剣に誓う永遠の忠誠 我が心は如何なる時も貴女のもの 生きるときも 死するときも 我が心は貴女のもの ■天と地の狭間の英雄■ 【散華】〜必要とし、必要とされる者〜 「ちっ、起きちまったか。」 「・・・・残念だったな、ギルス。」 彼の一撃を、フローラはその身に受ける事は無かった。 リュオイルを庇って前に出て、死ぬつもりだった。 けれども一向に痛みは来ず、ただ代わりに聞こえたのは何かを弾き返す音。 そして、懐かしい声。 「リュオイルさん!!!」 半分泣き声で、でも嬉しそうにフローラは声を上げた。 ギルスの攻撃を受け止め、そして今自分の前にいる人物。 紅の髪が風になびく。 先ほどまであんなに呆然と、虚ろになっていた瞳は影も形も残っていない。 どこか吹っ切れたような、そんな感じ。 槍を構え、相手を見据える姿は勇ましくしい。さっきとは全く逆だ。 鋭い目つきでギルスを捕らえる。 彼もそれに負けまい、とリュオイルを睨みつけていた。 「大人しく俺達に殺されてばいいものの・・・。」 「お生憎様、僕はこんな所で死ぬわけにはいかないんでね。」 彼の剣を振り払うと、リュオイルは下がってフローラを立たせた。 彼女の体は震え切っていて恐らく暫くは動けないだろう。 だけど、今はどこか安全なところに避難させなければ・・・・。 「リュ、リュオイルさん!アレストさんが、アレストさんがっ!!!」 「・・・・アレストが、どうしたんだ?」 今まで溜めていた何かを、フローラはリュオイルに打ち明けた。 1人では寂しくて不安で苦しい事実。 いや、事実かどうかは分からない。彼女が生きている事を信じていたい。 けれど、彼の、ギルスが言っている事は嘘だとは思えない。 1人で抱えるには重すぎる真実。 誰かに話さなければ、伝えなければ、私自身の心が持たない。 「・・え・・・」 「お願いです!!早く、早くアレストさんをっ!!!!」 今、何て言った? そう言えば、アレストの姿が無い。 煩いくらい明るいあの声が、全く聞こえない。 外へ加勢しに行っただろうか。 彼女の事だ、それくらいするだろう。 けれど どこを見ても どこに耳をすませても 彼女の姿は、声は、気配は もう、どこにも 「・・・・アレストが、あの瓦礫の下に・・・・?」 フローラはアレストが死んだと言った。 確信してではないが、幾らか迷った部分はあったが、はっきりと「死んだ」と。 「うそ、だろ?」 嘘だ。 そんなの、嘘だ。 だってあのアレストだ。 彼女の事なのだから、どこかからひょっこり現われるに決まっている。 あんなに強いのだから 彼女がそう簡単に、死ぬわけが・・・。 「あいつは自分を犠牲にしてお前達を守った。 自己犠牲の業を使って体はズタズタなのに、挙句の果てには上から瓦礫が落ちてきている。 あの中で、あいつが生きているわけないだろう・・・・?」 リュオイルの反応を楽しむかのように、ギルスはクツクツと笑い出した。 人の不幸を見るのがそんなに楽しか、と怒鳴りたくなるほど面白そうに笑っている。 衝撃的な告白を前にして、リュオイルは記憶が薄れる前のアレストの姿を思い出していた。 最後に見た彼女の笑顔。そして言葉。 大した話しはしていない。 けれど、今はそれが酷く懐かし過ぎる。 チガウ ちがう 違う・・・。 死んでいるわけがない。 彼女が、アレストが、こんな所で、まだフェイルを助けていないのに。 こんな所で死ぬはずがないんだ。 「・・・・あいつが死んだのは、お前のせいだ。」 静かに呟かれた言葉に、リュオイルはバッと顔を上げた。 驚愕した瞳は、冷たい彼の血の瞳を見据えて離さない。 一瞬ビクッと震えた。 僕のせいで、彼女が死んだとすれば僕は・・・。 「お前がさっさと死ねばあいつは死ぬ事は無かったし、シギって言う天使だって倒れる事は無かった。」 「そ、それは・・・・。」 確かにギルスの言う事は間違っていない。