■天と地の狭間の英雄■ 【明かされる真実】〜魂から成されるもの〜 《 大丈夫? 》 鮮やかな光の中で、誰かが僕を呼んだ。 その声は心配しているが少し面白そうに笑っている。 逆光のせいで姿を見る事は出来ないが、何故か心が落ち着いた。 (・・・・君は・・・。) いつも、夢の中で現われていたね。 何度もお互い名前を確認しあって、そして忘れていく。 薄っぺらい記憶の中で、君は僕に何を伝えようとしているんだ? 《 怪我、大丈夫? 》 その声が、いつの間にか本当に心配そうな声に変わっていた事に気付いた。 光の中に誰がいるわけでもなく、ただ声のみが頭の中に伝わる。 (どうして、怪我なんて・・・・。) 僕からでは君の姿を確認する事は出来ない。 だから尚更気になる。 どうしてそんな事が分かるんだい? 《 だって、私には見えてるから。 》 きっと今の君の表情は笑っているんだろうね。 すごく優しい口調で、暖かいから・・・。 《 ・・・・・・また、暫く会えないね。 》 すると、急に彼女は沈んだ声を出した。 今までずっと笑っていたのに、どうしたというんだろう。 そんな悲しそうな声をされて、何故か僕も苦しくなる。 君と僕は、何の繋がりがあるんだい? 君は、誰だい? 《 もう、時間っぽいや。 》 待って。 《 私も、限界だから。 》 限界? 君は、何をしているんだ? どうやっていつも僕の夢の中に入ってるんだ? 《 あれ、気付いてないんだね。 》 彼女は可笑しそうに笑った。 その意味を理解できなくて、僕は首を傾げるしかない。 《 貴方の夢の空間に私が来てるんじゃなくて 貴方が私の空間に来てくれてるんだよ? 》 君の、空間? 《 ここ真っ暗だから。 でも1人が怖いわけじゃないんだよ。もう1人誰かがいるから。 》 もう1人? 僕と同じ様に、空間を彷徨っているのだろうか。 《 うーん、どうなんだろ。 そうであってそうで無いって言った方が正しいのかもしれない。 》 苦笑した様子で彼女はまた笑った。 相変わらずよく笑う。 でもそれがすごく嬉しくて、僕の心が落ち着くのも事実。 何故だか安心感があって、君が消えて行く瞬間がこの上なく寂しい。 《 じゃあね。 》 待って。 君の名前・・・。 君の名前は? 《 ・・・・忘れちゃった。 この前まではちゃんと覚えてたんだけど、何でだろう? 》 困ったような、照れたような声が頭に響く。 忘れた、なんてどうしたんだろう。 いつもは普通に答えてくれていたはずなのに・・・。 《 あ。でも私貴方の名前知ってるよ!! 》 僕の、名前? 《 うん。貴方がここに来た瞬間、フワッて頭の中に浮き出てきたの。 貴方、自分の名前知らないんでしょ? 》 そう。 何故だか分からないけど 僕は彼女だけでなく、僕自身の名前も知らなかった。 《 ふふふ。きっとせっかちさんなんだよ。 今度ここに来る時はちゃーんと覚えておいてね。 》 ・・・善処するよ。 《 貴方の名前はね・・・・ リュオイルだよ。 》 ―――――っ!! 待って!! 待って!! 僕の声も虚しく、彼女は僕の名前だけ告げると一瞬のうちにして消えてしまった。 今まで光っていた空間が、ザッと真っ暗になる。 僕自身の名前を聞かされた途端、何かが割れたような音がした。 神経が活性化させられたように大きく目を見開いた。 (僕の、名前は・・・・。) ―――――・・・イル。 ―――――・・・・リュオイル・・。 僕の名前は、リュオイルだったのか・・・・。 「リュオイル!!」 「うわぁぁああああ!!!」 ―――――ガバッ!!! 「だ、大丈夫かいな・・・・。」 いきなり勢いよく起きたリュオイルに、アレストは心臓をバクバクさせながら驚いていた。 