君がいなくなって そしてまた君がいなくなって とうとう壊れ始めた僕達の絆 その痛みを癒やすことは出来るだろうか その辛さを乗り越える事は出来るだろうか 欠けていく 大切なものがどんどん削られる 希望が、失われる ■天と地の狭間の英雄■ 【悲劇の後で】〜叶わぬ想い、ただ笑顔が見たくて〜 ルシフェルが去った後、それに着いて行くかのようにしてドラゴン達もタナトスへ飛び去った。 被害は予想以上に大きく、そして、僕達はまた一つ大切なものを失った。 疲れ果てた天使達は、生きる気力を失ったようにしてただその傷を癒している。 敵の強さを思い知らされ、初めて「死」という恐ろしさに立ち向かっていた。 「・・・・・・シギ。」 悲惨な出来事があったのが嘘のように朝日が昇った。 暖かな光が、この部屋の窓から差し込み、動かないシギの青い顔を照らす。 ピクリとも動かないその手を握っているのはミカエル。 天使の最高権力者であり、そして敵対しているルシフェルの双子の弟でもある。 その最高峰とも言える天使が、祈るようにしてシギの手を握っている。 力なく、悲しみに満ちたその顔は今にも泣きそうであった。 「シギ・・・。」 呪文のようにして、何も返ってこない彼の名前を何度も紡ぐ。 その声には力はなく、支えを失った彼は誰もいないこの部屋で、少しだけ涙を流した。 「・・・・・・。」 ここは地上人が使用している一室。 かなり広く、ベッドも人数分あるがそこで起きていたのはたった1人。 普通の人間にはない尖った耳。 少し変わった民族的な衣装。 弓の手入れをしていた彼女が、ふと窓を覗いた。 「・・・・・シリウス。」 ベッドで眠っているのは、大怪我をしてあれから意識を失ったリュオイルと疲れきったアレスト。 リュオイルはあの後癒しの天使達の場所まで運び込まれ、丁重に治療された。 だが心身共にズタボロになった彼はあれから一度も目を覚ましていない。 本当の事を言えば、リュオイルはフェイルが攫われた頃から殆ど休んでいなかったし、 眠っていたといっても、悪夢にうなされて起きてしまう始末。 言い方は悪いが、今回の件で休養を取れる事は確かだ。 アレストも心の方がかなり弱っていたらしく、リュオイルに続いて彼女もあれから意識を失った。 泣き疲れたのもあると思うが、本当に昨日の彼女はおかしいほど心が不安定だったのを覚えている。 「・・・・はぁ。」 精神的に辛い部分も幾つかあったが、アスティアは何事も無かったかのようにして今朝早く目を覚ました。 自分が最初だと思っていたら、一つのベットに寝ているはずの彼がいなかった。 彼が何処にいるか、大方予想はついている。 追いかけたところで、何も言うことは無いだろうけど。 「本当に、壊れつつあるのね。私達は。」 失くしたものが大きくて多すぎたから 支えるものが一気に消えたから 今彼等は壊れ始めている。 フェイル、そしてシギ。 思えば、あの2人はある意味似ていた。 どんな時でも笑って、諦めなかった。 誰かが傷つけば、懸命に慰めて その痛みを自分の痛みのように感じ取っていた。 優しくて、暖かい2人はいつしかかけがえの無い存在になっていた。 (私も、彼等に何度も助けられた。) まさかここまで彼等に心を開くと思わなかった。 ずっと、村に帰りたいと心の中で思っていたが、それがいつの間にか「一緒にいたい」と思えるようになった。 それは嬉しく思うし、でも同時に気恥ずかしくて素直に表すことが出来ない。 アスティアのそんな性格を知ってか知らずか、2人はいつも笑顔で話しかけていた。 (この感情を、どう言えばいいか分からないけど・・・・。) すごく、暖かだった。 以外と、幸せだった。 