傍にいる事でこんなに安心できて ただ手を握ってもらえるだけでこんなにも落ち着く このまま そのぬくもりを忘れないで 消えてしまいたい どうか、どうか 皆の幸せが、実りますように・・・・。 ■天と地の狭間の英雄■        【一時休戦】〜帰ってきた者と遠のく者〜 本当は、ずっと知っていたのかもしれない。 本当は、最初からこうなる事が分かっていたのかもしれない。 もっともっと前から知っていれば もっともっと早く気付いていれば きっとこんなに傷つかずにすんだのかもしれない。 皆がこんなにボロボロにならなくてすんだのかもしれない。 でももう遅いんだね。 もう立ち止まれないんだ。 もう、絶対に・・・・・・・。 「・・・・・フェイル?」 目が開いた彼女を、シリウスは唖然とした表情で見ていた。 まだぼやけているのか、彼女は何度も瞬きをする。 これだけの仕草を見ていると寝起きにしか見えない。 だがある意味そうなのだ。 フェイルは、長き眠りについていた。 それを、シリウス達が叩き起こしたのだ。 「・・・・・・シリウス、君?」 ぼんやりとした声で、フェイルがそう言葉を発した。 懐かしい声。 そこまで長い期間は経っていないものの、何故か心の中が安堵に包まれる。 肺から全部空気を出して、そしてもう一度フェイルを顔を見た。 変わらない。あの時と変わらないあどけない顔。 力をルシフェルに利用されていたせいか、少々顔色が優れないがそれ以外は大丈夫そうだ。 ここが何処なのか、何故こんなところで寝ているのか把握しきれていないフェイルはキョロキョロと辺りを見回した。 「・・・・・あれ、ここは?」 周りに縁取られているものは全て初めて見るものばかり。 何故自分がこんな大層な台座に寝ていて、そしてこんな綺麗な部屋にいたのか分からない。 声がして起きてみれば、そこにはシリウスやアスティアの姿。そしてもう1人知らない人。 3人とも酷く心配した面持ちでこちらを見ていた。 フェイルが声を出すと、ホッとしたのか少し顔つきが和らいでいる。 「・・・・どこも、痛くないか?」 「え?」 「苦しくないか?平気なのか?」 珍しく質問攻めするシリウスに驚いたものの、フェイルは何故そんな事言うのだろうと困惑していた。 皆所々傷があり、見ているだけで痛々しい。 「平気、だよ?皆こそ怪我してる・・・。」 フェイルの肩を掴んでいるシリウスの腕に、そっと手を置いた。 無意識なのかどうなのかは分からないが、そこから暖かな光が溢れだす。 回復魔法だ。 けれどそれをシリウスが許すはずもなく、その手を掴む。 「シリウス君、どうしたの?」 「今は使うな。体に響く。  お前、自分自身で分かってないかもしれないがかなり魔力を消費してるんだぞ。」 「・・・・・そう、なの?」 ボンヤリとした表情で受け答えする姿は前のフェイルを全く思わせない。 魔力を消耗し切っているせいで、彼女自身が理解しているかどうか知らないがかなり眠そうだ。 「・・・・シリウス。とにかくここから脱出しよう。  いつルシフェルが戻ってくるか分からないし、それに天界が心配だ。」 ジャスティがそう言っていたのを今更ながら思いだす。 フェイルが目を覚ました事は、リュオイルが弱い心に勝った。という事なのだろうがやはり心配だ。 彼を殺さなくても、ゼウス神を殺すかもしれない。 それに、自分達がいないせいで天界は戦力が大幅減っている。 ミカエルがいる事で少しはましかと思ったが、ジャスティのあの怪しい微笑は忘れられない。 「そうね。早く戻りましょう。」 「・・・・立てるか?」 アスティアの言葉に頷くと、シリウスはフェイルに向き直った。 未だ呆然としている彼女は、話しの内容に付いていけていないようで首を傾げている。 知らなくて当然なのだが、帰ったら帰ったでまた酷い目に合うだろう。 そんな事、させたくないがこの際仕方が無い。 