アレストが目を覚ましたとき、同じ様に眠っていたリュオイルの姿があまりにも苦しそうだったため、 悪いと思いつつ起こしたのであった。 正解だったかのか、真っ青な顔をして汗だくになりながら起き上がった彼は、まだ肩で呼吸している。 「リュオイル、あんたどないしたんや。」 あんなにうなされて・・・・。 「・・・・・うな、されていた?」 そんな馬鹿な。 あれが夢だとしても、うなされるなんて信じられない。 だって、あの夢は、あんなに暖かかかったのに・・・・。 「・・・・・・・。」 「大丈夫かいな、ほんまに。」 心配そうな顔をしたアレストは、リュオイルの額に手をやった。 熱は無いがまだ安静にしていた方が良いだろう。 「・・・そう言えば、シリウス達は?」 「んー?いんにゃ、うちが起きたときには既にもぬけの殻だったさかいなぁ。」 アレストが起きたのはリュオイルを起こす数分前。 すでに布団は冷たくなっており、そして今何時ごろなのか分からない状態だ。 窓から外を眺めればまだ日は完全に昇りきっていないので恐らく朝だろう。 出歩く天使達も少ないし、何より賑やかさが全くと言っていいほど無い。 「何処に行ったんだろう・・・。」 シリウスとアスティアが出歩くのはいつもの事なのだが、こんな時だからこそ心配になる。 昨日、あんな悲惨な事件があったのだ。 正直僕も怖い。 でも僕と同じくらいか、それとももっと怖がっている人達だっている。 「・・・・・・・っ!!」 ボンヤリとした頭が一気に覚醒した。 はっとしたようにリュオイルは震える。 その顔色は真っ青で、気のせいかもしれないが手が冷たい。 いきなりの変貌に驚いたアレストは、すぐリュオイルの傍に駆け寄った。 こんなに怯えきった表情を見るのは初めてなのだ。 「どないしたんや。」 「・・・・・・アレスト。」 ふとリュオイルがアレストの顔を見た。 だがそれも一瞬だけで、すぐに目線を下げると彼は目を大きく見開けた。 何かに怯えていて、まるで小さな子のように。 「リュオイル?」 「・・・・シギは?」 リュオイルの口から発せられたのはシギの名だった。 ビクッと一瞬だけ震えたアレストは、固唾を飲み込み、彼に聞こえないように深呼吸した。 「・・・分からん。 あんたが倒れてうちもいつの間にか気を失っとったで。 詳しい事はシリウス達が知ってるかもしれへん。」 嘘は、言っていない。 ただ、リュオイルが倒れた後のほんの少しの事なら覚えている。 アラリエルが焦った声を出して、ミカエルが我を失ったかのようにしてシギの傍に駆け寄り、 そして、何度も彼の名を呼んでいた。 そこまでは鮮明に覚えている。 だけど、それからシギがどうなったのか それは・・・・何も知らない。 答えの分からないリュオイルは、更に不安そうな顔をした。 あれだけの攻撃をまともに受けたシギが、果たして助かっているのだろうか? 最悪の結果を予想するだけでこんなに心臓が冷える感覚に捕らわれる。 だって 彼が酷い目にあったのは 全て、僕のせいだのだから・・・・・。 自己嫌悪しているリュオイルは、そのまま何も語らない。 それをただ傍で見守る事しか出来ないアレストは、自分も彼と同じ様な気持ちなのに、酷く歯痒かった。 ―――――――ガチャ。 沈黙のままでいた2人は、誰かが来た気配に気付く事が出来ず、不覚にも扉の開けた音でそちらに注意がいった。 驚いて振り返ると、そこにいたのはシリウスでもアスティアでもない、知らない女性だった。 「・・・・・・貴女は?」 怪訝そうな顔で細心の注意を払いながらリュオイルはそう言った。 女性は、少し困ったような、でも優しく微笑むとそのまま彼等の近くに歩いてきた。 地面に付いてしまいそうなほど長い黒髪を持つ彼女に、翼は無い。 額にはシンプルながらも精密に造られている銀のサークレット。 