ねぇ どうして どうして 私は、こんな姿になってしまったの どうして どうして 皆傷ついているの 私は 私は ただ、皆を護りたかっただけなのに・・・・・ ■天と地の狭間の英雄■         【破壊と崩壊の中で】〜生と死の覚悟〜 ジャスティ達と戦闘する事無く、3人は今走って奥に進んでいた。 長く暗い道を、ただひたすら走る。 この先にフェイルがいる。たった1人で、待っている。 もう2度と、彼女を1人にさせない。 もう2度と、大切なものを失いたくない。 3人が息を切らすほど走って行くと、奥から小さな光が零れ出している事に気付いた。 この真っ暗な道に似合わないそれは、そこにフェイルがいるという事を明白にしている。 立ち向かってくる魔獣や魔族を斬り捨ててシリウスは懸命に走る。 やっと、やっと届く。この手が、声が。 「フェイルっ!!」 ―――――――ガンッ!!! シリウスが、扉をぶち壊した。 それに遅れてアスティアとイスカがその部屋に入る。 暗い場所に長くいたためかこの部屋は嫌に明るい。 眩い光が、魔石が、結界が、1人の少女を護る様にしていた。 小さな少女、フェイルは広く大きな台座に寝かされている。 固く目を閉じ、ぴくりとも動かない。 まるで死んでいるようにも見えて、思わず3人は息を呑んだ。 「・・・・・フェイル、様?」 震えたような声でイスカがポツリと呟いた。 それに弾かれたように、シリウスが台座に近づいた。 だが、フェイルに触れる一歩手前で何かによって弾かれる。 強い力が、フェイルに触る事を拒んでいる。 「・・・・フェイル。」 青白い顔をした少女は一向に目を覚まさない。 シリウスはゼウスの話を思いだす。 ―――――リュオイルと繋がっている銀のブレスレット ちらっとフェイルの右腕を見た。 確かにそこにはリュオイルと同じ銀のブレスレットがある。 それは鈍く輝いているものの、いつ壊れるか分からないほど弱小の光を放っている。 そして、同時にリュオイルとの繋がりが消えそうだという事が分かった。 「あいつ・・・・。」 苛立った様子でシリウスは眉をひそめる。 こんなに弱っているのも、全部あいつがフェイルとの記憶を忘れかけているからだ。 確かジャスティが、今天界は襲撃されていると言っていたがそれも全てリュオイルを殺すため。 だとすれば、フェイルがこんなに弱っているのは今あいつがピンチになっているのだろう。 今すぐ天界に戻って加勢したいものの、今俺達はここを離れられない。 フェイルがすぐ目の前にいる。 何としても、連れて帰らねばならないのだ。 約束した。何が何でも、連れ戻すと。 あいつだって約束してくれた。フェイルを忘れないって・・・。 「・・・とにかく、今は私達が出来る事をしましょう。」 暗い顔をして黙りこんだシリウスを宥めるような形で、アスティアがそう言った。 そうだ。今は、何でもいいから出来ることをやらなければいけない。 「そうだな。」 もう少しだ。 もう少しだから。 すまないフェイル、もう少しだけ我慢しててくれ。 すぐに、皆の所に帰れるから。 だからあいつを、守ってやってくれ。 「はぁ、はぁ・・・・――――っ!!リュオイル、しっかりせぇ!!  敵が後ろおるやろがーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」 今アレストとリュオイルとフローラは城の中を走り回って、ミカエルが言った通りゼウスの元へ急いでいた。 だがはっきり言って呆然としているリュオイルと子供同然のフローラを連れて走るのは辛い。 いくら彼女でも限界があるのだ。 後ろから迫ってくるのは魔族の大群。 アレスト1人なら戦えるのだが如何せん、ここには2人動けないメンバーがいる。 リュオイルはこの通りだし、第一フローラは戦闘できる神ではない。 つまり彼女1人でこのピンチを振り切らなければならないのだが、生憎その自信は無い。 まさに絶体絶命。 そんな事を考えているうちに、既に魔族に取り囲まれてしまった。 しまった、と思いつつも今は怯えたフローラをリュオイルの傍に置き、自分で何とかするしかない。 