どんな人々も、大小差はあれども何らかの力を持っている。 それは、肉体の強さなのか それは、心の強さなのか 人それぞれではあるが、それはあらゆる恩恵を受けて授かった1つの力。 人間はそれを有効に使い、今日も「魔力」などに使用している。 全ては神の成される恩恵から始まり、そして終わる。 その恩恵を失われたとき、我々はどうなるのだろうか。 その力が無くなったとしても、生きる事が出来るのだろうか・・・・・。 ■天と地の狭間の英雄■        【暫しの決別】〜受け入れる事〜 ―――――――無限と言う名の、世界を支える神。 ―――――――その名を、人々は「フェイル」と呼ぶ。 無限の力を秘めし神。 それは、最近降臨した。 長い年月を経て、ようやく誕生した場所がユグドラシルの根元。 世界樹に持たれかかるかのようにして目を覚ましたのは、まだ幼い小さな少女だった。 「・・・・え?」 リュオイルとアレストは、我が耳を疑った。 聞き慣れた名前が、何故この場で出される? 信じられない、といった顔でアレストは顔色を変える。 一方のリュオイルはと言うと、無表情のまま固まっていた。 「これで分かったろう。我々と魔族が、フェイルを追う理由が。」 本来は天界で降臨するはずだったその神。 それが何故なのか、地上界へ降りてしまった。 魔族にとって格好の餌となる彼女は、何としても神族が守り通さなければならなかった。 何故ならばまたこの世に災害が起こるから。 ルシフェルと言う魔王が、降臨してしまうから・・・・・。 「あれはまだ覚醒していなかった。  だからこそ、我々神族があれを元の場所へ連れ帰ろうとしたのだ。」 淡々と述べるゼウスの話など、もう全く聞いていない。 フェイルが、神? それも、無限の力を持つ者。 世界の力の源になる、重要な神。 それが、あのフェイル? あんなに屈託無く笑う彼女が? その真実を受け入れる事が出来なくて頭がパンクしそうだった。 グルグルと世界が回っている様に見えて、気分が悪い。 衝撃的な真実を真っ向に言われると、流石にきついものがある。 「・・・・ほぅ、それが普通の反応なのだろうが、あの2人は殆ど表情を変えなかったぞ。」 あの2人。 残るは、シリウスとアスティアのみだ。 確かに彼等ならこの事実を真っ向に受け止められるだろう。 だけど、何も思わないわけがないだろう。 シリウスは、どう思った? 僕は今、どうすればいいか分からなくなってきている。 進んでいた足が、急に止まってしまった。 お前は、今どうしている? 「・・・・・僕は。」 この真実を、僕はどう受け止める。 ありのままに受け止められる自信は、100%は無い。 だけど・・・・。 「・・・フェイルは、フェイルなんです。」 かけがえの無い、たった一人の少女。 あの笑顔で、僕は何度も救われた。 何度も泣かせたけど、それでも大事だと感じた。 何があっても、護りたいと思った。 「・・・あやつと、同じ事を言うのだな。」 「あやつ?」 訝しげにアレストは眉をひそめた。 リュオイルは大方察しがついているのか、何の表情も変える事無く黙って聞いている。 嫌でも分かる。 僕と、同じ感情を持っている彼ならそう言うだろう。 「シリウスなんか?」 アレストは半信半疑の目でリュオイルを見上げた。 彼は驚くほど穏やかな顔をしていた。 今までの彼の言動なら考えられないのだが現実にリュオイルは微笑している。 いや、この場合自嘲していると言ったほうが正しいのかもしれない。 「・・・・・。」 あえて何も言わない。 あれだけ彼と喧嘩をすれば嫌でも分かるだろう。 その仲介をフェイルと一緒にやっていたのは他でも無いアレストなのだから。 複雑そうな顔をしてアレストは静かに頷いた。 「これで大体の内容が理解で来たであろう。」 「えぇ。嫌って程。」 