白を基調とした長い衣服を見にまとい、そんな清楚な姿が嫌ってほど似合っていると思われる。 「おはようございます。」 見た目は24〜26ほど。 だがそれは微笑むと幼く見えてしまう。 小鳥のように美しい声を持つ彼女は、2人に微笑んだ。 「お、おはようござい・・・・ます。」 何故か気押しされたアレストは、何度も瞬きをしながら挨拶を返した。 「アレスト様にリュオイル様ですね。」 「そうですけど、貴女は・・?」 突然の訪問客に驚きながら、リュオイルは不信感を覚えていた。 何の気配も無く現われた人物に、しかも天使で無い彼女に疑いを持たないわけが無い。 その事を悟った彼女は、困ったように微笑むと、小さく礼をして2人を見据えた。 「申し遅れました。 私は誕生の神とされる「ルキナ」でございます。」 「貴女が、誕生神ルキナ?」 昨日彼女を救助しようとして行けなくなった。 あれから彼女はどうやって助けられたか気になるところだが、何故彼女がここに? 「そうですね。 簡単に言えば、私の務める魂の浄化。 そして新たな命を生まれさせる場所が壊されてしまって・・・。」 あの事件の日、彼女はいつも通りに自分の持ち場で仕事をこなしていた。 だが不穏な気配に気付き、急いで外に出ようとしたが入り口は瓦礫などが崩壊して完全に出口を塞がれてしまった。 それから外からは嫌なほどの悲鳴と破壊音が聞こえ、彼女のいる場所に襲撃が無かった事が奇跡のようだった。 神でありながら、力仕事は全くと言っていいほど出来ない彼女は、1人でその暗闇の中で過ごしていた。 ゴタゴタが治まった後、数名の大天使達が助けに来てくれたという。 「・・・・すみません。 本来なら僕たちが助けに行っているはずなのに。」 「いいえ、気になさらないで下さい。 貴方達も大変な事があったようですし・・・。」 彼女は目を伏せた。 痛々しそうな顔色をしたまま窓の傍に移動すると、今にも泣きそうな顔でこの荒れた天界を見下ろす。 草木は折れ、枯れ果ててみずみずしさが全く感じられない。 建物は殆ど崩壊し、瓦礫の上に座る天使達が見られる。 つい最近まで賑わっていたこの天界が、一瞬でここまで崩壊させられてしまうとは・・・。 見えない恐怖と戦いながら、彼等は今必死に生きている。 手探りで、泣き叫びたいけれど、生きたいと願っている。 「まさか、本当にルシフェル様がこのような事をするなんて・・・。」 彼がこの世に誕生した時から、彼女はルシフェルの事を知っている。 当たり前だ。 彼女は誕生の神であり、そしてその代は変わる事無く今日も続いている。 ルシフェルが幼少だった頃も、青年になった時も、 ずっとずっと、変わらない笑顔で見守ってきた。 「しかし、ルシフェル様は・・・。」 禁忌を犯した。 許されない私情を考えてしまった。 けれど・・・・。 「けれど、私はルシフェル様を恨んでいません。 天界の恥さらしなんて滅相も無い。 あの人は心優しい、優しすぎた天使だったのです。」 ずっと見守っていた。 誰からも愛されていた彼。 そして、彼も皆を愛していた。 「だけど、現に彼は僕達の仲間を利用した。 フェイルを道具として扱い、関係ない天使達にまで、このくだらない戦争に巻き込んだ。」 「くだらない、ですか。 そうですね。人間の貴方達にはくだらないかもしれません。」 ふと彼女は沈んだ表情でリュオイルを見つめた。 その姿に気押しされたリュオイルであったが、間違った事を言った覚えはないので訂正はしない。 仲間を攫い、それを利用して、あまつさえは多くの人々を殺している。 それがたとえ清らかな天使のした事でも、許されるわけがない。 許してはいけない。 だから、今僕達は戦っている。 平和を、フェイルを取り戻すために・・・。 「・・・・・・・・お喋りが過ぎましたね。 