寧ろ、図星を突かれた。 あの時僕がああしていれば、あんな事にはならなかった。 そういう念がグルグルと渦巻いて、ずっと僕は思い悩ませる。 それをアレストやミカエル達が「お前のせいじゃない。」と言って励ましてくれたが、実際はどうか分からない。 心の奥底では、やはり僕を恨んでいるかもしれない。 あの時、僕が死んでいれば、シギは・・・・・。 「全てお前のせいだ。 お前が死ねば全てが終わるのに、お前のせいで世界は混乱しているんだよ。」 「何を・・・。それは、お前達がフェイルを使ってルシフェルを復活させたのが原因だろ?」 「違うな。こうなる事は運命だった。 全て定められていたことだった。」 隙があれば、いつでもどこでもフェイルを捕まえる事は出来た。 だがそれには暫く時間が必要で、そして力が必要だった。 第一の力は力天使「ウリエル」 それはロマイラが食い殺したおかげで難なく方が付いた。 もう一つは、フェイルを地上と天界で繋ぐ計り知れない力。 天界から、重宝という形で見られ守られた彼女の底知れない力を弱めさせるのは、苦労したものだ。 人々が死んでいくのを、仲間が傷つくのを目の当たりにして落ち込まない奴はいない。 だから、わざとそう仕向けた。 一部例外もあるが、シリウスの妹ミラ。 あの盲目の少女は、魔族によって意図的に失明させた。 偶然じゃない。村を襲った時に、彼女だけを狙ってやった結果だ。 ビート殺害も、全てこちらが仕組んだ罠。 「お前達は、知らない間に俺達の手の平で踊らされていたんだよ。」 「・・・・・・全て仕組まれていた?・・・そんな、馬鹿な・・・・。」 どんなに凄い占い師でも、そこまでの未来を読みとる事は出来ない。 それは、人間でも神でも変わらないはず。 未来は少しずつ変わっている。 それは良い方か悪い方かは分からないが、たとえ数年先の事を占ったとしても全ては当たらない。 だが、彼等が先読みをしていたのは一体いつだ? 遥か昔、もしかすれば僕達がまだ生まれていない遠い時代。 そんな昔から、どうやって先読みをしたと言う。 「全てはルシフェルの意志。あの方の意志で俺達は動いている。」 俺達は傍から見ればあいつの操り人形。 けれど、俺達はそれに文句は無い。 彼が願い望む事を、俺達は協力している。 彼は俺達を受け入れてくれた。そして、俺達魔族も・・・・。 「それに、お前だって薄々気付いてんじゃねぇのか?」 急に、彼の口調が変わった。 人の傷口を踏みつけるように、容赦なく痛い言葉を吐いてくる。 これが彼の手口だと分かっていても、結局頷いてしまう自分がいる。 彼の言っている事は、全てが全て真実では無いが確信に近い。 「な、にを・・・。」 その一つ一つの言葉が、恐ろしい。 思わず一歩引いてしまった。 彼の言葉を聞かなければ良いのに、それでも僕はそれを聞こうとする。 「お前は、国に捨てられたって事をな。」 「・・・・・何だと・・・・。」 行き所の無い怒りが込み上げてきた。 一瞬強気になったものの、よく考えれば「そうなのかもしれない。」と思っている事に気付く。 こんな話を信じてはいけないと思いつつも、はっきり「違う」と断言する事が出来ない。 「国だけじゃない。 忠誠を誓った王からも、家族からも、そして同僚たちからもだ。」 そういえば、もうかなりの日数が経っている。 記憶を呼び起こせば、こんなに簡単に彼等の顔が浮ぶのに突き付けられる言葉は酷く重い。 そんな事を言われる筋合いは無いのに、けれど頭はそれを理解していて何も返すことが出来ない。 「誰も、お前なんか必要としていない。」 そうだ。 あの時、王から命を受けたあの夜。 僕は確かに「裏切られた」という気持ちを持ってしまった。 その後にフェイルが元気付けてくれたから、すっかり忘れていた嫌な記憶。 「お前なんか、死んでしまえば良いって皆思っているぜ?」 