「・・・・・・多分・・・・。」 そう言って台座から足を下ろすが、そのままヘナヘナと倒れこんだ。 いつもなら「あれ?」と呑気な声を出すが、今のフェイルは何も言わない。 ただボー、として床を見ている。 このまま放っておくと日が暮れそうなので、シリウスは小さく溜息を吐くとフェイルの前に腰を下ろした。 「・・・・?」 「おぶれ。立てないんだろ。」 「・・・・・うん、ごめんね。」 やけにあっさり頷くフェイルに対し少しばかり気が滅入る。 いつもなら「大丈夫だよ!!」と言って大袈裟に身振り手振りして反論するが、今回も何も無い。 ただ静かに、言われるがままに従っている。 ただ元気がないだけなのか、それとも本当に自我を忘れかけているのか。 どちらにしても彼女には不利な事ばかりなので早く天界に戻りたい。 フェイルをその背に背負うと、3人は出口に向かって走り出した。 向かってくる敵はアスティアとイスカが担当する。 両手共々使えないシリウスは、2人に戦闘を任せてそのまま道を突っ切った。 (・・・・どうしたんだ、フェイル・・・・・。) 目覚めた事は、その声で喋ってくれた事はとても嬉しい。 そのためにここまで来て助けたのだから本当はもっと嬉しがらなければならないはずだ。 けれども、心の中ではまだ違和感がある。 モヤモヤとした感情が広がる。 でもそれを尋ねる事は出来ない。 フェイルはまだ何も知らない。 自分の事も、今の状況の事も。 「・・・・・・・・・・・・・・・。」 今、フェイルが何か言った様な気がした。 何を言ったのか気になるが、今聞き返す余裕はないのでひたすら走る。 皆が待ってる、天界へ・・・。 「・・・・・ごめんね・・・・・・。」 ―――――――ガラガラガラッ!!!! 「・・・・・いない。」 ―――――――ガラガラガラッ!!! 「・・・・いません。」 アレストと別れた場所。 つまり今は瓦礫に埋まっているが、下にアレストがいる場所をリュオイルとフローラは懸命に捜していた。 リュオイルは重い瓦礫を懸命に退かして作業をしているが、一方のフローラはと言うと、 あんな小さな体なはずなのに、一体何処からなのか分からない力で瓦礫を素手で退かしていた。 最初驚いていたリュオイルだったが「神なら、ありえるかな?」と妙なところで納得した。 そんな事はどうでもいいのだが、一向にアレストは見つからない。 瓦礫の下から出てくるのは魔族の死骸で、それも無残な形となって掘り起こされる。 瓦礫を退かすたびに土埃が舞い、目に入りそうになる。 むせ返りながら地味な作業をしてどれくらい時間が経っただろうか。 一向に外からの騒音は止まない。 ただ少しだけ、少しだけだが落ち着いてきている。 途中別れたミカエルの事も心配だが、今は大事な仲間を捜さなければならない。 ギルスは「死んだ」と言っていたが、彼等はそれを信じる事が出来なかった。 (絶対に、生きている。) 何か確信できる証拠を持っているわけではない。 ただそれを信じてしまえば、崩れていきそうなのだ。 彼女は、アレストは、こんな所で死ぬはずが無いんだ。って思わなければ恐らく僕はこのままへたり込むだろう。 信じる事が出来なくて、ただ我武者羅に彼女の姿を捜す。 数時間前に見た彼女は笑っていたのだ。 あの笑顔が、明るい声が消えるなんてありえない。あってはいけないんだ。 (・・・・でも、でもどうして彼女は・・・・。) 何故、こんな無茶をしたんだろう。 これしか方法が無かったのだろうか。 それでも、納得しきれない。 こんな無茶して報われることがあるのだろうか。 そんな事誰も望んでいないし、してほしくない。 「・・・・・あ。」 ふとフローラが抜けたような声を出した。 作業していたはずの手は止まっていて、変わりに顔を向こうの通路に向けている。 不思議に思ったリュオイルは、フローラが見ている方向を同じ様に見た。 