私は貴方達2人をクラロスへお運びしなければならないのです。」 「クラロスに、また何で。」 しかも2人なのは何故だ? シギは兎も角、シリウスとアスティアは何故含まれない。 今だ理解しきれていないリュオイルに合わせる時間もないのか、ルキナは転送魔法を唱え始める。 何かを言おうとして大声を上げたアレストであったが、それは移転する時に起きる風の音によって掻き消された。 ブワッと風が巻き起こる。 暖かなそれは、まだ癒えきれていない傷を気にするかのようにして彼等を包んだ。 奥でルキナが悲しそうに微笑しているのが見えた。 その意味が分からなくて、思わず口が開いてしまう。 何故、初対面である彼女があんな表情をするのだろうか? 「ル・・・キナ!!」 大声を上げたせいで傷口が開いたかもしれない。 ズキッする腹部を支えて、リュオイルは消え行く彼女の顔を見た。 まさか呼ばれると思っていなかった彼女は、驚いたものの、そのまま優しい笑顔を残した。 ――――――ーブンッ!! 急に浮遊力が無くなった。 静かに床へ降ろされると、リュオイルとアレストはキョロキョロと辺りを見回す。 見覚えのあるこの部屋に、2つの気配がある。 それも見知った気配。 「ゼウス神、それにヘラ様?」 曖昧な感覚に捕らわれながらも、リュオイルはそう強く言った。 彼に呼ばれると同時に、薄暗い影の中から2人はゆっくり出てきた。 ゼウスが少しやつれた様な顔をしているのは気のせいだろうか。 その傍らで彼の腕を自分の手で支えるヘラは、ゼウスを心配するような目で見上げている。 「よく来た。」 それだけ言うと、彼は近くにあった大きな椅子に座った。 その後ろに控えるヘラは、リュオイルとアレストを見ると、変わらぬ優しい声を発した。 「お座りなさい。」 スッとその色白の細い手首を向ける場所には、計算していたかのように2つの椅子が並んでいた。 不審に思いながらも、リュオイルは言われた通りにその椅子に座る。 それい続いてアレストも静かに座った。 「どうだ、傷の方は。」 「天使達が癒してくれたようですし、結構眠ったので。 おかげで万全とはいきませんがそれなりに。」 「そうか・・・。」 少しだけ溜息をつくと、彼は腕を組み、2人を見据えた。 離す事が出来ないそれを見つめたまま2人は硬直した。 彼の表情を読みとる事が出来ない。 彼の周りからでる威厳さが、失われている。 「あの・・・。」 「ルキナにお前達をここに転送させたのは他でもない。 お前達に、真実を話そうと思ってな・・・。」 「真実?」 訝しげにアレストの眉がひそむ。 同じ様にリュオイルの顔色が変わった。 「僕も、貴方に聞きたい事がたくさんあります。 もしかしなくても、その答えは今貴方が話す事の内容に含まれているんでしょうけど。」 聞きたくて仕方が無かった。 だけど、そんな暇が無くてずっと胸の奥に仕舞い込んでいた思いがある。 知らなくてはならない気がしてならない。 知ってしまえば、後悔するのかもしれないけれどそれでも知らなければならない。 「・・・・・この話しは、既にシリウス達にもしてある。」 お前達が倒れた日と同日に、全てを話した。 残るはリュオイルとアレスト。 彼等だけには、まだ何も知らせたいない。 「まず、シギの事から言おうか。」 「シギは、シギはどうなってんのや!!」 勢いよくアレストが立ち上がる。 抑え切れない強い気持ちが爆発してしまった。 荒れているアレストに、冷静なリュオイルは制止をかけ座らせる。 文句を言いたげなアレストだったが、彼の真剣な目には勝てなかったのかそのまま渋々と座った。 「シギは、生きている。 何とか一命を取り留めて今安静に眠っている。」 だが、今のままでは二度と目を覚まさないだろう。 