こんなに近くにいるというのに 届かないこの声と腕。 もう少しで君に届きそうなのに それなのに 僕達を隔てる壁は、君を離そうとしない・・・。 ■天と地の狭間の英雄■ 【壊れ行く仲間の心】〜消える記憶〜 (ここは、どこ?) 真っ暗な世界に、ただ1人。 1人の少女はこの暗黒の世界を彷徨っていた。 何の力も入らない。 ただ流されるがままに。動くことも、声を出すことも出来ない。 (・・・何で私、こんな所にいるんだろ。) 帰らなくちゃいけない。 帰らなければならない場所がある。 ・・・・・・でも、それはどこ? 曖昧な記憶が更に薄れていく。 少女の記憶には、多くの出会いがある。別れがある。悲しみも苦しみも、何もかも。 でも、分からない。 この記憶は何?あれは誰?あそこは何処? 何も、覚えていない。 何も感じないはず空間にいるのに、すごく胸が苦しい。 この声は誰? あの優しい手を差し出してくれたのは誰? あの時庇ってくれた人は誰? 忘れたくない。 忘れてはいけない。 忘れる事は出来ないはずなのに・・・・。 (だれ?貴方達、だれ?) 少女の記憶の中で笑う人達がいる。 その場所には、自分もいたはず・・・。 暖かな、そして幸せな記憶が確かにある。 (痛い。) でも、思い出そうとすれば体中から痛みが来る。 心臓が早く鼓動している。体中から悲鳴をあげている。 《――――――ル・・・・。》 (だれ?) 《フェ・・・ル・・・。》 (あなた、誰?) ぼやけてよく見えないが、雰囲気で優しい人物だと確認できる。 自分が、よく知っている人物のはず。 だって、この声は・・・・。 (―――っ!!!!) また体中から痛みが走る。 声を出すことも出来ない彼女は、大きく目を見開けて肩で息をする。 (だれ・・・。あなた、だれ?) どうして思い出せないの? どうして思い出させてくれないの? ねぇ、どうして? 暖かな雰囲気を持つそれが、手を差し出してきた。 それに掴まれば、この闇の世界から出る事が出来るだろうか。 この薄っぺらな記憶も、はっきりするだろうか。 もう少し。 その光とも言える誰かの手まで、もう少し。 (・・・・・あ・・・・・。) その時、彼女の周りにグニャリと薄暗い影が差し込んだ。 少女はこの闇を知っている。 今までも、幾度と無く現われた悲しくて冷たい影。 まるで差し出された手を掴ませないようにしてその影は少女を包む。 あぁ、またか。 そう思った少女は、何かにとり付かれたようにして意識を失う。 (そういえば・・・・・私の名前は・・・・・・何?) 「全軍前に出ろっ」 「魔法兵出撃開始!!」 「今だっ、ボルトクラッシュ!!」 ピリピリした空気が流れる。 空や地上からも爆発音が響き渡る。 直で受けた大攻撃に耐えられなかった者は、その翼を羽ばたかせることなく落下する。 空からは血の雨が流れ、あの神々しい世界は一変して闇の世界に変わろうとしていた。 ――――――ドォォォォオオオンッ!!!! 「・・・・これは。」 あまりの悲惨さに言葉を失うミカエル。 前線区域に急いでやってきた彼等は、ミカエルと同じ様に唖然としていた。 白き聖域は血色に染まり、そして今も尚空からそれが流れている。 それがドラゴンの血なのか、はたまた味方の天使の血なのかは分からないが酷い有様だ。 「ぐわぁぁぁああああっ!!!」 1人の天使が空から叩き落とされた。 鈍く、それでも激しい音と共にその場にあった建物が破損される。 「大丈夫か!?」 「ぐぁ・・う・・・・。」 急いでシギが駆け寄る。 だがかなりのダメージを喰らっていて、これはもう戦闘に出す事が出来ない。 とめどなく流れる赤い血を見ながらシギは舌打ちした。 