「フローラ。」 「・・・・え。」 「うちがこいつらの気を引かせるさかい、あんたはリュオイル連れて逃げない。」 「で、でもっ!!」 いきなり前に出たアレストから言われた言葉はそれだった。 あまりに衝撃的な事にフローラは驚いて慌てている。 今この場を振り切れる案は無い。 第一そんな事、今アレストに考える暇が無いのだ。 その事を考慮に入れれば、今彼女が下した判断が一番正しい。 「今リュオイルを守れるのはうちとあんただけや。  そして、うちは今あんた等を守る為にこいつ等をどうにかせなあかん。」 後ろを振り返り、魔族達を睨みつけながらアレストは強くそう言った。 今にも泣きだしそうなフローラの姿なんて全く見えていない。 いや、でも本当はアレストも彼女の姿を大体予想していた。 きっと今、彼女はとても悲しんだ目で自分を見ているんだろうって。 この魔族達を足止めできる自信はあるものの、勝てる自信は正直あまり無い。 ここにいる分だけなら大した事無いが、今までの戦闘経験上、必ずこいつ等は仲間を呼ぶ。 それが魔獣なのか、魔族なのか、はたまた苦い思い出のあるドラゴンなのかは分からない。 分からないからこそ、勝てるかどうか分からない。 「大丈夫、うちはちゃんと後から追いかける。  あんたならゼウス神の気配辿れるやろうし、  いざとなったらリュオイルぶん殴ってもええで起こしない。うちが許しちゃる。」 「・・・・アレストさん。」 「さぁ行けっ!  あんたに、リュオイルは任せたさかいなっ!!!」 そう言った途端、アレストは魔族に向かって走り出した。 それと同時に魔族も彼女に襲いかかる。 その光景を、悲しみに満ちた顔で見ていたフローラだったが意を決してリュオイルの手を引く。 リュオイルは呆然とその光景を見ていたが相変わらず反応が鈍い。 一応受け答えはしてくれるようになったものの、目が虚ろなのだ。 早くゼウス神の元へ連れて行かなければ確実にフェイルの事を忘れてしまう。 一度忘れた記憶は、決して元には戻らない。 修復することは不可能なのだ。 「・・・・リュオイルさん、しっかりして下さい。」 体格の違う彼を引っ張りながら、フローラは懸命に彼の名を呼ぶ。 そして、何度もフェイルの名を聞かせる。 忘れさせないために、彼の意識が途絶えないように。 今彼の記憶の中には、少なからずルシフェルの念が渦巻いているはずだ。 それを阻止しなければならない。 「アブソリュート様を、フェイル様を忘れないで下さい。」 その言葉に何度もリュオイルは反応した。 ぼんやりした様子で、その名を呟く。 そうするとホッとするようで、少しだけ表情が和らいでいる。 ―――――――ドンッ!! 後ろから、アレストと魔族が戦っている場所から破壊音が絶える事無く聞こえてくる。 耳を塞ぎたい気持ちだが、今は自分がしっかりしなければならない。 彼をゼウス神の元へ運び、彼を保護してもらわなければ。 生憎ゼウス神とヘラ神が常にいるクラロスへ気配は無かった。 もしかすれば彼直々に戦争参加している可能性があるが、そうなると話しはややこしい。 「・・・・ゼウス神、何処におられるのですか。」 気配を手繰ろうにも、多くの気配が混ざっていて分からない。 それなりに近くに行かないと恐らく特定出来ないだろう。 だけどそんな甘い事を言っていたら、いつまた魔族に襲われるか分からない。 折角身を呈してアレストが行かせてくれたのだ。 こんな所で殺されるわけにはいかない。 とにかく、今はここを離れなければ。 そう思ったフローラは止めていた足をまた動かす。 何度も何度も彼に気を遣いながら、それでも小さな体で前に進んだ。 ―――――ガンッ!!! 2体まとめて衝撃破で突き飛ばす。 出来ればそっちの方の息の根を止めたいが、今度は頭上から攻撃しかけて来る魔族がいた。 アレストはそれを難なくかわすと、広い場所に出て敵の出方を待つ。 彼女の腕には既に幾つかの傷が作られており、切り傷程度ではあるが血が流れている。 地に倒れている魔族の数はまだ2体。 残る魔族の数は今の所5体。 