信じられない事実を聞かされた。 魔族が彼女を狙っていた理由も、攫った理由もこれで分かった。 フェイルを救わなければならない理由も、何もかも。 「―――――――っ!?」 ―――――――ズキッ!! 急に頭痛がした。 あまりの痛さにリュオイルは体を丸くして痛みに耐えている。 いきなりの行動に驚いたアレスト達は、リュオイルの傍に近寄った。 真っ青な顔をして、息も絶え絶えに呼吸をしている。 「大丈夫か、リュオイル!!」 心配そうなアレストの声が耳に響いた。 だけどその声で更に頭痛が酷くなる。 耳鳴りまでしてきた。 突如現われた痛みに耐えながら、リュオイルは思い頭を持ち上げる。 「・・・・・これは。」 ゼウスは少し驚いたように目を開いた。 そしてリュオイルに近寄ると、その大きな手を彼の頭に近づける。 すると、そこから見えない何かでかざした手を弾き返された。 知っている。 忘れもしないこの気配。 「ルシフェルめ、これを殺そうとしているか。」 顔をしかめたゼウスは、すぐにヘラを呼ぶとアレストを押しどけた。 その対象となったアレストは、いささかムッとしながらも黙って身を引く。 呼ばれたヘラは、大体何をするか分かっているのか、こくりと頷くとリュオイルの傍に歩み寄った。 胸の位置に手を当て、何かを唱え始める。 その声はあまりにも小さくて聞き取りにくいが、それでも力強い言葉に変わりは無い。 「な、何するんや?」 ただ黙って見守ることしか出来ないアレストは、今何が起きているのか全く分かっていない。 何故リュオイルが苦しみだしたのか、何故ヘラが何かを唱えているのか。 それ以前にゼウスが言った言葉が気になる。 誰が、誰を殺すと? 「どうやらこれと奴には何か接点があるのだろう。  その原因を突き止めない限り、これは苦しみから解放される事も無い。」 「な、何やて!?」 「そして最も重要なのはここだ。  その原因となる接点を今持っているのは恐らくフェイル。  これとフェイルとが何らかの形で繋がっている。  ルシフェルはその細い繋がりから、おぞましい気を放っているのだ。」 集中してみると、たしかにリュオイルから明らかにおかしい気配が漂っている。 それは、今では懐かしいフェイルの気配と、そして忌々しいルシフェルの気配。 彼の気配とそれぞれの気配が混合になっていて気分が悪い。 見分けは付かないが、恐らく今はルシフェルの気配が強いのだろう。 そうでなければ彼がここまで苦しむわけが無い。 「接点?接点って・・・・。」 「物でも何でも構わない。  強い思いがそれにあるからこそ、これとフェイルは細くではあるが確実に繋がっている。」 それは、形あるもので無くても良い。 ただ思いが強ければ強いほど、2人の繋がりは大きくなる。 何らかの約束をしたのなら、何らかの形で何かを与えたのなら合点がいく。 「・・・・接点・・・・。」 リュオイルは、まだズキズキする頭を押さえながら身を起こした。 背中をヘラが支え、片手で何とか置き上がる。 相変わらず顔色はよろしくないが、何か思い出したような顔をしていた。 まさか、といった顔つきでゼウスを見上げる。 「まさか、あれが・・・・。」 「あれ?あれとは、何だ。」 怪訝そうな顔をしてゼウスはリュオイルを見下ろした。 鏡で世界を見下ろしても全てを理解する事は出来ない。 そんな薄っぺらい小さな記憶など、きっと今では役に立たない。 本当の真実を知っているのは、その場にいた彼等だけなのだろう。 焦る気持ちを抑えて、ゼウスはリュオイルの言葉を待った。 リュオイル自信も、認めたくは無いが今考えられるのはもうそれしかない。 《必ず帰ってきて。  次に会う時に返してもらえればいい。  ・・・・・だから・・・。》 《・・・うん。分かった。  大丈夫。私は絶対帰るよ。》 アイルモードの牢獄で渡した銀のブレスレット。 