「・・・・・え?」 理解不能だ、とでも言わんばかりに2人は目を見開いた。 生きているのに、どうして二度と目を覚ますことが無いのだ? ホッとしたような、でもどこか不安げな複雑な顔をした2人を交互に見たゼウスは、また溜息を吐いた。 「シギは我々の第二の命と言われる聖なる気を完全に削り落とされている。 恐らく、ルシフェルから受けた魔法によってそうなったのだろう。」 体は温かいが、目を覚ます事は無い。 天使は人間ではない。 だから、ただ癒すだけでは完全に回復したとは言い切れない。 「聖なる、気?」 「左様。 我々の体内にある聖なる気は、多くの魔法を生み出し、そして精神と統一する。 だが今のシギには全くそれが無い。人間で言うなら植物状態の事だ。」 「植物状態・・・。」 臓器は生きていても、目を覚ますことが無い。 生きているのに、生きていない。 シギ、という人物はまだ生きているのに シギ、という心は死んでいる。 ショックを隠しきれないリュオイルは、彼が自分を助けた事を思い出していた。 今でも覚えている。 背中に走った小さな衝撃。 あれは、シギの力強い手だったのだ。 本来なら自分が死ぬはずだったのに、今僕はのうのうと生きている。 「・・・・・治す方法は・・・・・。」 弱々しい声でリュオイルは懸命に声を紡いだ。 消えそうなほど小さな声だったが、静寂に包まれるここクラロスなら別。 確かに聞き取ったそれに、ゼウス神は目を細めた。 「今の状態では無い。と言っても過言ではないだろうな。」 何とも言えない曖昧な答えにアレストは首を傾げた。 リュオイルも同じ様な気持ちなのか、沈んだ頭をふいに上げた。 「今の、状態?」 引っかかる言葉。 断言しないその言い草が気になる。 リュオイルは、少しだけ声を大きくするとゼウスをしっかり見据えた。 「今の状態って、どういう事ですか?」 今の状態から抜け出せば、シギを助ける事が出来るのだろうか。 小さな期待を胸に秘めて、2人はゼウスを見つめた。 ゼウスは、すぐ近くにある窓の外を見た。 今は昼頃なので、手の空いている者は瓦礫掃除をしなければならない。 そこには見知った顔が幾つかいる。 天界の長と言えども、この数多い天使達を覚える事は彼でも誰でも出来ない。 せいぜい、自分に遣える天使や忠誠を置いてくれる神ぐらいだ。 第一他の小さな力を持つ天使達には興味が無い。 ただ、禁忌を犯しさえしなければそれでいい。 「全ての問題点を解くためには、第一にも第二にもフェイルが必要不可欠だ。」 「・・・・・・・フェイルが?」 訝しげにリュオイルは目を細めた。 明らかに警戒心を露にしている。 どいつもこいつも、フェイルを何だと思っている。 「必要不可欠、ですか。 ・・・・フェイルを道具の様に扱うのを止めていただきたい。」 幾分か低い声で彼はそう呟いた。 地から這い上がるようなドスの聞いた声に驚いたのか、アレストは目を大きくして隣に座っている彼を凝視する。 リュオイルは、相手が最高地位の権力を持つ恐ろしい人物だと分かりながらも睨みつけた。 いや、相手がどんな人物だって変わらない。 そんな者を彼女と天秤にかけて、何が変わる? ただ許せなかった。 仲間だった彼女を 支えだった彼女を こうも簡単に道具扱いされるとは・・・・。 「確かに僕達は貴方達にとって非力でどうでもいい存在かもしれない。 だけど、それでも僕等は生きている。人間なんです。」 それは小さい存在なのかもしれない。 それは本当に儚い存在なのかもしれない。 ちっぽけで、時と場合によっては安っぽい人間の命。 それでも、皆必死に生きている。 それを踏み潰すような、そんな言葉を吐いてほしくない。 「・・・・言い方が悪かったようだな。」 彼の声に少しだけ目を見開いたゼウスは、フッと微笑した。 