土埃が舞っていて視界は殆ど見えない。 けれども、確かにそこには1人ポツンと佇む誰かがいた。 「アレストか!?」 一抹の期待を胸に、リュオイルはその人物に聞こえるほど大きな声で叫んだ。 あまり大声を上げるとまた上から瓦礫が落ちてきそうだが、心が落ち着かない。 彼女であると信じたい。 彼女が生きているんだと確認したい。 だが、そんなリュオイルの気持ちは全く通用しなかったのか、 そこから聞こえた声は聞き慣れた青年の声だった。 「リュオイル、さん?」 カツカツ、と音を立てて近づいてくる彼は驚いたような声で答えた。 近づいてきたせいか、その表情ははっきり見えるようになった。 彼の姿はボロボロで痛々しい。 けれど、そこまで痛くないのか、彼はケロッとしている。所々傷はあるものの大事には至らないようだ。 「ミカエル?」 呆然として立ち尽くす彼に、ミカエルは更に顔色を変えた。 この惨害さが物語っている。 リュオイルの傍にフローラがいるのに気付くと、少しホッとした表情で胸を撫で下ろした。 けれども、何か一つ足りない気がする・・・。 「大丈夫ですか?この辺りから物凄い爆発音と崩壊音が聞こえたんですが。」 「それよりも、ミカエルはどうしてここに・・・。」 リュオイルは必死に記憶を掘り起こした。 気絶する直前、確か彼ともう1人の魔族は戦っていたはず。 勝ったのか引き分けなのか。 今のミカエルの表情は読み取りにくく、それに視界が悪いせいかはっきりとは見えない。 「・・・・・ベルゼビュートは、逃げました。」 悔しそうに下唇を噛む姿は、何故か前の自分と重なってしまう。 いや、もしかしたら今も変わらないかもしれない。 悔しさで一杯になった時、人も天使もやはりその悔しさを隠しきれず表に出してしまうのだ。 「・・・逃げたって、どうしてだ?」 確か彼は自分を殺しに来たはず。 恐らく互角であろうその力を上手く使えば、ミカエルに勝たなくとも自分の元には来れたはずだ。 それなのに、おかしい。 魔族がこんなあっさり逃げるなんて。 そういえばまた外が騒がしくなった気がする。 争いをする上での騒がしさではない。歓喜の声が聞こえる。 「分かりません。けれど、彼に続くようにして魔族は皆撤退しています。  どちらにしても今の私達には喜ばしい事です。」 長期戦になれば十中八九負けていた。 ゼウス神自らお出ましになれば話しは別だが、今は戦力が無さ過ぎる。 また今回の戦で多くの命が失われた。 誕生神ルキナの力を借りても、ここまで多くの死者を蘇らすわけにはいかない。 それは決められた事であり、覆す事は出来ない法。 神も天使も人間も、その分だけは平等なのである。 死者を蘇らせる行為は、決して許されない。 「・・・・・ところで、アレストさんは?」 今この場にいない人物。 別れ際、確かに3人いたのを覚えている。 身勝手な願いを、苦渋に満ちた顔であったが承諾してくれた。 その1人の人物。アレストがいない・・・。 「・・・・・・アレストは、この瓦礫の下にいる。」 「え・・?」 ミカエルの表情が強張った。 リュオイルも、辛そうな顔をしている。 けれど、それは間違いない事で、そして認めたくないが死んでいる可能性もあるわけだ。 生きていると願って今彼女を救出している。 でもこの半端な量ではない瓦礫を退かすのには一苦労で、まだ一部分しか除去出来ていない。 急がなくてはならないと分かってはいても、人間なだけに限界を感じる。 フローラはまだ平気そうだが、リュオイルの方が大分疲れ切っていた。 「・・・・・この、下に?」 何故?と言わんばかりにミカエルは目を見開いた。 信じられない様子で、瓦礫とリュオイル達を交互に見ながらそう言っている。 その目線に耐え切れなくて、リュオイルは思わず目を逸らした。 全ては、自分が招いた事。 後悔だけが募り、「あの時こうしておけば」という今となっては下らない概念が浮き出てくる。 