考えてみると時が過ぎるのは速いものだ 記憶を巡らせて、懐かしきあの頃を思いだす だけど 気付いたときにはもう何もかもが手遅れで この胸に残ったものは ぽっかり空いた自分自身の心だった ■天と地の狭間の英雄■        【過ぎ去りし儚き記憶】〜変化〜 シリウス達が天界を離れている間、天界であのような事件が起きている事には誰も気付かない。 そして、これはルシフェルの図りだったことに気付かなかった。 唯一残っていた転送装置を利用し、シリウス、アスティア、イスカは魔族の住処、魔界「タナトス」へ急いでいた。 驚くほど外は手薄で、明らかに「企んでいます」と言う様な雰囲気が辺りに漂っていた。 まだ昼間のはずなのに、魔界はどんよりとした暗雲が広がり、そして音の無いこの世界が空虚に感じられる。 「・・・・・おかしいわね。人っ子1人、ましてや魔獣さえいないなんて。」 アスティアは持ち前の五感をフル活用させていた。 だが彼女の言うように、この近辺には全く何も感じさせられない。 黒く覆い茂っている草木の揺らめく音だけが、この静寂な世界を不気味に漂わせている。 どこからか何か呻くような声がするが、それは全く害が無いと言っていい。 太陽の光から完全に隔離されたこの世界は、魔界と言うよりも死神界と言ってもおかしくないだろう。 「でも、あの城の中には魔族がいると思う。  幾ら余裕があっても、そう簡単には侵入させてくれないと思うけど・・・。」 アスティアの傍らにいるイスカは、白い翼を揺らしながらそう言った。 負の力が強いこの空間はやはり辛いのか、少し顔色が悪い。 だがそれでも弱音を吐かないのは彼の性分でありプライドだろう。 友人であるアラリエルの反対を押し切ってここまで来たのだ。今更引き返せない。 「・・・急ぐぞ。」 そしてその傍には銀色の髪を揺らめかす1人の青年の姿。 2人の会話を聞いていたか分からないほどボー、と城を眺めていた彼が急に喋りだした。 警戒し合う中、それを全く気にした様子の無い彼はズカズカと進む。 その計画性の無さに少々呆れを感じたイスカだったが、 アスティアが意味ありげに本当に本当に薄く微笑したので、あえて何も言わずに先に行った2人を追いかけた。 「・・・・雨?」 突然、ポツポツと小雨が降り出した。 思わず手をかざすイスカ。 だが、その手の甲に伝った雨水を見て驚愕する。 「―――――っ!?」 「血の雨?」 大して興味の無いシリウスは、イスカと同じ様に手をかざす。 そこに伝った紅い水は戦闘すれば必ず嗅ぐであろう、血の臭いがした。 だがいつまでもそんなけったいな雨を浴びて観賞するわけもいかないので、 3人は急いで城に続くであろう、黒く大きな門に入った。 何とかこの異常現象から抜けれたものの、この異臭からは流石に避け切れなかった。 大方この雨を降らしたのはルシフェルか魔族だろうが、どっちにしても趣味が悪い。 「で、どうするの?  いかにも「この門を通れば玉座の間に行きます」って感じの通路が目の前にあるけど。」 一呼吸置いた後、アスティアはその通路を指差した。 暗く、それでも狭くは無い道は、外と比べて魔力を感じられる。 それはフェイルがいるからなのか、はたまたルシフェルが待っているのか分からないが、ここからが本番だ。 外で魔族から歓迎されていない分、恐らく城内で嫌ってほど歓迎されるだろう。 だが、俺達はそれを甘んじて受け入れる。 火が吹こうが血の雨が降ろうが竜巻が吹こうが雷が落ちようが、何が何でもフェイルを連れ戻す。 それが与えられた命であり、そして自分自身の心。 譲れない想いはその分力になる。 信じるものがあるからこそ、この手には大きな力を発揮する事が出来る。 「急ぐぞ。あいつが待っている。」 1人きりで、俺達が来るのを待っている。 それがどんなに孤独で冷たいか、俺は、知っている。 だからこそ だからこそ・・・。 「そうね。さっさと終わらせて帰りましょう。」 「あぁ。皆が待ってる。」 シリウスは肩に担いである己の大剣に触れた。 それは昔父から授かった剣。 