さっき、2人を行かせた時は4体しかいなかったが、この騒動に気付いたのかいつの間にか増えていた。 ――あの2人を行かせて、良かった。 予想していたことが当たって嬉しいやら悲しいやら。 やはり2人を行かせたのは賢明な判断だったと自分でも思える。 ただ、無事でいるかは心配だが・・・・・。 「余所見するなんて、人間の癖に生意気なっ!!」 「うっさいわいっ!!  うちが人間だろうが何だろうが、あんた等魔族がうちに押されてるんは変わらへんで!!」 ビシッ!!と魔族を指差すと、それが気に入らなかったのか魔族は酷く顔を歪めた。 皆同じ様な顔をしている魔族だなぁ、と心の中でぼやきつつも、禁句を言ってしまったようで少々焦る。 逆上させるのは良くないのだろうが、勝ち気な性格のせいかポンポンと喧嘩越しの言葉が出てくるのだ。 まぁそれで2人の事を追わないのだからよしとしよう。 だがこれ以上増援が来ると流石にまずい。 強きな事を言ってはいるが、所詮人間と魔族。力の差も感じる。 そして自分の中で、既に勝敗は見えている。 「・・・・ぶっ殺す。」 やはりさっきのアレストの言葉に逆上したのか、複数の魔族はかなり殺気だっていた。 視線だけで殺されそうなほど鋭いそれは、1人の人間を貫くような形で睨みつける。 「出来るもんならやってみんかい。返り討ちにしたるさかいなっ!!!」 「はっ、その言葉そっくり返してやるぜっ!!」 その瞬間、敵の刃がアレストの頬を掠める。 瞬時にそれを避けたアレストであったが、右と左、そして前から来る魔法攻撃は避け切れかどうか。 「――――――っ!!!」 前と左の魔法は何とか避ける事が出来たが、左から襲ってきた魔法。 悔しいが、さっき喧嘩同然に怒鳴っていたあいつの分だけは避け切れなかった。 横腹中心にダメージを受け、勢い良く飛ばされる。 ダンッ、とう鈍い音と背中に酷い痛みを感じた。 属性は氷。 全て当たったわけではないが、それでもかなりダメージは喰らった。 冷たいを通り越して熱く、そして酷く痛い。 咄嗟に腕で庇ったせいか、そこからは大量に血が流れている。 「・・・っく・・・。」 流石にこれはやばい。 致命傷と言うほど深い傷ではないが、ここでこんなにダメージを喰らうと最後まで持つかどうか分からない。 気力だけで立ち上がろうとするが、手をつく度に血がポタポタと零れ落ちる。 ドラゴン戦とは違う意味で今回はやばい。 「おいおい、さっきの気迫はどうしたんだよ。  やっぱ所詮人間だよな、非力で弱っちぃ奴。」 こちらの神経を逆なでするように、嫌味ったらしく魔族はあざけ笑った。 いつもならここで何か言い返すが、驚いた事に今は何も言葉が出てこない。 声が出なくなったわけじゃない。 ただ、言い返すのが馬鹿馬鹿しくなっただけ。 「人間は大人しく魔族にこき使われてればいいんだよ。」 憎たらしい言葉を吐くやっちゃな・・・。 そう思いながらも、何故か冷めた目で相手を見据える。 睨みつけてなどいない。 でもさっきと違う態度が、何の感情も見せない瞳が気に入らなかったのか更に眉をひそめる魔族。 ズカズカと近寄って、アレストの髪を掴み上げた。 「何か文句あんのかよ・・・。何なんだよ、その目は!!!!!」 掴み上げ、宙に浮いたアレストを勢い良く壁に撃ちつける。 頭から衝撃が走ったので、冗談じゃないくらい痛い。 むせ返りながら、それでも彼女は立とうとする。 ふと頭を押さえると生暖かい、ベットリしたものが頭から顔に伝わっている事が分かった。 それが血だと理解するのにそう時間は掛からなかった。 ここまで大怪我をした事がないから、普通は驚いて混乱するところだが何故か頭も体も冷静だ。 舌打ちする魔族を尻目に、アレストはふっと自嘲する。 ――――多分、このままやとうち死ぬな・・・。 ドクドクと流れる血を拭う事無く、アレストは立ち上がった。 それを魔族は冷めた目で見ている。 ――――でも、ここで死んだら皆怒るんやろな・・・。 フラフラとした足取りで、彼女を投げつけた魔族の元へ歩み寄る。 さっきとは全く違う、静かな人間に何を思ったのか魔族は警戒していた。 