「シギ、退きなさい!!」 表情こそ変えていないものの、慌てた様子でアスティアが駆け寄ってきた。 そうだ。そういえば彼女はエルフの力で治癒能力が出来るようになっていた。 「今から中に移動させても逆に大量出血するだけだわ。 ここは私が何とかするからあんたは早くっ!!」 一気にそう言った彼女は、すぐ倒れている天使に気を集中させる。 フェイルより小さな光ではあるが、応急処置には十分。 とにかくこれ以上彼の血を流させてはいけない。 「分かった。そいつを頼む。」 「お願いしますアスティアさん。アラリエルっ、行くぞ!!」 「ちょっ!!うち等はどないすんねんっ!?」 今にも羽ばたきそうな2人に、アレストは待てと言わんばかりに引き止めた。 自分達は戦うために前線区域に来たのだから戦わなければ意味がない。 それにアラリエルだけ指名されて自分だけ言われなかったイスカも訝しげにして、自分の上司を見上げた。 「いえ、貴方達にも戦っていただきます。 まずはこの近辺。城下町に出没している敵を倒してください。」 「ミカエル様。俺は、どうするのでしょうか・・。」 まだ納得しきれていない様子のイスカは、やりきれない瞳をミカエルに向ける。 それを悟ったミカエルは、強く頷いて彼の右肩に手を置いた。 「お前はシギ達と一緒に先に行動して欲しい。 万が一ルシフェルと遭遇した場合、シギだけでは収拾がつかなくなるでしょう。 だから、彼等と共に戦って。いいですね?」 まるで小さな子を宥めるようにしてそう言うミカエルに、イスカはますます不審そうな顔をする。 隣にいる自分の相棒に目をやると、彼もただ苦笑するだけで何も言わなかった。 まだ何か言いたげなイスカだったが、信頼できる上司の命令なので渋々首を縦に振った。 ミカエルの傍が手薄になるのは心配だが、彼なりに策略を考えているのだろう。 イスカにとっては信頼するしか他無かった。 ―――グワァァァァアアアアア!!!! 空の方からまた絶叫が聞こえた。 もしかしなくてもドラゴンに食い殺されたのだろう。 考えただけでもぞっとする。 アレストは数日前の出来事を、アイルモードでの事件を思い出していた。 あの時も、1人の老人がドラゴンによって食い殺された。 今思い出しても寒気がする。 フェイルの悲鳴が、今でも鮮明に思い出せる。 助ける事が出来なかった自分の弱さに、腹が立つ。 本当に、悲惨な出来事だった。 「・・・・時間が無い。 シギ達は町の方の被害を抑えたら、一旦城に戻って欲しい。 場所は大広間。癒しの天使達がいる場所です。」 「あぁ、気をつけろよ。」 「貴方こそ。」 お互い少しだけ微笑むと、それが合図だったかのように駆け出した。 アスティアが治療し終わったのを確認すると、すぐ傍に待機していた天使達に彼を任せた。 シギはイスカの方に向き直り、にっと笑う。 あっけに取られて呆然としているイスカの頭をクシャッと撫でると彼は城下町に駆けて行った。 「・・・・?」 「あぁ、あいつのした事なんか気にしない方がいいよ。僕もよく頭撫でられたし。」 もしかすればまともに話したのは今が初めてなのかもしれない。 急に後ろから声をかけられたイスカは、またもや驚いてリュオイルを凝視する。 背の高さがほぼ同じなので、目線を上げ下げすること無く話せるのは彼くらいだろう。 「・・・・リュオイルも?」 「そうそう。 何か知らないけど、落ち込んでいるときとか情緒不安定の時とかによくね。」 「そう、なんだ。」 人と話すことが滅多に無いイスカは、急に声をかけられて少し戸惑っていた。 自分と似た雰囲気を持つリュオイルとならもしかすれば話しが合うかもしれない。 