彼が家を出て行った後日、何度も何度も捨てようとしたがそれをミラに止められた。 捨てるに捨て切れなかった、親と言う繋がりの品物。 最初の方こそ物置にしまいこんでわざと埃まみれにしたが、その剣は輝きを忘れる事無く今も鋭く重い。 結局この旅に来る時に持ってきた自分の武器。 驚くほど切れ味は良く、そし大剣であるにも関わらず軽かった。 「・・・・・待ってろ。フェイル。」 でも今は、俺にとってこの剣は重くて仕方がない。 ――――――キィィィイインッ!!!! 金属と金属が重なり合う高い音が、決して広くない部屋に響いた。 2つの影が、瞬時に離れる。 1つの影はこの薄暗い部屋に嫌ってほど似合う漆黒の翼を持つ魔族。 もう1つの影は、それとは全く逆の、純白の天使。 お互い同じ様な、そして同じくらいの切り傷があるが全く動じない。 「――――っく!!」 首を狙われたミカエルは、咄嗟に小型のナイフを取り出し間一髪でそれを止める。 大きな鎌を持ち、その破壊的な力でミカエルを押すのはベルゼビュート。 本来ミカエルは、接近よりも後方の方を担当しているのではっきり言って今の状態は完全に不利である。 ここで魔法を発動すれば、彼の高い魔力によってこの城の近辺は壊滅してしまう恐れがある。 だから使わない。使えないのだ。 ―――――ガンッ!!! 「ぐぁっ!!」 さっきの攻撃を跳ね返したミカエルは、その直後早口で詠唱を唱える。 「ライトニングボルト!!!」 範囲の小さい雷の魔法がこの空間に生じる。 ベルゼビュートが逃げてもそれは彼を追いかけ、逃げ場を失った彼にそれは攻撃する。 それを真っ向に受けたベルゼビュートだが、一瞬怯んだだけで何事も無かったように立ち上がった。 「・・・・流石あの方の形割れ。速さも力も、酷似している。」 「・・・・・。」 「だが、決定的に違う。お前とルシフェル様では、覚悟の重さが違う。」 「覚悟の、重さ?」 ベルゼビュートはミカエルの反応を楽しむかのように微笑した。 それは背筋が凍るほど冷たく、刺々しい。 だがそれよりも今は、彼の言葉に耳を疑った。 共に過ごした時は、一番自分が長いのに何故彼はあの人の事をそこまで知っている。 確かに、彼が追放され大分月日は経ったがそれでもだ。 自分の知らないところで、自分の知らない何かが動いている。 それも、全てルシフェルに関係する事。 「どういう事ですか。ルシフェルは、これ以上の他に何を企んでいると言うのです。」 ミカエルはより一層顔をしかめた。 それはこれ以上の被害が出るかもしれないという恐怖と、 でも、最終的には血の繋がった兄弟でありながら何も知らない自分への苛立ち。 まだ自分自身ルシフェルを完全に敵視していない部分があるせいか、余計にそう思えてしまう。 それはとても罪深き思いなのかもしれない。 それは君主に対する反逆なのかもしれない。 だけど本当は・・・・。 「それを今更知ったところであの方の思いは変わらない。」 本当はまた昔のように共に天界を支えることが出来ると、期待している自分がいる。 本当は彼と戦いたくない、と思っている自分の弱気心が渦巻いている。 貴方と敵対するなんて、夢にも思わなかった。 貴方が魔族の魔王と化したと聞いて、心が、痛かった。 貴方は本当は優しい方なのに。 貴方は何故・・・・。 「変わる事は無い。我々魔族はあの方の心を理解し、あの方も我々の心を理解して下さった。」 「貴方達の、心を?」 ああ、兄様。 何故貴方は、こんなに罪深き天使になったのですか。 「茶番はここで終わりだ。お前には悪いが、死んでもらう。」 「それは、こちらの台詞です!」 2つの武器が同時に煌いた。 そして、戦うために、生きる為にそれを振り下ろす。 兄様。 貴方は、何をする気なのですか? 「覚悟っ!!」 氷の力を持つ剣が魔獣の心臓を貫く。 ズシャッ!!と止めを刺すと、イスカはその翼を羽ばたかせて空にいる敵を追いかける。 「行くわよ、不知火!!」 炎を伴った矢は、勢い良くキメラに命中する。 息の根を止められたキメラは崩れ落ち、変わりに後ろからどんどん大きな大蛇が迫ってきた。 