で穏やか。 真顔が笑顔です。と言えるほどにこやかなのである。 「アラリエル。これは、一体?」 困ったようにして苦笑するしかないミカエルは、 イスカの兄的存在でもある彼に事情を説明してもらおうと首を傾げながら尋ねた。 困惑しているが決して怒ってなどいない。 駄々をこねる子供をあやすように苦笑している。 ミカエルとアラリエルも、似たような性格なので波長が合うらしい。 同じ様にして苦笑するアラリエルは、これまでの経緯を丁寧に分かりやすく教えてくれた。 「ミカエル様達ばかりに前線を任されていては、いつか本戦になった時に不安が生じます。  これから始まる戦が軽いものだなんて考えていません。  しかし我々はあなた方の体を心配しています。  たとえ不老不死と呼ばれる大天使でも、疲れは出るはずです。」 「だから俺達も何か役にたちたいんです!!お願いしますミカエル様。」 予想外の事で上手く思考が回らないミカエルは、口篭りながら何か言葉を探ろうと必死だった。 困ったようにしているものの、だがその顔は嬉しそうで頬が緩んでいる。 自分達大天使のことをここまで気遣って、そして尚ここまで言ってくれる天使は彼等くらいだろう。 思いやりという優しさの溢れる心に、ミカエルは嬉しそうに微笑んだ。 「次の戦に出れないほど、大怪我をするかもしれませんよ?」 「構いません。」 「生きて帰れる事は保証出来ませんよ?」 「承知の上です。」 「・・・・・覚悟は、出来ているようですね。」 ふぅ。と小さく溜息をついたミカエルは、嬉しそうに、そして少し寂しそうにして微笑んだ。 彼等はまだ若い。 まだまだ生きて、世界を見極めて、そしてゼウス神や神々を御守りして欲しい。 死ねば、全てが終わる。 辛い思いはしてほしくないから、わざと彼等を後方支援に送ったのにこれでは水の泡だ。 「分かりました。  貴方達の好意をそのまま受け取り、前線で戦うことを許可します。」 半分諦めたような、そして呆れたような声でそう言うと、特にイスカが嬉しそうにして笑った。 そして今度はシギに向き直ると、これもまた嬉しそうにして笑った。 「遅れて申し訳ありません、シギ様。」 「何がだ?」 困惑した様子で、頭一つ分小さい彼を見下ろすとイスカは嬉しそうに、でも寂しそうにして微笑んだ。 「長旅お疲れ様です。お帰りなさいませ。」 「え、あぁ。・・・ただい、ま?」 「何でどもるんだそこで。」 思わず突っ込んだリュオイルは、脱力してシギを見上げた。 どもるだけならまだしも、何故語尾が疑問系になる? 不審そうな顔を向けられてシギ本人も困り果てた表情になってしまった。 (まさか、こいつ等に言われるなんて思わなかったなぁ。) 最後に会ったのは5ヶ月ほど前。 ただの情報伝達だけだったが、一応会ったと言う事になるだろう。 あの時よりもずっと大人びているのは気のせいだろうか? 「いやぁ、イスカとアラリエルとは前にあったけど  ・・・でも長い時間離れてたように感じるなぁ。」 俺も歳か?と、冗談半分でそう言うとミカエルは吹き出してしまった。 口元を押さえて笑っていて、肩が震えている。 「年なのは当たり前ですよ。」と突っ込まれ、シギも少しだけ照れた顔をした。 「それで、ミカエル様。こちらの方々が・・・・。」 「あぁ。紹介し忘れていましたね。  彼等は遥々地上界からここ天界に来てくださった大切な客人ですよ。」 丁寧に紹介するミカエルの姿に、残された4人はただ呆然とその光景を見るだけだった。 (あれ?) ふいに、リュオイルは自分の中にある記憶を手繰り寄せる。 (彼、ミカエルは誰かに似てないか?) 僕がよく知っている人物。 髪の色等、全く違うけど雰囲気が似ている。 『 兄さん。 』 (あぁ、クレイスか・・・。) 思い出せば妙に納得する事が出来た。 見た目は似ていないが、雰囲気と言うか・・・性格が似ている。 自分の事よりもまず他人の事を優先しているところなんかそっくりだ。 「リュオイル様にアレスト様、シリウス様、アスティア様、ですね?」 「んな『様』付けなんかやめてーや。  うちら偉いもんでもなければただの一般市民やで?」 アラリエルが復唱して確認をするが、それが気に入らなかったアレストは訂正した。 勿論他の3人だって「様」付けされるのは好きじゃない。 これから共に戦うのだから、他人行儀になるような事なんて出来ればしてほしくないのだ。 「うち等の事は呼び捨てで構へんって!」 傍にいたイスカの背をバンバン叩くと、彼はびっくりしたようで「わっ!」と声を上げた。 それを気にした様子のないアレストは、ニカニカと笑いながら「宜しく!」と手を出した。 「・・・・・?」 「何や、ここの連中は握手も知らんのかいな。」 「え、いやそう言うわけじゃなくて。」 「ほんなら握手やで握手。  友情の証や!これでうち等は戦友、もとい友達やでっ!!」 