だから、顔には出さないけど 今、凄く寂しい・・・・。 ――――チュン、チュン・・。 昨日あった事が嘘のように、外は静寂に包まれていた。 天使は殆どおらず、ただ残るのはやはり現実に起こった爪痕。 瓦礫は散乱し、生々しい血の後も残っている。 流石に死体は運んだのか、1つも残っていない。 「・・・・・。」 シリウスは瓦礫に腰掛けて青い空を見上げていた。 何をするわけでもなく、ただ青い空を見上げ続ける。 鳥が空を飛び交う。 これを見ていれば、平和のように見えるが現実はそうではない。 昨日、仲間も敵もたくさん死んだ。 やりきれない想いを残したまま、終わった。 「・・・・・・。」 シリウスは自分の掌を見つめた。 昨日怪我をして、包帯を巻かれていて痛々しい。 その他にも頭などに巻かれている。 あまりの負傷者の多さに、癒しの天使達では間に合わなくなって来たのだ。 《 これを返してほしくば我が領域「タナトス」へ来い。 》 あの時のルシフェルの声を思い出した。 魔界「タナトス」 この場所とは全く正反対の世界。 魔族が住まう世界、それが彼等の本拠地。 「・・・・フェイル。」 あの時、もう少し早ければフェイルは戻ってきていた。 折角また会えたというのに・・・・。 やりきれない表情を抱えたまま、シリウスはきっ、と空を睨み上げた。 その顔は、何かを決意したように真剣だった。 揺るがない強い瞳。 何に変えても譲らない。 そんな顔をしている。 瓦礫の上から立ち上がったシリウスは、一旦部屋に戻ろうと来た道を戻ろうとした。 だがそれは、見知った人物の訪問により中止させられる。 「・・・アラリエル、イスカ?」 「おはようございます、シリウス殿。」 「もういいのか。」 軽く頭を下げると、シリウスはイスカに目をやった。 包帯で巻かれた姿はシリウスと同じで痛々しい。 本当は彼は治療が優先させられたのだが、イスカはそれを断り止血止めだけして、 他の天使達に治療をしてくれるように頼んだ。 「はい。俺は、平気です。」 大丈夫だと言ってはいるものの顔色が優れていない。 歩くので精一杯なのだろう、それなのに、どうしてこんな足場の悪い場所まで来たのだ。 「それで、何か用か?」 こんなところにまで彼等が巡回するわけがない。 そうなれば答えは一つ。 シリウスに何か用があって来た、という事になる。 「シギ様の容態が、あまりよろしくありません。」 「・・・・だろうな。」 それを聞いてシリウスは溜息を吐いた。 ゆっくりと昨日の事を思い出す。 あの後、シギはアラリエルの治療によって傷を癒したものの、目を覚ますことは無かった。 《・・・仮死、状態?》 シギが部屋に運び込まれ、看病されている時ゼウス神とヘラが訪れたのだ。 難しい顔をしながら真っ青になっているシギの顔を除きこんだゼウスは、重く溜息を吐いた。 《そうだ。大量出血のショックもあるが、 それ以上に我等の力の源である聖なる力が完全と言っていい程無くなっている。》 《それが、仮死状態とどう繋がるの?》 唯一仲間の中で倒れる事の無かったアスティアとシリウスは、ミカエル達と一緒にその事実を聞かされていた。 死んではいない。 その事実を聞かされたとき、幾らかホッとした。 ミカエルは重く、そして長く溜息を吐くとそのままシギの手を握ったのであった。 《我等の力、聖気が失われば、臓器はそのまま生き続けるがもう二度と目を覚ます事は無い。 そして、その力を元に戻すことが出来る人物は、今はいない。》 《そんな・・・・。じゃあ、シギは・・・・このままだと言うの!?》 そんなの死んでいるのと変わらない。 目を覚まさなければ、意味が無い。 しかも力を元に戻せる人物はいないと言う。 