でも、何を話せばいいか分からないのでそこで黙るしか彼の頭にはインプットされていなかった。 「おい。さっさと行くぞ、置いて行かれる。」 バン、と背中を軽く叩かれた。 走りながら喋っていたため、少しつまずきそうになりながらも何とか留める。 ムスッとした顔つきになったリュオイルにも驚いたが、シリウスの呆れたような顔にも驚いた。 会って数時間しか経っていないが、彼はずっと無表情の人間だと思い込んでいたため 少しの表情の変わりに驚いていたのだ。 「分かってる。」 「あ、あぁ。」 いつの間にか一番後ろを走っていた2人は一気にアレスト達を追い上げる。 シギは一番前を走っていて、そしてかなり早い。 翼のあるイスカは飛んだ方が楽だと思うのに、何故飛ばないか聞いたところ 「皆が走っているのに1人だけ飛ぶ事は出来ない。ましてやシギ様まで走っているんだから。」と答えた。 相変わらず真面目だなぁ、とぼやいていたがアレストが突っ込んだためそこで話しは中断された。 「そういえば、あんた達は一体何を知っているのよ。」 唐突に、後ろからアスティアの声が聞こえた。 彼女が私情で話すなんて珍しい。 少しだけ不思議そうにして、シギとイスカは顔を見合わせてアスティアを見た。 「何って・・・何がだ?」 「さっき他の天使がミカエルに耳打ちした事よ。 まだ会って間もないけど、でも彼があそこまで驚愕するなんて不自然だわ。」 アスティアがそう言った瞬間、2人の天使は痛い所を付かれた様な顔をした。 複雑な面持ちでお互い顔を見合わせている。 言うべきか、言わないべきか。それを迷っているような顔つきだ。 「・・・・それは・・・。」 口篭るシギに焦らされながら、それでも彼の言葉を待った。 それはなんの根拠も無いが重要な事のように思える。 知っておかないと、後で大変な事になりそうな気がする。 ずっと、出会ってから思っていたがシギや天使達の言動がよそよそしい。 何かを隠している。 これは確信できた。 「実は・・・。」 「ぐぁぁぁぁああああああああああああああ!!!!!!」 シギが決心して言おうとしたとき、それは味方の断末魔の叫びによって掻き消された。 驚いて後ろを振り返ったメンバーは、すぐに戦闘の体型に入る。 ボトリ、と空から地へ落とされたそれは、見るも無残な姿に変わっていた。 滴り落ちる鮮血は、止まる事を知らないかのようにして流れる。 時折、物陰からグシャ、と音がするのは気のせいだろうか。 目に見えない恐怖に、アレストは震える。 あの時の記憶がまた彼女を襲った。 「アレスト。」 心配そうな顔をしてリュオイルが声をかける。 本人は「大丈夫。」と一言だけ呟くと、前を見据えた。 ドス、ドス、と足音がもろに聞こえているのでそれが何なのか。そして何匹いるのかも分かる。 数は一匹。だが、その足音の大きさは普通のよりもかなりでかい。 一足動くだけで、地面が揺れるような感覚に陥ってしまうのだ。 「かなりでかいぞ、全員散らばれっ!!」 はっとした様子でシギは声を上げた。 その瞬間、他のメンバーは言われた通りに四方に散らばる。 右側にリュオイルとアスティア、左側にアレストとシギ、後方側にシリウスとイスカ。 緊張した面持ちでドラゴンの影を追う。 ゆっくりとした足取りでこちらに向かってくるのは余裕なのか。 アレストはそれよりも、今さっき殺された天使の目がこちらを向いているのに気付き硬直している。 ちらり、とアレストの方を見た。 既に息絶えている天使を見て固まっている。 その証拠に、手は震えて少し声をかけても微動だにしない。 俺はとにかく安心させるために、さっきより強めの口調で、そして彼女の肩を揺すった。 「大丈夫か。」 「・・・・シギ。」 