眉一つ動かさない彼女の、独特の気迫に押されている。 ――――けど、しゃあないもんな。 「・・・・何だ、よ・・・。」 少し怯えた様子で、一歩ずつ彼は下がった。 そしてそれをアレストが追いかけるように一歩進む。 それの、繰り返し。 周りにいる魔族は、どう動くか、どう対処すべきか悩んでいる。 お互い顔を見合わせて、困惑している。 「何なんだよ、お前、人間のくせに・・・。」 「うちが人間やから、何や。」 静かに紡がれた言葉は、先ほどよりも恐ろしい。 目に光が宿っているものの、それは魔族を圧倒させるほど厳しかった。 思わず息を呑む。 体が固まって、動けない。 「うちが、弱いし非力なんは悔しいけど認めたる。」 だけど負けられない。 ここで死ぬわけにはいかない。 死ぬ事なんか、出来るものか。 約束した。必ず、追いかけると。 決心した。もう、こんな気持ちは2度としたくない。 だから負けない。負けたくない。 「けど、うちはここで死ぬ事なんか出来へん。」 「・・・・何だと・・・・。」 「大人しく引いてくれたら、うちも出来る限り何もせぇへん。  でも、うち等の目的を邪魔するんやったら、あんたら全員殺してでも成し遂げる。」 その直後、アレストはいつもと違う形で構えた。 普段なら勢い良く相手に向かって走るが、今はその逆だ。 その場で静止し、掌に握りこぶしを合わせじっと目を瞑っている。 小さな声で何かを呟いているが、それが何なのかは分からない。 「―――――このっ!負け犬がっ!!!!!」 彼の声と共に、他の魔族も一斉にアレストを襲う。 これで決めるらしい。 殺気だった空気が、恐ろしい魔力が、力が、1人の人間に集中する。 それでも彼女はまだ動かない。 目を閉じたまま、魔族が来るのを待っている。 死ぬかもしれない。 生きられるかもしれない。 けれどやっぱり 死んでしまうかもしれない。 それくらい、覚悟しなければ出す事の出来ない業。 《 アレスト、良く聞きなさい 》 《 ん?何や親父改まって・・・・・。 》 あの日、町を出たあの日。 最後に聞いた親父の声が、顔が、鮮明に思いだされる。 送り出すのは予想通りあっさりしていたが、内心何を思っていたかは知らない。 《 もしお前に、命を懸けてまで守りたい者があればお前は躊躇無くその命を投げ出すだろう。 》 《 ・・・・せやな。》 《 その時は私達の事など何も考えないで、その力を使いなさい。   お前が後悔しないように、お前自身でそれを決めなさい 》 《 ・・・親父・・・。 》 いつもはにこやかで、そして穏やかだったがあの時だけは少しだけ寂しそうだった。 母に家を出て行かれてしまい、娘と2人で町を支えてきた偉大な、そして大好きな父。 そんな姿は生まれてこの方見た事が無かったので、表には出さなかったが少し心配した。 でも旅に出ると決心したから、その強い気持ちは変わらなかったし出て行った事に後悔はしていない。 だから、この業を出すことも後悔しない。 《 お前に、最後の業を教えよう・・・。》 それは母親が若い頃に使っていた、無謀で危険な業。 彼女自身も滅多に使った事が無かったが、それでも術者の負担はかなり大きい。 この業を、誰にも教えてくる事はなかった。 仕えるのは、アレストの家系のみ。 他の者は知らない、知らなくていい、最後の業。 「これで終わりだぁぁぁぁああああああっ!!!!!」 生きるか死ぬか。 それは、術者の体力と気力、そして強い心で決まる。 ―――――草葉無双紅炎!!!! 彼女のいる地面が、赤く染まる。 これまでに一度も感じた事の無い衝撃が、敵を、そして自分に、襲いかかる。 業の名の通り、それは無謀に近い攻撃。 木から葉が落ちるように、紅い血が、辺りに飛び散る。 それが誰のもなのか、そして煩いほどの絶叫を上げるのは誰なのか分からない。 ただ意識が薄れていく。 もう体に力が入らない。 地に崩れ落ちる。 冷たい床の上に、倒れる。 そこまでは、そこまでははっきり覚えているのに 体は、頭は、もう既に力を失っている。 寒い。 酷く、寒い。 (・・・・このまま、このまま眠ってしまえば・・・・・) このまま眠ってしまえば、楽に死ねるだろうか。 