彼のその辛そうな顔を見て、フローラは意を決してミカエルと向き直った。 「アレストさんは、私達を庇ってここに残ったんです。  その時魔族に襲われていて、こうするしか手段が無かったんだと思います。」 「だから、さっきあんな爆発音が?  じゃあ、それはやはりアレストさんが・・・・・。」 数十分ほど前の事を思いだした。 確かに、あの音は並大抵のものではない。 どこか城が壊れたんだろうな、と思っていたがそれが彼女だったなんて知らなかった。 その時はまだベルゼビュートと戦っていて、それどころじゃなかった。 「それで、貴方達は彼女を助けようと、ここで?」 よく見れば2人とも手に切り傷やなんやら出来ていて、更に服の上から体中埃まみれだ。 何も知らない天使達が見れば顔をしかめるだろうが、ミカエルはただ呆然としている。 ゆっくりと瓦礫を見下ろし、あの時の光景を思いだす。 あの時は、生きていた。 「・・・・ます。」 これ以上、失ってはいけない。 「え?」 彼の呟くような小さな言葉に、リュオイルは思わず聞き返した。 瓦礫を見つめたまま、動かない。 「・・・・私もお手伝いします。1人より2人。2人より3人ですからね。」 持ち上げた顔は、とても悲しそうだった。 表情は穏やかに笑っているが、完全に笑い切れていない。 彼の言葉にも驚いたが、その動作にも驚く。 「手伝う」と言った彼だが、おもむろに手を空にかざした。 何かよく分からない呪文を唱え始めた彼は、キッと前を見据える。 「ミ、ミカエル・・・?」 冷や汗を掻きながら、知らず知らずのうちにリュオイルは一歩一歩引いていた。 フローラはその呪文が分かったのか、大人しく後ろに下がっている。 恐らく天界のみで通用する呪文なのだろうが、生憎リュオイルは人間だ。 彼の唱えている事なんてこれっぽっちも分からない。 ただ雰囲気的に「近づかない方がいい」と言う事は本能で察知した。 「ここの瓦礫のみ、一気に排除します。  私の位置から絶対に入らないで下さい。・・・・・体が粉々になりますから。」 彼の唱えている魔法は、かなり集中力がいる。 特定のものだけを狙っているので、照準が中々定まらない。 それにこの下にはアレストがいるのだ。 彼女を巻き込んで、彼女まで粉々に粉砕するわけにはいかない。 「・・・で、でも、もしアレストに当たったら・・・・。」 「大丈夫です。その時はその時で何とか対処します。」 「(その時って?失敗する可能性あるのか!?)・・・・・・・よ、よろしく。」 「大丈夫。絶対に、大丈夫です。」 まるで自分に言い聞かせるかのように、ミカエルはゆっくり、そして力強くそう言った。 その真剣さを見ていると、何だか口を出しているのが申し分けなくてつい黙ってしまう。 静かになって集中力が高まったのか、彼の外部に薄い光が浮き出てきた。 それでも尚呪文を唱え続ける彼は、心なしか少し辛そうだ。 いつの間にか足元に出来上がった魔法陣からは、力強い光りが彼を包む。 風が吹き、地が震える。 それは一瞬の出来事で、リュオイルは目にも止まらぬ速さのそれを、ただ驚愕して見ていた。 「いきます。」 剣に溜めていたその力を、ミカエルは一斉に解き放つ。 ザァァァァアアア・・・と、まるで砂浜が風に揺れているような静かな音が周りを包んだ。 けれどもその音とは対照的に、彼の傍にいた2人は地に手を付けなければならないほどバランスを失っていた。 かなり強い気圧がこの空間に生み出されている。 粉々になった、というよりも潰されて粉砕された瓦礫は、そよ風に乗って灰の如く流された。 「ミカエル様!!?」 急にフローラが大声を上げた。 彼はいきなり膝を曲げ、手を地に付けうずくまっていた。 ゼェゼェ、と荒い息をして、何とか正常に戻そうと深呼吸をしている。 けれども眩暈は治まらず、ただそのままの状態でいる事しか出来ない。 