わずかに震えた声が聞こえた。 彼女がここまで怯えているのを見たのは初めてなのかもしれない。 どんなに怪我をしても、辛くてもいつも明るく笑っていた。 それが当たり前のように思えて俺たちはいつも安心していたんだ。 「来るぞっ!!」 後ろの方からシリウスの声が聞こえた。 それと同時に、各々の武器を再度構えて前方を睨みつける。 ―――――ヒュンッ。 風を切る音が響いた。 周りは爆発音や悲鳴などで煩いはずなのに、その音だけが鮮明に耳に残る。 それはドラゴンの影。いや、丁度足に刺さり「ギャァァァアアアアッ!!」と悲鳴を上げる。 「今よっ!!」 アスティアがそう言った瞬間、リュオイルやシリウス達は前に出た。 アスティアの今の矢には毒が仕込んであり、十中八九ドラゴンは身動きをとる事が出来ない。 悲鳴を上げて、そして忌々しげに下にいる天使や人間を見下ろす。 「どけ!!」 ドラゴンの口が開いた途端、シリウスはイスカを突き飛ばした。 何事だとでも言いたそうにシリウスを睨んだイスカであったが、その間には炎が燃え上がり一気に赤に染まる。 シリウスがイスカを突き飛ばしたのは、彼めがけてドラゴンが火を噴こうとしていたからだったのだ。 「アスティアっ!あいつの目を狙ってくれ!!」 「分かったわ。」 シギがそう言うと、アスティアは頷いて次の矢を射る。 動き回っているので中々定まらないが、アスティアは神経を集中させてドラゴンの動きを読む。 だが敵もそう簡単に撃たれまいと、今度はアスティアに襲いかかろうとした。 「ブリザードっ!!」 イスカの持つ剣から瞬時に氷の魔法が発動された。 アスティアに視線がいっていたドラゴンは、それを察知する事が出来ずに直に弱点の魔法を受けた。 「ギヤアァァァアアッ!!!!!」 ―――――ヒュンッ!! ドラゴンの体が真っ直ぐ傾いた瞬間、後ろからアスティアの矢が敵の目を目掛けて放たれた。 ドス、という不快な音がすると共にドラゴンの絶叫が響く。 それは耳を塞がなければ鼓膜が破れるほどの大きさ。 ここまで絶叫されれば、空にいる新たな敵が感づく可能性が高い。 その前にこれを始末しなければ・・・・。 「ぐずぐずするな。」 「うるさい!!」 シギが詠唱をし始めた時に、口喧嘩をしながらリュオイルとシリウスは前に出た。 ここに来てまでまだ喧嘩する2人にシギは苦笑する。 なんだかんだ言ってもこの接近戦2人はバランスが良い。 喧嘩をしながら前に突っ込むという事はよほど自信があるのか、はたまたただ単に怒鳴りあっているだけなのか。 その数秒後にイスカも2人に習って前に出た。 喧嘩をしながら突進している2人にはやはり唖然としていたが。 (・・・・アレスト。) ふとシギは避けるだけで精一杯のアレストの姿を見た。 本調子でない彼女は、前に出る事無く後方から3人を支えている。 顔色も悪いしあれから全く喋っていない。 それほどまでに彼女の心は酷く傷ついているのだろう。 『 爪痕残る氷解の嵐 』 呪文が完成したシギは大きく手を掲げる。 魔法陣から出た冷たい塊が、ドラゴンを攻撃する。 ツララのような鋭利な氷が空から飛んできて、リュオイル達には1つも当たらず全てが敵に命中した。 「百花蓮華っ!」 「霧氷円月!!」 リュオイルとシリウスの攻撃が同時に出される。 体勢を崩されたドラゴンは、それを避ける事が出来なく噴出した炎でそれを防ぐことしか出来ない。 それを予測していた2人は、やったとばかりに頷くと後ろにいたイスカから一気に離れた。 「これで、最後だっ!!!!」 いつの間にかその白い翼を羽ばたかせて飛んでいたイスカは、思い切り剣を振り上げる。 