上を向いて歩こう。
少しずつ少しずつ・・・。
途中でつまずいたって構わない。
立ち上がれないくらい寂しくなったら
私の手を握っていいんだよ。
だから歩こう?
小さくたって弱くたって
私達は生きている。
きっと
強い意志があれば運命は切り開けるから・・・・・・。
■天と地の狭間の英雄■
【残された者の決意】〜襲撃後のフィンウェル〜
魔族襲撃から2日が過ぎた。
国家内の混乱も少しずつではあるが治まってきていた。
だが、今回の急な戦争で思っていたよりも多くの兵士が死に、王やリュオイル達をはじめとする
軍を持つもの達は頭を抱えていた。
「・・・リティオンの部隊の死者は18人。重軽傷者は76人。
僕の部隊での死者は2人。重軽傷者21人。
カシオスの部隊は幸いにも遠距離攻撃だったから被害はなし、か。」
死者の合計は50人。
重軽傷者は1000人を超えた。
これは軍事国家にとっては大きな被害である。
だがそれ以前に、彼等は自分の部下達が死んだということに悲しさを隠し切れなかった。
絶対、無事に帰ろうと言ったのに・・・・。
帰りたくても、もう二度と帰る事が出来ない者が出てしまった。
ついこの前まで共に訓練をしていた者の顔が浮かび上がる。
「・・・・ごめん・・・・。」
悔しい。
こんなに自分は無力なんだ。
「・・・本当に、ごめん。」
リティオンの部隊と比べればかなり少ない死者だが、それでも死んだという事実は変わらない。
多かれ少なかれ、自分の部隊には5人死んだ。
知っている。
部隊の顔はほとんど覚えている。
だからこそ、思い入れがあったこそこんなにも悲しい。
泣きたい気持ちに駆り出されながらも、リュオイルはそれを許さなかった。
今ここで涙を見せれば、目は腫れ泣いていた事が分かってしまう。
そのままで部下の前に立てば彼等も気落ちしてしまうだろう。
それだけは、何としても防ぎきれなければいけない。
「リュオ君・・・。」
自室で沈んでいるリュオイルに、フェイルは何と声をかければいいか分からずそのまま黙っていた。
今慰めの言葉をかけても、それは彼にとって気休めにしかならないだろう。
でも、リュオ君は優しいから、きっと笑ってくれると思う。
だから、もうそれ以上辛い思いをしてほしくないから何も言わない。
今の私に出来る事なんて、はっきり言って無い。
「・・・・・。」
机に伏せて、あまりの痛々しい顔をする彼だったのでフェイルはこの部屋に居づらくなった。
このまま自分がここにいても、彼を慰める事は出来ない。
そう確信したフェイルは、そっとこの部屋を出たのであった。
「・・・・・・。」
彼女が出ていった。
それは俯いていても僕が騎士だから、すぐ気配で分かった。
彼女にまで気を利かせてしまって、本当に今の僕はどうしようもない人間だ。
常に指揮をして、部下達の事を考え、この国のために尽くす。
それだけ・・・・・・・。
それだけのはずなのに。
「・・・・ありがとう。ごめん、フェイル。」
明かりもつけていないこの暗い部屋で、ただ一人リュオイルは呟いた。
「特に以上はないわ。ルマニラス大陸や、ダンフィーズ大陸、モーリア大陸・・・。
その他にも一応緊急連絡という形で通報したけど各大陸問題無いそうよ。」
「じゃあ襲撃を受けたのは私たちだけということか。」
ここはフィンウェル城のとある会議室。
広いこの部屋にいるのは2人の若い男女だけ。
先ほどまで他の将軍やその部下達とも話しをしていたが、一段落ついた為さっき解散したのだ。
残った男女。カシオスとリティオンは、世界地図を広げて何やら深刻そうな顔をして話し合っていた。
「そういうことになるんでしょうね。でもその意図が分からないままじゃ・・・・。」
「その辺は私達の専門外だからな。
これはどう足掻いたって分からないさ。」
お手上げの様子で、2人は静にそばにあった椅子に腰掛けた。
特にリティオンの方が複雑な顔をしている。
自分の部隊がかなりの被害を受けたため、リュオイルほどではないが彼女も落ち込んでいるのだ。
「そういえばリュオは?」
「確か、フェイルちゃんが付き添ってくれてるけど。」
ふと思い出したようにして顎に手を当てるリティオン。
それと同時に、ギィィイイと控えめに扉の開く音がした。
「あ、ごめんなさい。会議中ですか?」
顔だけ除かせると、この空気を感じ取ったフェイルは小さな声で控えめに出てきた。
「フェイルちゃん?」
「あれ、リュオイルはどうした?」
カシオスがそう尋ねると、彼女は浮かない顔をして沈んだ声で答えた。
その顔色で2人は何となく事態を把握した。