対魔用の装飾品だったが、無いよりはましだろうと思っていた。 何の効力も無い、ただの装飾品。 彼女が、フェイルがまだそれを身に着けているのであれば・・・・。 「銀の、ブレスレット。」 考え込むようにしてゼウスは唸り始めた。 アレストはその光景を思い出したようで、あっと声を上げたがそれでもまだ納得し切れていなさそうだった。 「でも、ルシフェルにそれ外されとったら意味無いとちゃうん?」 「いや、あれにブレスレットを外すことは出来ない。  魔の力が強ければ強いほど、心通わせる糸を引き裂くことはまず無理だ。  何の関係もない、人間や我々が外せば問題ないのだろうが。」 たとえルシフェルが強くても、「想い」に勝つ事は出来ない。 心という脆く儚い存在に勝つことは出来ないのだ。 「だが安心するな、リュオイル。」 名前を呼ばれて、彼ははっとした。 ゼウスが他人の名を紡ぐことなど滅多に無い。 真剣な眼差しを受けながら、彼は固唾を飲み込んだ。 「今はお前がいる事でフェイルは完全に奴等の手中にいるわけではない。  だが、お前が死ねばフェイルは二度と戻ってくる事は無い。」 どこかで、誰かが言った台詞に酷く似ていた。 それは最近のはずなのに、何故か遠く感じる。 薄れていく記憶。走り出す痛み。 全て、全てがフェイルと繋がっている。 彼女がまだ意識を持っていることが、すごく嬉しかった。 「じゃあ、どうして記憶が失われていくんですか。」 それもフェイルだけ。 その一部分だけを完全に除去されていきそうで怖い。 忘れてはいけない記憶が、日を追うごとに薄れていく。 今だって少しでも気を緩めばスッと消えて行きそうなのだ。 「それはルシフェルがお前の記憶を操作しているのだろう。  少しずつ少しずつ記憶を薄れさせ、フェイルとの記憶を消滅させようとしている。  そして・・・記憶が消えた時、その時フェイルとの交わした約束は無効となるだろう。」 フェイルの記憶が無くなれば、リュオイルにとってフェイルという少女は存在しない形となる。 たとえフェイルの記憶にリュオイルがいたとしても、片方が記憶を失っていればそこで糸は途絶える。 繋がれた思いが裂け、ルシフェルの思惑通りになってしまう。 それだけは何としても阻止しなければならない。 だからこそ・・・・。 「だからこそ、お前には死んでもらわれては困る。」 そして、記憶を失くすことも。 全てがお前にかかっているのだ。 「・・・死ぬ気はありません。それ以前にフェイルとの記憶を失くすつもりもありません。」 リュオイルは、さも当然のようにしてゼウスを見据えた。 強く鋭いその蒼い瞳が彼を捕らえて離さない。 顔色こそ悪いものの、その表情は確かに真剣そのものだった。 まだ、フェイルを取り戻す方法が残されていた。 そんな他愛もない小さな事だけれども、すごくすごく嬉しくて、今にもこの頬の筋肉が緩みそうなくらいだ。 早く会いたくて、思い切り抱きしめたい。 「遅くなってごめん。」って、謝りたい。 「そうか。」 短く返事をしたゼウスは、ゆったりとした足で外を見た。 すがすがしいほど、爽やかな日差しが降り注ぐ。 これが今戦争をしていると、本当に断言できるか分からない。 それほど空は澄んでいて、美しい。 何も知らず、何に変わるわけでもないそれらはまるでこの天界以上の空からあざけ笑うかのように見下ろしている。 そんな馬鹿げた事を思いながら、ゼウスは自嘲した。 今思いにふけっていても何も変わらない。 動かなければならないのだ。 そして、その駒達は既に動き始めている。 ――――――今回の任務、失敗は許されんぞ・・・・。 ゼウスは、かの銀色の青年を思い返した。 「シリウスっ!!」 声変わりしたのかしていないのか、きわどい声で誰かがシリウスの足を止めた。 