そんなわけ、無い。 貴族はどうか知らないが、家族は、仲間は「帰って来い」と言ってくれた。 心配していた。それは、僕の記憶違いではないはず。 「どうだかなぁ? お前が死ねば世界の混乱は、戦争は少なからず治まる。 この戦争は、地上でも被害が出ている事を分かってるのか?」 「・・・・・分かっている。けど・・・。」 「死ぬのが怖いのか? だから、誰が死んだって自分は何とか生き延びようとしてんだろ?」 「違う!!」 そんな事は無い。 僕だけ、僕だけこんな風に生きている事が酷く辛い。 仲間はどんどん倒れていくのに、守られてばかりで悔しい。 「違わねぇよ。お前は王やフィンウェルの人間を、そして家族さえも恨んでいる。」 「違う・・・・違うっ!!!」 そんなわけない。 大好きな人達だから、だからこそ守りたいと思った。 守る為に、フェイルと共に旅に出た。 譲れない思いがあったからこの力を振るっている。 それなのに、それなのに・・・・。 分からない。何もかもがワカラナイ。 違うんだ、違う、チガウチガウチガウチガウ。 僕はただ守りたいだけなんだ。 ・・・守りたい? ナニを? 「お前は臆病だ。自分だけは死にたくないと願っている。」 「・・・・違う・・・。」 「誰からも必要とされない。そして信頼されてもいない。 お前は死ぬべきだ。お前が死ぬ事で、世界は救われる。」 「・・・・・。」 「止めてください!! リュオイルさんを、私達は皆信じています。必要だってしています!!!」 本当に要らないと思ったら、こんなところに彼はいない。天界に連れてくるわけ無い。 シギ様が、あの方が信じてくれた、大切な人。 アレストさんも他の人だってリュオイルさんを信じている。 彼だって信じているはずだ。 「だがこいつが死ぬ事で戦争が治まることには変わり無いだろ?」 全ての民の為に さぁ その命を差し出せ。 クツクツと笑いながら、ギルスは動かないリュオイルに近づいた。 剣を構え、間合いを取る。 これで、全てが終わるのだ。 全てはこちらの思惑通りに、全て計画通りに終結する。 「・・・・・じゃあな、リュオイル。」 剣を振り上げる。 リュオイルは顔を伏せたまま動かない。 このまま振り下ろせば、こいつの首を切り落とす事は造作も無い。 隣にいる女神の絶叫が響いた。逃げろと喚いている。 だが、逃げる様子はこいつには全く無い。 動いても動かなくても、大して変わらない。 こいつの心を傷つけるのは容易い。人間の心は、こんなにも面白い。 だけど、そんな遊びも今日まで。 ―――――――ドスッ!!! ボタボタと、血が零れ落ちる。 フローラは、その光景を唖然として見ていた。 声を出す事も出来ず震え上がる。 床に落ちた血は、大きな水溜りのようになっていた。 一瞬時が止まったかの様に思えた。 あんなに外は煩いのに、今は何も聞こえない。 この空間だけが、止まったかのように思えた。 「フェイル・・・?」 聖剣エクスカリバーを片手に、シリウスは目を覚まさない少女の名を紡いだ。 さっきと様子が違う。 その事に気付いたシリウスは急いで結界に守られる彼女の元に近づく。 相変わらず守りは堅いが、近づくことは許されている。 だが、何かが違う。 「・・・・フェイル、おいフェイル!!!」 「シリウス?」 急に声を上げた彼に驚いたのか、アスティアとイスカは2人して駆け寄ってきた。 「どうしたんだ?」 怪訝そうな顔をしてイスカが口を開く。 それを聞いていたのか分からないが、シリウスは周辺に漂っている魔石を見た。 そしてそれを見習うかのように2人もそれを見る。 「・・・魔石が・・・・。」 驚いたような声を出したのはアスティアだった。 だが彼女が驚くのも無理は無い。 さっきまであんなに光り輝いていた魔石が、どんどん鈍い光を放出しはじめた。 手に取れば、すぐに壊れてしまいそうなほどそれは脆く感じる。 