八方塞がりで、どうする事も出来ないではないか。 《・・・・だが一つだけ、方法がある。》 意を決したようにゼウスはその口を開いた。 傍らに控えているヘラは、不安そうに彼を見上げる。 《・・何だ、それは。》 重苦しげにシリウスが尋ねた。 彼自身かなり怪我をしているので上手く思考がついて行かない。 でも、どんな小さな事でも良い。 彼を助けるためなら、多少の犠牲はいとわない。 それくらいの覚悟は出来ている。 《フェイルさえいれば、これは目を覚ますだろう。》 《・・・・フェイル?》 訝しげにアスティアの顔が歪んだ。 どいつもこいつも、彼女をたらい回しするように奪いあっている。 彼女に何の力があるか知らないが、自分達の仲間が引き合いに出されたとなれば話しは別。 全てを知らなければならない。 何もかも、全て。 《・・・話す時が来たようだな。》 目を伏せ、そして彼の口から淡々と述べられる真実に 2人は黙る事しか出来なかった。 「貴方は、あの話を聞いて何とも思わないのですか?」 あの場所にいた1人がシリウス。 確かに聞いていた。 そして、理解した。 だがそれ以降何かが変わるわけでもなく、いつも通りの彼に戻っている。 「何とも思わないと言えば嘘になる。 だが、それはそれ。これはこれ。 真実がどうだろうが、俺の気持ちに変わりは無い。」 護ると決めた。 泣かせたくないと思った。 あの笑顔が絶えないように、と願った。 妹に対するあの優しさじゃない。 俺は、この感情を知っている。それをありのまま受け入れた。 それ以上でも、それ以下でも無いこの想い。 「変わらない。 俺が、あいつを想う気持ちは変わらない。」 ふっと彼は薄く微笑した。 彼の笑う姿を見るは初めてな2人は、呆然としてそれに見惚れていた。 そして踵を返して歩き出したシリウスに、イスカは制止をかける。 「貴方は、これからどうする気なんですか。」 イスカは少し不安げに、控えめに尋ねた。 彼等には無い神からの束縛。 だから、考え方も行動の仕方も違う。 どうしても聞きたかった。ただ、それだけだけど・・・・。 「俺は奪われたら奪い返すのが主義なんでな。 それに、丁重に敵陣から招待されたんだ。行かないわけないだろ?」 「ひ、1人でですか!?」 そんな無茶な。と呟くイスカにシリウスは顔色一つ変えずこう言った。 「あいつが帰ってくるまで俺は死なねぇ。」 何の根拠も無いのに、どこからそんな自信が出てくるのだろうか。 だけど、何故がそれに納得させらる自分がいる。 自分達と人間達の違いは、ここにあるのかもしれない。 少ない可能性にかけて彼等は行動する。 諦めない、強い心を持っている。 誰か大切な人がいれば、尚更強くなれる。 彼は、今誰にも止める事の出来ない強さを持っている。 それを人は「心」の強さと言う。 手探りで追い求め、諦めない心を持つ強い精神力。 誰かの為に、愛しい者の為に振るう力。 たとえそれが叶わぬ願いでも、彼はそれを甘んじて受け入れるだろう。 「俺が望むのは世界の平和でも、ましてや神の勝利でもない。 俺が望み願うのは、あいつの笑顔だけだ。」 願うだけでは、祈るだけでは何も変わらない。 だから俺は動く。 たとえそこに大きな壁が立ちはだかろうとも、その意志は変わらない。 「・・・分かりました。貴方を止める事は、俺達には出来ません。 いいえ、止める権利なんて無いんです。」 重苦しげにイスカは呟いた。 傍らに控えるアラリエルは、思いがけないイスカの言葉に大きく目を見開ける。 「何を言っているんだ。」と抗議するが、それは彼の心には響く事は無かった。 「ですが、貴方1人をわざわざ敵陣に送る事は出来ません。」 イスカの言葉に眉をひそめるシリウス。 