すぐに弓を引き、足止めできる範囲で攻撃をする。 後方から接近戦を応戦するアスティアの傍には生憎誰もいない。 四方をグルリと囲まれてしまったアスティアは、表情を変える事無くその弓を天に上げる。 「馬鹿は馬鹿らしく馬鹿みたいに死になさい。水乱雲!!!!」 一本の矢が空高く飛ばされる。 だがそれは蒼き光をまとい、勢い良く地上に落ちてきた。 それも全て敵目掛けて。 矢が肉を貫くと、何処からか強い風圧がそれを吹き飛ばす。 無残な形となって残った魔獣の残骸は、このフロア一面に敷き詰められた。 「・・・・シリウス。」 「行くぞ。」 このだだっ広い広間の掃除は全て終わった。 シリウスは、大剣に付いた血を拭く事無く次に進もうとする。 だが、空に浮いていたイスカはキョロキョロと辺りを見回した。 何か、不穏な気配が近づいている。 だけどそれが何処からなのか、そして魔族かどうかさえ特定できない。 「・・・・・・。」 不穏ではあるが、でもそこまで嫌な気配じゃない。 「イスカ?」 不思議そうにアスティアがイスカを見上げた。 それに気付いたイスカは、急いで地に足を付ける。 「何か、気配を感じるんだ。でもこの気配何処かで・・・・。」 何故か懐かしい気がする。 以前は当たり前のようにあったが、いつの間にかそれは消えてしまった。 そこまで深く考えていなかったけれど、でも今はこんなにも懐かしいと感じる。 それが何なのかは、分からない。 「気配・・・・。」 シリウスは眉をひそめて暗い空間を睨んだ。 ここ魔界の城は、天界と違って薄暗く気味が悪い。 何処から敵が出てくるのか、何処から攻撃されるか、かなり集中していないと特定できないのだ。 色々な気配が混ざっていてイスカの言う気配が察知出来ない。 天使なのか悪魔なのか、それとも魔獣なのか。 どちらにせよ、それは魔力の高い天使だから出来る芸当であって人間には難しい。 「誰だ?誰なんだ・・・・。」 その時、前方の柱の影から2つの影が動いた。 暗くてその人影の性別は確認できないが、1人は翼を持っている。 ゆっくりとした足取りでこちらに近づくそれに3人は警戒して武器を構えた。 シリウスとアスティアは無表情だが、イスカは何故が動揺している。 心臓がバクバク鳴り響いている。 それはどうしてなのかは分からない。 「ようこそ、辺境の地タナトスへ。」 まだ声変わりがし切れていない少年の声が響いた。 す、と暗闇の中から出てくると少年は3人を一瞥する。 その後ろから出てきたのは長身の女だ。 シリウスはそれを見て不機嫌そうに眉をひそめる。 忘れたくても忘れられない顔が、そこにあったのだ。 「・・・・・・ラクト?」 驚いたような、信じられないといったイスカの声が響いた。 その声に反応したのは大剣を背に持つ少年。 少し目を見開かせて、そして静かに閉じる。 「イスカ様まで、こんなところに来るなんて思いませんでした。」 「ラクト・・・やっぱりラクトなのか?  お前が追放されてルシフェルの手先になったのは聞いたが、本当だったのか?」 この戦争が始まる前に聞かされた。 だけど、それは同姓同名の違う奴だと思っていた。 「そうです、イスカ様。  僕は、もう天使じゃない。ルシフェルに仕える堕天使ラクト。」 「堕天使・・・・・。」 衝撃的な言葉を突き付けられた。 今まで天界で追放された天使は数多くいるが、知り合いで堕天使となったのはこれで2人目だ。 1人は信頼していた大天使ルシフェル。 そして、今目の前にいる堕天使ラクト。 その理由はあまりにも酷で、思わず同情してしまいたくなるような内容だったはず。 彼が地へ落とされてから、長い年月が経っていたのでてっきり死んでいると思っていたのだ。 「・・・・・ジャスティ。」 低い声が、まるで地を這いずるような声が響く。 1人の女はその声に反応する。 大して興味を持っていないその瞳が、こちらを向いた。 紅い、軍服のようなものを身にまとった彼女はシリウスと一瞬だけ目を合わせるとすぐに目線を逸らした。 「貴方達がこうも簡単にこの罠にかかってくれるなんて、流石に予想していなかったわ。  