シリウスは、意を決してそれに触れてみた。 何も無かったらそれで構わないが、もしかすればこちらに何か害が及ぶかもしれない。 けれども、そんな事を気にした様子の無いシリウスは、惹かれるようにそれを掴み取る。 ―――――カシャンッ!!!! 「・・・・・魔石が、壊れた?」 驚いた顔をしてイスカは呟いた。 面白いほど壊れる。 あんなに、強力な力で自分達を押し留めていたそれが、こんなにも簡単に壊れた。 そして、もう一つ分かった事。 「・・・おい、お前等この魔石をぶっ壊せ。」 低い声で、それでも確信したような強い声でシリウスはそう言った。 だが何故魔石を壊すのか2人には分からない。 不思議そうな顔をしてシリウスの顔を見ると、彼は勝ち誇ったような顔を見せた。 「フェイルを守る結界が、弱まっている。」 その言葉にイスカはハッとしてフェイルを見た。 確かに、結界が薄れているのが目で分かる。 勢力は弱まり、何か大きな力を与えればすぐにでも壊れそうだ。 だがそれを確実に成し遂げるには他の魔石を壊さなくてはならない。 「・・・分かったわ。でもシリウス、あんたはどうするの?」 既に1つ魔石を握り壊したアスティアがそう言った。 イスカは何も言わないで黙々と壊している。 床に落ちる破片は、元の輝きを失い黒く濁った破片と化してしまっている。 それはルシフェルの力が途切れた事を意味するのだろうが、それならば早くこれを壊さなければいけない。 いつ、またルシフェルがここに来るか分からないからだ。 「・・・俺は、これで結界をぶっ壊す。」 す、と出されたのはアラリエルが貸してくれた聖剣エクスカリバー。 この剣に秘められた聖なる力で、悪を浄化する幻の品。 それを壊す覚悟で結界に突き刺す。 たとえ壊れたとしても、神も天使も何も言わないだろう。 何か言われたって、言い返せる度胸も理由もある。 シリウスはフェイルの傍に近づいた。そして、剣を天高く上げる。 傍から見れば、彼がフェイルを刺そうとしているように見えるがそんなわけない。 狙う箇所は、彼女の頭上にある一点の紋様。 深く、そして黒く刻まれた場所からは恐ろしいほどの魔力が感じられる。 シリウスの勘が当たっていれば、これを壊せば結界は完全に消え去る。 そして、フェイルも戻ってくる。 「シリウス!!全部壊せた!!!」 イスカの声が響いた。 そして、シリウスは瞑っていた目を開ける。 結界はかなり弱小と化し、触れてももう弾き返す力を持っていない。 グニャリと曲がって、尚もそれを保たせているがもうこれでお終いだ。 「・・・・帰って来い、フェイル。」 ヒュンッと勢い良くエクスカリバーを突き刺す。 そこから酷いくらいの魔力が勢い良く溢れてきた。 それも負の魔力。 その傍にいるだけで眩暈がする。 だが、あと少しで、あと少しでこの子が帰ってくる。 「―――――っ!!・・・起きろ、目を覚ませフェイル!!!」 禍々しく黒き魔力に包まれていた場所から、眩しいほどの光が溢れ出てきた。 それは聖剣を中心に、どんどん闇の魔力を浄化していく。 深く刻まれた文様が、少しずつ消えかけてきた。 ジリジリと音を鳴らせて、踏ん張っているようにも見える。 眩暈を起こしかけていたシリウスであったが、一度剣を抜くと、もう一度それを紋様に突き刺した。 先ほどより強い光が、聖なる光がこの部屋を包み込む。 あまりの眩しさに、3人は目を瞑った。 「・・・・・・・が、はっ・・・――――!!」 口内から、大量の血を吐き出した。 血生臭いそれは、滴りながら床に落ちる。 ゼェゼェと荒い息をしながら、床に手をつきながら彼は自分を刺した奴を睨み付けた。 「て・・・めぇ・・・・・。」 「・・・・・・・・。」 ギルスは左胸に刺さっているナイフを引き抜いた。 心臓からは少し外れている。 ズボッ!!という嫌な音が聞こえたが、それは戦場慣れしているため平気だ。 