いや、「誰かが」という言葉はおかしいだろう。 何故なら自分はその声の人物をよく知っている。 「何だ。」と言わんばかりに彼は後ろを振り返った。 「こんなところにいたんだ・・・。」 ほら。やっぱり知っている奴だ。 少し青みがかった黒の髪を持つ1人の天使「イスカ」 無理矢理今回の任務(勝手に決めた)に付いてこようとしている馬鹿だ。 「俺がどこに行こうが関係ないだろ。  ・・・で、何のようだ。まだ出発の時刻じゃねぇぞ。」 今シリウスが立っている場所は、この城内部の中庭。 緑豊かで、時折心地よい風がシリウスの髪を揺らめかす。 そんな物音一つ無い静かな場所を好んでいたシリウスは、突然の訪問客に眉をひそめた。 「いえ、そんな大した用事では・・・。」 「その敬語、何とかしろって言ったろ。」 「あぁっ!ご、ごめんごめん!!」 いきなり殺気だった目線を向かれたイスカは、冷や汗を掻きながらすぐに訂正した。 中々直らないこの口癖に戸惑いながらも、一応努力らしきことはしている・・・つもりだ。 頭では分かっていても口は既に覚えきった敬語で話してしまう。 アラリエルの前では全然平気なのに・・・・と、自分自身を呪うイスカだった。 「それはいいとして、何の用だ。」 「・・・アラリエルからシリウスにって。」 彼の手から出されたのは一本の剣だった。 それは今シリウスが装備している大剣より少し細い剣。 鮮やかに縁取られた光物と、そして何より切れ味の良さそうな刀部分。 すらっと長いそれは、剣豪である彼も圧倒されるものだった。 「これは。」 「聖剣エクスカリバー。我が天界の重宝とされる一つの剣だよ。」 「聖剣エクスカリバー」 どこかの文献で読んだ事はあるが、まさか本当に存在するとは思ってもいなかった。 その剣に秘められた聖なる力で悪を浄化する。 人間にとって幻と言われるそれが、何故今ここに? 「これを、持っていけって。」 「は?」 「いきなり敵陣の所に向かうなんて無謀過ぎるから持っていけって。」 「おいおい、いいのかよこんな大層な物を。」 しかも重宝だぞ。 むやみやたらに、それも人間に貸して良い代物なのかよこれは。 「使うときが殆ど無いからじゃないかな。  今まで使ってきたのはミカエル様くらいだけど。」 確か最後に使ったのが60年くらい前だったはずだよ。 これ本当に重宝かよ・・・。 がっくりと肩を落としたシリウスだったが、渡された剣を日の光に浴びさせる。 太陽の光と、その鋭利な部分が互いに光りあい、思わず目を細めた。 手にしっくりとくる感覚。重さを感じさせないそれ。 軽く素振りをしてみるが、今まで大剣くらいしか扱った事の無いシリウスにも全く違和感が無かった。 スッとその剣で指を切って見る。 するとたちまちそこから赤い血液が流れ落ちだした。 見事な切れ味。 これなら、確かに聖剣と呼ばれてもおかしくない。 「・・・・・。」 「どう?」 息を呑んでエクスカリバーを眺めるイスカは少し嬉しそうだった。 聖剣を後ろから見たり前から見たり、切れ味を確かめている彼の姿は意外に面白い。 表情が乏しい分、一つ一つの動作がこんなにも面白いのだろう。 「・・・・問題ない、な。  切れ味も良いし、それに軽い。確かに聖剣と言われるほどだ。」 「気に入ってくれたみたいだね。」 「あぁ。ありがたく使わせて貰うぜ。」 鞘に剣をしまうと、シリウスは備えられている椅子に腰掛けた。 するとタイミングを見計らったようにして風が起こる。 そよ風が頬をくすぐり、そしてまた空へ戻る。 何度も何度も。それはまるで、彼等を慰めているかのように。 「シリウス!!」 突如聞こえた大声に、鳥達が一斉に飛び立つ。 聞き覚えのある声にシリウスは面倒くさそうにして振り向いた。 イスカも少し驚いた表情をして後ろを振り向く。 「リュオイル?」 