それが何を意味するかは分からない。 だけど、恐らくリュオイルの事を怒っているわけではないのだろう。 「我々が、そして魔族がフェイルを追っていた理由。」 それは話せば長くなる。 まるで御伽噺を聞かされるような、長い長いお話。 「それは、遥か昔にこの世に生まれた1つの命・・・。」 リカルア歴2140年。 人間達と力を合わせ、魔を葬り去ったあの日から12年が過ぎた頃、 誕生神ルキナが司るその儀式の場で、新たな神の誕生が成された。 名も無きその神はまだ完全に人としての肉体を生成しきれていなく、身体が透けた状態で魂と共に漂っていた。 白く、そして淡く光るその青いそれに、神や天使達は惹かれていた。 人間で言うのなら10歳程の少女だろうか。 幼い顔立ちをしているそれは、突然の訪問客に首を傾げていた。 「誕生神ルキナ。」 「ゼウス神・・・・どうなされましたか?」 平和な日を取り戻して、やっと世界の安定が取れていたこのよき日にゼウスは1人でルキナの場所を訪れた。 最近生まれた神の様子を見に来たからである。 「お供も付けずにわざわざこんなところまで・・・。」 「私が勝手に足を運んだだけだ。気にする事は無い。」 相変わらずの心配性っぷりを披露するルキナに、ゼウスはただ苦笑いするしかなかった。 いつもなら常に傍らにいるヘラが今日はいない。 彼女は自分の最愛の者である。 その彼女は、定期的に行う人間界への恩恵を済ませる為に、ミカエル達を連れて他の祭壇に赴いているのだ。 「これはどんな様子だ?」 「ええ、いつもとお変わり無く元気でいらっしゃいますよ。」 フヨフヨと浮ぶ青白いそれは最近生まれた透けた身体と魂である。 まだ完全に肉体が生成されていない不安定な状態なため、ここで安置しているのだ。 そして、この神はまだ不完全なのかあまり言葉を話さなかった。 ルキナさえもまだ2度3度ほどでしかないが、それは大変心地よい声だったらしい。 「この魂から日々神の力を感じる。 これが完全に肉体を手に入れた時、また私の大きな力になるのだろう。」 「・・・・そうですね。 それに、優しさが伝わってきます。 穏やかな気性で、心温まるこの雰囲気はきっと良い神になられるでしょう。」 微妙に間があった事に少し疑問を感じるがあえて聞かないでおこう。 どうせ大した事ではないだろう。 ゼウスはフッと宙を見上げた。 彼の周りを遊ぶかのようにして飛び続ける透けた状態の少女。 穢れなきそれは、幼子のように穏やかだった。 《 ・・・・・・・いな・・・・。 》 「――――!!?」 「あら、珍しいですね。この子がお喋りをするなんて。」 驚いた目をしたゼウスは、隣で鎮座していたルキナに目をやった。 彼女は大して驚いた様子はなく、ただ平然と暖かな目でそれを見ていた。 「・・・・お前の名は何なのだろうな。」 生まれた者にゼウス自身が名前を付ける事はない。 そんな事をしなくても、生まれてきた際に何故か自分の名前を言うのだ。 その姿になったのも、その名前になったのも運命と言うべきか・・・・。 男なのか女なのか、まだ今の段階では判断できない。 何の前触れもなく生まれたこの新しい神は大変珍しく、ゼウスも始めは驚いたものだった。 「稀にこの子は言葉を発します。 それは日によってはっきり聞こえない事もありますが、元気だという証拠ですね。」 ルキナはその魂に手をかざした。 すると、面白い具合にルキナの手に収まったそれは、定位置でフヨフヨと浮遊していた。 それを唖然として見るゼウス。 それがこの最高神とは思えないほどぼんやりしている彼を見て、ルキナは小さく笑った。 「お喋りいたしますか?」 「・・・・・・。」 「それでは私は暫く外に出て降りますので、帰り際に声をお掛け下さい。」 