このまま ただ、ひたすらこのまま。 そうすれば もう、何も辛い思いをしなくてすむのなら このまま 深き眠りについてしまいたい・・・・・・。 ―――――ドォォォォォオオオンッ!!!!! 「きゃぁぁぁああっ!!!」 城が揺れた。 その中心部は、さっき自分達がいたところ。 アレストが戦っている場所。 隣の塔に移ったフローラとリュオイルは、奇跡的に魔族と鉢合わせする事無くここまで逃げていた。 さっきの衝撃に、思わず悲鳴を上げてしまった。 驚いて窓から隣の塔を見ると、そこは原型を留めていない、無残な形になっていた。 破壊されたその部屋の階から、所々赤いものが流れている。 こんなに遠くからでも、あの赤い色はこんなにも鮮明に映るのだ。 「ア、アレストさん・・・・。」 あの場所は、確かにアレストがいる場所。 彼女が魔族を倒したのだろうか。 それとも、彼女が魔族に倒されてしまっただろうか。 血の気が引いた。 ガタガタと震える手足。こんな状態では、動くことが出来ない。 早く逃げなければ。 早くゼウス神の所へ赴かなければ。 早く、彼を連れて行かなければ。 けれども、完全に恐怖しきった体は中々動こうとしない。 最後に見たアレストの笑顔が、彼女の言葉が、頭から離れない。 彼女が倒された証拠はどこにも無いのに、彼女が死んだ証拠はどこにも無いのに。 そんなわけが無い、と思いつつもやはり最悪の事態を考えてしまう。 彼女は「後から追う」と言ってくれた。 それを信じて、今は自分がしなければならない事をしなくてはいけないのに。 「・・・・・そんな、まさか・・・。」 「そのまさかだぜ、女神フローラ。  あんたが思っている通り、あいつは自己犠牲の業を使って死んだ。」 急に後ろから声がしたので、フローラは驚いて振り向いた。 取り乱していたとはいえ、気配に気付く事が出来なかった事が悔しい。 目の前にいる魔族は、楽しそうに笑っている。 右腕に持っている剣から滴り落ちるのは真っ赤な血。 その1つの剣だけで一体どれだけの天使達を殺してきたのか。 フローラは警戒して、リュオイルを連れて一歩下がった。 「な、何なんですか貴方は。  それにアレストさんが、し、死んだって・・・・。」 「俺はギルス。  そう怯えるこたないさ。この目で見てたんだ、あいつが死ぬところを。  傍にいた魔族も全員死んでるが、あの場所で生きてるわけが無い。」 そう、俺は見た。 あの女が、最後の力を出して、そして崩れていったところを。 あの後瓦礫が落ちてきてきたのだから、死んでいるに決まっている。 随分あっけない死に方だな、とずっと遠くから観察していた。 結構見込みのある人間だと思ったが、こちらの見込み違いだったらしい。 「・・・・・・そんな。」 彼の言葉に絶句したフローラは、逃げる足を止め、ふと窓から隣の塔を見た。 あの瓦礫の下に、アレストは・・・・・・。 「もうあいつはいない。  お前等を守る人間も、そしてゼウスだって今ここにいない。」 ふいに、冷たい空気が流れた。 剣を構えたギルスは、リュオイルを見据えて深く笑っている。 彼は、リュオイルを殺す気だ。 おぞましいほどの殺気が、肌にヒシヒシと伝わってくる。 「そいつを、よこせ。」 「い、嫌です!!  貴方達に、リュオイルさんを殺させるわけにはいきませんっ!!」 そんな事をすれば、世界は終わる。 今の世界に満足しているわけではないが、でももうこれ以上破滅的な世界を創らせるわけにはいかない。 「よこせ。フェイルとの繋がりを絶つべく、俺はそいつを殺す。」 「嫌っ!!私の、私の命に代えても・・・彼は渡しません!!!」 そう泣き叫ぶように言うと、フローラはリュオイルの傍に歩み寄った。 「起きてくださいリュオイルさんっ!  早く、早く起きて逃げてください!!」 ここは、私が引きとめます。 貴方だけは、貴方だけは何が何でも逃げなければ。 もうそれしか選択はないのだから。 「ちっ、・・・じゃあ交渉不成立って事でいいな。」 痺れを切らしたた様に、ギルスは舌打ちをしてこっちに向かってきた。 