戦場から帰ったリュオイルは大抵いつもこうなので慣れていると言えば慣れているが、
こんな言い方で終わらせるには彼にはあまりにも酷だ。
彼は優しいから、だから自分を責める。
自分のせいだと思い塞ぎこんでしまう。
けれどそれが毎日続くわけはない。
将軍という役柄、彼は常に部下をまとめなければならない義務がある。
だから次の日には、何も無かったように笑う。
「皆の死を犠牲にしないために・・・・。」
そう言って、部下だけでなく自分にも言い聞かせてまた仕事を淡々とこなすのだ。
「・・・・自室で、まだ・・・・・。」
「そう、それじゃあ仕様がないわね。
ごめんねフェイルちゃん。あいつに付き添ってもらっちゃって。」
「いいえ。その、私何も出来なくてごめんなさい。」
完全に肩を落としているフェイルに、リュオイルを任せた事を後悔した。
まだ会って日も浅いのに、彼女なら何とかしてくれるだろうと過信した自分が情けなく感じる。
「いいえ。私こそごめんなさい。
フェイルちゃんなら、リュオを何とかしてくれると思ったの。」
「すいません。お役に立てなくて。」
ますます落ち込んでしまうフェイルに苦笑しながら2人は座るように進めた。
リティオンのすぐ傍に座ると、机の上に置いてあるこの大きな地図にフェイルは驚く。
世界地図を見るのは初めてなのか、物珍しそうにしてマジマジと見つめる姿はやはり幼く見えた。
「フェイルちゃんは世界地図見たこと無いのかい?」
「え、あ、はい。
私の村は外との交流は全く無くて・・・・近辺の地図しか無いんです。」
「ソディバスかー。また近いうちにでも調べて見るかな。」
やはり聞いた事の無いその村の名前に2人は顔を見合わせて考え込んだ。
もしかしたら最近出来た新しい村なのかもしれない。
「そういえば、何の話をしていたんですか?」
「え、あぁ。先日の戦いの事を各大陸の王に報告したんだよ。」
「他の大陸は異常なかったそうだから、今回被害を受けたのはフィンウェルだけらしいのよ。
ただ、その理由が分からなくて手を焼いてるの。」
はぁ。と大きく溜息をついたリティオンは、この机にばらまかれている資料を睨みつけた。
数十枚の資料は全て魔族に関係する事。
550年前のあの天と地の大戦争の事も細かく書かれている。
だがどれを見ても、それらしい情報は無く、情報部の方も懸命に探しているらしい。
『 我々魔族は、これから貴様等人間達に報復するために近いうちに戦争を起こす 』
報復?
かつての人間達が、何かしでかしたのだろうか・・・・・・。
確かに550年前のかの英雄達はこの世界を滅ぼそうとした魔王を神と共に倒した。
だが、勘であるがそれは今回の事にはあまり関係ないと思える。
魔族は、何か他に企んでいる。
そうとしか言いようがない。
「フェイルちゃん?」
突然黙って考え込んだフェイルに、心配になったリティオンは彼女の肩を揺らした。
それにはっとしたようにして顔を上げたフェイルは、驚いて2人の顔を見た。
「あ・・・。」
「そうしたんだい。いきなり黙りこんで。」
「何か、心当たりでもあるの?」
少しだけ期待の目を浮かばせたリティオンは、真剣な顔でフェイルの顔を除きこんだ。
それに気押しされながらも、フェイルはあの時の事を細かく話し始めた。
ギルスとアルフィスに会った事を。
そして、彼等魔族にこれまでにない力を持っていた事を。
「・・・・それは、完全な宣戦布告と受け取ってもよさそうだな。」
「魔族はまた世界を敵に回す気なのかしら。」
「信じたく無いんですけど、でもあの魔族は嘘を言っていないと思います。」
静かな瞳で、まるで見透かすかのようなそんな感じで・・・。
アルフィスが「視察で来た」と言ったのもあながち間違いではないだろう。
ギルスだけが他の魔族に指示を与えて攻撃をしていた。
アルフィスに使える魔族は、本当に何もしていなかったのだ。
「宣戦布告か。だがまず手始めにフィンウェルを襲ったのは間違いないだろう。」
心痛な面持ちで溜息をつくカシオス。
彼の部隊も被害が大きかった。
心を痛めていないと言えば嘘になるだろう。
また、恐ろしい戦争が始まるのか・・・。
そう思うだけで吐き気がする。
それほどの大戦争は経験は無いが、どれだけ多くの人々が死ぬかは分かっている。
人間と魔族。そして神族が、どちらが勝利を得るのかも分からない。
「・・・リュオイルは、どうしてるんだろうな。」
現実避難気味のカシオスは、唐突にまるで自分に尋ねているかのようにして呟いた。
彼だったら、こんな時どうする?