何も言わなくても分かる。 彼の肯定は、頷くか黙るだけだ。 それだけ言い残すと、ルキナはゆっくりとした足で外に出た。 残ったのは浮遊する1つの魂とゼウスのみ。 2つの間に小さな光が溢れだした。 「そうか、お前は・・・。」 《・・・・・見たいな。空。 》 何かを確信したゼウスは、そのまま言葉を紡ごうとしたがそれは突如聞こえた暖かな声によって遮断された。 フヨフヨとゼウスの周りを飛ぶ魂は、まるで幼い子供の様な、屈託の無い笑顔を向けているように思える。 今度ははっきり聞こえたそれに驚いたゼウスは、一呼吸置いてそれを見つめた。 「空?空が、見たいか。」 《 ・・・空も海も山々も、どんな色なのかな。》 まるでゼウスの話など聞いていないかのように、それは何度も彼の話を遮った。 何とも言えない複雑な顔をするゼウスを跳ね除けるように、魂は語りだす。 それは詩のように、歌のように紡がれる。 ただ言葉を言っているだけなのに、何故か神秘的なものを感じさせられるのだ。 それを見つめる事しか出来ないゼウスは、確信を持ちながら、その瞳を輝かせた。 ―――――確信した事が、一つある。 《 皆に会いたい。空を、大地を駆け抜けたい。 》 ―――――私が天界を統一して以来、決して考える事もなかった事が起きる。 《 人々に、我等に祝福を・・・。 》 ―――――それはこれ以上ないほどの祝福。希望。 「・・・お前は・・・。」 ―――――無限と言う名の神が、降臨する。 「世界の魔力を司る神。 世界のバランスを保持する神、なのか・・・?」 《 小鳥の歌声が聞こえる。人々の煌びやかな心が視える。 》 ―――――全ての力の源。それが、神として生まれてくる。 「・・・こうして、その神が生成されていった。」 あれからまた長い年月が過ぎた。 だが一向に肉体を生成しない魂は、喋るようになったものの、その力を解放する事が出来なかった。 それで困った事があるわけではないのだが、皆この神の誕生をまだかまだかと待ち遠しく思っていた。 「・・・無限の力を持つ神。 それは、何故何の前触れもなくこの世に姿を?」 「それが分かれば私等も苦労はせぬ。 先の戦争の後に初めて生まれた神なのだ。 おかしいといえばおかしいが、おかしくないと言えばおかしくない。」 リュオイルは真剣に今までのあらすじを聞いていたが、いまいちはっきりしない。 まるで何かはぐらかしているようにも思えてくる。 話が難しすぎるのか、隣で座っているアレストは、難しそうな顔をして唸っていた。 「でも、それが今回の話と関わりがあるんですか? 聞いている範囲だとそうは思えないんですが。」 「この話しにはまだ続きがある。 その神は数百年の時を経て、結局完全に肉体を生成する事はなく天界から姿を消した。」 「姿を!?な、何でや!! いくら神の魂やて、完全に生成されてなかったら危ないとちゃうん!!?」 それも力を発揮出来ない状態で・・・・。 その魂の行く末も気になる。 「・・・魂は、地上界へ降りた。 それはユグドラシルの根元に達すると、そこで初めて人間の形をとった。」 ユグドラシルは何を言うわけでもなく、ただそれが生成するのを待っていた。 時には敵味方関係なく牙を向けるユグドラシルが、空から降りてきた魂に何も言わないなどおかしい。 不安に思った天界人はすぐさま視察を送り込んだ。 地上に降りると、魂は既に人の形を取っている状態だった。 ・・・いや、正確に言えば、人間の子供。 金色の長い髪、草原のように力強いエメラルド色の瞳。 そして打って付けは、隠しても隠しきれないつよい魔力。 それは、数百年前に対面した魂と同じ力。 この小さな体が、新たな神となった。 無限と言う名の、世界を支える神。 その名を、人々は「フェイル」と呼ぶ。