首を傾げて彼の名前をぽつりと言ったイスカは、理解していない様子だ。 確かまだ安静にしていなければならないはずなのだが、どうして彼は血相を変えてこっちに来るのだろうか。 痛々しげに、その腕や頭に巻かれた包帯が取れかかっている。 よほど急いで来たのだろうが、あんなに走っては彼の身も持たないだろうに。 「・・・・こ、こんなところに、いた・・・。」 「お前何やってんだ?  まだ安静にしていないと駄目だって、天使達が言って・・・。」 「そんな事よりもっ!!」 切羽詰ったように、息切れした様子でゼェゼェと肩で息をしながらリュオイルは座っているシリウスを見下ろした。 その意図が見えないシリウスは怪訝そうに顔をしかめる。 2人のやり取りを黙って見る事しか出来ないイスカは、困惑した表情で相互を見つめた。 走ったせいで顔色がよくない。 大量出血していたのだからもっと長い間眠ると思っていたシリウスは、リュオイルが現われた事に驚いていた。 一応医者志望なので、こういった事は鋭いと思う。 だからこそ、早く話しを終わらせてこいつを部屋に戻させなければ・・・。 「お前、フェイルを助けに行くって本当なのか?」 「・・・ああ。」 痛い所を突かれた。 バレタ事に少し苛々が募る。 一番知らされてはいけない人物に、早くも知らされてしまった。 大方ゼウスが言ったのだろう。 とすると、こいつが目覚めたのは最近・・・。 それがあっていればこいつが動き回るのは早過ぎる。 「だからそれがどうした。」 だから、だから予想出来そうな事を言うな。 「お前には関係ないだろ。」 「関係ないって・・・・・関係あるだろ!?」 面倒くさそうに返事を返すシリウスに腹が立つ一方、リュオイルはゼウスから聞いた事を確認しようとしていた。 「シリウス達がフェイルを助けに行く」と聞いて、いても立ってもいられなくなって、 アレストの制止を無視してここに辿り着いた。 それなのに、「関係ない」と言われる始末。 仲間なんだから、関係ないわけが無い。何よりフェイルの事なのだから尚更だ。 「どうしてお前達だけで・・・。」 裏切られたような感覚で、凄く悔しかった。 「僕や、アレストを残して勝手に行くんだよ。」 頼りない自分に、泣きたくなった。 酷く傷ついた様子のリュオイルの声に気付かないわけは無い。 だけど、無理なものは無理だ。 たとえどんなに酷い言葉を投げても、後悔しない。 「今のお前達は足手まといだ。」 冷たく投げかけられたその言葉に、一瞬たじろいだ。 だけど引けない。ここで引くわけには、いかなかった。 「足手、まとい・・・・?」 「ああそうだ。  大怪我したお前も、情緒不安定なアレストも、今ではお荷物にすぎねぇ。」 「だけどっ!!」 もっともらしい答えを出すシリウスに押され気味なリュオイルだったが、まだ納得はいかない。 だったら何故黙って行こうとするのだろう。 少しくらい、相談してくれればいいのに、どうしてこの男はさっさと事を進めるのだろうか。 「その様子だとゼウスから話しは聞いたんだろ。フェイルの事も、お前の事も。」 いくら俺でも初めは信じきれなかった。 だけど、話を聞いているうちに何故だか納得してしまった自分がいた。 今更それを否定した所で、何かが変わるわけではない。 足掻いていたって、フェイルは戻ってこない。 だから決心した思いがある。「フェイルを助けたい。」 ただ一心に、それだけを・・・。 「あぁ聞いたさ。だけど、それがどうしたって言うんだ?」 驚くほど彼は冷静だった。 こいつのことだからまだ戸惑っていると思っていたが、そうでもないか。 「聞いていたんなら分かるだろ。  たとえお前の体調が良くても連れて行く事は出来ない。  わざわざ敵陣に向かうんだ。いつルシフェルが現われるか分かったもんじゃねえ。」 こいつがフェイルを繋ぐ接点を持っているのなら、俺たちは全力でこいつを護らなければならない。 