急いで彼の傍に駆け寄ったフローラは、彼に負担がかからないように地に寝かせる。 その光景をボンヤリ見ていたリュオイルは、ふと瓦礫の消えた部分に視線を泳がせた。 「・・・・アレスト?」 全ての瓦礫の粉を風で飛ばせなかったせいか、その一部分だけ妙に膨らんでいた。 その場所からは、亜麻色の髪がのぞいている。 その粉の間に見えるのは、明らかに人の手足。 そしてその近くには彼女が使っていたナックルが壊れているが落ちていた。 「アレスト!!!」 ハッとしたようにして、リュオイルはアレストの元に駆け寄った。 その近辺を走ると、粉が舞い散る。 けれどもそんな事を気にしている時間は彼にない。 うつ伏せに倒れこんでいる彼女は、微動だしない。 慌てて彼女の背中に覆いかぶさっている粉を払い落とすと、リュオイルは思わず息を呑んだ。 「・・・・・・アレスト?」 粉を払い落とす際に、手に何かベットリとしたものが付いた。 それをよく見ると、見知った色の血。 ジワリ、と粉の上から浮出て来る血はおびただしい量で、自分の目を疑うほどだ。 冷たくなった体は、浅い呼吸を何度も何度も繰り返している。 急いで彼女を抱き上げ、顔色を確認した。 思っていた通り青ざめていて血の気がない。 あの爆発音からそれなりに時間が経っているため、出血の量も半端じゃなかった。 「アレスト!!おいアレスト、しっかりするんだ!!!!」 軽く彼女の頬を叩く。 けれども何の反応もなく、そのまま手がダランと滑り落ちた。 このままでは出血多量でショック死してしまう。 でも、不幸な事にここに回復できる人物はいない。 遥か下にいるアラリエルあたりなら何とか治療してくれそうだが、今この状況で彼を呼びに行くのも、 ましてや彼を呼んで来る事なんて出来ない。 翼のあるミカエルも今はこの状態だ。 もう、誰も頼る事は出来ない。 「っアレストーーーーーーーーーーーーー!!!!!」 「・・・・・な、に?」 シリウスにおぶられたフェイルは、遠のいていく意識の中で誰かの叫びを聞いた気がした。 既に天界に着いた4人は、今の現状を見て唖然としながらもホッとしている。 城や町は酷い有様だが、何とか魔族を追い払うことは出来たようだ。 「イスカっ!!!!」 突然後ろから声をかけられた。 驚きながら、嬉しそうにイスカは振り返った。 その声は今まで当たり前のように毎日聞いていた、兄とも言える存在の声。 「アラリエル・・・。」 だがやはり彼も傷だらけで、大小関わらずかなり負傷していた。 他の天使達もそうだが、前の戦争よりかなり酷い怪我を負っている。 どれだけの魔族が送られたのかは検討もつかないが、とにかく無事で良かった。 ホッとしていたイスカだったが、アラリエルはふとシリウスの背に背負われている少女を見つめた。 そのまま固まって、呆然としている。 「貴女が・・・。」 「詳しい話しは後だ。まずはこいつを休ませてやってくれ。」 まだ何か言おうとしていたアラリエルだったが、すかさずシリウスがそれを止める。 その意を察したのか、深く頷くとアラリエルはフェイルを運ぼうと手を差し伸べた。 けれどもフェイルは呆然として城の上層を見上げている。 ある一点を見て、離さない。 「フェイル?」 不思議そうに、同じ様に城を見上げるとそこは無残な形になっていた。 ドラゴン戦でもあったのだろうか、と言うほど崩れ落ちている。 その部分とフェイルを交互に見ながら心配そうにアスティアはフェイルを見つめる。 「・・・・・行って。」 「え?」 城を凝視したまま、フェイルは何かに取り付かれたかのように口を開いた。 目を見開けて、表情一つ変えずに言う姿は子供さを感じない。 冷たく、大人びた雰囲気のフェイルに戸惑いながらも、シリウスはもう一度はっきり聞く。 「・・・・あの場所に、今すぐ連れて行って。」 その一点だけを見据えて、彼女はそう言った。 あの場所というのは崩壊した部分だ。 