てっきり疑って大勢でこっちに来るか、あるいは彼女を見捨ててそのまま天界にいると思ったのに。」 「罠?一体どういう事なの?」 不審げにアスティアはジャスティを睨み付けた。 フェイルを見捨てる、という気になる部分はあるがそれよりも「罠」とは? 「あら、本当に何も知らないのね。」 アスティア達の反応を面白そうに観察するジャスティは、クツクツと笑い出した。 その一つ一つの仕草が気に入らないのかますますシリウスの機嫌が悪くなる。 以前村を襲撃されたので仕方ないと言えば仕方ないのだが、それでも今は抑えなければならない。 一瞬の判断ミスで何が起こるか分からないのだ。 「・・・・どういう事だ。」 「そうね。今更言ったところでもう間に合わないから、特別に教えて上げる。」 妙にもったいぶった様子でジャスティは鮮やかに笑った。 そんな笑顔はここでは全く似合わない。 純粋に受け止める事が出来ず、変わりに疑惑を感じる。 「今天界は、魔族によって襲撃されているわ。」 「何ですって・・・。」 「そんなっ!!」 アスティアとイスカの驚いた声が重なった。 2人とも信じられないような顔つきで未だ笑っているジャスティを見据えている。 自分達が出てくる前は、そんな予兆も何も無かった。 本当に静かで、これで暫くは戦闘はないものだと思いこんだのがいけなかった。 もっと注意すべきだったのだ。 今は天界には大勢の怪我人がいて戦力が激減している。 そして最も動けるメンバーが、戦力が今ここにある。 「・・・・全て、そっちが仕組んだってわけか。」 「そうよ。  でも、まんまと引っかかってくれてこっちは大助かりよ。  あのリュオイルって子を殺すのには今が頃合だもの。」 なるほど。それなら合点が行く。 他の2人は焦った表情をしているのに、シリウスだけ妙に冷静だった。 それは自分でも驚くほど。 リュオイルが死ねば、もうフェイルは助けられないのに何故こんなに冷静にいられるのか不思議だ。 「あいつが死ぬわけねぇだろ、馬鹿が。」 驚くほどはっきりした声でシリウスは言った。 何故そんな言葉が出たのかは、自分でも分からない。 口が勝手に動いたのだ。 本能と言うか、勘がそう言っている。 「シリウス・・・。」 「あいつが死んだらフェイルは帰ってこない。  そんな事、あの馬鹿だって百も承知だ。」 だから死ぬわけ無い。 死んでも、一回生き返りそうなタフな奴だ。 酷い言い様だが、それでも俺はあいつを信じてる。 あいつが俺達を送り出してフェイルを助け出すのを信じているように、俺達もあいつを信じなくてはならない。 それが、仲間っていうもんだろ? 「だから俺等はさっさとフェイルを連れ戻して、応戦する。・・・んでシギも助ける。」 何だかシギの部分だけ次いでのような気がするがあえて突っ込まないでおこう。 シリウスの目は真剣で、でも彼がそんな風に思っていた事が少し信じられなくて逆に驚いた。 彼の口から「誰かを信じる」と言う言葉は、本当に今まで出なかったものだ。 そう言った気休めの言葉は、あまりシリウスは好きでは無いはずだ。 「・・・ま、それが妥当かしらね。」 やや大袈裟にアスティアは肩をすくめてそう言った。 その表情は満足そうで、少しだけ笑っている。 さっきまで張り詰めていた空気がこんな簡単に崩れた。 その2人の表情を見て面白くないのか、ジャスティは少しだけ眉をひそめた。 何故、平然としていられるの? 仲間がこれから死ぬというのに、何故この人間達は動揺しない。 ・・・違う、何故こうも簡単にその現実を受け止められる? 普通なら焦って取り乱すでしょうに。 「・・・信じる、ですって?」 「あぁ。俺はあいつ等を信じている。  だからそう簡単にお前等の好きなようにはさせねぇ。」 「・・・・・・・・馬鹿馬鹿しい。」 ジャスティは呆れるかのように、小さく首を振った。 その瞳はまるで彼等を哀れんでいるかのように。 「何だと?」 怪訝そうにシリウスは彼女を睨んだ。 ジャスティはそれに全く屈しず、今度は怒りを含んだ目で彼等を睨み付けた。 