自分のいった事に賛成しているのか反対しているのか、彼にはよく分からなかった。 「どういう事だ?」 「そのままの意味です。 俺は貴方を1人で送る事は出来ないと言いました。」 「まさかお前・・・。」 「俺も行きます。俺だって、あの人を奪還する義務がある。」 俺が生まれて間も無い頃、あの人は俺に勇気を与えてくれた。 どんな時でも励ましてくれて、ずっと優しい声色を聞かせてくれた。 「貴方が彼女を護りたいと思っているように、俺も彼女を護りたい。」 「イスカ!?」 「ごめんアラリエル。でも・・・もう決めたんだ。」 アラリエルの驚いた声が響いた。 彼が声を上げるなんて珍しい。 それも、どこか焦ったような、そんな感じ。 「何を言って・・・。第一まだ怪我は癒えてないじゃないか!!」 「アラリエル・・・。」 「そんな体で敵陣に潜り込んでも死ぬだけなのに・・・どうしてなんだ?」 悲しそうな声で、アラリエルはイスカを見据えた。 いつもいつも、彼に心配かけて、困らせていた。 それでも彼は嫌な顔一つせず、ずっとイスカの面倒を見てきたのだ。 彼にとってイスカは弟のような大きな存在。 天使界の中で兄弟というものは殆ど存在しないため、弟のように可愛がっていた彼が死ぬのは恐ろしい。 「アラリエル。俺、シギ様が命懸けでリュオイルを助けたの、何となく分かった。」 「・・・。」 「前のシギ様だったら、そんな事はしなかった。 それ以前にこの天界に住んでいる奴等はそんな事しない。 俺だって、シギ様の立場だったらきっと見捨てていたかもしれない。」 死を覚悟して、シギ様はリュオイルを助けた。 あの人は地上界へ降りて変わった。 自分を犠牲にしてまで、誰かを助ける事なんて考えられない。 ずっとずっと、それが当たり前のようになっていて気付かなかった。 不老の神や天使でも、勝つ事は出来ない人間の強さ。 誰かを思い、誰かを慈しみ、誰かを信頼する。 「シギ様は彼等を信頼している。 仲間として、友として、心の底から信頼している。」 ミカエル様に、一度だけ見せてもらった水鏡。 そこに映っていたシギ様の姿は生き生きしていて、すごく楽しそうだった。 「アラリエル、俺たちは弱いんだ。 神も天使も万能じゃない。誰にだって、弱い部分はある。」 神にあって天使にないもの。 天使にあって人間にないもの。人間にあって天界人にないもの。 「それが「心」という強さ。 俺達天界人に無いもの、それは「心」という強さ。」 「イスカ・・・。」 「ごめんアラリエル。 お前には、本当に世話になりっぱなしなのにこんな我が侭言って。」 それでも譲れない思いがある。 何に変えても、曲げる事は出来ない事がある。 「俺、変わりたい。人間のように強くなりたい。」 ただ剣を、魔法を磨いても出来ないことは山ほどある。 人間のように強くなりたい。 ただそれだけに過ぎないけど、それが本心だから。 「・・・・・どうしても、行くんだね。」 諦めたような、沈んだ声がイスカの耳を過ぎる。 悲しそうな顔をして、それでもアラリエルはしっかりイスカの顔を見る。 「ごめん・・・。」 「謝る事は無いよ。君は君らしく生きていけばいい。 何に捕らわれる事無く、自由にね。」 いつも通りの優しい声がすごく辛く感じる。 こんな我が侭な俺に、愛想を尽かせただろうか。 そんなマイナスな想いを胸に秘めながら彼はアラリエルに微笑み返す。 「本当に、ごめんなさい。」 「イスカ、私は怒っていないよ。 君がそんなに考え込んでいたなんて知らなくて、ちょっと驚いただけだから。」 本当は、行かせたくない。 「私も行きたいんだが、生憎人手不足でね。」 命を粗末にして欲しくない。 「今回は君達に任せるよ。」 