強引にイスカの手と、そしていつの間にかアラリエルの手を取ると ブンブンと振り回してアレストは握手をした。 それに満足がいったようで、満面の笑みを浮かべたアレストはシリウス達にもやるように言ったが、 「別にそんな無駄な事しなくても、もうとっくに戦友じゃない。」とアスティアに軽く流された。 「・・・・・。」 呆然として、ただされるがままに今までの言動を見ていたイスカは離された自分の手を見た。 「イスカ?どうしたんだ。」 急に黙りこくってしまったイスカを不思議そうな目で見下ろすアラリエル。 「いや、別に・・・。」 彼は元々他人と喋る事も接触する事もあまり好まないため、 他の天使からは「冷めた奴」とまで言われている。 それとは対照的にに、アラリエルは話し上手で、 どちらかと言えば人懐っこいため交渉役としては、最も最適とまで言われていた。 アレストと接触した事によって、少し混乱しているのか何とも言えない複雑な顔で黙っている。 「それじゃあ、皆さん準備はいいですか?」 意を決した様子で、ミカエルは真剣な顔つきになった。 それを見習うようにして他のメンバーも気を引き締める。 「私達とその他多数が前線区域で戦います。  今指示を出しても、恐らく計算が狂って敵の思う壺になる可能性が高い。  それぞれ自分の思うまま、ゼウス神やこのカイルスを護る事を考えて戦ってください。」 「了解。任せときな。」 戦争で作戦を立てる事は当たり前のことだし良い事なのは変わりはないが、ここは天界。 地上なら誰がどんな攻撃を仕掛けてくるか大抵は分かる。 だがここはそれが通用しない世界。 こちらが驚かされるほど、強力な攻撃をしてくるかもしれない。 だから、ミカエルは作戦を立てようとしなかった。 「平たく言えば好きなように戦えって事だろ?」 随分冷めたような声でシリウスはそう言った。 大広間から外に向かっている彼等は、少しだけだが談笑しながら向かっていた。 「そうですね。  無理をしない程度に、無理だと思ったら一時退却してください。  癒しの天使達が中で待機していますから。」 多くの怪我人、そして考えたくはないが死者が出るだろう。 ルシフェルが動いたとなれば、今までのような生半可な戦闘はありえない。 彼のことだ。完璧にこの戦争を実行するだろう。 「そういえば、まだ他の天使達に挨拶してねぇな。」 「他の天使達は貴方が帰ってきている事をご存知ですよ?  貴方も忙しい身なのですからそこまで心配しなくても皆分かってくれてます。」 気さくで優しいシギはこの天界でも、天使の中でもかなり好かれている。 嫌味な事を言わないし、それに小さな気遣いが嬉しい。 ミカエル自身もシギに何度も助けられているのでそれはよく分かっていた。 「ミカエル様っ!!!」 少し遠くから1人の天使が舞い降りてきた。 恐らく情報伝達役だろう。慌てた形相でこちらに急いで飛んできた。 「どうしたんですか?」 ただならぬ彼の行動に、ミカエルはすっと真面目な顔つきになる。 息を切らしてそれでも尚、彼は懸命に伝えようとする。 「ルシフェルが、現われました!!!」 「・・・・・・・・。」 「・・・来たか。」 何も言わないミカエルの変わりに声を発したのはシギだった。 大した驚き用はしていないが、あまり良い表情ではない。 とうとう黒幕が現われた。とでも言わんばかりに顔をゆがめてる。 「あ、あと・・・ミカエル様。」 「・・・なんですか?」 言いにくそうに、口篭った彼はミカエルの耳に口を寄せた。 何か聞かれては不味い事なのだろうか、とリュオイル達は不思議そうに眺めている。 その瞬間、ミカエルの口から大声が漏れた。 「・・・何ですって!?」 驚愕の瞳で、真っ青な顔をする彼の背中をシギはそっと支えた。 恐らくシギも予想出来ている。そしてその予想が当たっているのだろう。 今まで異常に緊迫した空気が流れた。 いまいち情報を掴みきれていないイスカとアラリエルは、怪訝そうにしてミカエルの言葉を待つ。 「ミカエル様?」 「・・・・・そんな・・・・・。」 カイルス全体を覆う雲。 空の下では多くのドラゴンがこの聖域を破壊しようと攻撃し続けている。 「くくくっ。」 それを、楽しそうにして見下ろす白き翼を持つ青年。 だが、天使ではない。 汚れきった彼の心は、既に良心を失っている。 「さぁて、どうしてくれようか。」 ふと彼は彼の傍に控えている数名の男女に振り向いた。 それを見てニィッと怪しく笑うと、彼はすっと指を指し、その端整な顔を歪ませて声を放つ。 「行け。」 その瞬間に2人の男と思われる人物が黒き翼を羽ばたかせて、カイルスへ舞い降りる。 見事な漆黒の翼を持つその男は、何の表情も映さない、まるで人形のような作りの顔。 「さて、楽しませてもらおうでは無いか。・・・・・なぁ?フェイル。」 彼は薄く笑うと、腕に抱えている小さな少女を見つめた。