それは酷く悲しそうな、でも恨みがましい様子で。 髪を掻き揚げ、その端整な顔を歪ませる。 「馬鹿馬鹿しいわ。信じていたって、結局は必ず裏切られる。  人間なんて信じれるものじゃないわ。  酷く残酷で、無知で貪欲。自分の欲のためなら平気で仲間を裏切る愚かな生き物よっ!!」 人間だった頃、どれだけ傷つけられたか。 人間だった頃、どれだけ泣いたか。 あんなに信じていたのに あんなに頑張ったのに 努力を認めてもらえず、続くのは裏切りの嵐。 たった1つの希望をむしり取られた。 心身ズタボロになって、ようやく見つけた1つの光。 それは黒く濁っていたけれど、それでも私の心の支えだった。 「私達は貴方達の希望を奪おうとしている。・・・だけどそれは、貴方達も同じなのよ。」 貴方達にとってゼウスが光なら、フェイルが光なら 私達にとってルシフェル様は唯一の救い人であり1つの輝き。 それを奪うことは許さない。 やっと見つけた光を、決して逃したくない。 「それがどうした。」 冷たくきっぱり言い放ったシリウスの言葉に、ジャスティはバッと顔を上げた。 あまりに冷めた返事に予想もしていなかったのか、少し驚いた顔をしている。 イスカも彼女の話を真剣に聞いていたためか動揺している。 ここまで冷たい人だったろうか、と。 「お前にどんな過去があったか知らねぇが、んなこと今は関係ない。」 「シ、シリウス・・・。」 「信じるのが怖い?そんなの誰だってそうだろうが。  俺だって初めからあいつ等を信用して来たわけじゃない。」 最初は、信用する気も起きなかった。 面倒だし、仲間なんか作ると後々面倒だから。 それに結局は、裏切られるのが怖かった自分がいた。 温もりを忘れた時の、あの喪失感を味わいたくなかった。 「誰かを信じるのが怖い。裏切られるのが怖い。  そんな言い訳、この世界で通用すると思ってるのかよ。」 言い訳をする奴は大抵そう言って自分の過去がどうとかこうとか、くだらない事を言う。 過去がどうした。未来を恐れてどうする。 大切なのは今を生きる事で、決して過去ではない。 誰かに支えられるのもいいだろう。 誰かに慰めてもらうのもいいだろう。 だが後ろばかり振り向いてどうする。 進もうにも進めない未来への道のり。 後ろばかり気にしていたら幸せを掴むどころか、好機さえも全く訪れない。 「怖い怖いと言ってて何が変わる。  お前はその過去に、ルシフェルに甘えて何も行動しないだけじゃないのか。」 「・・・・・・・。」 俺も、そうだった。 あいつに、あいつ等に出会うまではな。 「私は・・・。」 「でも、そんなに大切なら最後まで守り通せ。」 「え?」 「後悔したくないなら、自分の意志を貫け。」 後悔したくないから、今俺はここにいる。 お前だってそうだろう? 守りたいものがあるから、大切なものがあるから必死に戦っている。 目的以外を除けば、やっている事は俺達と変わらない。 さっきお前が言ったように。 「・・・はっ、敵に情けをかけるつもり?」 「馬鹿か。そう思いたいんならそう思えばいいが、勘違いするな。」 情けをかけたつもりなんて毛頭も無い。 そういう事をするのもされるのも、俺自身嫌いだ。 ただ、目の前でメソメソと過去を振り返っている奴を見ると、苛々するだけ。 それが敵だろうが味方だろうが俺の中では全く関係ない。 確かに魔族は憎いが、それとこれとは全く話しは別だ。 「貴方、一体・・・。」 ジャスティは信じられないといった目でシリウスを見つめた。 そんな事を言われると思っていなかったし、第一敵に図星を突かれた。 それは屈辱であり、恥であるが、今の彼女には全くそれが感じられなかった。 とうの昔に忘れてしまった感情が、暖かさが、ぽつりとだが浮き出てくる。 「俺は自分のしなければならない事をしているだけだ。」 「・・・・貴方の、しなければならないこと・・・・。」 私の、望み。 私の、思い。 私の、後悔したくない事。 「・・・・・・。」 「ジャ、ジャスティさん?」 傍にいたラクトは、急に黙りこんだジャスティに動揺した。 