だけど 「アラリエル・・・。」 そこまで決心したのなら、その心を貫き通せば良い。 「そんな顔しないで、イスカ。」 後悔するくらいなら、自分の信念を貫き通して欲しい。 「いってらっしゃい。」 今私に出来る事は、笑顔で見送る事しか出来ない。 こんな小さな事でも、君は救われるだろうか。 こんな些細な事で、君は勇気付けられるだろうか。 「・・・・あぁ、いってきます。」 泣きそうな顔になりながらも、イスカは笑顔でそう言った。 その瞬間、アラリエルは驚いたような顔をしたもののすぐにまた笑顔に戻る。 「おい。俺はまだ許可してねぇぞ。」 「俺が勝手に行くだけです。 途中で足手まといになったら捨てて行ってください。」 「・・・ったく。どいつもこいつも勝手な事する。」 「宜しくお願いします、シリウス。」 「・・・了解だ。」 あぁもう、と言いながらシリウスは自分の髪の毛をグシャッと掻き回した。 何とも言えない複雑な顔をしたままそっぽを向いてしまった彼に、イスカは小さく笑った。 「その代わり、その敬語をどうにかしろ。いちいちそんな喋り方されると虫酸が走る。」 「はぁ、分かりました。」 「・・・やっぱ付いてくんな。」 「あっ!!いや、ごめんシリウス!!!」 今までアラリエル以外には殆ど敬語で通していたため、中々それを直す事が出来ない。 だがそれを崩せば、歳相応(見た目)の少年らしい言動が見れるではないか。 何とか直せた(仮)イスカに少しだけ微笑むと、シリウスは一旦部屋に戻ろうと後ろを振り返る。 だが、数歩歩いてからシリウスは1つの影に注目する。 ここにいないはずの、仲間がそこに立っていたのだ。 「・・・・・アスティア?」 少しだけ目を見開けたシリウスであったが、何かを察した様子でそこで止まる。 彼女とはあまり話した事は無い。 お互い似たような雰囲気を持ち、価値観も似ているがどうも口下手なため話す機会が無かった。 「聞いてたんだな。」 「えぇ。悪いとは思ったけど、ほとんど。」 「いや、どうせお前には言っておこうと思っていた。 遅かれ早かれ言うつもりだったんだから問題ない。」 「・・・・2人には言わないつもり?」 2人と言うのはリュオイルとアレスト。 彼等を連れていったところで何が出来ると言おうか。 「あぁ。」 「そう、まぁそれが妥当ね。」 意気投合した2人は急に黙りこんだ。 突然の来客に驚かされながらも、天使2人組みはそれを黙って見ている。 シリウスとアスティアがお互い寡黙な方なので、このまま放っておけばずっと黙っているかもしれない。 それだけは勘弁したいな、と心の中でちょっと思いながらイスカは小さく溜息を吐いた。 「・・・・・・。」 「・・・・・・。」 「・・・・・・。」 「・・・・・・。」 「・・・・・で、何の用だ。」 「・・・・・あら、しらばっくれる気?」 長い沈黙の後、さも当たり前のようにシリウスから話を持ちかけた。 そしてそれが当然のようにして答えるアスティア。 この2人が1つの話で決着をつけようと思えば丸2日は余裕でかかるだろう。 そんなどうでもいい事に感心していたアラリエルは、苦笑してその光景を見ていた。 「勿論私もついて行くわよ。 あんた達ばかりに良い格好させられないじゃない。」 「・・・・。」 勝ち誇ったような笑みを浮べながらアスティアはそう言った。 彼女が笑うことはかなり珍しい。 と言うよりも、その笑顔が何かを企んでいるように見えて逆に恐ろしい。 「・・・・・おい。」 「選択権は無いからそこの所宜しく。」 分かった、分かったからその凶器をしまえ。 シリウスの顔目掛けて固定されている武器はアスティアの愛弓。 笑顔を貼り付けたまま、「連れて行け。」