素早い行動に気付く事が出来なかったドラゴンは、火を噴こうとしたところでイスカの剣によって 真っ二つにされた。 グシャッ、という肉の切れる音と噴水のように飛び出す血飛沫。 何とも言えない異臭とその血黒さに、地上人は固まった。 天界の天使達は慣れているのか、イスカは顔についた血を拭き取ろうともせずに空を見上げた。 「まだこの辺りはドラゴン以外の敵がいるかもしれない。皆、気を抜くなよ。」 「・・分かってる。」 シリウスは後ろでピクリとも動かないアレストに目をやった。 さっきの血飛沫が飛んだのか、彼女の右頬にも血が付いている。 その姿はいつもの彼女とは全く正反対で、何の表情も映さない人形そのものだった。 あのアレストが、何の表情も宿さないなんて。 「ちょっと、アレスト。」 すぐ傍にいたアスティアが遠慮なくアレストの肩を揺すった。 彼女が戦闘中殆ど動いていなかったのは誰も知っている。 その原因も、イスカ以外の全員が知っていたが今ここで休んでいる暇はない。 一刻も早くこの戦争を終わらせ、フェイルを助けに行かなくてはならないのだから。 「・・・・ごめん。大丈夫や。」 やっとの事で言葉を返してきたアレスト。 酷く疲れたような、辛そうな声を振り絞って何とか出せる状態だ。 このまま連れ回すのは酷だが、今は1人でも人材が必要なのだ。 「次は西エリアに行きましょう。 敵はそっちから降りてきたし、それにあっちには誕生の神「ルキナ」様がいる。」 「ここから西・・・。魂を浄化する場「カーマロカ」だな。」 「カーマロカ?」 「あぁ。構造はゼウス神の告げの間「クラロス」と似たような感じだ。」 ここから何事もなく走って行けば10分もかからない。 天界の町はかなり広く、そして入り組んだ道もかなりある。 瓦礫などで封鎖されていなければいいのだが・・・・。 「アレスト、大丈夫?」 少し前屈みになりながらリュオイルはアレストの顔を除きこんだ。 その言い方があまりにもあの少女と酷似していたので、アレストは驚いて顔を上げる。 《 アレスト、大丈夫? 》 「フェイル・・・?」 リュオイルだという事を確認できたのは、それから数秒後だった。 リュオイルの顔を凝視したまま動かなくなったアレストに、あたふたと慌てる彼はどうしようかと悩んだ。 (さっき、アレストはフェイルって・・・。) アレストが、彼女の名前を出した途端に僕の心臓は凍ったように冷たくなった気がした。 凄く懐かしい名前で でも 彼女と離れてまだそんなに日にちは経ってないのに どうしただろう 何故なんだろう 考えられない だけど、心は正直で 彼女との記憶が、どんどん薄れていっている様な気がする 仕舞いには 彼女の声も、顔も、名前も 全てを忘れてしまいそうなほど僕の記憶は薄くなりかけている どうして? 何故 何故記憶が消えていく? 「・・・・・・。」 リュオイルまで真っ青になり、シギ達は心配そうにしてお互いの顔を見合わせた。 さっきまで全く平気な顔をしていたリュオイルも、いきなり真っ青になった。 それも不自然に。 彼が何を感じ取り、何を思ったか知らないがこのまま2人を放置するわけにはいかない。 「おい。」 アレストからリュオイルを引き離し、シリウスは少し強引に後ろに引きずった。 それにむせ返りながら、でも反論する事無く、ただ唖然とした表情でリュオイルはシリウスを見上げる。 その瞳は我を失っているようで、そして同時に何かに怯えている。 中々正気に戻らないリュオイルに痺れを切らしたシリウスは、迷う事無く彼の頬を叩いた。 ――――――パンッ!!! 小高い、乾いた音が響いた。 殴られた側も、そして第三者も唖然としてシリウスを凝視している。 リュオイルは、痛みの走る頬に手をやると何故か心の奥底からフツフツとくる怒りを感じた。 