引き抜いた瞬間、そこからは血が噴出し目の前で立っているリュオイルの顔や体に付いた。 それに反応するかのように、リュオイルが動く。 「・・・・・邪魔を、するな。」 いつもと違う、低い声が彼の口から紡がれた。 その光景を唖然として見るフローラとギルス。 さっきまであった彼の空気は消え失せ、全く別人のような雰囲気を出している。 冷たく言い放つ言動は、彼を心配していたフローラでさえも震えさせた。 「俺の、邪魔をするな。」 今まで伏せていた顔を彼は持ち上げた。 涼しげに、でも冷徹に笑う彼はリュオイルじゃない。 ギルスに殺されかけた時、リュオイルは急に腰にあったナイフを出した。 その速さは並大抵なものではなく、ギルスさえもそれに気付く事は出来なかった。 体勢をを低くし、彼の左胸目掛けて、そして躊躇する事無くその鋭利な刃物を突き刺した。 彼の人格が変わったのは、丁度その頃だ。 「へっ、確かお前、二重人格者、だったな・・・・・ゴホッ!! ・・・・ゼェ、ゼェ、す、すっかり忘れてたぜ・・・・・。」 致命傷を負ったギルスは、重くて動けない体を無理に起こす。 以前、ロマイラの報告で聞いた事がある。 ビート殺人の時に、こいつがおかしかったと。 異様なまでの戦闘能力と、そして気迫。 あのロマイラが睨んでもビクともしなかった。 それが、そのもう1つの本性が今目の前にいる。 確かに、別人だ。 確かに、完璧な二重人格。 「黙れ。」 ぴしゃりと冷たい言葉が投げ出された。 その声は、静かで大人しいもののかなりの威圧を感じる。 人間とは思えない芸当。 よっぽどの事が無い限り変化しないのだろうが、今回はその限界を超えたらしい。 破壊的な力、そして何にも屈しない精神力。まさに狂乱者。 「俺は、たとえ何に代えても守ると決めたものがある。」 僕は、あの時に誓った。 「命尽きる前に、成し遂げねばならない事がある。」 彼女の笑顔を守ろうって。 他の誰でもない、フェイルだから。 「俺が必要とされなくなり信頼されなくなったのならそれでいい。 そんな小さな感情、俺は捨てる事が出来る。」 それくらいの事なら、捨てられる。 必要されなくなったら、必要されるように頑張ればいい。 信頼されなくなったら、信頼されるように努力すればいい。 「俺は後悔しない選択をした。 それが間違っていても、それでも俺は自分の信じた事を曲げる気は微塵もない。」 だから生きる。 たとえ周りから邪険にされても、冷たい目で見られても。 生きていれば何だって出来る。 死んで詫びるのも1つの手だが、でもそれじゃあ僕の願いは叶わない。 「ただ1人の為に。他でも無い、あいつの為に。」 だから無性に生きたいと願った。 その願いはあまりに大きくて、でも小さな願い。 当たり前の様な、つまらない願いなのかもしれない。 けれど、僕は皆と、フェイルとこの世界で生きたい。 「これ以上邪魔するのなら、魔族まとめて全員殺す。」 「・・・・・・・殺せばいい。 どうせ、この先生きていけるわけ・・・無い、からな・・・。」 情が移ったわけではない。 だけど、彼の言いたい事は分かる。 命よりも世界よりも何よりも大事で、護りたい者。 その為なら、どんなに間違っていても貫き通す。 それは覚悟の証。 「だが、勘違いすんなよな・・・・ゴホゴホッ!! お、れは・・・・人間なんか、神なんか、魔族なんか誰も、信用し、ていねぇ。」 何十年も前にあった記憶。 それは今でも覚えている。 忘れる事が出来ない、大事な大事な思いで。 そして、酷く傷ついた最後の思いで。 裏切られた傷は決して癒えることは無い。 渦巻く怨念は決して消え去る事無く、今も心のそこで呻いている。 決して忘れてはいけないこの感情。 自分自身が魔族に魂を売った事も、後悔はしていない。 最後の居場所だった。 それが、結局死に繋がるものだとしても、あの方は受け入れてくれた。 