と言わんばかりに目が訴えている。 顔を引きつらせながらシリウスは溜息を吐いた。 (こいつ、こんな性格だったか?) 冷や汗が伝わるのが感じ取れた。 ある意味こいつが最強にして最凶だな。と妙なところで寒心するシリウスがいた。 彼の返答に満足がいったようで、アスティアはゆっくり弓を下ろす。 本来弓はそんな物の為に使うのではないのに・・・・。 「ったく。どいつもこいつも。」 「で?出発はいつなの?」 サクサクと話を進めるアスティアにまた溜息が出そうになるがそれは何とか堪える。 アスティアの質問にはイスカも同じ様に思っていたのか、同じ目でシリウスを見つめた。 「・・・・・明日、夜明けに。」 シリウスがそれだけ言うと、彼等は解散した。 「・・・・何故だ。」 金の長髪をなびかせながら彼は低く呟いた。 端整な顔は歪み、忌々しげに昏々と眠る少女を見下ろす。 その腕には1つの装飾品が飾られており、それは銀色に光り輝いていた。 「何故だ。私が、あの弱小な人間に劣っているだと。」 昨日の光景が鮮明に思い出された。 今考えても苛々する。 今、最も強いのはこの私のはずなのに・・・・。 何故、この娘を完全にとりこむ事が出来ない!? 舌打ちをしたルシフェルはそのまま彼女の腕に目をやった。 銀に輝くそれは、ごく普通にあるシンプルなブレスレット。 「これさえ、無ければ。」 これさえ無ければ、あの赤い髪の小僧がいなくなれば。 何故だか分からないが彼女を取りまこうとしている闇はこの装飾品のせいで勢力が衰えている。 後一歩の所なのに、完全な形で自分の物にする事が出来ない。 何か大きな力で護られている。 それは聖なる気ではない。 それを超える力が、他にあるというのか? 「ルシフェル様。」 闇の中から2つの影が浮き出てきた。 それを見たルシフェルは、相変わらず何か考えているような難しい顔をして唸った。 「ベルゼビュート、ジャスティ。」 「いかがなされましょう。」 控えめに、低い声でそう言ったのは血のような赤い目を持つベルゼビュート。 漆黒の髪にその色の翼。 遠くから見ていても彼が死神のように見えてしまうのに、こんなに近くで見ると本当に死者の様に見える。 「・・・・明日、あの弱者共がここへ来るだろう。」 証拠は無い。 だが長年持つこの感がそう告げている。 彼等は必ず来る。 「殺すも生かすも自由にするがいい。」 「しかし、それではフェイルを奪われかねませんが。」 更に控えめに発言したのはこの中で唯一の女性ジャスティであった。 「構わん。既にこいつの力は私がほぼ活用させた。 目を覚ましたところでこれに何が出来る。」 それに・・・。 ルシフェルは1人の少年の顔を思い出した。 殺し損ねた、赤い少年。 「これは囮だ。 本来の目的は、天界にいるあの赤い少年を殺すこと。」 「赤い少年・・・・リュオイル、ですか。」 意外な彼の言葉にジャスティは少し眉をひそめる。 それとは対照的に、納得したように薄く微笑したベルゼビュートはクツクツと小さく笑った。 「なるほど、流石ルシフェル様。 あの小賢しい人間を倒すことで、彼女を護る力を内側から消そうと。」 「そのチャンスが明日訪れる。 カイルスの天使共は弱小と化し、今それを支えるのは我が弟ミカエルのみ。 ・・・神の言う御託に怯える事は無い。」 たかだか神に何が出来ると言う。 所詮は部下をこき使わなければ動く事が出来ない愚劣な生き物。 それを知らされる事も知る事もなく朽ち果てていく馬鹿げた種族。 「我等の仲間を集め、明日出撃せよ。 今回の目的はあれを殺すことに過ぎない。」 そう。殺せ、殺すのだ。 あの忌々しい人間を。 つまらない言葉に頼っている馬鹿共を。 地獄へ引きずり回せ。