彼だったら・・・・・・。
――――コンコン。
誰だ?
僕の部屋を尋ねるなんて、随分と珍しいな。
リティオンかカシオス辺りか?
いや、あの2人は律儀にノックするわけないし・・・・。
「はい?どうぞ、開いてます。」
「すまんな。失礼するぞリュオイル。」
この聞き覚えのある声。
絶対の忠誠を誓っている相手・・・。
「お、王!?」
どうしてこんなところに!!?
ガチャッと音がすると、本当に王が入ってきた。
それも従者を付けずにたった一人で・・・・。
驚いてガバッと立ち上がったリュオイルは、急いでこの暗い部屋の明かりをつける。
いつの間にか夜が更けていた事をすっかり忘れていた彼は何時間ここで悩んでいたのだろう。
「ど、どうなさいましたか?
王お一人で、それもこんな真夜中に。」
「いや・・・。それよりも、心の傷は少しは癒えたか?」
ドクン、と心臓が飛び跳ねた。
やはり、一国の王にはこの心は隠し切れなかったか。
バクバクと煩い心臓が鳴り響く中、リュオイルは懸命に自分を保とうとしている。
明かりといってもロウソク2本分なのでやはりまだ暗い。
冷や汗が出ているのが気づかれなければいいのだが・・・・・。
「・・・・まぁ、そう簡単に癒えるわけはないか。」
「あ、あの、王。今宵はどういった御用件で?貴方が自ら赴くなど・・。」
話しを上手くすりかえた事には気づいていないのか、王はソファに座ると淡々と話し始めた。
「先日、お前からあの戦争に付いて聞いたがそれが本当だと言うのならば我々は手を打たねばならない。」
「・・・・・。」
「近いうちにこの世界は混乱に堕ちる。
勝敗を決めるのは魔族であると占い師アルビアがそう言った。」
「ま、魔族がですか!?天上人は、神族は一体!」
アルビアというのは先も言ったがルマニラス大陸にある小さな島に住む占い師。また先読み師。
彼の占いは百発百中で当たり、王も彼に絶対の信頼を置いている。
取り乱すことがあまりないリュオイルもこの時ばかりは焦りを感じていた。
そしてその王も、彼の動揺ぶりに少し驚いていた。
「そこまで詳しい事はまだあまりの遠い未来の事で占いきれていないらしい。」
だがそれは、大小含めてかなりの広範囲での大戦争になるという。
多くの人々が死に絶え、この世は死の国に一変する。
遥か昔の大戦争は天界と人間の勝利。
だが、今回は勝利の女神が微笑むのは魔族。
「このままでは我々人間は絶滅するだろうな。」
諦めること嫌っていた王がたかだか星読みでここまで弱音を吐いている。
落胆した様子のリュオイルに、王は少しだけ溜息を吐いた。
あまりに小さな溜息だったので恐らく彼には聞こえていないだろう。
絶望を含んだ顔のリュオイルを見て、少しだけ笑った。
「リュオイル。」
急に神妙な面持ちになった王の顔を見て、リュオイルは静かに息を呑んだ。
「お前にしか頼めない。
私等の考えを、聞いてくれるか?」
真剣そのものの顔つきになった王に、リュオイルは静かに聞いた。
魔族の話もとりあえず置いといて、フェイルにこれからの事を聞いていた2人。
フェイルは次に行く場所はまだ考えていないらしくどこに行こうか迷っているらしい。
「そう、じゃあどちらにしても次の大陸を目指そうと思えば船に乗らないと駄目ね。」
「・・・そういえば。
ここから南に行った港町には定期船が週に2日出てたな。」
「あぁ。アンディオンを過ぎたところだから、イルシネス港ね。」
フィンウェルから北に行った所にも港はあるが、そこは2週間に1便しか出ていない。
それを考慮に入れればイルシネス港の方がかなり早いだろう。
「イルシネス港・・・・どれ位かかりますか?」
「順調に何もなければ1週間もかからないわ。3〜4日ほどで付くでしょうね。
アンディオンの町があるから、特に大したこともないと思うけど・・・」
「アンディオン?」
聞き慣れない地名にフェイルは首を傾げた。
丁度目の前にある地図と睨めっこをするが、アンディオンを探す以前にフィンウェルさえも見つけられない。
それに苦笑したカシオスは優しく笑ってその場所を指で示す。
「有名なスパイの町だよ。フィンウェルもその腕を買っているんだ。」
「スパイ、ですか。」
「でも最近はあの辺り不審な盗賊達がうろうろしてるのよ?