「何・・・するんだ。」 自分が何をされたかやっと理解したリュオイルは、勿論シリウスを睨んだ。 だがそれが通用する彼でもなく、謝る気はないシリウスは憤然とした態度で睨み返した。 「黙れ、この間抜け。」 「まっ!!・・・い、いきなり人を殴るわ暴言吐くは。 お前、僕に何の恨みがあるんだよっ!!!」 また始まった。とシギが呆れたように呟く。 2人が喧嘩をすればフェイルの助け、あるいはそのまま1時間近く待たなければならない。 勿論それを止めることが出来る人物もいるが、シギはあえて何も口を出さなかった。 今回の2人の喧嘩は何かが違う。 何か、というよりもシリウスの態度が明らかに違う。 確かにいつも彼は顔色一つ変えずに痛い所を付いてくるが、今は怒っている。 いつものようにリュオイルが怒鳴っていると、いきなりシリウスはリュオイルの胸倉を掴んだ。 それにはシギ達も驚いたようで、思わずシリウスの名を呼ぶ。 「黙れっ!前々から言おうと思ってたがお前はやっぱり馬鹿だ!!」 「なっ、・・・・・」 「今すべき事は何だ!?今こいつらを支えなければならないのは誰だ!? お前がいちいち塞ぎこんでいるおかげで、こっちがどれだけ迷惑したのか分かってるのか!!」 苦しいが今はそんな事を言っていられない。 シリウスがここまで怒っているのは、あの時以来だ。 《 お前のくだらないプライドで、今までどれだけの成果を出したかは知らねぇ。 だがなぁ、今となってはそのプライドがお荷物なんだよ。 》 《 お前みたいな奴が最後一番後悔するんだっ!! 最後になってからまた落ち込んで、自分を崖から落ちる手前まで追い詰める 》 そういえば あの頃は、皆揃っていたっけ。 僕と、シリウスと、アレスト、シギに、アスティア。 そして・・・・。 あれ? ・・・誰だ? あの子は、誰だったか。 さっきまで覚えていたはずなのに。 金色の長い髪を持つ、小さな少女。 思い出せるのは、草原のように強く優しい色を持つエメラルドの瞳。 いつもいつも 僕達に勇気を、優しさをくれた。 忘れてはいけない 忘れる事が出来ない。 その、はずだったのに・・・。 僕の記憶の中で笑っているあの子。 君の名前は、何? そこまで考えていると、また強く胸倉を掴まれた。 その苦しさで現実に戻ったリュオイルは、むせ返りながらもシリウスを見上げる。 そこには怒りに震えた彼の姿が。 滅多に表情を変えない彼が、どうしてここまで怒っているのか。 それは全て自分のせいなのだろうけど、 それは全て自分の考えている事のせいなのだろうけど、 でも、待って。 僕は今までに何を考えていた? 凄く胸が苦しくて、今にも涙が出そうで、非力な自分に腹が立って。 でも、でもそれは一体誰に? 記憶を辿れば、それは全てあの少女にしか当たらない。 彼女は誰?彼女は、仲間なのか? どうしてこんなに苦しくなるんだ。 どうしてここまで彼女に執着するんだ。 どうして・・・・。 「―――――っおい!!聞いてるのか!?」 グン、と肩を思い切り掴まれて僕はまた現実に戻った。 どうやらシリウスは何か言っていたようだが生憎考えに浸っていた僕は覚えていない。 彼が怒っている事よりも、それよりも僕は・・・・・。 「・・・なぁ、シリウス。」 「あぁ!?」 怒りに満ちているシリウスに手がつけられなくなったリュオイルは、仕方なく胸倉を掴まれたまま喋った。 「っごめん、真剣に聞きたい。 僕達が、探している子って・・・誰だっけ?」 ぽつりと呟かれた言葉に、シリウスも皆も絶句した。 リュオイルがふざけているわけはない。 彼の目は至って真剣だ。 