今回2人に言われた命は3人を阻止する事だったはず。 それなのに、彼女からは既に殺気が消えている。 それどころか人間の心を思いだしている。 それは心優しい彼にとって大変喜ばしい事なのだが、今はそんな事を悠長に考えていられない。 「ジャスティさんっ!!」 「・・・・・・・ラクト。」 ぼんやりした様子でジャスティはノロノロと首を動かした。 そこには同胞と言っていいラクトの姿がある。 焦った様子で、必死に自分の名前を呼んでいた。 「なにボンヤリとしてるんですか!?僕達、こいつ等を排除するのが仕事でしょう!!」 「・・・・排除?」 そう。 あの方に、そう命令された。 「城に来る害虫を排除しろ」と。 だけど だけど それは、間違っているのかもしれないと考えてしまった自分がいる。 そんな事考えてもいけないのに そんな事やってはいけないのに 「・・・・・・フェイルがいる場所は、ここを真っ直ぐ行ったところよ。」 「ジャスティさん!?」 いきなりの言動にラクトは驚愕した。 何故、あんなにルシフェルの事を慕っていた彼女が裏切るような真似を? 「・・・・どういうつもり?」 ジャスティの変わりようにアスティアは眉をひそめた。 さっきまであんなに殺気だっていたはずなのに、何故こっちが有利になるような事を言うのだろうか。 でもよく見て見れば、彼女はどこか放心状態で我を失っているような気がする。 嘘を言っている様には到底見えないし、何かを企んでいるわけでもなさそうだ。   「・・・申し訳ありませんルシフェル様。ごめんなさい、ラクト。」 「ジャスティさん、どうしたっていうんですか!!」 「・・・ごめんなさい。」 暗闇を見つめながら、まるで何かに取り付かれたかのようにしてジャスティは謝る。 その表情は愁いを帯びていて酷く儚い。 「・・・・・行くぞ。」 「えっ!!」 それまでずっと見ているだけだったイスカは、急に声をかけられて驚いた。 すでに奥へ歩いて行っている彼はまるで隙だらけだ。 そんな隙を見せていればこの2人がいつ攻撃してくるか分からないのに・・・・。 内心ヒヤヒヤしながら、後ろの2人に警戒を払いながらイスカはシリウスに付いて行く。 最後に残ったアスティアは、膝を付いているジャスティに目をやった。 彼女は下を向いたまま、呼びかけているラクトの声をまるで聞いていない。 「・・・・・・誰にだって、辛い事はあるわ。」 1人だけ、アスティアの声がこの広い部屋に響いた。 それに反応する2人。 顔を上げたジャスティは、エルフの彼女を見つめた。 「・・・・・。」 「だけど、それを乗り越える事が出来るのが本当の強さでしょう?  逃げ出したいって思ってもいいじゃない。  後ろばかり見ているよりは、前に進もうとする心を持つ方がよっぽど大切よ。」 「・・・・・。」 自分自身、驚いた。 なに自分らしくない事言っているんだろうって。 こんな事を言っていたのは、あの素直過ぎる少女だった。 馬鹿馬鹿しい、と思っていたけど、結局は彼女のペースにはまってしまった。 でもそれは、決して嫌ではない。 何をしだすか分からない彼女に、呆れてしまったけれどそれでも楽しかった。 だってほら。 今私は、確かに「笑って」いる。 「フェイルの場所、教えてくれてありがとう。」 アスティアは、薄く微笑すると急いでシリウス達の後を追った。 残ったのは2人。 崩れ落ちた女は、少年の声を聞いているのか全く分からない。 少年は彼女の変貌ぶりに動揺しながらも、でもそれを無理矢理立たせるような真似はしたくなかった。 「・・・・ジャスティさん。」 「私は、私は・・・・・。」 捨ててしまった天使の良心が、こんな時に浮き出てきた。 こんな感情、もう2度と知りたくも無かった。 けれど・・・・。 僕は、貴女を責める事が出来ない。 だって貴女も僕も決して魔族ではないから。 どんなに魔王に忠誠を立てても どんなに自分の人格や身分を捨てても 捨て切れない過去がある。 貴女は人間である事には変わりない。 そして、僕も たとえ堕ちたとしても、天使である事には変わりなかった・・・・・。