「・・・・・このまま、放っておくと、そ、のうち回復するぞ・・・。」 魔族になっても、不老なだけで不死ではない。 けどやはり治癒能力は人間より遥かに高いわけで、このままでいればそのうち回復する。 「・・・・貴様、そんなに死にたいのか?」 冷めた声でリュオイルはギルスを冷たく見下ろした。 敵であるのに「留めを刺せ」と言っている部分が気になるのだろうか、少々難しい顔をしている。 「俺は、・・・なが、く生き過ぎた。 魔族になったこと、も後悔してねぇし、これまで数多くの命を奪ったことも後悔してねぇ。反省もな。」 けれど、そろそろ楽になりたい。 遥か昔に抱いた復讐の念は、もうとうの昔に達成した。 ルシフェルに恩返しするつもりでここまで動いてきたのだ。 そして、その任務もそろそろ終わる。 こっちが勝って向こうが負けても、その逆でももう俺には何の関係も無い。 世界がどうなるかなんて、知ったこっちゃ無い。 「ア、ルフィスは・・・・俺の考えと逆、みたいだがな・・・・。」 口に広がる血の味が、こんなにも気持ちが悪いと久々に思った。 遥か昔に体験した大怪我以来、こんなに血を流した事は無い。 血の気が無くなってることが、自分で分かる。 軽い貧血を起こしかけ、何とか床に手を置く。 だがそのたびにむせ返るほどの大量の血が、また噴き出てくる。 普通はこれで死ぬんだろうが、俺はもう魔族だ。 あと数分もしないうちにこの傷は完全に癒える。 「・・・・死を、望むのなら俺はその手助けをしてやる。」 そう言ってリュオイルは槍を構えた。 ギルスの心臓に狙いを合わせてそこで止まる。 フローラが悲鳴を上げる。 敵だと分かっていながらも、目の前で人が殺しあうのを見ていられないらしい。 「お前は見ない方がいい。」 「リュオイルさん、でも、その人は・・・・。」 「昔人間であったとしても、今は既に堕ちている。 その魂を魔族に売りそれに同化している。」 ならば、人間の心を思い出した今、この世から消し去る事がせめてもの情けだ。 その心を忘れる事無く、この世から浄化せよ。 魔族ギルスではなく、人間として・・・・・。 「炎帝罰真。」 ドスッ!!と、リュオイルの槍が彼の心臓を貫いた。 その瞬間、ギルスの体が跳ねるように一瞬跳んだ。 そこから燃え上がるのは凄まじい威力を誇る劫火。 ゴゥゴゥ、とそれは彼を焼き払い灰にする。 心臓を貫いて死んでいるが、それは安らかな顔だ。 炎に包まれる。 一瞬にして、彼は跡形もなく消えた。 炎と熱さが残る中、フローラは震えながら前に出てきた。 ギルスの使っていた剣を拾い上げると、それを残りの炎の中に投げ入れる。 「・・・・・・・・。」 それ以降、リュオイルは何も喋らない。 槍を持ったまま、その場から動く事無くただ炎の揺らめきを見ているように見える。 「リュオイル、さん?」 返事はない。 心配になったフローラは、彼の顔が見える場所まで足を運ぶと驚いた顔つきをした。 でも、それは一瞬だけ。 すぐに彼から目を離し、彼と同じように残りの炎を眺めた。 「・・・・・。」 彼の頬に伝わるのは、透明な雫。 幾度も流れ落ちるそれを涙と認識しるのは少し遅れた。 それを拭う事無く、ただひたすら散っていった1つの命の最後を見届ける。 (・・・・安らかに、眠れ。) 人として生きていたその幸せな時と そして、新たに掴んだ魔族での日々を胸に・・・・・・・。 ――――――・・・イルっ!!!! (・・・この声は・・・。) ―――――・・・なさい。・・・よ!! (懐かしい。) ―――――・・ま、どうか・・・・・。 (体が、心が・・・。あんなに捕らわれていたこの感覚が・・・。) 「フェイル!!!」 シリウスがフェイルの肩を揺らす。 その反動で、彼女の目がうっすら開いた。 あの草原のような力強い瞳が、こちらを向いた。 「・・・・・・・シリウス、君?」