調査隊によれば、数週間で6件被害に遭ったと通告されていたわ。」
最近治安が悪くなっている。
それは流れ者の仕業が多いが、どちらにしても騎士団も手を焼いている。
戦争が起こればそんな小さなことは構っていられなくなる。
だが、手を抜けば抜くほどもっと治安が悪くなるのは間違いない。
そんな中、この小さな少女だけを一人で港に行かせれば・・・・。
それは盗賊達にとってはかなり良いカモだ。
わざわざ危ない道を通らせるよりは、より安全な道を探さなくてはならない。
「大丈夫です。ここまで来たのだって一人だったし。
盗賊にも何度か遭いましたけどこてんぱんに痛めつけちゃいましたから。」
子供であるとか女であるとか。
盗賊にとってはこれ以上に無い獲物だが、フェイルを襲おうとしたのが運の尽き。
体力では及ばないフェイルだが、この詠唱の早さと魔力の高さでカバーしている。
だから問題ない。
そうフェイルは言うのだが、やはり大人から見れば心配である。
もしもここにリュオイルがいれば速攻で「駄目!!」と言うだろう。
「そうは言ってもねぇ・・・。」
「説得力あるようでないように見えるしね。」
何げに酷いカシオスの言葉。
だが言われた当の本人は気づいているのかいないのか、にこにこと笑っているだけだ。
「大丈夫です。襲われたら襲われたで。
ほら、当たって弾けろって言うじゃないですか。」
「・・・・それを言うなら当たって砕けろ。じゃないかい?
そえ以前に砕けても弾けても困るんだけど。」
「あ、あはははは。」
思いっきり間違った事を自信たっぷりで言ってしまったため、恥ずかしさを超えてただ笑うしかない。
そんなフェイルに2人は口元を押さえて笑っていた。
やっぱりなんだかんだ言っても子供だ。
昨日の戦争を感じさせられないほど子供。
そう、それなのに。
どうして彼女はこんなにも強いのか謎だ。
「・・・まぁ、お喋りはここまでにして今日はもうお開きにしましょう。
いつの間にかこんな時間になってるもの。」
窓をちらっと見ると、既に月が除いていて虫の声も聞こえる。
城下町の方はちらちらと明かりが見えるがもうほとんどが就寝しているだろう。
見回りをしている騎士以外動くものは無く、活気あった町はこんなにも静寂に包まれている。
でもここまで静かなのは、この町の治安がいいからだろう。
「あ、ほんとだ。」
「今日はもう寝た方がいいな。」
「ええ。フェイルちゃん、送っていこうかしら?」
フェイルの部屋は、2人とは全く正反対の場所にあるのでここからは一人で行かなければならない。
一番遠い場所で、しかも今は薄暗い通路を歩かなければならないので、
城に慣れていない者ならかなり高い確率で迷うだろう。
現にこの2人も、入団当初の時は何度か迷っていた。
「あ、いえ。
リュオ君の部屋をちょっとだけ覗いてからにしようかなって。」
やっぱり気になる。
あんなに心を痛めている彼を放って置く事が出来ない。
お節介なのは百も承知だが、性格上それを無視する事が出来ないのだ。
「そう・・・・。じゃあお願いするわ。」
「リュオイルにまた明日って言っておいてくれるかかい?」
「はい。それじゃあ、お休みなさい。」
深く礼をすると、フェイルはリュオイルの部屋に駆けて行った。
その姿が見えなくなるまで見ていると、2人は自室に足を運んだ。
「・・・・・え。」
その頃、リュオイルは王の言った言葉が理解できず、失礼ながらも聞き返していた。
その顔に色は無い。
心痛な面持ちでいたはずなのに、今はそんな事が考えられないくらい白くなっていた。
「・・・・すまない。」
「王?」
「すまん。リュオイル。」
暗い表情で、俯いたままそう呟く威厳ある王。
だけど・・・・
今、言った言葉は本当か?
「私が、魔族を?」
魔族を、魔族の王を抹殺してほしい。
そんなの、無理だ。
僕は、それなりに戦えるけど
だけど
それ以前に人間だ。
「・・・・すまん。評議会で、決定したんだ。」
「評議会?」
リュオイルに課せられた任務。
それは『魔族侵略の妨害。及び魔王の抹殺』