その剣がたとえ私の体を貫こうとも、それでも守り通さねば。 彼をここで死なせるわけにはいかない。 彼は未来を変える鍵となっている。 彼によって、封印は解かれる。 「死ねぇぇぇぇぇええええええええっ!!!!!」 「逃げてーーーーーーーーーーっ!!!」 《 大丈夫? 》 外の騒音が、煩い。 爆風が頬をくすぐる。 立ち上がらなければならないのに、体が思うように動かない。 指を動かすのも、一苦労だ。 《 早く立たないと・・・。 》 君は、誰? そう言えばずっとずっと、君は僕の傍で話してくれたね。 ずっと暗闇から守ってくれたね。 《 早く立って、早く守って上げて。 》 守る? 一体、何を・・・。 《 貴方は、こんな暗闇に屈しない力をもってるでしょ? 》 けど、もう動かないんだ。 動きたくても、戻りたくても。 体が石みたいに固くなって、どうする事も出来ないんだ。 やらなくちゃいけないことがあるのに 後悔したくない事があるのに 《 大丈夫だよ。リュオ君なら、大丈夫。 》 どうして、僕の名前を知ってるんだ? ・・・・違う。どうして、僕は君の事を忘れたんだ? 何度も、暗闇から這いずるような声がして、それに誘惑されていた。 そのつど、君の事が記憶から抜けて行って、そして目が覚めたら皆に怒られて。 《 忘れちゃった?私の名前・・・。 》 ・・・ごめん、思い出せそうにない。 また、皆に叱られるね。 特にシリウスには。 あとアレストにも散々喚かれると思うな。 《 大丈夫だよ。次に目を覚ました時は、もう2度とこの暗闇には戻ってこないから。 》 2度と・・・? 本当に、もうこの場所に来る事はないのか? 《 うん。でも、そのためにはリュオ君自身でここから抜け出して。 》 ・・・出来るだろうか。 もう、この体は動かないんだ。 何かに捕らわれているように、見えない糸が絡んでいるように。 何度も断ち切ろうとした。 けれど、日が経つに連れて、君の事を忘れるそうになるほどそれが出来なくなって・・・ 《 お願い、助けてあげて。皆を、助けてあげて。   私じゃ出来ないの。リュオ君にしか出来ないから・・・。 》 僕にしか出来ない事・・・。 僕が、僕みたいな奴が皆を、守れるだろうか。 《 大丈夫、大丈夫だよ。自分を信じて、後悔しないで。 》 石のように固まっていた腕が、足が、徐々に解けていくようにゆっくり動く。 思い瞼を持ち上げ、久々に光を入れる。 ふいに、右腕に付けていたものがカシャン、と音を鳴らした。 反射的にそれを見つめてしまう。 影になっていて見にくい。 だから、右腕を少し上げた。 すると眩しいほど輝くそれは、白く淡い色に包まれていた。 あの子と繋がっている品物。 それは、いつしか渡した銀のブレスレット。 輝きは衰える事無く、前より増して輝きを放っている。 忘れてはいけない。忘れる事なんか出来ない。 家族よりも大切だと思った。 命に代えても、守りたいと思った。 ずっと笑顔でいて欲しいと願った。 この世で一番、大切だと思った少女の名前。 「・・・・・フェイル・・・・・。」 その瞬間、リュオイルはカッと目を見開いた。 力が、視界が元に戻る。 そして最初に入ってきた音は、フローラとギルスの叫び声。 彼女が何度も逃げろと言っていたのは、覚えている。 そして今も、その身を呈して逃げろと叫んでいる。 「まずはお前からだっ!!!!!」 「―――――――っ!!!!」 フローラは息を呑んで覚悟した。 あの攻撃を一度でも受ければ、確実に自分は死ぬ。 けれども、誰かの為にこの命を使えるのならこの命は簡単に捧げる事が出来る。 ―――――キィィィイインッ!!! 身を乗り出して、痛みを待っていたがそれは全くこない。 代わりに聞こえたのは何かを弾く音。 ギルスが驚いたような声を出している。 痛みを感じないほど、簡単に死んでしまっただろうか、と思わずフローラは思ってしまった。 けれども彼女の頬には風が確かに当たった。 生ぬるい風が、土埃と共に空に舞う。 「・・・・残念だったな、ギルス。」 静まり返ったこの場所に響いた声は、今となっては懐かしいリュオイルの声だった。