だけど護ってばかりでは何も始まらない。 こちらから動かなければ。 リュオイルを残すのは心配だが、ここには数多くの力天使達がいる。 ちょっとやそっとの事では手出し出来ないはずだ。 「そんなの何処にいたって変わらないだろ!?」 「ここにはゼウスもミカエルもアラリエルも・・・数多くの神や天使がいる。  俺達に付いて行った所で、俺達ではお前を護りきることは出来ない。」 「別に僕は護ってもらいたいわけじゃ・・・・。」 沈んだ様子でリュオイルは溜息を付いた。 シリウスの言う事はもってもである。 何も間違いはないし、ただ自分が納得し切れなくて突っかかってるだけだ。 困らせているのは分かっている。 迷惑をかけて、申し訳ないと思っている。 だけど引く事が出来なくて、歯止めがきかなくて、どうすればいいか分からない。 「・・・・僕だって、フェイルを助けたい。」 意気消沈した声でリュオイルはか細く呟いた。 静かなこの空間でその声を聞き取るのは十分だ。 彼の意思も、本当は初めから分かっていた。知っていた。 「だからこそ俺はお前を連れては行けない。」 その心情は、嫌って程分かる。 「お前の気持ちは分かる。だが、足手まといになるのは変わり無い。」 いても立ってもいられない気持ちなのだろう。 「フェイルは絶対に連れ戻す。」 だけど今は抑えろ。 「だから、ここで待ってろ。」 ぽん、とリュオイルの右肩にシリウスの手が置かれた。 てっきり怒鳴られると思っていたリュオイルは、何度も瞬きをして彼の目を見た。 それはいつもの彼じゃない。 何も宿さない冷たい瞳とは対照的に、今の彼の目は優しいがどこか悲しそうだ。 いつもと違うシリウスに戸惑うリュオイルは、心配そうな顔で彼を見上げた。 「・・・シリウス、お前どうしたんだ?」 「・・・・。」 返事は無い。 ただ目を伏せて、そして次に目を開けた途端、彼はいつもと同じ表情に戻っていた。 「病人は病人らしくさっさと休む事だな。」 「はっ・・・・?」 いきなり口調の変わったシリウスにまた驚かされるリュオイル。 今度はいつもと変わらぬ憎たらしい口調。 突如言われた言葉に暫し理解出来なかったが、時間を置けばすぐに思考は回復した。 ムッと顔を歪ませると、まるであざけ笑うかのようにしてシリウスはリュオイルの頭に手を置いた。 「ばーか。年下は大人しく年上の言う事素直に聞いてやがれ。」 「なっ、・・・・シリウス!!」 馬鹿にされた事に腹を立てたリュオイルは、頭に置かれた手を嫌そうに振りおろした。 その光景を呆然と見ていたイスカであったが、いつもの調子に戻った2人に思わず笑みがこぼれてしまう。 彼等が騒ぐと同時に、いつの間にか木に止まっていた鳥達は一斉に羽ばたいた。 バサバサ、という羽根の音が空いっぱいに広がる。 イスカはそれを見上げた。 見えるのは真っ青な、遥か彼方にまで続く空。 手を伸ばせば届きそうな空。 「・・・・絶対に、フェイルと帰ってこいよな。」 口論していたのが嘘のように、突如リュオイルの顔が真剣そのものになった。 複雑そうな顔をしているが、一応納得はしてくれたらしい。 渋々、といった方が正しいのかもしれないが、どこか拗ねた様子だ。 歳相応の表情に安心しながらシリウスは薄く笑う。 「あぁ。」 「1人でも欠けてたら、許さないからな。」 「あぁ。」 「・・・・・気を付けて。」 「・・・・・・あぁ。」 すっ、とリュオイルが手を差し出した。 その腕に光るのはいつしか最後に見た装飾品。 「あぁ、これが・・・。」と1人で納得したシリウスは、また悲しそうに笑った。 差し出された手を強く握る。 すると、真面目だったリュオイルの顔が緩んだ。 「帰ってこいよな。」 「あぁ。」 必ず、帰ってくる。 2人の約束が、この静かな庭園でかわされた。