だけど、何故? あんなにフェイルの事を想っていて、 あんなにフェイルの事を助けたいと言っていた彼が。 「何、ふざけた事・・・。」 「シリウス僕は正気だ。 僕とシリウス、アレストにアスティアそれにシギ。あともう1人、誰かがいたと思うんだけど。」 駄目だ、思い出せない。 無理に記憶を呼び起こせば頭痛がする。 また考え込んでいると、今度はアレストに掴まれた。 シリウスはその反動で手を離し、唖然としてリュオイルを見つめている。 「何言ってるんや!?うちらが探してんのはフェイルやろ!? フェイル=アーテイト。フェイルやないか!!!」 泣き叫ぶようにして大声を上げるアレストを見ながら、リュオイルはその唇をゆっくり動かした。 「フェイル・・・アーテイト。」 その名前を聞いた途端、今まで分からなかった少女の顔がはっきり見えるようになった。 心が晴れて、ほっとする。 優しい笑顔。何度も差し伸べられた暖かな手。 あぁ、どうして忘れてしまったんだ? 今はこんなにはっきり覚えているのに、どうして・・・。 呆然としているリュオイルに、アレストはまた何かを言おうとして口を開いた。 だがただならぬリュオイルの言語にシギは急いで彼を自分の正面に向かせる。 その表情はかなり焦っていた。 「リュオイルっ!いいか、フェイルだ。俺達が探しているのはフェイル。 頼むからあの子の名前を忘れるな!!お前が忘れたら・・・・・。」 ――――お前が忘れたらもうフェイルは二度と戻ってこない!! 「・・・え?」 「シギ、今、なんて・・・・。」 耳を疑うような事を、今シギは言った。 シギとイスカ以外、呆然として固まっている。 今、彼はなんて言った? リュオイルがフェイルの事を忘れてはいけない。 違う。そんな事じゃない。 「フェイルが、戻ってこないって・・・どういうことだ。」 混乱したシリウスの声がこの狭い道に響いた。 ガラスが割れるような、今まで何とか保っていた何かが崩れるような音が心から聞こえる。 シギは複雑そうな顔をして、やりきれない表情で皆を見据えた。 「シギ様!!」 「構わない、イスカ。遅かれ早かれいずれ話さなくてはならない事なんだ。」 「しかし・・・。」 2人だけが知っていて、自分達が知らない何か。 シギがいつも隠していた事は、この事なのか。 話すか話さないかで2人が口論していると、アレストが痺れを切らしてシギに詰め寄る。 その目は真剣で、そして今にも泣きそう。 「なぁ、あんた等何隠してんのや。」 「・・・。」 「うち等仲間やろ?それとも、シギにとってうち等は仲間じゃないんかいな!!!」 アレストの言葉が、シギの心に重くのしかかる。 ズシッという音が聞こえた。 柄にも合わず、自分は傷ついているのだと理解できた。 「仲間なんやから。シギも仲間やって、思ってくれてるんなら・・・。」 教えてほしい。 どんなに小さな事だって構わない。 嘘は、つかないで欲しい。 きっとそれは、自分達を思っての優しい嘘なのだろうが、 今となってはその優しさが酷く辛い。 「・・・それは・・・。」 「シギ様!!」 もう誰に何を言われても、嘘をつきたくなかった。 こんなに辛いなら誤魔化したくなかった。 仲間という言葉がどれだけ大きな意味を持ち、そして大切なのか。 失いたくないものがある。護りたいものがある。 そのために戦うはずなのに、俺は・・・・・。 「なにやら面白そうな話をしているな。」 突然空から人の声が降ってきた。 ほぼ真上にいるのに、全く気付く事が出来ずにいた6人は驚いて空を見上げる。 そこにいたのは、金の髪を大分下の方で一つにまとめた青年。 だがその顔にはあまりに見知った顔であり、アスティアは思わず呟いた。 「ミカエル・・・・・?」