階にして6〜7階だろうか。 このだだっ広い城の中を走って行ってもそれなりに時間が掛かる。 「あの場所が、どうしたんだ?」 戸惑ったように言うシリウスに、フェイルは初めて振り向いた。 その表情は真剣で、今にも泣きそうだ。 「お願い急いで・・・。」 背中越しに、彼女の体が強張った事に彼は気付いた。 そのまま数秒考える素振りをして、シリウスはイスカに向き直る。 今の所この辺りにいる天使で負傷していないのはイスカぐらいだ。 「・・・・イスカ。頼む。」 「え、でも大丈夫なのか?」 フェイルの強い意志に押されたシリウスは、すぐ傍にいるイスカに目をやった。 イスカ自身は構わない様子だが、彼はそれよりもフェイルの体調を気にしている。 複雑な面持ちで彼女とシリウスを交互に見るイスカは、どうすればいいか分からず思わずアラリエルの方に向いた。 振り向かれたアラリエルは、困ったように苦笑している。 何とも返答しづらいのだ。 間違った答えは出せないし、かといってどれが正しいのかも分からない。 「・・・・・私なら、大丈夫だから。お願い、早く連れて行って。」 誰かの心が泣いている 誰かの心が叫んでいる 呼ばれている気がする 急がないと、きっと後悔する そんなの嫌だから、絶対に嫌だから 「・・・・分かりました。ですが無理をしないでください。」 「大丈夫。私はまだ大丈夫だよ。」 そう力強く頷くと、シリウスはフェイルをイスカに手渡す。 彼女を抱えたイスカは、その白き翼を羽ばたかせた。 空に幾つもの羽根が舞い、そしてユラユラと地に落ちる。 バサッ!!と音を立てたそれは、天高く空に舞う。 その時、雲の間から微かに太陽の光がこぼれだした。 それは1人の天使を照らすように光り、上を見るだけで思わず目を瞑ってしまう。 光り輝くように見えた翼は、力強く天に昇る。 それをシリウスは眩しそうに、それでも見えなくなるまで眺めていた。 「フェイル様。もうすぐですけど・・・。」 「うん。」 イスカの首にしがみついたまま、フェイルはそれでも目を離すことなくその一点だけを見ていた。 人を持ち上げて空を飛んだ事が無いイスカは、バランスを上手くとりながらと必死だった。 普通の人間ならこの高さに絶叫し、暴れるだろうがフェイルはそうではない。 ぴくり、とも動かず静かに待っている。 二言三言だけ話すと、あっという間に目当ての場所に辿り着いた。 スタ、と小さく着地するとイスカは丁寧にフェイルを下ろした。 まだふらついているので、出来るだけ手を貸す。 それに少し困惑気味だった彼女だが、すまなそうに頷くと前を見据えた。 予想外に瓦礫は殆ど無かった。 所々、ここから遠い範囲ではまだパラパラと砂埃が落ちている。 太陽に、空に近いここは下よりもいっそう明るく思えた。 見事にここの階の大半は崩れ落ち、今にも傾きそうになっている。 こんなところでバタバタと騒げば、その内ここは下に落下するだろう。 一歩、また一歩近づくとそこには久方に見る紅い少年がいた。 その傍らに、1人の天使と少女。 3人とも必死で何かを叫んでいる。 目を凝らし、注意深くその先を見た。 一箇所だけ、彼等の前にある場所が、妙に赤い。 彼が抱き起こしている人物はぐったりしていて意識が無い。 だらり、と投げ出された手を、少女がしっかり握っている。 悲痛な声が、脳裏を過ぎる。 「・・・・・・・アレスト?」 ふと、フェイルの手を握っているイスカが呟いた。 その言葉に戸惑いながら、バッと彼女はイスカに振り返った。 彼は驚愕の目を向こうに向けている。 フェイルも、急いでそちらを睨むように見た。 そこにいるのは紛れも無い、仲間達。 けれど 「・・・っ!!アレスト!!!」 彼に抱きかかえられ、人形のように倒れていたのは そこに紅い水溜りを作っていたのは 「・・・・・アレ、スト・・・・?」 変わり果てた、彼女の姿だった。